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雑誌目次

雑誌文献

理学療法ジャーナル52巻1号

2018年01月発行

雑誌目次

特集 筋力低下と理学療法

EOI(essences of the issue)

ページ範囲:P.3 - P.3

 理学療法にとって「筋力」は最も古いテーマの一つであるが,筋力低下は常に積極的に取り組んでいかなければならない課題でもある.本特集ではあらためて原点に戻って,筋力および筋力低下の生理学的メカニズムを解説した.脳卒中,パーキンソン病,多発性筋炎に伴う筋力低下の特徴をまとめ,特有の病態のなかで筋力低下にどのように向き合うか紹介した.またさまざまな要因を含む廃用性筋力低下への多角的な評価と取り組みを提案した.

筋力および筋力低下の生理学

著者: 後藤勝正 ,   吉岡利忠

ページ範囲:P.5 - P.14

はじめに

 一般に,筋力は骨格筋の収縮力による.ただ,筋力=骨格筋の収縮力ではない.その理由は,私たちが測定する筋力は,骨格筋の収縮力により駆動されるモーメントを測定しているケースがほとんどだからである.このモーメントは,主動(作)筋と拮抗筋さらには共同筋など複数の筋の収縮力が作用した結果として発生する.

 また,モーメントはアーム長も大きな要因である.本稿では,筋力およびその低下を考えるが,そのような場合には,モーメントのアーム長は考慮しなくても問題はない.なぜなら,人体内ではモーメントのアーム長は短期間では変化しないからである.したがって,仮に筋力が低下した場合,それはモーメントの発生に関与する筋力(主動作筋や共同筋の収縮力から拮抗筋の収縮力を差し引いたもの)が低下したことになる.このように,筋力=骨格筋の収縮力と単純に考えるのは危険である.

 一方で,モーメントを発生させている複数の骨格筋の収縮制御機構は非常に複雑であり,それぞれを評価するのは困難である.そこで本稿では,骨格筋の収縮力を「筋力」として取り扱う.

 骨格筋の収縮は,中枢神経系からの収縮信号が末梢神経の運動神経を介して,骨格筋細胞(筋線維)に伝達され,収縮蛋白による力発生により具現化される(図1).本稿では,筋力の調節とその低下について,収縮蛋白から骨格筋細胞膜の興奮と筋細胞内Ca2+濃度の制御,神経筋接合部,運動単位,中枢神経という順に概説する.一般には,中枢神経系の制御からミクロな制御機構へ説明するのであるが,本稿ではミクロな視点での説明を多くするためにあえてこの構成としている.また,各項目ともに単独で読んでも理解できるような記述を試みた.興味がある部位における筋力の調節と筋力低下の要因について個別に参照していただければ幸いである.

脳卒中後の筋力低下と理学療法

著者: 菅原憲一

ページ範囲:P.15 - P.19

はじめに

 脳卒中の病態は古くから病態生理や神経生理学などの基礎医学または臨床医学における各種の評価,さらには症例の呈する症状をもとに検証され,そのメカニズムに迫る試みがなされてきた.しかし,片麻痺を基本とするその障害を考えるとき,麻痺側,非麻痺側という区分と麻痺側における質的,量的および時間的な変化が各身体部位においても複雑に絡み合い存在している.

 中枢神経障害の筋の特性としては,明確に一次的障害と二次的障害を区別して考慮するところから始めるべきである.特に麻痺筋の筋出力特性を考慮する場合,一次的障害である痙縮などの筋緊張異常,二次的障害である筋力低下,拘縮などの要因を判別することは必須である.

 近年における慢性脳卒中患者の麻痺側筋力に対する見解では,運動療法により筋力は有意に改善し,各種能力障害の改善も期待されるとされている1).筋力の改善は運動機能,歩行スピードの増加,日常生活活動の改善などと正の相関が認められている.このように改善する要因と,改善しない要因を分別して理解することが必要となる.そして,このような分析と併せて,非麻痺側,麻痺側を問わず筋力の改善を目的とした取り組みが機能的な向上を行ううえで重要であると言える2〜4)

パーキンソン病の筋力低下と理学療法

著者: 松尾善美

ページ範囲:P.21 - P.27

はじめに

 パーキンソン病は,中脳黒質緻密部のドパミン作動性ニューロンの脱落により生じる緩徐進行性疾患である.振戦,筋固縮,無動・寡動,姿勢反射障害の四大徴候などの運動症状とうつ,睡眠障害などの非運動症状が出現し,患者の健康関連QOLを低下させている.薬物治療と並行して理学療法が実施されている.

 パーキンソン病患者は,無意識にできていた行為および運動やスキルの学習をより認知的に関与させようとする.目標志向型トレーニングと有酸素運動を組み合わせた研究では,運動制御の認知と自動的要素の双方を向上させるという結果が示される可能性がある.患者に即した効果的な運動学習と自動化に時間を費やすことが重要である1).このように,ニューロリハビリテーションはパーキンソン病患者の機能的能力を最大化させ,二次的合併症を最小化する2)

 しかし,これらの介入に対してパーキンソン病の筋力低下とその理学療法が語られることは少なく,本稿ではパーキンソン病患者の筋力低下の機転と特徴およびそれに対する理学療法について先行研究をもとに以下に論じる.

多発性筋炎による筋力低下と理学療法

著者: 橋田剛一 ,   小仲邦 ,   阿部和夫

ページ範囲:P.29 - P.34

はじめに

 多発性筋炎(polymyositis:PM)は,自己免疫性の炎症性筋疾患で,主に体幹や四肢近位筋,頸部筋,咽頭筋などの筋力低下を引き起こす.筋炎の症状に加えて,特徴的な皮層症状を来すものは皮膚筋炎(dermatomyositis:DM)と呼ばれる.筋力低下,筋原性酵素の増加,筋の炎症,変性を示す組織や筋電図所見が本症の特徴であり,診断後に薬物療法と並行しての理学療法や,治療維持期の病状管理および後遺障害に対する長期的な理学療法を実践することが望ましい.また,PM・DMともに関節炎,間質性肺炎,心筋障害,悪性腫瘍などの他臓器の障害を合併することも理解をしておく必要がある.

 本稿では,PMによる筋力低下に対する理学療法の進め方に関して,歴史的変遷をあらためて確認するとともに,これからの理学療法の取り組みの必要性と介入指針について述べる.

廃用性筋力低下と理学療法

著者: 猪股高志

ページ範囲:P.35 - P.42

はじめに

 理学療法士が治療のターゲットとする機能障害のなかで,廃用性筋力低下は重要なテーマである.多くの疾患の治療過程において安静による弊害を極力少なくすることを大きなテーマの一つとして理学療法が発展しており,この弊害の一つが廃用性の筋力低下である.廃用性筋力低下は文字どおり「廃用」による「筋力低下」であり,二次的障害と言われる.

 筋力は基本的にその横断面積に比例し,筋横断面における筋線維径の総和が反映される.筋力低下の多くは筋萎縮を伴うため廃用性筋萎縮と廃用性筋力低下は同義に扱われることも多いが,廃用性筋力低下は生理学的な変化を表し廃用性筋萎縮は組織学的な変化であるということから,本質的には異なる概念である.

 廃用性筋萎縮,すなわち筋肉量の低下は複雑なシステムから成り立つ生活能力の低下や,価値観を含め多くのファクターから成り立つQOLの低下とは必ずしも直線的な相関関係にはない.廃用性筋力低下は廃用性筋萎縮をベースとして筋力が低下した状態であるが,さらにさまざまな機能障害や生活能力障害を引き起こし,ひいてはQOLの低下に結びつく.したがって,筋萎縮を防ぎ,肥大を促進し基本的な筋力を維持・改善することは最低限必要であるが,それを運動機能や生活能力,社会活動に結びつける働きかけが大変重要であり,それこそが理学療法の独自性の一つである.

 さて,廃用に至るプロセスは,疾病,外傷などによる安静をはじめとして,「動かせない」ことによるものと,引きこもりや意欲低下などにより「動かない」ことが原因となるもの,さらに最も大きな問題として治療者の誤った判断や施設間の連携が不十分で「動かされない」ことによるものに大きく分けられる.この最後の問題は学術的に大きく取り上げられることはないが,臨床現場では「転院後に筋力低下が著しくなり,歩けなくなった」といった例を筆者自身も多くみており,きわめて重大な問題である.

 高齢者における筋力低下には加齢変性としての筋萎縮による筋力低下と,社会活動などが不活発になることによる廃用性の筋力低下が重複し,脳卒中片麻痺では中枢性の麻痺に加え,廃用性の筋力低下も混在する.このように,加齢や疾患などの一次性変性に付加された廃用性の筋力低下の要素に着目しなければならない.

 本稿では廃用性筋力低下に至る種々の背景要因と,廃用性筋力低下に対する理学療法についての概略を説明する.

とびら

著者: 田中恩

ページ範囲:P.1 - P.1

 近年,理学療法士の質の低下が問題となっており,その要因のひとつとして急激な会員数の増加が挙げられている.これは若手理学療法士の増加を意味しているようだが,果たしてそうだろうか?

 私の知る限り昔に比べると特徴的な人(濃い人)は少なくなったと思うが,特徴的=優秀ということではないと思う.私が学生だった20数年前,脳機能についてはよくわかっていないので「脳はブラックボックス」と習っていた.そんな教育を受けた世代が果たして質が良いと言えるだろうか.脳科学の進歩と大学(大学院)教育が整いつつある昨今,教育水準は高くなりエビデンス構築も進んでいる.しかし,実習生にいろいろ尋ねてみると,私が学生のころとほとんど変わっていない.

学会印象記

—第23回日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会—摂食嚥下リハビリテーションにおける理学療法士の役割をもっとアピールしていこう

著者: 吉田剛

ページ範囲:P.44 - P.45

学術集会の概要

 第23回日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会は,茨城県立医療大学保健医療学部看護学科の市村久美子大会長のもと,2017年9月15・16日の日程で千葉県の幕張メッセを会場に行われました(図1).

 初日の午前中から6,500名を超す参加者が押し寄せたため,どこの会場も満員で,事前登録をしてチケットを持っているランチョンセミナーでも100mの長蛇の列を並んで入場するようでした.

甃のうへ・第54回

古希を越えて北京で

著者: 藤沢しげ子

ページ範囲:P.46 - P.46

 景山からみる紫禁城の甍が夕日に照らされる風景は美しく,絵葉書にもなっている.中国・北京に来るようになり20年近くなるが,実際にみたことはない.

 私は北京郊外にある300床の私立のリハビリテーション病院に開院と同時に赴任して2年になる.7階建ての瀟洒なビルにintensive care unit(ICU),magnetic resonance imaging(MRI)を完備し,プールなどの水治療法設備も揃っている.リハビリテーション治療機器はヨーロッパ,米国などの最新の機器が入り,歩行練習用ロボットも成人用,中国では初めての小児用各1台が設置されている.スタッフの多くが大学新卒のセラピストで,そろそろ1年が過ぎ,入職時とは表情も態度も変わり,落ち着いた治療師になってきた.外国人スタッフはほかに韓国人が一人のみ.

1ページ講座 理学療法関連用語〜正しい意味がわかりますか?

SDとSE

著者: 國澤洋介

ページ範囲:P.47 - P.47

 SDは“standard deviation”(標準偏差),SEは“standard error”(標準誤差)の略であり,どちらも数値のばらつきの程度を表す指標である.

 SDは“測定の標準誤差”とも呼ばれ,平均値(mean)とSDがわかると,データがどの範囲にどのような割合で散らばっているかが明らかになる.得られたデータの95%は,平均値−1.96SD(約2SD)から平均値+1.96SD(約2SD)の間に存在することがわかる(図1).つまり,標準偏差の数値が大きいほど分布の幅は広くなる.

オリパラ関連企画 理学療法士が知っておきたい重要なスポーツ動作・1【新連載】

投球動作と肘関節障害

著者: 坂田淳

ページ範囲:P.48 - P.49

 現場で投球動作を観察する際,はじめに「肘下がり」や「手投げ」といった投球障害につながる上肢の異常運動を把握することが重要である.「肘下がり」は足接地時から肩最大外旋までに肩外転角が減少し,両肩の高さよりも肘が低くなる動作を指し,肘内側障害発生の原因となる(図1)1).「手投げ」は上肢に依存した投球動作を指し,肩最大外旋からリリースまでに肩水平内転角が増大してリリースする(図2).肘外側障害発生の原因となる可能性がある2)ほか,リリース後に肘が伸展強制され,肘後方障害の原因にもなる.

 上肢の異常運動は,円背姿勢や肩の柔軟性低下など上肢の運動に直接関与する機能不全に起因するほか,体幹の過剰な側屈や早期回旋,骨盤の回旋不足など,骨盤・体幹運動のタイミング異常や運動量の過不足が原因であることが多い3).さらに骨盤・体幹の異常運動は,下肢の安定性低下や股関節の柔軟性が原因となる.

入門講座 歩行・1【新連載】

歩行のバイオメカニクス

著者: 長田悠路

ページ範囲:P.51 - P.57

理学療法士は歩行の何を知っておくべきか

 理学療法士として対象者の歩行を評価し介入するために,歩行動作について何を知っておくべきなのだろうか.歩行の立脚期に骨盤が何°回旋するのか,膝は何°曲がるのか,重心は何cm側方へ移動するのか,学生時代にはこういった類の数字を必死になって暗記した.試験が終わり,大方の数字を忘却した後に残ったのは,「歩行は難しい」という印象だけである.各関節が歩行時に何°動くかという具体的数値の記憶は基準値としての参考にはなるかもしれない.しかし,それらの数値はある一定した条件で計測された際の結果でしかなく,歩行速度が変化するだけでも大きく変わってしまう1)

 なぜそのように動くかという理屈を知っておけば,臨床でも応用を効かせて対応することができる.動作の理屈を解き明かす手立ての一つに生体力学(バイオメカニクス)がある.バイオメカニクスと聞くだけで難しいという印象を受ける方もいるかと思うが,本稿はなるべく図を多く使い,グラフなどの複雑な表現は極力用いずに歩行の仕組みを解説したい.

講座 知的財産権を知る・1【新連載】

知的財産権とは何か

著者: 谷口由記

ページ範囲:P.59 - P.65

はじめに

 「知的財産」とは,人間の知的な創作活動(知恵・工夫・アイデア)により生み出された創作物で財産的価値を有するもので,英語ではintellectual property(IP)と言う.

 「知的財産権」とは,知的財産が法律により保護される権利の総称を言う.日本で知的財産権の用語が一般に広まったのは,小泉内閣が2002年に知的財産戦略会議を開催して知的財産戦略大綱を公表したころと言えるだろう.資源に乏しい日本にとって産業政策の柱は技術立国の確立であった.バブル経済崩壊後の景気低迷に喘ぐ日本では,その国際競争力の強化と経済の活性化の観点から知的財産権の重要性が高まっていることより知的財産戦略大綱を定め,知的財産の創造,保護及び活用に関する施策を集中的かつ計画的に推進する目標を掲げ,同年12月4日に知的財産基本法が公布されて2003年3月1日から施行された.また,内閣総理大臣を本部長とする知的財産戦略本部が設置され,以後毎年,知的財産推進計画が立案され1),推進されている.

臨床実習サブノート 歩行のみかた・10

不全頸髄損傷

著者: 羽田晋也

ページ範囲:P.66 - P.70

はじめに

 脊髄損傷の原因は,内因性(変性疾患や腫瘍,脊椎疾患など)のものと,外因性(交通事故や転落,転倒,スポーツなど)のものに大別されます.完全麻痺は,神経学的損傷高位以下の運動・知覚が完全に麻痺している状態です.一方,不全麻痺は,仙髄機能が温存されている状態であり,母趾屈曲が可能(S1),肛門周囲の知覚残存(S2・3・4),肛門括約筋の収縮(S2・3・4)のうち1つでも認められている状態です.

 脊髄が損傷されることにより起こる随伴症状は,損傷部以下の運動麻痺や知覚麻痺,膀胱直腸障害に加え,頸髄損傷では呼吸障害,第5胸髄以上の脊髄損傷では血管運動神経障害(起立性低血圧)・体温調節障害(発汗障害)・自律神経過緊張反射に代表される自律神経障害などが挙げられます.すなわち,頸髄損傷は,単一の疾患ではなく,運動・知覚麻痺を主体としながらもさまざまな随伴症状が混在する複合的な疾患として捉えるべきです.合併症としては,拘縮,褥瘡,肺塞栓症や深部静脈血栓症,異所性骨化や骨萎縮などが挙げられ,理学療法を円滑に進めていくうえでこれらの予防は重要です.特に頸髄損傷の拘縮肢位では,C5レベルの肩甲骨挙上・肩関節外転・肘関節屈曲・前腕回外位,C6レベルの肩関節外転外旋・肘関節屈曲・前腕回外・手関節背屈・手指屈曲位が代表的なものとして挙げられ,これらはADLの獲得を著しく阻害するものです.

 不全頸髄損傷の歩行をみるうえでは,① 受傷からの経過,② 麻痺の重症度,③ 頸髄横断面における傷害領域の評価が重要です.歩行場面では,これらの情報に加え,全身のアライメントの変化を歩行周期に分けて観察し,歩行能力(歩行様式,自立度,速度など)との関連性を導き出します.最終的には,既に多くの報告がなされている正常歩行の周期分類における関節運動(骨盤・股関節・膝関節・足関節)と筋活動,重心の推移,骨盤帯と肩甲帯の回旋角度の関係,歩行速度と歩幅・歩行率の関係などを統合して分析することが必要でしょう.

症例報告

重度不全四肢麻痺(C6)から屋内歩行が自立した一症例

著者: 鳥山貴大 ,   浅井直樹 ,   藤縄光留 ,   相馬光一 ,   丸谷守保

ページ範囲:P.73 - P.78

要旨 [目的]受傷直後,完全四肢麻痺の状態から長期間の介入により屋内歩行が自立した症例を経験した.本症例を通して重度不全四肢麻痺者が屋内歩行獲得に至った要因と屋外歩行獲得に至らなかった要因について分析・検討する.[症例と経過]20代男性,受傷直後C6残存,American Spinal Injury Association(ASIA) Impairmet Scale(AIS)/A.Magnetic resonance imaging(MRI)にてC4/5領域に100%近いT1低信号がみられた.3病日AIS/B,49病日(当院入院)AIS/C,下肢だけでなく体幹・上肢機能にも着目し介入した.歩行は回復に合わせ環境・装具を変更し,退所時は両側ロフストランド杖を使用し屋内歩行が自立した.[考察]屋内歩行獲得は,高頻度・長期間にわたる運動療法介入により,歩行に必要な最低限の抗重力的な支持機能を獲得できたためと考える.しかし,脊髄自体に広範囲の神経損傷が残存したため,筋力低下と姿勢制御の問題が残存した.耐久性や歩行速度も実用性が乏しく屋外歩行獲得には至らなかったと考える.

超音波による評価が理学療法に有効であった変形性足関節症の一症例

著者: 赤羽根良和 ,   一氏幸輔 ,   小瀬勝也 ,   棚瀬泰弘 ,   栗林純

ページ範囲:P.79 - P.84

要旨 変形性足関節症が起因となり,歩行時に足関節外側部痛と前方部痛を有した症例を経験した.X線所見ではthe angle between the tibial shaft and the tibial joint surface on the anteoposterior view(TAS)角の減少,距骨の内反化,踵骨の回外位が確認され,脛骨下端前方の骨棘と距骨頸部の変形によって足関節の背屈可動域を求めることは困難と判断した.理学所見では距腿関節の外側面に圧痛があり,歩行時にこの部位に疼痛を訴えたことから腓骨外果関節面と距骨外側面とが離解し,ここを連結する組織に牽引刺激が加わったと考えた.また,足関節背屈時に前方部痛を認めたが,これは距腿関節の前方インピンジメントが原因と考えた.

 理学療法では回内可動域の増大を目的としたストレッチングと回外筋力のエクササイズを行った.足底挿板では踵骨および距骨下関節を水平位に矯正することで足関節外側部痛は軽快し,さらに足関節の背屈可動域の不足分をヒールアップで補正したことで足関節前方部痛は消失した.しかし,ヒールアップによって第1リスフラン関節の伸展が強要されて疼痛を惹起した.そのため,ヒールアップを除去し,母趾中足骨底の近位に中足骨パッドを貼付することで,リスフラン関節の伸展を制御し,疼痛は消失した.また,超音波画像から足関節の背屈に伴う前方インピンジメントが否定されたため,背屈可動域を増大させていった結果,前方部痛は消失した.今回,超音波画像を用いることで,可動域の増大が期待できると判断した.超音波画像は,関節内運動を視覚的に観察できるため,理学療法士にとって有用なツールになると考えられる.

ひろば

文明化と文字文化—文字で記録を残すことの意義

著者: 奈良勲

ページ範囲:P.85 - P.85

 ホモ・サピエンス(理性の人)としての人類は,古代にはボディーランゲージ,象徴的壁画(絵文字),そして文法の確立されていない単純なことばを媒介にして,ホモ・ファーブル(創造の人)として相互のコミュニケーション手段を考え出し,歴史の経過に伴い,各地域の文明化と文字文化が創造されてきた.しかし,古代文明を築きながらも,その民族の一部は文字文化を発展,継承することができなかった.例えば,これまで世界の四大文明は,メソポタミア・エジプト・インダス・黄河文明であると言われてきたが,近年そのほかにも文明化された地域が存在していたとの報告がある.いずれにせよ,小規模な文明を構築していた民族のなかには,文字文化を残していない民族もあり,仮にそれらの文明の遺跡は温存されていたとしても,文字文化は消滅している.

 日本の歴史的な伝説や神話を含む『古事記』には,古代の事象が文字として記録され温存されているため,その文明と文化などを知る大きな手掛かりになっている.日本人の主な生活基盤は農耕民族として受け継がれてきたが,文字文化は朝廷および武士の時代に伝承されてきた.明治維新から太平洋戦争までは初等・中等教育としての尋常小学校,旧制中学,旧制高校,そして戦時中の旧制(帝国)大学は戦後に新制大学へと変遷してきた.このような長い歴史を経て日本語は古文から現代語へとさま変わりしてきた.

資料

2018年理学療法領域関連学会

ページ範囲:P.86 - P.87

書評 —藤野雄次●編/松田雅弘,畠 昌史,田屋雅信●編集協力—「そのとき理学療法士はこう考える—事例で学ぶ臨床プロセスの導きかた」

著者: 諸橋勇

ページ範囲:P.71 - P.71

 本書の帯に書いてあるように,「根拠もわかった.理論も学んだ」,そして先輩の行っていることを毎日見ていても,臨床においてうまく理学療法を行えていない理学療法士は多いと思います.そこで“根拠や理論を得ることと同時に必要なことは何か”という問いが出てきます.昔から理学療法はサイエンスの部分とアートの部分があると言われてきました.近年は前者が強調され,先輩理学療法士の経験値が後輩に伝承されているとは言い難い状況にあります.理学療法は情報収集,問題点抽出,統合と解釈,目標設定,治療計画の立案・実行,検証の一連のプロセスで進められます.このなかには経験値から導き出された「勘」「コツ」「知恵」などがたくさん含まれています.そして,このような経験値,臨床感の部分が言葉や文章にされることが少ない印象です.「なぜ,あの理学療法士はあんな運動療法の展開ができるのだろうか」「頭のなかでどのようなことを考えているのだろうか」と思った経験は誰にでもあります.そんな疑問に答えようと出版されたのが本書なのだと思います.

 本書は,第1章では理学療法士の在りかたに触れ,第2章では思考過程でもあるクリニカルリーズニングの要点が述べられ,第3章ではリスク管理,第4章では中枢神経疾患,運動器疾患,内部障害,神経筋疾患などの評価について,第5章では理学療法士が苦手としている統合と解釈に関して丁寧に解説されています.そして,最終第6章では本書の最大の特徴とも言える多数の疾患の事例報告が61例紹介されており,臨床の第一線で活躍されている錚々たる理学療法士が,自らの経験値を簡潔に言葉にして伝えています.

「作業療法ジャーナル」のお知らせ

ページ範囲:P.84 - P.84

第29回理学療法ジャーナル賞発表

ページ範囲:P.87 - P.87

文献抄録

ページ範囲:P.88 - P.89

編集後記

著者: 吉尾雅春

ページ範囲:P.92 - P.92

 新年,明けましておめでとうございます.今年もより充実した内容の編集を心がけてまいりますので,変わらずご愛読くださいますよう,よろしくお願いいたします.

 今年から日本理学療法士学会は各分科学会が独立して学術大会を開催しますが,侃々諤々(かんかんがくがく),大いに議論を進め,真理を探究していかなければなりません.それが学会に課せられた義務です.戌年だからといって喧々囂々(けんけんごうごう)はいただけません.これは各自勝手に発言し,ただやかましいだけの状態を言います.ただうるさいだけの犬では困ります.ちょっとややこしいですが,喧々諤々(けんけんがくがく)と表現する人もいますが,これは誤りですから注意しましょう.理学療法の世界に定義のない言語が多数存在し,しかも臨床活動の中心部分でその使用が横行していることと重なります.そのような世界に科学の発展はありません.

読者の声募集

ページ範囲:P. - P.

基本情報

理学療法ジャーナル

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1359

印刷版ISSN 0915-0552

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