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文献概要
特集 バランス障害と理学療法
変形性膝関節症の姿勢制御機能と理学療法
著者: 高橋昭彦1 木俣信治2
所属機関: 1兵庫県立総合リハビリテーションセンター総合相談室 2兵庫県立総合リハビリテーションセンターリハビリ療法部
ページ範囲:P.247 - P.255
文献購入ページに移動電車がカーブを通過する際,車内で立っている私たちの体は遠心力で曲がる方向と反対方向に傾く.しかし運転手の上体は曲がる方向に傾いている.同様な現象は私たちが車を運転しているときにも経験される.運転者の上体はカーブの中心に向かって無意識に傾き,助手席に乗っている者の上体はそれと反対方向に傾く.運転者と同乗者は同じ車内で同じ感覚刺激を受けているにもかかわず,姿勢は正反対に制御される.両者の違いは,自分が静止空間のなかを電車や自動車と一体となって移動していると意識するか,車内の決まった空間に位置していると意識するかの違いである.また,考えごとなどをしながら電車のなかで立っていると,通常ならば何でもない程度の不意な外力でも,転倒してしまうほどの過剰な反応をしてしまったという経験をお持ちの方も少なくないだろう.つまり物理的な状況からくる情報は同じでも,注意の持ち方ひとつで,あるいは得られた情報をどう解釈するかによって姿勢の制御の仕方は大きく異なってくるのである1).
体の各部位が,体の他の部位に対して,あるいは外界に対してとる位置関係を脳は体性感覚・平衡(前庭)感覚と視覚情報によって検出する.このうち筋肉の緊張度・関節の屈曲度・触覚などの情報をつかさどる体性感覚と角加速度刺激(回転)・直線加速度刺激(移動)・重力などの情報をつかさどる平衡感覚によって身体地図が描かれる.また,成長にしたがって視覚や皮膚感覚を介して外界と体の位置関係が記憶され,これらの経験から空間地図が形成される.更に身体地図と空間地図が高位中枢で統合され(図1),床や地面は動かない,自分の体が静止中に網膜上を移動するものは動いているといった経験識が形成される2).生体の周り(環境)には様々な情報があふれているが,私たちはただ単純に感覚器官からの情報を受動的に処理しているのではなく,情報は生体によって認知されるときに初めて意味をなすものである.すなわち多くの場合,私たち自身がアクティブに働きかけることによる運動指令信号の脳内のコピー(efference copy)と,その結果生じる感覚信号(reaf-ference)の相互作用によって感覚情報の認知が行われる.
姿勢制御は環境のなかで私たちが安全に運動するのを保障してくれるのみならず,過去に指令された運動時の状況の記憶を含んだ適応学習が遂行されることによって,次に行われるべき動作へのスムーズな移行など運動学習においても重要な役割を果たす3).しかしながら,本邦において,高次中枢までを含めた姿勢制御機能について述べられている報告は極めて少なく,更に整形外科系の運動器疾患を対象に,認知的側面を含めた姿勢制御機能について検討した報告は皆無である.
本稿では,これまで関節位置覚などの体性感低下が指摘されながらも,筋力低下や可動域制といった要素が注目されてきた変形性膝関節(以下,膝OA)の姿勢制御機能について,知覚・注意などの認知過程から検討することを試みる.更にこれらの認知過程を考慮した変形性膝関節症に対する理学療法の進め方についての提言を行う.
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