文献詳細
文献概要
特集 障害者権利条約の実現と理学療法
行政からみた障害者制度と理学療法
著者: 髙木憲司1
所属機関: 1和洋女子大学家政福祉学類
ページ範囲:P.117 - P.123
文献購入ページに移動はじめに
筆者が障害福祉分野に携わるようになったのは,1987年4月に国立別府重度障害者センター(以下,別府センター)に勤務したときからである.別府センターは,当時の法的位置づけでは国立の重度身体障害者更生援護施設であり,主に頸髄損傷者のリハビリテーションを行う入所施設であった.医療機関に就職する同級生がほとんどであり,福祉施設に勤務する数少ない理学療法士の一人であったが,医療機関でのリハビリテーションを終えた方の最後の仕上げを行い社会に送り出す仕事にやりがいを感じていた.
2005年3月までの18年間,別府センターの理学療法士として,機能回復のための支援やスポーツ指導,車椅子や住宅をはじめとした環境調整等を,作業療法士等の関連職種とともに行ってきたが,その年の4月から,障害者の補装具等を担当する福祉用具専門官として厚生労働省に異動することとなった.2010年4月からは,障害福祉サービスを担当する障害福祉専門官となり,2013年4月から訪問系サービスを担当する障害福祉課の課長補佐も兼務することとなった.現職は2014年4月からである.
振り返れば,障害福祉施策に27年間携わったということになるのだが,別府センターに在職していたころは,福祉施策に携わっているというよりは,むしろ現場の1人の支援者としての感覚しかなかった.このような経験から,「行政からみた障害者制度と理学療法」というテーマで執筆依頼があったのだと思っている.確かに一支援者からみた制度と,厚生労働省からみた制度は印象が異なっていた.そのあたりも含め,読者の皆さんにお伝えできれば幸いである.
筆者が障害福祉分野に携わるようになったのは,1987年4月に国立別府重度障害者センター(以下,別府センター)に勤務したときからである.別府センターは,当時の法的位置づけでは国立の重度身体障害者更生援護施設であり,主に頸髄損傷者のリハビリテーションを行う入所施設であった.医療機関に就職する同級生がほとんどであり,福祉施設に勤務する数少ない理学療法士の一人であったが,医療機関でのリハビリテーションを終えた方の最後の仕上げを行い社会に送り出す仕事にやりがいを感じていた.
2005年3月までの18年間,別府センターの理学療法士として,機能回復のための支援やスポーツ指導,車椅子や住宅をはじめとした環境調整等を,作業療法士等の関連職種とともに行ってきたが,その年の4月から,障害者の補装具等を担当する福祉用具専門官として厚生労働省に異動することとなった.2010年4月からは,障害福祉サービスを担当する障害福祉専門官となり,2013年4月から訪問系サービスを担当する障害福祉課の課長補佐も兼務することとなった.現職は2014年4月からである.
振り返れば,障害福祉施策に27年間携わったということになるのだが,別府センターに在職していたころは,福祉施策に携わっているというよりは,むしろ現場の1人の支援者としての感覚しかなかった.このような経験から,「行政からみた障害者制度と理学療法」というテーマで執筆依頼があったのだと思っている.確かに一支援者からみた制度と,厚生労働省からみた制度は印象が異なっていた.そのあたりも含め,読者の皆さんにお伝えできれば幸いである.
参考文献
1)厚生労働省ホームページ
2)山口真人:日本の理学療法士が見たスウェーデン—福祉先進国の臨床現場をレポート.新評論,2006
3)渡邉 琢:介助者たちは,どう生きていくのか—障害者の地域自立生活と介助という営み.生活書院,2011
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