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雑誌目次

雑誌文献

理学療法ジャーナル23巻9号

1989年09月発行

雑誌目次

特集 筋萎縮性疾患

筋緊張性ジストロフィー症のリハビリテーション

著者: 畑野栄治 ,   升田慶三 ,   生田義和

ページ範囲:P.592 - P.598

 Ⅰ,初めに

 筋緊張性ジストロフィー症は,Duchenne型,肢帯型,先天性筋ジストロフィーなどとともに筋ジストロフィーの中では重要な病型の一つである.常染色体性優性遺伝を示す本疾患の特徴が,筋萎縮や筋緊張などの筋病変だけであるならば,リハビリテーションによりそれなりの効果を得ることができる.しかし,本症は脳,内分泌器官,水晶体,生殖器官などの全身諸臓器に障害をきたし,特に人格面から生じる問題は大きなリハビリテーション阻害因子となる.このように,本疾患では多岐にわたる合併症がある分だけ,リハビリテーションを行なうに際しては他科との連携が必要であり,それだけリハビリテーションアプローチは多様となる.

 本論では,最初に典型例を供覧した後で,それぞれの合併症の特徴を列記してリハビリテーションでの問題点を提起する.症例によってさまざまな症状を呈する本症のリハビリテーションについては,各自がこれらの問題点を総合的にとらえ,個別的にアプローチしていくよりほかはない.本論が,そのための一助となれば著者の喜びとするところである.

Werdnig-Hoffmann病のリハビリテーション―慢性経過型および早期発症型について

著者: 大川弥生 ,   木村伸也 ,   江藤文夫 ,   上田敏

ページ範囲:P.599 - P.606

 Ⅰ.初めに

 Werdnig-Hoffmann病は脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy)に属する疾患である.本症の疾患概念については,最初の報告であるWerdnig1,2),Hoffmann3,4,5)の例が,比較的慢性経過をとるタイプであったにもかかわらず,急性致死性であると一般的に考えられた時代があった.その後,良性経過をとる若年性脊髄性筋萎縮症であるKugelberg-Welander病が報告されてからは,Werdnig-Hoffmann病の慢性経過型が強調6)されるようになった.そして,1970年代以降の脊髄性筋萎縮症を分割・分類して考える傾向の中で,主にその発症年齢・生命予後・坐位獲得の有無などの臨床上の特徴から,Werdnig-Hoffmann病を早期発症型(狭義Werdnig-Hoffmann病)と慢性経過型とに分類7,8)して考えることが現在一般的に認められている.例として,表1にEmeryの1981年に改変した脊髄性筋萎縮症の分類を示すが,このうちinfantile typeとintermediate typeとをWerdnig-Hoffmann病と診断し,以外をKugelberg-Welander病とすることが多い.

 このように本疾患は急性致死性疾患であるという考えかたが一般的な時代が長かったためか,乳児期発症の進行性筋萎縮性疾患ではもっとも頻度の高い疾患の一つでありながら,リハビリテーションの対象疾患として重要視されることが遅れたと言ってよい.しかし本症のうち,特に慢性経過型(例えばEmeryの言うintermediate type)は,疾患と障害が共存し,長期的フォローが必要な意味からもリハビリテーション上重要な対象疾患として認識されるようになってきており,われわれも臨床経験を報告している9,10).しかし一方従来急性致死性とされていたタイプ(例えばEmeryの言うinfantile type)も,その最大の死因であった呼吸器感染・呼吸障害の医学的管理技術の向上により延命が可能となってきている.そしてそれにより,リハビリテーションの対象として今後より重要視されなければならないものと考えられる.

 本稿ではまず,従来われわれが行なってきた慢性経過型の運動能力および社会的側面についての障害学的研究の最新のデータを紹介し,次いで,最近われわれの経験した,レスピレーター管理下に生存している早期発症型2例の症例を呈示し,本疾患のリハビリテーション・プログラムについて考察を加えることとしたい.

Duchenne型筋ジストロフィー症のリハビリテーション―生命予後と心肺機能障害の管理を中心に

著者: 里宇明元 ,   千野直一

ページ範囲:P.607 - P.614

 Ⅰ.初めに

 Duchenne型進行性筋ジストロフィー症(以下DMDと略す.)は,比較的均一な経過をたどる予後不良の進行性疾患である.その自然経過の概略は1),まず,処女歩行は17-18か月とやや遅延し,このころより下腿三頭筋の仮性肥大が認められる.3-4歳ころ,動揺性歩行に気付き受診する例が多く,その後,機能障害は段階的に進行し,8歳で階段昇降不能,9-11歳で歩行不能となる.装具により,13歳ころまでは歩行が可能になるが,15歳ころには座位保持不能となり,末期には呼吸不全,心不全を合併して,18から20歳前後で死に至る.このように特徴的な障害の進行により生じてくる種々の問題に適切に対処し,患児のquality of life(QOL)を高めていく上で,リハビリテーションは重要な役割を果たす.本稿では,まず,DMDの生命予後について概説し,さらに心肺機能障害に焦点を合わせ,その自然経過,病態,治療上のポイントおよび運動負荷との関連について解説を加える.

Duchenne型筋ジストロフィー症のADLとその対応

著者: 野々垣嘉男 ,   堂前裕二

ページ範囲:P.615 - P.625

 Ⅰ.初めに

 筋ジストロフィー症はさまざまな遺伝形式をもった筋原性疾患1,2)の一つで,その中でも比較的に頻度の高いDuchenne型筋ジストロフィー症(Duchenne Muscular Dystrophy:DMD)は,1868年に報告3)されて以来,原因の究明と治療法の確立に努力が積み重られてきたが,未だ根本的な治療法はもとより対症療法も確立されていない.

 DMDは男児のみに3歳ころに発症し,骨盤帯筋より筋力低下が始まり,漸次遠位筋諸筋に波及し種々の運動機能や能力障害が不可逆性に経過する,宿命的な終結により20歳ころに生涯を終わる4)

 野島ら5)はDMDのリハビリテーション理念について,あらゆる手段を尽くして機能障害・形態異常(impairment),能力障害(disability)の発生の遷延を図り,機能の保持に努めることにあると述べ,Price6)は治療や運動療法の成果が不安定であり,結局は悪化し心身の発達する途上にある時期に,運動機能が喪失していくことは,人格形成・精神的な成熟や生活意欲に強く影響を及ぼし,したがって“自立と趣味活動”や“生き甲斐”に援助することが必要と述べている.

 このような現状下におけるDMDの日常生活動作(activities of daily living:ADL),特に立位歩行動作,起居動作,身の回り動作などの能力と経過および対応について述べたい.

<手記>残存能力を求めて生きる

著者: 山田富也

ページ範囲:P.626 - P.629

 進行性筋ジストロフィー症.全身の筋肉が萎縮し,運動の機能の障害が進み,ついには身体を動かすこともできなくなる.現代の医学でもってさえ,その治療法はおろか原因すら解明されていない難病である.

 私がこの病気に冒されてから,かれこれもう30余年になる.筋ジストロフィー症の中でも特に8割を占めると言われるDuchenne型はもっとも幼くして発病し,2~3歳のころから症状が顕著になり,歩くことが徐々にできなくなり歩くどころか立ち上がることも困難になってくると,ちょっと人に触れただけでも倒れてしまう.そして10歳前後で車いすの生活,30歳前後で死亡に至る,何とも恐しい病気である.

<手記>私の試み―Independent-mind(自立心)の確立からInter-depend(相互扶助)

著者: 春山満

ページ範囲:P.630 - P.632

 私は,現在35歳の進行性筋ジストロフィー症・遠位型の男子です.1988年3月大阪にオープンした「全国で初めての福祉のデパート=ハンディ・コープ」のオーナーとして多くの仲間に支えられながら働いていますが,今はほとんど完全に四肢の運動機能は全廃しており,寝返りも不可能です.しかし,このような私でもなお元気に働けている今,発病より現在に至るまでの過程を少し紹介します.

 発病は24歳のころです.最初の自覚症状は「握力が少し弱ったのでは?足先が少し冷えるのでは?」といった程度で,まさかそれが難病の序曲だとは予想もしませんでした.しかし,だんだん走りにくくなり,自分の体重を両手で支えられなくなり,そして階段が上ぼりにくくなり,歩く姿がおかしくなってきました.「これはただごとではないぞ」と,嫌な予感が走りましたが,元来運動好きでもあり,何とか運動で回復させようとしましたが事態は悪化するばかり.そして回りの人からも歩く姿や階段を上ぼる姿の不自然さを指摘されるようになり,遂に国立病院で詳しく検査を受けました.

とびら

愛する女のように,未来を愛する人たち

著者: 宮本省三

ページ範囲:P.591 - P.591

 大江健三郎の最新小説『人生の親戚』はYeats WBの「ウィリアム・ブレイクと想像力」のエピグラムから始まっている.《愛する女のように,未来を愛する人たちがいた》―このことばにたぐり寄せられるかのように,深い悲しみが透明な文体と抑制した視線で綴られてゆく.まり恵さんという華やかな魅力をたたえた女性は,彼女の二人の息子,精神薄弱児の兄と事故で脊髄損傷となった弟がともに自殺するという苦しみを背負って以来,神への傾斜を強くし,「回心」を求め,「私は生きた」という人間存在の破壊されえぬところにたどりつこうとする.『人生の親戚』の底に流れる深い悲しみは,まさに,この苦しみから「再生」へと向かう人間のidentityへの追想によるものである.

 僕は,この小説を読み返すたびに共感し,理解しようと努め,回心に向かう女性の再生に感動していった.ここにあるのはまさにリハビリテーション思想の核であり,理学療法士のための物語であった.

プログレス

不整脈治療の進歩

著者: 笠貫宏

ページ範囲:P.633 - P.633

 最近の不整脈治療の進歩は著しい,それは薬物療法はもとより,ペースメーカー療法,手術療法のすべての領域にわたり,さらに植え込み型除細動やカテーテル焼灼法など新しい治療法も試みられている.治療のみならず診断の進歩(Holter心電図,臨床電気生理学的検査,体表面電位図,心表面電位図,平均加算心電図など)により,臨床不整脈学は新たに体系化されつつあると言っても過言ではない.

PT最前線

写真に目覚めたフリーの理学療法士―“人間”を追求し続ける市原京子氏

著者: 本誌編集室

ページ範囲:P.634 - P.635

 多感で,自分に素直な少女が,母親の友人から知らされた理学療法士という職に歩を進め,懸命に生き悩むことになった.少女は自分で考え,行動した.

あんてな

救急医療の現況

著者: 鈴木英明

ページ範囲:P.636 - P.636

 1.初めに

 救急医療は,交通事故などの外傷や,脳卒中などの内科的な病気に対処するものであり,理想的には,だれもが,いつでも,どこにいても,救急医療の必要な時には,適切な処置の下に適切な搬送手段が確保され,適切な医療機関に受診できるという救急医療へのアクセシビリティー(近づきやすさ)が保証されている体制が築かれることであろう.今後この目標に向かって,限られた医療資源の効率的な利用を図りながら,より有効なシステムを作っていくことが必要である.

 以下,救急医療行政の歴史について述べる.

講座 理学療法評価・9

呼吸理学療法のための評価

著者: 宮川哲夫 ,   Ronald R

ページ範囲:P.637 - P.645

 Ⅰ.初めに

 呼吸理学療法の対象は,急性期から慢性期あるいは臨界期,小児から老人,内科系から外科系と非常に多岐にわたっている.それぞれの評価において特異的な評価項目もあるが,そのほとんどは共通している.

 その中でも評価の基本は理学的検査で,視診(Inspection),触診(Palpation),打診(Percussion),聴診(Ausculation)であり,IPPAと呼ばれる.このIPPAを評価する際はいわゆるローテク,ハイタッチを心がけ細かな臨床徴候を見落とさないことである.評価項目は表1に示したが,IPPAのほかに問診,検査測定,検査所見を付加した.以下,IPPAを中心に臨床上出会うことの多い動脈血液ガスのデータと胸部X線写真との読みかたについて述べた1~6)

哲学・3

哲学と科学

著者: 坂本賢三

ページ範囲:P.646 - P.650

 Ⅰ.Descartesの場合

 近代科学の成立期に新しい科学の方法を確立したRene Descartes (1596-1650)は,哲学と科学との関係について次のように説明している.

 「哲学全体は一本の樹のようなものであって,その根は形而上学であり,その幹は自然学である.この幹から出ている枝は他の諸々の科学であって,これらは3つの主要な科学,すなわち医学と機械学と道徳とに帰着する」1)

資料

第24回理学療法士・作業療法士国家試験問題(1989年度) 模範解答と解説・Ⅱ―理学療法(2)

著者: 和才嘉昭 ,   橋元隆 ,   中山彰一 ,   高橋精一郎 ,   千住秀明 ,   田原弘幸 ,   中野裕之 ,   井口茂 ,   鶴崎俊哉 ,   大島吉英 ,   佐藤豪 ,   神津玲 ,   安永尚美 ,   古場佐登子

ページ範囲:P.651 - P.655

論説

臨機応変ということ

著者: 工藤俊輔

ページ範囲:P.656 - P.656

 本誌第23巻第1号のとびら“『理学療法ジャーナル』の船出によせて”の中で,福屋靖子先生が“潜水鑑なだしお”の衝突事故を引き合いに出し,理学療法士の相当の判断力と臨機応変の問題解決能力の必要性を説かれている.小生もこの文を読み感ずるところがあり,昨年経験したことを紹介したい.

 それは1988年の6月16日のことである.筆者の担当しているPMD児(当時15歳,Stage Ⅶ)のK君が午前9時10分ころ保健室へ母親と担任とにともに入って行った.たまたま他の教室のホームルームから帰る途中出会ったので事情を聞いたところ,「少し痰が詰まりやすくゴロゴロしているので来た.」という.当日はK君の学年は社会見学で校外へ出る予定であった.しかし体調もあまり良さそうではなかったので中止し,念のため保健室で診てもらってから帰そうということであった.

クリニカル・ヒント

診る

著者: 武富由雄

ページ範囲:P.657 - P.658

 笑えない話があった.ある学生が第Ⅰ期の臨床実習で小児施設に行った.臨床実習指導者は通常のごとく学生に患児を担当させることにした.「君は患児をよくみておくように.」と指示された.そうすると当の学生はみじろぎもせず,目をすえて,その患児を部屋の隅からただじっと見つめていたのであった.検査するのでもなく,評価するのでもなく,ただ眺めているだけであった.さて,ある程度の時間が経過して,臨床実習指導者は学生に「診たか?」と尋ねた.学生は「はい,見ました」と答えた.「私がみるように言ったのは,じっと患児を見ているのではなく,診る,初期評価するということなのだよ!」指導者はあきれかえるより,“みる”ということばの響きに“診る”という意味が含まれていることを常識として常日頃医療専門技術者の間で使っているが,学生にはその診るが,診るよりも,見る,眺めるに,終わってしまっていたことに心を寒くしたのであった.いや,当の学生は観察していたのかも知れない?「みる」の誤解が生んだ例である.

 診るについて,二つ目の笑えない話.西6階の整形外科病棟に,訓練の始まる前の患者の運動機能を診るために指導者は学生と同行し,病床を訪ねた.ベッドサイドで徒手筋力テストを行なう.指導者はsuper+visionする立場で教育上の監視者的役割,つまりできるだけ実習を通じて学ばせるようにする.学生はいきなり患者に向かって「ここのベッドの縁に座って,下肢を垂らして,ハイッ膝関節を伸展して」「いや,もっと力を入れて」とやった.患者は何の説明も受けず,これから何が始まるのかもわからない.しかも,身体部分や運動の方向に専門用語を使っている.この白衣を着た先生(?)が何者かも紹介を受けていない.何を私にせよと言うのか?と疑いの目を向けながらしぶしぶテスト運動に協力するといった場面であった.指導者にも責任の一端はあろうが.

1ページ講座 臨床検査値のみかた・9

「神経・筋疾患」

著者: 江藤文夫

ページ範囲:P.659 - P.659

 ⅩⅥ.神経・筋疾患

 病理の主要なものは,循環障害,外傷,感染,脱髄,変性,代謝障害・中毒,新生物(腫瘍),先天奇形である.神経疾患に特徴的とされる脱髄と変性の多くは代謝障害に含めることもできる.臨床検査値はこれら病理を反映するが,神経・筋疾患固有の検査は多くない.一方,近年では血中薬物濃度の測定により治療を計画することが行なわれるようになったが,代表的疾患として,てんかんがある.

書評

『脳卒中・神経筋疾患のマネージメント;QOL向上のために』―横浜市立市民病院 本多虔夫 伊豆菲山温泉病院 重野幸次著

著者: 高木康平

ページ範囲:P.625 - P.625

 一般に神経,筋疾患というと,難しいものわかりにくいものとして,なんとなく敬遠されがちだったイメージがある.一方,ややもすると結果のすぐ出る急性期の医療が脚光を浴び,地味な慢性疾患の医療・ケアについては後回わしにされ,良い解説書も無かったのではないかと思われる.

 本書は,神経・筋疾患の診療に長年携わってきた著者らの豊富な臨床経験を土台として,それに簡潔な理論的説明を加えながら,実践の場で直接役だつテキストを書こうとして成功した貴重な本である.

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文献抄録

ページ範囲:P.660 - P.661

編集後記

著者: 上田敏

ページ範囲:P.664 - P.664

 夏たけなわである.東京大学病院は有り難いことに緑に恵まれているので,こうして編集後記のペンをとっている今も,窓の外にはカンカン蝉がまさに「耳も聾せん」ばかりに勢い良く鳴いている.しかし本号が皆さんの手にわたるころには涼しさがやってきて,秋の夜長の読書の季節となっていることであろう.

 さて,本号の特集は筋萎縮性疾患である.筋萎縮性疾患は種類が非常に多いが,今回はその中から,これまで本誌ではほとんど取り上げたことの無い筋緊張性ジストロフィー症を畑野氏に,同じWerdning-Hoffmann病を大川氏にお塵堅いした.

基本情報

理学療法ジャーナル

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1359

印刷版ISSN 0915-0552

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