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雑誌目次

雑誌文献

理学療法ジャーナル39巻3号

2005年03月発行

雑誌目次

特集 脳科学からみた理学療法の可能性と限界

EOI(essences of the issue)

ページ範囲:P.207 - P.207

 脳損傷を伴った人たちへの理学療法は最近の脳科学の発展にどれだけ迫っているか.脳科学からみたとき,理学療法士は戦う前から白旗を掲げてはいないだろうか.脳損傷患者の理学療法の可能性について,あくまでも脳科学の視点から検証してみた.意味のある効果に結びつける可能性は「はい」である.一方で,その限界についても十分理解しながら,脳そのものに対する理学療法のあり方を探ってみたい.

成人の脳の可塑性と限界

著者: 川島隆太

ページ範囲:P.209 - P.213

脳の可塑性とは,臨床においては,特定の脳活動を繰り返すことにより(多くはリハビリテーションとして行われる)脳の機能を回復することを意味し,細胞レベルではシナプスや神経線維が発達することによって,機能代償を可能とするネットワークが形成されることを示す.広義では,学習の脳内メカニズムに非常に近い概念を示すこともあり,乳幼児が環境などによって,様々な能力を獲得していく脳内現象を可塑性と呼ぶこともあるが,本稿では臨床的な意味で可塑性という言葉を用いることにする.

 外傷や疾病による脳損傷からの脳機能回復(可塑性)は,発達期にある乳幼児に強く発現し,成人になるとその発現は弱いことが一般的に知られている.同じリハビリテーションを行っていても,可塑性の発現の度合いは個人により異なるが,この差がいったいどのような脳内機構に起因するのかは,いまだに科学的に明らかになってはいない.

歩行機能の回復と大脳皮質運動関連領野の役割

著者: 三原雅史 ,   畠中めぐみ ,   宮井一郎

ページ範囲:P.215 - P.222

脳卒中をはじめとする脳損傷後の機能回復には,損傷を受けた脳内の神経ネットワークの再構成,機能代償が関与していることが近年の機能画像を用いた研究によって明らかになってきている1,2).歩行障害は脳損傷後の患者において高頻度に見られ,その回復は日常生活動作自立の観点からも重要であるが,背景にある脳内機構についてはいまだ不明な部分が多い.

 本稿では,ヒトにおける歩行機能の回復に関連する神経ネットワークの変化について,筆者らの施設で行った歩行時の脳活動測定の結果などを中心に,リハビリテーション介入に対する効果も含めて概説する.

脳損傷患者の運動学習の可能性

著者: 沼田憲治

ページ範囲:P.223 - P.229

脳卒中患者のリハビリテーション効果に関してこれまでに多くの論議がなされてきた.しかし,その実証が困難であることなどから効果に関しては多くが否定的な見解を示すものであった1).しかしこの十数年の間に,神経生理学や分子生物学などをはじめとした分野から,中枢神経の可塑性や神経再生について驚異的な数の報告が提出され,これらの基礎的な知見を基にした研究から,近年リハビリテーション効果に関する新たな見直しがなされるようになってきた.すなわち,これまで実証困難であった,脳卒中患者の麻痺肢に対するある種の運動療法によって明らかな機能的回復を認めるとともに,それを裏付ける皮質の新たな再構築(可塑性)を認める多くのエビデンスが報告されていることである.これまでの中枢神経疾患の理学療法は運動学的観点が主体であり,麻痺や運動回復の神経学的メカニズムに関してはブラックボックスとして扱ってきた.しかしこれらの報告によって,従来の理学療法のあり方が脳科学を根拠とした立場へと方向修正が迫られる状況になっていると言っても過言ではない.

 本稿では,これまでに報告された脳損傷後の運動障害に対するいくつかの運動療法とそれに伴う中枢神経の可塑性(treatment-induced neuroplasticity)について焦点を当て概説する.

認知運動療法の可能性と限界

著者: 内田成男 ,   沖田一彦

ページ範囲:P.231 - P.239

21世紀は「脳の世紀」といわれる.脳科学の領域における研究はこの10~20年で飛躍的に進歩し,知覚や運動のメカニズムの解明にとどまらず,これまで自然科学が立ち入らなかった意識や心の問題にまで研究対象を広げてきている.米国では1990年に『脳の10年(Decade of the Brain)』を定め,精力的に研究が進められており,欧州でも同様の活動が始まっている.また,わが国においても「脳の世紀推進会議1)」,「理化学研究所・脳科学総合研究センター2)」,「脳科学の先端的研究(先端脳)3)」などの研究機関が主導し,一流の科学者が脳の機能の解明に挑戦している.

 このような脳科学の研究がわれわれセラピストにもたらした大きな功績は,1)脳の機能についての理解が進んだこと,2)これまで常識とされていた脳の機能が見直されてきたこと,3)学習によって脳の可塑性に働きかけができることが解明されたことであろう.1970年代にイタリアでアイデアが出された認知運動療法(esercizio terapeutico conoscitivo:ETC)は,このような脳科学の知見を重要な基礎の一つに位置付け,現在も展開し続けている運動機能再教育のための治療体系である.本稿では,ETCの本質と脳科学を基礎とした展開の過程,およびその可能性と限界の考え方について解説する.

高次神経機能障害に対する理学療法の可能性と限界

著者: 網本和

ページ範囲:P.241 - P.247

高次神経機能障害例のリハビリテーションに関する評価と治療については,最近,脳機能分析の進歩や厚生労働省のすすめる施策などによって,注目を集めつつある.ここでいう高次神経機能障害の範疇は極めて多岐にわたり,失語症,失行症などのいわゆる古典的な巣症状のみならず,注意障害,認知障害,記憶障害,遂行機能障害などが包含されている.特に運動麻痺を示さない高次神経機能障害例は,従来の身体障害者に対する法的支援から漏れてしまうことが多く問題視されており,課題としてクローズアップされているのである.

 しかし一方,理学療法士のかかわる症例は,従来から“感覚―運動障害”を合併している場合がほとんどであり,重複障害として現実的・臨床的な困難をきたしているのも事実であろう.筆者が平成14年9月に行った,理学療法士協会会員の在籍する1,872施設(有効回答率53.3%)を対象とした全国調査では,理学療法士がかかわっている高次神経機能障害の内容は表1に示すとおりであり,また表2に示した「苦慮している症状」の内訳をみると,認知症(痴呆症),半側空間無視などが中心的課題となっていることがうかがえる.またこれらの症状を呈する症例がどのようなADL項目で困難をきたしているかを図1に示した.例えば,失語症では意思疎通困難が最も頻度が高いなど,各症状に応じた項目が挙げられているが,移動動作,排泄なども共通して困難な項目となっている.これらのことは,理学療法士がかかわる高次神経機能障害はその特異的な症状だけでなく基本的な動作が障害されており,高次神経機能障害の中核症状そのものへの対応と同時にADLに関連付けたアプローチが必要であることを示唆している.

とびら

スタッフと共有したい「想い」

著者: 岡持利亘

ページ範囲:P.205 - P.205

仕事を通して知り合った多くの方々の中で,特に記憶に刻まれたご夫婦がいる.障害のある奥様をご主人が見守りながら,長きにわたって当院のサービスを利用されてきた間に,入退院や在宅療養,病状の変化など様々な出来事があった.その奥様が亡くなり,1年が過ぎる.

 最期は,ご主人と2人の娘さんの他に,回復期から維持期・終末期までの10数年間にご家族と関わったスタッフに見守られながら,そっと息を引き取られた.静かに逝かれるとき,ご主人は妻の頬にそっと触れながら,振り返るようにつぶやかれた.「こんな,しわくちゃになってしまって・・・50年か・・・ええ時もあった・・・.」夫婦間の愛情に触れたような気がして,今でも目に浮かぶ情景である.

PTワールドワイド

―第13回米国嚥下研究会印象記―嚥下研究最前線と日本の現状

著者: 吉田剛

ページ範囲:P.248 - P.249

PTはひとりだけ?

 嚥下障害に対するリハビリテーションは近年認知度が向上し,わが国では2004年9月に新潟で行われた第10回日本摂食・嚥下リハビリテーション学会に,3,000名程度の多職種の参加を得て盛大に行われた.今般,2004年10月13日から16日までの4日間,カナダのモントリオールで標記学会が開催された.本学会は,雑誌Dysphagiaを学会誌とする,世界から著名な嚥下研究者が集まる学会であり,Palmer,Logemann,Langmore,Shaker,Groherなど日本でも馴染みの深い研究者が多数先頭に立って参加している.国際学会がないため事実上国際学会の役割を果たしている.日本からは,総勢53名の参加者があり過去最高であったそうである.しかし,理学療法士(PT)は発表者の中では筆者ひとりであり,同行して頂いた群馬大学の内山靖教授以外は各国の参加者の中でもPTは見当たらなかった.寂しいことである.

規模は小さいが研修内容の多さに驚き

 1.会場はここだけ?

 会場は,成田からトロント経由でフランス語圏世界第2位の都市モントリオールへ向かい,その中心部にあるハイアット・リージェンシー・モントリオール・ホテルの中にあり,300名程度が机付で座れるメイン会場と52題のポスターが貼付されたポスター会場の2つだけであった.12日はプレコングレスセミナーが半日開催されたが,ほとんどが日本人であり,席は十分あったが,翌日から席は足りるのだろうかと心配していた.しかし,翌日ほぼ満席となるちょうどよい程度の参加者数であったことにさらに驚かされた.

ひろば

学生主催講演会・交流会報告

著者: 井上順一朗 ,   浅井剛 ,   成瀬文博 ,   前川匡

ページ範囲:P.251 - P.251

現在,日本国内にはAmerican Physical Therapy Association内のStudent AssemblyやAustralian Physiotherapy Association内のStudent Groupなどのような理学療法学生組織は存在しません.今後,日本においても学生主催による理学療法学生組織が結成され,日本全国に学生同士の交流の輪が広がり,さらに日本国内だけにとどまらず海外理学療法学生との国際交流を通して日本の理学療法の発展につながるよう学生間の交流を深めていくことが必要であると考えます.

 そこで今回,学生が主体となり講演会を企画・運営することにより他大学との学生間の交流を広げ,また深めることを目的とした「地域リハビリテーション講演会」(協力:神戸大学医学部保健学科嶋田智明教授)を開催しましたので報告いたします.

小児病棟でサンタクロース役を演じて

著者: 奈良勲

ページ範囲:P.252 - P.252

わたしは,哲学者プラトンの顔ヒゲに憧れ,30歳のときからヒゲを生やしてきた.その動機は単純で,ヒゲを生やせば多少なりとも哲学者風になれるかもしれないと思ったのである.当然,最初は黒いヒゲであったが,加齢とともに,一部のヒゲは茶色に変色し,それが次第に白くなってきた.いまではほとんどのヒゲが白くなっている.

 ヒゲを生やしていることもあり,これまで俳優のオーソン・ウェルズや作家のアーネスト・ヘミングウェイに似ているといわれ,ここ10年ほどは自分のニックネームをヘミングウェイと称してきた.

1ページ講座 理学療法関連用語~正しい意味がわかりますか?

ブラゼルトン新生児行動評価

著者: 大城昌平

ページ範囲:P.253 - P.253

ブラゼルトン新生児行動評価(Neonatal Behavioral Assessment Scale;NBAS)は,1973年にT Berry Brazelton博士(現ハーバード大学名誉教授)によって開発された新生児の神経行動発達の評価方法である.現在,新生児小児科分野および発達心理学分野の臨床・研究に世界的に広く利用されている.

 Brazeltonは,新生児を外界との相互作用によって諸機能を獲得する主体として捉え,新生児の発達は自律神経系,運動系,状態系(state),注意/相互作用系の4つの行動系の組織化と中枢神経系の発達,外環境との相互作用によって獲得されるとしている.自律神経系は呼吸・循環器系,内臓器系など生理機能の恒常性を,運動系は姿勢や自発運動,原始反射の活動性などの運動調整能力を,状態系は睡眠―覚醒リズムや意識状態(state)の調整能力を,注意/相互作用系は視聴覚刺激に対する反応や覚醒状態を調整して外界と関わる能力を示す.このような新生児行動の発達概念は,新生児医学や発達心理学の分野で広く受け入れられている.

学校探検隊

設立10周年―走馬灯の如く

著者: 教員一同 ,   第8期生一同

ページ範囲:P.254 - P.255

ブドウ香る学園

 設置主体の玉手山学園の歴史は,昭和17年の高等女学校の開設まで遡る.その後,昭和40年に関西女子短期大学・同附属幼稚園,昭和45年に専門学校,平成9年に関西福祉科学大学,平成13年に大学院前期課程,平成15年には同後期課程を擁する総合学園に発展した.

 平成9年の4年制大学開設を機に長年の女子教育から全体の共学化が図られた.幼稚園児から大学院生までが同一キャンパス内で学んでいる.

理学療法の現場から

なろうと思うことに,どこまで近づけるか

著者: 渡邉好孝

ページ範囲:P.256 - P.256

「PTになれない者は,他のどんな職業人にもなれない.国家試験に落ちたらただの人」.こんな言葉がリハビリテーション(リハ)も理学療法も漠然としか知らなかった私を理学療法士(PT)という世界に導いてくれたのかもしれない.学生時代に出会った教員や実習指導者・先輩・同僚との出会いが素晴らしい体験となり,これは,自分だけではなく,これまで私を支えてくれた人達の人生をも幸せにしてくれる職業に違いないと考えたことを思い起こします.

 高校生のときは,東京の青山にあるA大学に入って,将来ロックミュージシャンになることが夢でした.こんな私の思惑を知ってか知らずか,両親や知人より,「理学療法士は外国では医者と同等な地位があって,人に感謝される仕事.東北には未だ学校もないし将来学校ができれば教員にもなれるだろうし,職業選択としては有望だね」とか言われ,夢とのギャップに悶々としながらも,皆の巧い口車に乗せられ高知県まで行ってしまいました.

入門講座 重症患者の理学療法リスク管理・3

多臓器外傷の理学療法リスク管理

著者: 山下康次 ,   森山武 ,   高橋葉子

ページ範囲:P.257 - P.266

多臓器外傷を伴う患者の理学療法においては,実施上様々な制限をきたすことが予想される.また,受傷原因である交通外傷や災害などにより外力による高エネルギーが身体に加わり,救命救急医療の向上により患者が救命されたとしてもそれ以降に身体的・形態的に障害を残すものは少なくない.多臓器外傷において特徴的なことは,損傷されていない臓器をも考慮して身体の集約的・集中的な治療を行わなくてはいけないことである.そうした環境の中で理学療法士として,何を目的として,何に注意して,何を行うのか,ということを明確にしておかなければならない.

多臓器外傷における理学療法

 多臓器外傷の多くの患者は,生命維持に必要な主要臓器が損傷され,救命処置後には様々な生命維持装置(人工呼吸器,人工心肺装置,補助循環装置,人工透析など)の装着を余儀なくされていることが少なくない.さらには全身状態を安定させるために数多くの薬剤が使用されている.このような強力的かつ集中的な治療を行うためには,患者はある程度の鎮痛・鎮静が必要となる.こうした環境下では患者の協力は得られないため,理学療法を実施するためには注意深いモニタリングが必要となる.また,急性期には救命治療や集中治療が優先されて臥床が遷延していることも少なくなく,理学療法が介入するときには様々な二次的合併症を併発していることもある.したがって,可能であれば理学療法は救命治療や集中治療と同時進行し,全身管理下に早期離床の可能性を検索する必要がある.実際に多臓器外傷における理学療法に視点を向けたときに,理学療法士が行えることは,関節可動域練習や体位変換を含む呼吸理学療法が中心となることが多い.

講座 コミュニケーションスキル・3

理学療法士としてのコミュニケーションスキル

著者: 富樫誠二

ページ範囲:P.267 - P.273

理学療法とコミュニケーションスキル

 コミュニケーションとは,相手の話を聴いて理解し,逆にこちらのことを相手に伝え理解してもらうことである.それは一方通行ではなく,双方向の意思・感情・考え・意味を伝達することである.やりとりするのは意味と感情の両方である.ここで重要なのは意味だけでなく感情も伝え合うということである.コミュニケーションスキルとは,意味を的確に伝えそのときの感情を理解し合うスキルであり(図1)1),人間関係を上手に行うためのソーシャルスキルの一部であると筆者は考えている.自分の思っていることをうまく相手に伝え,相手を納得させながら自分の主張を通せるような人づきあいの技術であるといえる.クライエント(ここでは患者のことをいう)と対峙する理学療法士(PT)にとって,コミュニケーションは欠くことができない大切なスキルである.だからなによりもまず基本的臨床技能としてのコミュニケーションスキルが重要である.臨床においては,「はじめにコミュニケーションありき」である.いくら専門的治療技術が上手でもそれを十分に活かすコミュニケーションスキルがなければ相手から信頼を得ることは難しい.なぜなら相手は文化,社会的存在としての感情をもった人間なのである.治療技術の対応だけでは,うまくいくはずはない.このことは,昨今の医療状況からみても自明の理である.繰り返しになるが,コミュニケーションスキルとは,言語を使用して相手にこちらの意味をうまく伝えるということではない.相手の社会的文脈を含めた感情をもとりあつかい,相手とうまくつきあう技術である.もちろんそれは,自分の文脈や感情を管理しなければならない自分とつきあうことでもある.他者といる技法,他者といられる技法,それがコミュニケーションスキルである(図2)2)

臨床でのコミュニケーションスキル

 「外来でAさんが奥さんとご一緒に運動療法室にこられました.」

 そのような場景を想定したとき,どのようなコミュニケーション・ストラテジーを立て実行しているだろうか.やり方はいろいろある.クライエントに個別性があるようにそのコミュニケーション方法にも多様性があっていい.ここでは,私たちが理学療法を行う上で大切となるコミュニケーンスキルについて具体的に述べる.

症例報告

臼蓋骨切り術後15年で生じた肩腱板断裂の1例

著者: 熊谷匡晃 ,   太田喜久夫 ,   福井直人 ,   林典雄

ページ範囲:P.274 - P.277

Loose shoulderに対する臼蓋骨切り術(glenoid osteotomy)については疼痛,不安定感,ROM,筋力,ADLの改善において良好な成績が報告されている1).今回,臼蓋骨切り術後15年で生じた腱板断裂例の理学療法を経験したので,そこに至った経過,理学療法の進め方について若干の文献的考察を加えて報告する.

症 例

 症例は42歳の女性である.診断名は左肩腱板断裂,左上腕二頭筋長頭腱断裂,左凍結肩,左変形性肩関節症である.

報告

歩行時における最小拇趾・床間距離の各年代のばらつきについて

著者: 相馬正之 ,   吉村茂和 ,   宮崎純弥 ,   山口和之 ,   舟見敬成

ページ範囲:P.278 - P.282

高齢者の転倒は,身体的な損傷を引き起こすと同時に,再転倒に対する恐怖心から活動の制限や歩行の不安定性を助長してリハビリテーション期間を延長させる原因の一つとなっている.高齢者における転倒は,発生率が17.7~19.8%であり,その多くが歩行中に起こり,転倒の原因がつまずきであることも多い1,2).つまずきについては,突出した障害物につまずく外的要因と平地歩行中に起こる内的要因のいずれかが推測される.

 つまずきの要因の一つであると考えられる歩行中における最小足尖・床間距離の報告は,1~3.2cmの範囲にあり足尖部の挙上が低い値を示すことで一致し3~5),さらに西澤らが,最小足尖・床間距離に加齢の影響がなかったと報告している6).しかし,最小足尖・床間距離に加齢の影響が認められないにもかかわらず,高齢者の転倒事故が多くなることについては,いまだ明らかになっていない.高齢者の転倒予測因子は,これまで最大歩行速度や歩幅などの量的な加齢変化とされてきた7,8).しかし,現在では,重復歩間のばらつき9)や重復歩間時間のばらつき10)のような質的な加齢変化と転倒との関連を示唆する報告が散見される.このように,転倒予測因子を質的な加齢変化とすれば,加齢の影響が認められない最小足尖・床間距離についても再検討する必要があると考えられる.

あんてな

第40回日本理学療法学術大会の企画

著者: 西村敦

ページ範囲:P.283 - P.287

おおさかの風土

 大阪は古くから日本の歴史の表舞台にありました.遺跡に見られるような人類の痕跡も見られますが,有史以降でも,既に5世紀ごろには朝鮮半島などからもたらされた大陸の文化が広まり,日本の政治・文化の中心となっていました.7世紀には,中国の都にならった日本最初の都城が大阪に置かれました.その後,都は近隣の奈良や京都に移りましたが,文化・通商の玄関口としての役割は変わることなく繁栄を続けました.12世紀の終わり以降,武士の手に政権がわたり戦乱の世となりましたが,天下統一を成し遂げた豊臣秀吉は,大阪を本拠地と定め,巨大で華麗な大坂城を築城し,ここで大阪は日本の政治・経済の中心地となりました.17世紀に政治の中心は東京(江戸)に移りましたが,大阪は「天下の台所」,つまり全国の経済や物流をとりしきる所として重要な役割を果たしました.

 この時代,大阪では広く町民を中心とした文化が成熟し,さらに,懐徳堂や適塾といった官制の学問にとらわれない私塾による学問も大阪に根を降ろしました.このようにして,開放的な気風や旺盛な企業家精神が育ち,やがて近代の大都市となる豊かな地盤がつくられました.その後数々の大きな動乱を経て,日本を代表する商業の都として,流通に,貿易に,工業に大きな役割を果たしてきました.大阪を含む関西は,ややもすれば東京を中心とした関東と比較され,それを励みにがんばってきたところがありますが,その是非はともかく東京中心の一極集中の傾向の中で,各地にそれぞれのお国柄があるように,新生大阪も大阪らしい良いものを伸ばそうと各界各層が動き出しています.

文献抄録

短波療法の禁忌:アイルランド理学療法士への調査

著者: 大澤諭樹彦

ページ範囲:P.288 - P.288

背景と目的:イングランドとウェールズで実施された物理療法の副作用に関する実態調査で,18か月間で148件の副作用発生が報告されていた.このうち短波療法によるものが32.4%を占めていた.多くの短波療法の禁忌が根拠に基づいた判断で決定されているというよりは,常識や経験に基づいていることが原因と考えられた.そこで,アイルランドの理学療法士が短波療法の禁忌について,どのように認識しているかを検証する目的で研究を行った.

 方法:アイルランドにある病院の理学療法科へ,郵送によるアンケート調査を実施した.調査に参加した理学療法士は3年以上の臨床経験を持つ者であった.アンケートでは,持続短波療法とパルス短波療法の禁忌に関する35種類の症状や部位について,回答を求めた.35種類全ての項目について,短波療法が禁忌と考えられるレベルを,「いつも禁忌となる」,「時々禁忌となる」,「禁忌とはならない」,「分からない」の4段階で回答してもらった.

急性呼吸症候群における腹臥位姿勢の効果

著者: 工藤俊輔

ページ範囲:P.288 - P.288

近年,腹臥位姿勢は急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome;ARDS)に対する処置法としてよく利用されるようになっている.そして,この方法は,患者の酸素拡散能を向上させる上で極めてシンプルで安全な方法と考えられている.しかし,これが真に臨床的に有効な呼吸機能の改善を引き起こすかどうかという生理学的メカニズムについては十分検討されていない.このレビューの目的は,ARDS患者に対する腹臥位のポジショニングの効果について文献的な検討をすることである.

 一般的に,ARDSはX線写真による肺両側に対する浸潤と呼吸器伸展性の減少,小さな肺ボリューム,重症の酸素欠乏によって特徴づけられている.そして,低酸素の是正,呼吸メカニズムと肺ボリュームの改善がその治療目的である.腹臥位で酸素拡散機能が向上する生理学的メカニズムとしては,1)肋骨と横隔膜の構造から腹臥位が横隔膜を平坦化させず,胸郭を前方に引っ張ることがないという呼吸力学,2)肺胞膨張の制限が少なく,換気分布を均等にすること,3)心臓の重量負担が減少し肺全体の容量を増加させること,4)分泌物の排泄を容易にすること,5)心臓が肺を圧迫しなくなることから肺障害の結果生じた換気不全を改善させることができること等があげられる.このレビューで検討した29の文献によれば,1)酸素拡散機能の改善は早期のARDS患者で70%から80%認められる,2)この酸素拡散機能の改善効果は機械的換気後1週間程度で減少する,3)ARDSを引き起こす原因として腹臥位に対する身体反応が影響することもある.したがって,腹臥位にする場合は慎重な配慮が必要である,また,褥瘡の発現率と体位変換数との間に相関がある.ただし,腹臥位でのポジショニングが種々試みられているにもかかわらずARDSの死亡率に著明な改善は認められていない.結論として腹臥位についての標準化された方法が今後の検討課題であると述べている.

高齢の冠動脈障害患者の6分間歩行テストの循環応答と再現性

著者: 石田直子

ページ範囲:P.289 - P.289

目的:冠動脈疾患(CAD)を有する高齢者の6分間歩行テスト(6 MWT)の循環応答を測定し,sympton-limited exercise test(SLET)での換気性作業閾値(VT)と最大強度での値を比較した.また6 MWTの循環応答の再現性を検討する.

 対象:高齢CAD患者25名.9名は6 MWTを2回施行した.

若年性特発性関節炎を有する前思春期少女の底背屈筋力

著者: 野田裕太

ページ範囲:P.289 - P.289

目的:若年性特発性関節炎を有する少女(以下;JIA児)の足関節底背屈筋は日常生活で伸張性が必要であり,疾患の進行を捉えるのに有効である.今回JIA児の足関節底背屈の筋力を包括的に評価し,同世代の健常者と比較することを目的とした.

 方法:対象は国際リウマチ協会の基準により診断された前思春期JIA少女10人(平均罹患期間:6.0±2.6年)で,全例が歩行器歩行が自立しており,基本的な薬物治療にて,神経学的な問題や著明な運動発達遅滞の既往はなかった.年齢,性別とも同一の健常少女10人をコントロール群とした.研究にあたり対象者とその両親に同意を得た.筋力測定はマイクロプロセッサーで制御された筋力測定器を使用した.方法は腹臥位で膝関節を固定し,足関節角度90度で最大等尺性底屈,背屈の順に施行し,その後求心性,遠心性底背屈を順不同に角速度15度/秒で行った.各運動間に2分間の休憩をとった.運動範囲は底背屈とも15度で計30度の範囲で行われたが,背屈15度が不可能であったJIA児5人は5~10度の範囲で行った.統計は三元ANOVAで検定し,危険率0.05以下を有意とした.

書評

―浜村明徳 編著―「地域リハビリテーションプラクシス くらしを支える地域リハビリテーション」

著者: 鶴見隆正

ページ範囲:P.240 - P.240

 障害や疾病をもつ人と向かい合う理学療法士には,最新の医学的知識・技術はもとより退院後の生活機能を支える諸制度を踏まえた包括的な地域リハビリテーションの視点とその実践能力が求められている.

 介護保険制度がはじまって4年が経過した今,その実施形態が大きく変化しようとしている.要介護認定で「要支援」「要介護1」とされた高齢者の著しい増加はサービス給付費の膨大を招き,その一方では所期の目的であった介護状態の改善を達成していないと指摘されている.このため要支援,要介護者の認定見直しと介護予防重視の方針を打ち立て,筋力向上トレーニング,転倒予防訓練,栄養指導,口腔ケアなどの新サービスを加えた「予防訪問介護」「予防通所介護」の実施などが05年から始まるため,行政サイドはその対応に迫られている.

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編集後記

著者: 吉尾雅春

ページ範囲:P.296 - P.296

 ある落語家が寄席の冒頭で,「北海道伊達市の観光課の職員の話によれば,噴火湾では春になると,ホタテ貝が一斉に殻を開いて海面に顔を出し,正に帆を立てて風を受けながら次のえさ場を求めて移動するのだそうです.ホタテ貝の大群が海面を真っ白に染めて移動するその光景は,それはもうたとえようもないくらい素晴らしいものだそうです.みなさん,春になったらぜひ一度,それを見に北海道へ行きませんか.」と語っていました.話し家としてプロ中のプロであるだけに,会場の多くの人たちが感動に値するその様を語った話術に陥れられたようでした.有珠山の爆発が沈静化した頃のことだったと記憶しています.もちろん,そのような事実はなく,その落語家は落ちで会場を大爆笑に導いたわけです.ところで,そうか,殻を帆のように立てて風を受けて移動するからホタテ貝というのか,なんて思い込んでしまう人はどのような人だと理解すればよいのでしょうか?知識がないだけ,と言えばそれまでですが,では,ホタテ貝の移動のことについて詳しい知識が自分にあるかと言えば,それは違います.結局,私はそういう人のことをとても心地よく受け止めてしまうのです.そのほうが楽しいと思いませんか?

 さて,特集「脳科学からみた理学療法の可能性と限界」の話題はホタテ貝の話とは違って,笑ってごまかす,というわけにはいきません.脳科学の知識があるとないとで,脳損傷患者への関わり方も随分違うでしょうし,将来の発展性も異なってしまう可能性があります.現在の脳の科学の情報は神経生理学的アプローチが主流をなしていた1970~1980年代頃のものとは相当な開きがあります.また,脳損傷患者への取り組み方もその頃とは違って,脳そのものの学習を意図した積極的なアプローチがなされています.より具体的な課題志向的なものであったり,より多くの時間を割いたり,非障害側を強制的に使えないようにして障害側を集中的に使用したり,認知過程に働きかけたり,その他,興味深い試みがなされており,成果も報告されるようになってきました.本号特集ではその試みをいくつか紹介し,脳科学の視点から理学療法の可能性と限界についてまとめていただきました.,川島氏にはアルツハイマー型痴呆(認知症)の脳の可塑性を示しながら成人の脳の可塑性と限界について解説していただきました.三原氏には歩行機能の回復に関連する神経ネットワークの変化と介入効果について,沼田氏には近年提案されている運動療法と学習効果についてご紹介いただきました.また,内田氏には認知運動療法の,また,網本氏には高次神経機能障害の可能性と限界について可能な限り迫っていただきました.いずれの解説も,これからの脳損傷患者の理学療法の展開に希望を抱かせるものになっています.どこまでその可能性を追求できるか,この10年間に注目したいと思います.

基本情報

理学療法ジャーナル

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1359

印刷版ISSN 0915-0552

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