歩行補助具の適用基準
著者:
吉村茂和
,
相馬正之
ページ範囲:P.457 - P.467
1.はじめに
人類は,立位・二足歩行(以下,歩行)を獲得したことにより,自由となった上肢を用いて生存に優位な道具を使うことができたのか,それとも上肢で道具を使用するようになったため立位・歩行が強要されたのか.どちらが先かは定かではないが,これらの機能や能力は人類の特徴の1つとなっている.
歩行は片側の下肢で体重を支持している間に他方の下肢を振り出して移動する二拍子の連続した動作である.歩行を可能とするためには,体重を支持する脚の存在,下肢関節の可動性,適度な下肢筋力および平衡機能など基本的な機能が要求される.しかも,立位・歩行となったため,身体の重心位置が高くなると同時に,支持基底面が狭小化し,動作によっては重心移動範囲が支持基底面を超えることもある.このような転倒の引き金にもなりうる不安定な姿勢を調整するために,複雑な動的姿勢制御機能も要求されている.
歩行に必要とされる機能や複雑な機構などに僅かでも異常が生じた場合,歩行障害が引き起こされる.歩行障害が存在しているにもかかわらず,上肢で杖などを使用することによってどうにか歩行ができれば,歩行を望むのは珍しいことではない.このように,自由となった上肢をあえて犠牲にしてまで歩行による移動手段を獲得することは,個人にとって日常生活の全ての面で重要であるばかりか,理学療法を含めたリハビリテーション部門の重要な目標の1つとなっている.
理学療法の臨床場面では,歩行障害のある患者に対して,歩行に必要な基本的な機能や複雑な機構を維持・強化するような治療が行われる.平行棒内外において立位保持,立ち上がり,一側下肢への体重負荷および歩行練習などが開始され,一時的な歩行練習の過程,あるいは永続的な歩行補助手段として杖などの歩行補助具を使用することになる.しかし,歩行の補助手段として歩行補助具が単独で使用されることは少なく,多くの場合,下肢の義肢装具と併用されている.
歩行補助具の明確な定義はないが,歩行障害のある者が歩行を確保する目的で身体の一部(多くは上肢)を歩行補助のために使用し,移動の際に身体の一部のごとくに身体と共に移動する自立支援型の道具(用具)と解釈できる.この解釈からすれば,歩行補助具には杖類,クラッチ類,歩行器(車)類などが含まれ,本稿でもこれらを歩行補助具として扱うことにする.手すり,平行棒なども非常に安全な歩行補助具といえるが,設置場所における歩行に限定され,身体と共に移動する自立支援型の道具という観点からすると,一部要件に欠けるため,歩行補助具には含めないことにする.また,健常者がファッション感覚で使用するステッキ(杖)類,視覚障害者が杖先で歩行路の安全を確認する盲人安全杖も歩行補助具には含めない.
本稿では,歩行補助具の分類と機能,歩行補助具と疾患(障害),歩行補助具使用に必要な条件などについて述べる.