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雑誌目次

雑誌文献

理学療法ジャーナル40巻8号

2006年08月発行

雑誌目次

特集 歩行練習

EOI(essences of the issue)

ページ範囲:P.603 - P.603

 理学療法士の真骨頂とも言える歩行障害への介入.歩行練習をどのように進めていくかは,実質的には担当した理学療法士個人の感性と技術に委ねられている.歩行機能の改善は人の残された生涯を左右しかねない重要な課題であるが,それぞれの障害への共通認識は十分備わっているのだろうか.障害が複雑であればあるほど,その理解と歩行練習の展開は困難を極める.古くて新しいこの難題について,持論も交えて,臨床家7氏に具体的に解説していただいた.さて,明日からの歩行練習にどれだけのヒントを見つけることができるだろうか.

Pusher現象を呈する片麻痺患者の歩行練習

著者: 藤田直人 ,   三木屋良輔 ,   中川司

ページ範囲:P.605 - P.611

はじめに

 脳卒中後遺症の1つに,すべての姿勢で非麻痺側に力を入れて麻痺側のほうに強く押し,その姿勢を他動的に矯正しようとすると強く抵抗し,また麻痺側方向への転倒には無関心であるpusher現象と呼ばれるものがある1).この現象は,Pedersenら2)によるコホート研究では,理学療法対象例のうち10.4%に発生したと報告されており,本邦においても網本3)による患者対照研究では,本格的な理学療法対象例のうち25.5%に発生したと報告されている.さらにPedersenは,pusher現象が機能回復を遅らせる要因であることを示唆し,青木ら4)は低いADL自立度に到達する要因となることを示唆している.このようにpusher現象の発生率は決して低いものではなく,ADLに関係する要因であることを考慮すると,われわれ理学療法士が介入するべき問題点であると考える.

 Pusher現象の発生機序に関して諸説はあるが,Karnathら5)の報告を取り上げると,pusher現象は知覚認知機能障害であると捉えることができる.その報告では,pusher現象を呈する左片麻痺患者を,両側に十分な壁がある座面に足底を接地しない状態で座らせ,その座位装置を前額面上で回転させ,患者が認知した垂直と実際の垂直との差を記録するという実験を行っており,患者の視覚を保障した条件(視覚的垂直認知と定義)と遮断した条件(身体的垂直認知と定義)とを比較検討している.その結果,患者の視覚的垂直認知は実際の垂直と差はないが,身体的垂直認知は非麻痺側に約18°傾いていることを示した(図1).よって,非麻痺側方向に傾いている身体的垂直と,真の垂直として成立する視覚的垂直との間に生じた認知的な差を修正しようとするため,結果的に押す行為を生じている可能性があるとしている.

半側空間無視を伴う片麻痺患者の歩行練習

著者: 伊藤克浩

ページ範囲:P.613 - P.617

はじめに

 半側空間無視は体外空間の半側にある対象を無視する症状で,視空間失認の一型として位置づけられている.半側空間無視は脳損傷者の日常生活活動(ADL)やリハビリテーションの阻害因子として,これまで多くの研究がなされてきた.一般に,右大脳半球の頭頂後頭葉接合部の病変で生じるとされているが,右後頭葉や前頭葉の病変,視床や被殻などの皮質下の病変でも生じることが知られている.また,左大脳半球病変で生じた報告もある.半側空間無視は経過中に改善あるいは消失することがしばしばあるが,残存する場合も少なくない1).また,半側空間無視はそれだけが単独で現れることはほとんどなく,病識欠如も伴う.

 そして歩行練習で困難性を感じる症例は,「左のものを見落とす」という問題だけでなく,無頓着さ,行為のペーシング障害などの高次脳機能障害の合併により危険性を伴うので,監視歩行レベルから先に進むことが容易でない症例が多い.また,線分抹消テストのような机上テストで半側空間無視症状が疑われる片麻痺者の多くが,姿勢緊張の問題やバランスを含めた「定位」の問題を合併しており,それらの身体機能の改善により左側からの情報に着目できるようになる場合も多い.

運動失調および平衡障害を伴う患者の歩行練習

著者: 溝部朋文 ,   萩原章由 ,   松葉好子 ,   斉藤均 ,   今吉晃 ,   前野豊 ,   山本澄子

ページ範囲:P.619 - P.628

はじめに

 運動失調は,感覚―運動系のフィードバックの障害といわれ1),中枢である小脳系,深部感覚の伝導路である脊髄・末梢神経の病変によって生じる.その結果,協調性のある円滑な身体運動が実施できない状態となり,これらは四肢運動失調と体幹失調に分けることができる2).このうち,立位歩行といったバランス能力に関与が大きいのは体幹失調であり3),運動失調症の患者が立位歩行を円滑かつ安全に行うためには,体幹の動きをコントロールし,姿勢を制御することがより重要であるといえる.運動失調性歩行を捉えた表現として,よろめき歩行や酩酊歩行,ワイドベースが一般的に使われており4),バランス不良による易転倒性や動きの拙劣さがその特徴である.

 一般に協調性の評価は,重心の揺れや測定障害の程度や,Mann肢位などある定められた支持基底面の中で姿勢を保てるか否か,という視点でなされることが多い.これらの評価は重症度の判定には有効であるが,これらの視点から「なぜ動作や姿勢保持が不安定もしくは拙劣なのか」を評価し,それを基に治療介入を行うことは容易ではない.そこで筆者らは,運動失調の姿勢制御を解釈し,治療に結びつけるためにはモデルや理論が必要と考え,運動学・運動力学を用いて分析・モデル化を行った.本稿では脳血管障害による運動失調の歩行障害に焦点を当て,歩行を獲得するために重要とされる体幹を中心とした姿勢制御に着目し,運動学・運動力学的視点から,評価モデルと理学療法における治療戦略を述べる.

パーキンソン病患者の歩行練習に対する基本戦略

著者: 桐山希一 ,   武田真帆 ,   中村孝志

ページ範囲:P.629 - P.633

はじめに

 パーキンソン病(Parkinson's disease;以下,PD)の歩行障害には,特徴的な症状としてすくみ足や小刻み歩行,突進現象が挙げられる.PD患者へのリハビリテーションでは,歩行能力や日常生活動作の改善に対して効果が示されている1).とくに小刻み歩行に対しては外的なリズム刺激が歩幅の拡大に有効であることが知られている.

 PDに特異的な四大徴候である筋固縮,振戦,寡動,そして姿勢反射障害に着目すると,それらの現れ方や相互関係は患者によって異なっている.注意・判断といった高次脳機能障害,あるいはうつ症状や抗パーキンソン病薬の副作用である幻覚・幻視などの精神症状もPDのリハビリテーションでは問題となりやすい.さらに,起立性低血圧に代表される自律神経系機能の障害や前屈姿勢および呼吸筋の固縮により,呼吸・循環障害も併発しやすい.したがって,運動療法の効果を最大とするためには,個別の病態を踏まえた上で治療プログラムを作成する必要がある.

 本稿では,臨床におけるPDの治療場面から,とくに歩行障害に対して理学療法を実施する上で考慮すべき点をまとめた.

低酸素脳症患者の歩行練習

著者: 尾谷寛隆

ページ範囲:P.635 - P.641

低酸素脳症の成因と病態生理

 脳は低酸素状態に極めて弱い臓器である.低酸素状態により引き起こされる様々な中枢神経症候を“低酸素脳症”と呼ぶ1).低酸素脳症の成因には,①脳血流低下によるもの(心停止など循環不全によるもの),②呼吸障害によるもの,③貧血によるもの,④細胞内の呼吸酵素系障害によるものなどがある(表1)2)

 大脳皮質,海馬,小脳,大脳基底核などは低酸素状態に非常に脆弱な部位であるため,低酸素脳症ではこれらの部位が特に損傷されやすい.さらに循環不全に起因する脳血流の低下による低酸素脳症では,血行動態の違いにより損傷を受けやすい領域があり,大脳では前・中・後大脳動脈領域支配の分水嶺(watershed)である頭頂-後頭葉接合部や側頭-後頭葉接合部などがこれに相当する.

腰部脊柱管狭窄症患者の歩行練習

著者: 半田一登 ,   右田寛

ページ範囲:P.643 - P.647

はじめに

 超高齢社会に入って,腰や下肢の疼痛やシビレ感,そして間欠跛行を訴える高齢者の腰部脊柱管狭窄症(以下,LCS)患者が増加している.菊地らは,圧迫される神経組織と神経組織を圧迫する周囲組織の解剖学的特徴は神経症状の発生に深く関与しているが,最も重要なのはこれら両者の相互関係であるとしている1).LCSの主症状の1つである間欠跛行は下肢の疼痛,シビレ感,知覚異常,脱力などが起立や歩行によって発生または増悪し,体位変換や前屈位での休息によって緩解する症状とされており,馬尾や神経根の慢性圧迫による器質的障害に,血流障害あるいは乏酸素状態による可逆的動的要因が加わって発生すると考えられている2).菊地は間欠跛行を馬尾型,神経根型,そして混合型に分類している(表1)1).この分類のためには安静時症状だけではなく,歩行負荷試験が不可欠であり,負荷によって新たに出てくる症状や他覚的所見を把握しなければならない.その上で神経根ブロックによって症状が消失するか否かを確認することが必要とされている3)

 LCSの歩行練習では間欠跛行の改善が大きな目標であるが,高齢による老化,疼痛に起因した行動範囲の抑制による廃用,心理的な引きこもり現象など多彩な阻害因子がある.高橋は70歳未満のLCS患者の手術による歩行能力の平均改善率は75.4%で,70歳以上では52.8%と年齢的な影響を指摘している.そして,70歳以上の30例中3例(全例女性)が転倒によって骨折していたことも報告しており4),歩行練習に責任ある理学療法士として,歩行の確立だけではなく歩行の安全性に関心を払わねばならない.

 今回,非常に多彩な症状を呈するLCSの歩行練習について記述するが,他覚症状だけではなく自覚症状も疾病の中心をなしており,当然歩行練習プログラムは個別的となる.

著明な円背を伴う高齢者の歩行練習

著者: 峯貴文 ,   立花孝

ページ範囲:P.649 - P.654

はじめに

 高齢者を観察すると,背中を丸くして歩行する姿を多く見かける.その姿勢は円背と呼ばれ,①骨粗鬆症による脊柱変形,②腰背筋萎縮による筋力不全,③椎間板の変性といった脊柱支持組織の加齢変化や,農作業などの前屈中腰作業,畳生活といった長年の労働・生活環境などにより脊柱の後彎が拡大することによって起こる1)

 円背の発生頻度は,若松の11.8%,有田の31%などの報告があり,高齢者に最も多い姿勢異常である2).円背姿勢での歩行を見ていると,ついつい「もっと胸を張って」と声をかけたくなってしまう人は多いのではないだろうか.確かに胸を張った姿勢のほうが見た目は良いかもしれないが,はたしてその人にとって適しているかは疑問である.

 脊柱カーブの変化がもたらす影響は大きく,上下肢の関節アライメントを変化させ,姿勢の安定化を図っている.歩行は姿勢変化が周期的に連続して起こるものであるため,立位姿勢におけるアライメントの変化が歩行形態・歩行中の筋活動に及ぼす影響は大きい.したがって,身体的特徴を把握し,歩行能力を分析した上で理学療法を行うことが重要である.

 本稿では,まず円背の身体的特徴とメカニズムを通して歩行に及ぼす影響について考える.次に円背患者の歩行能力の変化に対応した運動療法の進め方,および補助具選択について検討していく.

とびら

専門家になるということ

著者: 対馬栄輝

ページ範囲:P.601 - P.601

 「私の専門は○○疾患に対する理学療法です」と聞くことがある.確かに私も認める専門家は多いが,ふと考え込むときもある.興味を持って勉強しているとか,知識が豊富だから,○○疾患の専門病院に勤務しているから専門だという人である.

 専門とは『限られた分野の学問や職業に専ら従事すること.また,その学問や職業.専ら関心を向けている事柄(大辞泉)』であり,専門家とは『ある特定の学問・事柄を専門に研究・担当して,それに精通している人(大辞泉)』である.これから推察すると,特定の事柄を専門に研究しなければ専門家とはいえないことになる.

報告

自覚的視性垂直位検査装置の開発とその信頼性

著者: 西村由香 ,   吉尾雅春 ,   村上新治

ページ範囲:P.655 - P.659

はじめに

 自覚的視性垂直位(subjective visual vertical:以下,SVV.主観的視覚垂直軸などとも訳される)検査は,前庭機能検査の1つとして,また中枢における重力認知経路の機能評価として紹介されている1,2).また,Karnathら3)は,Pushing現象のある患者を対象に視覚,体性感覚,前庭機能の評価としてSVV検査を実施し,Pushing現象を説明している.通常,SVV検査は暗室で行われ,任意に傾いた蛍光塗料付などの軸の傾きを垂直と感じる傾きにあわせるものである.しかし,これまでの検査方法では,視覚補正による問題や被験者の口頭による合図で検者が軸を止めることによる誤差の問題など方法上の課題が残されている.そこで,光や環境物などによる視覚補正をなくし,被験者が自分で垂直位を決定するSVV検査装置を開発した.この自作のSVV検査装置を用いて,健常成人,脳卒中片麻痺患者を対象にした検査の信頼性を検証したので報告する.

初めての学会発表

多くを学んだ初学会

著者: 鮎川将之

ページ範囲:P.662 - P.663

 2006年5月25日~27日に群馬県前橋市にて,第41回日本理学療法学術大会が開催されました.今年3月に大学を卒業し,4月から入職した私には,やることなすことすべてが初体験の日々が続いています.そんな中でも今大会でのポスター発表は,特に貴重な体験になりました.

学会参加へのきっかけ

 発表のきっかけは,大学の卒業研究をする際に指導教官から,「審査に通れば卒業研究を学会で発表できる」と聞いたことから始まりました.正直最初は「なんだ,卒業論文と学会発表が同時に済ませられるのなら手っ取り早い」と軽い気持ちで考えていました.そんなことで卒業研究にとりかかったわけですが,臨床実習の体験から腹横筋に着目しようと決めてはいたものの,いざ腹横筋の研究といっても,いったいどのようにして行おうか? と実験デザインに悩む日々が続きました.できるのならば臨床につなげたい.そんなことも考えながら腹横筋に関する文献を調べ,担当の先生とも相談しながら実験デザインを考えていきました.そして,共同演者でもあった仲間とプレ実験を重ね,本実験へと移行することができました.しかし,本当の戦いはそこからでした….実験が終わると,次は被験者全員分の実験結果をデータ処理し,文献などを参考にしつつ,自分の考えも含めながら考察し,考えがまとまったら抄録を作成,ポスター発表用にパワーポイントで明瞭簡潔にまとめるなど,実験が終わってからも作業は山のようにありました.途中,何度も立ち止まり,考えては進んで,時には戻るといった展開で,時間はどんどん過ぎていきました.自分の中では,研究をすることに対して甘く見ていたつもりはなかったのですが,実際に自分が考え実践してみると,それは予想以上に大変な作業であり,考えれば考えるほど難しいものでした.しかし一方で,1つのことに関して自分なりに一生懸命調べ,考えることでどんどん自分の考えが深まっていき,新たなことに気づく楽しさも覚えました.そんな経験もあってか,自分でも知らぬうちに徐々に学会発表への心構えが変化していき,抄録の提出期限が近づく頃には,当初は一石二鳥のような考えから学会発表をしようと思っていたのが,いつしか自分の研究を発表したい,より良くするために,新たな気づきを得るために,他の先生方にも聞いてもらい,意見をいただきたいと思うようになっていました.

1ページ講座 理学療法関連用語~正しい意味がわかりますか?

ICF

著者: 溝呂木忠

ページ範囲:P.665 - P.665

 ICFはInternational Classification of Functioning, Disability and Healthの略で国際生活機能分類と邦訳されている.ICFは,1980年に制定された国際障害分類(ICIDH)に代わり,2001年のWHO総会で採択された.ICFの概念(構成要素間の相互作用)は図の通りで,「障害」の有無にかかわらず心身の状態や生活の状況を分類する.例えば生理学的な心身機能や解剖学的な身体構造を評価基準に従って分類する.たまたま「正常」の範囲にないものをインペアメントと呼ぶ.

 活動と参加:個人レベルの行為を活動,社会レベルの行為を参加と呼ぶ.例えば「話すこと」は「活動」,「会話」は「参加」であり,それらが不十分な状態をそれぞれ活動制限,参加制約という.実際上これらがディスアビリティーである.しかし現実では両者を明確に区別できない場合も多い.分類上は「活動と参加」としてあり,必要に応じて区別する.このカテゴリーの種類はかなり広範である.例えば読み書き,他者や動植物の世話,パートナーとの性的関係,ストレスや危機への対処,スピリチュアリティーにまで及ぶ.これまではADLの自立に最大の関心が払われてきたが,今後はより広く社会参加にも目が向けられることになろう.

学会印象記

―第41回日本理学療法学術大会―Potentialityを探り,Outcomeを検証し,Quality再考へ

著者: 明日徹

ページ範囲:P.666 - P.667

 赤城山,国定忠治,やきまんじゅう,などで有名な上毛の国,群馬県前橋市のグリーンドーム前橋にて,平成18年5月25~27日までの3日間,「理学療法の可能性」というテーマで第41回日本理学療法学術大会が開催されました.昨今の診療報酬・介護報酬改定により,理学療法士への強烈な逆風といわれる風潮の中で,様々な方向・領域から理学療法の可能性を探る非常に印象深い学術大会でした.

大会長基調講演

 内山 靖大会長の基調講演は,学術大会のテーマである「理学療法の可能性」の“可能性”について“possibility”と“potentiality”という用語の説明から,本学術大会のテーマが“potentiality”を意味するものであることを非常に分かりやすく,かつ今後の理学療法(士)のあるべき方向性を学術的・職能的視点からご講演いただきました.なかでも卒前教育について,problem based learningに基づいた講義の展開方法を提示され,今後の若い理学療法士育成に対しての可能性について提言された内容は,同じ教育関係に携わるものとして感銘を受ける内容でした.

入門講座 ベッドサイドでの患者評価 2

呼吸器疾患

著者: 横山仁志

ページ範囲:P.669 - P.677

はじめに

 呼吸器疾患への理学療法士(以下,PT)の介入範囲は,救命救急センター・各種ケアユニットなどの超急性期から慢性期の呼吸不全患者まで,多岐にわたっている.特に,超急性期から急性期の呼吸器疾患患者に対するベッドサイドでの理学療法介入はリスクが高く,病態を把握する能力やリスク管理能力が必要とされる.本稿では,まず人工呼吸器装着に至るような重症例を中心とした急性呼吸不全を想定し,呼吸器疾患患者のベッドサイドにおいて必要な情報収集,評価すべきポイントおよびその流れを論述していく.

 また,慢性呼吸不全患者の増加や在宅機器の発展に伴って,療養施設や在宅場面で慢性呼吸不全患者をPTがみる機会が増加している.そこで本稿の後半には,慢性呼吸不全の急性増悪における進行過程や観察・評価ポイントについての論述を加えた.

講座 福祉工学の最前線 2

臨床領域における福祉工学の現状と課題

著者: 畠中規

ページ範囲:P.679 - P.685

はじめに

 筆者はリハエンジニアとして,横浜市総合リハビリテーションセンター(以下,リハセンター)に勤務している.これまで縁あっていくつかの教育機関で,理学療法学科や看護学科の学生に「人間工学」または「リハビリテーション工学(福祉工学)」という授業の中で,福祉機器とその適合について述べさせていただいた.その中でもっと幅広く,学生だけでなく,興味を持った現役理学療法士の方々へ,福祉工学について伝えることが必要だと考えてきた.本稿を含む今回の講座連載をきっかけに,多くの理学療法士の方が福祉機器の研究開発や臨床評価へ参加されることを願っている.

資料

第41回理学療法士・作業療法士国家試験問題 模範解答と解説・Ⅱ 理学療法(2)

著者: 金村尚彦 ,   川口浩太郎 ,   黒瀬智之 ,   関川清一 ,   藤村昌彦 ,   宮下浩二

ページ範囲:P.688 - P.695

特別寄稿

理学療法学教育の知―教育哲学と教育方法論を中心にして

著者: 奈良勲

ページ範囲:P.697 - P.705

はじめに

 筆者は,金沢大学医療技術短期大学部(現金沢大学医学部保健学科)と広島大学医学部保健学科(現広島大学大学院保健学研究科)で26年間理学療法学関連の講義を担当してきた後,2005年4月から神戸学院大学(以下,本学)総合リハビリテーション学部(以下,本学部)の教授職に就いている.

 本稿では,筆者の大学教員としての経験に基づき,筆者が思索し,実践してきた教育哲学と教育方法論とを中心に論述してみたい.本稿のタイトルを「理学療法学教育の知」とした理由は,教育は,仮説,実験,演繹的推理などを基盤にしている近代科学の機械論的「知」とは異なり,人間同士の相互関係と種々の事象にかかわる直観的感性,知的・身体的体験などの「知」を基盤にして成り立っているとの思いによる.

文献抄録

脳卒中後の体幹パフォーマンスおよびバランス,歩行,機能的能力との関連

著者: 武井圭一

ページ範囲:P.706 - P.706

目的:本研究の目的は,trunk control test(TCT)と,trunk impairment scale(TIS)を用いて脳卒中後の体幹パフォーマンスを評価すること,およびバランス,歩行能力,機能的能力との関連を検討することである。

 方法:対象は,脳卒中発症後にリハビリを施行している急性期以降の患者51名(平均年齢:65±11歳)。測定項目は,体幹パフォーマンス(TCT合計,TIS合計,TIS静的バランス,TIS動的バランス,TIS協調性),バランス・歩行能力(the tinetti scale:Tinetti合計,Tinettiバランス,Tinetti歩行),機能的能力として歩行自立度(functional ambulation category:FAC),歩行時間(10m歩行速度,timed up & go test:TUG),ADL(FIM運動項目)とした。分析は,バランス,歩行能力,機能的能力を目的変数,各体幹パフォーマンスを説明変数とした単回帰分析を行い,次にすべての体幹パフォーマンスを説明変数としたステップワイズ法による重回帰分析を用いて検討した。

臨床実習における性的問題に対する理学療法学生の意識に関する事前調査

著者: 猪股高志

ページ範囲:P.706 - P.706

 医療職者は患者への介入の際に性に関する問題を認識しているが,対処が不十分と感じている。本研究は,理学療法学生がどのような性的場面で不快感を持つか,授業で対処方法にふれているかについて調べた。

 方法:対象はオーストラリアで理学療法を学ぶ大学生(1~4年生)333人。臨床における様々な性的場面の快適性レベルに関する質問紙として,コーエンのcomfort scale questionnaireの修正版を用い,19項目を設定した(①自慰中の患者の所に立ち入ること,②公然と性的発言をする患者への対処,③密かに性的発言をする患者への対処,④患者に性体験を尋ねる,⑤患者にどんな性行為を行うか尋ねる,⑥乳房か性器の露出を含む検査の実施,⑦患者に性の趣向を尋ねる,⑧男性売春夫,⑨淋病の30歳既婚男性,⑩患者の性的質問に答える,⑪AIDSの人,⑫女性売春婦,⑬AIDSの疑いがある人,⑭性について尋ねる70歳の未亡人,⑮2回目の中絶を希望する21歳の未婚女性,⑯同性愛女性,⑰性について尋ねる障害者,⑱避妊希望の14歳女性,⑲同性愛男性)尺度は1(不快)~5(安心)。3,4年生にはこれらに適切に対応するための授業科目の有無についても質問した。

脳卒中発作後における動的バランス課題による運動学習:脳卒中リハビリテーションに対する潜在的影響

著者: 山下浩樹

ページ範囲:P.707 - P.707

 背景と目的:運動学習を行う際,その動作に対する過剰な情報があることが逆にパフォーマンス低下を引き起こすことがある.例えば脳卒中患者は,意識を過剰に働かせ,自らの運動課題を達成しようとするが,逆に課題が達成できないという事態が起こりがちである.このようなことから,運動課題を成功させようとする明白な意識の発生を最小化させる学習戦略(潜在的学習戦略)を用いることによって,よいパフォーマンスを発揮できる可能性が考えられた.そこで本研究では,脳卒中発症後の動的バランス課題の潜在的学習効果について,2つの運動戦略(無誤学習と発見学習)のうち1つを用いて調査することを目的とした.

 被験者と方法:10名の脳卒中患者(年齢52.17±11.27歳,顔面・上肢・下肢の3領域のうち2領域以上,感覚障害または運動障害を持つ者)と,対照群として健常者12名(年齢65.25±7.48歳)を被験者とした.さらに脳卒中患者と健常者それぞれを顕在的運動学習群(動的バランス課題実行中に水平位置を保つ方法を考えながら課題を実行する)と潜在的運動学習群に分け,「電子式傾斜角度記録機能付のシーソー様バランスボード」上での動的バランス課題(なるべく水平な位置に保つ)を行った.バランスの評価は,バランスボードの水平位置からずれた角度の標準偏差を用い,その結果から各群を比較検討した.

下腿切断者の自己選択歩行速度および身体活動の生理学的測定における義足デザインの影響

著者: 下杉祐子

ページ範囲:P.707 - P.707

目的:下腿切断者の様々な速度におけるトレッドミル歩行でのThe Otto Bock C-Walk foot(以下,C-Walk),Flex-Foot,solid ankle cushion heel(以下,SACH)それぞれの装着時の生理学的な差異と身体的側面について調査することを目的とする.

 対象・方法:片脚下腿切断による義足歩行経験1年以上の8人(平均年齢36±15歳)を被験者とし,3つのタイプの義足装着におけるトレッドミル歩行時の生理学的反応〔エネルギー消費量,歩行効率,運動強度,知覚される努力程度(rating of perceived exertion以下,RPE)〕を53.64,67.05,80.46,93.87,107.28m/minおよび自己選択歩行速度の各歩行速度で測定・比較を行った.また,各タイプの義足を装着した日常生活での1日の平均歩数を身体活動側面として比較した.分析は,各指定速度での生理的反応は二元配置分散分析で,自己選択歩行速度および日常活動時の1日の平均歩数は一元配置分散分析で行った.有意水準は5%未満とした.

書評

―月城慶一,他(訳)―「観察による歩行分析」

著者: 石井美和子

ページ範囲:P.617 - P.617

 本書の著者であるNeumann氏は,これまでに日本で計7回,「観察による歩行分析」をテーマにセミナーを開催している.私はそのうち2回ほど参加したが,セミナーは系統立ててまとめられ,非常にわかりやすく,興味深い内容であった.それと同時に,受講者側が終始講師であるNeumann氏の気迫に少々押され気味になるほど情熱的にセミナーが進められたことも印象的であった.本書は,同氏がセミナーで熱く語った「観察による歩行分析」への思いが丸々詰まっている.

 第1章は直立歩行の歴史が記載され,ヒトがどのような過程を経て現在の歩容に至ったかを知ることで,歩行機能の必要性・必然性を考えるところから始まっている.第2章は歩行に関する基礎的事項の確認と歩行の解釈について,本書に推薦の言葉を寄せているPerry博士を中心としたメンバーが築いた「ランチョ・ロス・アミーゴ分析法」をもとに述べられている.第3章では,観察による歩行分析を遂行するにあたってのポイントが記述されている.歩行分析を実施する際の手がかりのみでなく,システマティックに分析し解釈を統合するために重要と筆者が判断したクリニカルテストの他,歩行分析シートの利用方法も記載されている.第4章で計測機器を用いた歩行分析の概要が述べられ,第5章がいよいよ本書の主要部分「病的歩行―逸脱運動の原因と影響」である.

―鶴見隆正・石井慎一郎・石井美和子(編)―「骨・関節系理学療法実践マニュアル」

著者: 対馬栄輝

ページ範囲:P.660 - P.660

 臨床での活用本は,内容がシンプルかつ要点を押さえていて,図表が多数盛り込まれ,かさばらない,という条件を備えていなければならないと考える.本書は,まさにそのような理想に適った本である.

 本書は大きく4章で構成されている.第1章は総論的な骨関節疾患の評価方法で関節機能の評価からX線写真の見方まで述べ,以降は各論的に,第2章は上下肢の骨折疾患や腱・筋・靱帯損傷といった22項目の外傷性疾患,第3章は肩こり,膝蓋靱帯炎のような11項目の障害性疾患,第4章は脊椎疾患や変形性関節症といった10項目の変性性疾患と,どれも臨床で多く遭遇する疾患を選りすぐって解説している.しかも本のサイズは,ちょうどB5用紙を2つ折りにしたくらいである.厚過ぎず薄過ぎず,携帯に便利な大きさである.

―園田 茂(編)―「動画で学ぶ脳卒中のリハビリテーション[ハイブリッドCD-ROM付]」

著者: 里宇明元

ページ範囲:P.677 - P.677

 あのFIT(Full-time Integrated Treatment)プログラムという画期的な集中的・高密度リハビリテーションプログラムを提唱・実践し,世界をあっと驚かせた藤田保健衛生大学七栗サナトリウムのグループから,また,挑戦的なプロダクトが世に送り出された.選りすぐられた動画をふんだんに活用して,運動麻痺,歩行障害など日常臨床でよく経験する重要な症状や問題が一目で理解できるように工夫された,新世代の脳卒中リハビリテーションテキストの登場である.失語症や構音障害のパートでは音声も入れられており,まさに五感を総動員して脳卒中リハビリテーションの基本的スキルを「身につける」ためのガイドブックである.

 初学者を対象にしているようであるが,実に多数の「一目でわかる」動画が要を得た解説とともに収録されており,ある程度経験を積んだリハビリテーションスタッフにとっても,「今さら恥ずかしくて人に聞けない」不確かな知識を再確認・整理するうえで大変有用な構成になっている.

―清水和彦・黒川幸雄 責任編集―「理学療法MOOK 13 QOLと理学療法」

著者: 大橋ゆかり

ページ範囲:P.686 - P.686

 リハビリテーションにおいてはいうに及ばず,理学療法領域でもQOLの向上が目標に掲げられるようになって久しい.しかし,理学療法士としてQOLに立ち向かおうとすれば,困惑を覚える人も多いのではないだろうか.それは,1つには本書の冒頭でも述べられているように「観測する者がどのような視点・事象で観測するかによって,QOLは蜃気楼のように輪郭も持たず,位置も定まらない」からであり,もう1つには理学療法とQOLの直接的な結びつきが見えにくいからだろう.

 本書の第1章「QOLとは何か」は第1の疑問への答え,すなわちQOLの輪郭やリハビリテーションにおける位置づけを示しながら,QOLの理念を大きく捉えて解き明かす章である.第2章「QOLの評価」ではQOL評価に用いられる18種類の既存の尺度が紹介される.しかも,各尺度に関する情報入手先が付記されているという親切な構成だ.また,新たなQOL尺度開発の手順が論じられ,玄人向きではあるが興味深い.第3章「理学療法の実践とQOL」は,前述の第2の疑問への答え,すなわち理学療法はいかにしてQOL向上に介入できるかに取り組んだ章である.ここで取り上げられるのは,脳血管障害,脊髄損傷,運動器疾患,呼吸・循環障害,高齢者,小児を始めとする13の障害領域における実践である.各領域においてQOLを評価するための指標,QOLと直結する障害の特徴,介入上の重要事項,満足度を高める生活スタイルなどが,その領域のスペシャリストによって解説される.

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編集後記

著者: 吉尾雅春

ページ範囲:P.710 - P.710

 FIFAのワールドカップ決勝戦におけるジダンの頭突きに対するレッドカードは,フィナーレを迎えていたヒーローにはそぐわないもので,衝撃的でありました.相手選手による言葉の暴力が事の発端であると報道されましたが,ヤジを飛ばしたり,相手を中傷する行為はいろいろな競技や試合で行われています.精神的なダメージを与えて少しでも優位に立とうという思いからのものですが,スポーツマンシップに則った行為とは言えません.プロ野球でも,江川投手や掛布選手が現役の頃の甲子園球場では,外野席の応援団が率先して相手選手を中傷する応援?合戦が繰り広げられ,それは耳を覆いたくなるような,見苦しく酷い内容でありました.幸いにプロ野球では自浄作用が働いて中傷合戦はなくなり,近年では多くの球場でひいきのチームや選手に対する応援を中心とした,本来の姿に変わってきています.島国日本で生活していると理解しにくいことですが,とりわけヨーロッパのサッカー界では,背景に移民問題,人種,宗教,その他の様々な要因が存在していると言われています.

 私たちの深層心理には他者と差別しようとする心が存在しています.Maslowの欲求階層説によれば所属の欲求ということになります.所属したいという欲求は良しとして,それがために他者と差別化を図ろうとすると,前述のような問題が生じることもあります.人間らしい関係性の構築にはそのコントロールが必要であり,他者に対する尊敬の欲求こそが必要なのでしょう.どうしても装具を受け入れない患者がいます.装具は障害者のレッテルであるという思いも理由の1つであるようですが,そのような負の欲求は人間の可能性を摘んでしまうことにもなりかねません.単に正常とのズレだけで価値を判断してしまうことのないように,常に日常的な実用性にもしっかり目を向けながら歩行練習に取り組んでいく必要があります.今月号の特集「歩行練習」では,その両者を視野に入れながら理学療法士としてどのように取り組むか,pusher現象を呈する片麻痺患者,半側空間無視を伴う片麻痺患者,運動失調および平衡障害を伴う患者,パーキンソン病患者,低酸素脳症患者,腰部脊柱管狭窄症患者,脊柱後彎をもつ高齢者を対象に7氏に論じていただきました.理学療法士として非常に興味深い特集であると評価をいただけるものと確信しています.

基本情報

理学療法ジャーナル

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1359

印刷版ISSN 0915-0552

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