ヒステリー性運動障害の理学療法
著者:
古米幸好
,
渡辺進
,
日比野慶子
,
永冨史子
ページ範囲:P.462 - P.467
1初めに
精神科疾患のリハビリテーションは,心身を病む人たちに関わる精神科医をはじめ多くの専門家たちのアプローチによって行なわれている.その専門家のグループに理学療法士が入っていないことを,筆者は常々不思議に思っていた.Wing JKとMorris Bによれば,理学療法士の精神科領域における活動は遅々として発達しなかったが,理学療法は身体的健康を回復(維持)するために欠かせないものであり,身体的健康は精神保健に対して多大の寄与をなしうるものであると述べ,精神科リハビリテーションのチームの一員として参加を呼びかけている.
精神科リハビリテーションでの理学療法の役割を考察すると図1のように対象を三分野に分類することができ,それぞれの分野での役割も図に示したように担うことが考えられる.一つは,精神科疾患に罹患していて,さらにその精神科疾患とは関係の無い独立した身体的障害を有している患者の身体障害に対する理学療法と,もう一つは,精神科疾患に起因して身体障害が発生している患者の心身両面の治療を考慮した理学療法と,残る一つは,精神科疾患そのものを治療対象とした理学療法である.そしてもう一分野加えると,高齢精神障害者の低活動状態からくる老衰加速現象の対策としての理学療法という課題がクローズアップされてくるであろう.超高齢化社会の到来が目前になっている今日,この分野は理学療法の重要な課題になると予測される.一番目の理学療法はすでに日本でも行なわれており,荒木らや佐々木らは“意欲の欠如している精神障害者の場合でも,チームアプローチの一環として理学療法を行なうことにより,理学療法の効果が確認される”ことを発表している.二番目の心身症に対する理学療法は,前田が発表している.それによると心理的な原因による身体障害に対しての対応は,まだわれわれ(理学療法士)には未知の分野であると認めながらも,ヒステリーによる運動障害の患者に,立位で一歩足を前に出し元に戻す,次に反対の足を一歩前に出し元に戻すという動作を行なう運動や,ボールを使ってバレーボールの行動を行なう運動を通して効果を得たとしている,佐々木らは精神神経症としての書痙に対する理学療法の効果を発表している.三番目の理学療法については,今日行なわれている精神療法や生活療法そのものであり,発表は今日の時点では皆無である.身体運動による精神力動理論から治療効果を得たという研究はなされていないようである.
左に示した役割の内容では,A・B・Cについては数が少ないまでも身体障害に対して行なうもので,法的にも合法で同意を得やすい役割である.しかし,D・Eについては反対される可能性が高いかもしれない.そのことを踏まえてあえて付け加えたものであり,「?」もそのために付している.精神科疾患には,薬物療法と精神療法と生活療法が個々の疾患に合わせて比重を変えながら行なわれている.その中に運動療法による効果が,精神療法的手法や生活療法的手法として成立するかもしれない,運動療法そのものが独立して存在するかもしれないということを仮定して書いたものである.
今回,当院で行なわれたヒステリー性運動障害(疑いも含む.)の理学療法を紹介するに当たって,精神科リハビリテーションチームの一員としての理学療法の基本的な面にもふれ,チームの一員になりうるかも併せて模索したいと思っている.なお,今回はあくまで従来の身体障害に対する理学療法として行なっている報告であることを了承していただきたい.