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雑誌目次

雑誌文献

理学療法ジャーナル47巻2号

2013年02月発行

雑誌目次

特集 心理・精神領域の理学療法

EOI(essences of the issue)

ページ範囲:P.95 - P.95

 2011年にアムステルダムで開催されたWCPT(the World Confederation for Pysical Therapy)にて,subgroupとして「心理・精神」領域が認められ,現在39か国の参加を得ているという.わが国においても従来の精神科領域での理学療法に加え,メンタルヘルス領域へと対象の拡がりを見せている.しかし多くの現場では,この領域においてどのような知識と技術が重要なのか,あるいはどのような教育が必要なのか,必ずしも十分明らかではない.そこで本特集では,「心理・精神領域の理学療法」の現状と課題,展望について今後の礎となるよう,それぞれの立場から解説していただいた.

心理・精神領域の理学療法の現状と課題

著者: 渡辺俊之

ページ範囲:P.97 - P.102

はじめに

 筆者が理学療法士と出会ったのは,身体的リハビリテーション医療スタッフへのコンサルテーション・リエゾン活動においてである.研修医だった時代から数えると,もう30年近く前になる.あのころ,理学療法と精神障害者との接点はほとんど見受けられなかった.当時の精神科医の認識は,理学療法はあくまで身体障害者への治療という位置づけであり,理学療法士も精神科病院に入院する患者にはほとんど関心がなかった.

 毎年3万件を超える自殺が社会的問題になっているが,未遂に終わった自殺企図者の多くは,骨折,火傷,切断などに対する身体的リハビリテーションを受けることになる.

 筆者が10年前に本論と同様の内容で執筆依頼を受けたとき1)には,理学療法士の対応はこうした自殺企図患者への対応が主であり,彼らは総合病院や大学病院でトレーニングを提供していた.ところが最近では理学療法士を取り巻く状況が変化した.インターネット上で理学療法士を求人している精神科病院を検索したところ1,565件(求人サイトGuppyで検索,2012年12月12日現在)と多い.こうした理学療法士求人増加の背景には,入院患者の高齢化や認知症病棟の併設が影響していると思われる.長期入院している精神科患者には,肥満,廃用,転倒による骨折,糖尿病などの合併も多い.精神科医療においても質の向上のために,患者へのより細やかな身体的ケアが考えられるようになった.こうした患者への理学療法のニーズが急速に高まったのであろう.本稿では心理・精神領域の理学療法の現状と課題について述べる.

精神科疾患と理学療法

著者: 上薗紗映

ページ範囲:P.103 - P.108

精神科患者を取り巻く現状

 精神科患者は増加の一途をたどっていると言われており,病床数は2010年度で日本全病床数1,593,354床のうち,346,715床(約21.8%)を占めている1).また,近年の自殺者数の増加も社会問題として認知されており,自殺防止対策も含めて精神科医療の担う役割は大きい.大高ら2)は,自殺未遂患者の75%は精神疾患を有してと報告しており,身体障害を抱える精神科患者も多いと思われる.しかし,こういった患者は,救命救急センターや整形外科病棟など一般病床での継続フォローが難しい面も多い.一方で,精神科病床では重症度の高い身体合併症に対する濃厚なリハビリテーションの実施が難しいことが多く,精神疾患をもつ患者の身体合併症治療に取り組むことさえ困難な現状がある.

 さらに,厚生労働省が2011年10月14日に公表した資料3)によると,全体の平均在院日数が32.5日であるのに対し,精神科病床の平均在院日数は335.4日と長期にわたっている.特に,単科の精神科病院では長期入院患者を多く抱え,その高齢化による身体合併症の問題が深刻化しているとされる.長期入院患者や罹患期間の長い患者は自己管理の不十分さから生活習慣病を併発することも多い.そうした内科疾患だけでなく,脳血管疾患,骨折をはじめとした整形外科疾患など,対象となる領域も多岐にわたる.

身体精神合併症例の理学療法

著者: 仙波浩幸

ページ範囲:P.109 - P.117

精神科理学療法の現状

 精神科病院に勤務する理学療法士は,日本理学療法士協会会員調査で常勤66名22施設1),医療施設(動態)調査・病院報告で常勤換算156.7名となっている2).理学療法を実施している精神科病院は少なく,非常勤のスタッフに頼らざるを得ない少人数職場である.精神科病院は,一般科病院・病棟よりも施設基準や診療報酬は低い基準に据え置かれ,理学療法士以外のスタッフが運動療法を担う職場もあり,人手不足,物品不足で決して満足のいく職場環境ではない.患者の精神心理症状を深く理解し,丁寧な対応が求められる,きわめて人間性が問われる職場でもある.

 精神科病院における理学療法の臨床は,高所からの飛び降り,鉄道への飛び込みなどシビアな受傷機転により多発骨折,脊髄損傷,下肢切断を呈した若年患者や,精神科に長年入院し大腿骨頸部骨折や変形性関節症,脳血管障害を発症した高齢患者などを対象としている.統合失調症や気分障害の精神疾患を併存し,精神科,一般科を問わず多様な疾患の合併,重複障害を有している.精神科病院に勤務する理学療法士は,重篤な身体障害と精神障害の両方に配慮した難しい症例を多く担当している.患者の精神心理症状に振り回され,EBM(evidence based medicine)ないしEBPT(evidence based physical therapy)とはほど遠い業務と感じながらも,関連文献を通読し,職場内外の研修等に参加しながら自己研鑽を積み,臨床に取り組んでいる.

脳卒中症例のストレスコーピングと理学療法

著者: 齋藤圭介 ,   香川幸次郎

ページ範囲:P.118 - P.128

はじめに

 脳卒中は,運動障害や精神症状など重篤な後遺症を引き起こすことが多く,リハビリテーション医療において最も精力的に取り組まれてきた疾患である.脳卒中症例に対するリハビリテーションでは,身体機能や日常生活活動(activities of daily living:ADL)の自立に主眼が置かれてきた.しかし,1980年代を境にADL自立を中心とした考え方から,生活の質(quality of life:QOL)向上へと支援目標は転換し,心理的側面をも含めた支援が求められるようになった.そして今日では,急性期・回復期の入院リハビリテーションはもちろん,地域を舞台にした慢性期以降の生活期の介入が重視されるようになり,障害を抱えながら生活者として日々の生活を送る脳卒中症例の心理的側面に対する支援ニーズは,ますます高まりをみせている.

 脳卒中症例の心理的側面については,精神的健康度,特に抑うつ状態に関する研究が数多く取り組まれてきた.抑うつ状態は,脳卒中において高い発現率を示すことが指摘され,脳の障害に起因するpoststroke depression(以下,PTD)1)や,障害受容2)との関連から説明されてきた.しかし近年では,障害に起因したストレスによる心理的反応として抑うつ状態を呈すると考えられており,その現象を説明する理論としてLazarusら3)の「ストレス認知理論」が挙げられる.本理論に基づき脳卒中症例の心理的プロセスを説明すると,障害は個人の認知的評価を経てストレスとなり,そのストレス反応として抑うつ状態に陥ること.そして,この過程においてストレスを緩衝する「ストレスコーピング」がストレス反応の個人差を生み出すものとして,心理的プロセスを明確に整理することが可能である.本理論は,今日のあらゆる分野のストレスマネジメントに応用されており4),対象者の理解や理学療法の実践に広く普及していくことが期待される.

 本稿では,脳卒中症例に対する心理的側面を考慮した理学療法を展開するうえで有益な理論であるストレスコーピングについて,基本的概念と先行研究の動向を紹介するとともに,理学療法への応用可能性について解説する.

心理・精神領域の理学療法教育

著者: 富樫誠二

ページ範囲:P.129 - P.135

はじめに

 「理学療法士及び作業療法士法」では,理学療法士は,身体に障害のある者を対象に理学療法を行うとあるが,身体だけをみてきたわけではない.理学療法士は従来,身体に障害のある患者をこころと身体の両面からとらえ,こころの面においては,心理的対応を行ってきた.理学療法は患者のこころと身体を対象とした治療体系である.

 筆者は臨床に携るなかで,脳卒中片麻痺,脊髄損傷,小脳失調症などの身体障害に対する運動療法と同時に患者への心理的対応を行ってきた1).さらに,それらの疾患に随伴する精神症状を経験した.例えば脳卒中に伴ううつ状態やせん妄,感情失禁,易怒性などである.疾患や障害と向き合うなかで,治療の基本となる患者と治療者関係,やる気などの感情,行動に興味をもって心理学の理論や手法,あるいは行動科学をベースに心理学的理学療法を名づけて取り組んできた2,3)

 しかし,理学療法における心理領域は間口が広く,なかなか焦点を合わせにくい分野である.精神領域については歴史のある精神科作業療法に比してエビデンスを構築する機会も少なく,これからの分野である.振り返ってみると,今まで系統立った心理・精神領域の理学療法教育は行われていないのが現状と言えるだろう.そういった状況のなかであるが,日本理学療法士協会に設立された心理・精神理学療法部門は,世界理学療法連盟(World Confederation for Physical Therapy:WCPT)のサブグループの一員として一歩を踏み出した.

 そこで,本稿ではまず心理・精神領域について述べ,次に理学療法において心理・精神的対応が求められている場合を概観する.次に,心理・精神領域の理学療法教育において基本的に必ず学ばなければならないことについて説明する.さらに心理・精神領域における理学療法を教育するためのカリキュラムについて述べる.

とびら

環境を観る目を養う

著者: 北出貴則

ページ範囲:P.93 - P.93

 私が理学療法士になったのは,母親の影響が大きい.母親は戦前生まれの肢体障害者(下肢障害)である.そのため,母親の友人,知人には障害者が多い.先天性の障害,切断者,心身障害者,戦傷者などで,杖歩行可能から車いす生活者,ベッド生活者もいた.私は幼少時より母親の友人たちに囲まれて育ったため,障害者を障害者として意識することはなかった.思春期では,多感なためか,障害者を避けようとしていた時期もあったが,結局,理学療法士となって20数年間,仕事で向き合っているのは障害者や病人である.

 私は,理学療法士という職業に就いてよかったと思うことがある.それは,“環境を観る目”を養えたことである.私の目が姿勢・動作分析に長けているとか,他の理学療法士より勝っているというわけではない.“環境を観る目”とは,物的な構造や空間など,物理的環境が人の活動にどう影響しているのかを観察する視点である.私の母親や障害者の友人は,杖や車いすで生活し,また住宅も生活しやすい環境整備が行われており,そのような環境で育ってきた私は,“環境を観る目”が自然と身についたのかもしれない.

入門講座 統計学入門・2

2群の比較

著者: 松葉潤治

ページ範囲:P.137 - P.144

はじめに

 統計学においてデータをとるのは,未知であるものに対し,何らかの知見(推論)を得たいからです.つまり,統計学の背景には常に未知なものが存在しているということになります.取られたデータの背景に母集団を想定し,データは母集団から無作為(ランダム)に抽出された標本だと考えるわけです.そして,データ(母集団の一部)から母集団全体の様子を推定することになります(図1).

 例えば,2つの筋力トレーニング法に筋力増強効果の差があるかという2群の比較をしたいとします.両群の比較のために両者の差を調べる統計学的検定を行います.このとき,データそのものを比較しているわけではなく,その背景にある母集団の様子を推定して比較をしていることになります.

 本稿では,可能な限りわかりやすく書くことを心がけました.そのため,厳密には不正確な表現となっている部分があることをあらかじめお断りします.

プラクティカル・メモ

起立・歩行練習用組立式膝装具の考案

著者: 東未都美 ,   平山史朗 ,   島袋公史 ,   渡邉英夫

ページ範囲:P.146 - P.147

1.はじめに

 起立・歩行練習を行う際,膝関節に問題のある症例に対して膝装具を使用することがある.また病態の変化に応じて膝装具に調節が必要な場合も多い.今回,われわれは,早期の起立・歩行練習の際に理学療法室に常備しておくと有用な組立式膝装具を考案したので紹介する.

1ページ講座 医療器具を知る

中心静脈カテーテル

著者: 嶋先晃 ,   水上由紀

ページ範囲:P.148 - P.148

●中心静脈カテーテルとは?

 中心静脈カテーテル(CVC:central venous catheter)は,中心静脈に留置する専用のカテーテルである.中心静脈は体内で最も太く血液量の多い静脈で,高濃度の薬剤や高カロリーの輸液を安定的・継続的に投与するのに適している.また,カテーテルを通じ中心静脈圧(central venous pressure:CVP)を測定することで,循環血液量や前負荷の把握に役立つ.日本では中心静脈栄養法をIVH(intravenous hyperalimentation)と表現することもあるが,海外ではTPN(total parenteral nutrition)が一般的な呼称である.

理学療法関連用語~正しい意味がわかりますか?

Frenchay Activities Index

著者: 今美香

ページ範囲:P.149 - P.149

●Frenchay Activities Index

 Frenchay Activities Index(FAI)とは,応用的activities of daily living(ADL)(手段的ADL,生活関連動作)評価法の一つであり,1983年,Holbrookらによって考案された1).FAIでは,日常生活における応用的な活動や社会生活における活動の中から15項目(食事の用意,食事の後片付け,洗濯,掃除や整頓,力仕事,買い物,外出,屋外歩行,趣味,交通手段の利用,旅行,庭仕事,家や車の手入れ,読書,勤労)が評価対象となっている.FAI原法は面接調査であり,面接者は3か月間または6か月間の活動頻度に応じてそれぞれの項目を0~3点に評価する.評価値の合計点は,0(非活動的)~45(活動的)の範囲にある.採点も簡便であり,日本国内においても評価法としての信頼性・妥当性が確認されている.Wadeら2)は,FAIは基本的なADLではなく,より高いレベルの自立度の評価,換言すれば“社会的生存”を反映する評価表であると述べている.

あんてな

幻聴妄想かるた―精神科リハビリテーションの入り口での出合い

著者: 穴水幸子

ページ範囲:P.150 - P.152

統合失調症患者の複雑かつ多様な世界をどのように伝えるか

 栃木の国際医療福祉大学に赴任し,1年半が過ぎた.本学は理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,視機能矯正士などの医療専門職をめざす若い学生が多く学んでいる.現在筆者は「精神医学」「児童精神医学」「神経心理学概論」等の講義をしている.臨床医療においては上記のテーマを実践し,時には学術的に議論してきたつもりであったが,医療職をめざす学生を対象にして特に「精神医学」を一連の講義のなかで伝えていくことはひどく難しいと当初感じていた.

 例えば,統合失調症や気分障害などの内因性精神障害と器質性精神障害の差異は,画像診断を提示し症候学的に説明していくことができる.ストレスや環境変化によって生じる心因性精神障害については,精神分析家の膨大な思索を引用しつつ,近年のICD-10(International Classification of Disease;国際疾病分類)やDSM-Ⅳ-TR(The Diagnostic and Statifical Manual of Mental Disorders;精神障害の分類と診断の手引き)によるカテゴリー分類にも触れて障害のさらに細分化された特徴を語ることができる.しかし,「いちばん重要なことが伝えにくい!」.それは統合失調症の症状の理解と精神科リハビリテーションへの動機づけである.統合失調症に薬物療法が大切なことは言うまでもない.しかし,臨床現場では,薬物療法だけを行っていれば統合失調症がよくなっていくわけではない.非薬物療法(精神療法,心理介入,認知行動療法,家族教育,デイケア)をどう組み合わせいくか? その点に精神科医と医療スタッフの手腕が発揮される.同じ統合失調症の治療であっても,入院治療と外来治療ではそもそも治療構造が異なる.急性期治療と慢性期治療では,立ち現われてくる症状そのものにも違いがある.そもそも,現実に目の前の患者さんがいない状況で,医療の世界を学ぼうとする学生に統合失調症患者さんの複雑かつ多様な世界をどのように伝えればよいのだろうか?

講座 運動連鎖・2

アキレス腱炎,足底筋膜炎から見た歩行の運動連鎖

著者: 近藤崇史

ページ範囲:P.153 - P.159

足部と歩行に関するバイオメカニクス的研究

 光学的な手法を用いた生体による運動解析では,被験者に配置された皮膚上マーカーの空間座標上の位置座標から計算により身体の動きの分析を行う.この手法の長所として,低侵襲にダイナミックな動作計測が可能であることなどが挙げられる.足部に関する研究も散見され1~3),下腿・後足部・前足部・足趾などが運動のつながり(運動連鎖)として確認できるようになったようにもみえる.しかし,骨運動が少なく,複雑な足部内の関節運動を皮膚上マーカーによりとらえることの限界も指摘されており4),計測技術が詳細を十分にとらえる状況には到達していない.近年,足部内運動の解析方法として生体に直接ピンを挿入し動作を行う方法5,6)や,fluoroscopyに代表される直視下に足部内の骨運動をとらえる研究7,8)が行われており,動作時の足部内運動の理解がさらに進むことが期待される.

 理学療法の臨床場面では,歩行時の足底筋膜の痛みであっても,立脚初期に後足部(踵骨隆起の内側突起)に痛みを訴えるケースや立脚後期に前足部(第1趾の基節骨,底側靱帯)に痛みを訴えるケースなどが存在する.痛みを訴える箇所や動作のタイミングもさまざまななかで,症例のメカニカルストレスを解釈し,治療を行っている.光学的な手法などではみることのできていない(追いついていない)領域であっても,知識・経験に培われた臨床家の技術やアイディアが疼痛軽減,パフォーマンス向上などの結果へと導いている.そこで今回は,臨床的な考え方と光学的な手法による科学的なデータを合わせた解釈を通じて,「アキレス腱炎,足底筋膜炎から見た歩行の運動連鎖」をテーマに考えたい.

臨床実習サブノート 基本動作の評価からプログラムを立案する・11

切断者の基本動作の評価からプログラムを立案する―大腿切断者を例に

著者: 石垣栄司

ページ範囲:P.160 - P.166

はじめに

 義足装着適応となる下肢切断者のリハビリテーションにおいて,理学療法士は義足非装着時の基本動作やADL(activities of daily living:日常生活動作),義足装着時の基本動作やADLを評価し,その能力を向上させるプログラムを立案しなければならない.われわれ理学療法士は,基本動作における評価やプログラム立案を行う際には,以下の3点について十分理解しておく必要がある.

 1)義足非装着時の起き上がりでは,切断した下肢の重量がないことで不安定になりやすく,上肢や体幹に頼るところが多くなること.

 2)立ち上がりでは,1)と同様不安定になりやすく,非切断下肢や上肢に頼りがちになること.

 3)義足は筋や神経が存在しない機械であるので,十分な練習なしには健常者の下肢のように思いどおりにはコントロールできないこと.

 本稿では大腿切断者を例に,起き上がり,立ち上がり(坐り),歩行の特徴と,これらの評価から運動療法や動作指導のプログラムについて解説する.

理学療法臨床のコツ・34

片麻痺の歩行練習のコツ―運動力学の視点から

著者: 溝部朋文

ページ範囲:P.168 - P.172

はじめに

 歩行において必ず左右の重心移動を伴うことは周知である.力学的にみると,それを達成するには立脚側から反対側へ重心を「押し返す」という力が不可欠である.歩行中は,「立脚側へ重心移動→足底から重心を遊脚側へ押し返す→反対側の立脚」ということを絶えず繰り返し,重心移動を行っている.このとき押し返す力になっているのが,身体が足底面を通じて床に及ぼす力に対する反作用,つまり床反力である.

 健常者は,足底面を通じて身体から床面へ自由に力を伝え,その反作用である床反力により,立脚側から遊脚側へ重心をスムーズに押し返すことが両側共に可能である.

 一方,片麻痺者の場合,麻痺肢の筋力が低下しており,自由にコントロールすることも難しいため,麻痺側の足底面を通じて床面へ力を伝えることが難しくなっている.そのため,その反作用である床反力が得られにくく,麻痺側に移った重心を非麻痺側に戻すこと,つまり「麻痺側から押し返す」ことをスムーズにできなくなっている.そのことが,左右への重心移動を困難にし,結果として歩行能力の低下につながっていることが多い.

 逆に言えば,片麻痺者の歩行能力改善のポイントの1つは「麻痺側の足底面から,重心を非麻痺側に押し返す」ことであると考えられる.実際に臨床では,そのような感覚を患者自身がつかめたときには,安定性やリズム・麻痺側のトゥクリアランスなどに改善がみられることを多く経験する.では実際に,片麻痺者が「麻痺側から押し返す」という感覚をつかむには,どのようにしたらよいだろうか.

 「麻痺側から押し返す」ために前提となる条件は,「麻痺側の足部に荷重している」ということであり,当然ながら荷重していない状態から押し返すことは困難である.したがって,最初に得たいのは「麻痺側に荷重している(=麻痺側足底から床反力を受けている)」感覚である.問題は,力の弱い麻痺側に対しどう荷重するのか,ということである.ここで提案したいのは,「わずかな麻痺側の筋力で,足部には多く荷重している」という状態である.このことを関節モーメントという視点から説明していくのが本稿の主旨である.本稿では,「麻痺側から押し返す」ということを前額面上で考え,その制御にとりわけ重要な股関節について考えていきたい.

書評

―ダグ・ヴォイチェサック,ジェームズ・W・サクストン,マギー・M・フィンケルスティーン(著)/前田正一(監訳)/児玉 聡,高島響子(翻訳)―「ソーリー・ワークス!―医療紛争をなくすための共感の表明・情報開示・謝罪プログラム」

著者: 田中まゆみ

ページ範囲:P.174 - P.174

 2012年10月に日本脳炎予防接種後の急死例が大々的に報道された.このケースでもそうだが,医療事故には複雑な要因がからんでおり,過誤の有無,過誤が悪い結果(死亡・後遺症など)の唯一の原因であったのかなど,すぐには結論が出ないことが多い.しかし,被害者にとっては「予期しない悪い結果」の原因は人為をまず疑うのは当然であろう.もし初期対応が不適切であると,加害者vs. 被害者の対立構図が生じ,訴訟に至ってしまう.しかし,医療訴訟に勝者はいない.信頼を裏切られた患者家族だけでなく,疑われたうえ「訴訟中は何もしゃべるな」と厳命される医療者もまた苦しむ.司法解剖がされたとしてもその結果は遺族にも医療者にも知らされることはないので,再発防止にも役立たない.最終的には医学的に医療過誤とは言えないという結論で終わることも多いが,それを「医療とはもともと不確実で未熟なものであり,司法でそれを裁くには限界がある」というふうにではなく,「医療訴訟では患者側が勝つことは難しい」というように受け止められてしまう.

 医療訴訟では被害者も加害者も救われない,というのなら,それに代わる医療事故の良い解決方法はないのだろうか.本書は,医療者がすぐにも実行できるいくつかの重要な提案をしている.まず,医療行為が悪い結果に終わった場合は,何をおいても,医療者側は共感のこもった遺憾の念を心から表明すべきだということ.とにかく「残念な結果に終わった」事実を認め,無念さを遺族と共有する場を持つ.次に,真実の解明のためにすべての情報を公開すること.真っ先に「ソーリー(本書での和訳は『すみません』)」と言うのは,遺族と医療者が共に死者を悼んでおり,対立しているのではないことを示すのに非常に有効だ,と著者は言う.積極的で完全な情報公開も,医療者側も同じように原因究明・再発防止を願っていることの確認になる.対立する必要はまったくないのである.

―大磯義一郎,加治一毅,山田奈美恵(著)―「医療法学入門」

著者: 渋谷健司

ページ範囲:P.175 - P.175

 昨今,医療訴訟や紛争のニュースを目にしない日はない.しかし,多くの医療従事者はそれらを人ごとだと思っているのではないか.実際,「法学」と聞くと,たちどころに拒否反応を起こす医療従事者も少なくないだろう.われわれは,ジョージ・クルーニー扮するTVドラマ「ER」の小児科医ダグ・ロスのように,「目の前の患者を救うためには法律など知ったことではない」というアウトロー的な行動に喝采を送る.医療訴訟,そして,弁護士と聞くと,常に前例や判例を持ち出す理屈屋,医療過誤でもうける悪徳野郎といったイメージが浮かぶ.医師兼弁護士などは資格試験オタクだ.しかし,この『医療法学入門』は,法学に対するそうした浅薄な先入観をいとも簡単に裏切ってくれる.

 医師であり,弁護士でもある著者らの医療従事者へのまなざしは,寄り添うように温かい.本書は,よくある判例の羅列や味気ない法律の条文の解説ではない.各章が明快なメッセージで統一されて書かれているので,上質のエッセイを読むかのごとくページが進む.序文にある著者らの決意表明が心地よい.増え続ける司法の介入に対して,「何よりも問題なのは,医学・医療の知識もなく,医療現場に対し何等の責任もとらない刑法学者等が空理空論で“正義”を振りかざしたこと」であり,「医療を扱う法学は実学でなければ」ならず,「医療を行う医師,医療を受ける患者という生身の人間から離れず,多数の制限下において現実に行われている医療現場から規範を形成する『医療法学』こそが必要」だと説く.

お知らせ

第25回日本ハンドセラピィ学会/第12回滋慶リハビリテーション学術研修会

ページ範囲:P.128 - P.128

第25回日本ハンドセラピィ学会

日 時:2013年4月20日(土)(学術集会),21日(日)(ポストミーティングセミナー)

場 所:神戸国際会議場(メインホール)(神戸市中央区港島中町6-9-1)

「作業療法ジャーナル」のお知らせ

ページ範囲:P.166 - P.166

文献抄録

ページ範囲:P.176 - P.177

編集後記

著者: 網本和

ページ範囲:P.180 - P.180

 大学教員をしていると,例年1月ほどせわしなく過ぎる月はありません.師走というように確かに12月もあわただしいのですが,1月は卒論,学位論文審査,センター試験など行事が目白押しで,じっくり考えている時間はないといってよいほどです.さらに最終学年の学生にとっては国家試験勉強の追い込み時期でもあり,普段閑散としている図書館がこの時期からにわかに活気づくのです.理学療法士国家試験で,学生にとって最もなじみの薄い分野といえば「心理・精神」領域と言えるでしょう.もちろんカリキュラムには精神科学,臨床心理学は必修科目として配置されていますが,少なくとも臨床実習ではこの領域の症例を担当することなくここに至るわけです.

 本特集「心理・精神領域の理学療法」において,渡辺先生が冒頭部分で述べているように,30年前には「理学療法士は精神科に入院する患者にはほとんど関心がなかった」のが現実でした.しかし今日状況は変化し,精神科病院からの理学療法士への求人は1,500件を超えることが指摘されています.さらに精神と身体と環境は相互に影響し合い,理学療法の貢献によって精神科医は身体性という視点を取り戻し,精神科患者のQOL(quality of life)を高めることが可能であるばかりでなく,理学療法士は患者の心理を学ぶ意味を再認識すると述べています.本特集では,さらにこのような現況を踏まえて実際に理学療法士がどのようにかかわるのか,診療報酬・運営上の課題,身体精神合併症例への対応,脳卒中症例のストレスコーピングがそれぞれ第一線の著者によって論じられています.これに加え,富樫先生によれば,心理・精神領域の卒前・卒後の理学療法教育について「こころと身体」を診ることができることが目標として重要であり,心理・精神領域は理学療法学の枝葉ではなく根幹をなすものであるという指摘がなされており,編集子も同感です.だとすれば,国家試験前に一夜漬け的に再学習するだけでなく,継続的に卒後研修を含めた生涯学習プログラムを進める重要性を痛感します.

読者の声募集

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基本情報

理学療法ジャーナル

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1359

印刷版ISSN 0915-0552

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