icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

理学療法ジャーナル26巻12号

1992年12月発行

雑誌目次

特集 終末期ケアと理学療法

終末期医療における医学的リハビリテーションの意義と役割

著者: 郷地秀夫 ,   原田靖

ページ範囲:P.810 - P.814

 Ⅰ.初めに

 近年,癌をはじめとする終末期患者に対する医療の在りかたが問われている1).それは一言で言えばCure(治療)中心の医療からCare(癒し)の医療への転換であり,延命重視の医療からQOL(Quality of life)尊重の医療への見直しと言えよう.確かに近代医学の発展は救命という課題においては偉大な成功をおさめてきたが,しかしその陰で多くのたいせつな事柄を見失いかけてきたのも事実だろう2).それは患者の人間としての個別性(Individuality)であり,社会に開かれた価値観・生命観・宇宙観であり,そして相互に影響し合う人間関係としての医療の視点である.ことばを換えれば,現代の医療は近代科学技術がもっている弱点3)をそのまま日常診療の中に内包してきたと言える.

 近代医学の中では普遍性,進歩性,効率性といった視点が重視されてきた.患者は個人的できわめて具体的な問題を抱え病院を訪れるが,病院は患者を普遍化した理論で分類した一般例の中に埋没させていった.患者の身体は医学の専門分化に沿い細分化され,問題は還元主義の中で凝集され回答が出されてきた.病院は巨大化し,効率良いシステムとして機能しており,患者は迷子にならないためその機構への同調を余儀無くされてきた.医学はつねに《進歩》を求め,閉鎖された社会の中で可能性の追求を第一義的に進め,時に暴走し倫理的諸問題をあちらこちらで起こしてきている.

 終末期医療はそのような医学医療では充たされない課題にあふれており,そうした医学・医療に問題を投げかけてきた.目の前にいる患者はかけがえの無い人であり,独自の歴史と人生観・価値観をもった人である.そして人生の危機に立たされ,援助を必要としている人である.そこで必要なのは,その人がその人らしく生き生きと最期を全(まっと)うできるその人用,独自のケアプログラムである.近代医学の延長線上に終末期医療は有りえなかったと言えよう.

 そうした中にあってリハビリテーション医学・医療は,つねに批判的に医学・医療の在りかたに提言を行なってきた.理念的にも全人間的にとらえる患者観やQOLの重視など終末期医療と重なる部分も大きい.近年,医学的リハビリテーションの理念の普及と患者の権利意織の高揚とから終末期患者にリハビリテーション処方が出される機会も増し,その実践報告も散見されるようになった4,5).私たちも地域の第一線病院として過去12年間,終末期患者のリハビリテーションにも取り組んできた6).リハビリテーション医学のもつ技術や知識,チーム医療の実践など終末期患者のQOLを向上させる上で医学的リハビリテーションの果たす役割は大きい.

一般病院における終末期ケアと理学療法

著者: 辻下守弘 ,   鶴見隆正 ,   川村博文

ページ範囲:P.815 - P.820

 Ⅰ.初めに

 近年我が国では,死因の第一位を占めている癌により,毎年約20万人の人たちがこの世を去っている.癌はその発症が即進行した状態に繋(つな)がり死に至るというわけではなく,最近の医療技術の発展により癌の診断治療技術や末期癌に対する延命技術も飛躍的に進歩しているが,その一方で終末期ケアという問題が社会的にも大きくクローズアップされるようになった1,2)

 しかし,これまで終末期ケアは,理学療法士の間ではあまり議論されていない.そこで本稿では,一般病院での癌患者に対する理学療法の実態と終末期ケアにおける理学療法の在りかたとを症例を通して解説する.

ホスピスにおける理学療法士の役割

著者: 仲正宏

ページ範囲:P.821 - P.826

 Ⅰ.初めに

 イギリスのセント・ジョセフ・ホスピスのHanratty JF医師は,ホスピス(Hospice)の基本的な考えかたとして,「ホスピスとは,治癒の見込みの無い人々がもつ,様々な痛み,死への恐れ,不安,孤独感等を和らげ,最後の瞬間まで平穏で,しかも人間としての尊厳を保ちながら,価値ある人生を生き抜いていただくために,医師,看護婦,ソーシャルワーカー,理学療法士,牧師等が,チームを組んでケアをする場所である.もちろん,患者ばかりでなく,家族のための支えと援助も重要である.」1)と述べている.

 また,柏木はホスピスプログラムを実現させるためには,症状のコントロール,良いコミニュケーション,個別性を重んじたケア,魂のケアの四つの点が重要であると述べ,具体的にホスピスでの働きを示している2)

 1981年,我が国で最初の施設としてのホスピスが誕生し(聖隷三方原病院),1984年4月,当院にも23床のホスピス病棟が開設された.以来ホスピスに対する関心が高まり,1990年4月,厚生省も健康保険に「緩和ケア病棟入院料」を新設し,その必要性を認めるようになった.

 緩和ケア病棟とは,主に末期の悪性腫瘍の患者に対して,緩和ケアを行なう病棟であり,厚生大臣が承認した施設に限って,一日につき2500点(1992年4月より3000点)が算定できるというものである.この保険点数は,注射・処置・看護・理学療法などをどれだけ行なっても同額で,診療にかかる費用はすべてこの「緩和ケア病棟入院料」に含まれている.

 1992年7月現在,我が国には7か所の厚生省認定の緩和ケア病棟(ホスピス)がある(表1).

 当院ホスピスには,現在専任のスタッフとして,医師4名,看護婦19名,病棟書記1名,秘書2名が配属されており,他に14名のボランティア,そして兼任の,保健婦(訪問看護),ソーシャルワーカー,牧師,理学療法士・作業療法士・言語療法士,薬剤士,栄養士などがかかわっている.

 終末期の患者や家族は,身体的,精神的,社会的,宗教的な問題を抱えている.このような多様なニードに答えるためには,スタッフの側がそれぞれ専門分野を生かしたチームを組んで,専門家の協力によって支えていくことが重要である3)

 今回,ホスピスにかかわる理学療法士として,患者のQuality of Lifeにどう貢献できるのか,またチームメンバーとしての役割は,どのようなものかを報告する.

在宅神経筋疾患における終末期ケアと理学療法

著者: 増本正太郎

ページ範囲:P.827 - P.833

 Ⅰ.初めに

 近年高度化した医療技術を背景に,以前は入院ケアしか考えられなかった難治性慢性疾患患者が,一定の条件を満たせば自宅で医療処置を行ないながら療養生活を送れる時代に変貌してきている.すなわち現在では保険適用が認められている在自己酸素,在宅人工呼吸,在宅中心静脈栄養,在宅自己腹膜灌流などへの取り組みである.このうち,在宅人工呼吸療法(Home Care Mechanical Ventilation;HCMV)は進行性神経筋疾患である筋萎縮性側索硬化症(以下,ALSと略.)やDuchenne型筋ジストロフィー症(以下,DMDと略.)などに適用され,当院在宅診療の対象となっている.治療技術の向上とともに延命は図られはしたものの,入院の長期化と病室の天井を眺め続ける生活を強いられた患者にとっては朗報である.

 本稿では重度の呼吸不全と運動障害とを呈するALSやDMD患者への在宅ケアを中心に取り上げ,終末期の理学療法の在りかたについて述べてみたい.

理学療法卒前教育における終末期ケア教育―弘前大学医療技術短期大学部の現状と課題

著者: 對馬均

ページ範囲:P.834 - P.839

 Ⅰ.初めに

 近年,バイオエシックスの観点から,末期癌患者に代表されるような,死を目前にした人々に対する医療の在りかたを問う終末期ケアが研究課題として取り上げられるようになった1).その背景には病院で死を迎える患者が全死亡者数の70~80%を占めているにもかかわらず,そこで行なわれる医療が必ずしも満足のゆくものばかりとは言えない事情がある2).こうした状況を引き起こす要因の一つとして,医学教育のカリキュラムの中に終末期ケアが欠落していることが挙げられ,終末期ケア教育の必要性が指摘されている2,3)

 理学療法教育の現状についてみても,カリキュラム上,終末期ケアに関する教育は総論にとどまり,理学療法士の役割など各論的内容は,予後不良疾患に対する理学療法の一部として断片的に取り上げられている場合が多いようである.弘前大学医療技術短期大学部においてもこの領域に関して系統的な教育が行なわれているとは言い難い実情である.

 そこで今回,本特集において「理学療法教育における終末期ケア教育の現状と課題」について担当するに当たり,弘前大学医療技術短期大学部理学療法学科におけるこれまでの終末期ケアに関連した教育実践を,自己評価という観点から見直し,理学療法卒前教育における終末期ケア教育の必要性,今後取り組むべき課題について考察する.

とびら

理学療法士とおおいに語ろう

著者: 滝野勝昭

ページ範囲:P.809 - P.809

 今日の発展した日本の社会には,幾つの職業が存在しているのであろうか.複雑な社会構造とそれに対応するため職業の細分化が進み,多岐にわたる専門職の存在から推察すると,おそらく数千種もの職業が存在し日夜活動していると思われるが,私自身が知らない職業が多々あることは容易に想像できる.知らない職業という意味は,ある仕事が目の前で行なわれていたとしても,それが何という職名であるのか判断がつかないことと,職名は認識しているが仕事の内容がわからないこともある.また私の生涯の中で見たことも聞いたことも無い職業も多数存在するであろうし,今後も遭遇することが無い職業も数百数千あると思われる.

入門講座 関節可動域訓練・6

人工関節と関節可動域訓練

著者: 栗原密 ,   田名部誠悦

ページ範囲:P.841 - P.846

 Ⅰ.初めに

 人工関節移植の目的は,①落痛の除去,②可動域の確保,③早期リハビリテーション,④ADLの維持・拡大などである.

 人工関節は,股関節・膝関節のほかに肩関節・足関節・肘関節・手関節・指関節などに対しても置換が行なわれている.膝関節・肩関節・足関節などの関節可動域訓練については他稿にゆずるとして,本稿では主に人工股関節の術前,術後の評価および関節可動域訓練について述べる.人工関節置換術に対する関節可動域訓練を行なうに当たっては,術前後の十分な評価,患者指導が重要である.解剖の熟知は言うまでもなく,個々の術式や,起こりうる合併症の把握もたいせつである.なお可動域訓練は術後のADLやQOLの向上に結び付くものでなくてはならない.

講座 障害者・高齢者のための住宅・6

在宅障害者・高齢者のための住宅関連福祉機器

著者: 川島康子 ,   高取利子 ,   吉原裕美子 ,   福屋靖子

ページ範囲:P.847 - P.857

 Ⅰ.初めに

 在宅の障害者・高齢者が,より自立した安全な生活を送るためには,住宅の増改築や,その住宅に関連した生活機器の選定・導入は不可決であり,理学療法士による生活環境の評価・指導訓練の必要性が年々高まってきている1)

 我が国における住生活環境も近年多様化の傾向がみられ,生活の洋式化にも抵抗が少なくなってきている.一般市民が容易に入手できる福祉機器と言われているものの種類も増し,それに伴い必ずしも適切ではない機器の入手がなされてしまっているケースも増加し,新たな問題を生み出している.

 これは,福祉機器の評価・選定技術の未開発によるもので,理学療法士として今後,取り組むべき重要な課題となろう.

 住宅関連福祉機器(以下,機器と略.)は,「impairementレベルの最大の改善を目指しながら限界のある状態で,disabilityレベルにおいて最大能力を獲得するために」1)活用されるもので,障害者や高齢者がより自立し,安全な生活を送るために不可欠なものである.

 この小論では,理学療法士が多くかかわる手すり,ベッド,便器,浴槽,シャワーチェアー,いすなどの姿勢保持・起居・移動動作に直接的に関連のある機器に焦点を絞り,まとめてみたい.

1ページ講座 関連職種の動向・12

医師

著者: 今田拓

ページ範囲:P.858 - P.858

 1868年(明治元年),我が国の医学は西洋医学を取り入れることが定まり,これに沿って1874年,文部省が東京など3府に医学教育の課程,臨床経験,開業免許など医師の身分と業務に関する「医制」(今の医療法と医師法とを併せたもの)を制定,これが後に全国的に統一された.1906年,独立した身分法として医師法が誕生,医師の免許取得資格を規定,開業免許を廃止,医科大学または医学専門学校の卒業者のみが医師免許を取得できることなどが規定された.

 1942年の戦時体制下,国民医療法が制定され医師法もこれに包括されるが,戦後,社会保障制度の整備とともに医療関係者の法制が見直され,1948年,現在の医師法が制定され,インターン制度を含めた医師国家試験も開始された.1968年,インターン制度は廃止され,代わって臨床研修医制度が創設された.

プログレス

動脈硬化症の新しい治療法・2

著者: 駒場明 ,   島田和幸

ページ範囲:P.859 - P.859

 狭窄や閉塞により血流障害をきたした動脈硬化病変を,非手術的に直接治療する方法として以下のような技術が用いられてきている.

我が地域

おらんくの高知を知っちゅうかよ?/栃木を知っていますか?

著者: 山本双一 ,   菅原和幸

ページ範囲:P.860 - P.861

 おらんくの池にゃ,潮吹く魚が泳ぎよる私たちの池である太平洋には鯨が泳いでいる,という民謡「よさこい節」の高知らしい豪快な一節である.今,高知でヒット中の観光の目玉は,ホエール・ウォッチング.これ,太平洋に船を出して鯨を観るという壮大さだけで受けているのではない.必ずしも観えるとは限らないものに賭けて,楽しむところが,高知らしいのである.古くは土佐と呼ばれたこの地は,四国山脈を背に漁労民族的県民性を育んできた.

あんてな

企業の社会貢献活動の現状と展望

著者: 山田美和子

ページ範囲:P.862 - P.862

 1.初めに

 我が国のボランティア活動の多くは,子育てが済み,自分の時間がもてるようになった中年の女性で占められ,地域における食事サービス,独り暮し老人の家事援助,友愛訪問,老人ホームや障害者施設,デイサービスセンターなどでの労力提供から,リサイクル活動,バザー,環境美化運動などが行なわれている.さらに定年後の男性も含めて,生涯学習の見地から観光ガイド,動物園ガイド,博物館ガイドなど生きがいに結び付く活動もふえ,ボランティア活動がざまざまな情報誌(紙)に登場するようになった.

 このような動きの中で,特に注目を浴びているのが,企業の社会貢献活動(フィランスロピー)である.

雑誌レビュー

“Australian Journal of Physiotherapy”(1991年版)まとめ

著者: 阿部敏彦 ,   宮本省三 ,   板場英行

ページ範囲:P.863 - P.867

 Ⅰ.初めに

 “Australian Jurnal of Physiotherapy”は,オーストラリア理学療法士協会が年4回発行している季刊誌であり,1991年度は第37巻となる.本ジャーナルは,年間を通じ‘Leading Articles’,‘Original Articles’,‘Book Review’,‘In the News’,‘Coming Exents’の5項目にて基本的に構成されている.

 ここでは『Leading Articles』のテーマ(8編)とすべての『Original Articles』の要約(16編),最終号の教育に関する論文を紹介し最後に総括に加える.なお,文中の[( )00-00]の数字は,論文の掲載号とページを示す.

資料

第27回理学療法士・作業療法士国家試験問題(1992年度) 模範解答と解説・Ⅵ―共通問題(3)

著者: 和島英明 ,   山田拓実 ,   高木昭輝 ,   黒川幸雄 ,   佐竹勝 ,   五十嵐市世 ,   岩瀬義昭 ,   種井慶子

ページ範囲:P.868 - P.871

TOPICS

広島大学医学部保健学科―PT,OTコースの構想

著者: 梶原博毅

ページ範囲:P.873 - P.873

 1.はじめに

 本年4月10日,本年度の国家予算案および関係法令の国会通過と同時に,広島大学医学部に保健学科が誕生した.この学科は,看護学専攻(定員60名),理学療法学専攻(定員30名),および作業療法学専攻(定員30名)の三専攻から成り,学生定員は合計120名である.医学部の中では医学科(定員100名),総合薬学科(定員60名)に次ぐ第三の学科となった.全国の大学の医学部を見ても,三学科を擁する医学部は広島大学が最初で,もっとも大きな医学部となったわけである.

 今年は発足年であるため,センター試験は利用できず,また,入試も通常の学部試験とは遅れて4月12日に行なわれ,同18日,看護婦専攻66名,理学療法学専攻33名,作業療法学専攻33名の合格者が発表された.同4月23日,保健学科のみの入学式が医学部内で行なわれ,125名の保健学科の学生(看護婦専攻60名,理学療法学専攻33名,作業療法学専攻32名)が誕生した.

 現在,保健学科の学生は総合科学部において一般教育の講義を受講中である.広島大学の一般教育履修基準は,四年制教育課程では2年前期までに52単位以上の履修が義務づけられており,人文科学,社会科学,自然科学など200以上の開講科目から選択できる.

PTのひろば

遊びリテーションについて/桜咲く

著者: 工藤一郎 ,   原口忠

ページ範囲:P.872 - P.872

 最近よく“遊びリテーション”ということばを耳にする.数多くの病院や施設で取り入れられているようだ.自分の病院でもやっている,でも,“遊びリテーション”について,ちょっと思うことがある.その一つとして対象者の問題がある,機能訓練をやって効果が無かったり,あるいは,もう手遅れの状態で,そのままケア重点でいけば,寝たきりになってしまうような恐れのある人が多いのではなかろうか.今,増加する老人の数に,理学療法士や作業療法士の数が追いついていかず,安易に“遊びリテーション”をやっている風潮は無いだろうか?.

 例えば車いす移動レベルの患者さんたちが,流行の風船バレーボールをやっている姿をよくみる,そのことはそれで,その人の体幹,上肢を使うし,メンタル面でも意義は有るのだろう.

--------------------

文献抄録

ページ範囲:P.874 - P.875

編集後記

著者: 鶴見隆正

ページ範囲:P.878 - P.878

 月日の経つのは早いもので,第26巻の最終号をお届けします.

 今年は人の死に関する報告が相次ぎ,1月には臨時脳死及び臓器移植調査会が「脳死を人の死」と答申し,3月には日本医師会生命倫理懇談会が末期医療の定義を「患者が死の病で病床に就いてから死を迎えるまでの医療で,その期間は6カ月程度,またはそれより短い」としたことは高度医療技術,延命医療における医倫理から生命倫理を再考する機会をわれわれに提供しています.

基本情報

理学療法ジャーナル

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1359

印刷版ISSN 0915-0552

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?