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雑誌目次

雑誌文献

理学療法ジャーナル42巻11号

2008年11月発行

雑誌目次

特集 がん治療における理学療法の可能性と課題

EOI(essences of the issue)

ページ範囲:P.913 - P.913

 厚生労働省による「平成16年人口動態統計」で,日本人の死因の1位は悪性新生物(がん),2位が心疾患,3位が脳血管疾患となった.2006年6月には,がん対策基本法が成立した.しかし,がんのリハビリテーションは,がん治療に関する知識だけでなく,合併症としての運動障害,摂食・嚥下障害,呼吸障害,精神心理的問題など,広い範囲の専門的知識と技術を必要とし,その具体的方法,教育プログラムは統一されていない.本特集では,がん治療における理学療法の現状と課題について先進的に取り組む施設の方々から概説していただき,理学療法介入の可能性をまとめた.

がん治療の現状

著者: 辻哲也

ページ範囲:P.915 - P.924

はじめに

 がん患者にとって,がん自体に対する不安は当然大きいが,がんの直接的影響や手術療法・化学療法・放射線療法などにより生じるかもしれない後遺症に対する不安も同じくらい大きいものである.がん患者の半数以上の命が助かるようになってきた現在,“がんと共存する時代”の新しい医療のあり方が求められている.しかし,これまで,がんそのもの,あるいは治療過程において受けた身体的・心理的なダメージに対して,積極的な対応がなされることはほとんどなかった.医療従事者にも,患者にも,がんになったのだから仕方がないといった諦めの気持ちが強かったように思う.

 欧米ではがん治療の重要な一分野としてリハビリテーション(以下,リハビリ)が位置付けられているが,わが国では,最近までがんセンターなどの高度がん専門医療機関において,リハビリ科専門医が常勤している施設はほとんどなく,療法士もごくわずかという寂しい状況が続いていた.

 その一方で,急性期,回復期,維持期リハビリの現場においては,がんの直接的影響や手術療法・化学療法・放射線療法などで身体障害を有する患者に対し,障害の軽減,運動機能低下や生活機能低下の予防や改善,介護予防を目的として治療的介入を行う機会が増加しており,がんに伴う身体障害はリハビリ医学の主要な治療対象の1つになりつつある.

 本稿では,がん医療全般について,その概要を解説した後,欧米や日本におけるがんのリハビリの現状と課題,およびがんのリハビリの実際について述べる.

がん治療における理学療法の役割

著者: 増田芳之

ページ範囲:P.925 - P.931

はじめに

 がん患者は年々増加しているが,がん治療の発展とともに,5年生存率も向上してきている.それに伴い,がん治療を行いながら日々生活している患者に対してリハビリテーション(以下,リハビリ)を適用するケースが増えており,近年では,がんのリハビリに対する種々の報告や研修会・勉強会などが散見されるようになった.

 患者は,疾患を宣告されてからの精神的苦痛に始まり,がんという疾患自体の進行,がん性疼痛,嘔気,倦怠感,治療による様々な副作用,それらに伴う体力や活動性の低下,退院後の自宅での生活,社会復帰における問題,治癒,再発への不安のほかに,日々の状態の変化によって心理的影響を強く受ける.そのため,「がんのリハビリ」における理学療法の基本的な役割は,その身体的・心理的状態を十分に把握し,認識した上で,機能的・動作能力的な維持・改善と,意欲向上,患者自身のQOLの維持・向上,家族に対してのアプローチを行うことであると考える1~3)

緩和ケアチームにおけるリハビリテーションの役割―亀田総合病院における実施状況と今後の展望

著者: 関根龍一 ,   横田久美 ,   田辺瑶子 ,   西潟央 ,   曽我圭司 ,   千葉恵子 ,   宮越浩一

ページ範囲:P.933 - P.940

はじめに

 2007年から施行された「がん対策基本法」の第16条により,早期からの緩和ケア介入が推奨されるようになった.「がん患者の様々な病期に必要な緩和ケア介入を行う」という概念は,頭では理解できても,実際にどうしたら実質的な援助を行えるのか,そのために今後どのような対策が必要なのか,現場では毎日の試行錯誤の中で,個々の患者への介入を行っている.緩和ケアにおけるリハビリテーション(以下,リハビリ)の応用は,まだ新しい発展途上の分野である.本稿では,筆者らが勤務する亀田総合病院の緩和ケアチームにおける,がん・緩和ケア患者へのリハビリの実施状況を紹介し,現状における問題点,今後の課題について述べる.

がん患者は理学療法を必要としているのか?

著者: 高田由香

ページ範囲:P.941 - P.944

はじめに

 近年,がんの罹患率は3人に1人といわれているが,いまだに多くの人が「死と向き合う病気」というイメージを抱いている.ましてや告知を受けた患者・家族は,必ずといってよいほど「死」を意識したという.当事者にとって「告知」を乗り越えるということは,「死」のイメージを払拭し,前に歩み始めることを意味しているのであろう.

 がんを取り巻く法的整備の推進力となり,一般の人々の認識を変えるきっかけとなったのは,2005年5月に大阪で行われた第1回「がん患者大集会」ではなかったかと思う.当事者の思いが行動となり,それが1つの声として集約されたことで,世論を動かし大きな流れを生むきっかけになった.

 2006年6月には「がん対策基本法」が制定され,2007年4月から施行された.また,2007年6月には「がん対策推進基本計画」が策定された.その中には取り組むべき施策の1つとして,「がん患者は病状の進行により,日常生活動作に次第に障害を来し,著しく生活の質が悪化するということがしばしば見られることから,療養生活の質の維持向上を目的として,運動機能の改善や生活機能の低下予防に資するよう,がん患者に対するリハビリテーション等について積極的に取り組んでいく」ことが挙げられている.

 本稿では,日々がん患者・家族の様々な相談に対応している立場から,リハビリテーション(以下,リハビリ),特に理学療法をがん患者・家族が必要としているのか,という観点で述べる.

がんの理学療法の現場から

1.終末期がん患者の在宅支援を経験して

著者: 滝川蓉子 ,   佐々木純

ページ範囲:P.945 - P.948

はじめに

 近年,一般のリハビリテーション(以下,リハビリ)の医療現場において,がんそのものの影響や外科的治療,化学療法,放射線治療などで身体障害を有する症例に対し,障害の軽減,運動機能低下,生活機能低下の予防や改善を目的としてリハビリが介入する機会が増えてきている1)

 当院においても,がん患者に対して,外科的治療における周術期に限らず,放射線治療や化学療法期間中の廃用予防,終末期の外泊・退院を目標とした日常生活動作練習など,すべての病期で幅広い対応が求められている.

 今回,胆囊がん術後,外来にて化学療法を施行していたが,症状緩和を目的に入院した患者を担当し,自宅復帰支援と退院後の自宅生活に継続して関わる機会を得た.本稿では,今回の経験を通して感じたがん患者に対する理学療法士の役割や理学療法の可能性について報告する.

2.リハビリテーションとしてのリンパ浮腫対応―今後の役割と課題

著者: 吉原広和

ページ範囲:P.949 - P.954

リンパ浮腫を取り巻く状況

 二次性リンパ浮腫とは,がんの手術後や放射線治療後に起こる,リンパ経路の障害や損傷,閉塞によりもたらされる浮腫のことである.適切な管理と予防を必要とし,進行・重症化すると自然治癒することはない,重篤ながん術後後遺症である(図1).古い統計ではあるが,厚生省(現厚生労働省)による1988年の実態調査では,リンパ浮腫の患者について2,300人程度と報告されている1,2).それ以後の公式な調査結果が存在しないため,現在の正確な患者数は把握されていないが,潜在的に10万人以上存在すると考えられている.また,北村3)による乳がん術後患者を対象とした2007年の調査では,術後の乳がん患者におけるリンパ浮腫の発生率は54%と報告しており,術後の対応が非常に重要であることを示唆している.

 リンパ浮腫に対する医療者側の認識が高まったきっかけは,2001年に浜松で行われた日本リンパ学会でのサテライトシンポジウムであり4),この後,セラピストの養成や各種講習会の開催,リンパ浮腫の啓発活動に拍車がかかったといえる.その後,今日までの7年間で,リンパ浮腫への対応は様々な職種によって取り組まれるようになってきたが,現在でも,全体的な評価を行える専門セラピストの総数はごくわずかであり,十分な治療環境が整った状態ではない.リンパ浮腫に関わる医療職種は様々であるが,なかでも病院内の取り組みにおける看護師の活躍が現在最も際立っている.

とびら

癒し系PTのひとり言

著者: 丹羽義明

ページ範囲:P.911 - P.911

 夜の帳が下りる頃,仕事を終えて家路を急ぐ.そんな時,ふと空を見上げることはないだろうか.私が勤務する病院は山の麓に位置し,まだまだ都会と比較すると空気は澄んでおり,星の観察にはもってこいである.

 宇宙は,沸騰したお湯の中の気泡のように,出現したり,消滅しているところに,ポロリと生まれ出てきたという.この時の宇宙のサイズは,非常に小さなものであったが,インフレーションと呼ばれる膨張によって一瞬のうちに広がり,その後,長い時間をかけて現在の宇宙へと変貌していったというわけである.遠くできらめく星の光は,広い宇宙空間を何年も旅をして私たちに輝きを届けてくれていると思うと,宇宙の神秘と壮大さに,ひと時ではあるが仕事の疲れが癒される思いとなる.

紹介

入院時訪問の必要性

著者: 大垣昌之

ページ範囲:P.955 - P.957

入院時訪問の目的と必要性

 理学療法士が入院患者宅を訪問する機会は,退院前に行う訪問指導が一般的である.退院前訪問指導は,手すりの設置や福祉用具導入など様々なことを検討し,在宅生活への準備を行う.しかし,その指導内容は退院後十分に活かされていないとの調査結果もある1).その理由として,理学療法士が,患者の退院後の生活を十分イメージできていないことも否めない.

 入院時訪問とは,入院時早期(入院後14日以内)より,患者宅を訪問することである.目的は,①発症(受傷)前の生活様式の確認,②住環境の評価が主となる.発症(受傷)前にどのような環境で生活していたかを評価することで,それをより個別的,具体的に理学療法プログラムに反映させるためである.

介護予防事業の教育的活用と地域貢献

著者: 滝本幸治 ,   宮本謙三 ,   竹林秀晃 ,   井上佳和 ,   宅間豊 ,   宮本祥子 ,   岡部孝生

ページ範囲:P.960 - P.961

はじめに

 土佐リハビリテーションカレッジ(以下,本校)の位置する高知県香南市は,人口約34,000人,高齢化率25.9%(2008年2月末時点)と高齢化の著しい町である.同市では,身近な地域で必要とされるサービスを住民に提供する地域密着型の支援システム作りを行っている.その一環として,2002年度から県のモデル事業(当初)として高齢者健診および介護予防を目的とした運動教室に取り組んでいる1,2).本校では2004年度より,学生教育と地域貢献の観点から,これらの事業を積極的に支援している.本稿では2004年度以降,本校が取り組んできた高齢者健診および運動教室の概要について触れ,教育的活用と地域貢献について述べる.

1ページ講座 理学療法関連用語~正しい意味がわかりますか?

行動分析

著者: 山﨑裕司

ページ範囲:P.959 - P.959

 行動分析(behavior analysis)とは,Skinner BFが体系化した行動と心理に関する学問である.この学問では,個人と周囲の環境との相互作用の分析を徹底させることで,行動の法則性とその可変的な部分を見出していく.例えば,歩行練習を拒む対象者がいたとしよう.強く勧めると感情的な反発が生じてしまう.通常このような時,私たちは対象者の意欲のなさや,感情的な反発が原因で歩行練習の拒否という結果を生じさせていると考える.行動分析では,練習場面で嫌な刺激が多すぎることや治療の見通しのなさが“原因”で,「歩行練習の拒否」や「感情的な反発」が“結果”であると考える.すなわち,心の働きを,個人と環境との相互作用がスムースに進まないために生じる結果として捉え,行動上の問題に対しては,心の中にアプローチしない.

 行動は,周りの環境や身体内の刺激を手がかりとして引き起こされる.「行動」よりも時間的に先立って存在し,行動を引き出すきっかけとなる刺激を「先行刺激」という.私たちが行動を起こすと,環境から何らかの応答がある.その応答は,周囲の環境の変化として得られる場合も,自分自身の体で体感する場合もある.この環境から与えられる応答を「後続刺激」という.行動分析では,先行刺激がどのような行動を引き起こしているか,行動に対して環境からどのような応答があったか,その結果,行動は増えたのか減ったのかを詳しく分析することによって原因を明らかにしていく.例えば,歩行練習によって歩行が安定し,練習の頻度が上がった場合,行動(歩行練習)は強化されたといい,その後続刺激のことを「強化刺激」と呼ぶ.逆に,練習によって疲労感や関節痛が生じ,頻度が落ちた場合,行動は弱化されたといい,その後続刺激のことを「嫌悪刺激」と呼ぶ.また,歩行練習を行っても歩行能力の改善が得られず練習頻度が徐々に下がった場合,行動は「消去」されたという.

全国勉強会紹介

下関理学療法研究会

著者: 道祖悟史

ページ範囲:P.962 - P.962

活動について
①目的

 下関市とその近郊で働く理学療法士の交流を促進し,各人が持つ知識・技術を持ち寄って共有していくことを目的としています.

入門講座 感染・2

理学療法士が知っておくべき感染知識―理学療法編―

著者: 新井保久

ページ範囲:P.963 - P.969

Q1.リハビリテーション室内の機器は感染の橋渡しとなりうるか?

A.機器による感染リスクは低いが,感染源,感染経路対策は必要である.

 理学療法で用いることの多い機器・器具は,次の4群に分けることができます(図).

A群:治療台や斜面台など(主に患者さんの身体が接する機器)

B群:平行棒や自転車エルゴメーターなど(患者さんの手や身体の一部が接する機器)

C群:砂のうや鉄アレイ,T字杖など(患者さんが持ったり身体に接する器具)

D群:ホットパック機器や低周波機器など(間接的に接する機器)

講座 「認知」の最前線・3

認知症に対するリハビリテーションの最前線

著者: 山口晴保 ,   山上徹也

ページ範囲:P.971 - P.978

はじめに

 認知症は,「脳の器質性疾患に基づく認知機能低下により,(社会的)生活が営めなくなった状態」と定義される.本稿では,認知症のメカニズムや治療方法全般に対する最近の考え方を紹介したうえで,認知機能ではなく認知症の人の生活力やQOLの向上をめざした脳活性化リハビリテーション(以下,リハ),すなわちInternational Classification of Functioing, Disability and Health(ICF)の視点からのアプローチ1)について述べる.

 認知症の人の抱える困難は,認知障害を基にした生活困難であり,正にリハが得意とする分野である.近年,認知症の病態を理解し,認知症の人の心に寄り添うリハのニーズが高まっている.

臨床実習サブノート 知っておきたい理学療法評価のポイント・5

大腿骨頸部・転子部骨折患者を担当した時

著者: 鎌谷秀文

ページ範囲:P.979 - P.990

はじめに

 転倒による骨折は,脳卒中とともに高齢者の要介護主要原因の1つに数えられ1),リハビリテーション(以下,リハ)が円滑に進まない場合は,日常生活動作(activities of daily living;以下,ADL)を著しく制限して生活の質(quality of life;以下,QOL)を低下させることになる.

 わが国の人口は2006年をピークに自然減が始まっているが,高齢化率は今後高まり,65歳以上の人口割合は2050年には現在の2倍近い約36%にも達すると推計されている2,3).また,高齢になるほど要介護者に占める転倒骨折者の割合は増え4),四肢骨折のうち大腿骨頸部・転子部骨折において,特に女性の発生率上昇傾向がみられる5).大腿骨頸部・転子部骨折の年間推計発生率は,1987~2002年の15年間で約2.2倍に増加しており6),歯止めがかかっていない.今後は理学療法士も治療に関する知識や技術だけでなく,疫学,転倒予防に関する理解を深めておくことが求められる.

 本稿では,学生が臨床実習に出向いて,大腿骨頸部・転子部骨折(大腿骨近位部骨折)の評価を行う際に必要不可欠な,臨床治療における思考や場面のポイントを示した.それによって,評価と治療が表裏一体のものであることが理解でき,学内で学習した評価技術や知識を具体的に組み立て実施できるような内容・構成とした.

 なお,大腿骨頸部・転子部骨折(大腿骨近位部骨折)の呼称表記は,大腿骨頸部/転子部骨折診療ガイドライン7)の表記に従った.

書評

―伊藤俊一,鶴見隆正(責任編集)―「理学療法MOOK 14腰痛の理学療法」

著者: 木村貞治

ページ範囲:P.992 - P.992

 わが国の理学療法の歴史は,まだ40年を少し過ぎたところであり,これまでの治療体系の多くは,病態生理学的な知見や経験則を基盤として構築されてきた傾向にあると言える.

 しかし,1990年代からの「根拠に基づく医療(Evidence-based Medicine, EBM)」の潮流により,従来の経験則基盤型の臨床判断だけではなく,質の高い臨床研究の検証結果であるエビデンス,臨床家の臨床能力,そして,患者の価値観や意向を考慮した患者中心型で科学的な臨床判断にパラダイムシフトすることの重要性が提言されてきた.

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文献抄録

ページ範囲:P.994 - P.995

編集後記

著者: 永冨史子

ページ範囲:P.1000 - P.1000

 「リハビリをしましょう」と医師から促される時,また,「担当理学療法士です」とわれわれから自己紹介を受ける時,対象者は一般的に「リハビリで治してもらえる,ありがたい」,「よくなるためにがんばろう」,「痛いかなあ,つらいかなあ」などと感じているようだ.臨床で出会う対象者の表情や受け答えからの印象である.

 さて,本号の特集は「がん治療」である.がんは現在,日本人の死亡原因の第1位でありながら,本邦では理学療法の主たる対象疾患ではない.それはなぜだろうか.様々な理由があるだろうが,先に書いた一般的なリハビリへの期待・イメージと合わない疾患,という理由も含まれないだろうか.また,これは処方する医師を含め,われわれ医療職側にも根強く残っているイメージではないだろうか.

基本情報

理学療法ジャーナル

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1359

印刷版ISSN 0915-0552

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