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雑誌目次

雑誌文献

耳鼻咽喉科・頭頸部外科82巻5号

2010年04月発行

雑誌目次

特集 耳鼻咽喉科・頭頸部外科の検査マニュアル―方法・結果とその解釈

序文

著者: 八木聰明

ページ範囲:P.5 - P.5

 耳鼻咽喉科・頭頸部外科領域の機能検査には多くのものがあります。ここに挙げた項目は,そのほとんどを網羅しているものです。われわれは,これらすべての項目について,その検査方法を知り,その結果について考察する力をもたなければなりません。とはいえ,各自がこれだけの検査すべてのエキスパートであることは難しいのも事実です。また,検査方法やその結果の解釈は常に一定ではなく,新たに生れ,変化するものです。例えば,比較的最近まであまり注目を集めなかった嚥下検査は,現在は耳鼻咽喉科・頭頸部外科医にとって,必要不可欠のものになっています。

Ⅰ.聴覚検査

1.純音聴力検査

著者: 佐野肇

ページ範囲:P.7 - P.12

Ⅰ はじめに

 純音聴力検査は数ある聴覚機能検査の中でもきわめて古典的な検査であるが,いまだに難聴の診断の過程において最も重要な位置を占めている。心理学的手法を用いた比較的簡単な検査法でありながら,検者および被験者がともに適切に対応をすれば再現性のある精密な機能評価ができる。逆に不適切な方法や被験者の反応の仕方によっては大きく影響を受ける可能性があり,その測定および結果の解釈には相応の注意が必要である。

2.自記オージオメトリー

著者: 小林一女

ページ範囲:P.15 - P.20

Ⅰ はじめに

 1947年Bekesy1)により考案された検査で,self-recording audiometer,Bekesy型オージオメーターとも呼ばれている。連続周波数を記録し,強さの弁別閾と聴力の閾値を同時に自動的に測定できる。今日では通常のオージオメーターに自記オージオメトリー検査が内蔵され,簡単に検査が行える。自記オージオメトリー検査は閾値が自動的に測定され,結果は鋸歯状の波形が記録される。この結果より補充現象の有無や感音難聴の鑑別診断が行える。

 本検査の臨床的意義は,①聴覚閾値の測定,②振幅の測定,③持続音記録と断続音記録との聴力レベル差の測定,④聴力レベルの時間的推移の記録(固定周波数記録)である2)

3.語音聴力検査

著者: 君付隆

ページ範囲:P.21 - P.28

Ⅰ はじめに

 語音とは,『言葉を構成する音声・言語音』のことであり,日常の音声コミュニケーションは語音を用いて行われている。そのため,語音を検査の素材として用いた語音聴力検査は,個人の会話能力を知るうえで重要な検査といえる。また,言葉の聴き分けは,中枢を含めた聴覚系における情報処理能力とかかわっているため,純音聴力検査と語音聴力検査を比較することにより,難聴の鑑別診断,特に後迷路性難聴や機能性難聴の鑑別に有用である。

 わが国では,日本聴覚医学会の語音聴力検査法が普及しているため,本稿では日本聴覚医学会編集の語音聴力検査法1)で説明されている方法に基づいて記載する。語音聴力検査法も他の聴覚検査と同様,閾値検査と閾値上検査があり,下記の2種類がある。

 (1)語音了解閾値検査(語音聴取閾値検査)―語音による閾値検査

 (2)語音弁別検査(最高明瞭度検査)―閾値上検査で,語音をどれだけ正確に聴き分けられるかを検査

4.補聴器適合検査

著者: 西村忠己 ,   細井裕司

ページ範囲:P.29 - P.34

Ⅰ はじめに

 高齢化社会の到来ともに補聴器を必要とする聴覚障害者は増加している。それに伴い補聴器適合における耳鼻咽喉科医が果たす役割の重要性も再認識され,近年補聴器適合検査の保険診療の算定化や補聴器相談医制度の発足などの整備が進んでいる。しかし補聴器が聴覚障害者に合っているのかどうかの判断を行う補聴器適合検査については定まった方法はなく,臨床の場でその対応に苦慮することも想定される。

5.耳管機能検査

著者: 大島猛史

ページ範囲:P.35 - P.40

Ⅰ はじめに

 耳管は鼓室と上咽頭を結ぶ長さ約3.5cmの管性構造物で,中耳の圧平衡・排泄・防御などの機能を有している。これは中耳の恒常性維持に重要であり,この障害により中耳病態が生じ,また,耳管に起因する特有の症状が患者を悩ますこととなる。そのため,耳管機能の評価は耳管・中耳病態の把握に重要である。現在,耳管機能検査は保険適応となっているが,聴力検査,ティンパノメトリーに比べると広く普及しているとはいえない。大学病院でさえ7割未満の施設にしか耳管機能検査機器が導入されていない1)。また,全国の病院の耳鼻咽喉科医に対するアンケート調査では,耳管開放症を疑ったときに行う検査として耳管機能検査は『必ず行う』が2割未満で,『行わない』が6割超であった2)。Shambaugh3)は,耳管開放症は患者の耳と自分の耳をチューブでつなぎ,聴診すれば容易に診断されると記載しているが,実際は診断に難渋する例も少なくなく,耳管機能検査装置はそれを打開するには有用であろう。普及を阻む要因の1つには検査結果の解釈や診断基準が不明確な点が挙げられる。ここでは,耳管機能検査法の施行方法,結果の解釈などについて概説する。

6.インピーダンスオージオメトリー

著者: 鈴鹿有子

ページ範囲:P.41 - P.48

Ⅰ はじめに

 インピーダンスとは抵抗のことで,インピーダンスオージオメトリーとは音のエネルギーが外耳,鼓膜,中耳へと伝達される際に,何らかの抵抗で伝わりにくくなる。その抵抗(音響インピーダンス)を測定する検査法である。

 またインピーダンスオージオメトリーは鼓膜や中耳伝音系の異常にとどまらず,内耳や後迷路,顔面神経の情報も与えてくれる。他覚的検査であるので,信頼性も高く,短時間ですみ,純音聴力検査が不可能な乳幼児でも測定可能である。全自動式の機器が多く,手技的に難しい検査ではないが,正しい検査の心得は必要である。普及率も高く,以前から聴力検査とともに耳鼻咽喉科の診療に欠かせないものになっている。

 現在インピーダンスオージオメトリーでできる検査は大きく分けて①ティンパノメトリー検査と②耳小骨筋反射検査である。

インピーダンスオージオメトリーの原理

 音は外耳から入って,鼓膜,耳小骨,中耳を経て内耳に伝えられる。その経路で音エネルギーに対しての抵抗を音響インピーダンスという。インピーダンスオージオメトリーとは外耳からの音を与えて,跳ね返ってきた音を測ることで,どれだけの音が反射されたか,つまりどれだけの音が鼓膜や中耳を通っていったかを測定する。インピーダンスは小さいほうが抵抗なく音が伝達されたことになる。もちろん鼓膜,耳小骨を経るので,その分での抵抗があるのが正常であるが,鼓膜インピーダンスはきわめて小さいので,大部分の音は通過する。もし鼓膜インピーダンスが大きいということであれば,鼓膜が厚く,硬くなっていることを意味し,鼓膜のみでなく中耳腔に滲出液が貯まった場合は病態が著明に反映されるので,中耳インピーダンスともいう。外耳道から入った音のエネルギーは,耳小骨へ伝わり,耳小骨や耳小骨筋を動かすのにも消費され内耳へ伝わる。ということでインピーダンスオージオメトリーでは鼓膜,耳小骨,耳小骨筋,中耳腔,内耳の情報を得ることができる。

7.耳音響放射

著者: 泰地秀信

ページ範囲:P.49 - P.55

Ⅰ 耳音響放射の種類

 耳音響放射(otoacoustic emission:OAE)は蝸牛から発生し外耳道内で検出される弱い音であり,音刺激により誘発されるものと自発的に発生するもの(自発耳音響放射,spontaneous OAE)とがある(表1)。OAEは蝸牛内の外有毛細胞の能動的な作用の副産物として生じており,内耳機能(外有毛細胞の機能)を他覚的にとらえる指標となる。

 基底板振動には非線形性が存在し,この非線形性が蝸牛における鋭い周波数同調特性をもたらしているが,この特性は外有毛細胞の活動(能動性)による特殊な増幅作用によって生じている。OAEとは外有毛細胞の活動により生じた基底板の振動が,逆進行波→卵円窓→耳小骨→鼓膜→外耳道と放射されたものである(図1)。OAEの存在は1940年代に予想されていたが,実際に測定がなされるようになったのは1970年代後半である1)。OAE検査はプローブを外耳道に挿入するだけで,短時間で非侵襲的に内耳機能の測定が行えるので,新生児・乳幼児の聴覚スクリーニングや,微細な蝸牛障害の検出などに臨床応用が行われている2)。本項では,耳音響放射のうち臨床応用が広く行われている誘発耳音響放射(transient-evoked OAE:TEOAE)と歪成分耳音響放射(distortion product OAE:DPOAE)の測定法および結果の解釈について述べる。

8.蝸電図

著者: 和田哲郎 ,   田渕経司 ,   原晃

ページ範囲:P.57 - P.64

Ⅰ はじめに

 聴覚は20~20kHzの周波数領域の振動という物理的な外界の刺激を音として受容する特殊感覚である。空気の粗密波という機械的エネルギーで伝えられた音振動は,蝸牛のコルチ器によって電気的エネルギーに変換される。その結果,蝸牛神経の興奮を惹起し,以後,聴覚伝導路を経由し聴覚野に情報が伝えられる。この機械電気変換された最初の電気的な現象(誘発反応)を測定し,聴覚の評価,病態の診断あるいは予後の判定に用いるのが蝸電図検査(electrocochleogram:ECochG)である1)

 音刺激により誘発される電気現象には,構成成分として蝸牛マイクロホン電位(cochlear microphonics:CM),加重電位(summating potential:SP),蝸牛神経複合活動電位(compound action potential:CAPまたはaction potential:AP)があり(図1)2),音刺激からおおよそ3msec以内に認められる。これらの電気現象を,鼓室内あるいは外耳道深部に電極をおいて検出する。電極留置にやや煩雑な面はあるものの,より蝸牛近傍の情報が得られ,鋭敏な検査法である。

9.聴性脳幹反応検査

著者: 芳川洋

ページ範囲:P.65 - P.70

Ⅰ はじめに

 聴性脳幹反応(auditory brainstem response:ABR)は1970年にJewettら1),およびSohmerら2)によって報告された聴性誘発反応である。頭皮上に設置された電極から,潜時10msec以内に記録される反応であり,内耳から脳幹までの聴覚路の刺激音による電位変化の総和として記録される。刺激音によるon反応と考えられ,立ち上がりの急峻な刺激音で,より明瞭に記録される。また,内耳から脳幹に至る聴覚路が発生源であるため,睡眠や薬物による影響を受けにくいことから,睡眠下の幼小児に対する聴覚の補助的評価に広く用いられている。また,反応の各ピークが発生部位に対応すると考えられており脳神経学的な補助診断法として,また,聴神経腫瘍などの術中モニターとしても応用される(図1)。

10.聴性定常反応検査

著者: 伊藤吏 ,   青柳優

ページ範囲:P.71 - P.79

Ⅰ はじめに

 乳幼児の聴力評価には聴性行動反応聴力検査(BOA)や条件詮索反応聴力検査(COR)などの心理学的手法と聴性脳幹反応(ABR)や聴性定常反応(auditory steady-state response:ASSR)などの電気生理学的な他覚的聴力検査を組み合わせて施行し,これらの結果から総合的に判断することが原則である。しかし,最近では新生児聴覚スクリーニング検査が普及し,いわゆる1-3-6ルール,すなわち生後1か月までにスクリーニングを終え,生後3か月までに難聴の程度を評価し,生後6か月までには医学的・療育的介入を開始することが推奨されており,このようなCORの適応年齢に満たない難聴児において他覚的聴力検査の役割は大きなものとなっている。これまで乳幼児に対する他覚的聴力検査はクリック音刺激によるABRがゴールドスタンダードであったが,低中音域の聴力評価が困難であり周波数特異性も低いという問題から補聴器のフィッティングには適さなかった。これに対してASSRは周波数特異性の高い検査法であり1),乳幼児の聴力評価や補聴器フィッティングおける有用性が期待されている。本稿ではASSRの基礎知識と臨床応用上の具体的な検査法,結果の解釈,ピットホールなどについて述べる。

11.人工内耳の検査

著者: 福島邦博

ページ範囲:P.81 - P.87

Ⅰ はじめに

 1994年,わが国で多チャンネル式人工内耳の健康保険適用が受けられるようになって以来,人工内耳手術は一般的な医療として多くの医療施設で施行されるようになってきた。1998年4月には,日本耳鼻咽喉科学会の人工内耳適応基準委員会により,最初の人工内耳適応基準が作成された1)。この適応基準の中で規定されている成人の人工内耳適応は,聴力および補聴器の装用効果に関して,『原則として両側とも90デシベル以上の高度難聴者で,かつ補聴器の装用効果の少ないもの』とされており,また,『通常の人工内耳装用者の語音弁別成績を参考にして慎重に判定することが望ましい(具体的には子音弁別テスト,57語表の単音節検査,単語や文章復唱テストなどの成績を参考にする)』とある。さらに,成人例の手術禁忌としては,『画像(CT・MRI)で蝸牛に人工内耳が挿入できるスペースが確認できない場合。ただし奇形や骨化は必ずしも禁忌とはならない』とされている。加えて,この適応基準には付記があり,『1.プロモントリー・テストの成績は参考資料にとどめる』ことが示されている。これらの中に記載されているように,少なくとも人工内耳の手術適応判断の中では,①聴力検査,②語音聴力検査,③補聴器装用検査,④CTおよびMRIの画像検査,⑤プロモントリーテストなどの電気生理学的検査の5種の検査が必要となることが明示されている。

 本稿では,他稿との重複を避けるために,人工内耳に比較的特異的な電気生理学的検査のうち,広く行われているものを中心に解説を行い,その他の検査については一部のみを紹介するにとどめる。また,現在わが国では,人工内耳メーカーとしてコクレア社,メドエル社,アドバンストバイオニクスの3社の製品が使用可能であるが,それぞれの企業が類似の概念に対して,独自な用語を用いている場合も少なくない。今回は,その中でも日本コクレア社の機種で用いられている用語と概念を中心に解説した。今後の学術文献などでの使用を前提に考えると,こうした用語についても一般概念として使用できる邦訳用語が定められることが望ましい。

Ⅱ.めまい検査

1.眼振検査(注視眼振,頭位・頭位変換眼振)

著者: 下郡博明

ページ範囲:P.89 - P.93

Ⅰ はじめに

 めまいは,日常臨床で比較的多く遭遇する症候である。夜間,早朝のめまい発作のため,時間外に急患受診するケースも多く,そのため耳鼻咽喉科以外の他科の医師が当直帯に診察に当たることもしばしばである。めまい患者の診察で問題となるのは,中枢性疾患によるものか末しょう性疾患によるものかの鑑別である。症状が軽くても中枢性疾患であれば生命予後に関係してくるものもある。このような背景から,めまいを訴える患者の診断のポイントを知ることは,各科間の隔たりなく多くの医師の望むところである。その意味では,診療所,総合病院といった施設を選ばず,どこででも行える注視眼振検査,頭位・頭位変換眼振検査は重要である。その理由として,これらの検査では回転刺激検査,温度刺激検査とは異なり,通常は眼振を認めない点にある。すなわち,眼振を認めることは何か疾患が存在していることを示唆しているのである。眼振検査でどこまで病巣診断ができるかについては,過去にもいろいろと報告がなされてきた1,2)

 本稿では,注視眼振検査,頭位眼振検査,頭位変換眼振検査について,方法,得られた所見に対する解釈について概説する。

2.ENG(electric nystagmo graph)検査・電気眼振図検査

著者: 山本昌彦 ,   吉田友英

ページ範囲:P.95 - P.101

Ⅰ はじめに

 ENG検査は,眼球の動きを記録する検査であるが,主に眼振を記録する目的としての電子機器を使った記録検査を称するが,眼球運動を記録する意味から眼科ではEOG検査(electro oculo graph検査)という。両者の違いは,ENGは規格を有する検査機器で,診療報酬も異なっている精度の高い記録機器である(図1)。最近,眼振記録にビデオカメラを使うようになり,手軽に診療補助として利用されている。ENGとビデオ記録の何が異なるのか,それぞれ一長一短がある。ビデオ記録は,動画として眼振や眼運動を見ることができるので,実際の動きを確認できるが,閉眼での眼運動は記録できない。

 ENGの一番の利点は,閉眼での眼振・眼運動が記録できること,眼運動の動きの幅や速度について高精度の記録が可能である。このことから,眼運動の異常を左右・上下の動きとして記録・解析が可能である。記録法は記録用紙から最近はコンピュータモニター上で観察できるようになってきた(図2)。このことは,ペンレコーダの記録以上に,今まで不可能であった実際の眼球運動速度に近い速度波形を表示することができるようになった。

 ENGを医師が記録していた頃には,診療の合間に検査時間を作って行っていたために,多くの検査を行うことができなかった。これは,全国的にENG検査ができる検査技師の人数が極端に少なかったためである。最近は,生理機能検査として中央施設や看護師・臨床検査技師が検査をすることができるようになり,広く平衡機能検査として行われるようになってきている。医師は,当然ENG操作をすることができるとともにENGを読むことができることは必須であり,検査内容・結果を指示することが知識や技術向上のうえで重要である。これらをふまえ,ENG検査について示したい。

3.四肢平衡機能検査

著者: 將積日出夫

ページ範囲:P.103 - P.108

Ⅰ 四肢平衡機能検査とは

 日常生活において,人間は起立し,歩行し,いろいろな運動を円滑に行うことができる。これは体のバランスがくずれないようにするための神経機構が備わっているからであり,前庭系,視覚系,深部知覚系という身体平衡にかかわるメカニズムが互いに深い関係を保ちながら,身体の平衡を維持している。したがって,これらのどこかに障害が起これば,身体の平衡を正常に保つことが困難となり,めまいや平衡障害が症状として現われてくる。めまい・平衡障害は,四肢身体の平衡失調という他覚的所見を呈し,四肢平衡機能検査により障害の程度,推移などを把握することが可能となる。本稿では,四肢平衡機能検査を,静的体平衡検査と動的体平衡検査に分け,検査の方法と判定基準,臨床的意義について概説する。

4.前庭眼反射を用いた検査(温度眼振検査,回転刺激検査)

著者: 肥塚泉

ページ範囲:P.109 - P.115

Ⅰ はじめに

 めまい・平衡障害を訴える患者の診断に際しては,問診,視診,聴力検査,平衡機能検査,神経学的検査,画像診断,血液検査などで得られた結果の総合的判断が必要となる。これらの中で平衡機能検査の役割およびその使命は,①患者の訴える平衡異常を他覚的に把握しこれを記録・保存する,②平衡機能障害の病巣局在診断を行う,③治療効果の客観的な評価を行うなどである。平衡機能検査には,日常生活の範囲内においてout putの状態を観察する検査と,軽い負荷を加えてout putの状態を観察する検査(誘発または負荷検査),そしてさらに迷路,視器,深部知覚器などを積極的に刺激し,刺激に対するout putを定量的に観察および記録する刺激検査の3つに大きく分類することができる。温度眼振検査,回転刺激検査はこれらの中で,3番目の刺激検査に属し,前庭系を刺激した結果,前庭眼反射によって生じるout putとしての眼振を観察・記録した後これを評価する検査法である。本稿では,前庭系の刺激検査の代表格である,温度眼振検査と回転刺激検査について述べる。

5.VOG(video-oculography)

著者: 八木聰明

ページ範囲:P.117 - P.123

Ⅰ はじめに

 眼球運動には,頭部の中心を通る3つの軸〔垂直軸:Z軸,両耳を通る水平軸:Y軸,さらに視線の方向である前後軸:X軸(図1)〕を中心として回旋する3つの眼球運動がある。水平,垂直,回旋の各運動である。水平と垂直の眼球運動,すなわちZ軸とY軸を回転軸とする二次元運動は,角膜網膜電位を利用したENG(electro-nystagmogaphy)あるいはEOG(electro-oculograhy)として,現在臨床検査として最も広く用いられている。

 一方,X軸を回転軸とする眼球運動,すなわち一般的にいわれる回旋性の眼球運動を記録する試みは古くから行われてきたが,現在臨床的に使用可能なものは,サーチコイルを用いる方法とビデオ画像を用いる方法の2つである1)。しかし,サーチコイルを用いる方法は,コイルを埋め込んだコンタクトレンズを装着すること(侵襲性)や,磁場の中に頭部を固定しなくてはならないことなど,臨床検査としては不向きな点が多く,動物実験などの研究以外には用いられ難くなっている。他の1つであるビデオを用いた方法は,EOGと同じようにVOG(video-oculography)と呼ぶことが一般的になってきた。

6.VEMP(vestibular evoked myogenic potential)

著者: 室伏利久

ページ範囲:P.125 - P.130

Ⅰ はじめに

 VEMPは,vestibular evoked myogenic potentialの略語で,邦訳としては,前庭誘発筋電位,前庭性頸筋電位,前庭誘発頸筋電位などが用いられてきた。VEMPは,クリックやトーンバーストなどの気導音(air conducted sound:AC)刺激によって誘発される筋電位を,主として,頸筋,特に胸鎖乳突筋(sternocleidomastoid muscle:SCM)において記録するものを原法とし,末しょう前庭器のなかでもこれまで簡便で有効な検査法のなかった球形囊の機能検査として発展してきた1,2)。すなわち,前庭頸反射,特に球形囊頸反射の臨床検査として位置づけられている。臨床応用が進むにつれ,一方で,その限界も認知されるようになり,この限界を克服するためのさまざまな変法も考案されてきた。本稿では,VEMPの原法のとり方・読み方について解説するとともに,その変法についても紹介する。

7.重心動揺検査

著者: 伊藤八次

ページ範囲:P.131 - P.135

Ⅰ はじめに

 体平衡は身体動揺のセンサーである前庭,視覚,自己受容器からの入力情報が中枢で統合処理され,動揺を制御するように全身の骨格筋に出力され維持されている。これらの入力から出力までのいずれの部位の障害でも体平衡維持に異常が現れる。したがって,体平衡検査は身体の平衡機能を総合的に観察し評価できる最も基本的な平衡機能検査である。検査は簡便なものが多く,めまい・平衡障害のほぼ全例が対象となる。体平衡検査には静的検査と動的検査があり,静的・体平衡検査には直立検査(両脚直立,Mann,単脚直立),重心動揺検査,動的・体平衡検査には指示検査,書字検査,足踏み検査,歩行検査などがある。本稿では,重心動揺検査を取り上げ解説する。

Ⅲ.顔面神経検査

1.顔面表情の検査

著者: 勝見さち代 ,   村上信五

ページ範囲:P.137 - P.143

Ⅰ はじめに

 顔面神経麻痺の評価法には大きく分けて2つの方法がある。1つは顔面全体の印象を概括的に捉えて麻痺程度を評価する方法(gross system)で,もう1つは顔面表情の主要な機能を区分して幾つかの単位に分け,それぞれを個別に評価し,その合計で麻痺程度を評価する顔面部位別評価法(regional system)である。現在,臨床において汎用されている評価法は,gross systemではHouse-Brackmann法があり,regional systemでは40点法(柳原法)がある。前者は主に聴神経腫瘍術後の麻痺を対象として考案され,後者は主にBell麻痺,Hunt症候群による麻痺を対象としてわが国で考案された。また,後遺症評価に重点をおいたSunnybrook法もある。

 本稿では,現在臨床的に用いられている代表的な評価法について解説する。

2.アブミ骨筋反射

著者: 中川尚志

ページ範囲:P.145 - P.148

Ⅰ アブミ骨筋反射の機序1,2)

 大きな音で中耳内にあるアブミ骨筋が収縮する反射をアブミ骨筋反射(stapedius reflex:SR)と呼ぶ。SRは伝音系の振動を抑制し,内耳への音入力を調節する。反射弓は求心路が蝸牛神経(聴神経)で遠心路が顔面神経である。また同時に三叉神経を遠心路として鼓膜張筋も収縮する。これらの反射を合わせて音響性耳小骨筋反射(acoustic reflex:AR)という用語が使われている。ARの測定は音刺激によって生じる外耳道腔の静的コンプライアンスの減少をインピーダンス・オージオメトリーで記録したものである。インピーダンス・オージオメトリーは別章で述べられているので,詳細はそちらを参照いただきたい。ARで総称されているが,鼓膜張筋腱反射の閾値は高いため,実際に臨床で測定している反応は主にSRである。

 図1にSRの経路および関係する場所を模式的に表した。SRの入力系は聴覚で,効果器はアブミ骨筋である。外耳と中耳からなる伝音系が音を蝸牛に伝え,蝸牛で音刺激が電気信号に変換される。音のラウドネスは蝸牛神経の発火数,神経インパルスで表現される。神経インパルスが閾値を超えると橋にある腹側蝸牛神経核に入力された信号が上オリーブ複合体を経由して,顔面神経核を刺激する。この結果,遠心路である顔面神経を通して,アブミ骨筋が収縮する。アブミ骨筋が収縮するとアブミ骨の可動性が低下し,アブミ骨に連続する耳小骨および鼓膜のスティフネスが増加する。外耳道腔の一部を形成する鼓膜のスティフネスが増加した結果,外耳道腔の静的インピーダンスが増加する。インピーダンスはスティフネスの逆数であるコンプライアンスで測定しているため,AR検査ではコンプライアンスの減少,下向きの変化として記録される。静的コンプライアンスは個人差が大きいため,AR検査は相対的なコンプライアンスの変化をみる質的な検査である。

3.筋電図検査

著者: 國弘幸伸

ページ範囲:P.149 - P.154

Ⅰ はじめに

 Bell麻痺やRamsay Hunt症候群における顔面神経麻痺の予後は急性期の麻痺の程度によってある程度予測が可能である。完全麻痺に陥らなければ後遺症をほとんど残さずに治癒する。逆に,発症急性期に完全麻痺に陥った場合には,拘縮,異常共同運動,ワニの涙などの後遺症が残る可能性が高くなる。しかし,たとえ完全麻痺に陥っても顔面神経の軸索変性はごく軽度にとどまっている症例がある。このような症例では麻痺の良好な改善が期待できる。ただし個々の完全麻痺症例においてどの程度の軸索変性が生じているのかを顔面運動の評価のみで決定することは難しい。

 顔面神経麻痺症例に対する筋電図検査の目的は軸索変性の進行の速さとその程度を早期に知ることにある。その意義は麻痺が高度であればあるほど高く,特に完全麻痺症例では筋電図検査は必須といえる。筋電図検査によって高度または完全な軸索変性が生じる可能性が高いと判断された場合には速やかに適切な治療を行う必要がある。

 本稿で取り上げるnerve excitability test(NET)とelectroneuronography(またはelectroneurography:ENoG),maximal stimulation test(MST),electromyography(EMG:いわゆる針筋電図)のうちの前3者はいずれも茎乳突孔付近で顔面神経を刺激し顔面表情筋の収縮の程度を観察・測定する検査である。Bell麻痺やRamsay Hunt症候群で軸索変性が生じる場合,変性ははまず側頭骨内で生じる。したがって変性が末しょうにおよびこれらの検査によって顔面神経の反応の低下・消失を検出できるようになるまでには発症から3日程度を要する。ENoGの原理を図1に,その限界を図2に示した1~3)。これらの原理はNETとMSTにも当てはまる。一方,針筋電図では顔面表情筋の自発運動時の活動電位の有無を確認することができる。しかし軸索変性が生じていなくても伝導障害があれば自発運動時の活動電位は減少または消失するため,やはり発症早期に軸索変性の有無やその程度を正確に知ることは難しい。

 NET,ENoG,MSTなどのこのような問題点を克服するため,逆行性顔面神経誘発電位(antidromi facial nerve responseA)検査4~6)や磁気刺激(magnetic stimulation)検査7,8)などが一部の施設で試みられている。しかしまだ広く普及しているとはいえず,その意義も確立されていない。したがって本稿ではこれらの検査についてはいくつかの文献の紹介にとどめる。

Ⅳ.鼻・副鼻腔の検査

1.嗅覚検査

著者: 三輪高喜

ページ範囲:P.155 - P.160

Ⅰ はじめに

 嗅覚は文化や国民性の影響を強く受ける感覚であるため,現時点で聴覚における純音聴力検査に匹敵するような万国共通の検査法は存在しない。世界各地でさまざまな優れた検査があるが,その中には必ず日本人に馴染みの薄いにおいが含まれている。においの検査に用いるにおいの種類は多ければ多いほど検査としての精度は増すが,それと同時に国による差異も増してくる。本稿では嗅覚検査を分類するとともに,わが国で用いられている基準嗅力検査,静脈性嗅覚検査ならびにニオイ同定能検査について紹介する。

2.鼻腔通気度検査(anterior法,posterior法)

著者: 内藤健晴

ページ範囲:P.161 - P.165

Ⅰ はじめに

 鼻腔通気度検査は鼻呼吸の通気程度を客観的に示せる機能検査の1つで,しかも簡便で侵襲も少ない。鼻科領域で保険適応となっている機能検査は嗅覚検査と本検査の2つしかなく,鼻腔通気度検査は鼻科領域での数少ない機能検査法の1つである。このように貴重で有用な鼻腔通気度検査法をわれわれが臨床の場で役に立てないのはもったいないことである。特に最近では手術適応の判定として用いるだけでなく1),鼻閉から来る睡眠障害の診断治療の問題からも鼻腔通気度検査は重要な評価機器となっているので2),その点も後ほど触れることにする。

 鼻腔通気度計の原理は,鼻腔を通過する空気の流速と気圧差を同時測定し,流体力学の法則に則り気圧差を流速で割ると抵抗が算出されることによる3,4)。このときに圧差を鼻の後方(上咽頭や中咽頭)から導出する方法をposterior法,反対側の前鼻孔から導出する方法をanterior法と呼ぶ。論理的にはposterior法が優れ,両側鼻腔抵抗も実測できる利点があるが,圧導出が難しく測定できない場合が少なくない5)。一方,anterior法は片側ずつしか測定できないが測定がきわめて容易で測定不可となることがほとんどないという利点がある。そうしたことから国内外でanterior法が標準法として推奨されている6,7)

 通気度計の機械はあっても鼻腔通気度検査法はどうも小難しく何となく敬遠してきたという臨床経験豊富な先生方にも,また,これから新たに勉強して使いたいという若い先生方にも簡単に使えるようになってもらえることを目的に解説していきたい。

3.鼻アレルギー検査

著者: 黒野祐一

ページ範囲:P.167 - P.173

Ⅰ はじめに

 わが国におけるアレルギー性鼻炎の有病率が最近増加傾向にあり,すでにさまざまなメデイアで報じられている。例えば,馬場ら1)は,1998~2008年までの10年間に,通年性アレルギー性鼻炎が18.7%から23.4%,スギ花粉症が16.2%から26.5%,アレルギー性鼻炎全体では29.8%から39.8%へと著しく増加したと報告している。これは全国の耳鼻咽喉科医とその家族を対象としたアンケート調査によるもので,いくつかのバイアスがあることは否めないが,アレルギー性鼻炎そしてスギ花粉症患者の増加は日常臨床の中で確かに実感されるところである。

 アレルギー性鼻炎は発作性かつ反復性のくしゃみ,水様性鼻汁,鼻閉を3大症状とし,アレルギーの専門医であればこれらの特徴的な症状について問診するだけでもある程度診断することは可能かもしれない。しかし,他に同様の症状を訴える鑑別すべき疾患も多く,確定診断にはいくつかの検査を行い,これを参考にする必要がある。その検査方法については,鼻アレルギー診療ガイドラインをはじめ数多くの著書に詳しく記載されている。

 そこで,本稿ではこれらの著書のなかで最も新しくかつ日常臨床で広く活用されている鼻アレルギー診療ガイドライン2009年版(改訂第6版)2)に準じて,鼻アレルギーの検査方法と手順,そして,その結果を解釈するうえでの留意点についてまとめてみたい。

Ⅴ.口腔・咽頭・唾液腺の検査

1.口腔アレルギー検査

著者: 河野正充 ,   保富宗城 ,   山中昇

ページ範囲:P.175 - P.179

Ⅰ はじめに

 口腔は呼吸器の一部であると同時に消化管の一部でもあり,細菌,ウイルスなどの病原体や多量の食物,種々の嗜好品など無数の抗原に常時さらされている。一方,口腔の粘膜下には抗原提示細胞である樹状細胞が多量に存在しており,侵入した抗原に対する局所および全身の免疫応答を誘導することが知られている。

 近年,食物摂取時に口腔咽頭粘膜の刺激症状を主とするⅠ型アレルギー反応の一種が発生することが知られており,口腔アレルギー症候群(oral allergy syndrome:OAS)として注目されている1)。本稿では,口腔アレルギー症候群の診断と検査について述べる。

2.味覚検査

著者: 任智美 ,   阪上雅史

ページ範囲:P.181 - P.186

Ⅰ はじめに

 近年,生活の質QOL(quality of life)が重要視されるようになり,感覚医学が重要な位置を占めるようになった。直接生命にかかわらないため,今まで関心が薄かった味覚障害も注目されるようになり,当科味覚外来でも患者数は年々増加の一方である。

 味覚が障害されると塩分・糖分の過剰摂取による血圧・血糖値上昇だけでなく,食欲低下による免疫力低下,意欲低下を引き起こすことがある。さまざまな疾患や内服薬で発症することがあり,他科との連携も重要であるが,やはり耳鼻咽喉科医が中心となって検査・治療していきたい領域である。

 味覚は単一刺激を作り出すのが難しいこと,疲労現象が起こりやすいこと,背景の影響を受けやすいことなどから,他の感覚より臨床検査の開発に遅れが感じられる。しかし近年,味覚の基礎研究が飛躍的に進むにつれ,臨床検査も研究・開発が進んできている。まだ臨床応用が困難なものも多いが,今後,種々の味覚検査の臨床的特徴が明らかになるとともに,味覚障害の臨床像も明確になっていくことが期待される。

3.唾液分泌検査,唾液腺造影検査

著者: 吉原俊雄

ページ範囲:P.187 - P.191

Ⅰ はじめに

 唾液分泌検査や唾液腺造影検査の対象となる疾患はシェーグレン症候群をはじめとする口腔乾燥症が主体となるが,そのほかに唾液分泌過多症(流涎症),ミクリッツ病(IgG4関連疾患)やミクリッツ症候群,唾液腺症,線維素性唾液管炎,唾石など幅広い唾液腺疾患が対象となる。ただ,おのおのの検査には長所・短所がありそれらを理解したうえでの解釈が必要となる。本項では現在広く行われている検査について概説したい。

4.睡眠時無呼吸症候群の検査 1)成人

著者: 加根村隆 ,   宮崎総一郎

ページ範囲:P.193 - P.200

Ⅰ 睡眠時無呼吸症候群の概要

 1976年にGuilleminaultら1)は,習慣性のいびき,日中の強い眠気,起床時の頭痛などの症状を有し,かつ終夜睡眠ポリグラフ検査にて一晩の睡眠中(約7時間)に10秒以上続く無呼吸が1時間当たり5回以上出現する場合を睡眠時無呼吸症候群(SAS)と定義した。当時の日本では稀な疾患と考えられており,睡眠時無呼吸症候群の検査や診療を行う施設は数少なかった。しかし,Youngら2,3)は,睡眠呼吸障害の有病率は成人男性の24%,女性の9%と報告し,中等度から重症の閉塞型睡眠時無呼吸症候群(OSAS)中,男性の82%,女性の93%が診断されていないことを報告した。わが国では,岡田4)や大田ら5)の調査より,日本人における睡眠時無呼吸症候群の有病率は,1~2%,1.3~2.7%とそれぞれ報告されている。

 睡眠時無呼吸症候群は,閉塞型,中枢型,チェーンストークス型,低換気型などに分類されているが6),大半は上気道が狭窄,または閉塞した閉塞型である。OSASは,高血圧のリスクを増加させ7),心血管疾患8)や予後9~11)を低下させることがわかってきた。ここでは,成人のOSASの病態や診断検査を中心に述べる。

4.睡眠時無呼吸症候群の検査 2)小児

著者: 千葉伸太郎

ページ範囲:P.201 - P.207

Ⅰ はじめに

 わが国の臨床では,小児の睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome:以下,SASと略す)1)は,成人SASに準じた診療が行われてきた。したがって,施設によっては成人SASと同じ検査法,診断基準を用いてきたところも少なくない。小児の睡眠時無呼吸症候群についてGuillminaultら2)は,成人SASを提唱したのと同じ1976年に,終夜ポリグラフ検査(nPSG)所見を含め,成人とは異なる病態を示すことを報告している。しかし,その後,診断クライテリアなどのコンセンサスが形成されないまま30年あまりが経過し,2005年になって,改訂された国際睡眠障害分類第2版(international classification of sleep disorder:以下,ICSD2と略す)のなかで,小児の閉塞性睡眠時無呼吸(pediatric obstructive sleep apnea:以下,POSAと略す)は,はじめて診断クライテリアが明記され,独立疾患として扱われるようになった3)

 POSAにおいても,確定診断にはnPSGを必要とする。しかし,わが国における小児に対するnPSGの実施数はまだ少なく,2006年に58認定医療施設(日本睡眠学会)のうち17施設から回答を得たアンケートでは,小児のnPSGの施行数は,1年間に合計118例,最高37例,1施設平均6.9例/年であった。この理由として,POSAは潜在患者も含めると相当数に上るが,小児のためのnPSGに十分な経験をもつ技師,医師が少ないこと,成人の検査に比較し,小児では3,4倍人手がかかり(米国では成人PSGでは被験者2人を技師1名が担当することが多いのに対し,小児では被験者1名に対し2人の験者で対応することが多く),わが国の保険診療内では,人件費含めカバーしきれないという問題が存在する。したがって,現在,すべての患児をnPSGで診断することは現実的には不可能である。もちろん,必要と考えられるすべての小児がPSG検査可能となるよう,医療体制を整備する必要があるが,ここでは,nPSGにとどまらず,POSAの特徴,特に,成人との違い,共通点を把握し,現在できる診断や病態の評価に役立つ検査の理解へとつなげたい。

 1999年の米国睡眠学会(以下,AASMと略す)の成人SASの診断クライテリア4)では,患者の自覚症状を重視し,無呼吸,低呼吸など呼吸イベントの持続時間は10秒以上と定義,無呼吸低呼吸指数(apnea hypopnea index:以下,AHIと略す)が5回/時としている。一方,ICSD2のPOSAでは,いびき,努力性呼吸と関連する覚醒反応,多動,攻撃的行動などの臨床症状,さらに成長の遅れなど小児独特の病態が重視され,呼吸イベントの持続時間を2呼吸周期以上,AHI>1回/時を診断クライテリアとしている。まずはこの理解の下,検査を考えていく必要がある。以下に概要を示す。

Ⅵ.嚥下検査

1.嚥下簡易検査

著者: 馬場均

ページ範囲:P.209 - P.213

Ⅰ はじめに

 嚥下障害の診療は,障害の存在を疑うことから始まる。嚥下機能の検査法は大きく二群に分類される。1つは特殊な機器や準備を必要としない簡易検査(スクリーニング検査)であり,感度の高い簡易検査は嚥下障害診療の第一歩として有用である。もう一群は臨床的に明らかな嚥下障害が認められるときや簡易検査で異常を認めた患者に対し,詳細な評価を目的として行う精査である。後者の代表としては嚥下内視鏡検査と嚥下造影検査がある。

 前者においては準備や機器の問題だけでなく,検査方法が技術的に容易であることも重要である。

 本稿では,簡易検査として普及している反復唾液嚥下テスト,水飲みテスト,食物テスト,血中酸素飽和度測定について取り上げる。

 簡易検査として望まれる条件は,

 ・結果の再現性が高いこと

 ・迅速かつ簡便であること

 ・無(低)侵襲であること

などである。

2.嚥下内視鏡検査(内視鏡下嚥下機能検査)

著者: 大前由紀雄

ページ範囲:P.215 - P.222

Ⅰ はじめに

 嚥下内視鏡検査(videoendoscopic swallowing study:VE,内視鏡下嚥下機能検査と同義)は,機動性と簡便性にすぐれ,外来ベースで繰り返し実施できるため,嚥下障害の診療に欠かせない検査となっている。VEでは,咽頭期の嚥下動態を詳細に評価できないが,嚥下前後の嚥下状態から嚥下動態の異常を推測し,誤嚥のリスクの少ない対応法の効果などをリアルタイムに確認できる。

3.嚥下造影検査

著者: 津田豪太

ページ範囲:P.223 - P.227

Ⅰ 検査の名称について

 嚥下障害の状態や程度をいわゆる透視画面を用いることで,動態として評価する検査法が嚥下造影検査である。しかし,この検査法の正式名称と呼ばれるものがいくつかあり,国内でも以前から嚥下造影検査,下咽頭食道造影検査,X線透視検査,VTR食道透視検査など複数あり,海外ではvideo fluorographyとかmodified ballium swallow,さらにはcookie swallowなどと呼称されている。これらの表現の多くは,透視検査をビデオ録画する放射線的診断手技を総括している程度であり,場合によっては注腸検査でも包括されてしまう。そこで,嚥下障害の診断という意味では嚥下造影検査が,英語表現ではmodified ballium swallowが最も妥当と思われる1)。しかし,英語表現として既にvideo fluorography(VF)が通称として一般化しているので,今回はこの名称で説明していく。いずれにせよ,VFは口腔から咽頭を経て食道へ至る上部消化管の嚥下動態を経口造影剤の流れによって評価し,障害の程度や誤嚥の有無とタイミング,誤嚥量や誤嚥後の排出の程度を評価する総合的検査法である。現時点で嚥下障害の診断と治療の面で最も信頼性の高い検査法といえる。なお,この検査は成人に行う場合と小児に行う場合で準備などの点で,いろいろと配慮する部分が異なってくるため,今回は成人を対象とした検査についてまとめる。

4.筋電図検査

著者: 兵頭政光 ,   森敏裕

ページ範囲:P.229 - P.232

Ⅰ はじめに

 嚥下は多数の筋が精密なタイミングで筋収縮と弛緩を行うことで遂行される。特に咽頭期における上・中・下咽頭収縮筋や舌骨上・下筋群の筋活動様式は,嚥下障害の病態を診断するうえできわめて重要である。このような嚥下運動に関与する筋群の活動様式を臨床的に評価する方法として,筋電図検査は最も有用な検査法である。

 嚥下機能検査としての筋電図検査は1956年にDottyら1)により提唱された。1966年には井上2)がヒトでの嚥下関与筋の筋電図を報告して以来多くの報告があり,その臨床的意義が広く認知されるようになっている。特に,筋電図検査は嚥下関与筋の筋活動性やそのタイミングを定量的に解析できる点で有用性が高い3,4)。しかし,針電極を用いて行う筋電図検査は侵襲的な検査であることや,手技的な困難性があることなどの問題点があり,臨床的には一般的な嚥下機能検査法とはいえず,補助的検査法として位置づけられている。本稿では,嚥下の筋電図検査の手技と代表的な所見について述べる。

Ⅶ.声の検査

1.音声検査(聴覚心理的評価)

著者: 讃岐徹治 ,   湯本英二

ページ範囲:P.233 - P.240

Ⅰ はじめに

 声は,コミュニケーションに重要な要素の1つであり,声の機能障害は患者のquality of life(QOL)を損なう。したがって一般診療においても声の聴覚心理的評価を用いて,どのような面で障害を抱えているか,どのような機能に障害があるのかを把握する必要がある。

 嗄声の有無や程度,声の飜転や痙攣,声の高さや大きさなど,声の状態を聴覚心理的な面から評価・記録するGRBAS尺度と発話特徴抽出検査を紹介する。さらに患者自身が自分の声の状態や,それに付随する社会的活動への制約,精神的活動への制約を評価する方法としてVHI(voice handicap index)とV-RQOL(voice-related quality of life)を紹介する。

2.喉頭ストロボスコピー

著者: 荒木幸仁 ,   塩谷彰浩

ページ範囲:P.241 - P.248

Ⅰ はじめに

 音声障害の多くは喉頭の器質的疾患による声帯振動の障害が原因であり,診断における喉頭観察の意義はきわめて高い。喉頭ストロボスコピーは通常は観察困難な速さで定常振動している発声状態の声帯を,ストロボ光によりスローモーション像として幻視することができる。病変の硬さ,物性や拡がりなどの情報を捉えることができ,小さな病変でも声帯振動の乱れとして検出が可能で,声帯病変や音声障害診断における重要な役割を担っている。本項では喉頭ストロボスコピーの原理や適応,所見の特徴などについて考察する。

3.喉頭筋電図検査

著者: 平塚康之 ,   田中信三

ページ範囲:P.249 - P.256

Ⅰ はじめに

 喉頭筋電図検査は,喉頭運動の診断,予後判定,治療について包括的情報をもたらす生理学的検査の1つである。筋電図検査では,画像診断などその他の検査では得ることのできない神経・筋の病態を直接知ることができる。喉頭筋電図の目的は,内喉頭筋の活動電位を,安静時および運動時において観察,記録することで,内喉頭筋およびその支配神経の病態を診断することである。適応には,声帯運動障害の鑑別,麻痺の鑑別とその予後判定,神経筋疾患の確定診断,痙攣性発声障害に対するボツリヌストキシン注入術の際のモニタリングなどが挙げられる。検査自体は簡便で,被検者に対する侵襲も少ないが,現在,耳鼻咽喉科の日常臨床では行われることは少なくなっている。喉頭筋電図検査を行って有用な情報を得るには,正確な内喉頭筋の解剖学的知識や音声生理学的な知識,針電極刺入の技術が必要である。以下にその概要を述べる。

4.発声持続時間,声域等の検査

著者: 鈴木康司 ,   堀口利之

ページ範囲:P.257 - P.263

Ⅰ はじめに

 われわれが有声音を発するときには,呼気流によって声帯を振動させ空気の粗密波を作っているのであるが,これらは単一動作ではなく複合的な筋活動の結果として音声(有声音)は産生されている。したがって音声機能の評価法にはさまざまな試みがあり,基礎研究も含めると多岐多種にわたっている。本稿では発声の仕組みについて触れ,臨床で用いられている音声機能検査法,特に発声持続時間,声の高さの検査,および空気力学的検査法について述べる。

Ⅷ.ことばの検査

1.言語発達検査

著者: 中澤操

ページ範囲:P.265 - P.272

Ⅰ はじめに

 誕生したばかりの,まだ何も言えない子どもが,6歳頃には相手と自在に会話し自分の考えを系統立てて他者に説明ができるようになるほどの言語力をもつようになる。言語は人間の社会生活にとって欠くべからざるもので,母語習得のために人生で最重要な時期は0~6歳頃なので,幼児期の言語の遅れは早期発見や診断,そして早期介入(療育)が求められるわけである。ところが課題は,言語発達の評価が容易ではないことである。体重を体重計で量り,血糖値を簡易血糖値検査で簡単に測る,というようにはいかない。それでも多くの側面から対象となる子どもの言語発達を評価しなければ,療育方針も決めることができない。本稿では,子どもの言語発達に関して現在可能な評価方法を紹介しつつ,今後の課題も提起してみたい。なお,言語には音声言語と手話言語があるが,筆者には手話についての知識や経験が不足しているので(外国語のような位置にある),本稿では日本語音声言語についてのみ言及する。また,本稿で『言語』と称するときはLanguageを示し,Speechすなわち話し方(発音や構音)を示すものではないこととする。

2.失語症の検査

著者: 益田慎

ページ範囲:P.273 - P.279

Ⅰ はじめに

 失語症とは,すでに獲得した言語機能を文字通り『失う』病態である。言語機能を失う原因はさまざまであるが,頻度として高いのは脳血管障害による脳機能の部分的な喪失あるいは低下である1)

 これに対して幼小児期の言語獲得中に発症した失語症は,言語獲得後の成人期に発症した失語症と比較して複雑な経過をたどることが多く,小児失語症として別の疾患として扱うほうが適切である。本稿では小児失語症については言及しない。

 以下にまず診察手順に従って失語症の検査を列挙する。

3.構音検査

著者: 三枝英人

ページ範囲:P.281 - P.287

Ⅰ はじめに

 肺からの呼気流のエネルギーが発声運動により声帯振動を励起して生成された音声(喉頭原音)は,そこより上方にある咽頭腔,さらに口腔,鼻咽腔を含む声道において,舌,軟口蓋,下顎,口唇を始めとする構音器官の位置や形状の変化に従い,音響学的に修飾を受け,それぞれに特有の音響特性をもつ音波になり,それが『はなしことば』として利用される。同時に,声帯の緊張度合いと喉頭の上下運動による音声のピッチ変化と声門下圧や構音時の圧変化による音の強弱により生成された音に韻律(プロソディ)的な変化が与えられる。この『はなしことば』を生成する末しょう器官による運動を構音(articulation)と呼ぶ。構音運動は,末しょう器官の形態(欠損,再建,奇形)と運動性(麻痺や異常運動,運度速度の異常,運動距離の異常)とともに構音器官同士の協調性に影響を受けるが,その運動過程を支配する神経路(皮質延髄路)と更にそれを修飾する神経路(錐体外路,小脳路など)の障害にも影響される。したがって,結果として発せられた『はなしことば』は,それが生成される過程での障害の結果を反映したものとなる1)。また,結果として発せられた『はなしことば』は,自己の聴覚によってフィードバックされ,的確な『はなしことば』としての制御を受けるため,聴覚系の障害によっても影響を受け得ることにも注意が必要である。したがって,構音障害を評価するうえでは,神経学的所見の確認,聴覚系機能検査を行うことが必須であることはここで明記しておきたい。

 なお,音声学,言語学など医学以外の分野では『構音』ではなく,『調音』と表記するが,医学では構音器官の形態や運動性により音がいかに構成されるか,音声学や言語学では生成された音の調子や調べについて検討を行うという点で名称が異なっているのであろうが,『構音障害』に対する臨床ではこの両者の観察と検討が行われるべきであることはいうまでもない。なお,本項では主に成人発症の構音障害に対して,臨床で施行しやすい,また病態を把握し,治療へと結び付く検査について述べる。

4.吃音検査

著者: 森浩一

ページ範囲:P.289 - P.295

Ⅰ 吃音の症候

 吃音の診断基準は統一されたものがなく,検査法も各種のものが使われているが,ここでは代表的なものについて述べる。吃音検査の網羅的な議論については,文献を参照していただきたい1,2)

 吃音は以下のような発話の異常(中核症状)が高頻度に出現する非流暢である。

--------------------

あとがき

ページ範囲:P.298 - P.298

基本情報

耳鼻咽喉科・頭頸部外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1316

印刷版ISSN 0914-3491

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