文献詳細
文献概要
講座 運動連鎖・3
片麻痺者の体幹から見た歩行の運動連鎖
著者: 斎藤智雄1
所属機関: 1甲府城南病院リハビリテーション部
ページ範囲:P.241 - P.248
文献購入ページに移動はじめに
私たちは,生後から常に重力環境下で欲求を満たし,目的を果たすための動作・行為を行っている.たとえ目的は一つであっても,その目的を達成するために,ヒトは効率的かつ楽に動くためのさまざまな手段(戦略)を無意識下で選択している.その背景となるシステムについて,Shumway-Cookらは ① 目的(課題要素),② 重力や床面の状況などの環境的側面(環境要素),③ 個人の身体的特性(個別性)の3要素による姿勢制御システム(図1)を提唱している1).
座っている人が何らかの目的で移動していく際に,歩行という移動手段を用いる場合を考えてみると,座位から立ち上がり,二足立位でバランスを保ちながら,重心が前方に移動し,重心線が支持面から外れたところから一歩を踏み出し,連続的に歩行するといった活動のなかで,絶え間ない運動連鎖が身体内部で起こっている.また同時に,課題内容や環境の変化により,時間的・空間的な制約を受けたなかで,平衡を保ちながら動作を安定して遂行するために,体幹が果たす役割は大きいと言える.その役割のなかで重要となるのが,重力環境への適応性だと考える.系統発達から考えても,四足動物から二足で直立した姿勢を獲得したヒトでは,抗重力性を保つため,筋活動の変化が不可欠となった.運動を保障するための安定作用をもった体幹の背面深層の単関節筋がより発達している一方,大腿長は長くなっており,多関節筋もしくは,長い走行の筋はより長くなり効率的に動けるような構造に変化してきている2).ヒトは重力環境下で常に支持面からの反力情報を効率的に得て,体幹を選択的に伸展する機能が保障されていることで,より複雑な目的達成のため,両手を自由に使用できたり,コミュニケーションがとれたり,二本足で歩くという人間の三大機能を存分に使用することができるのである.
では,中枢神経疾患に伴う片麻痺者ではどうだろうか.重力と支持面との関係性のなかで,ヒト本来の機能をどのように使用しているか,もしくはどのように使用できていないのかを観察し,評価をしていく必要性がある.多くの片麻痺者で,体幹の抗重力性が乏しくなり,安定性を確保するために体幹は屈曲優位となりやすく,代償的に非麻痺側上下肢を使用し姿勢を保持しようとする場面を多く見ることがある.このため,座位から立ち上がり,歩行する場合において,立ち上がる前の段階で準備ができておらず,代償的で定型的な姿勢・運動パターンを用いてしまうため,非効率で危険を伴いながらの歩行を余儀なくされることが多い.
本稿では,座位や立位姿勢と歩行との関係性について,実際の症例を通して評価と治療の中で得られた見解を含め再考したい.
私たちは,生後から常に重力環境下で欲求を満たし,目的を果たすための動作・行為を行っている.たとえ目的は一つであっても,その目的を達成するために,ヒトは効率的かつ楽に動くためのさまざまな手段(戦略)を無意識下で選択している.その背景となるシステムについて,Shumway-Cookらは ① 目的(課題要素),② 重力や床面の状況などの環境的側面(環境要素),③ 個人の身体的特性(個別性)の3要素による姿勢制御システム(図1)を提唱している1).
座っている人が何らかの目的で移動していく際に,歩行という移動手段を用いる場合を考えてみると,座位から立ち上がり,二足立位でバランスを保ちながら,重心が前方に移動し,重心線が支持面から外れたところから一歩を踏み出し,連続的に歩行するといった活動のなかで,絶え間ない運動連鎖が身体内部で起こっている.また同時に,課題内容や環境の変化により,時間的・空間的な制約を受けたなかで,平衡を保ちながら動作を安定して遂行するために,体幹が果たす役割は大きいと言える.その役割のなかで重要となるのが,重力環境への適応性だと考える.系統発達から考えても,四足動物から二足で直立した姿勢を獲得したヒトでは,抗重力性を保つため,筋活動の変化が不可欠となった.運動を保障するための安定作用をもった体幹の背面深層の単関節筋がより発達している一方,大腿長は長くなっており,多関節筋もしくは,長い走行の筋はより長くなり効率的に動けるような構造に変化してきている2).ヒトは重力環境下で常に支持面からの反力情報を効率的に得て,体幹を選択的に伸展する機能が保障されていることで,より複雑な目的達成のため,両手を自由に使用できたり,コミュニケーションがとれたり,二本足で歩くという人間の三大機能を存分に使用することができるのである.
では,中枢神経疾患に伴う片麻痺者ではどうだろうか.重力と支持面との関係性のなかで,ヒト本来の機能をどのように使用しているか,もしくはどのように使用できていないのかを観察し,評価をしていく必要性がある.多くの片麻痺者で,体幹の抗重力性が乏しくなり,安定性を確保するために体幹は屈曲優位となりやすく,代償的に非麻痺側上下肢を使用し姿勢を保持しようとする場面を多く見ることがある.このため,座位から立ち上がり,歩行する場合において,立ち上がる前の段階で準備ができておらず,代償的で定型的な姿勢・運動パターンを用いてしまうため,非効率で危険を伴いながらの歩行を余儀なくされることが多い.
本稿では,座位や立位姿勢と歩行との関係性について,実際の症例を通して評価と治療の中で得られた見解を含め再考したい.
参考文献
1)Shumway-Cook A,他(著),田中 繁,他(監訳):モーターコントロール―運動制御の理論から臨床実践へ(原著第3版),医歯薬出版,2009
2)諸橋 勇:重力と課題志向型アプローチ.理学療法26:734-743,2009
3)大築立志,他(編著):姿勢の脳・神経科学,pp51-69,市村出版,2011
4)高草木薫,他(編著):シリーズ移動知 第2巻 身体適応―歩行運動の神経機構とシステムモデル,オーム社,2010
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