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雑誌目次

雑誌文献

耳鼻咽喉科・頭頸部外科79巻5号

2007年04月発行

雑誌目次

特集 耳鼻咽喉科・頭頸部外科のリハビリテーション―症例を中心に

著者: 竹中洋

ページ範囲:P.5 - P.5

 リハビリテーションは手術や薬物と並ぶ医療の大きな手法であり,機能回復の最大の牽引車と表現することができます。従来,耳鼻咽喉科医は聴覚,平衡覚,嚥下機能などの診断と治療の第一人者でありました。しかし,リハビリテーション学会の誕生,言語聴覚士の充足や急性期や亜急性期,慢性期医療の考え方など社会環境の変化がわれわれの診療の周辺に押し寄せてきています。特に少子高齢化時代を迎え,難聴児の取り扱いは学校教育の対象から,3歳児,1.5歳児へと順調に早期発見の時代へ向かい,また,高齢者の増加は,嚥下機能異常の常態化を意味し,難聴に苦しむ人の増加や平衡覚異常も同様の傾向にあります。

 このような時代性を反映し,新医師臨床研修医制度の導入に伴い,ハビリテーションとリハビリテーションは日本耳鼻咽喉科学会認定専門医の基本的能力の修練の一部として位置づけられました。まさに,われわれは正しくこの実態を把握し,臨床現場で活用していく必要があります。加えて,リハビリテーションでは,参加する医療職の職種は多く,そのおのおのが協力して効果が上がるように務めなければなりません。言いかえれば,チーム医療のなかで医師の立場を改めて認識することが重要になってきました。

総論

1.耳鼻咽喉科疾患におけるリハビリテーションの意義―医師の役割

著者: 廣瀬肇

ページ範囲:P.7 - P.15

Ⅰ はじめに

 近年,耳鼻咽喉科領域においてもリハビリテーションの重要性が指摘されるようになった。リハビリテーションは診療の主体となるものとはいえないにしても,疾病の克服,健康の増進,さらには患者のQOL向上を臨床医学の究極の目的とするならば,耳鼻咽喉科医にとってリハビリテーションの問題は避けてとおることができないと思われる。

 日本耳鼻咽喉科学会においては耳鼻咽喉科専門医の研修目標の中に,ハビリテーション・リハビリテーションの章を設けて,耳鼻咽喉科医としての基本的能力を養うための修練の一部に,この問題を取り入れることを求めている。表1に,その研修目標として記載された項目を示す。

 この表1に示されたように耳鼻咽喉科領域におけるハビリテーション・リハビリテーションの範囲はかなり広い。この表1から,耳鼻咽喉科学が頭頸部領域の感覚・運動機能に広くかかわる学問分野であることを,改めて読み取ることができる。

2.リハビリテーション科からみた耳鼻咽喉科疾患『何が対象となるのか』

著者: 山口淳 ,   田中一成

ページ範囲:P.17 - P.24

Ⅰ はじめに

 種々の疾患によって生じるさまざまな機能障害は,多くの場合,原疾患を治療することで軽減あるいは消失する。しかし,原疾患が難治性・進行性であったり,完治しても重度の障害が残存したり,さらに治療の過程で新たな障害が生じることも少なくない。

 治療を主体とした従来の医療において限界と考えられていたこれらの『障害』も,QOL(quality of life:人生の質,生活の質)を重視する現代の医療では避けては通れない課題であり,これに対応すべき医学体系として,保健医学,予防医学,治療医学に並ぶ『第4の医学』と呼ばれるリハビリテーション医学が注目されるようになった。

 20世紀の医療では『治療』と『延命』が主役であったが,21世紀では『再生』と『更生(=リハビリテーション)』が重視されるといわれている。すなわち,さまざまな機能障害に対して,多職種からなるチーム医療であるリハビリテーション医療を実践することによって障害を最小限にくい止め,最大限のQOLを達成することが求められるようになった。

 これまでもリハビリテーションの必要性や重要性は叫ばれてきたが,いまだ多くの診療科において,疾患の診断と治療が優先され,障害は軽視され,全人的復権を目指すリハビリテーションの視点での取り組みは後回しになっていた感は否めない。

 近年,QOL概念の普及とリハビリテーション医学の進歩に伴い,耳鼻咽喉科・頭頸部外科領域においても,対象疾患の治療成績のさらなる向上とともに,原疾患やその治療過程によって生じるさまざまな障害に対する本格的な取り組みが始められている。

 本稿では,耳鼻咽喉科・頭頸部外科領域において,何がリハビリテーションの対象となるのか,リハビリテーションをどう考え,どう取り組めばよいのか,を総論的な切り口で述べることにする。

3.診療報酬で認められている耳鼻咽喉科リハビリテーション

著者: 松岡秀樹

ページ範囲:P.25 - P.36

Ⅰ はじめに

 ここに取り上げるのは診療報酬で認められる耳鼻咽喉科リハビリテーションということであるが,いまだ認められていないが現実に行われており,いわば無償のサービスのかっこうになっているものもあり,そのような当然認められるべきものについても紙数の許すかぎり触れたい。ただし個々の対象疾患のリハビリテーションは各論で各専門家が,詳しく述べられるので,概略を述べるに止める。

 また,実際にリハビリテーションとしての種々の行為がなされる前にいろいろな検査が行われ,さらに疾患によっては手術適応となる例もある。それらが診療報酬で点数化されているものもあり,それもリハビリテーションの一環となっていることもあるのでこれにも触れる。

4.ガイドラインについて 1)小児の人工内耳

著者: 三浦誠

ページ範囲:P.37 - P.43

Ⅰ はじめに

 わが国で1980年代後半に初めて人工内耳手術が施行されてから20年以上が経過した。当初の手術適応は言語習得後の失聴成人で精神・神経学的に問題のないことが求められていた。その後,徐々に適応範囲が小児にも広がり,1998年には日本耳鼻咽喉科学会による人工内耳適応基準が示され,小児の場合,年齢は2歳以上で,両側100dB以上の高度難聴で補聴器装用効果の少ないものとされた(表1)。その後,小児人工内耳例の増加は著しく,欧米では良好な成績が示されている2歳未満の小児例に対する手術例や従来禁忌もしくは慎重な対応が求められた内耳奇形例や精神発達遅滞などの重複合併例に対する手術も行われることが多くなってきた。症例数の増加に伴って聴覚障害児に対する人工内耳が一定の効果を示してきていることは広く認知されるようになっている。これらの事象を踏まえて2006年『小児人工内耳適応基準』の見直しが行われた(表2)。小児人工内耳の適応に関しては,手術手技や術後の言葉の聞き取りの問題点を含めて,まだまだ解決しなければならない点が多く残り,ガイドラインとして確立されたとはいえないと考えられるが,本稿では2006年に見直された小児人工内耳適応基準を中心に述べる。

4.ガイドラインについて 2)嚥下障害

著者: 兵頭政光

ページ範囲:P.45 - P.51

Ⅰ はじめに

 高齢化社会の到来とともに嚥下障害に対する関心は医療的にも社会的にも急速に高まっている。特に介護保険制度の発足・普及に伴って,嚥下障害を有する患者が在宅療養を目指すようになったことも大きな背景としてある。このため耳鼻咽喉科医においても,嚥下障害に対する適切な評価および対応が求められている。嚥下障害に対する治療の目標は安全に必要な量の食物を経口的に摂取することであり,リハビリテーションの役割は大きいが,嚥下障害は多様な疾患を原因とする症候名であり,その原因疾患,病態,障害の程度によっておのずと対処法が異なる。したがって,これらを的確に診断・評価することが嚥下障害治療の前提となる。

 嚥下障害の診療には現在,耳鼻咽喉科医,リハビリテーション科医,神経内科医,内科医,脳神経外科医,小児科医,歯科医など多くの診療科がかかわっている。また,看護師,言語聴覚士,理学療法士,作業療法士,栄養士など多職種の医療スタッフの協力も必要である。このようなチーム医療における耳鼻咽喉科医の役割と嚥下障害に対するリハビリテーションの考え方について述べる。

各論

1.聴力とめまい 1)人工内耳―成人

著者: 河野淳 ,   片岡智子 ,   小野智子

ページ範囲:P.53 - P.58

Ⅰ はじめに

 人工内耳は治療の対象とならない難聴者の聴覚補償を行うツールであり,内耳性の高度難聴者および聾患者への治療法としてすでに確立された医療である。一般に軽度難聴から高度難聴まで,まず補聴器で聴覚補償を試み,高度難聴や聾患者で補聴器でも十分な聞き取りができない場合に人工内耳の適応となる1,2)

 リハビテーション(re-habilitation)とは『もともと備わっていた能力や機能,さらに権利を回復させること』である。この言葉とは別にハビリテーション(habilitation)という言葉があるが,これは『もとから備わっていない能力や機能,さらに権利を習得させること』であり,先天性高度難聴者が人工内耳によって聴能と言語能を習得する小児に当てはまる言葉である。先天性高度難聴者の場合には聴覚・言語能力を獲得する敏感期(most sensitivity period:一般に1~2歳頃から遅くても5~6歳まで)があるため,この時期にある程度の聴覚刺激が行われていない場合,通常人工内耳の適応とならない。もちろん先天性高度難聴者で成人になって人工内耳埋め込み術を行う場合がないわけではないが,その敏感期を大幅にすぎた成人における人工内耳によるハビリテーションを行う場合は特殊な状況といえる。ここでは,対象者となる成人は,ひとたび言語を獲得した後に失聴した中途失聴者(言語習得後高度難聴者)に限定し,人工内耳埋め込み術前後のリハビリテーションについて述べることとする。

1.聴力とめまい 1)人工内耳―成人

著者: 篠森裕介 ,   高橋信雄 ,   暁清文

ページ範囲:P.59 - P.65

Ⅰ はじめに

 一般の難聴患者には,人工内耳医療=人工内耳埋め込み手術と捉えられがちである。しかし,手術後直ちに音声の聴取が可能になるわけではなく,術後のリハビリテーションが不可欠であることはいうまでもない。成人の人工内耳によるリハビリテーションとは,広義には術前の聴取能評価やカウンセリングから術後の聴能訓練と評価,その後の社会参加まで含む手術前後の一連の機能回復への取り組みのことを指すと考えられる。一方,狭義のリハビリテーションとは術後のマッピング調整や聴能訓練のことであろう。これらを主に担うのは耳鼻咽喉科医と言語聴覚士であるが,多くの施設では言語聴覚士が主要な役割を果たしている。言語聴覚士がリハビリテーションを担当する施設においては,耳鼻咽喉科医はマッピングや訓練の具体的なスキルまでは熟知していないことが多い。しかしさまざまな患者の術後成績を評価し,以後の人工内耳医療にフィードバックさせていくためには,医師側にもリハビリテーションの目標,訓練方法,評価方法の基本的な部分については理解しておくことが求められる。

 リハビリテーションの方法は,個々の患者の年齢,失聴時期・期間,挿入電極の状態,使用環境などのさまざまな要因によって千差万別である。当科における治療成績でも,音入れ後,短期間で電話による会話が可能となるような症例から,長期のリハビリテーションを経ても日常会話の聴取が困難な症例まで個人差が大きい。また,本人のリハビリテーションへの意欲やそれをサポートする家庭環境など,医学的知識のみでは対応できない問題への配慮も要する。したがって個々に対応した適切なリハビリテーションを行うためには聴覚のみに偏ったマニュアル的なマッピング・訓練の方法論だけでなく経験やコツを要することが多い。

 当科では,愛媛大学教育学部聴覚言語障害研究室と共同で人工内耳医療に取り組んでおり,特に広義のリハビリテーションという枠組みで人工内耳装用者とかかわるように努めている。同研究科と当科において経験した人工内耳術後例を紹介し,リハビリテーションの実際について解説する。

1.聴力とめまい 2)人工内耳―小児

著者: 三浦誠 ,   石丸満

ページ範囲:P.67 - P.76

Ⅰ はじめに

 わが国での人工内耳手術の歴史は20年以上が経過した。当初は中途失聴成人に対する手術が主体であったが,徐々に適応範囲が小児にも広がり,1998年には日本耳鼻咽喉科学会による人工内耳適応基準が示された。さらに2006年には『小児人工内耳適応基準』の見直しが行われ,適応が拡大される傾向にある。当科で1987~2006年までに208例の人工内耳手術が施行されたが,うち18歳未満の小児例は86例である。最少年齢は1歳2か月で1歳代が8例,2歳代が17例で,6歳未満例が66例と小児例全体の77%に相当している。最近では人工内耳手術に占める小児例の割合が増加し,また低年齢化が進んでいる。当初は適応を比較的厳しく選んで行われていたが,ここ数年は高度内耳奇形例や精神発達遅滞などの重複障害例に対しても人工内耳手術を行う場合が増えてきている。それに伴って,術後のリハビリテーションの重要性はますます重要になっていると考えられる。本稿では当科で行われている小児人工内耳術後の音入れ,マッピングを含めたリハビリテーションの現状についての基本方針と実際の症例を中心に述べる。

1.聴力とめまい 2)人工内耳―小児

著者: 熊川孝三 ,   射場恵 ,   小山由美

ページ範囲:P.77 - P.83

Ⅰ はじめに

 小児の人工内耳装用者のハビリテーションが,成人装用者のそれと根本的に異なる点として,以下の項目が挙げられる。

 (1)言語発達段階や全身的な発達状態を含めて考えることが前提である。

 (2)装用児と養育者,両者への指導が不可欠である。

 (3)ハビリテーションの内容や目的が年齢や装用期間などに応じて変化する。

 (4)聴取成績の向上のみならず,コミュニケーション能力・言語力の向上が最終目的となる。

 (5)そのため病院だけでは不十分で,療育・教育機関との連携が不可欠である。

 一般的な人工内耳装用児のハビリテーションの流れおよび役割分担を図1に示した。スタッフとして言語聴覚士が担う役割は多岐にわたる1)が,技術的な重要ポイントは,

 ・術前からのかかわりと評価

 ・養育者の指導(カウンセリングを含む)

 ・適切な人工内耳マッピングを行うこと

である。ここでは,耳鼻咽喉科の専門医として言語聴覚士との共生に必要な知識について述べる

1.聴力とめまい 3)内耳性めまい一般―内耳性めまいのリハビリテーション

著者: 山本昌彦 ,   吉田友英

ページ範囲:P.85 - P.89

Ⅰ はじめに

 内耳前庭器官と前庭神経にかかわる障害によって起こるめまいを内耳性めまいという。

 内耳障害はさまざまな原因によって起こるが,必ずしも明確でない場合も多い。また,内耳性か中枢性かの区別も難しいことがある。内耳性めまいは,メニエール病,めまいを伴う突発性難聴,前庭神経炎,良性発作性頭位めまい症などが代表的疾患であるが,二次的にもたらされる内耳障害のめまいとして,中耳真珠腫・急性中耳炎などの中耳炎による内耳障害,アミノグリコシド系抗菌薬・シスプラチン抗癌剤などによる薬物性内耳障害など多々みられる。これらの内耳障害は,急性なめまい症状として回転性めまい感・フラツキ感とともに悪心・嘔吐が出現,歩行すら困難になる。その後に,ふらつき症状が障害の強さに応じて続くが次第に回復してくる。内耳障害も障害の起こり方によって急性なめまいと動揺感・ふらつきなど症状はさまざまである。治療として急性期には対処療法が主に行われるが,急性期以降の症状についてはさまざまな動揺感を残すことがあり,これらの症状には慢性化するふらつき感が残存し,さまざまな不快な症状を残すために治療が必要である。しかし,これらの治療には具体的な方法として示されたものは少なく,今後の検討が必要である1,2)。ここでは,今までわれわれが行ってきた方法について示す。

1.聴力とめまい 4)良性発作性頭位めまい症

著者: 肥塚泉

ページ範囲:P.91 - P.97

Ⅰ はじめに

 良性発作性頭位めまい症(benign paroxysmal positional vertigo:BPPV)は,特定の頭位変化をさせたときに回転性めまいが誘発され,回旋成分の強い特徴的な眼振を認める代表的な末しょう性めまい疾患である。現在,理学療法の一種であるcanalith repositioning procedure(以下,CRPと略す)が,本疾患に対する治療法として広く普及している。後半規管型に対してはEpley1)によって報告されたcanalith repositioning maneuver,Semontら2)によって報告されたliberatory maneuver,Parnesら3)によって報告されたparticle repositioning maneuverなどがある。外側半規管型に対してはLempert法4)がある。CRPの有効性については諸家によりさまざまな報告がなされているが,おおむね良好とするものが多い。近年,これらCRPに対して抵抗性を示したり,再発を繰り返したりするいわゆるBPPV難治例と呼ばれる症例が存在すること,またCRPを施行すること自体が困難な症例に対する対応が問題となっている。本稿では,これら取り扱いに工夫を要するBPPV症例に対してわれわれが行っている対処法について紹介する。

1.聴力とめまい 4)良性発作性頭位めまい症

著者: 一條宏明

ページ範囲:P.99 - P.106

Ⅰ はじめに

 良性発作性頭位めまい症(benign paroxysmal positional vertigo:BPPV)は代表的な末しょう前庭疾患で,かつては耳石器障害と考えられていたが,浮遊耳石置換法1~3)の有効性が明らかになるに従い後半規管の病変であることがわかってきた。また,類似の病態で外側半規管が責任病巣の場合もあり4~6),これに対する治療法も考案されつつある。しかし新たな疾患概念が出現したために,病名および診断基準に若干の混乱が生じているので,まずそれらを整理した後,治療法とリハビリテーションについて解説する。

2.音声言語ならびに嚥下 1)口蓋裂術後,鼻咽腔閉鎖不全に対するリハビリテーション

著者: 守本倫子 ,   佐藤裕子

ページ範囲:P.107 - P.114

Ⅰ はじめに

 口蓋裂は日本では約500人に1人の割合の発生頻度と報告されており,それほど稀な疾患ではない。口唇口蓋裂の治療では,通常口唇形成術,口蓋形成術,顎裂骨移植,口唇外鼻修正術など一連の手術が出生時から成人に至るまで必要となり,精神面を含め,本人,家族の負担は大きい。年齢的にも言語の習得に重要な時期であり,小児科,麻酔科,形成外科,歯科口腔外科,リハビリテーション科と耳鼻咽喉科などの複数の専門科が連携をとって問題の解決に当たっていくチーム医療が一般的になりつつある1)。これにより,患者の顎顔面の成長,発育を観察しながら治療計画を立案することの重要性が認識されている。当院では,形成外科,口腔外科,リハビリテーション科と耳鼻科が合同で口蓋裂チーム外来を開設し,口蓋裂術後や鼻咽腔閉鎖不全の児に対して構音訓練や外科的治療の適応などについて定期的に検討している。本稿では,当院で行われている訓練とチーム外来の介入について概説する。

2.音声言語ならびに嚥下 2)嚥下障害

著者: 三枝英人

ページ範囲:P.115 - P.121

Ⅰ はじめに

 リハビリテーションの語源としての『再び人間らしい生活をすることができる』という観点からみれば,“嚥下障害に対するリハビリテーション”とは,必ずしも嚥下障害を根治するということのみを目標とするものではないことがわかる1)。近年は,内視鏡的胃瘻造設術や埋込み型中心静脈栄養法などの代替栄養法の進歩により,嚥下障害に対する対応が進み,嚥下障害に伴う栄養不良や脱水により,重篤な状態に至ることは少なくなってきていると思われる。一方で,嚥下が水分・栄養摂取という生命の根源的要求に従う機能であるためであろう,ほかの障害に比較して,その改善への要求は根深いものがある。重度の嚥下障害のために長期にわたって代替栄養を余儀なくされている患者であっても,『もし,たった一口の水でも』と,経口摂取への望みを強く心に抱いている場合は多い。しかし,嚥下障害に対する機能訓練をはじめとしたリハビリテーションの手法には,現在まで,種々のものが報告されているものの,その多くは経験的に行われている側面が強く,いまだに科学的根拠に基づいた検証がなされていないというのが現状であるように思う。

 本稿では,病態に応じた適切な嚥下機能訓練・指導を行うことの重要性を実際の症例から学びたいと思う。

2.音声言語ならびに嚥下 2)嚥下障害の初期対応―リハビリテーション専門病院の提言

著者: 伊藤裕之

ページ範囲:P.123 - P.126

Ⅰ はじめに

 当科で治療を行う嚥下障害症例は,進行性神経筋疾患を除くと,全例が他院にて急性期の治療を受けた後当院に紹介された症例である。リハビリテーション専門病院の耳鼻咽喉科にて嚥下障害の治療を行うようになって約四半世紀になる。この間に嚥下障害を取り巻く環境は大きく変化した。嚥下障害に関心が集まるようになり,当初は未治療のまま放置されていた症例が少なからずみられた。しかし,最近では,他院にて治療を受けたにもかかわらず,経口摂取が可能にならなかった症例が増加している1)。最近の保健医療制度の変更に伴い,発症後6か月以上経た症例ではリハビリテーションが実施しにくくなり,効率よく嚥下障害の治療を行うことが要求されるようになった。本稿では,リハビリテーション専門病院の立場から,急性期の嚥下障害を扱うことが多い基幹病院(本稿では,急性期の疾患を扱うことが多い一般市中病院を基幹病院とさせていただく)の嚥下障害の対応について述べたい。

2.音声言語ならびに嚥下 2)在宅における嚥下障害のリハビリテーション

著者: 柴裕子

ページ範囲:P.127 - P.134

Ⅰ はじめに

 嚥下障害のリハビリテーションについて,筆者は耳鼻咽喉科開業医の立場から,在宅医療における嚥下リハビリテーションについて記載する。在宅において嚥下障害は多くの患者が抱える問題であり,その診断については喉頭ファイバーを用いた嚥下内視鏡検査が非常に有用であることを,自身の往診経験をもとに報告してきた1)。しかし,嚥下リハビリテーションについては,誰が行うのか,いかに行うのかその方法はいまだ確立されていない。そこで在宅における嚥下リハビリテーションのあり方を自らの症例を基に検討し,現状が抱える問題点と今後の課題について考察を加えた。

2.音声言語ならびに嚥下 3)嗄声

著者: 馬場均 ,   廣田隆一 ,   高ノ原恭子

ページ範囲:P.135 - P.140

Ⅰ はじめに

 音声障害は声の正常範囲からの逸脱1)であるが,声の正常範囲を定義することは困難であるため,声の質,ピッチ,強さが,個人のもつ声の多様性を考慮に入れたうえでの標準から逸脱した状態2),とされる。音声障害は喉頭の発声機能の障害である発声障害と,声道の伝達機能の障害である共鳴障害に大別され,発声障害は発声器官に器質的病変が存在する器質性発声障害と,器質的病変のない機能性発声障害に分類される3)

 嗄声は発声障害の主体をなすもので,音色の障害とされる。日常臨床では,嗄声をGRBAS尺度による聴覚印象4)で評価することが一般的である。

 嗄声に対する治療法は,保存的治療と外科的治療に分類され,保存的治療には薬物療法と音声治療がある。

 保存的治療である音声治療は,発声行動の再調整法とされており,患者に自分自身の不適切な発声方法を理解させることと,それを自己修正させ効率的な発声方法を習得させることを目的に行われる5)。その適応については,音声治療が治療法として第一選択である場合(不適切な発声行動に起因する音声障害など),外科的治療が不可欠ではなく,音声治療による症状の軽減が期待できる場合(一側性声帯麻痺や声帯結節のなかで発声障害が比較的軽度の症例),外科的治療の補助的効果(音声外科手術後の補助治療など),外科的治療に困難や限界がある場合が挙げられる2)(表1)。音声治療は,生活指導を中心とした間接訓練と実際の発声方法を変える直接訓練に大別されているが5),間接訓練と直接訓練は,独立したものではなく相補的な関係にある。

2.音声言語ならびに嚥下 3)嗄声

著者: 児嶋剛 ,   庄司和彦 ,   藤川敏子

ページ範囲:P.141 - P.148

Ⅰ はじめに

 声は人間の個性を表すものの1つであり,声帯の振動だけではなく声道の形状などさまざまな要因によって決定される。したがって,声の客観的評価は難しく,嗄声で受診した患者の場合はなおさらである。嗄声は耳鼻咽喉科の一般診療において日常的に診察する症状であり,その原因を正確に把握することが治療に非常に重要となる。原因としては,声帯や気道の形状など器質的要因だけでなく機能的要因によるものもある。治療には薬物治療,音声外科治療や音声治療などがあるが,ここでは音声治療(リハビリテーション)を行った症例を中心に治療の適応および効果について述べる。

2.音声言語ならびに嚥下 3)嗄声

著者: 牟田弘 ,   望月隆一

ページ範囲:P.149 - P.152

Ⅰ はじめに

 斉藤成司1)のmicrolaryngoscopyの開発により,それまでは音声外科の適応とはされていなかった歌手の小さな声帯結節などが,安全確実に外科的に治癒させることができるようになった。古くから,言語聴覚士や声楽の教師からの保存的な音声治療でしか治療方法がなかったとされていたsinger's nodeやteacher's nodeなどの器質的疾患が,音声外科の禁忌疾患ではなくなっただけでなく,内転型痙攣性発声障害や声帯溝症に加えて,声帯膜様部の萎縮をともなった難治性の喉頭肉芽腫や男性化音声などの,従来では外科的治療で完治させることが困難とされていた疾患にまで,microlaryngoscopyの発展により,内視鏡下での甲状披裂筋切除術2)や,声帯粘膜固有層浅層に生じた粘膜上皮と声帯靭帯の癒着病変の剝離術や,声帯内自家脂肪注入術3)などが安全確実に行うことができるようになり,音声外科的治療法の適応症例がますます増加してきている。

 しかしながら,音声外科の適応症例が増加していく反面,それらの音声外科症例に対しては,音声外科医からの指導による単純な沈黙療法ぐらいしか行われてこなかった。それに対して,1997年の言語聴覚士法により,長年の念願であった言語聴覚士が国家資格として制定されたため,そのなかでも,特に音声障害に対する音声治療をsub-specialtyとする言語聴覚士と音声外科医とのチーム医療に積極的に参加することが求められるようになった。

 筆者が2004年まで,国立大阪病院にて年間200例弱のmicrolaryngoscopyを行っていた際には,同施設に言語聴覚士が在籍していなかったこともあり,術前・術後には,ほとんど音声治療を施行することが不可能であった。2004年4月に大阪回生病院の大阪ボイスセンターが設立され,筆者も,開業しての日常臨床のかたわら,大阪ボイスセンターのセンター長として非常勤でお手伝いをするようになった後は,3名の音声障害に対する音声治療を得意とする言語聴覚士と音声外科医とのチーム医療が容易になった。現在は,年間100例以上のmicrolaryngoscopyの手術を行っているが,その約1/3の症例に対して,チームを組んだ言語聴覚士からの音声治療を行うようになり,その割合は年々増加してきている。また,過緊張性発声障害や痙攣性発声障害などの音声外科の適応の決定が困難な症例に対しても,音声外科の手術前に,経験を積んだ言語聴覚士からの音声治療を綿密に行うことにより,手術適応や術式の決定に関しても,音声外科医とともに言語聴覚士とがチームを組むことにより,両者が同じ意見に賛同した最適な治療計画に基づいて音声障害に取り組むことが当たり前になってきている。

 極論を許されるとすれば,器質的疾患であれ,機能性疾患であれ,音声障害に対する臨床を行うには,経験を積んだ音声外科医と言語聴覚士との綿密なチーム医療が必須であり,加えて,容易に麻酔科・歯科・呼吸器科・消化器科・精神科・臨床病理などとも,常に密接なチーム医療を行うことが可能な『ボイスセンター』でなければ,最良の音声障害の臨床を行うことは不可能であると断言してもよいと考えている。

3.顔面神経麻痺 1)発症早期のリハビリテーション

著者: 川口和浩 ,   青柳優 ,   稲村博雄

ページ範囲:P.153 - P.158

Ⅰ はじめに

 末しょう性顔面神経麻痺,特にBell麻痺やHunt症候群の治療においては,病的共同運動や顔面拘縮などの後遺症なしに回復させることが求められる。これらの疾患では自然治癒となるような軽症例と,後遺症が発現して回復が不十分な重症例が混在する。いうまでもなく自然治癒が見込めるような軽症例にはリハビリテーションは不要であるが,発症早期にはその鑑別は必ずしも容易ではない。

 末しょう性顔面神経麻痺の後遺症としては,病的共同運動,顔面痙攣,顔面拘縮,ワニの涙症状などが知られている。高度の神経変性を生じた顔面神経麻痺においては,程度の差こそあれ後遺症は必発である。いったん後遺症が発症すれば自然治癒は望めず,患者は長期にわたり不快な症状に苦しみ,QOLも低下する。これら後遺症の治療については,従来から理学療法や薬物治療,神経あるいは筋切断術などの外科的治療が試みられてきたが,これらの治療効果については必ずしも満足なものは得られていない。顔面神経麻痺のリハビリテーションは,薬物あるいは外科的治療で達成できない要素を担当するものであるが,その適応や手技については議論のあるところである。すべての顔面神経麻痺症例に対してリハビリテーションが必要となるわけではないが,ともすれば不適切なリハビリテーションによって後遺症がより顕在化することもありうる。

 本稿では,顔面神経麻痺におけるリハビリテーションについて考察するうえで必要な顔面神経,および顔面表情筋の解剖学的特徴,末しょう性顔面神経麻痺と回復における病態,さらにわれわれが行っている発症早期におけるリハビリテーション指導について解説する。固定した後遺症の評価や各種治療に関しては他稿を参照されたい1)

3.顔面神経麻痺 2)固定した麻痺へのリハビリテーション―ボツリヌス菌の適応

著者: 濵田昌史 ,   山河和博 ,   竹田泰三

ページ範囲:P.159 - P.164

Ⅰ はじめに

 ベル麻痺やハント症候群などの顔面神経麻痺の診療において最も大切なことは麻痺発症早期に適切な治療を実践し,後遺症の発生を可能な限り予防することであるのはいうまでもない。しかしながらステロイド大量療法1)や抗ウイルス剤投与2),あるいは顔面神経減荷術3)といった現存する高度医療を駆使しても麻痺の治癒率が100%に到達しないのもまた事実である。顔面神経麻痺の後遺症には,麻痺そのものの残存をはじめ,眼瞼や口唇周囲の痙攣,顔面のひきつれやこわばりといった拘縮に由来するもの,食事時に閉眼してしまうといった病的共同運動,食事時に流涙過多となるいわゆる『ワニの涙』などが挙げられるが,これらのなかでも患者を最も悩ませるものは拘縮と病的共同運動であろう。麻痺が残存する患者に対してはこれまで積極的に筋力強化訓練が行われてきたが,動きの再獲得を目指した筋強化訓練(粗大運動)によってかえって病的共同運動や拘縮が強くなるというジレンマも経験した4)。これら拘縮や病的共同運動といった後遺障害に対しても従来,バイオフィードバックを理論的背景としたリハビリテーションが行われてきたが,十分な効果を挙げているとはいえなかった。

 近年,特発性片側性顔面痙攣(以下,HFSと略す)に広く使用されるボツリヌストキシンA(ボトックス®,アラガン:以下,BTXと略す)の応用によって後遺症治療が新しい展開を迎えている5,6)。つまり,HFSの原因には諸説があり,いまだ明らかにされたとはいえないが,表出している現象の主体は拘縮と病的共同運動であって,麻痺後遺症と類似点が多いことにその応用の根拠が存在する。つまり,血管による圧迫や神経の損傷といった原因の違いはあっても,これらはともに中枢の顔面神経核の過度の興奮を背景として生じている7,8)。BTX治療はこの中枢の興奮性や迷入した再生神経をいったんリセットすることで,その後のリハビリテーションを容易にしようとするものである。

 本稿では著者が取り組むBTXとリハビリテーションを併用した,また場合によって顔面の吊り上げなど静的再建術も取り入れた顔面神経麻痺後遺症の治療法を紹介する。

4.頭頸部腫瘍術後の機能回復 1)口腔癌術後の咀嚼・嚥下

著者: 赤羽誉 ,   吉野邦俊 ,   荒木千佳 ,   北坂美津子

ページ範囲:P.165 - P.172

Ⅰ はじめに

 口腔癌の治療,特に手術治療後には,準備期から口腔期を中心とした咀嚼障害のみではなく,咽頭期の嚥下機能にも影響を及ぼし,咀嚼から嚥下機能に対する一連の術後機能の低下が避けられない。特に切除範囲が大きくなると,手術後の機能障害がより高度となり,構音,咀嚼,嚥下といった日常生活の営みに影響を及ぼす結果となる。

 昨今,機能温存手術が積極的に施行されており,切除後の再建手術の工夫1)だけではなく,術後の嚥下リハビリテーション(以下,リハビリと略す)も重要な位置づけにあるといえる。

 全国的に頭頸部癌に精通したリハビリスタッフが少ないのが現状であり,今後,頭頸部癌治療に伴う咀嚼・嚥下に携わるリハビリスタッフの充実が課題と思われる。また,舌接触補助床(palatal augmentation plate:PAP)2,3)に代表されるような口腔内補綴物4)の作製に当たり歯科・口腔外科領域との積極的な連携も必要である。

 本稿では,われわれが行った口腔癌症例を中心に,咀嚼・嚥下のリハビリについて述べる。

4.頭頸部腫瘍術後の機能回復 1)口腔がん術後の咀嚼

著者: 林隆一

ページ範囲:P.173 - P.176

Ⅰ はじめに

 口腔がんの手術後は何らかの咀嚼障害が認められ,同時に嚥下障害も伴っていることが多い。そして,腫瘍の原発部位や切除範囲によってこれら障害の複合度は異なってくる。例えば,舌がんは切除範囲が小さければ咀嚼・嚥下ともさほど問題にならない。しかし可動部舌の切除範囲が広くなると咀嚼機能が主に障害され,また舌根部の切除が加わることにより嚥下障害も加わってくる。一方,下歯肉がんなどで下顎骨の切除が必要な症例では術後の咀嚼が問題となるが,舌の合併切除がなければ嚥下障害の程度は軽い。

 ここでは口腔がん術後の咀嚼に関して,機能を保持するための工夫と術後のリハビリテーションについて症例を呈示し述べる。

4.頭頸部腫瘍術後の機能回復 2)舌癌・咽頭癌術後の嚥下

著者: 冨田吉信 ,   山下弘之

ページ範囲:P.177 - P.182

Ⅰ はじめに

 近年の集学的な治療の発展によって頭頸部癌の治療成績は向上した。すなわち,放射線照射,抗癌剤による化学療法および手術を組み合わせることによって,従来は治療が不可能であった症例に対しても根治的な治療が可能となった。さらに形成外科的な技術の向上によって,切除してできた欠損部位を再建できるようになった。しかし,同時にこれらの集学的な治療は生体に対しより多くの侵襲をもたらした。このため治療による咀嚼障害,嚥下障害,および音声障害といったQOLの低下に遭遇することになった。これらの障害は入院期間の長期化をもたらし,治療後の社会復帰を妨げている。今回は舌がんと咽頭がんの治療後に発生した嚥下障害を経験したので報告する。

4.頭頸部腫瘍術後の機能回復 2)舌癌・咽頭癌術後の嚥下

著者: 田山二朗

ページ範囲:P.185 - P.191

Ⅰ はじめに

 舌・咽頭は嚥下機能において重要な器官であり,この部分への手術的操作は口腔期・咽頭期の嚥下動態に大きな影響を及ぼす。癌の手術においては組織切除による欠損や形態の変化,運動機能の障害,知覚の障害などを生じ,高度な嚥下障害を生ずる可能性がある。また,頸部への手術操作や放射線治療の影響も考慮しなければならない要素である。

 術後嚥下障害が生じた際,まず試みられることは残存した機能を最大に活用できるようにする,すなわち嚥下リハビリテーションであり,これは間接および直接訓練にとどまらず,食物の形態,食事の姿勢,嚥下方法から理学的療法までを含んだ総合的なものとして扱われている。リハビリテーションを効率よく行うためには,障害部位とその病態を把握し,障害に応じた内容を選択する必要がある。しかし,嚥下リハビリテーションによりすべての嚥下障害に対応できるわけではなく,手術治療をはじめとした治療計画において機能障害の可能性を考慮し,対策を立てておくべきであろう。ここでは嚥下障害に対するリハビリテーションを解説するとともに,症例を通してその限界について考えたい。

4.頭頸部腫瘍術後の機能回復 3)頸部郭清術後の上肢の運動

著者: 津田豪太

ページ範囲:P.193 - P.198

Ⅰ はじめに

 上肢の運動をつかさどる神経系は頸髄より分枝してくる腕神経叢と副神経であるが,それらが頭頸部手術で損傷される可能性があるのは,頸部郭清術と頭蓋底手術の2つである。今回は頸部手術操作後の上肢の運動障害とその対応についてまとめる。

4.頭頸部腫瘍術後の機能回復 4)喉頭摘出後の音声獲得 (1)食道発声

著者: 久育男

ページ範囲:P.199 - P.201

Ⅰ はじめに

 喉頭摘出後のリハビリテーションとしては,音声のリハビリテーションが最も大切であるが,それ以外にもいくつかの問題があり,これらに総合的に対応することが必要である。

 音声の再獲得は,職場復帰を含めて社会生活上,患者のQOLを考えるうえで,最も大切なリハビリテーションといえる。主な発声方法は,食道発声,人工喉頭や気管食道瘻による発声である(表1)。本稿ではこれらのうち,食道発声について述べる。

4.頭頸部腫瘍術後の機能回復 4)喉頭摘出後の音声獲得 (2)電気喉頭

著者: 鈴木康士 ,   大友希和 ,   大森孝一

ページ範囲:P.203 - P.209

Ⅰ 電気喉頭による発声の仕組みと特徴
 喉頭全摘術は喉頭癌や下咽頭癌症例に対して行われる。喉頭摘出後には音声言語機能を喪失するため,身体障害者3級となり,喉頭音声に代わる音声の再獲得が必要となる。

 喉頭摘出後に音声を再獲得する試みは,1873年Billrothが最初の喉摘を行った翌年から始まり,その後,種々の発声方法が報告されてきた。代用発声法としては,食道発声,気管食道シャント発声,笛式人工喉頭,電気喉頭の4種類がある。ここでは,その1つである電気喉頭について述べる。

4.頭頸部腫瘍術後の機能回復 4)喉頭摘出後の音声獲得 (3)シャント

著者: 岩井大

ページ範囲:P.211 - P.220

Ⅰ はじめに

 無喉頭患者にとって早期の発声機能獲得はQOL改善のためにも重要な問題である。術後の失声に対する失望感や意思を容易に伝えられないことからくる疎外感,焦燥感は,一刻も早く取り除かれるべきである。このため欧米では,シャント発声や電気喉頭が第1選択として広く普及している。しかるに日本では,獲得までに半年またはそれ以上を要しかつ成功(明瞭な多音節発声獲得)率の劣る食道発声をいまだに第1選択としている施設が多い。また,全国の『無喉頭発声の会』のなかでは,食道発声の練習期間はこれに専念するため電気喉頭は禁止され発声の機会を与えられず,一方,食道発声が困難と判明してもしくは訓練から脱落して仕方なく電気喉頭に移行するという方針を取るところがある。したがって,電気喉頭が食道発声不能のシンボルのように考えられがちである。喉頭摘出を受ける患者の多くが比較的高齢であり,同じく加齢に伴い用いられる老眼鏡や補聴器は容易に使用されることを考えれば,手術を受けたのちさらに訓練が必要で途中の脱落者も多い1)食道発声より,電気喉頭やシャント発声のほうがより受け入れられやすく,無発声期間を短縮する発声方法であると思われる。ただし,シャント発声とともに食道発声を獲得した患者が,指で気切口を塞ぐ操作が不要で障害者と気づかれにくい食道発声を優先するのも事実である2)。電気喉頭もその仕草や抑揚の少ない不自然な発声のため,容易に障害者と気づかれる。したがって,シャント発声や電気喉頭を用いて早期から発声してもらい,次のステップとして食道発声にチャレンジするのが望ましいと考えている。

基本情報

耳鼻咽喉科・頭頸部外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1316

印刷版ISSN 0914-3491

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