icon fsr

文献詳細

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩59巻2号

2007年02月発行

特集 進行性多巣性白質脳症の新しい展開―PMLが治る時代へ向けて

PMLの神経病理

著者: 村山繁雄1 齊藤祐子1

所属機関: 1東京都老人総合研究所・老人医療センター・高齢者ブレインバンク

ページ範囲:P.119 - P.124

文献概要

はじめに

 進行性多巣性白質脳症(progressive multifocal leukoencephalopathy:PML)は,JCウイルスの日和見感染により起きる中枢神経系の脱髄疾患である。古典的には,血液疾患をはじめとする免疫不全状態に発症し,髄鞘の脱落をみるが,多発性硬化症のような炎症所見を欠くため,病因は不明であった1)。ブレークスルーとなったのは,病変周囲のオリゴデンドログリアの腫大と,核内封入体の存在の電顕観察結果である。zuRhein,Chouは,核内封入体がPapovaウイルス様形態をとることより,PMLがウイルス感染であることを提唱した2)(Fig.1)。

 これは,ウイルス封入体であると確信したzuRheinがChouに発見を命じ,彼が多大の努力の末やっと発見したという経緯を持ち,地道な観察が病因を突き止めた大きな業績と評価される。当初,生物材料を用いた電子顕微鏡写真の品質に対する疑問のため,容易には認められなかったが,やがてウイルス培養によりJCウイルス株が単離されるに及び3),彼らの業績は確定した。

 筆頭筆者は,医学部学生のベッドサイドティーチングで病理を回っていたとき,たまたま悪性リンパ腫で末期に認知症を呈した症例の剖検に遭遇した。この症例に対し,長嶋和郎北大名誉教授が生で脳をカッティングし,白質病変を確認された。さらにこの脳は東京都神経科学研究所でウイルス培養され,東京1株が樹立された4)。これは,生の脳を的確にウイルス培養系に移さないとまず不可能であり,既成観念にとらわれてホルマリン固定していれば,診断はついたかも知れないが,後の多くの学問の発展をもたらすことは不可能であったと思われる。このような的確なヒト死後脳の処理は,死後脳研究推進を課題としているわれわれも肝に銘じるべき業績である。

 さらに,筆頭著者は米国留学中,後天性免疫不全症候群(acquired immunodeficiency syndrome:AIDS)の爆発的な流行と,有効な治療の出現による黎明期を経験した。神経病理クリニカルフェローとして迅速診断に携わっており,PMLの迅速診断凍結切片H. E.染色で,腫大したオリゴデンドログリアとマクロファージの出現をみて,指導医より手袋をすぐ2枚にしろと言われたことを思い出す。彼は,PMLと直ちに診断しただけでなく,当該例がAIDSであることを疑ったのである。このように,AIDSの出現でPMLの症例数の激増をみたばかりでなく,病変の広がりや性質が変わり,PMLの疾患概念自体の修正が余儀なくされた。この症例に関しては,神経病理クリニカルフェローとして,迅速凍結材料をPCR(polymerase chain reaction)診断のため提供すること,電顕でPapovaウイルスの核内封入体を探すことを課題とされた。

 さらに,AIDS治療の進歩による免疫学的再構築により,これまで欠如するとされてきた免疫応答に基づく炎症所見が,PMLの病像を修飾するようになった。さらに,免疫機能の回復によっては,PMLの治癒例が症例報告されるようになった。一方,宿主の免疫機能に対する操作が複雑化するに従い,PMLの発症につながる臨床的背景は多様化しており,脳生検による確定診断を必要とする症例も増加している。

 われわれは,臨床・画像・病理を密接に関連づけ,時間経過を追うアプローチを動的神経病理と称している。本稿では,PMLの動的神経病理の歴史的変遷を中心に,ウイルス学的事項,診断,治療について,概説する。

参考文献

1) Astrom KE, Mancall EL, Richardson EP: Progressive multifocal leukoencephalopathy: a hitherto unrecognized complication of chronic lymphocytic leukemia and Hodgkin's disease. Brain 81: 93-127, 1958
2) zuRhein GM, Chou S: Papova virus in progressive multifocal leukoencephalopathy. Res Publ Assoc Res Nerv Ment Dis 44: 307-362, 1968
3) Padgett BL, Walker DL, ZuRhein GM, Eckroade RJ, Dessel BH: Cultivation of papova-like virus from human brain with progressive multifocal leucoencephalopathy. Lancet 1: 1257-1260, 1971
4) Matsuda M, Jona M, Yasui K, Nagashima K: Genetic characterization of JC virus Tokyo-1 strain, a variant oncogenic in rodents. Virus Res 7: 159-168, 1987
5) 大場靖子, 澤洋文, 長嶋和郎: JC virusの分子病理学. No To Shinkei 54: 101-109, 2002
6) Matsushima T, Nakamura K, Oka T, et al: Unusual MRI and pathologic findings of progressive multifocal leukoencephalopathy complicating adult Wiskott-Aldrich syndrome. Neurology 48: 279-282, 1997
7) Kuroda R, Terada T, Yamazaki K, Obi T, Murayama S: A case of progressive multifocal leukoencephalopathy with hyper-IgM syndrome. Neuropathology 25: A25, 2005
8) 黒田康夫, 岸田修二, 原由紀子, 余郷嘉明, 水澤英洋, 他: 進行性多巣性白質脳症(PML)の診断基準. 厚生労働省科学研究費補助金特定疾患対策研究事業 プリオン病及び遅発性ウィルスに関する調査研究班 PML分科会, 2005
9) 余郷嘉明, 杉本智恵: PMLのPCR診断. 神経進歩 43: 128-136, 1999
10) Yousry TA, Major EO, Ryschkewitsch C, Fahle G, Clifford DB, et al: Evaluation of patients treated with natalizumab for progressive multifocal leukoencephalopathy. N Engl J Med 354: 924-933, 2006

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1344-8129

印刷版ISSN:1881-6096

雑誌購入ページに移動
icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら