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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩59巻6号

2007年06月発行

雑誌目次

特集 職業性神経障害の新しい展開

ライン作業・PC作業におけるジストニア

著者: 玉川聡 ,   魚住武則 ,   辻貞俊

ページ範囲:P.553 - P.559

はじめに

 ジストニア患者の一部に,職業的な運動の反復に関連した症例が存在する。このことは,専門家の間では周知されているが,労働者に直接かかわっている産業保健スタッフにはほとんど知られていないため,実態はつかめていない。われわれは,2003(平成15)年より厚生労働省の精神・神経疾患研究委託費研究「ジストニアの疫学,診断,治療法に関する総合的研究」の一研究課題として,職業性ジストニアの実態を把握するための診断指針の作成や調査を行ってきた。本稿では職業性ジストニアについて概説し,わが国における現状について,特にライン作業やpersonal computer(PC)作業に重点を置いて述べる。

器楽奏者のジストニア

著者: 坂本崇

ページ範囲:P.561 - P.566

 〈暗譜で弾くということがどのくらい大変なことか想像してほしい。楽譜を頭に入れて,間違わないように弾くだけでも大変なのに,それを何百回も繰り返して練習し,なお音楽を創りだしていかなければならない。ある指揮者はこうも言った。「ひとつの協奏曲を暗譜したら,今度は他のことを考えても指が自然に動くように何百回も弾き通せ」ヴァイオリニスト 小林武史〉


 器楽演奏は道具を操る人間にとって,高度にhumanな行為といえるだろう。特にそれを専門とするプロの演奏家の場合には,その感覚運動性と芸術的技巧を高度に発達させるべく,肉体的・精神的にたゆまぬ鍛錬を余儀なくされる。その過程の中で生じる疾患の1つが,本稿で取り上げる音楽家のジストニアであり,その原因が器楽演奏それ自体にあるという点で職業性神経障害の典型である。この疾患については,まだまだ研究の端緒についたばかりであり,十分な治療はおろか満足な診断さえ得られずに苦しむ患者が少なくない。したがって過去の研究・症例報告も,他疾患に比べて豊富に存在するとは言い難く,臨床の現場にあっても患者を目の前にして,手探りで経験を重ねてきたのが現状である。本稿はそうした暗中模索の中で行ってきた「観察」,そして治療経験の私的な記載も交えて概説したい。

書痙

著者: 村瀬永子

ページ範囲:P.569 - P.579

はじめに

 書痙はジストニアという運動異常症の一種で,主に書字時のみ,亢進した筋緊張のために捻転した異常肢位や運動が出現する疾患である。書字量が多かったり,無理な筆圧をかけたりする時期が長引くと発症する。特定の動作の繰り返しが発症に関係し,他には音楽家,パソコンユーザー,旋盤工,調理人などにもみられ,職業性痙攣(occupational cramp)と総称される。この運動異常症は直接患者の生活手段を脅かすものであり,治療は社会的な面からも重要である。

 書痙が最初に報告された歴史は古く,1800年代後半のヴィクトリア王朝時代にさかのぼる。当時世界貿易で繁栄していたロンドンでは,書記の間でscrivener's palsyと呼ばれる書痙が多く発生した。その後,仕事のときにのみ症状が出ることから,ヒステリー性疾患との異同が議論され,書痙がジストニアの一種とみなされるには,その後約100年の年月が必要であった。

 しかし,1980年代から書痙がジストニアとして認識されるようになっても,職業性神経障害といえば外傷性,あるいは中毒性疾患が主体で,職業性痙攣のような機能障害は今日まで,さほど注目されてこなかった。一方,職業性痙攣は仕事内容の変化に伴い増加しており,正確に認識されるべき時期にきている。患者自身が心因性と誤解していることも多い。若くして発症すると職を失い,雇用者の無理解な認識から再就職も困難である。あるいは不自由ながらも続けているうちに,他の症状,例えば,お箸を使うといった巧緻運動までも障害され,反対側の手にも症状が現れる。こうなると仕事を辞めても治らず,著しくADLが低下する。そのため,このような機能障害を広く理解し,早期治療に導いていくことは社会財産を守るうえで重要である。

 1985年にMarsdenらが,症候性ジストニア(脳梗塞や脳炎などの病気が一次的に存在し,ジストニアが二次的に出現した場合)を報告し,ジストニアは基底核の異常で起こると考えられるようになった(Marsden CD, 1985)。その後,書痙を中心に生理学的な研究が進み,定位脳手術時のヒトの基底核の情報も得られるようになり,現在では基底核を含む運動系ループで統一的に考えられてきている。しかしまだまだ未解明な点も多い。本稿では,まず書痙の病態を解説して,のち治療に言及する。

重金属中毒による神経障害,特に職業性マンガン中毒について

著者: 井上尚英

ページ範囲:P.581 - P.589

はじめに

 1837年に英国のCouper1)が,最初にマンガン中毒について報告した。20世紀初頭から中毒例が発生し始めた。第二次世界大戦の勃発とともに戦時産業への鉄鋼需要の増大に伴い,マンガン鉱山における採鉱量も飛躍的に増大した。それとともにマンガン鉱山の労働者の数も増え,中毒例が急増している。そして,1960年頃までに少なくとも400例以上もの中毒例が報告されている。これらすべてが職業病性の慢性中毒であり,そのほとんどが,マンガン鉱山や鋼鉄の溶融で中毒が発生したものである。その後は世界的に減少傾向にある。

 しかし,現在でもこのマンガン中毒は,鉱石産出国や発展途上国においては主要な職業病として注目されている。また,マンガンを含有する鋼鉄を切断したり,溶接する溶接工では,マンガン中毒が起こりやすいとされている。

 近年,溶接作業者にマンガン中毒が多発しているという報告が相次いでなされており,頭部MRI検査できわめて特徴的な所見がみられること2)もあり,マンガン中毒が職業病として新たに大きな注目を浴びてきている3)

 マンガン中毒は,職業曝露のみならず一般環境下においても起こることが報告されており,身近な金属中毒となってきている。長期にわたる経管栄養でも,マンガンの蓄積により典型的な中毒症状の発現をみるとされている。

 本稿では,職業性曝露によるマンガン中毒を中心に,新しい知見を交えて曝露状況,中毒症状,臨床検査所見,診断と治療を中心に詳細に述べることとする。

有機溶剤による神経障害―最近の知見

著者: 松岡雅人

ページ範囲:P.591 - P.596

Ⅰ.有機溶剤の性質

 有機溶剤は,常温,常圧で液体であり,油脂,樹脂やゴムなど水に溶けにくい物質を溶かす性質を有する有機化合物の総称である。基本骨格と官能基の種類に基づき,芳香族炭化水素,塩化炭化水素,アルコール類,エステル類,ケトン類,グリコール誘導体,脂環炭化水素,その他に分類され,各有機溶剤に特有な性質を持つ。有機溶剤は,塗料,印刷インキ,接着剤などの製造および使用,合成樹脂の製造や加工,金属材料などの脱脂洗浄,ドライクリーニングなど,産業界で広く使用されている。一般に,有機溶剤の空気に対する比重は1より大きく,揮発性に富み,脂溶性が大きい。そのため,経気道的および経皮的に吸収され,脂質の多い神経組織,肝臓や皮下組織などに分布する1,2)

総説

行政用語としての高次脳機能障害

著者: 矢野円郁 ,   三村將

ページ範囲:P.597 - P.604

はじめに

 高次脳機能障害(higher brain dysfunction)という語は,学術的・医学的用語として用いられる場合と行政用語とで,若干の意味の違いがある。前者の場合,高次脳機能障害とは「大脳の器質的病因に伴い,失語・失行・失認に代表される比較的局在の明確な大脳の巣症状,注意障害や記憶障害などの欠落症状,判断・問題解決能力の障害,情動の障害,行動異常などを呈する状態像」と規定され,比較的広い範囲にわたる認知行動障害を包括する概念である1,2)。一方,行政用語としては,2001(平成13)年度から推進されてきた厚生労働省の「対策支援モデル事業」において規定されているように,「いわゆる高次脳機能障害」として,比較的限定的な後遺障害を指す概念である。高次脳機能障害のうち,失語および失行,失認の一部については,精神障害ではなく身体障害の認定を受けられる可能性があるが,その他の注意障害や記憶障害,判断・問題解決能力(遂行機能)の障害,情動の障害,行動異常については,施策の対象となりにくく,患者やその家族から適切な対応を求める声が高かった。前述の厚生労働省の「対策支援モデル事業」は,このような社会的必要性を背景に行われてきたといえる。高次脳機能障害への対応が遅れている理由としては,症状の現れ方の個人差が大きいこと,その障害を目に見えるかたちで認識することが困難であること,高次脳機能を評価する手法自体がいまだ発展途上にあること,などが挙げられる。

 このような背景を踏まえ,厚生労働省において,高次脳機能障害者に対する支援施策を進めるにあたって,まず障害の内容や支援ニーズなどの実態を把握し,診断基準を確定するとともに,リハビリテーションのプログラムを作成し,さらに地域生活を支援する手段を提示することが必要であった。2001年度から5年間にわたって実施された「高次脳機能障害支援モデル事業」では,全国12地域の地方支援拠点機関などと国立身体障害者リハビリテーションセンターが参加して,データ収集とその分析結果をもとに,医学的リハビリテーションや生活訓練,就労・就学支援など,社会参加支援のためのプログラムが開発され,その有用性が実証された3,4)。この成果は,モデル事業に参加した支援拠点機関においては支援サービス提供にいかされており,今後は全国で高次脳機能障害者に対する支援体制が整備されることが急務である。

統合失調症の神経病理―新たな視点から

著者: 入谷修司

ページ範囲:P.605 - P.616

はじめに

 100年以上前に,Kraepelinが早発性痴呆(統合失調症)と呼ばれる症候群においては,脳の器質的な異変が起きているであろうことを仮想した。それ以来,Alzheimerら神経病理学の先駆者たちによって,精力的に統合失調症の脳病理が検討された。しかし,歴史的には有意な所見が見出されることなく,“Schizophrenia is a graveyard for neuropathologist”と言われる時代が続き,1952年の第1回国際神経病学会(Rome)において,“There is no neuropathology of schizophrenia”という結論に異議が唱えられることはなかった。その後30年間は,統合失調症の脳病理検索は衰退していた。日本においては,立津が「分裂病の脳病理学的背景」について精力的に検討を進め,神経細胞突起の変化(軸索や樹状突起,ことにapical dendriteの肥大と嗜銀性の増強,標本の地に対するそれらのコントラストの鮮鋭化),さらに神経細胞の胞体と核の異常な大きさと細胞周囲空の狭小化などの所見を見出して報告している84)。1961年の第4回国際神経病理学会(Munchen)で,立津が自ら見出した統合失調症の脳病理所見を講演し,聴衆から賞賛を浴びたという。その後こういった研究がまったくなされなかった訳ではないが,徒労に終わることが多く,研究報告も極めて少なくなった。その後,1980年代,CTなどの脳画像技術の進歩に伴って,統合失調症の形態学的な異常が報告されるようになり,さらにMRI,PET,SPECTなどにおいて機能を含めた詳細な統合失調症の脳画像の検討がなされるようになった。いまや,統合失調症における脳の体積変化(側脳室の拡大,側頭葉内側のvolumeの減少など)は,多くの研究者に受け入れられている82)。また,縦断的な検討においても,疾病経過での進行性の脳の体積変化の報告も,再現性をもった研究報告として受け入れられている30)。そういった画像研究の影響を受けて,再び神経病理学的な検討がなされるようになった。1990年の第11回国際神経病学会において,“Neuropathology of schizophrenia”のWorkshopが持たれた。従来の標本観察のみでなく,コンピュータを用いた画像解析,免疫組織学的特殊染色等の技術を用いて検討されるようになった。1990年代には,目覚ましい進歩をとげたゲノム研究において,統合失調症のリスク遺伝子が数多く報告された。その中でもいくつかの有力な候補遺伝子が神経の発達や分化,神経ネットワーク形成と関連していることが明確になりつつあり,神経病理と画像情報とゲノム研究がその統合を見出す入り口にきているといえる。この稿では,形態学的研究を概観し,神経発達障害仮説との関連,さらには進行性の脳病理は神経病理学的にはどのように検討すべきか,それらとゲノム研究との関連について概説する。

原著

多発性硬化症患者の生活の質構成要素に関する調査

著者: 菊地ひろみ ,   菊地誠志 ,   大生定義 ,   鈴木直人 ,   前沢政次

ページ範囲:P.617 - P.622

はじめに

 神経難病患者の療養生活を改善するには,医学的治療に加えて,心理的・社会的支援を含めた総合的なサポートが必要である。このような認識が広がるにしたがい,生活の質(quality of life: QOL)研究の必要性が認知され,QOL研究への関心が増大してきた1,2)。同時に,治療研究におけるアウトカム指標として,QOL評価尺度の開発が盛んに進められている3)

 多発性硬化症(multiple sclerosis: MS)患者のQOL向上を目指すにあたっては,まず患者のQOLの実態を把握することが必要である。それには,①MS患者のQOLがどのような局面から捉えられるのか,②そのための評価尺度はどうあるべきか,という2つの課題に同時に答えることが求められる。また,MS患者のQOLを評価する尺度は,病期・病型・重症度を広くカバーし,心理的要素,環境条件を含むことが必要である。加えて,患者が妥当であると考える結果を提示できるものでなくてはならない。

 疾患特異的QOL尺度のFAMS(functional assessment of multiple sclerosis)は,従来からMS患者のQOL調査において最も多く用いられている標準的尺度であり,QOLを多面的に捉えることができるとされている4,5)。しかし,日本語版については,予備研究の学会発表があるのみで,適切性の再確認が必要とされてきた。健康関連一般尺度のSF-36(The 36-item short form health survey)は,各種疾患の患者に加えて,一般健康人に対しても用いられるQOL尺度で,汎用性が極めて高く,多数の研究により標準値も報告されている6,7)。SF-36とFAMSを比較することで,FAMSの構成要素の過不足を検討でき,さらにFAMSの疾患特異的という特徴の優越性(あるいは劣等性)が検証できると考えた。一方,FAMSだけでは不十分な心理的要素の評価については,NAS-J(The Nottingham Adjustment Scale Japanese version),SOC(Sense of Coherence)の日本語版標準化が済んでおり利用可能である8,9)。効用値評価のためのEQ-5D(Euro Qol)は,簡便であり補助的なアウトカム評価項目として用いられることがあるので,FAMSとの関連性を調べた。また,最近QOL研究の分野で注目されているSEIQoL-DW(schedule for the evaluation of individual quality of life-direct weighting)は,患者個人のQOLの変化を経時的に評価するのに有用であり,調査の過程自体が,ナラティブの再構築という点で治療にも役立つとの指摘があるので,検討を行った。
 本研究では,以上の6種類の評価尺度を用いて,MS患者のQOLの構成要素を確認するとともに,各QOL評価尺度の適切性・有用性を検討した。

症例報告

AIDSに合併したクリプトコッカス髄膜脳炎の1剖検例―基底核および小脳病変のMRI画像と病理所見の対応

著者: 梅村敏隆 ,   平山幹生 ,   新美芳樹 ,   松井克至 ,   橋詰良夫

ページ範囲:P.623 - P.627

はじめに

 クリプトコッカス髄膜脳炎は非典型的症状で発症する場合があり,しばしば診断に難渋する。また中枢性クリプトコッカス症に伴うMRI所見としては基底核病変が知られているが,病理所見と対比した報告は少ない。今回われわれはAIDSに合併したクリプトコッカス髄膜脳炎で興味深い画像と病理所見を認めたので,文献的考察を含めて報告する。

随意吸気の困難を伴ったprogressive anarthriaの1例

著者: 李英愛 ,   内原俊記 ,   町田明 ,   綿引定清

ページ範囲:P.629 - P.632

はじめに

 構音障害あるいは発語失行で発症し,2年程度は認知症症状,四肢の運動障害,失語症を伴わず,motor speechの障害が緩徐に進行する神経変性症の一群(以下,progressive anarthria)が知られているが,これまで随意呼吸の障害を伴ったという報告例はない。われわれは,随意呼吸の障害が発声障害の原因の1つとなったと考えられた症例を経験したので,若干の考察を加え報告する。

神経画像アトラス

Villaret症候群で確認できた舌の半側脂肪変性

著者: 山下真理子 ,   山本徹 ,   中山圭子

ページ範囲:P.634 - P.635

症例 81歳,女性。心房細動,糖尿病,高血圧を治療中であった。2003年1月の脳梗塞で構音障害と右片麻痺がみられた。2006年8月中旬から嗄声と嚥下障害が出現し,精査のため同月末に入院した。入院時の血圧176/109mmHg,HR 100/分(不整),体温36.5℃,心雑音や頸部の血管雑音は認められなかった。神経学的には意識清明,瞳孔不同(右2.0mm,左2.5mm),右側に眼瞼下垂,軽度中枢性顔面神経麻痺,軟口蓋の挙上不良と声帯麻痺が認められ,嗄声と構音障害があった。僧帽筋は右側で軽度の筋力低下を示したが,胸鎖乳突筋の筋力は保たれていた。嚥下障害があり,舌は右側が隆起し,舌運動は不良,左側に偏位していた。四肢には中程度の右不全片麻痺があり,立位がかろうじて可能,深部腱反射は右上肢でのみ軽度亢進し,他は全般に低下,右側にBabinski徴候を認めた。明らかな難聴はなく,発汗の左右差や血圧および心拍数の変動はなかった。入院後,嚥下障害に対して胃瘻を施行した。

Neurological CPC・130

Parkinson病の臨床像を前景とした非定型的大脳皮質基底核変性症―L-dopaが有効であった1例

著者: 鏡原康裕 ,   清水俊夫 ,   望月葉子 ,   沖山亮一 ,   内原俊記 ,   小柳清光 ,   水谷俊雄

ページ範囲:P.637 - P.645

司会(脳神経内科 清水) 本日は,Parkinson病の経過中に認知症が合併しましたが,病理学的にはParkinson病ではなかった症例についての検討を行います。主治医の鏡原先生お願いします。


症例呈示

 主治医(脳神経内科 鏡原) 当初はParkinson病の臨床診断で経過をみていましたが,亡くなる2年前から認知症が出現,進行し,認知症を伴うParkinson病か,Lewy小体型痴呆(dementia with Lewy boclies:DLB)を疑った症例です。30歳時にMeniere病の既往がありますが,詳細は不明です。既往歴として高血圧があり,2000年からnilvadipineを服用していました。現病歴ですが,2000年秋,71歳頃から,上半身が座位でも立位でも右に傾くようになりました。徐々にその程度が強くなり,同年12月に府中病院神経内科を初診。この時には上記の姿勢異常はありましたが,筋緊張は正常でした。翌年に入り,スムーズな歩行ができなくなり,2月に転倒。この時の歩行障害は歩いているうちに徐々に前のめりになってしまう,加速現象でした。これをきっかけにL-dopa+carbidopaを開始。抗Parkinson病剤(抗パ剤)の内服により上半身の傾きや歩行障害は改善しました。しかし,10月頃から再び上記の姿勢異常と歩行障害が出現したために,翌年11月末日に都立神経病院に第1回目の入院となりました。

 神経学的所見では,診察時の会話などから精神症状や知的障害はないと考えられました。上方注視制限が軽度あり,軽度の仮面様顔貌で,やや単調な話し方でした。座位,立位において上半身は右に傾斜しますが,顔面の回旋はありません。右肩が左に比べて軽度挙上していましたが,自己矯正は可能でした。筋固縮は上下肢の近位部ではやや左に強い傾向はありましたが,その程度は軽度でした。腱反射は左右差なく,正常域で病的反射はありません。動作緩慢はありましたが,協調運動障害はなく,振戦はありません。起立可能で,歩行時には上半身は右に傾斜した状態で軽度の前屈が加わり,小股歩行となりました。腕ふりも両側とも乏しい傾向でした。Retropulsionは存在。MIBG心筋シンチグラフィーの心・縦隔(H/M)比は15分1.78,3時間1.66とParkinson病のパターンでした。リハビリテーションとpergolideの追加により,姿勢異常と歩行障害は改善しました(退院時,L-dopa+carbidopa 300 mg,pergolide 750μg)。

連載 神経学を作った100冊(6)

Romberg Sign 1840

著者: 作田学

ページ範囲:P.646 - P.647

 ロンベルク(Moritz Heinrich Romberg,1795~1873)は,ドイツ神経学の祖とされる。17世紀から18世紀にかけて神経病学はイギリス,イタリア,スイス,フランスに中心があったが,ようやくロンベルクがチャールス・ベルの著書を翻訳することにより,ドイツに広がっていく。

 ロンベルクの生涯は故豊倉康夫東京大学教授1),高橋 昭東海中央病院名誉院長ら2)の論文に詳しい。

 さて,ロンベルクが医学史に登場するのは,前述したようにチャールス・ベルの名著“The Nervous System of the Human Body(人体の神経系)”を翻訳したことに始まる3)。イギリスでは1830年に発刊されたが,早くも1832年にはベルリンで翻訳出版している。この本の付録として,ヨハネス・ミュラーによって,ベルの新しい実験による脊髄の2つの枝の研究という小論文が載せてある。これはもちろんベルに好意的な論旨になっている。

書評

「DSM-IV-TRケースブック【治療編】」―高橋三郎,染矢俊幸,塩入俊樹●訳 フリーアクセス

著者: 大森哲郎

ページ範囲:P.567 - P.567

 経過を聞き,所見を取り,診断を立て,治療方針を考える,この作業をわれわれは日々行っている。本書では,精神疾患各種34症例の経過と症状が記述され,DSM-IV-TRにしたがって診断が鑑別され,さらに症例によってはその後の経過までもが提示されている。これによって,それだけ読んでも具体的なイメージがわきにくい,DSM-IV-TRの診断基準が,実例に即して生き生きと伝わってくる。ここまでは,既に出版されているDSM-IV-TRケースブックと同様である。

 その姉妹編である本書の眼目は,実はその先にある。それぞれの症例について,その疾患の名だたる専門家が,一般的な治療指針にとどまらず,自分ならどのように治療するかを,かなり踏み込んで率直に語っているのである。あまりに操作的であるがゆえに,研究目的の診断確定には有用でも実際の臨床には不向きと思われがちなDSMシステムであるが,そんなことはないことが臨場感をもって納得できる。むしろ,現在の代表的な治療法がDSM診断体系に基づいて研究されているからには,この診断体系との照合なしに,治療を論じることはできないのである。本書は34症例の見事な臨床検討記録となっている。

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あとがき フリーアクセス

著者: 梶龍兒

ページ範囲:P.650 - P.650

 鴨長明(1153~1216)は方丈記のなかで人生を鴨川の流れに例えて,次のように書いている。「行く川のながれは絶えずして,しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかた(注:泡のこと)は,かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと,またかくの如し。」

 川にできてはまた消える,泡のような存在が人であるとすると,人を理解するにはその上流,つまり過去を見なくてはいけない。このようなこともあって私は,研修医の教育の場で「職歴」も病歴のうちということを口癖のようにいっている。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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