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特集 骨・関節疾患のバイオメカニクスと理学療法
関節におけるバイオトライボロジー
著者: 笹田直1
所属機関: 1千葉工業大学精密工学部情密機械工学科
ページ範囲:P.519 - P.524
文献購入ページに移動 I.はじめに一関節の構造概略
われわれは関節を非常に軽く動かすことのできることを知っている.関節(正確には可動関節articular joints)とは,ヒトの体躯を象(かたど)る大小約200の骨の骨端部同士を互いに,その相対角度が変えられるよう可動的に連結する器官であって,この可動性のゆえにヒトは姿勢を変えることができるのである.
ヒトの関節の数は多く,その大きさや形状は部位によってまちまちであるが,関節の摩擦という観点で股関節を模式化して画くと図1のようになる.すなわち,骨端部は関節軟骨(articular cartilage)で覆われ,骨の相対運動に際して,この関節軟骨同士が摩擦する.関節軟骨は骨とまったく異なる組織から成り,ごく大雑把にいえば,コラーゲンネットワークにプロテオグリカン凝集体(後述)が絡み合い,しかも全重量の70%は遊離水である(図2)1).関節軟骨は軟骨細胞を含むが,その密度は疎で,関節軟骨の再生機能は高くない.このゆえに,関節疾患に対する内科的療法には限界があり,人工関節に頼らざるを得ない必然性があるのである.若成人の膝,股関節など大関節の関節軟骨の厚さは3~4mm,非常に変形しやすく,物理的に表現すると弾性係数が低く,弾性範囲が広い.局所的に圧迫すると内部から水が滲出し,圧迫を除くと回復する.表面粗さは数μm程度の滑らかさで,一見なまのイカに似ている.
摩擦面を構成するものが関節軟骨なら,潤滑剤に相当するものは関節液(synovial fluid)である.その量は極めて少なく,股関節で約1cc,膝でも1~2ccにすぎない.その組成は血漿にヒアルロン酸が0.25~0.5g/dl加わったものに近いが,含有蛋白質には血漿との相違がある.すなわち,蛋白質濃度は血漿では6~8g/dlであるのに対し,関節液では1~3g/dlと低い.また関節液では,血漿に比ベて分子量の小なるアルブミンが多く,グロブリンが少ない.
関節液が血漿と異なる特徴の1つは,その粘度が高いことである.図3はわれわれのグループによる測定結果であるが3),剪断速度の小なる場合は関節液粘度は高く,剪断速度が大だと粘度は低い.この非ニュートン性は関節摩擦を流体潤滑と考えた場合,はなはだ合目的的である.というのは,ゆっくりした四肢運動に対しては高粘度を示すがゆえに関節は軸受として負荷能力が高く,一方,敏速な体の動きにおいては低粘度のためエネルギー消費すなわち発熱が低いからである.この非ニュートン粘性はヒアルロン酸という大きな長い分子(分子量約100万)のコロイドとしての分散によるものらしい.なぜならば,関節液の粘度は図3のように健康体,病変体で異なり,また年齢差もあるが,それらをすべて含めて,それに含まれるヒアルロン酸の濃度によって決まるからである5).
関節液に含まれる蛋白質はヒアルロン酸と結合してヒアルロン酸蛋白となり,関節液に粘弾性を与える.その潤滑に対する影響については最近研究の緒についたばかりであり,まだ良く判っていない4,5).
関節は関節包(joint capsule)と呼ばれる軟組織の袋にすっぽり包まれており,関節液はそこから外部に出ることはない.人工関節に全置換する場合,この関節包は全部切除するのであるが,術後数週にして再び類似の組織(二次関節包)が生じ,人工関節全体を包む.また,関節液(二次関節液)もその中に分泌され,人工関節はそれによって潤滑されることになる.
先に述べたように,ヒトの関節の大きさ,形状は部位により種々あるが,ここに述べた骨・関節軟骨・関節液・関節包の相対位置関係は同じとみてよい.有蛋白質には血漿との相違がある.すなわち,蛋白質濃度は血漿では6~8g/dlであるのに対し,関節液では1~3g/dlと低い.また関節液では,血漿に比べて分子量の小なるアルブミンが多く,グロブリンが少ない2).
われわれは関節を非常に軽く動かすことのできることを知っている.関節(正確には可動関節articular joints)とは,ヒトの体躯を象(かたど)る大小約200の骨の骨端部同士を互いに,その相対角度が変えられるよう可動的に連結する器官であって,この可動性のゆえにヒトは姿勢を変えることができるのである.
ヒトの関節の数は多く,その大きさや形状は部位によってまちまちであるが,関節の摩擦という観点で股関節を模式化して画くと図1のようになる.すなわち,骨端部は関節軟骨(articular cartilage)で覆われ,骨の相対運動に際して,この関節軟骨同士が摩擦する.関節軟骨は骨とまったく異なる組織から成り,ごく大雑把にいえば,コラーゲンネットワークにプロテオグリカン凝集体(後述)が絡み合い,しかも全重量の70%は遊離水である(図2)1).関節軟骨は軟骨細胞を含むが,その密度は疎で,関節軟骨の再生機能は高くない.このゆえに,関節疾患に対する内科的療法には限界があり,人工関節に頼らざるを得ない必然性があるのである.若成人の膝,股関節など大関節の関節軟骨の厚さは3~4mm,非常に変形しやすく,物理的に表現すると弾性係数が低く,弾性範囲が広い.局所的に圧迫すると内部から水が滲出し,圧迫を除くと回復する.表面粗さは数μm程度の滑らかさで,一見なまのイカに似ている.
摩擦面を構成するものが関節軟骨なら,潤滑剤に相当するものは関節液(synovial fluid)である.その量は極めて少なく,股関節で約1cc,膝でも1~2ccにすぎない.その組成は血漿にヒアルロン酸が0.25~0.5g/dl加わったものに近いが,含有蛋白質には血漿との相違がある.すなわち,蛋白質濃度は血漿では6~8g/dlであるのに対し,関節液では1~3g/dlと低い.また関節液では,血漿に比ベて分子量の小なるアルブミンが多く,グロブリンが少ない.
関節液が血漿と異なる特徴の1つは,その粘度が高いことである.図3はわれわれのグループによる測定結果であるが3),剪断速度の小なる場合は関節液粘度は高く,剪断速度が大だと粘度は低い.この非ニュートン性は関節摩擦を流体潤滑と考えた場合,はなはだ合目的的である.というのは,ゆっくりした四肢運動に対しては高粘度を示すがゆえに関節は軸受として負荷能力が高く,一方,敏速な体の動きにおいては低粘度のためエネルギー消費すなわち発熱が低いからである.この非ニュートン粘性はヒアルロン酸という大きな長い分子(分子量約100万)のコロイドとしての分散によるものらしい.なぜならば,関節液の粘度は図3のように健康体,病変体で異なり,また年齢差もあるが,それらをすべて含めて,それに含まれるヒアルロン酸の濃度によって決まるからである5).
関節液に含まれる蛋白質はヒアルロン酸と結合してヒアルロン酸蛋白となり,関節液に粘弾性を与える.その潤滑に対する影響については最近研究の緒についたばかりであり,まだ良く判っていない4,5).
関節は関節包(joint capsule)と呼ばれる軟組織の袋にすっぽり包まれており,関節液はそこから外部に出ることはない.人工関節に全置換する場合,この関節包は全部切除するのであるが,術後数週にして再び類似の組織(二次関節包)が生じ,人工関節全体を包む.また,関節液(二次関節液)もその中に分泌され,人工関節はそれによって潤滑されることになる.
先に述べたように,ヒトの関節の大きさ,形状は部位により種々あるが,ここに述べた骨・関節軟骨・関節液・関節包の相対位置関係は同じとみてよい.有蛋白質には血漿との相違がある.すなわち,蛋白質濃度は血漿では6~8g/dlであるのに対し,関節液では1~3g/dlと低い.また関節液では,血漿に比べて分子量の小なるアルブミンが多く,グロブリンが少ない2).
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