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雑誌目次

雑誌文献

理学療法ジャーナル25巻9号

1991年09月発行

雑誌目次

特集 痴呆と理学療法

痴呆の評価と治療

著者: 井上修

ページ範囲:P.594 - P.600

 Ⅰ.初めに

 長寿国といえば北欧と連想したのは,そう古いことではない.ところが,今や我が国は短期間のうちに世界一の長寿国になってしまった.この人口構成の高齢化は,いろいろな問題を浮き彫りにしてきている.なかでも,老年期に起こる痴呆は,その頻度から言っても,対応の難しさからしても,高齢化社会のもっとも重大なことの一つであり,各分野で取り上げられ,研究され,認識を深める努力が為されている.このたび理学療法の専門誌である本誌でも,このような痴呆についての特集が組まれたのはたいへん意義深いことである.

 脳に由来する運動機能の障害をもつ患者は,同時に脳の器質的障害によって生じる痴呆を併せもつことが多いだけに,その治療に携わる者は,痴呆についての正確な把握が必要であることは言うに及ばない.

 ここでは,痴呆の意味から治療まで,その一般的な事柄を概説する.

痴呆に対する理学療法の意義

著者: 江藤文夫

ページ範囲:P.601 - P.605

 Ⅰ.初めに

 20歳を過ぎると人の脳の神経細胞は一日に10万~30万個ずつ減少し始めると言われ,誰でも老年期になると惚けるための危険因子の一つを内在することになる.痴呆性疾患の大半が遺伝子によって既定されているとしても,遺伝子の効果発現は時間的因子のみでなく環境因子の影響も大である.脳は使われないでいると,細胞減少という老化過程に伴い機能が低下するので,「頭を使うこと」が痴呆の予防法として推奨される.身体活動も脳の機能に基づくものであり,運動にも脳の働きを保つ効果が期待される.

 理学療法は大きく,物理療法と運動療法とに分けられる.前者の痴呆に対する治療および予防的効果はおおいに期待されるが,未だに実験段階にあるものがほとんどで報告も乏しいことから,ここでは痴呆を対象とした運動療法について考えてみたい.

病院における痴呆老人と理学療法士との関係

著者: 高口光子

ページ範囲:P.606 - P.611

 Ⅰ.初めに

 “痴呆はわからない”とよく言われる.確かに,その定義・診断基準も検討中の段階で重症度分類や疫学的研究も不徹底であり,専門医師でさえその本質を把握するのに手探りの状態である1).神経科学的研究と人間学的考察の交錯する現在においては,現場により近しい医療従事者ほど「わからない」と言うのも当然かもしれない.

 まして,老人病院という社会的矛盾を多いに含む肥大化した組織の中で,本来の専門性まで自身に問うている理学療法士が,痴呆老人に出会ったときの混乱ぶりは周知のとおりである.

 結果,“対象外”“単なる合併症”“阻害因子”である.が,それでは済まされないところにまで現場は行き着いているのではないか.

 今回私は,病院そして理学療法という枠をとうに越えてしまっている痴呆老人の世界を私たちが受け入れるのではなく,私たちがどうしたら彼らに受け入れられるだろうかという視点から,その糸口をまとめてみた.関係諸氏のご意見をうかがう機会となれば幸いである.

痴呆老人と生活環境

著者: 内田達二

ページ範囲:P.612 - P.617

 Ⅰ.初めに

 老齢人口の増加に伴い,痴呆老人の急騰が伝えられている.全国には約60万人の在宅痴呆老人がいると推計されているが,それに対し痴呆老人の入院,施設入所者は,老人ホーム,精神病院併せて7万人の受け皿しかなく,早急の対応が必要である.そのような現状を受けて,厚生省が「痴呆性老人専門治療病棟」という施設基準を設けた.それにはスタッフ数,設備などきびしい基準があるものの,点数的には魅力がある(表1).その設備基準では①専用の回廊式廊下,②一人当たり4m2の訓練スペース(生活スペースとしては23m2),③専用の機器・器具などが挙げられている.つまり厚生省の考える痴呆老人の生活環境としては,「広いスペースに回廊式廊下」をワンセットとしているのみである1).「痴呆老人の生活環境」を考えた場合,ハード(設備)面だけでいいのだろうか.また,広ければ広いほど,痴呆老人には適しているのだろうか.

 柴田病院は,226床の特例許可老人病院で,老人デイケア・精神科デイケアも開設している.当院には75床の痴呆病棟が有り,その中に約40畳の畳部屋が有る.そこで25名前後の痴呆老人が男女混合で集団生活を営んでいる.厚生省がいうような基準には,とうてい届かないような施設で処遇を施している.

 痴呆老人の生活環境を考えた場合,ハード面だけの対応では,どうにもならないことは経験上わかっている.また,これまでの「老人痴呆の要因」についての研究2-4)をみても,その中には,身体的要因―性格的要因―心理的要因―対人関係的要因―社会環境要因等多くの要因が取り沙汰されている.そのような多くの要因に対応していくためには,痴呆老人の「生活環境」そのものから考えなおさなければならないようである.

 今回は,さまざまな角度から「痴呆老人の生活環境」について検証していきたいと思う.また,痴呆老人の地域ケアについても,若干であるが,当院の取り組みを振り返り,考察していく.

地域における痴呆老人の実態と理学療法士とのかかわり

著者: 古井透

ページ範囲:P.618 - P.625

 Ⅰ.初めに

 広島県安芸郡熊野町は,広島市の南東約20kmに位置し,四方を山で囲まれた盆地の中にある.人口は,25,935人(1991年5月現在).60歳以上の高齢化率11.2%で,年を追って高齢化が進んでいるが,熊野町の痴呆老人の総数は次の二つの理由から,不明である.一つには,役場に申告することのメリット(身体障害者手帳,日常生活用具など,手当など)が少ないので,誰もすすんで「うちに,ぼけ老人がいます」とは言わない.二つ目には,明らかな基準が無い.例えば,異常行動の代表格である弄便にしても,おむつをやめて,トイレへ誘導すれば無くなるケースもあるなど,周囲のかかわりで消失したり,表出したりする.少なくとも,ホームヘルパーの把握で,担当ケース8ケース,託老所を利用したことがある人3名の11名のみ.保健婦の把握でも,15名程度あるが,65歳以上の老人の1割程度ではないかと言われる.社会資源については図1のとおりである.

 地場産業として毛筆製造が盛んだが,総従業員数150人以上の事業所は町役場をおいて他には無い.昨年の4月より,理学療法士,ソーシャルワーカーなどを配して,地域ケアに取り組んでいる.昨年一年間で,113世帯の在宅訪問を行ない,多くの老人とかかわったが,その中から3例の痴呆老人とのかかわりを具体的に述べる.

とびら

老人の在宅医療・在宅福祉を考える

著者: 奥村建明

ページ範囲:P.593 - P.593

 近年,我が国における人口の高齢化は急ピッチで進展している.徳島県においても,最近の調査によると,県人口に対する65歳以上の高齢者比率は13.3%を占め,20年前の8.4%に比べ,著しい増加がみられる.高齢化社会の到来により,今,われわれの周囲にはさまざまな問題が生じている.中でも,寝たきり老人や痴呆性老人に関する課題は,マスコミでもしばしば報道され,大きな社会問題ともなっている.このような状況下で,従来の病院や施設への入所に代わって在宅医療・在宅福祉の考えかたがしだいに拡がりをみせており,それに伴い,われわれ理学療法士に対する社会的ニーズはますます多様化し,役割も広い分野に及んでいる.

入門講座 ADL訓練の実際・3

不全四肢麻痺の起居・移乗動作訓練

著者: 臼田滋

ページ範囲:P.627 - P.633

 Ⅰ.初めに

 不全四肢麻痺を四肢の不全麻痺ととるならば,脳障害・脊髄障害・神経筋疾患などによる障害を含み,その多くの場合に,四肢のみではなく,体幹機能障害も伴っている.

 脊髄障害による不全四肢麻痺をみた場合,脊椎の骨関節疾患,外傷性頸髄損傷,骨および軟部組織腫瘍などの原因疾患があり,最近の高齢障害者の増加に伴い,理学療法の対象は増加している.これらの疾患に対して,観血的治療の進歩により,障害のほとんど残らない患者も少なくないが,麻痺は改善しても不全麻痺の状態にとどまることも多く,その多くは起居・移乗動作訓練が必要である.

 不全四肢麻痺者の起居・移乗動作訓練は,原因疾患による制約や,術後の後療法と平行しての訓練の特性と,さらに退院後の生活における個別的な環境調整など,多面的な配慮の下で進めなければならない.

 また,不全四肢麻痺者の場合に獲得された起居・移乗動作は,完全麻痺者に比べて,その残存機能(筋力,感覚など)と,利用する代償動作により多様であり,訓練に際してもより個別的なプログラムおよび方法が必要である.

 ここでは不全四肢麻痺を,観血的治療後の脊髄障害(頸髄不全損傷)による運動障害に限定し,まず運動療法を施行する際に特に必要な基礎的な事項を上げた後に,起居・移乗動作について解説する.

講座 老年医学・3

老年者の神経疾患

著者: 江藤文夫

ページ範囲:P.634 - P.639

 Ⅰ.初めに

 老年者の神経疾患では,老化に伴う身体的変化を基盤とした変性過程の関与した疾患の頻度の高いことが特徴である.ニューロンの減少は既に20歳代より始まるとされる.表1は東京大学医学部附属病院老人科における40歳以上の患者を対象とした主な神経疾患の集計である.古い資料であるが,基本的には表1にみられるように,動脈硬化を基盤としたもの,神経組織の変性を基盤としたもの,脊椎の変形を基盤としたものと各年齢層に共通したものとに分けられる.近年は高年齢者層における老年痴呆(Alzheimer型)の頻度が著しく増大している.

 本稿では,痴呆および脊椎症に伴う神経障害を除いて,主な老年者の神経疾患について概説する.

クリニカル・ヒント

筋力と筋電周波数解析

著者: 日下隆一

ページ範囲:P.640 - P.642

 理学療法における筋力トレーニングは,筋力増強もしくは筋力維持を目的としている場合が多い.しかしたとえ筋力維持を目的としたものであったとしても,一定以上の張力を筋に与えそれを繰り返す以上はこれも筋力増強であると言える.整形外科疾患などで片側下肢の非荷重を余儀無くされた場合,その下肢筋の筋トーヌスは急速に低下し,しだいに筋萎縮を伴いながら筋力低下が生じる.この筋力低下および筋萎縮を可能な限り最小限に,できるなら生じさせないようすることも運動療法の重要な目的である.しかしこのような筋トーヌス低下,筋萎縮,筋力低下を防ぐことは非常に困難であり,まして痛み,不動などの要素さらには神経筋障害などの原因が加わればなおさらである.

 このようななかで筋トーヌスの低下,筋萎縮の有無,筋力の関係は多彩であるが,明らかな筋組織学的,神経筋生理学的な異常が有るにもかかわらず筋力が正常範囲内にあるかもしくはわずかに低下しているような場合,筋トーヌスの低下,筋萎縮などに特に注意を払わず,さらに筋力が低下しても荷重を開始すれば,使い始めれば回復するなどの予測で放置する場合が多く,これらに対して主として単純な筋力増強のトレーニングを続けてきた経緯がある.これは何があろうと筋力が正常範囲あれば十分であるという単純な概念に支配されていると痛感している.一年を経過しても筋トーヌス,筋萎縮,筋力が回復せず異常歩行を呈しているとしても,痛みが有るのだから,アラインメントが変わったのだからとするのは当然ではあるがいかにも発展性が無く消極的であり,ただでさえ関節可動性と筋力という狭い概念からなかなか脱しきれないのでいるのなら,せめてその筋力の背景の分析と筋力トレーニングの方法について試行する必要があると常々考えてきた.

プログレス

大脳基底核臨床の進歩・2 話題の疾患

著者: 鈴木啓二 ,   吉田充男

ページ範囲:P.643 - P.643

 今回は本邦においては比較的新しい二つの疾患概念について述べる.

PT最前線

互いの切磋琢磨で向上を―ハーフウェイハウスの理学療法士として 小沼美奈子氏/<証言>我ら仲間

著者: 本誌編集室 ,   田村美枝子

ページ範囲:P.644 - P.645

 東京都養育院板橋ナーシングホームは特別養護老人ホーム.その一角にハーフウェイハウスはある.ハーフウェイハウスはその名のとおり,医療の現場と生活の場との間にある通過施設なので,利用者の復帰先の地域福祉の実態の情報収集も欠かせない.当該地の地域サービス状況を調べ,「退所された方が家に帰って生活しやすく,最大限の能力を発揮してもらえるように,独り暮らしの方の生活自立や家人の介護量の軽減などを御指導しています.」

あんてな

第26回全国研修会のねらい

著者: 江沢省司

ページ範囲:P.646 - P.646

 第26回全国研修会のテーマは「運動療法における装具を考える」である.

 われわれ理学療法士は多くの疾患を扱う中で,装具にまったく触れずにいるということはまずありえないことでしょう.特に装具装着の適応,判定,治療に際しもっとも身近にそして長く臨床場面で患者と接しているのはわれわれのはずですし,装具の処方から製作過程の中ですべて医師,装具製作者に任せっきりだとその目的もはっきりせず,運動療法の中で有効な治療ができないことは明白だからです.

雑誌レビュー

“Physiotherapy”(1990年版)まとめ

著者: 内山靖

ページ範囲:P.647 - P.650

 Ⅰ.初めに

 理学療法ジャーナルの雑誌レビューでは,年間単位に幾つかの外国論文を紹介している.このうち英国理学療法士協会により毎月発刊される“Physiotherapy”(1990年版:Vol.76)は,米国理学療法士協会の“Physical Therapy”(同:Vol.70)と並んで論文数の多い雑誌の一つである.

 本稿では,例年どおり大まかな分類の下で多くの論文について紹介することを一つの使命とする.さらに後半では,関連論文の多かった「姿勢」と「地域理学療法」について,種々の角度からの論文を系統的にながめ直すこととする.これは筆者の私的な興味も手伝ってはいるが,ページ数を割いた本レビューの掲載意図を考慮した試みでもある.

 なお,本文中の( )内は(号)始ページ-終ページを示すものとする.

資料

第26回理学療法士・作業療法士国家試験問題(1991年度) 模範解答と解説・Ⅲ―理学療法(3)

著者: 橋元隆 ,   中山彰一 ,   高橋精一郎 ,   堤文生 ,   高柳清美

ページ範囲:P.651 - P.654

1ページ講座 くすりの知識・9

消化器系治療薬

著者: 高橋守正

ページ範囲:P.655 - P.655

 患者が訓練中に普段と異なる訴えをした場合,それが新たな疾患や副作用の糸口である可能性がある.したがって理学療法士が知っておくべきことは,薬の名前よりむしろ作用機序による薬の分類と副作用であろう.今回は紙面の関係から痔疾薬,肝・胆・膵作用薬は省略した.なお括弧内に代表的な薬を記載した.

PTのひろば

第12回全国地域保健婦学術研究会に参加して

著者: 日高正巳

ページ範囲:P.617 - P.617

 「90年代の地域保健を展望する」というテーマで,第12回全国地域保健婦学術研究会が8月27・28日に神戸で開催された.

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文献抄録

ページ範囲:P.656 - P.657

編集後記

著者: 吉尾雅春

ページ範囲:P.660 - P.660

 昨年の本誌4号のとびらで私は「生活」と題して,独裁国家から民主国家へと変わり,市場経済主義を取り入れていくことになった東欧諸国に対して,日本のような恥ずべき国にだけはならないようにと書いた.今は,独裁国家の御本家ソ連でクーデターが失敗し,謀らずも民主国家への足音が一段と大きく聞こえるようになった.ちょうどそのころ日本ではバブルが完全にはじけてしまって,出るわ出るわ,不正融資だけでも1兆円を超すような勢い.あまりもの桁の違いに,私たちの感覚では現実的な問題とは認識できないくらいである.そのようなニュースの片隅に老人保健法の改正案の衆議院通過の話があった.若い世代の負担を1180億円減らすために患者負担をふやすことが柱の一つであったが,結局,今年度と来年度の若い世代の負担減は590億円にとどまった.ある不正融資の1兆円があるならば,と思うとまた頭に血が上ぼる.

基本情報

理学療法ジャーナル

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1359

印刷版ISSN 0915-0552

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