耳鼻咽喉科・頭頸部外科87巻11号

2015年10月発行

原著

First bite症候群に対してボツリヌス毒素療法が奏効した1例

著者： 古田康¹ 高橋紘樹¹ 津布久崇¹ 松村道哉¹ 福田諭²

所属機関： ¹手稲渓仁会病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科 ²北海道大学大学院医学研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野

ページ範囲：P.933 - P.936

文献概要

はじめに

　副咽頭間隙腫瘍や耳下腺深葉腫瘍の摘出術後にfirst bite症候群（以下FBSと略す）が発症することがある。手術時に交感神経を切断または外頸動脈を結紮するなどの操作により，残存耳下腺組織への交感神経入力が遮断され，副交感神経優位の神経支配となり，副交感神経刺激に対して筋上皮細胞が過剰に興奮するため生じることが推定されている。すなわち，食事をとり咀嚼すると，副交感神経の興奮により筋上皮細胞が過剰収縮し，FBSの痛みが生じるとする説である^1,2）。FBSの主症状は食事開始時の耳下腺部疼痛であり，数秒持続し，食事が進むにつれ軽減する。朝食時に最も痛むのが特徴である。症状は通常軽微であるが，重症例では摂食困難となりQOLの低下を招く。その発症頻度は，副咽頭間隙腫瘍手術例の21〜45％と報告されている^1,3〜7）。また，FBSは耳下腺深葉腫瘍術後においても発症する^2,3,5,8）。

　FBSの治療として鎮痛薬や抗痙攣薬は無効のことが多い。耳下腺への副交感神経入力の遮断を目的として，鼓室神経叢切除術や耳介側頭神経切断術が試みられてきたが，効果は一時的のことが多い^1,2,9）。近年，FBSに対しボツリヌス毒素の耳下腺内局注療法が有効との報告が増えつつある^9〜11）。ボツリヌス毒素は神経筋接合部のシナプス前終末からのアセチルコリン放出を阻害する作用を有し，眼瞼痙攣，片側顔面痙攣などの治療に用いられている。また，腺組織においてはコリン作動性神経末端に作用し，筋上皮細胞の収縮を抑制することにより，腺の分泌を抑える作用を有する。そのため，唾液分泌過多症，Frey症候群，多汗症などの治療に用いられている。

　わが国においては，眼瞼痙攣，片側顔面痙攣，痙性斜頸，上肢痙縮・下肢痙縮，原発性腋窩多汗症（重度）に保険適用が認められている。今回，耳下腺深葉に存在した神経鞘腫摘出術後にFBSを呈した1例に対し，手稲渓仁会病院倫理委員会の承認を得て，ボツリヌス毒素療法を施行したので報告する。

参考文献

1）Netterville JL, et al：Vagal paraganglioma：a review of 46 patients treated during a 20-year period. Arch Otolaryngol Head Neck Surg 124：1133-1140, 1998

2）Chiu AG, et al：First bite syndrome：a complication of surgery involving the parapharyngeal space. Head Neck 24：996-999, 2002

3）古田　康・他：副咽頭間隙腫瘍摘出後のfirst bite syndrome．頭頸部外科13：73-78，2003

4）冨田俊樹・他：副咽頭間隙腫瘍の外科的治療．日耳鼻109：88-95，2006

5）Kawashima Y, et al：First-bite syndrome：a review of 29 patients with parapharyngeal space tumor. Auris Nasus Larynx 35：109-113, 2008

6）Chijiwa H, et al：Clinical study of parapharyngeal space tumours. J Laryngol Otol 123（suppl 31）：100-103, 2009

7）Langerman A, et al：Tumors of the cervical sympathetic chain. Diagnosis and management. Head Neck 35：930-933, 2013

8）Linkov G, et al：First bite syndrome：incidence, risk factors, treatment, and outcomes. Laryngoscope 122：1773-1778, 2012

9）Ali MJ, et al：Botulinum toxin in the treatment of first bite syndrome. Otolaryngol Head Neck 139：742-743, 2008

10）Lee BJ, et al：Novel treatment of first bite syndrome using botulinum toxin type A. Head Neck 31：989-993, 2009

11）Sims JR, et al：First bite syndrome：case report of 3 patients treated with botulinum toxin and review of other treatment modalities. Head Neck 35：E288-E291, 2013

12）中川英幸・他：First bite syndrome 2症例と発症機序．耳鼻臨床99：751-757，2006