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雑誌目次

雑誌文献

理学療法ジャーナル55巻8号

2021年08月発行

雑誌目次

特集 がん治療のリアル

EOI(essences of the issue)

ページ範囲:P.832 - P.833

 多職種チームによるがんのリハビリテーションは,理学療法士にとって特別な領域ではなくなっている.外科治療,内科治療,慢性期治療,在宅医療,緩和ケアなど,さまざまなチームに理学療法士は属している.各チームが担当するがんの病態,医学的治療や薬物,副作用,生活条件と活動性などを理学療法士として理解し,適切な理学療法を提供する,その役割が求められる.がんのリハビリテーションに参画する理学療法士にとって,知りたい・知っておくべきがん治療のを「リアル」をまとめた.

がん治療—医師の立場から

著者: 小原秀太 ,   須田健一 ,   光冨徹哉

ページ範囲:P.834 - P.839

Point

●治療法を選択するうえで「がんのステージ分類」と「年齢を含む患者の全身状態」が重要である

●エビデンスが不十分かつ治療選択肢が2つ以上ある場合には,「shared decision making」という考え方が必要である

●がん患者の多様な要望に対してそれぞれの専門を生かしたチームアプローチが重要である

がん治療—患者の立場から

著者: 菊井伸栄

ページ範囲:P.840 - P.844

入院までの経過から手術まで

 2014年8月4日,私は卵巣破裂による緊急手術後,卵巣癌と診断されました.既往に子宮内膜症・チョコレート囊胞がありました.緊急手術となる1か月前の検診で,腫瘍マーカーの上昇を指摘され腹部computed tomography(CT)検査を行いましたが,腫瘍マーカーの上昇は子宮内膜症によるものとされ経過観察していました.私は若いころから子宮内膜症による月経困難があり,疼痛は比較的慣れていたため,仰臥位で寝ることができない腹痛が3日ほど続きましたが,鎮痛薬内服でどうにか出勤していました.職場の看護主任から「倒れる前に受診してください」と言われ,ようやく自分の顔色不良に気づき,婦人科を受診したところ,卵巣腫大と炎症所見上昇で経過観察入院となりました.入院3日後,突然の悪寒戦慄と呼吸困難になり,意識混濁,緊急手術となりました.

がんの内科的治療における理学療法

著者: 由利真

ページ範囲:P.845 - P.849

Point

●がんの主な内科的治療には,細胞障害性抗がん薬,ホルモン製剤,分子標的治療薬などの薬物療法,がん免疫療法などがある

●腫瘍細胞の表面抗原を認識するキメラ抗原受容体T細胞を用いたCAR-T療法の注目度は大きい

●CAR-T療法で特に問題となる有害事象として,サイトカイン放出症候群と神経毒性が挙げられる

がんに起因する骨の脆弱性に対する理学療法

著者: 髙橋雅人

ページ範囲:P.850 - P.857

Point

●がん患者が四肢体幹の疼痛を訴えた場合には常に病的骨折・切迫骨折など骨脆弱性の高い状態であることを念頭に置き,安静度の拡大を図る場合はあらかじめリスクの説明を行う必要がある

●病的骨折の発生するリスクとその管理について十分な情報収集を行い,疼痛や骨折のリスクがどのようなときに高まるのか把握・分析したうえで,機能障害を起こさない動作方法・介助方法を指導することが大切である

●身体機能を向上させることばかりに注力せず,安全に動ける環境調整や楽に動ける動作や手順の習得をめざすこともリハビリテーションの大切な役割である

がんロコモに対する理学療法

著者: 柳澤卓也

ページ範囲:P.859 - P.865

Point

●がんロコモの概念を理解する

●がんロコモ患者の評価について考える

●がんロコモ患者に対する理学療法実施上の工夫を考える

がんサバイバーの理学療法と就労支援

著者: 上野順也

ページ範囲:P.866 - P.872

Point

●がん患者と就労の政策や方針を確認できる

●がん患者と治療,社会復帰を阻むものについて理解する

●がん患者就労支援における理学療法士の役割を整理する

がん在宅医療での理学療法—その人らしく,幸せに生ききるために

著者: 杉浦将太 ,   古俣謙新

ページ範囲:P.873 - P.878

Point

●がんリハビリテーションのニーズが高まり,より個別性の高いアプローチが求められる緩和期にも理学療法士のかかわる機会が増えてきた

●個々の物語を大切にした個別性の高いアプローチだけでなく,専門職としての根拠をもったアプローチが必要である

●その根拠の1つとして個人のQOLの評価指標であるSEIQoL-DWを紹介しながら,がん在宅医療での理学療法士の役割について考察していく

がん終末期緩和ケアと理学療法—1.チーム医療のなかで理学療法士が担う役割と姿勢/2.患者・家族の希望の把握と変化への柔軟な対応

著者: 林邦男 ,   矢木健太郎

ページ範囲:P.879 - P.885

1.チーム医療のなかで理学療法士が担う役割と姿勢

はじめに

 本稿では,ホスピス・緩和ケア病棟における理学療法士の役割や終末期がん患者と向き合う際の視座,withコロナ社会のなかで加速する終末期がん患者を支えるフィールドの在宅化傾向とそれも踏まえた終末期リハビリテーションの今後の展望などについて考えを紹介していく.

Close-up 理学療法に活かすモニター技術

慣性センサを用いるウェアラブル歩行分析システムと臨床応用

著者: 三宅美博 ,   内富寛隆

ページ範囲:P.887 - P.893

はじめに

 歩行運動に関連する時空間的軌道を推定できる臨床的歩行分析手法に近年関心が集まっている.診断や経過観察は,患者の歩行運動に伴う実際の体動を含めた,身体の流れや形に注目して行われることが多く,Evidence Based Physical Therapy(EBPT)の観点からも,歩行の連続的な時空間的軌道にかかわる客観的な情報が求められているのである.

 これを実現するために,モーションキャプチャを用いる高精度な計測方法からキネクトなどを用いる方法まで,画像情報を活用したさまざまな歩行分析システムがこれまで提案されてきた.しかし,これらの方法は専用の計測スペースを必要とする大掛かりなものであり,日常のリハビリテーション治療への導入や所定の時間単位内での利用が難しいなど,多くの課題が残されていた.このような背景のなかで,身体に装着した小型の慣性センサの情報を用いることで,屋内外を問わず高精度かつ簡便な計測を可能とする,ウェアラブルな歩行分析システムへの期待が高まりつつある.

 本稿では,われわれがWALK-MATE LAB社と開発を進めている,慣性センサを用いる歩行分析システムWM GAIT CHECKER(ウォークメイトゲイトチェッカ)を取り上げ,そのコア技術となる歩行軌道の高精度推定の方法,そして臨床応用の事例について解説する.

fNIRS

著者: 酒井克也

ページ範囲:P.894 - P.898

はじめに

 機能的近赤外分光法(functional near-infrared spectroscopy:fNIRS)は近赤外線を用いて,生体内のヘモグロビンの変化量を計測する手法である1).fNIRSは測定が簡便であり,侵襲性と肢位の制限が少ないため,臨床現場において使用しやすい機器の1つである.そのため,健常者や脳卒中片麻痺患者を対象にバランス制御時や歩行時の脳活動などの測定が試みられている2,3).本稿ではfNIRSの原理や機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging:fMRI)との相違を解説し,fNIRSを用いて測定した視覚性運動錯覚の研究を紹介する.

眼球運動モニター

著者: 高村優作 ,   大松聡子 ,   大橋勇哉 ,   河島則天

ページ範囲:P.899 - P.905

はじめに

 眼球運動は網膜中心窩に対象物を合わせ,また保持するうえで生じる行動的帰結であり,大別して衝動性眼球運動,滑動性眼球運動,輻輳・開散運動,前庭動眼反射,視運動性眼球運動の5つの区分,さらに視点を固定するために眼球運動を抑制する固視機構の計6区分に特徴づけられる.眼球運動は視覚性注意や視覚的認知のあり方,視覚情報の取得プロセスを反映するため,視線分析は古くから行動観察の有用な手段として用いられてきた(詳細およびその神経機構については,成書1,2)などを参照されたい).

 眼球運動の計測手法は1960年代にYarbus3)によって確立され,初期の研究では顔写真を見る際の視線分析などが試みられている.本稿で触れるような神経疾患への応用の歴史は,同時失認症例の眼球運動計測を行ったLuriaら4)の研究などに遡る.この研究によれば,同時失認症例は単一のターゲットに対しては正常な眼球運動を示すが,2つの刺激間や顔写真などの探索を要求した課題では一貫性が乏しく,ランダムな眼球運動を示すことを報告している(図1)5〜7).半側空間無視(unilateral spatial neglect:USN)を対象とした眼球運動に関する研究はJohnstonとDiller8)が報告したものが先駆けであり,机上検査の重症度が高いほど左空間の探索時間が短いことが明らかにされている.本邦においても,Ishiaiら9)が半盲症例や半側空間無視症例の視線パターンの分析結果を報告している.

 眼球運動計測や注視点分析の有用性がよく認識されている一方で,計測機器のコストや解析技術の難易度などの制約のため,近年まで一部の研究領域や,福祉機器(コミュニケーションツール)としての利用を除き,臨床現場での普及および積極的な活用には至っていなかった.しかし近年,視線計測装置のコストが著しく下がり,一般的な臨床場面にも十分に応用可能になりつつある.本稿では,筆者らの臨床研究における使用経験や成果を踏まえ,視線計測技術の臨床応用・活用の観点と意義,可能性について概説する.

連載 とびら

情報の再検討力

著者: 安里和也

ページ範囲:P.829 - P.829

 われわれが属する医療界では,判断(評価)基準として,科学的根拠を求められる.医療が人の命や身体を預かることも含まれる職業であることから,重要な観点であることは間違いない.しかし,この1年のコロナ禍を見てもわかるように,医療という現場は常に未知との遭遇であり,既知と思っていたものでも突然変異して未知となることもあり,また既知の事象でも観方によっては既知とは言えない側面を持つこともあり得る.

 私は理学療法士の資格を持ち,自費でのコンディショニングや足底板の作製を通して一般の方やスポーツ選手の健康やパフォーマンスアップに携わるトレーナー業務に従事しているが,訪れるクライアントの主訴はさまざまで,既知の事実から導かれる答えで快方へ向かうこともあれば,そうでない方もいらっしゃる.そんなときに顧みるのが情報の再検討である.目の前の方が訴える事象とさまざまな所見や些細な会話などから得られた事実を1つひとつ丁寧に照らし合わせ,よりよい方向へと導けるようにそのときの最適解を探していくのが重要な責務だと考えている.情報化社会と言われて久しい現代では,探せばたくさんの書籍や文献が溢れ,そのなかには○○療法などといった症状別の介入方法が紹介されている書物も多々見られるが,教科書どおりの検査や介入方法を試みて必ずしも快方へ向かうとは限らない.もちろん知らないよりは知っていたほうが快方へ向かう確率も上がると思われるが,最終的には,情報の再検討力が重要だと日々の臨床から痛感している.

再考します 臨床の素朴な疑問・第8回

「他動的関節可動域運動」はいつまで・どの範囲まで行うか?

著者: 脇田正徳

ページ範囲:P.908 - P.909

 拘縮とは,関節周囲の伸張性の低下やスティフネスの増大によって可動範囲が制限された状態であり,疼痛,褥瘡,変形などを合併しやすく,ADLやリハビリテーションの阻害因子となる.拘縮の原因には,不動による関節構成体の変化に加え,筋力低下,麻痺,痙縮などが挙げられる.神経障害を有する場合,急性期での術後や熱傷,意識障害による不動を認める場合は,特に注意が必要である.

 一般的に拘縮の予防,改善には他動的関節可動域運動,ストレッチング,スプリントなどの装具,超音波や電気刺激などの物理療法,ボツリヌス毒素療法,外科的治療などが原因・病態に応じて選択される1).そのなかでも,他動的関節可動域運動は理学療法士が一般的に使用するアプローチの1つである.

診療参加型臨床実習・第8回

診療参加型臨床実習の取り組みの現状と展望—回復期病院/回復期病院

著者: 岩崎朋史 ,   津田陽一郎 ,   山下昌彦

ページ範囲:P.910 - P.913

回復期病院

学校教育の変遷—画像所見の読影が必須科目に

 2018年に理学療法士作業療法士学校養成施設指定規則の一部が改正され,理学療法評価学は1単位増加し,医用画像の評価が必修科目となった.この医用画像はX線やコンピュータ断層撮影(computed tomography:CT)のみならず,歩行などの動画も含むとされる.

 臨床において画像所見から症状を予測し,実際のそれと照らし合わせる評価を実施するため,画像や動画の分析に関する基礎知識を学生のうちから培うのは重要である.しかし,臨床現場では同じ視床出血という診断名であっても,血腫の伸展方向や量によって損傷する核,神経線維が異なり,損傷側が右か左かでも病態,アプローチする方法が異なることが多い.その評価は細かく,研鑽されたある種の技術があってこそ患者の病態を的確に捉え,アプローチすることができる.そのため,現場の理学療法士のもとでその思考過程に直接触れて学ぶことは重要である.

国試から読み解く・第20巻

歩行観察から装具を調整しよう

著者: 藤田裕子

ページ範囲:P.914 - P.915

 70歳の男性.脳梗塞による左片麻痺.Brunnstrom法ステージは下肢Ⅲ.関節可動域制限はない.ダブルクレンザック足継手付き両側金属支柱型短下肢装具を用いて歩行練習を実施している.足継手を背屈0〜20度で可動するように設定すると左立脚中期に膝折れが出現した.

 装具の調整で正しいのはどれか.

臨床実習サブノート 診療参加型臨床実習—「ただ見ているだけ」にならないように!・5

パーキンソン病

著者: 奥埜博之

ページ範囲:P.916 - P.920

指導者は何をみていて,学生に何をみてもらいたいのか

1.初期評価時

 パーキンソン病(Parkinson's disease:PD)は高齢者に多く発症する緩徐進行性の神経変性疾患です.有病率は10万人あたり150人前後と推定されており,高齢化の急激な進行に伴い,患者数は増加傾向にあります.よって,神経変性疾患の専門病院ではなくても,理学療法士として担当する機会は増えていくことが想定されます.本稿では臨床実習においてPD患者さんに接する機会を得たときに,指導者として学生に学んでほしい点を中心に解説していきます.

 PD患者さんの初期評価時には,今までどのような経過を経てきた方なのか,現在の日常生活活動(activity of daily Living:ADL)の困っていること,解決したいことは何なのか,カルテと問診から丁寧に情報収集を行うことが重要です.初回の身体機能の評価としては,まずは4大症状の確認から行いましょう.PDの4大症状は,静止時振戦,筋固縮,動作緩慢・無動,姿勢反射障害です.それぞれを丁寧に評価することは重要ですが,私たち理学療法士の仕事は診断ではありません.4大症状のどの要素がADLの制限につながっているのか,つまり,患者さんの実際の生活場面での不自由さをより詳細に把握する必要があります.PDの評価については,Movement Disorder Society Unified Parkinson's Disease Rating Scale1)(MDS-UPDRS)が最も標準的な機能障害の評価尺度です(表1).MDS-UPDRSはHoehn & Yahrの重症度分類(表2)と比較して詳細な評価が可能で,症状の変化を捉えやすいことが特徴で,日本語版も公開されています.

私のターニングポイント・第20回

受動的な自分から能動的な自分へ

著者: 田多井陽平

ページ範囲:P.921 - P.921

 読者のみなさんもそうであると思うが,私にも人生のターニングポイントがいくつか存在する.回復期の有名な病院で働き多くの経験ができたこと,両親を看取ったこと,妻と結婚し子供たちに出会えたこと,などなどである.そのどれもが「私の人生にとってのターニングポイント」であるのだが,テーマである「理学療法士人生におけるターニングポイント」とするのならば,『三重県に来たこと』となる.

 私は元来,目立ちたがり屋の恥ずかしがり屋で飽き性だけど凝り性という天邪鬼な性格で,人前に立ちたいのに,立つと緊張で頭が真っ白になり声が出にくくなるのがコンプレックスだった.そして凝り性なときはよいが,飽き性だから肝心なところで諦めてしまう.継続性がない.幼少期から大人までやっていたサッカーでもそうだった.

原著

保存療法中の変形性膝関節症患者を対象とした観察に基づく歩行異常性評価の構築に向けた研究—評価の項目特性,因子妥当性,併存的妥当性および検者間信頼性

著者: 山科俊輔 ,   原田和宏 ,   玉利光太郎 ,   田中亮 ,   山田英司 ,   森山英樹 ,   阿南雅也 ,   京極真 ,   河村顕治

ページ範囲:P.922 - P.930

要旨 【目的】変形性膝関節症(knee osteoarthritis:膝OA)患者に対して,観察に基づく歩行異常性評価の項目特性,因子妥当性,併存妥当性および検者間信頼性を検討することを目的とした.【方法】対象は膝OA者とした.項目特性の検討は項目反応理論による識別力・難度を用いた.因子妥当性は,探索的因子分析を行った.併存的妥当性は膝OAの徴候である膝関節可動域などの10変数との関連性を相関分析にて検討した.検者間信頼性は3名の検者間の評定順位の一致度を求めた.【結果】識別力・難度はすべての項目で基準を満たした.因子妥当性では7項目1因子モデルを得た.また,併存的妥当性の検討は9つの身体機能で中程度以上の相関を有した.検者間信頼性は7項中5項目で基準値を満たした.【結論】本研究は,定性的に評価されている観察に基づく歩行異常性評価を定量化し得た.

ひろば

鍵にまつわる雑感

著者: 奈良勲

ページ範囲:P.931 - P.931

 「鍵(キー)」は,論文などに記載することが求められることがあるキーワードに使われている.その内容の基軸になるキーワード(用語)は,理論を構成し技能を含む論文であれば,それとの関係性を記述する必要性がある.音楽でのキーノートは主音や主調音を表し,文学・思想などでは主題の基盤となる.

 キー(key)のラテン語はcieo(呼び起こす),古代ギリシャ語はkineo(動かす)であり,後者はkinesiologyとの関係性がある.通常,鍵と錠前は扉や物品などに取り付けて,鍵を開けられる関係者以外の使用を制限するための道具であり,財産の保護,保安などの目的で用いられる.戦争抑止の鍵となる国際法は,オランダのグロティウスが1625年に著した『戦争と平和の法』のなかで国家間の戦争にもルールが必要であるとの考えに由来しているが,それは現在でも発展途上である.

書評

—長田悠路(著)—「脳卒中片麻痺の基本動作分析—バイオメカニクスから考える動作パターン分類と治療法の選択」

著者: 山本澄子

ページ範囲:P.906 - P.906

 「動作分析はどうしたら臨床の役に立つのか」,これは長年,動作分析にかかわってきた筆者がずっと考えてきた疑問です.本書の著者である長田悠路氏がこの疑問に答えてくれました.長田氏は福岡県の誠愛リハビリテーション病院で9年間,その後,静岡県の中伊豆リハビリテーションセンターで3年間,理学療法士として勤務されました.どちらの施設にも三次元動作解析装置があり,長田氏は多くの患者さんの計測を行ってきた経験を活かしてこれまでに動作分析に関連した6本の原著論文を書かれています.さらに2019年6月に神戸で開催された国際リハビリテーション医学会(ISPRM2019)では多くの発表の中から最優秀ポスター賞を受賞されました.このように長田氏は恵まれた環境で研究者としての実績を重ねてこられましたが,研究テーマはすべて臨床家としての視点に立ったものでした.本書は研究者と臨床家の両方の視点をもつ長田氏でなければ書けなかったもので,大きな2つの特徴があると思います.

 1つ目の特徴は動作分析による客観的な知識やデータから臨床に役立つ情報を取り出していることです.動作分析に限らず,一般的に研究者が求めているのは普遍的な結果であり,多くの患者さんに共通した情報です.これに対して臨床家が求めるのはそれぞれの患者さんに対する個別の情報です.本書が対象とする脳卒中片麻痺者の動作について,長田氏は本書の中で「安定性」,「効率性」,「(姿勢の)対称性」の3つの段階があると述べられています.これらの中で臨床家は「安定性」を重視する一方で,多くの研究で扱われるのは「効率性」と「対称性」です.研究者が「効率性」と「対称性」に着目する1つの理由は「安定性」に問題がある患者さんはばらつきが大きすぎて研究の対象になりにくいことがあります.本書の中で長田氏は臨床家の立場から「安定性」に関する記述に多くのページを割いて,通常の研究では扱わないようなデータを使ってできる限り客観的な説明を試みています.特に「第6章 歩行」では,1,056人を対象とした28,519試行の歩行データの中から計測中に転倒しそうになった32人(36試行)を取り出して詳細に分析しています.このようなデータは世界的に見ても類を見ない非常に貴重なものであり,動作分析から臨床に役立つ情報をみごとに取り出したものと考えます.

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目次

ページ範囲:P.830 - P.831

文献抄録

ページ範囲:P.932 - P.933

「作業療法ジャーナル」のお知らせ

ページ範囲:P.920 - P.920

バックナンバー・次号予告のお知らせ

ページ範囲:P.936 - P.937

編集後記

著者: 永冨史子

ページ範囲:P.938 - P.938

 本誌は,2006年6月のがん対策基本法成立後,2008年に「がん治療における理学療法の可能性」をテーマに先進的に取り組む施設の現状をまとめ特集しました.2010年,診療報酬改定で「がん患者リハビリテーション料」の新設後,2017年に「多職種で取り組むがん診療と理学療法」のテーマで,理学療法の対象疾患として定着したがんの「治療とチーム医療」を特集しました.

 そして2021年,「がん治療のリアル」をお届けします.医師の治療選択,患者の目線や感覚体験,医学的治療と理学療法のタッグ,骨の脆弱・合併症に起因する運動器機能低下,治療後の生活復活と終末期ケア,それぞれをキーワードとして執筆いただきました.これらが,時間をかけて,今後どのように進化してゆくか,私たちにはその過程を理学療法士の立場で積み上げる活動が求められます.

読者の声募集

ページ範囲:P. - P.

基本情報

理学療法ジャーナル

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-1359

印刷版ISSN 0915-0552

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