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雑誌目次

雑誌文献

理学療法ジャーナル39巻6号

2005年06月発行

雑誌目次

特集 介護老人保健施設における理学療法の課題

EOI(essences of the issue)

ページ範囲:P.473 - P.473

 ここ10年,介護老人保健施設は質的,量的にも大きく変化している.高齢者の個々の身体機能の改善維持を図るとともに,QOLの高い家庭生活への復帰,それを支えるきめ細かな支援体制が介護老人保健施設に求められている.このため心身機能に対する個別的な理学療法アプローチや介護予防への取り組み,また生活遂行能力の維持向上のための通所リハと在宅支援とが連携した総合的アプローチの実践が進められている.本号では最新の介護老人保健施設の動向を提供し,同時に個別リハビリ,集団リハビリのあり方,理学療法の取り組むべき課題を中心に企画した.

介護老人保健施設の課題と展望

著者: 香川幸次郎

ページ範囲:P.475 - P.483

昭和60年,中間施設に関する懇談会が提示した中間施設のあり方に関する意見1)から早20年の歳月が過ぎた.昭和61年の老人保健法の改正に伴う老人保健施設の創設,ゴールドプランやゴールドプラン21に基づく施設の整備,そして介護保険法の制定・施行と,老人保健施設をめぐる状況は大きく変化してきた.老人保健施設が掲げる自立支援と在宅復帰を目指す理念は堅持されているものの,要介護度の悪化や在宅復帰の困難さなど,当初考えられた医療機関と在宅の橋渡しとしての機能は十分に果たされていない現状にある.

 他方,リハビリテーション医療が急性期,回復期そして維持期リハビリテーションと整理され,高齢者リハビリテーション研究会の報告書2)では,維持期リハビリテーションの中核施設として老人保健施設が位置づけられている.同時に維持期リハビリテーションは地域リハビリテーションに包含される3)など,新たな老人保健施設のあり方が希求されている.

介護老人保健施設における個別リハビリテーションへの取り組み

著者: 宇都宮学

ページ範囲:P.485 - P.490

「個別リハビリ」の新設と介護老人保健施設の役割

 平成15年度より介護老人保健施設(以下,老健施設)の介護報酬がはじめてマイナス改定となるなか,リハビリテーション(以下,リハビリ)・サービスの必要性が評価され,①訪問リハビリの実施,②入所サービスでのリハビリ機能強化加算の増額,③通所リハビリ(以下,デイケア)での「個別リハビリ」加算の新設など,老健施設が「リハビリ施設」として明確に位置づけられた感がある.

 今回の改定により新設された「個別リハビリ」は,老健施設の4つの役割(在宅復帰施設,在宅ケア支援施設,総合的ケアサービス施設,地域に開かれた施設)にまたがる壮大な架け橋であるものの,夢と希望が希薄な老人に対して,果たして生きる力を甦らせるか否か,リハビリ部門として,また理学療法士(以下,PT)として,今まさに真価が問われようとしている.

介護老人保健施設における集団リハビリテーションへの取り組み

著者: 細木一成 ,   吉村由美 ,   吉田真人 ,   山口千織 ,   長島ミヨ子 ,   井澤ノブ ,   青木智子 ,   相原和明 ,   中川隆一

ページ範囲:P.491 - P.497

 介護老人保健施設では,個別リハビリテーション,生活リハビリテーション,集団リハビリテーションの3通りの関わり方で,効果的に機能回復,ADL動作能力の維持向上を考えて行かなければならない.

 本稿ではその中でも,実際に当施設で行っている集団リハビリテーションの考え方,取り組み方について述べる.

介護老人保健施設における家庭復帰への取り組み

著者: 平野泉

ページ範囲:P.499 - P.504

介護保険が発足し4年余りが経過し,全国老人保健施設協会(以下,全老健)では,介護老人保健施設(以下,老健)として「包括的ケアサービス施設・リハビリテーション施設・在宅復帰施設・在宅生活支援施設・地域に根ざした施設」という5つの施設役割を持ち,「利用者の尊厳を守り,安全に配慮しながら,生活機能の維持・向上を目指した総合的援助をすること」と「家族や地域の人々・機関と協力し,安心して自立した在宅生活が続けられるよう支援していくこと」を理念に掲げ運営している1)

 しかしながら,医療機関と在宅との中間施設としての役割を担うべき老健は,現在長期化する入所期間と低下する家庭復帰率に直面しており,本来の役割である在宅復帰施設としての役割を果たせていないのが現状である.

介護老人保健施設におけるリスク管理―転倒対策を中心に

著者: 川渕正敬 ,   小笠原正

ページ範囲:P.505 - P.511

介護保険制度下では介護老人福祉施設,介護療養型医療施設,介護老人保健施設(以下,老健)の3施設が維持期リハビリテーションを担う主な施設サービスの拠点であり,中でも老健はリハビリテーション(以下,リハ)を主たる機能とし,家庭復帰を目指した医療と介護の一体的なサービスを提供することにより,在宅ケアの支援を目指す施設とされている.また老人保健施設協会は,その機能・役割について①総合的なケアサービス提供,②家庭復帰の支援,③在宅ケアの支援,④地域に開かれた施設の4つを挙げ,医療機関と在宅の中間施設として位置付けられるものとしている.

 老健における理学療法士(以下,PT)の役割は主に身体機能・能力の維持・向上,活動性の維持・向上にあり,あくまで在宅における日常生活動作(以下,ADL)を視野にいれた取り組みが大切である.一方,在宅生活を送るにあたり,障害高齢者の身体的要因や彼らを取り巻く環境には機能・能力低下を引き起こす様々な因子が存在するが,中でも転倒は生活機能の低下を引き起こす大きな原因であり,積極的にその予防に努めることが大切となる.そこで本稿では,老健におけるリスク管理,特に転倒対策について当施設における現状と取り組みを交えながら述べることにする.

とびら

行政の理学療法士として

著者: 半田昭子

ページ範囲:P.471 - P.471

北九州市に入職して30年が過ぎた.行政の理学療法士(以下,PT)として入職した当時はPTやリハビリテーション(以下,リハビリ)の意味を説明する毎日であったが,それを説明しながら行政職として何をしたらよいかを探りながらの30年であったように思う.北九州市は行政にPT,作業療法士(以下,OT)を昭和47年から採用しており,平成11年には北九州市7区の窓口にPTまたはOTが1人ずつ配置された.私自身,障害福祉センターに21年,本庁障害福祉課に6年,そして現在の区役所で4年目をむかえている.

 区役所の窓口には実にいろいろな人が相談に訪れる.その中で専門職としては障害の相談に一番耳を傾けている.障害もいろいろで,相談数の多かった脳卒中の場合は介護保険が始まって相談内容が大きく変わってきた.40~64歳の2号保険者が介護保険対象になり,65歳以上の介護保険対象者と同じサービスを受けることになったからである.以前は退院前関与によって退院前に窓口に連絡があり,われわれ行政のPTと病院のPTが住宅改造や,職場復帰のために障害者施設でのさらなるリハビリを受ける相談,ホームヘルプやデイサービス等の在宅サービスについてアドバイスをしていたが,介護保険開始後は介護保険係へ移り,相談件数は減った.現在,その少ない相談のほとんどがすでに在宅になっているが,介護保険のサービスは受けたくない,まだリハビリがしたい,それがだめなら障害者福祉サービスを受けたいというものである.つまり,介護保険で提供されるデイケアや訪問リハビリとは違い,病院でPTが行う個別治療を希望しているのである.そこには医療という背景が常にあり,頑張っている患者がたくさんいて自分だけがつらいのではないという連帯意識のような安心感があるのではないだろうか.北九州市も介護保険の開始に伴いA型機能訓練事業を発展解消した経緯があるが,その機能回復を目的にした運動の場ではPT,OTの指導だけでなく対象者同士のふれあいによる障害受容の効果が大きかったと認識している.今は,入院中に介護保険の手続きをして,ケアマネジャーが在宅の生活をマネジメントしてしまうので,40歳過ぎた脳卒中後遺症の人が介護保険サービスの中で埋もれ,行政の窓口と医療機関との関係が遠くなってしまっている.彼らに何とかリハビリの機会が与えられないものだろうか,せめて障害受容まで,と考えることが多くなった.

新人理学療法士へのメッセージ

今から始まる君たちへ

著者: 武田正則

ページ範囲:P.512 - P.513

ようこそわれわれと同じ世界へ

 4月になり学生という立場から社会人になった気分はどうですか?

 目標にしていた理学療法士という免許を持った気持ちはどうですか?

 今年から理学療法士となった皆様には国家試験の発表を心待ちにどきどきした瞬間が実感できていると思います.私もまだ昭和だった時代に同じ経験をしました.そして未だにその実感は少なからず残っています.ついこの間理学療法士になった気がするよ…こんなことを後輩に言うと大笑いされてしまいますが.しかし,経験年数を積めば積むほどこの感覚を忘れずにいてほしいと思います.

1ページ講座 理学療法関連用語~正しい意味がわかりますか?

ラックマンテスト

著者: 川島敏生

ページ範囲:P.519 - P.519

ラックマンテスト(Lachman test)は膝前十字靱帯(ACL)損傷の程度を判定する最も有用な理学的診断法である.

 方法としては,患者は診察台の上で背臥位となり,検者は一方の手で受傷側の下腿近位端を内側より把持し,もう一方の手で大腿遠位端を外側より把持する.膝関節を軽度屈曲位(15°~30°)として,大腿部をしっかり固定しながら下腿部に対し前方へ引き出すような力を加える(図).この時,大きな脛骨の前方移動とともに柔らかで不明瞭なend point(引き出しテストにおける止まり方)が感じられた場合を陽性とする.視覚的には,側面から見て膝蓋骨下縁から膝蓋腱への正常なスロープは消失し平坦化が認められる.

学校探検隊

豊かな自然に囲まれ素朴な学生と共に

著者: 小川恵一 ,   鈴木孝氏 ,   千葉勝拓 ,   工藤郁美 ,   渋谷秀美 ,   尾形友里

ページ範囲:P.520 - P.521

わが,PT学科

 蔵王連峰を仰ぎ,豊かな自然に囲まれた本校は,理学療法士・作業療法士を養成する4年制専門学校です.今年,10周年を迎え,記念式典が開催されます.それを機に,教職員がこれまでを振り返るとともにこれからいかに発展させていくか真剣に考えるよい時期となっています.

 理学療法(PT)学科の10年を振り返りますと,入学直後に行われる臨床見学実習,2学年のclinical clerkshipという臨床実習,これらの実習は学内学習に先行して行われ,学習の動機付けをより具体的なものとすることを目的とし,効果をあげてきました.学内での授業も学生が意欲的に参加できるような工夫がなされてきました.学生同士の横や縦のつながりを利用したピア学習法や,最近では問題基盤型学習法など,より効果の高い教育方法を試行錯誤しながら追求してきました(写真1).その過程では,教員だけでなく学生も一緒に「悩み,笑い,涙し…」であったことを思い出します.

理学療法の現場から

電子カルテの現状と課題

著者: 原田靖

ページ範囲:P.522 - P.522

ここ数年,IT化の波は医療界にも押し寄せており,時代の趨勢として「電子カルテ」の導入が多くの医療機関などで進められてきています.当院の電子カルテ・システムは,平成11年12月の新病院開設と同時に,諸種の改革を実行した中の主要な事業として開始されました.当初は様々な困難や課題が山積し,あちこちの部所で「紙カルテにもどせ」との叫び声を耳にしたりもしました.それから5年が経過し,数回のバージョンの変更を重ね,今では病院業務の核として稼働しています.

 さて,「電子カルテ」の定義ですが,様々なところで論じられてはいますが明確にはなっていません.ここでは「紙カルテ」を単に電子化したものではなく,情報や知識の提供など診療を支援するシステムとしての機能を包括的に備えた「診療情報支援システム」として定義し,その現状と課題について言及してみたいと思います.

入門講座 訪問リハビリテーション・2

訪問リハビリテーションにおける評価と指導のポイント

著者: 赤羽根誠

ページ範囲:P.523 - P.530

はじめに

 今回は訪問リハビリテーションに関しての入門講座ということであり,読者は訪問リハビリテーション未経験者から経験10年未満の方を想定した.それ以上の経験者は他の文献を参考にしてもらいたい.

 訪問リハビリテーションは,まだ学問的に体系化されていない.そのため,日本における各文献の内容は執筆者の経験で記載されていることが多い.その経験は①どの事業所から訪問リハビリテーションを行っているのか,②その事業所の規模や考え方はどのようになっているのか,③各都道府県,各市町村のどこの土地で訪問リハビリテーションを行っているのか,によって内容が異なってくる.現在,①~③の異なる状況はあっても訪問リハビリテーションのスタンダードを作成するために,みな懸命にまとめる作業を行っているところであり,今回の筆者の内容はまだ「経験談」である.

 本稿では訪問リハビリテーションに関して実際に当事業所で取り組んでいること,今後訪問リハビリテーションのスタンダード作りのために取り組んでいく必要があることを整理しながら執筆にあたった.それにより,本来はこうあるべきだが,現在はここまでしかできていないことを読者が理解して頂けると考えたからである.今回の内容を読んで頂いた方で,1人でも多くの理学療法士(以下,PT),また作業療法士(以下,OT),言語聴覚士(以下,ST)が訪問リハビリテーションを「やってみたい」「やっていてよかった」と思って頂ければ幸いである.

講座 病態運動学―変形・拘縮とADL・3

関節リウマチの下肢変形,拘縮と歩行

著者: 阿部敏彦

ページ範囲:P.531 - P.537

関節リウマチ(以下,RA)は,長期経過してから起こるとされていた関節破壊が実は発症から2年以内に急速に進行するという認識1~3)のもと,平成14年4月23日に行われた日本リウマチ学会総会にて診断名が「慢性関節リウマチ」から「関節リウマチ」へと変更され,「痛みを止める」から「関節破壊を止める」治療へと変遷している.

 本論文では,RAに対する最近の治療動向,RAの発症機序,各下肢関節における変形および進行メカニズム,下肢関節におけるアラインメント異常と歩行時の下肢各筋群の働きおよびRA患者に対する歩行に関する臨床研究について述べる.

プログレス

脊髄再生の可能性

著者: 岩波明生 ,   山根淳一 ,   加藤裕幸 ,   植田義之 ,   池上健 ,   石井賢 ,   小川祐人 ,   中村雅也 ,   戸山芳昭 ,   岡田誠司 ,   岡野栄之

ページ範囲:P.539 - P.546

20世紀初頭の著名な神経解剖学者であるRamon y Cajalが「ひとたび損傷を受けた中枢神経系の組織は二度と再生しない」と述べてから,中枢神経系の疾患や外傷で失われた機能の回復は不可能であるというのが通説であった.しかし近年の神経発生生物学の進歩により,中枢神経軸索の伸展制御の分子メカニズムや可塑性などが相次いで解明されはじめると同時に,中枢神経系にも自己複製能と多分化能を有した神経幹細胞の存在が明らかになり,中枢神経系の再生医学研究が非常に盛んになってきている.本稿では脊髄損傷に的を絞り,損傷脊髄の再生の可能性につき近年の研究成果を紹介しながら概説する.

脊髄損傷とは?

 脊髄損傷とは,交通事故や高所転落に伴う脊椎脱臼骨折などの外傷で脊髄実質が損傷されることにより,損傷部以下末梢の運動・知覚・自律神経系の麻痺を呈する病態のことである.現在本邦で約10万人,米国でも約25万人の患者がおり,年間本邦では5,000人,米国でも10,000人以上の患者が増加している.患者のほとんどが男性でしかも若年者が多く,近年医療の進歩に伴い受傷後も生存すること自体は十分可能となっているが,それだけに日常生活の不自由さや精神的な負担が長期間にわたり患者を苦しめる結果ともなり,社会的な問題となっている.

原著

慢性期脳卒中患者の歩行能力とFunctional Balance Scale下位項目の関係

著者: 杉本諭 ,   丸谷康平

ページ範囲:P.547 - P.552

これまでにも脳卒中患者の歩行能力に影響を与える要因の研究が数多く行われ,年齢1,2)や運動麻痺の程度2,3),非麻痺側筋力4~6),バランス機能5,7~10)など様々な要因の関与が報告されている.近年歩行能力とバランス機能の関連についての検討としてFunctional Balance Scale(以下FBS)を用いた報告が様々な症例を対象として行われ,Usudaら11)は脳卒中患者の歩行能力が良好な者ほどFBS得点が高いと述べている.しかしながらこの報告ではFBS合計得点を指標としているため,構成されている14の下位項目が歩行能力に対してどのように関わっているのかについては明らかではない.下位項目に着目した報告として丹羽ら12)の研究があるが,発症後12週までの測定であり,また年齢や運動麻痺などの他の歩行規定要因を含めずにFBS下位項目だけを検討したものである.慢性期脳卒中患者においては運動麻痺自体の改善が困難な場合が多いため,この時期においても改善が見込まれる要素を明らかにすることは,歩行能力の改善において重要であると考えられる.そこで今回われわれは,慢性期脳卒中患者を対象に歩行能力とFBS下位項目との関連について分析し,さらにFBS以外の要因も加味したうえで,歩行能力の規定因子について検討した.

対象および方法

 対象は,埼玉県および茨城県内の介護老人保健施設に入所,または通所している,発症から1年以上経過した慢性期脳卒中患者のうち,一側のみに運動麻痺が認められた126名で,性別は男性73名,女性53名,平均年齢は72.2±10.7歳,麻痺側の内訳は右片麻痺62名,左片麻痺60名であった.運動麻痺の判断は,Brunnstrom Recovery Stage(以下Br-stage)のテストにて,ステージⅥがクリアできなかった場合に麻痺ありとした.下肢Br-stageは,Ⅰ:1名,Ⅱ:17名,Ⅲ:41名,Ⅳ:22名,Ⅴ:19名,Ⅵ:26名であった.このうち下肢Br-stageⅡの3名,Ⅲの10名,Ⅳの2名が歩行時に短下肢装具を使用していた.なおFBS検査の施行に困難を来すような著しい高次脳機能障害や骨関節疾患を有する者は除外し,対象者全員には本研究の主旨を十分説明し,同意を得て実施した.

報告

乳癌術後における皮膚表面温度と肩関節可動域の6か月までの経時的変化

著者: 川崎桂子 ,   高橋友明 ,   畑幸彦 ,   青木幹昌 ,   唐澤達典

ページ範囲:P.553 - P.557

乳癌術後の合併症としては,肩関節の運動障害,疼痛,上肢浮腫が挙げられ,肩関節の運動障害の原因としては手術侵襲による皮膚の瘢痕,創部痛,上腕・腋窩の牽引痛によるとされている1).最近は手術の低侵襲化に伴いこれらの合併症は少なくなってきてはいるが,現在でも乳癌術後の肩関節の運動障害はなくなってはいない1).この乳癌術後に発症する肩関節可動域制限の要因に関する定量的研究は見つからなかった.筆者らは,以前,術後早期には創部周囲の炎症による上肢挙上時の牽引痛が肩関節の可動域制限を引き起こしているのではないかという仮説を立てて,サーモグラフィー2)を用いて皮膚表面温度の測定と肩関節屈曲角度の計測を経時的に行い,術後3か月の時点でも皮膚表面温度は術前より有意に高く,肩関節屈曲角度は術前まで戻っていなかったことを報告した3).今回,さらに術後6か月まで追跡調査することができたので報告する.

対象

 当院において,乳癌に対し非定型的乳房切除術を施行された患者のうち,研究ヘの参加の同意が得られた15例15肩を対象とした.性別はすべて女性で,検査時年齢は平均54.8歳(29歳~84歳)であった.術側は,右側7肩・左側8肩で,術式はAuchincloss法4)10名・Kodama法5)5名であった.切除範囲は頭側が鎖骨,尾側が腹直筋鞘,内側が胸骨縁,外側が広背筋前縁であり,全症例腋窩郭清を施行されており,Kodama法では鎖骨下リンパ節郭清も施行されていた.また,術前に肩関節の可動域制限や痛みを認めた症例は除外した.

追悼

津山直一先生を偲んで

著者: 福屋靖子

ページ範囲:P.558 - P.558

先生の突然の訃報に接し,しばし言葉を失い,津山先生という大木に寄りかかっていた自分に今さらながら気付かされた.先生に感謝の言葉を告げ得なかった自分が悔やまれ,つい4か月半前の初山先生の告別式での胸を打つ暖かい弔辞とお元気そうなお姿が目に焼き付いており,残念でならない.

 津山先生は東大整形外科教室の主任教授,国立身体障害者リハセンター総長,日本リハ医学会理事長,肢体不自由児協会会長という重責を歴任されたのみならず,第1回PT・OT国家試験部会長として,制度発足に際しPT・OTを高い質的レベルに定められた実質的な産みの親である.私と先生との出会いは東大医学部衛生看護学科学生時代に受けた“ポリオ”の講義の強烈な印象から始まり,衛看卒者のリハビリテーション領域に進んだ者の集まりである“津山先生を囲む会”,としての40年余に亘るものであった.この学科の開設(1954年)には,近代的医療におけるチーム医療には馴染み難い,それまでのドイツ流の医学教育の欠陥を修正しようとする背景があり,コ・メディカルワーカー(セラピスト)を教育するという,日本最初のモデルケースとして期待され,先生はその先陣としてご尽力されていた.

文献抄録

イギリスの腰痛体操とマニプレーションのランダムトライアル:初期治療の腰痛に対する理学療法の費用対効果

著者: 籾山日出樹

ページ範囲:P.560 - P.560

目的:医院および開業セラピストにおいて腰痛患者に対する治療方法としてベストケア(BC),脊椎マニプレーション(SM),腰痛体操(Ex),SMと体操の混合治療があるが,それぞれの費用対効果を評価した.

 対象と方法:1999~2002年に1,287人を対象にランダムトライアルによる確率論的費用効用分析を行った.調査は英国で理学療法を実施している181の開業医と63のコミュニティで行った.調査項目は主に理学療法の治療費,質調整生存年(QALYs),月平均QALYである.また,費用効用分析にて増分QALY比(新規治療の費用―従来治療の費用/新規治療の効果―従来治療の効果)を求め概算要求額を算出し,感度分析にて個人開業者の年間治療概算費用を算出した.健康水準はEQ-5Dにて評価した.BCは管理指導とガイドブックを提供し,身体的介入は行わなかった.Exはクラス別に,SMは腰痛治療のパッケージプログラムをそれぞれ12週間行った.混合治療はSMとExを6週間実施した.BCは3つの治療法すべてにプラスして行われた.

初回の膝関節全置換術後のモルヒネとロピヴァカインの関節内持続注入による屈曲増大と在院日数の短縮

著者: 稲場斉

ページ範囲:P.560 - P.560

背景:膝関節全置換術(TKR)後,1回ブピヴァカインの関節内注入を行うことにより,鎮痛剤の必要量が減少し屈曲の改善が得られたという報告がある.そこでTKR後にモルヒネとロピヴァカインの関節内持続注入の関節可動域と在院日数に及ぼす効果を調べた.

 患者と方法:変形性膝関節症で片方のTKRを初めて受けた患者154人が対象である.すべての患者は術後72時間消炎鎮痛剤の経口投与と,ロピヴァカインの硬膜外注入を受けた.

モビール課題における満期産児と早期産児の能力:学習と記憶について

著者: 植木琢也

ページ範囲:P.561 - P.561

背景と目的:満期産児では月齢3~4か月までに,モビール課題(児の足がモビールに繋がれており,kickingに応じてモビールが動くようになっている)において学習および記憶の能力が認められる.一方で早期産児は将来的に学習や運動に障害を残す危険性があるが,早期における学習と記憶の能力についての知見は少ない.この研究の目的は①モビール課題における満期産児の学習と記憶の能力を,コントロール群との比較により実証すること②同課題における早期産児の学習と記憶の能力を明らかにすることである.

 対象:実験群として満期産児10名および早期産児(在胎週数33週未満,出生時体重2,500g未満)10名.コントロール群として満期産児10名.各群の平均日齢は103.6日~109.3日(早期産児は修正日齢)で群間に差はなく,視覚障害や整形外科的疾患を有する児は含まなかった.

脊髄性筋萎縮症の幼児と青年の関節可動域制限

著者: 田村梨沙

ページ範囲:P.561 - P.561

目的:2型および3型の脊髄性筋萎縮症(SMA)患者の関節可動域(ROM)制限に関する詳細なデータを導出し,ROM制限のある関節数と年齢や機能的な能力の関係を調査することである.

 対象:小児神経科外来クリニックのある台湾の病院に通院するSMA患者で,2型27名(平均年齢9.8±6.5歳)と3型17名(平均年齢12.2±8.7歳)である.

書評

―赤坂清和・藤縄 理 監訳―「理学療法のクリティカルパス:上巻」

著者: 柳澤健

ページ範囲:P.516 - P.516

 近年,理学療法のクリティカルパスの重要性が論じられている中で,本書の発刊は実にタイムリーである.本書は,上肢・脊椎の症例を通して学ぶグローバルスタンダードな翻訳書である.翻訳は原文を日本語に変換するとき,日本語の特性を十分に理解していないとできない作業である.英語のシンタックス(構文・統辞)をそのまま日本語のシンタックスの中へ押し込んでしまうと,意味不明な翻訳になってしまう.日本語の大黒柱はあくまで「述語」であって「主語」ではないことなどを十分に認識していないと訳のわからぬ“翻訳”になってしまう.その点,本書は日本語の特性を十分にふまえたわかりやすい日本語に翻訳されている.

 Ⅰ.手と手関節,Ⅱ.肘と前腕,Ⅲ.肩,Ⅳ.腕神経叢・胸郭出口・肩甲帯,Ⅴ.神経と筋の損傷,Ⅵ.骨盤,Ⅶ.脊椎の7章・35症例で本書は構成され,8名の理学療法士と作業療法士1名による翻訳を赤坂清和・藤縄 理の両氏が違和感のないわかりやすい監訳に仕上げている.イラストは,運動病理学の基本理念とその改善を目指した評価や治療を視覚化するのに多用され,魅力的な図で理解しやすい体裁を整えている.

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編集後記

著者: 鶴見隆正

ページ範囲:P.566 - P.566

 本特集は「介護老人保健施設」です.平成12年に7つのモデル施設からスタートした老人保健施設は,平成12年の介護保険の実施とともに介護老人保健施設と名称が変わり,施設数も3,000余りとなり,今や超高齢社会の医療,保健,福祉を担う核となっています.創設当初はADLや移動能力などの生活活動能力を高め,高齢者の病院からの家庭復帰をスムーズにするための中間施設と位置づけられていましたが,現在は医療・保健福祉施設の機能分担と連携の明確化に加え,高齢者・家族の身体機能や生活ニード,生活環境,社会諸制度などを総合的に捉え直した介護保険制度下での介護老人保健施設としての展開が進められています.また,医療機関の在院日数の短縮化などに伴い回復期の重度な高齢者の入所が増加するなか,自宅復帰に向けた実用性のあるADL指導,個別指導が求められ,同時に介護予防や通所および訪問サービスなど多機能の指導を理学療法士は担っています.

 香川氏は,介護老人保健施設の創設時の社会的背景と法的根拠の過程を年譜的に解説され,全国的な入所者の疾病,介護度および入退所の実態にも触れながら,今後の課題と展望について論述しています.そのなかで氏は維持期的ではなく,リハ完成期として地域社会を巻き込む施設機能を目指すべきと述べられており共感を覚えます.宇都宮氏は,個別リハを実施する際の位置づけをICFとの関連で説明し,いかに評価して取り組むかを例示され,パターン化した個別リハに陥らないように調整することの重要性を強調しています.細木氏らは,理学療法士にとってややもすれば苦手な集団リハのポイントについて,日々の実践体験を基にした段階的なアプローチについて解説され,内容の濃い論文となっています.平野氏は,家庭復帰の現状とその阻害要因を分析したうえで,復帰しようとする家庭環境に即した生活指導が重要だと指摘しています.また川渕氏らは,施設内での転倒実態を示され,転倒予防のチェックリストと具体的な対応プラン,そして介護予防との関連についても言及しています.

基本情報

理学療法ジャーナル

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1359

印刷版ISSN 0915-0552

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