脳損傷例に対する認知行動療法
著者:
大嶋伸雄
,
中本久之
,
高山大輔
,
小原朋晃
,
下岡隆之
ページ範囲:P.1099 - P.1109
はじめに
脳損傷患者のリハビリテーションにおける課題の多くは運動機能主体の問題点に帰結しがちであるが,実際の臨床場面では意識レベルから知的水準,そして意欲につながる患者の認知機能全般の回復に成否がかかっている場合が多い1).患者は“経験のない新しい知覚・感覚と身体図式”を分析〜解釈しながら,麻痺や感覚障害を伴う“新しい身体”をコントロールし,“慣れているはずの動作”を遂行するという錯綜課題を,しかもまだ混乱した意識水準のなかで再構築しなければならない複合課題の状況下にあると言える.つまり,多重の障害を持つ身体を駆使して目標課題を遂行するため,同時に反作用としていくつかの“挫折感”や“自己効力感の低下”という負の連鎖が患者自身を追い詰める状況にあり,突然,感覚的に異常な世界の住人となった患者が安定した心理状態に至るまで,ある程度の時間とケアが必要になる2,3,4).
こうした患者心理は,表面的には仮面様顔貌のような反応でしか答えないため,なかなか読み取れないが,実際には多くの葛藤を抱えている2,3).その状態を放置したり,うつ症状を見逃したうえでさらに,トレーニング時に叱咤激励することなど常識ではあり得ないが,現実的にそうした状況がまったく把握されていない.また,患者—セラピスト間関係において,入院で“患者役割”に徹する患者と,患者心理をあまり考慮しない身体優先のトレーニング方法にもこうしたトラブルの原因があると思われる5,6).
本稿では,そうした脳卒中患者の心理と,これまでにそうした視点・観点を持ち得なかったセラピストの課題や問題点に焦点をあて,認知行動療法(cognitive behavioral therapy:CBT)を応用した新しい患者—セラピスト間関係とそのトレーニング方法について言及したい.
なお本稿では,アプローチの方法が若干異なる外傷性脳損傷については省略し,脳卒中患者に対するCBTアプローチを主体に構成した.