理学療法における基礎研究
著者:
武富由雄
ページ範囲:P.526 - P.532
1.はじめに
1996年,第31回日本理学療法士学会(名古屋市)のメインテーマとして「理学療法の基礎」が取り上げられた.理学療法をより学問として体系づけ,発展させるため,臨床医学に加えて解剖学,病理学,生理学などの基礎医学を基盤として学問的体系の充実が必須と考えられるからである.シンポジウム「運動機能」では解剖学,病理学,生理学の各分野で基礎研究を行っている理学療法士が理学療法の基礎を基礎医学に求めている1).
1965年,わが国に理学療法士の身分制度が制定された.その後およそ15年間,治療技術者の養成に重点がおかれ,理学療法の学識,技術は欧米先進諸国のそれを範として伝播し,模倣性をもって先進技術を学習し,応用する学習期であった2).振り返ってみれば科学的知識の先端を吸収するのに精一杯の時期であった.この時期の理学療法は既存の,周辺の学問的知識の集合体を基盤とした応用的技術的性格が濃厚であった3).欧米人の名称を冠した検査・評価,理学療法の手法が未だ連綿として受け継がれ,実践されているが,独創的な手法を生みだしたルーツを辿り,学術的に検討するまで考えが及ばなかった.
1979年,金沢大学医療技術短期大学部が文部省管轄の養成校としてはじめて設置された.これまでの良き治療技術者の育成から良き指導者・研究者の育成を指向することになった.この頃から,これまで経験主義的にできあがった理学療法の成果で満足しているだけで良いのだろうか,じっくりと腰を据えて反省しはじめた.「やった,治った,効いた」の「三た論法」だけの治療効果判定では科学性に乏しい4).1984年,日本理学療法士協会が発刊する「臨床理学療法」は「理学療法学」と誌名を改称し,臨床のみに拘泥されない,基礎医学論文を含めた,広く学問的に高い内容をもった機関誌にすることを目指した5).「学問」は「まなび」でなく,「問う」ことが必要なのである6).理学療法の研究の成果を「問い」かつ「疑い」をもち,理論を開く学会(日本理学療法士協会主催)がもたれた.
第18回学会(東京都,1983年)のメインテーマは「理学療法学の確立」,第19回学会(金沢市,1984年)のそれは「理学療法“学”の確立」と2年続いて同じメインテーマを選んだ.“学”を強調し,理学療法“学”の形成に向けての端緒を願ってのことであった.10年前の第21回学会(1986年)での研究発表184題のうち基礎研究(運動生理)の占める割合は20題(10.9%)であった7).第31回学会(1996年)では発表総数は532題と増え,基礎研究(運動生理,運動学)の占める割合も61題(11.7%)と増えた8).1995年度の「PTジャーナル誌」には学術研究方法の手順の入門講座の欄が設けられ,基礎研究への手法が紹介された9-14).1995年度「理学療法学」に掲載された研究報告35編のいずれもが,臨床経験から得られた集積を学術研究の手法と理論の発展により理学療法学研究の形態をとりはじめた15).
養成校設立の急増とも相まって理学療法士の数は増していく.第1回の国家試験合格者は183名であったのが,平成7年度には1,422名が合格し,合格者の総計は15,607名に及んでいる16).治療技術の研究,治療対象の研究,治療過程の研究3)に加えて,疾病や障害の病因や発生機序,理学療法の作用機序,回復過程,予後に関する基礎医学をこまかな点まで能動的に知る基礎研究が関心事となってきた.