icon fsr

文献詳細

雑誌文献

理学療法ジャーナル27巻1号

1993年01月発行

文献概要

特集 患者の人権

私の「こころ」―理学療法士の患者体験から

著者: 半田一登1

所属機関: 1九州労災病院リハビリテーション診療科

ページ範囲:P.23 - P.28

文献購入ページに移動
 1初めに

 人間は生まれながらにして対等・平等であるはずです.医療の中での治療者と患者との関係はその時点における役割の相違だけであって,決して人間の上下関係に起因するものではありません.しかし,学歴社会の偏重や経済至上主義などで医療現場における個の無視は年々強まっており,理学療法も例外ではありません.リハビリテーション医療および理学療法の特徴は「個の尊重」にありますが,理学療法士の間でも患者を症例的に扱う傾向と利潤追求志向とが強まっています.これは「患者の権利」擁護とは逆の方向にあります.

 日本人の精神文化は「恥の文化」「甘えの構造」などと言われています.このいずれにしても周囲の人間の動向や判断をみながら自分の判断を下すということです.ここにはほんとうの主体は無く,「個」が確立されていないのです.日本外交の特徴は,つねに人権などよりも経済を優先することです.欧米では‘戦い取った’人権ですから,当然ながら人権を守る姿勢は強固なものを感じます.日本の‘与えられた’人権との差があります.そして,国民の多くが自分の元気なときには利潤最優先・効率至上主義の旗振り役をしていながら,病院の利潤や効率のために自分の個が無視されることに驚き,憤慨してしまうようです.そして,医療事故などと相俟って「患者の権利法をつくる会」の結成などの動きがあります.

 しかし,私は「患者の権利」ということばから,数十年前のアメリカ合衆国における消費運動のように生産者(治療者)と消費者(患者)の対立構図を思い浮かべてしまいます.アメリカ合衆図ではインフォームド・コンセントが人権的発想から出発したものではなく,訴訟多発の対応策とされたことは歴史的事実です.日本人は欧米の文化を積極的に取り入れる中で,固有の農耕的・共存的な感覚はしだいに失ったと言われています.しかし,日本では欧米の契約型社会は定着せず,未だに終身雇用的であり,これは日本人の本質が未だに共存的であると言えるのではないでしょうか.この共存感覚を医療の中でもっと生かさなければなりません.私は対立的な「患者の権利」というよりも共存的な「個の尊重」として,この問題をとらえたいのです.そこに今までの形骸化した論議とは違った,権利認知への実りある論議があるはずです.

 患者としての権利には,平等な医療を受ける権利,最高の医療を受ける権利,知る権利,自己決定権,プライバシーの権利,そして個としての尊厳などが挙げられますが,治療者の義務という観点からは「質の高い医療の提供」と「個のこころの尊重」に大別されます.近年の大病院指向は「医療の質」を求めた患者の行動ですが,ここでは患者の個性は無視されることが多く,ベルトコンベアーに乗った製品的扱いが行なわれます.外来での数時間の待ち時間と数分間の診療などは代表例です.一方,「こころ」を重視する患者などは医療に愛想をつかし,医業類似行為や信仰などに場を求めていて,これらの人たちのほうが病院に来・入院する患者よりも生き生きとして見えるのは私だけでしょうか.医業類似行為では患者は客として遇され空間的にも時間的にも余裕のある場が設けられていますし,宗教では新加入者に同じ身体的な悩みをもつ人を配し,経験話などを通じての連帯感を用いたカウンセリング的なことを行ないます.この両者は相手の「こころ」にアタックしているのです.

 ところで,実効性ある「個の尊重」の論義のためには,改訂が進んでいる医療法は国家財政面からの検討を中心にしていますが,患者の立場から検討することも必要です.加えて,やや是正されましたが,技術軽視の診療報酬体系からの検討も必要でしょう.欧米諸国と比べると治療者の人員は圧倒的に少なく,診察と手術とでてんてこ舞いの医師,夜勤勤務で疲労困ぱいの看護婦,多くの患者に追いまくられる理学療法士,このように3Kの代表のような劣悪な環境では医療が「個の尊重」を無視した流れ作業になることは否めません.究極まで追い込まれた人間は自己保存に走り,他人への配慮は二の次になってしまいます.また,明治時代に出発した日本の近代医療が最初に行なった国家的な取り組みは赤痢の隔離政策でした.そして,この成功により刷り込まれた隔離的な発想は今日でも医療政策の中心のようで,伝染病に止まらず,社会的弱者である障害者や高齢者も隔離的に「処理」されています.この隔離的発想からも「個の尊重」への配慮が生まれてくることはありえません.このように「個の尊重」を医療現場で不可能にしている日本型医療の在り方の論議が一方では必要です.

 今回は自分自身の5か月間の患者体験に基づいて,「患者の権利」について記述する機会を与えられましたが,私は「個の尊重」としてとらえ,「こころ」の面から述べてみます.患者の「こころ」を尊重するためには異常な「こころ」を知ることが必要です.また,「こころ」を無視する背景と今後の理学療法士の在り方についても考えてみます.なお,文中で「心」とせずに「こころ」とあるのは,「心」や「心理」という文字には平面的・空間的で固定的な感があり,立体的・時間的で流動的なものを意味するため「こころ」としたものです.

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1359

印刷版ISSN:0915-0552

雑誌購入ページに移動
icon up
あなたは医療従事者ですか?