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文献詳細

雑誌文献

理学療法ジャーナル35巻10号

2001年10月発行

文献概要

特集 リスクマネジメント

リスクマネジメント教育をどのように進めるか

著者: 岩月宏泰1

所属機関: 1青森県立保健大学健康科学部理学療法学科

ページ範囲:P.697 - P.705

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はじめに

 近年,自治体病院,大学病院など高度な医療サービスを提供する施設での医療事故が相次いで報告されている.急に事故が多発したようにみえるが,今までにも類似事故は発生しており,メディアに取り上げられる機会が最近増しただけという見方が大勢を占める.それにともない,医療,保健,福祉のヘルスケア領域では事故予防のための組織的な取り組みとして,職員対象の「危機管理」や「リスクマネジメント」と銘打った研修や事故予防対策委員会の設置が急がれるようになった.また,リスクマネジャーの新たな配置や危機管理マニュアルが編纂されるなどして,一時的に職員のリスクに対する感性が高まったと考えられる.

 ところで,昨年報道された雪印乳業の「乳製品による食中毒事件」や三菱自動車工業の「リコール隠し」など大企業の一連の不祥事では,自社の経営危機に直面していながら社内の情報をほとんど把握していない意思決定者の姿勢に疑問を抱いた読者が多かったことと思う.また,多くの企業はこれらの事件を報道された企業に存在する文化による特別なものであり,「他山の石」としてとらえたのではないだろうか.

 これらの事件を通して,メディアは大企業といえども危機管理意識が希薄であることを知らしめ,意思決定者はリスク情報を収集するシステムを構築すること,およびリスクに対処する基本的方針を持つ重要性を指摘した.しかし,相変わらず新聞,テレビなどの各メディアでは企業の不祥事が報道され,企業の隠蔽体質やリスクに取り組む姿勢は余り改善されていないことを推測させる.

 このようにリスクに対するマネジメントの構築は日本の病院・施設を含む全企業に早急に普及させる必要のある課題といえるが,まず「危機管理」として訳されるリスクマネジメントおよびクライシスマネジメントの概念を整理してみよう.リスクマネジメントとクライシスマネジメントも経営管理の手法であり,これまでにも論者によって様々に定義されてきた.それらのうち,リスクを「起こり得る結果の変動」,クライシスを「異常損失の原因となりうる,差し迫った,または発生しつつある危険」と捉えた武井1)の定義を以下に紹介する.

 リスクマネジメントとは「組織の目標に沿って,リスクおよび不確実性のもたらす悪影響をリスクの確認・測定・処理技術の選択・実施・統制の過程を通じ,極小のコストで極小化するマネジメントにおける経営の安定化または保全機能である.」リスクマネジメントは単なる事故防止活動のみを指すわけではない.クライシスマネジメントとは「いかなる危機にさらされても組織が生き残り,被害を極小化するために,危機を予測し,対応策をリスクコントロール中心に計画し,組織し,指導(指揮・命令)し,調整し,統制する過程である.」

 図1(次ページ)に両者の関係を示したが,リスクマネジメントの目的には,損失発生前,発生中,発生後に分けられ,損失発生前には①経済的目標,②不安の軽減③外部から付与された責任を果たす,④社会的責任の遂行が考えられている.また,損失発生後の目的として,⑥企業の存続,⑦事業の継続,⑧収益の安定,⑨成長の持続,⑩社会的責任の遂行が挙げられる.

 一方,クライシスマネジメントの目的はリスクマネジメントの目的の10種に寄与することといえる.つまり,彼はクライシスマネジメントとはリスクマネジメントのなかにおける緊急事態対応の過程と位置づけており,損失制御としての役割を持つ技術の1つとも考えている.このように,クライシスマネジメントとリスクマネジメントには基本的な違いがあるが,情報社会において病院,企業などの組織を存続させるためには両者を併せて体系的,組織的,継続的に実行することが必要不可欠である.

 更に,意思決定者がリーダーシップを発揮して全職員に潜在的なリスクも経営そのものを脅かす危機へと容易に移行する可能性を帯びていることを周知させる必要がある.そこで次項では,リスクマネジメントおよびクライシスマネジメントの各理論を理学療法教育にどのように取り入れるかを検討するために,これまでの「危機」に対する姿勢を民俗学的視点および企業,病院・施設のこれまでの組織行動から考察する.

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-1359

印刷版ISSN:0915-0552

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