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雑誌目次

雑誌文献

理学療法ジャーナル30巻9号

1996年09月発行

雑誌目次

特集 高次脳機能障害をもつ患者の理学療法

essences of the issue

ページ範囲:P.605 - P.605

 高次脳機能障害に関する報告も最近はずいぶん増加しているようだが,多くは机上検査の段階にとどまって,運動学的評価も治療方法の検討も報告は皆無といえる.その状況で治療技術論を展開するのは学術的にはまだ非常に困難な段階かもしれないのだが,しかし現実に臨床の場面ではこの種の障害を持つ患者が多数存在し,各医療機関でアプローチが試行錯誤されている.試行錯誤や暗中模索はまだよいが,患者が“neglect”されてしまう状況だけは避けたい.今の段階で治療論を展開しても,他の専門領域の人々から非科学的と批判されることもあり得るが,患者を無視・放置・排斥される危険から救い出すことが先決と考え,敢えて記述を試みていただくことにした運動療法の領域でも評価法と治療法を確立させる一石となれば幸いである.

高次神経機能障害に対する治療的接近

著者: 網本和

ページ範囲:P.606 - P.613

 1.はじめに

 高次神経機能障害は周知のように,脳血管障害例のリハビリテーションを困難にする主要な要因であることが知られている1).高次神経機能障害に対する治療的接近の報告は少なくなく4,10-12,18,26),この領域についての関心の高まりが窺われる.しかし理学療法の臨床場面では多くの症例を重ねているにもかかわらず,正面から論じたものは意外に少ない4).このことは第1に徴候の評価の難解さ,それゆえ「何に対してアプローチしているのか」がしばしば明瞭でなくなることに由来しているのかもしれない.換言すれば,`高次神経機能障害例の示すどのレベル,例えば失行症に認められる錯行為そのものに対してなのか,これを基盤とする日常生活動作に対してなのか,不明確なままアプローチを進めてしまうということである.第2に高次神経機能障害の種類は膨大で,網羅的に立ち向かうことは事実上困難であることの反映であろう.

 そこで本稿では,これら高次神経機能障害のうち臨床的に理学療法士が直接関係し得る徴候として,観念失行,半側空間無視,Pusher現象について焦点を絞り,評価法および治療的接近法を検討してゆきたい.

脳卒中患者の抑うつ状態と動作能力との関係

著者: 奥田英隆 ,   岩月宏泰

ページ範囲:P.614 - P.618

 1.はじめに

 脳血管障害患者に対する理学療法として,われわれは種々の神経症状に重点を置き,様々な研究を重ねてきた.しかし,後遺症としての神経症候の他に,脳血管性痴呆や抑うつ状態などの精神症候の出現が注目されている.これら種々の精神症候は,理学療法を進めていく上で阻害因子となるばかりでなく,家庭や社会への復帰を困難にさせる.日頃,臨床の場面でこのような抑うつ状態に陥り,リハビリテーションの進行を阻害している患者をよくみかける.術遺症が軽度でも気分が沈む者もいれば,対照的に後遺症が重度でも車椅子生活で明るく暮らす者もある.このような現象がなぜ起こるのだろうか.

 本疾患による抑うつ状態発現には脳器質障害,環境因子,障害受容までの葛藤1-6),種々の因子が複合的に関与することが推測される.この精神症候は身体障害と関連することが指摘されているが7),動作能力との関連を検討した報告は少ない,われわれは本疾患の抑うつ状態を評価し,動作能力として日常生活活動(ADL),歩行能力との関連について調査した.さらに,家族や復職など社会環境との関連についても検索した.

病態失認を伴った患者の理学療法

著者: 与那嶺司

ページ範囲:P.619 - P.624

 1.はじめに

 脳血管障害などによる脳損傷患者のリハビリテーションプログラムを進行させていく上で,患者自身の障害の認知は訓練への動機づけや代償機能の獲得のために不可欠のものである.しかし,脳損傷では明らかな麻痺があるにも関わらず,その存在を認知できない状態すなわちanosognosiaが現われることが知られている.anosognosiaはその定義・成立機序・責任病巣についても論議が続いている段階であり,それに対する取り組みも十分とはいいがたい.本邦ではanosognosiaの訳語すらも完全には一致していない1)が,今回は神経学用語集に掲載されている「病態失認」を訳語として用いる.

 本稿では病態失認およびその関連症状の分類と評価について触れ,筆者が体験した症例2)の理学療法について述べてみたい.

半側無視を伴う片麻痺患者に対する運動療法

著者: 榊広光

ページ範囲:P.625 - P.631

 1.はじめに

 われわれ理学療法士が,脳卒中片麻痺患者の治療阻害因子として,半側無視を認識していることは当然のことである.しかし,それに対して定説的な運動療法の治療概念というものがなく,半側無視を伴う患者の治療が困難であり,治療ゴールをワンランク以上引き下げて設定し治療を行った経験があるのは筆者だけではあるまい.

 半側無視患者の治療を行うとき,どのようなアプローチが妥当であるかと,よく葛藤する.例えば,患者には,患側方向から話しかけたほうがよいとの定説みたいなものがあるが,しかし無視されているほうからのみでは,それこそ無視されてしまう.治療対象を患側上下肢のみとすれば,運動療法自体が無視されてしまうような感じがする.また反対に,健側からのみのアプローチでは注意を過剰に引きつけてしまいそうな感じになる,どちらが正しいかというのは判らない.状況に応じて柔軟に対処するということか?このように,半側無視を治療する際のアプローチ側だけを考えても,難解な問題になる.

 本稿では,理論にとらわれずに,半側無視に対する運動療法に関して記述することを許されているので,まだ立証されていない方法も含めて日頃行っていることを論述したい.

適応障害のある患者の理学療法

著者: 冨田昌夫 ,   大槻利夫 ,   柏木正好

ページ範囲:P.632 - P.638

 1.はじめに

 片麻痺患者の示す症状は,私たちに理解しにくいものも少なくない.非麻痺側で強く押し,麻痺側に倒れているのにまだ押し続ける患者(DaviesのいうPusher)1)の示す異常な恐怖心や不安感,それに伴う非麻痺側の過剰な筋活動はその典型的な例である.また,移動が可能になり行動範囲が広がって,自分の居る場所を様々に変えることが可能になっても常に狭い空間にしか注意が及ばず,動作能力が環境に左右されてしまう患者も少なくない.このような現象を環境に対する適応の障害として捉え,Affolterの概念で解釈し,問題の解決を試みた.

とびら

豊かな生活に向けて

著者: 菊谷修

ページ範囲:P.603 - P.603

 毎日往復に2時間以上の時間をかけて通勤をしていると実に沢山の人を見る機会がある.自分よりも年をとった人を見れば若い時はどんな人であったのか,若い人を見れば余計なお世話だがどんなふうに年をとっていくのかとついつい考えてしまう.人も年をとればそれなりの経験を重ね,その人らしさの色も濃くなり,こだわりの対象も千差万別となる.食べ物,おしゃれ,趣味…….

 しかし一旦怪我や病気になり入院ともなると,治療という目的のためにその人なりのこだわりも管理という名の下に制限される.われわれも「効率よく」仕事をしようと「患者さんのAさん」とだけの関わりで済まそうとすることもある.そして,われわれの管理の網からこぼれると,「しょうがない患者さん」ということになる.一方「Aさん」自身は理不尽だとは思いながらもスカッとたんかを切ることもできず精々愛想の悪い患者となることで心のバランスをとる.

入門講座 動作分析・3

脳性麻痺児の動作分析

著者: 西脇美佐子

ページ範囲:P.640 - P.647

 Ⅰ.はじめに

 観察による動作分析は脳性麻痺児の評価の重要な手段の1つである.評価は脳性麻痺児の機能獲得や自立を阻害している要素(主要な問題点)を見つけだし,それらを解決するための治療プログラムを立案するために行われるものである.

クリニカル・ヒント

肺理学療法と運動負荷の検討

著者: 米澤久幸 ,   吉岡稔泰 ,   齋木しゅう子

ページ範囲:P.648 - P.650

 1.はじめに

 本稿では,呼吸機能障害を呈する症例を中心に,私たちが実際に行い検討している理学療法のうち,2~3の考えについて述べてみる.

Treasure Hunting

「進歩ある出合い」を求めて―中林健一氏(国立大阪南病院理学診療科)

著者: 本誌編集室

ページ範囲:P.651 - P.651

 「進歩ある出合い」を信条とする中林健一氏は,昭和30年大阪府のお生まれ.国立療養所近畿中央病院附属リハビリテーション学院理学療法学科卒業後,国立大阪南病院の理学療法士第1号として就職.途中,約11年間にわたって母校の教官として後進の指導に当たられたあと現職に復帰,現在,同病院の理学療法士長として活躍されている.

 職業として理学療法士を選択したキッカケは高校時代の担任の勧めによるとか.「学歴もよいが,手に職をつけるのも1つの道」と専門学校への進学を勧められたそうだ.たまたま先生のお子さんが浅野達雄先生(日本理学療法士協会相談役)の治療を受けておられて紹介されたのが理学療法との最初の出合いだった.

あんてな

手の外科の進歩とともに歩む日本ハンドセラピィ学会

著者: 櫛辺勇 ,   紺谷仁

ページ範囲:P.652 - P.653

 Ⅰ.はじめに

 近年,手の外科領域の技術向上に伴い,ハンドセラピィの必要性が認識されつつあります.ハンドセラピィは「生活する手」の獲得を目指して急性期から職場復帰まで,理学療法士・作業療法士の枠を超えて1人のセラピストが1人の患者に一貫して対応することを治療の基本としています.

 本稿では,日本ハンドセラピィ学会(以下,本学会)の歩みと活動内容,第8回日本ハンドセラピィ学会学術集会について報告させていただきます.

プログレス

骨粗鬆症診断の最近の進歩

著者: 張哲守

ページ範囲:P.654 - P.654

 骨粗鬆症は全身の骨が脆くなり脊椎や大腿骨頸部などに骨折を起こしやすくなる病態であり古くから医療の対象となってきた疾患であるが,高齢化社会を向かえる今日,ますます患者数が増加してきている.骨が脆くなった状態,すなわち骨量が低下した状態を視覚的に画像でとらえたり定量化する種々の方法が変遷を遂げてきたが,特に近年の技術的進歩はめざましい.

講座 疲労・1

疲労とその研究

著者: 原田一

ページ範囲:P.655 - P.660

はじめに

 疲労は生命を維持していく限り,身体に起こる現象であり,小さな子どもでも「疲れ」を体験している.日常的に体験するよりも大きな負荷が身体に加えられた場合,たとえば登山やマラソンなどでは死にいたるほどの疲労が起こることもある,一方,体力増強,筋力の増大,持久力の向上のために行われるトレーニングでは,疲労を引き起こすほどの繰り返しの負荷が必要となる.また,近年の労働環境においては,労働代謝率の低い作業が増加する傾向にあり,逆に心身負担の増大による疲労が増えている.したがって,日常生活の中における位置づけにより疲労に対する考え方や疲労を論じる目的は異なってくる.これまでの疲労研究にもとづいて疲労に関する考え方をまとめると以下のようになる1,2)

 1)疲労はある条件のもとで活動を続けた場合に生じる心身の状態変化であり,万人が日常的に体験する.

 2)疲労の初期の段階であれば,休息により回復できる「可逆性」のものであるが,無理をして活動を継続したときに身体の障害を引き起こす「進行性」の疲労となる.

 3)身体の局所を使いすぎた場合でも,疲労の症状が全身的に現われ,疲労現象に中枢神経系が関与している.

 4)作業能力の低下は作業意欲の減弱を伴い,生体防衛的に作用する.

資料

第31回理学療法士・作業療法士国家試験問題(1996年3月8日実施) 模範解答と解説・Ⅲ―理学療法(3)

著者: 渕上信夫 ,   松尾智 ,   植田昌治 ,   上野隆司 ,   後藤昌弘 ,   河野通信 ,   田中敦子

ページ範囲:P.661 - P.665

初めての学会発表

5年目の挑戦

著者: 寺村誠治

ページ範囲:P.666 - P.667

はじめに

 第31回日本理学療法士学会は,1996年5月16日,17日の2日間にわたり,名古屋市のほぼ中心部にある名古屋国際会議場で開催された.学会テーマは「理学療法の基礎」であり,理学療法と基礎医学との接点を模索し,どのようにして理学療法の発展につなげるかについて検討が行われた.企画内容は一般演題523題(口述384題,ポスター130題ビデオ9題)のほか,特別講演,学会長基調講演,報告会(阪神・淡路大震災と協会並びに兵庫県士会の活動),シンポジウム,セミナー,指定講演と盛り沢山の内容であった.

 本学会において,私は「片麻痺患者に対するStepLock式膝継手の有用性」と題し,初めて発表(ポスター発表)を行うことができた.今回の演題発表までの道のりを振り返ってみると,苦労したことや失敗したことなどが多く,それにより,いろいろと学び得ることも多かったと思う.そこで,これから種々の学会で初めて発表を行おう,行いたいと考えている方々に少しでも役立てばと思い,自分の経験談を記すことにしたい.

学会印象記 第33回日本リハビリテーション医学会学術集会

リハ医学の最前線にふれる

著者: 秋田裕

ページ範囲:P.668 - P.668

 第33回日本リハビリテーション医学会学術集会(以下リハ医学会)は,5月30日から6月1日までの3日間にわたって,横浜のウォーターフロント“みなとみらい21地区”にあるパシフィコ横浜会議センターと展示ホールで開催された.会長を務められたのは,東海大学医学部リハ医学教室の村上恵一教授であった.

 33回のリハ医学会の歴史のなかで,神奈川県での開催は今回で4回目になる.今回は,第9回学会(土屋弘吉学会長:故人.元横浜市立大学教授),第31回学会(横山巌学会長:元神奈川県総合リハビリテーションセンター七沢病院院長,現北里大学医療衛生学部教授),第26回学会(大川嗣雄学会長:故人.元横浜市立大学リハ科科長)に続く学会であった.

カナダだより

変革の時代の理学療法を模索―1996年カナダ理学療法士学会に参加して

著者: 内山靖

ページ範囲:P.669 - P.669

 1996年5月29日(木)から6月3日(月)の5日間にわたり,標記学会がブリティッシュ・コロンビア州の州都ビクトリアで盛大に行われました.また会期中には,1999年に日本で開かれるWCPTの宣伝も行われましたので,併せてご報告いたします.

雑誌レビュー

“Physiotherapy”1995年版まとめ

著者: 赤坂清和 ,   百瀬公人 ,   大西秀明 ,   小野武也 ,   小林広枝 ,   真寿田三葉 ,   横塚美恵子 ,   南宏美

ページ範囲:P.671 - P.678

はじめに

 1995年に発行された“Physiotherapy”第81巻では,Leading Articlesが11編,Professional Articlesが99編,Focus 1編,Forum 1編などで構成されている,Professional Articlesは論文ごとに分類されており,それを整理したものが表である.この第81巻では,4月号で臨床監査に関する特集が組まれているのが特徴である.

 Professional Articlesを分野別に分類してみると,整形外科関係,徒手療法,呼吸・循環器理学療法,神経疾患,物理療法,管理・教育関係,運動療法,臨床監査,評価,その他であった.分類に際しては,いくつかの分野を重複する文献もあったが,各論文を主たる1つの分野に割り当てた.キーワードや著者等による1995年分の文献検索については,12月号の雑誌中央部に別色刷りになっているので,そちらを参照願いたい.

 今回は,上記の分類に従い,これらの論文の要旨を紹介して,雑誌レビューとする.なお,本文中の[( ) ]の数字は,( )内が論文の掲載号数,続く数字が通巻のページを示す.

ひろば

「ご主人の仕事は…?」

著者: 仲川ひさ子

ページ範囲:P.613 - P.613

 「ご主人の仕事は何ですか?」と問われて「理学療法士です」と答えるが,たいがいの人はピンと来ない.そこで「リハビリの仕事です」と答え直すとなんとなく納得される.

 私自身も主人と知り合うまでそんな職業があることなど全く知らなかったのであるから無理もないことだと思う.最近,主人の仕事に少しかかわりをもち,やっと理学療法士の仕事がおぼろげながら分かり始めた程度で,“理学療法士”と“作業療法士”の違いなどいまだに分かっていないというのが正直なところである.

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PTクロスワードパズル

著者: 武村啓住

ページ範囲:P.638 - P.638

 黒太枠内の文字を組合せると1つの文字になります.

文献抄録

ページ範囲:P.680 - P.681

編集後記

著者: 安藤徳彦

ページ範囲:P.684 - P.684

 今月号は特集で高次脳機能障害を取り上げました.この障害については神経心理学会があって,神経内科の専門家が熱心に研究を進め高い成果を上げています.この学会では障害の本質を究明する研究が中心で,評価は高次脳機能障害を正しく反映するものでなければならないという認識が強く,そのため机上テストが中心になっています.しかし,我々臨床家は立ったり座ったり歩いたり食べたり着替えたり家事をする場面でこの障害を解決する必要性に迫られています.そして我々はこれらの場面の中でこの障害を的確に評価する尺度を持っていません.まして治療法となると暗中摸索もよいところで,確立とはほど遠い現状にいるようです.暗中模索でも治療の対象にされていればまだよい方で,患者が無視されて排斥されていることが多くないか,その方がむしろ心配です.今回の特集はそのような考え方で組んでみました.

基本情報

理学療法ジャーナル

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1359

印刷版ISSN 0915-0552

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