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雑誌目次

雑誌文献

耳鼻咽喉科・頭頸部外科77巻5号

2005年04月発行

雑誌目次

特集 聴力改善手術

著者: 八木聰明

ページ範囲:P.5 - P.5

聴覚障害は視覚障害と並んで,極めて障害者の多い感覚器障害である。視覚障害のうち罹患率が高く,一般にも広く認知されている疾患に白内障がある。白内障は,手術によって劇的にその視力が改善されることはよく知られている。それに比して,聴覚障害はなかなか改善しないといわれるし,そのように思われている。耳疾患で白内障に当たるものは耳硬化症と思われるが,その手術による聴力改善はやはり劇的である。しかし,耳硬化症の頻度は白内障に比べて圧倒的に低いので,一般受けしないのも確かである。

 一方,白内障のようなレンズ障害と異なった網膜疾患による視覚障害には,現在のところ眼科的に有効な治療手段はあまりないようである。それに比して,網膜疾患に対応するような高度感音難聴に対して,われわれは人工内耳や聴性脳幹インプラントのような聴力改善の手段を有している。人工眼はまだ研究の緒に就いたばかりのようである。

1.滲出性中耳炎

1)鼓膜切開術,鼓膜換気チューブ挿入術

著者: 高山幹子

ページ範囲:P.7 - P.18

Ⅰ.鼓膜切開術

1.手術概念

 滲出性中耳炎は,上気道炎と耳管および乳突蜂巣粘膜を介した中耳腔の換気障害が相互に影響し合って成立したものとされる1)

 一般に中耳腔に貯留する滲出液,あるいは滲出性中耳炎の経過中に急性感染症を併発し貯留した膿汁は,鼓膜を切開することによって排液・排膿を行い,中耳腔の粘膜を正常化し貯留液の消失・治癒を行わせることである。この貯留液中の細菌の検出率は30%程度であるが,PCR法によって検出される率は90%以上と高率に検出されている1)。また,鼓膜の穿孔が貯留液の排出に不十分な小穿孔の場合も鼓膜切開を行う。

 滲出性中耳炎の主たる症状は難聴であり,鼓膜切開は難聴の聴力改善を行う重要な治療法である。したがって,滲出性中耳炎に限って行う鼓膜切開術は,中耳腔の滲出液を鼓膜の切開創から吸引・排除し,速やかに聴力の改善を行うのみならず,耳閉感の軽減や消失を目的とする。

2)コレステリン肉芽腫

著者: 髙橋晴雄

ページ範囲:P.19 - P.30

Ⅰ.はじめに

 中耳コレステリン肉芽腫は,中耳に形成される難治性肉芽腫で,肉芽や滲出液による伝音難聴のみならず,ときに感音難聴1)や骨破壊による合併症を伴い治療に難渋する疾患である。

 コレステリン肉芽腫の治療方針は中耳におけるその病態によってかなり異なるが,本稿ではまずその病因,病態を解説し,それに従って本特集の趣旨である聴力改善の観点から治療の可能性を探る。

2.慢性中耳炎

1)慢性化膿性中耳炎 (1)鼓膜形成術(接着法)

著者: 立本圭吾

ページ範囲:P.32 - P.38

Ⅰ.はじめに

 慢性中耳炎は,鼓膜に穿孔があり,耳漏が間欠的または持続的に生じる中耳の慢性疾患である。狭義には慢性化膿性中耳炎を指すが,中耳炎後遺症として鼓膜に永久穿孔を認めるのみで耳漏を伴わない慢性穿孔性中耳炎や,鼓膜の癒着を主病変とする癒着性中耳炎,また鼓膜や中耳腔の石灰化病変により耳小骨の可動障害を呈する鼓室硬化症など臨床像は多彩である。

 本稿では,鼓膜形成術を中心に述べることより,慢性の経過をたどった穿孔性中耳炎を取り扱うこととする。

 穿孔性中耳炎には慢性中耳炎後遺症のみならず,遷延する外傷性鼓膜穿孔および鼓膜換気チューブ留置に伴う永久穿孔などが含まれる。

1)慢性化膿性中耳炎 (2)鼓室形成術 ①Ⅰ型,Ⅱ型

著者: 飯野ゆき子

ページ範囲:P.39 - P.46

Ⅰ.はじめに

 鼓室形成術がWullsteinにより初めて5型に分類されてからはや50年が経過しようとしている。この古典的な分類が耳鼻咽喉科の成書に記載され,現在の鼓室形成術の分類として日常臨床に用いられている。

 本稿ではこの中の鼓室形成術Ⅰ型とⅡ型に関して,慢性化膿性中耳炎を主な対象として述べてみたい。

1)慢性化膿性中耳炎 (2)鼓室形成術 ②Ⅲ-c型

著者: 稲福繁 ,   坂野立幸 ,   谷川徹 ,   砂川博 ,   稲川俊太郎

ページ範囲:P.48 - P.59

Ⅰ.はじめに

 慢性化膿性中耳炎には,穿孔性中耳炎のほかに癒着性中耳炎や肉芽性鼓膜炎(中耳炎),鼓室硬化症などが含まれる。本稿では鼓室形成術Ⅲ-c型の術式1)を中心に論ずるので,基本的には癒着防止を目的の1つとする癒着性中耳炎を除外した。また,肉芽性鼓膜炎の多くは難聴の程度が低く,伝音再建を要する症例は少ない。よってこれも除外した。本稿では,慢性化膿性中耳炎を慢性穿孔性中耳炎の同義語として,これを中心に記す。慢性化膿性中耳炎の手術では,記すまでもないが手術目的は耳漏の停止と聴力の改善である。この手術は機能的な手術であり,術後の耳漏の停止や聴力の改善は必須の条件で,少なくとも目的の1つはクリアしなければいけない。

 以下,手術の基本的手技などについて記す。

1)慢性化膿性中耳炎 (2)鼓室形成術 ③Ⅲ-i型

著者: 小島博己

ページ範囲:P.61 - P.65

Ⅰ.手術概念

 日本耳科学会が2000年に新たに耳小骨形成の分類を行い(「伝音再建法の分類と名称について」),この新基準では20年以上にわたり使用されてきた従来のⅢ型およびⅢ型変法と称されていたものが1)Ⅲ-c(tympanoplasty typeⅢ with columella),Ⅲ-i(with interposition),Ⅲ-r(with reposition)およびⅢ型の4つに明確に分類された2)

 Ⅲ型はアブミ骨上部構造に連鎖再建をする耳小骨形成手技であり,アブミ骨の上部構造を利用し,この上に連鎖を再建し伝音効果の増大を図るものである。本章ではⅢ-iについて述べるが,Ⅲ-iとはアブミ骨とツチ骨との間もしくはアブミ骨とキヌタ骨の間に挿入(interposition)する耳小骨形成であり,malleus Incus assembly,malleostapediopexy,またincusを挿入するのでincus interpositionなどと呼称されるのがこれに相当する2)(図1)。

1)慢性化膿性中耳炎 (2)鼓室形成術 ④Ⅳ型

著者: 髙橋姿 ,   山本裕

ページ範囲:P.67 - P.71

Ⅰ.手術の概念

 鼓室形成術Ⅳ型の適応となる疾患は,一般的には良好な聴力成績を得るのが困難な症例が多い。理由は,この再建法を選択しなくてはならないほど浸食された中耳病変と,その原因となった病態が耳小骨連鎖の再建と維持を困難にしているからである。

 日本耳科学会用語委員会の「伝音系再建法の分類と名称について」1)によれば,Ⅳ型とはアブミ骨底板上に耳小骨連鎖の再建を行うことを意味する。さらに,アブミ骨底板の上にコルメラを立て鼓膜と連絡した場合は,Ⅳ-c(Ⅳ型コルメラ),アブミ骨底板とツチ骨あるいはキヌタ骨との間に再建材料を挿入した場合はⅣ-i(Ⅳ型インターポジション)と分類している。従来からのWullstein Ⅳ型に相当する底板上に鼓膜を形成する方法は,単にⅣと呼んでいる。

2)真珠腫性中耳炎 (1)Open法

著者: 須納瀬弘 ,   吉原俊雄 ,   小林俊光

ページ範囲:P.73 - P.86

Ⅰ.はじめに

 真珠腫性中耳炎は,本来中耳腔であるべき場所に自浄能が失われた角化扁平上皮が存在する疾患であり,炎症を伴いつつ周囲骨組織を進行性に破壊する。その形成機序にはいまだ不明な点も多いが,大別して先天性のものと後天性のものがあり,大半を占める後天性真珠腫には耳管機能障害が深く関わっている。病態・病勢に応じて経過観察から手術までが治療の選択肢となり得るが,経過観察を行う場合には画像や鼓膜所見の変化が意味するところを的確に把握し,疾患による合併症と手術のリスクを評価して治療のタイミングを逃してはならない。合併症はときに非可逆的なため,炎症の強い真珠腫は可及的早期に手術を行うべきである。

 手術の目標は,中耳腔側と体表側を明確に仕切り,中耳腔を粘膜が,体表側を自浄能のある角化扁平上皮が覆うよう解剖学的に修正すること,および真珠腫が侵した伝音機能を回復することである。手術法は,外耳道形態を保存して真珠腫を摘出するclosed法(canal wall up)と,外耳道後壁を削開して真珠腫を安全な形にするopen法(canal wall down)に大別される。術後に機能的・形態的に正常と変わらぬ耳となれば理想的である。しかし,後天性真珠腫の形成に深く関連する耳管機能障害は手術による修正ができず,外耳道を保存すると一定の割合で再発をみることになる。そのため筆者ら1,2)は,含気腔が縮小し耳管に依存した換気の必要性が減ずるopen法を基本術式として採用している。

 本稿ではopen法を行ううえで重要なポイントについて詳述する。

2)真珠腫性中耳炎 (2)Canal wall up法

著者: 東野哲也 ,   我那覇章

ページ範囲:P.87 - P.98

Ⅰ.はじめに

 真珠腫を伴わない慢性中耳炎例の大部分は乳突削開の必要性がないのに対し,真珠腫性中耳炎例の大多数はその病巣郭清に乳突削開術を要する。真珠腫母膜の完全除去が要求されるためである。

 乳突削開術は,外耳道後壁の処理方法によって大きく2つに分類される。後壁削除型(canal wall down法)と後壁保存型(canal wall up法)である。

 前者は,真珠腫の合併症回避を第一義とした時代の根治手術的術式の流れをくむ手術で,しばしば削開した乳突腔を外耳道に開放するopen methodと同義に扱われる。術後の開放乳突腔内の肉芽形成や感染などをきたすと,定期的な外来局所処置を余儀なくされることになる。

 一方,後者は外耳道の骨性枠組みを残したまま鼓室-乳突部の病巣を処理する術式で,intact canal wall tympanoplasty1)やcombined approach tympanoplasty2)とも呼ばれる。術後の外耳道や鼓膜が正常な形態に保持されることから,鼓室形成術を遂行するうえでも有利な術式といえる。にもかかわらず,真珠腫への後壁保存法が敬遠される理由は,術中の視野が制限されることや術後性真珠腫の危険性が過度に強調されてきたことによると思われる。

 感染制御の方策や画像診断による術前評価法の進歩,さらには真珠腫病態自体の軽症化などより,単なる真珠腫の制御や合併症回避のみを大義名分とした手術的治療は必ずしも正当化されない。術後の聴力改善や外来通院処置・水浴制限からの解放など,患者側にもみえる形での手術効果が要求されることもある。また,外科手術一般の新しい時流として,真珠腫においても入院期間短縮,術後処置の簡素化などが要求される時代でもある。その意味でも,canal wall up法は真珠腫性中耳炎に対する鼓室形成術の基本手技として位置づけが高まるものと思われる。筆者らの施設では,真珠腫性中耳炎耳の大部分をcanal wall up法で処理しているが,本稿では後天性真珠腫に対する手術の概要を解説する。

2)真珠腫性中耳炎 (3)Open then closed法

著者: 馬場俊吉

ページ範囲:P.99 - P.103

Ⅰ.はじめに

 真珠腫性中耳炎で外耳道後壁をいかに処理するかは,術者が受けた中耳に対する理念と経験によって選択されることが多い。真珠腫性中耳炎では,鼓室から上鼓室,乳突洞口,乳突腔に進展した真珠腫をいかに明視下におき摘出するかが問題となる。乳突腔に進展した真珠腫を除去するためには乳突削開は必須である。日本耳科学会の術式・アプローチの名称において,乳突削開(型)鼓室形成術(tympanoplasty with mastoidectomy)を外耳道後壁削開(型)鼓室形成術(canal wall down tympanoplasty)と外耳道後壁保存(型)鼓室形成術(canal wall up tympanoplasty)に分類している。外耳道後壁を残すか,削開して乳突洞,上鼓室,鼓室にアプローチするかは術者の経験と技量にも増して,中耳腔・乳突部に対する考えの違いによる。

 外耳道後壁削開(型)鼓室形成術を施行した後に,外耳道後壁を再建するか否かも術者の理念と思考によって決定される。真珠腫に対する考え,乳突腔に対する考え,換気,排泄に対する考えなどにより異なった選択,決定がなされる。

 本稿では外耳道後壁を削開した後に,外耳道を再建する「open then closed法」外耳道削開(型)鼓室形成術・外耳道再建術(canal wall down tympanoplasty with canal reconstruction)について述べる。

2)真珠腫性中耳炎 (4)乳突充塡術

著者: 八木聰明

ページ範囲:P.105 - P.111

Ⅰ.手術の概念

 乳突充塡術は,一般に真珠腫性中耳炎の手術によって削開された乳突腔を種々の材料を用いて充塡し,開放腔をなくす手術法である。したがって,本術式のみを目的とした手術は少ない。しかし,過去の手術で作られた開放乳突腔を,外耳道形成を行いながら閉鎖するために充填術が行われることもある。乳突洞や乳突蜂巣はその発達程度には個人差が大きいが,本来人体に存在するものなので,これを何らかの材料で充填することは健常な状態に復帰させようとする手術ではないことが,本術式の1つの特徴でもある。

 真珠腫性中耳炎に対する鼓室形成術では,canal wall up tympanoplasty(closed)法,canal wall down tympanoplasty(open)法,さらにcanal wall down tympanoplasty with canal reconstruction(open then closed)法の3者のいずれかが選択される。Canal wall down法では真珠腫の再発はないはずであるが,他の2者では真珠腫再発が大きな問題である。Canal wall down法に真珠腫の再発がないことについては,canal wall downになっていること自体が真珠腫そのものであり,再発云々を討論するには当たらないという指摘もある。

3.中耳奇形

著者: 西﨑和則

ページ範囲:P.112 - P.116

Ⅰ.はじめに

 中耳奇形は遺伝的要因,胎生初期の障害で起こり得るが,大多数は原因不明のものであり,耳小骨,顔面神経,鼓室腔,卵円窓,正円窓などの中耳構造の形態および機能異常を起こす。中耳奇形は先天性外耳道閉鎖症に合併してみられるが,単独で存在する例も多い。中耳奇形の中で聴力改善手術の適応となるものは,主に耳小骨奇形である。耳小骨奇形は,ツチ骨・キヌタ骨固着(以下,固着型と略す),キヌタ・アブミ関節の離断(以下,離断型と略す),アブミ骨固着症,アブミ骨の形成不全を伴う卵円窓閉鎖症(以下,卵円窓閉鎖症と略す)に大きく分類される。また,奇形が1箇所にとどまるmonofocalと2箇所以上のmultifocalに分類することもある。Multifocalではmonofocalに比較して聴力予後は悪い。

 外耳道閉鎖や狭窄を伴わない中耳奇形の診断では病歴が最も重要で,難聴が生後から存在するか否かを聴取する。難聴は伝音性で非進行性であるが,遺伝性の一部(骨形成不全症や伴性遺伝のstapes gusher syndrome)に伴うものでは進行性,晩発性,混合性である。既往歴で多発奇形の有無,家族歴で遺伝性の有無について十分聴取する。耳鏡所見では,外耳道閉鎖症や狭窄を伴わない場合でも,外耳道のわずかな形態異常や鼓膜の平坦化,紡錘状のツチ骨柄を認めることがある。標準純音聴力検査では,離断型ではmass curve,固着型では水平型やstiffness curveの伝音難聴を生じることが多いと報告されている1)。ティンパノメトリーやアブミ骨筋反射の結果は標準純音聴力検査より特異性をもつが,必ずしも理論上の耳小骨の病態,障害部位と一致しないことも多く,補助診断にとどまる。最近では診断に3D-CT(図1)の有用性が報告されている2)。確定診断は試験的鼓室開放術によるが,CO2レーザーにて鼓膜に小穿孔作製後に極細硬性中耳鏡で鼓室内部の耳小骨を低侵襲下に観察したとの報告がある3)。鑑別疾患としては,先天性真珠腫や滲出性中耳炎が挙げられる。先天性真珠腫は中耳奇形と合併することがある。

4.外傷性耳小骨連鎖離断

著者: 小宗静男

ページ範囲:P.117 - P.124

Ⅰ.基本的事項

1.原因

 外傷性耳小骨離断の原因には,直達性外力によるものと介達性外力によるものがある。前者は耳かき使用中にこどもが飛び掛かったりして耳かき先端が鼓膜を貫通し,直接耳小骨を傷害する場合である。後者は頭部外傷によるものがよく知られている。頭部打撲による頭蓋骨への衝撃により間接的に耳小骨連鎖が障害されるものである。

5.耳硬化症

著者: 丹羽英人

ページ範囲:P.125 - P.140

Ⅰ.手術の概念

1.定義

 耳硬化症の特徴は,鼓膜が正常で伝音難聴を主症状とする。病態は前庭窓前方部に好発する海綿状骨病変である。骨破壊と骨新生が同時に進行し,海綿状の変化が骨の中にみられる。それに伴いアブミ骨底板が周囲の迷路骨胞に固着し,中低音部に難聴をきたす。この病変は通常限局しているが,迷路骨胞のあちこちに散在したり,び漫性に迷路骨胞を侵す場合がある。び漫性に広がっている場合には感音難聴も伴い高度の混合難聴を示すこともある。

6.人工中耳

1)リオン式

著者: 本多伸光 ,   暁清文

ページ範囲:P.141 - P.147

Ⅰ.はじめに

 人工中耳(middle ear implant)は埋め込み型補聴器(implantable hearing aid:IHA)とも称され,体内に埋め込んだ振動子で耳小骨を直接駆動して音を聞かせる装置である。本邦における人工中耳の開発は1978年から始まった。1983年に世界初の人工中耳(リオン式人工中耳)が開発され,翌年,愛媛大学においてヒトへの埋め込み手術が行われた。この人工中耳は圧電セラミック製の振動子で,アブミ骨を直接駆動するシステムを採用しており,ハウリングがなく,音質も補聴器と比較して自然で明瞭である1~5)。取り付け箇所の形態によってE方式とT方式の2種類があり,当科ではこれまで39例のE方式人工中耳埋め込み術を行ってきた6)

 本稿ではリオン式人工中耳の開発経緯,適応,手術の実際,術後成績,ピットフォールについて解説する。

2)BAHA

著者: 岩崎聡

ページ範囲:P.149 - P.160

Ⅰ.はじめに

 最近,混合性難聴や中等度感音難聴に対して埋め込み型補聴器という新たな治療手段ができ,今後の臨床応用が期待されている。その中の1つである埋め込み型骨導補聴器(bone-anchored hearing aid:BAHA)は1977年にスウェーデンで最初に行われ,耳介後部の骨に埋め込むチタン製のインプラントと外部に装着する骨導補聴器(サウンドプロセッサー)からなり,音声情報を骨振動として中耳を介さず直接蝸牛に伝播し,聞き取る方法である(図1)。

 骨導補聴器は18世紀から使用されているが,気導補聴器に比べ周波数レスポンスが悪い,出力が不十分,取り扱いが困難などの理由で限られた条件で選択されることが多かった。すなわち,慢性中耳炎や慢性外耳道炎による耳漏で気導補聴器の挿入継続が困難な場合や,先天性の外耳道閉鎖症で気導補聴器の挿入ができない場合に骨導補聴器が使用されてきた。

 1960年,スウェーデンのBranemarkら1)がチタンの骨融合性が良好なことを示して以来,歯科や頭蓋顔面再建領域にチタンが多く使用されるようになり,1977年Tjellstromら2)により側頭骨に埋め込んだチタンを介して音伝道させる方法が始められた。これまでの骨導補聴器は音振動子を側頭部の皮膚に当て,音の振動エネルギーが皮下組織を介して骨に伝わっていくため,途中の皮下組織で高周波数成分や振動エネルギーが吸収される欠点があった。少しでも振動エネルギーの吸収を減らすため,音振動子を皮膚に強く圧迫し,密着度を上げる必要がある。そのため骨導補聴器の装着具合で聞こえが変化し,安定した聞こえを得にくいことと,圧迫するためのヘッドバンドやメガネなどが必要になり(図2),審美性にも問題があった。

 これまでの骨導補聴器と比べてBAHAシステムの優れた点は,音の振動エネルギーが途中で吸収されることなくチタン性インプラントを介して直接骨に伝わることによる音質の改善,特に高周波数領域の情報が増えることと,選択するサウンドプロセッサーによっては審美性にも優れていることである。BAHAシステムは,諸外国では既に約18,000~20,000例以上の患者が使用している。このうち3/4が最近3年間の新規装用者である。米国では1996年から本格的に始まり,2002年には550例,2003年には1,400例,2004年は2,000例のBAHA手術が行われていると聞いている。欧米では一般的治療法として浸透しているように思われる。しかし,本邦では東京医科歯科大学の喜多村先生3)が2001年に始めて以来,現在までに数施設が行っている状況である。今後聴力改善手術の1つの選択肢となっていくと思われるBAHAシステムについて,最近のトピックスを含めて紹介する。

 なお,BAHAシステムはスウェーデンのエンティフィック・メディカルシステムズ(Entific Medical Systems)社が扱っている。

7.外リンパ瘻

著者: 池園哲郎

ページ範囲:P.162 - P.172

Ⅰ.病態と診断

 外リンパ瘻は外リンパの漏出によって難聴,耳鳴,めまい,平衡障害など様々な症状を呈する疾患である。これらの症状の原因は,瘻孔からの外リンパ漏出が膜迷路に変化を及ぼすためである。この意味で外リンパ瘻は膜迷路の疾患である1)。漏出部位は,前庭窓の輪状靱帯,蝸牛窓膜,microfissure,fistula ante fenestramなどが考えられている。

 原因は,後天性,先天性(奇形に伴うもの)に大きく分かれる(表1)2)。後天性はさらにアブミ骨手術など耳科手術に伴う医原性,直達外力〔(頭部外傷,鼓膜・耳小骨外傷)〕,介達外力〔中耳圧変化(気圧外傷),労作時の脳脊髄圧の変化,音響外傷〕に分けられる。歴史的には,先天奇形に伴う症例やアブミ骨術後の感音難聴症例で最初に外リンパ瘻が報告され,次いで直達外力による症例が報告された。介達外力に伴うものや明らかな原因がないいわゆる「特発性外リンパ瘻」は,比較的新しい疾患概念である。文献2)には,先天性の外リンパ瘻,ならびに直達外力に伴うもの,医原性のものは確立された疾患であるが,介達外力によるもの,何ら誘因の見当たらない特発性は論議を呼ぶ疾患概念であると記載されている。実際の症例においては,例えば外傷のエピソードがあっても外リンパ瘻かどうか診断に苦慮する症例も少なくない。これは臨床的に確立した外リンパ瘻の確定診断法が存在しないためである。この問題についてはあとで論ずる。

8.人工内耳

著者: 河野淳

ページ範囲:P.175 - P.186

Ⅰ.概念

1.人工内耳とは

 人工内耳とは,高度難聴または聾により補聴器でも十分な聞き取りができない人の聴覚獲得を行う治療法であり,世界では1980年頃からほぼ現在と同様な形となり,本邦でも1985年に導入され早20年になろうとしている。人工内耳手術は,中耳から蝸牛へ電極を挿入,埋め込む手術であり,中耳手術や内耳手術に比べて特殊といえる。一般にその障害部位は内耳蝸牛有毛細胞であり,中耳や内耳の形態は正常であることが多いが,良好な聴取能を得るためには手術を成功させ,かつ術後の合併症を最小限にする必要がある。最近では小児の手術例が増えてきており,特に2001年から開始された新生児聴覚スクリーニングが普及するに伴い,今後人工内耳の治療はより低年齢化することが予想される(図1)。

9.聴性脳幹インプラント

著者: 熊川孝三 ,   臼井雅昭 ,   関要次郎 ,   小松崎篤

ページ範囲:P.187 - P.193

Ⅰ.はじめに

 内耳よりさらに中枢の聴神経由来の高度感音難聴については人工内耳も効果がなく,これまで外科的治療は困難であった。このような難聴の外科的治療法として,聴神経よりも脳の聴覚中枢に近い蝸牛神経核(延髄での聴覚ニューロンの中継核)の表面に電極を置いて固定し,これを直接に電気刺激して聴覚を取り戻す人工臓器が聴性脳幹インプラント(auditory brainstem implant:以下,ABIと略す)である。

10.聴覚大脳インプラントは可能か―聴皮質の解剖と電気生理の視点から

著者: 加我君孝

ページ範囲:P.194 - P.200

Ⅰ.はじめに

 聴覚大脳インプラントは,医学・工学の歴史の中ではいまだ存在せず,試みられてもいない。しかし盲者のための人工視覚の研究として,視覚大脳インプラントが網膜インプラントと同様に開発に挑戦されている(表1)1)。しかしまだ光覚が感じられる程度で,物の形や色までわかるほどではないようである。

 一方,人工内耳は20世紀後半の生んだ最高の埋め込み型人工臓器という高い評価を受けている。実際,長い間聴覚を享受できないでいた中途失聴者が,術後1か月も経たないうちに聴覚を再獲得し,コミュニケーションが再び可能になったりする。先天性高度難聴児が,補聴器が全く効果がなかったり,あるいは聴き取りが悪いために,発声は構音やイントネーションが正しくなく,かつ言葉の数が著しく不足であったのが,2~3歳で人工内耳手術を受けるとその1~2年後には明瞭な発音とイントネーションを身につけ,言葉の数も著しく増加する。さらにNFⅡの患者では,両側聴神経腫瘍のために聾になった場合,脳幹の蝸牛神経核の表面に電極を移植する聴覚脳幹インプラント手術が行われ,大きな成果を上げている。筆者の所属する病院で行われたMED-EL社の聴覚脳幹インプラント手術後は,全くの聾の状態から図1に示すように再び聴覚を取り戻すことが可能となった。使用した電極は12チャンネルである(図2)。このように聴覚のインプラントは大きな成功を得ている。これに刺激され盲者のための視覚の再獲得のための人工視覚の開発に大きな研究費が投資されているが,まだまだ道は険しい。

基本情報

耳鼻咽喉科・頭頸部外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1316

印刷版ISSN 0914-3491

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特集 外来診療のテクニック—匠に学ぶプロのコツ

94巻5号(2022年4月発行)

増刊号 結果の読み方がよくわかる! 耳鼻咽喉科検査ガイド

94巻4号(2022年4月発行)

特集 CT典型所見アトラス—まずはここを診る!

94巻3号(2022年3月発行)

特集 中耳・側頭骨手術のスキルアップ—耳科手術指導医をめざして!〔特別付録Web動画〕

94巻2号(2022年2月発行)

特集 鼻副鼻腔・頭蓋底手術のスキルアップ—鼻科手術指導医をめざして!〔特別付録Web動画〕

94巻1号(2022年1月発行)

特集 新たに薬事承認・保険収載された薬剤・医療資材・治療法ガイド

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