原著
脳卒中片麻痺患者に対する手指機能回復訓練の試み―特にPGEを中心とした筋力強化訓練が手指機能に及ぼす影響について
著者:
山根一人
,
大河俊博
,
近藤正太
,
木原啓策
,
森中義広
ページ範囲:P.59 - P.64
Ⅰ.初めに
片麻痺患者の手指を含めた上肢における運動療法は下肢に比較し,①その機能が巧緻性を主体とする,②ADLに関し片側性の使用が多い,③大脳における支配領域が広範囲である,④中枢からの運動ニューロンの錐体交叉での非交叉率が低い,⑤病態の程度にも関係するが,罹患患者の多くが,その急性期に下肢の運動障害に執着し,ニードを歩行第一とすることがたびたび経験される,などの理由により,特に手指に関してはその予後を悲観的に考えざるをえないのが現状であろう.
従来より,中枢神経障害では筋の質的障害に主眼をおき,多数のセラピストが,何らかの神経生理学的アプローチ(以下,NPA)を用い運動療法を行なってきた.しかし,近年本邦では諸家1~5)をはじめとし,NPAの非有効性が指摘されると同時に,片麻痺に対する運動療法の禁忌内容も減少し,幅広い訓練内容に変化しつつあるように思われる.しかしながら,手指に対する運動療法においては依然としてNPAが主流を占めているのが実状である.手指を含む上肢の運動療法に求められるものは,いわゆる‘質’か‘量’かという質問に対し,①の理由より過半数の理学療法士,作業療法士は迷わず‘質’と答えるであろう.
しかし,①ADLを主眼においた選択的な関節運動を起こすために,‘量’は見逃すことのできない要素であり,正常筋により近く回復させるためには,‘質’・‘量’の双方が必要である,②‘量’が減退した手指に対し,‘量’を主体に増加させてもADLに影響するほどの‘質’の低下,あるいは共同運動の固定化は起こらない,③したがって,‘量’を増加する訓練に伴い,ADL能力は向上する,という従来とは視点を異にしたわれわれの三つの経験的な仮説の下に,今回運動のコントロール訓練として,Power grip exercise(以下,PGEと略.)を施行し,それが手指機能にいかなる影響を及ぼすかを検討したので報告する.