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雑誌目次

雑誌文献

耳鼻咽喉科・頭頸部外科84巻7号

2012年06月発行

雑誌目次

特集 診療ガイドラインのエッセンスとその活用法

診療ガイドライン総論

著者: 中山健夫

ページ範囲:P.433 - P.438

Ⅰ EBMと診療ガイドライン

 1991年にカナダのGuyattが提唱した根拠に基づく医療(evidence-based medicine:EBM)は,質の高い医療を求める社会的な意識の高まりとともに,さまざまな臨床分野で普及した。EBMは「臨床家の勘や経験ではなく科学的根拠(エビデンス)を重視して行う医療」といわれる場合があるが,本来のEBMは,臨床研究によるエビデンス,医療者の専門性・経験と患者の価値観の3要素を統合し,よりよい患者ケアのための意思決定を行うものである1)。エビデンスを提供する研究として,人間集団を対象とする疫学研究(臨床試験を含む)が重視される。EBMそのものは,一般論としてのエビデンスと,臨床家の経験の両方を意思決定に役立てるものであるが,「エビデンス=EBM」という混同が散見される。大規模な臨床試験の知見によって「EBM」が確立し,すべての臨床現場の判断が自動的に決まるわけではない。EBMのパイオニアであるHaynesら2)が述べる“Evidence does not make decisions, people do”という言葉は,日本におけるEBMのあり方を再考するうえで傾聴に値する。

 診療ガイドラインは米国医学研究所の定義によると「特定の臨床状況のもとで,臨床家と患者の意思決定を支援する目的で,系統的に作成された文書」(1990)3),そして「エビデンスのシステマティック・レビューに基づき,患者ケアの最適化を目的とする推奨を含む文書」(2011)4)である。またEBMの視点からは,専門家の推奨を加えた信頼できる臨床的エビデンスの集合体といえる。図1に臨床的意思決定に影響する要因を示す。「臨床的状況と環境」は,患者の個々の状態や医療機関の特性を示し,「研究によるエビデンス」を集約したものが診療ガイドラインといえる。そして「患者の価値観」を尊重する点は,EBMの定義としてだけではなく,医療全般への問いかけでもある。

急性中耳炎

著者: 喜多村健

ページ範囲:P.439 - P.445

Ⅰ はじめに

 急性中耳炎の診療ガイドラインに関しては,日本耳科学会,日本耳鼻咽喉科感染症研究会,日本小児耳鼻咽喉科学会の3団体で構成される小児急性中耳炎診療ガイドライン作成委員会により,小児急性中耳炎(15歳未満)を対象に,2006年版に次いで改訂版の2009年版が発刊された1)。この診療ガイドラインでは,小児急性中耳炎の診断・検査法が示され,わが国の急性中耳炎症例の起炎菌と薬剤感受性を考慮して,エビデンスに基づきガイドライン作成委員のコンセンサスが得られた治療法が推奨された。ガイドライン作成に当たっては,わが国における小児急性中耳炎症例の最新の検出菌と抗菌活性を検討し,急性中耳炎の診断,検査法,治療についてclinical questionを作成し,2000~2008年に発表された文献を検索した。本ガイドラインでは,正確な鼓膜所見の評価が,重症度の判断ならびに治療法の選択に重要であり,鼓膜所見と臨床症状から急性中耳炎を軽症,中等症,重症に分類して,重症度に応じて推奨される治療法が提示された。

顔面神経麻痺

著者: 村上信五

ページ範囲:P.447 - P.453

Ⅰ はじめに

 2011年に日本顔面神経研究会から「顔面神経麻痺診療の手引」1)が発刊された。本書には顔面神経麻痺に関する一般的知識と末しょう性麻痺で最も頻度の高いBell麻痺とRamsay Hunt症候群(以下,Hunt症候群とする)を中心に,早期診断と最適な薬物治療,さらに減荷手術の適応やリハビリテーション,後遺症への対応が掲載されている。本項では手引書に基づいた顔面神経麻痺診療のエッセンスと活用について解説する。

鼻アレルギー

著者: 岡本美孝

ページ範囲:P.455 - P.461

Ⅰ はじめに

 鼻アレルギー診療ガイドラインは,1993年に初版が発刊され,現在のガイドラインは2008年に刊行された第6版である1)。現在,第7版の作成に向けた改定作業が進められており,2012年末に発刊予定である。ガイドラインの主要目的は診療レベルの向上であるが,現在発刊されている第6版について,ポイントとその有効活用について概説する。

嚥下障害

著者: 兵頭政光

ページ範囲:P.463 - P.468

Ⅰ はじめに

 嚥下障害は高齢化社会を迎えた現在,さまざまな医療の現場でその対応が大きな問題となっているが,嚥下障害患者に対する診断・治療が十分に行き届いているとは言い難い。このようなことから,本ガイドラインは嚥下障害の診断から治療の全般を包括する診療ガイドラインではなく,一般外来を担当する医師を対象として,嚥下障害あるいはそれを疑う患者を診察する際の手引きとなることを目的として2008年に作成された。そのため,ガイドラインの内容は嚥下機能の評価に重きを置いたものとなっている。特に耳鼻咽喉科医が嚥下障害患者を診察するに当たって基本とすべき検査法である嚥下内視鏡検査を重要視しており1),代表的な嚥下内視鏡検査所見の動画を添付していることが特徴である。本ガイドラインは2012年に改訂されたが,改訂版にはより鮮明な嚥下内視鏡検査所見とともに,新たに嚥下造影検査所見も加えたDVDを添付している。

メニエール病

著者: 渡辺行雄

ページ範囲:P.469 - P.476

Ⅰ はじめに

 メニエール病は,難聴,耳鳴などの聴覚症状を伴うめまい発作を反復する疾患で,発作頻度は多い場合,月数回から週数回におよび,患者の社会生活上の影響はきわめて大きい。本疾患は1974年に厚生省(当時)の特定疾患(難病)に指定され,これまで,疫学,病因,臨床に関する研究が継続されてきた。

 厚生労働省難治性疾患克服研究事業前庭機能異常に関する調査研究班(2008~2010年度)では,メニエール病診療の標準化と普遍化を図ることにより同疾患の診療水準が向上することを目的に,メニエール病診療ガイドラインを作成した1)

 本稿ではこのガイドラインの概略を解説する。

目でみる耳鼻咽喉科

内視鏡下鼻内手術が奏効した再発性前頭洞囊胞の1例

著者: 庄司育央 ,   比野平恭之 ,   洲崎春海

ページ範囲:P.420 - P.423

Ⅰ.はじめに

 再発性前頭洞炎や囊胞症など前頭洞炎症性疾患の治療に難渋することがある。鼻外アプローチにより大きく鼻腔にドレナージをつけても前頭洞口の閉塞をきたしやすい。

 難治性の前頭洞病変に対してendoscopic modified lothrop法(EMLP)は内視鏡下鼻内的に前頭洞にアプローチする有用な方法として,Grossら1)やWormaldら2)により報告されている。過去に二度の鼻外前頭洞手術と内視鏡下鼻内副鼻腔手術(ESS)の既往のある再発性前頭洞囊胞例に対してEMLPを施行し,良好な術後経過が得られたので報告する。

Current Article

突発性難聴の内耳低温療法

著者: 暁清文

ページ範囲:P.425 - P.432

Ⅰ 突発性難聴の病態と治療

 突発性難聴は40~50歳代に好発し,急激に発症して高度の感音難聴をきたす原因不明の疾患であり,2001年の厚労省研究班調査によると,わが国では年間約35,000人が罹患する。本症の欧米での定義は,「連続する3周波数音域で,30dB以上の難聴が,3日以内に発症したもの」とされ,わが国とは若干異なっていた。しかし社会の国際化に合わせ,今年よりわが国でも欧米の定義を用いることになった。急激に発症する感音難聴でもウイルス感染や内耳出血,外リンパ瘻など原因が明らかな場合は突発難聴と総称し,例えばムンプス難聴のようにそれぞれの名称で呼ばれる。従来,本症の発症原因としてウイルス説が有力であったが,最近になり,①本症ではWillis動脈輪を構成する後交通枝の血流障害がみられる1),②本症の患者はその後の脳卒中発症のリスクが高い2),③患者の多くに脳卒中と関連深い遺伝子多形(SNP)がみられる3),④MRIなどの画像検査で内耳の高濃度蛋白貯留や内耳出血が認められる例が多い4)など,本症を内耳循環障害と結びつける報告が相次いでいる。また,本症の臨床所見が失明の原因として頻度の高い網膜静脈閉塞症と類似していることも循環障害説を示唆する(表1)。われわれは「何ら誘因なくある日,突然に発症する」という本症の特徴から,発症には内耳の循環障害,特に虚血が関与すると考え研究を進めてきた。その過程で循環障害説の最大の問題点である「突発性難聴では再発が稀」な理由として,内耳には虚血耐性という現象がみられることを証明した5)(図1)。

 現在のところ,突発性難聴には「エビデンスに基づいた治療法」は確立されておらず,従来からの経験に基づいてステロイドを中心とした多剤併用療法が汎用されている。しかし完全治癒率は30%程度であり,著明改善を含めても治癒率は50~65%にすぎず,多くの患者は難聴や耳鳴りなどの後遺症に悩まされている6)。最近になりステロイドの鼓室内注入療法が注目され,一次治療が無効な症例の二次治療として,あるいは一次治療の薬剤投与と併用して実施されている7~10)。また,ステロイドの代わりにinsulin like growth factor-1(IGF-1)を鼓室内に投与する研究11)も行われ,画期的な新規治療法として期待されている。しかしこのような治療を行っても,一次治療無効例の二次治療の成績は50~60%程度といわれ,さらなる治療成績の向上が求められている。

原著

頸部軟部組織内を移動し摘出に難渋した魚骨異物の症例

著者: 山川博毅 ,   原田竜彦 ,   神崎仁 ,   佐藤陽一郎 ,   田代昌継

ページ範囲:P.477 - P.481

Ⅰ.はじめに

 咽喉頭異物は耳鼻咽喉科外来診療にてしばしば経験する疾患である。特に魚骨異物は,骨のついた状態で魚料理を供する習慣のあるアジア圏での報告がほかの地域と比べて多い1)。異物は扁桃や舌根に存在することが多いため,大部分は直視下または咽喉頭内視鏡下に摘出が可能である2)が,稀に軟部組織内に侵入してしまい摘出に苦慮することがある。今回われわれは,咽頭粘膜に刺入し頸部軟部組織内を移動し摘出に苦慮した魚骨異物の症例を経験したので報告する。

自家耳介軟骨を用いた耳小骨再建の長期成績

著者: 荻野公一 ,   三代康雄 ,   桂弘和 ,   大田重人 ,   坂直樹 ,   阪上雅史

ページ範囲:P.483 - P.486

Ⅰ.はじめに

 耳小骨再建の材料は,①人工材料,②自家材料,③同種材料に分けられる。人工材料としては,欧米ではチタン製人工耳小骨が広く用いられている1~3)が,わが国では認可されていない。われわれは以前セラミック人工耳小骨を使用していたが,経過観察中37例中6例(16%)に人工耳小骨の排出を認めたため4),自家材料を用いるようになった。一方,同種材料はわが国では手に入りにくいだけでなく,ウイルス感染などのリスクを伴う。これに対して,自家材料は費用がかからないだけでなく,感染などのリスクがない。自家材料としては,耳小骨が代表的であるが,真珠腫や再手術例では耳小骨が欠損していることが少なくなく,また真珠腫の付着していた耳小骨を使用することは真珠腫移植のリスクを伴う。このため,われわれは自家材料として耳介軟骨を用いた耳小骨再建を行ってきたが,軟骨は長期的には萎縮・変性を起こすという報告5,6)もある。今回,自家耳介軟骨を用いて耳小骨再建を施行した自験例の術後長期成績(術後5年)について検討を加え,報告する。

鏡下囁語

Menièreの原著とその周辺 第一編 Menière以前の耳科学の状況

著者: 飯沼壽孝

ページ範囲:P.487 - P.491

緒言

 本稿はMenièreのMenière病に関する原著を翻訳して紹介する目的である。何れ本稿の第二編で詳記するが,対象とする文献は5編である。第一編は主論文であり査読を受けた正式なもので,後に引用されたものである。第二編から第四編は主論文の査読期間中にそれを補足した症例報告である。最後の第五編は当時Menièreと論争をしていたTrousseauの講演に対するMenièreによる辛辣な見聞録である。Menièreのこれら五編は本稿の第二編で詳細を述べるが,知るかぎりでは二編の外国語訳があり,Blumenbach(1955)の独訳とAtkinson(1961)の英(米)訳である。ほかに部分的な要約もみられる。年月も経ており,概念も変遷したのでMenièreの翻訳には解釈に異同がみられる。今回の和訳は至って未熟なものであるが,翻訳は突き詰めれば解釈の問題であるので,一つの見方としてあえて発表した次第である。識者諸氏のご批判を乞う。

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欧文目次

ページ範囲:P.414 - P.414

バックナンバーのご案内

ページ範囲:P.495 - P.495

読者アンケートのお願い

ページ範囲:P.496 - P.496

投稿規定

ページ範囲:P.498 - P.498

著作権譲渡同意書

ページ範囲:P.499 - P.499

あとがき

著者: 小川郁

ページ範囲:P.500 - P.500

 東京では173年ぶり,大阪では282年ぶり,名古屋では何と932年ぶりだそうです。5月21日朝,金環日食が観測されました。日本では竹島で最も早く観測され,福島県南相馬市までのベルト上の広い地域で観測が可能となり一大イベントになりました。日食には皆既日食,金環日食,部分日食がありますが,太陽が月に完全に覆い隠されるのが皆既日食,月のまわりに太陽がリング状にはみ出すのが金環日食です。今朝,出勤中に金環日食に遭遇しました。皆既日食と違い金環日食では太陽が完全に隠されませんのでまぶしくて直接見ることができませんでしたが,飛ぶように売れたという日食専用眼鏡でまさに金色に輝く金環を見ることができました。感動でした。子どもの頃,プラスティックの黒い下敷きで日食を観測したことを思い出しました。東京で次の金環日食が観測できるのは300年後だそうですが,どうしても見てみたい方は18年後の2030年6月1日に北海道でご覧になれますのでお楽しみに。

 さて,今月号の特集は「診療ガイドラインのエッセンスとその活用法」です。さまざまな疾患で診療ガイドラインが整備されるようになっていますが,重要なのはその活用法です。特集では各疾患のエキスパートにその活用法をまとめていただきました。Current Articleは暁 清文教授の「突発性難聴の内耳低温療法」です。新しい独創的な治療法について基礎的および臨床的視点から解説していただきました。目でみる耳鼻咽喉科は「内視鏡下鼻内手術が奏効した再発性前頭洞嚢胞の1例」,原著は「頸部軟部組織内を移動し摘出に難渋した魚骨異物の症例」と「自家耳介軟骨を用いた耳小骨再建の長期成績」と読み応えがあります。今月の鏡下囁語は飯沼壽孝先生の連載第一弾「Menièreの原著と19世紀の変遷:第1編 Menièreの以前」です。Menière以前の耳科学の進歩についての理解が深まります。ロマンあふれる天体ショーと対比しながら耳科学の歴史的歩みに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

基本情報

耳鼻咽喉科・頭頸部外科

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1316

印刷版ISSN 0914-3491

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