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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩59巻1号

2007年01月発行

雑誌目次

特集 高次視覚研究の最近の進歩

視覚性注意のしくみ

著者: 鈴木匡子

ページ範囲:P.23 - P.30

 視覚性注意は,選択のためのメカニズムである。外界には様々な刺激がうずまいている。それら全ての情報を一様に処理することは不可能であり,もしできたとしても非常に効率が悪い。そこで視覚性注意により,個体にとって最も有用な情報を選択して,迅速で精細な分析を可能にする。すなわち,視覚性注意は,網膜に到達した情報のうち必要なものを時々刻々選択し処理を進めるいわばフィルターの役目をもつ。しかも,視覚性注意はけっして静的なものではなく,状況に応じてダイナミックに変化する。本稿では,視覚性注意の枠組みを概観し,脳損傷例における視覚性注意の障害からそのしくみをながめてみたい。

形と色を認識するしくみ

著者: 小山慎一 ,   河村満

ページ範囲:P.31 - P.36

 大脳皮質における視覚情報処理は腹側経路と背側経路に分かれており,形や色の情報は主に腹側経路によって処理されている。臨床神経心理学と脳機能イメージングの両分野における詳細な検討によって,腹側経路の外側部では物の輪郭に関する情報が処理され,内側部では物の表面の性質に関する情報が処理されていることがわかってきた。従来の視覚認知機能検査は線画の模写など,輪郭の知覚の評価を重視したものが多いが,これでは後頭葉外側部の機能しか評価されていないことになる。後頭葉全体の機能を評価するために,今後は表面の知覚の評価方法を確立する必要がある。

運動視の脳内機構

著者: 緑川晶 ,   河村満

ページ範囲:P.37 - P.44

はじめに

 視覚情報には,明るさ,色,形,動きなどさまざまな種類があるが,中でも「動き」は生体にとって重要な意味を持っている。動物によっては動きそのものが捕食者を意味することもあれば,逆に獲物を意味することもある。また自分が移動する方向や速度,対象までの距離や到達時間など,自己に関する状態も動きを通して把握することができる。このように動きは,生体が環境の中で生きるために必須の情報源となっている。そのため,もし脳病変で動きを捉えることができなくなるとさまざまな困難が生じる。しかしそれはまた,生体が動きをどのように捉えているのかを知る機会ともなる。本稿では脳病変による動きの知覚の障害例や,広汎な視覚障害を持ちながら動きの知覚が残存する症例を中心に,「運動視」の脳内機構を概説する。

顔認知の脳内機構

著者: 永井知代子

ページ範囲:P.45 - P.51

はじめに

 われわれは他者の顔からさまざまな情報を得ている。初めて見る顔(未知相貌)の特徴から年齢・性別や種族,あるいは性格や行動パターンまでを推測したり,表情や視線から情動や意図・関心の有無などを読み取ったりする。また何度か遭遇することで既知相貌になると,その顔の特徴は人物情報や出来ごとの記憶とともに貯蔵され,その後出会ったときに顔からの人物同定が可能になるばかりでなく,さまざまな記憶を想起する手がかりにもなる。このように,顔は社会生活においては欠かすことのできない,重要な情報発信源である。

 顔認知研究は幅広く,認知心理学・社会心理学・発達心理学・進化心理学など,多くの分野で行動実験が行われ,Bruce & Youngに代表されるような顔認知モデル(Fig.1)7)を立てて,種々の現象を説明してきた。その後,モデルの矛盾点やモデルでは説明できない現象が挙げられたが,近年の顔認知の脳科学研究で,これらモデルを参照しつつ脳内メカニズムを考えることができたという点で意義があったと思われる。一方,顔の認知に関わる脳領域に関しては,従来は脳損傷による相貌失認の病巣研究が主体であり,右あるいは両側紡錘状回~舌状回の損傷で,顔が認知できなくなることが指摘されてきた5)。また顔刺激に反応する“顔ニューロン”25)が,サルの上側頭溝を中心とした側頭皮質で見出されたこともあり,後頭側頭葉には顔情報処理に特化した領域があるのかもしれない,と考えられるようになった。近年のPETやfMRIなどの機能イメージング研究はこの領域を明らかにしたが,逆に,顔の情報処理に関わるのは側頭後頭葉だけではなく,いわゆる“ソーシャルブレイン(扁桃体-上側頭回-眼窩回)”6)や皮質下構造を含む広い領域であることをも明らかにしてきている。

 顔認知研究において常に論点となるのは,顔は視覚対象として特殊なのかどうか,また顔情報処理を専門とする特殊な脳機構があるのかどうかという問題であり,これらは密接に結びついていると思われる。本稿では,相貌失認の行動学的特徴を参照しつつ,顔認知の諸相,すなわち①人物の同定や弁別,②表情認知,③顔であることの知覚,に関する近年の研究を紹介していく。

巻頭言

巻頭言 フリーアクセス

著者: 岩田誠

ページ範囲:P.5 - P.5

 1948年11月に誕生した『脳と神経』と,1956年1月に産声を上げた『神経研究の進歩』は,この度合体して神経科学の新しい総合雑誌『BRAIN and NERVE』として生まれ変わることになった。

 共に半世紀以上の歴史を持つ,これら二つの雑誌が統合されるに至った経緯については,さまざまな方がさまざまな物語を語ることができようが,私としては,自らの学びの場として,また自らの表現の場として,常に傍らに在ってくれた二つの雑誌がいよいよ消えていくという寂しさと,それらを統合した新しい雑誌を生み出すという喜びと,その二つの思いが犇めき合っていて,複雑な思いを感じざるを得ない。

座談会

脳科学,神経科学の今後の方向を探る―基礎研究から疾患の診断・治療の進歩へ―

著者: 岡部繁男 ,   伊佐正 ,   加藤忠史 ,   水澤英洋 ,   高橋孝雄 ,   加藤庸子 ,   藤堂具紀 ,   辻省次

ページ範囲:P.6 - P.22

 辻(司会) これまで臨床に焦点をおいて編集されてきた雑誌『脳と神経』と,基礎研究に重点を置いた『神経研究の進歩』という2つの雑誌が,今回統合されて『Brain and Nerve―神経研究の進歩』という1つの雑誌になりました。これは最近の,疾患の研究から脳の基礎研究まで,脳科学・神経科学の研究がボーダレスになっている時代にマッチした動きではないかと思います。本日は,臨床からは神経内科の水澤先生,精神科の加藤忠史先生,小児科の高橋先生,脳神経外科の加藤庸子先生,藤堂先生にご出席いただいております。また,基礎系からは伊佐先生,岡部先生にご参加いただきました。非常に幅広い分野をカバーした先生方にお集まりいただきまして,この領域の最近の進歩あるいは日本の課題,今後の発展の夢について語っていただければと思います。

総説

心房細動における脳梗塞の予防

著者: 緒方利安 ,   矢坂正弘

ページ範囲:P.53 - P.58

はじめに

 心房細動は心原性脳塞栓症の塞栓源として重要である。心房細動の基礎疾患として,リウマチ性弁膜症が減少し,代わって高齢者に多い非弁膜性心房細動(non-valvular atrial fibrillation: NVAF)が増加している1)。NVAFは心原性脳塞栓における塞栓源の主座を占め,近年,特に高齢者の脳梗塞の原因として注目されている2,3)。本稿ではNVAFからの脳梗塞の予防を中心に概説する。

成人型シトルリン血症

著者: 池田修一

ページ範囲:P.59 - P.66

はじめに

 肝臓における尿素サイクルの酵素欠損症は,高アンモニア血症とそれによる重篤な脳症を引き起こす。大部分の疾患は新生児から小児期に出現するが,argininosuccinate synthetase(ASS)の欠損に起因するシトルリン血症の一部は,成人期に発症する。この成人型シトルリン血症は日本人の若年男性に多く,変動する意識障害発作を主徴とし,最終的には失外套症候群に陥る予後不良な疾患であった。しかし近年は発症早期に肝移植を行うことで本症患者の完全治癒,社会復帰が可能となった1)。また原因遺伝子citrinの発見2)により,本疾患の臨床像の広がりが明らかとなり,一部の患者は脳症以外の表現型を呈することも判明した。さらに最近は食事内容の調整,ある種のアミノ酸製剤の経口投与などを用いた,新たな保存的療法が模索されている。本稿ではこうした最新情報を踏まえて,成人型シトルリン血症を概説する。

原著

大規模調査に有用な新しい認知機能検査,TICS-Jの開発

著者: 小長谷陽子 ,   渡邉智之 ,   鷲見幸彦 ,   服部英幸 ,   武田章敬 ,   相原喜子 ,   鈴木亮子 ,   太田寿城

ページ範囲:P.67 - P.71

はじめに

 日本の高齢者人口は増加の一途をたどり,認知症高齢者の数も増えている。2005年には約169万人が認知症であるとされ,2015年には250万人になると推定されている。高齢者の調査において認知機能は重要な情報であり,地域住民における認知症の把握や,大規模な疫学調査,早期発見,治療,予防や介入には簡便で有効な認知機能スクリーニングが不可欠である。

 Mini-Mental State Examination(MMSE)はスクリーニング検査として広く普及し,わが国でも汎用されている1)が,これは面接で行わなければならず,視覚障害者や文字が書けない人には施行できない。The Telephone Interview for Cognitive Status(TICS)は電話で行うように開発された認知機能検査である2)。これは面接で認知機能スクリーニングができない場合や実際的でない場合,すなわち大規模のスクリーニングや疫学的調査,患者が診療施設に来られないときにも使用可能である。視覚を必要としないので,視覚障害者にも適応があり3),読み書きを必要としないので,識字障害者にも使える。

 TICSは1988年,MMSEを元にしてBrandtらによって開発され,名前,時間および場所の見当識,数字の逆唱,10単語の即時再生,引き算の7シリーズ,言葉で表現される名詞,文章の反復,近時記憶,実技,反対語の11項目からなっている。このうち,時間の見当識,引き算の7シリーズはMMSEと同一であり,場所の見当識と文章の反復は一部共通である。TICSはMMSEとよく相関し,再現性にすぐれ,認知障害を感知する感受性と特異性も十分であるとされ,米国を始め多くの国で,一般的に使用されている。そこでわれわれは,電話による認知機能検査が日本で受け入れられ,有用であるかを調べることが重要であると考え,TICSを日本語に翻訳し,日本語版を作成し(TICS-J),日本における有用性を検討したので報告する。

症例報告

末梢性上小脳動脈解離性動脈瘤破裂を血管内手術にて治療した1例

著者: 伊香稔 ,   風川清 ,   相川博 ,   鬼塚正成 ,   田中彰

ページ範囲:P.72 - P.75

はじめに

 解離性脳動脈瘤(以下DA)は本疾患に対する関心の高まり,および診断技術の進歩により,報告数が増加しつつある1,2)。しかし後頭蓋窩において椎骨・脳底動脈以外の末梢部に発生したDAの報告は少なく3-5),特に上小脳動脈(以下SCA)に限局発生し血管内手術によって治療した症例は本報告1例のみである6)。今回,われわれはくも膜下出血(以下SAH)で発症した末梢性上小脳動脈解離性動脈瘤に対し,血管内手術を行い,良好な結果を得たので報告する。

連載 神経学を作った100冊(1)

Cerebri Anatome cui accesit nervorum descriptio et usus

著者: 作田学

ページ範囲:P.76 - P.77

連載のはじめに

恩師故豊倉康夫教授から神経学古書の蒐集を薦められて30年以上が経った。約1,000冊の内から神経学の筋道を立てた書籍を簡単にご紹介していくことにしたい。

Neurological CPC・128

痙性歩行発症14年後に認知症症状を合併した全経過27年の89歳女性例

著者: 吉村まどか ,   中瀬浩史 ,   中野今治 ,   河村満

ページ範囲:P.79 - P.92

〈世話人挨拶〉

 織茂 第5回目を迎え,これまでのNeuro CPCを振り返ってみます。

 第1回は2題。第2回の第2題はlymphoma,第3回の第1題はたぶんMS,第2題は若年性発症の恐らくFTDP-17ではないかと言われた例だったと思います。それから第4回,第1題がAIDS,第2題が,parkin-associated PDの詳しい発表がありました(巻末に1~4回のリスト掲載)。

 このように本会では,臨床の先生には臨床の話を詳しくしていただき,ディスカッションをはさんで,病理で答えを出していきます。さらに,コメンテーターとしてその領域で著名な先生に来ていただき,その病気あるいは病態を掘り下げますので,われわれ臨床家にとって非常に勉強になります。議論が活発になり,つい時間が延びてしまいますので,今日は,なるべく時間内に収めたいという話がされました。

 それでは,1例目の司会の河村先生にバトンタッチいたします。

 司会 1例目は全経過27年という例です。吉村先生と中瀬先生にお話しいただきます。コメンテーターは自治医大の中野先生ですが,短時間で終わるそうですので,十分に議論いただきたいと思います。

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あとがき フリーアクセス

著者: 寺本明

ページ範囲:P.96 - P.96

 新年おめでとうございます。

 本巻から“脳と神経”と“神経研究の進歩”はついに統合することになった。前者は1948年,後者は1956年の創刊であり,いずれもわが国の神経科学の発展と共に歩んできた雑誌である。“脳及神経”の創刊号の編集後記に当時の清水健太郎教授は,“醫學のうち日本で最も後れている一部門,脳神経外科といふものを,どうにかして先進国の水準にまで高めようと懸命の努力をして来た我々の念願の一つが叶って,ここに「専門雑誌の発行」といふことが漸く達成された。”と興奮冷めやらぬ論調で記されている。

 さて,装いを新たにした本号を見てみると,辻 省次編集委員の司会の下に現在わが国で活躍中の神経科学各分野のエキスパート7名の座談会“脳科学,神経科学の今後の方向を探る”に多くのページが割かれている。これを読むと,現在それぞれの領域ではどのような研究が進捗しているのか,近未来は何が達成されそうかがよくわかり大変興味深い。また研究面だけでなくそれを阻害する因子についても熱く議論されている。とにかくこれまでの先人の努力があってわが国の神経科学は目下“先進国の水準”に達していることは間違いなさそうであるが,今後の研究・臨床の担い手のあり方が大いに懸念されるところである。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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