icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩59巻7号

2007年07月発行

雑誌目次

増大特集 情報伝達処理におけるグリアの機能と異常

グリア研究の新しい展開

著者: 工藤佳久

ページ範囲:P.655 - P.667

はじめに―ニューロン至上主義脳研究への疑問

 1980年代以降の脳研究は,指数関数的な進歩を遂げている。分子生物学の目覚ましい進歩とそれに伴う遺伝子操作に関わる技術の発展など,脳機能に関わる現象の分子レベルの実態を明らかにすることができるようになった。その結果,神経伝達物質受容体,イオンチャンネル,イオントランスポーターなどの機能分子が同定され,それらをベースとして視覚,聴覚,嗅覚,味覚などの感覚や運動制御のメカニズム,さらにはシナプス可塑性を基礎とした記憶の素過程の解明などが着々と進められている。その確かな成果を基礎として,脳機能の本質はニューロンの活動にあり,その機能はニューロン同士がシナプスを介して構成するネットワークの上に発現する,という考え方が組み上げられてきた。したがって,さらにニューロンとシナプスに関する生理学的機能とその基盤となる分子群のデータを積み上げていけば,やがては脳機能の完全解明に行き着くはずであると多くの脳研究者は考えてきた。しかし,本当にこの戦略で脳機能の本質的解明が可能だろうか。最近,筆者を含む多くの研究者が疑問を感じるようになってきた。脳を構成する細胞の中で,ニューロンよりはるかに数的に優位なグリア細胞にも,ニューロン活動に反応し,さらにニューロン活動に影響を与える能力があることが明らかにされてきたためである。

 グリア細胞が単にニューロンの外部環境の維持や,補修などの裏方的役割のみではなく,情報の伝達や処理にも積極的に関わることが確かであるならば,これまでの脳機能の理論には大幅な改訂が迫られる。しかし,本当にグリア細胞にそんな能力があるのだろうか。グリア細胞はニューロンのように信号伝導装置としての軸索を持っておらず,また活動電位を発生することもない。これまでに認識されてきたグリア細胞の形態と機能から考えれば,グリア細胞が情報伝達や処理に関わる可能性はほとんどないように思われるのは当然かもしれない。しかし,これまでに蓄積されているグリア細胞に関する情報にはいくつもの大きな誤解があり,それらが,グリア細胞を不活発であり,積極的には情報伝達や処理には関与しない細胞と考える原因になっている。グリア細胞研究の新しい展開の1つは,この形態の誤解を解くことであったと筆者は考えている。

小脳プルキンエ細胞の興奮性シナプス伝達におけるグリア型グルタミン酸トランスポーターの役割

著者: 小澤瀞司

ページ範囲:P.669 - P.676

はじめに

 中枢神経系の興奮性シナプス伝達は,主としてグルタミン酸を伝達物質とするグルタミン酸作動性シナプスで行われている。これらのシナプスでは,活動時に入力線維終末から放出されるグルタミン酸は,シナプス後ニューロンのグルタミン酸受容体を活性化させると直ちに消失する。例えば,小脳のプルキンエ細胞(Purkinje cell: PC)においては,登上線維(climbing fiber: CF)刺激によって興奮性シナプス後電流(excitatory postsynaptic current: EPSC)を誘発した場合,シナプス間隙のグルタミン酸濃度は,静止時の数μM以下から急激に9~12mMまで上昇し,数ミリ秒以内に元のレベルに戻る1)。この際のグルタミン酸の消失は,拡散とグルタミン酸トランスポーターによる取り込みによっており,後者の機能の低下はシナプス間隙へのグルタミン酸の貯留をもたらし,興奮性シナプスにおける情報伝達のシグナル・ノイズ比を減少させ,場合によってはグルタミン酸によるニューロンの過剰興奮,さらには興奮毒性(excito-toxicity)によるニューロン死を招くことになる。

 グルタミン酸トランスポーターは細胞形質膜,ミトコンドリア,シナプス小胞に存在するが,ここではグリアまたはニューロンの形質膜上に存在するトランスポーターについて論ずる。このトランスポーターは,Na依存性にグルタミン酸の高い濃度勾配(細胞外では数μM,細胞内で約10mM)に逆らって,グルタミン酸を細胞外から細胞内に移送する役割を持つ。現在までに,このようなグルタミン酸トランスポーターには,excitatory amino acid transporter 1(EAAT1またはGLAST),EAAT2(GLT-1),EAAT3(EAAC1),EAAT4,EAAT5の5種類のサブタイプの存在が知られている2,3)。このうち,EAAT5は網膜のみに,他の4種類は中枢神経系に分布し,GLASTとGLT-1はグリアに,またEAAC1とEAAT4はニューロンに存在する。

 本稿では,小脳のCFおよび平行線維(parallel fiber: PF)終末がPCと形成するグルタミン酸作動性シナプスにおけるグルタミン酸トランスポーターの役割について,特に,PCと密接な関係にあるベルクマングリア(Bergmann glia: BG)との機能連関という観点を中心に述べてみたい。

アストロサイトにおけるグルタミン酸トランスポーターの機能

著者: 田中光一

ページ範囲:P.677 - P.688

はじめに

 グルタミン酸は,哺乳類中枢神経系において約80%の神経細胞が用いる主要な興奮性神経伝達物質であり,記憶・学習などの脳高次機能に重要な役割を果たしている1)。しかし,その機能的な重要性の反面,興奮毒性という概念で表されるように,過剰なグルタミン酸は神経細胞障害作用を持ち,さまざまな神経変性疾患に伴う神経細胞死の原因と考えられている2)。したがって,シナプス間隙におけるグルタミン酸濃度は厳密に制御されなければならない。シナプスにおけるグルタミン酸の動態はFig.1Aのように考えられている。シナプス前終末から放出されたグルタミン酸は,シナプス後細胞のグルタミン酸受容体に結合しその効果を発揮するが,伝達終了後シナプス間隙のグルタミン酸は,アストロサイトおよびシナプス後細胞膜に存在するグルタミン酸トランスポーターにより細胞内に取り込まれる。アストロサイトに取り込まれたグルタミン酸は,グルタミン合成酵素によりグルタミンに変換され,グリア細胞外に放出され,グルタミン―グルタミン酸サイクルを経て,再びシナプス小胞に蓄えられる。現在,脳内には4種類のグルタミン酸トランスポーターが存在することが知られており,EAAT1(GLAST),EAAT2(GLT1),EAAT3(EAAC1),EAAT4と命名されている3)。EAAT1,EAAT2は主にアストロサイトに,EAAT3,EAAT4は神経細胞に存在する(Fig.1B)4)。近年,グルタミン酸トランスポーター欠損マウスの解析を通じ,グルタミン酸トランスポーターの各サブタイプの機能的役割が明らかになりつつある4)。本稿では,グリア型グルタミン酸トランスポーターのシナプス伝達・神経細胞の保護・脳形成における役割を概説する。

介在ニューロン付随性グリア細胞による神経活動の修飾

著者: 山崎良彦 ,   加藤宏司

ページ範囲:P.689 - P.695

はじめに

 近年,グリア細胞による情報伝達への関与が広く注目を集めている。これまでは活動電位を発生しないという事実から電気的には静かな細胞(idle cell)とみなされ,神経活動にはさほど寄与していないと考えられてきたが,ことに細胞内カルシウム濃度の測定をきっかけとして,グリア細胞の能動的な機能の存在が強く示唆されてきている1,3,21)。また,三者間シナプス(tripartite synapse)3)やグリア-ニューロン回路網(glia-neuron networks)16)といった新しい概念が次々と提唱され,脳機能の本質を理解するためにはグリア細胞の関与も考慮する必要が生じてきた。

 筆者らは,細胞レベルでのニューロンとグリア細胞との相互作用に注目しているが,それを直接的に証明するために,ニューロン付随性グリア細胞という細胞に着目した。ニューロン付随性グリア細胞の存在自体は,ラモン・イ・カハール(Ramon y Cajal)のスケッチ1)にもみられるように,神経系の研究の初期から知られていた。しかし,この細胞の研究については,虚血性変化や軸索切断など病的な状態における報告はいくつかあるものの4,14,23,24,30),電気生理学的・形態学的性質の詳細や生理的機能を報告したものはほとんど見当たらない。本稿では,ニューロン付随性グリア細胞の性質およびニューロンとの相互作用についての筆者らの研究成果を示し,この相互作用の生理的意義について述べる。

アストロサイトにおける神経伝達物質の開口放出

著者: 高橋正身 ,   板倉誠 ,   山森早織

ページ範囲:P.697 - P.706

Ⅰ.開口放出の役割

1.生理活性物質の分泌機能18)

 細胞内小胞と細胞膜の融合による開口放出(エキソサイトーシス)は,エンドサイトーシスとともに,すべての有核生物が持つ機能である。細胞内シグナル系で制御されることなしに恒常的に起こる開口放出は構成性分泌と呼ばれ,細胞外マトリックスや血液中の蛋白質などの分泌に利用されている。それに対して神経伝達物質や,ホルモン,サイトカイン,消化酵素などのさまざまな生理活性物質の開口放出の誘発は,細胞内シグナル系で制御され調節性分泌と呼ばれている。従来,調節性分泌は神経細胞や分泌細胞などに特有な機能と考えられていたが,最近では心筋細胞や脂肪細胞なども,心房性ナトリウム利尿ペプチド(atrial natriuretic peptide:ANP)や,アディポカインのようなホルモンを分泌することが明らかとなってきた。またリンパ球や白血球もさまざまなサイトカインを開口放出しており,調節性分泌も有核細胞で普遍的に行われている可能性が高くなっている。


2.細胞膜成分の組み込み機能18)

 細胞膜への膜蛋白質の組み込みにも開口放出が関与している。従来は構成性分泌による組み込みのみが注目されていたが,近年さまざまな膜蛋白質が調節性の分泌機構で細胞膜に組み込まれ,状況に応じた機能調節に関わっていることがわかってきた。インスリンが作用すると,筋肉細胞や脂肪細胞で細胞内へのグルコース取り込みが高まり血糖値が低下する。グルコース取り込み能の増加は,細胞質内にあるGLUT4と呼ばれるグルコーストランスポーターをのせた細胞内小胞が,インスリンレセプターの活性化によって開口放出され,GLUT4が細胞膜へ組み込まれることによって引き起こされる。記憶・学習の基盤と考えられている脳のシナプスの長期増強現象は,さまざまな機構で引き起こされるが,海馬CA1領域でのシナプスでは,神経活動に依存してシナプス後膜上の機能的レセプターの数が増えることによってシナプス伝達効率が高まっている。初期の研究ではグルタミン酸レセプターのリン酸化による機能調節が主と考えられてきたが,最近は開口放出による細胞膜のレセプター数の増加が主要な機構であると考えられるようになってきている。これ以外にも全身のさまざまな臓器においてイオンチャネルやレセプター,接着分子,トランスポーターなどの細胞表面への発現が,調節性分泌機構によって制御されていることが明らかになってきている。

ATPを介したニューロン・アストロサイト相互調整

著者: 小泉修一 ,   藤下加代子

ページ範囲:P.707 - P.715

はじめに

 グリア伝達物質(gliotransmitter)という単語をたびたび目にするようになった。これは神経伝達物質(neurotransmitter)に対する造語で,グリア細胞が放出する化学情報伝達物質の意である。これにより,グリア細胞は他の近隣グリア細胞,血管およびニューロンと積極的なコミュニケーションをとっているのである。グリア細胞は,ごく最近までニューロンの物理的支持,栄養因子放出や老廃物除去など,ニューロン活動を支える裏方として働いていると考えられるに過ぎなかった。ましてや脳機能のダイナミズムに,グリア細胞が積極的に関与するとは想像すらできなかった。しかし,アストロサイトが脳機能の根幹ともいうべきシナプス伝達を,実に積極的かつダイナミックに制御するという事実により1,2),グリア細胞は一躍,脳研究の檜舞台に躍り出たといえる。アストロサイトは,ニューロンに寄り添い,ほとんどのシナプスを取り巻くように存在し,各種神経伝達物質に即時的に応答し,しかも活動依存的にATPおよびglutamateなどのグリア伝達物質を放出する“信号発信機能”を有する。これらの事実は,グリア細胞-ニューロン間の積極的なコミュニケーションが,情報処理・発信を形成していることを推測させる。さらに,アストロサイトはそのendfeetで血管を包み込み,毛細血管外腔側に位置する血管周皮細胞とも,グリア伝達物質により積極的にコミュニケーションをとる。本稿では,ATPを切り口として,アストロサイト-ニューロン間,さらにアストロサイト-脳血管コミュニケーションの生理学的および薬理学的性質を示し,“静なる巨人”グリア細胞の脳機能制御における動的な側面,およびその重要性に関する最新の知見を述べる。

グリア細胞におけるG蛋白質共役型受容体の機能

著者: 古田晶子 ,   和田恵津子 ,   和田圭司

ページ範囲:P.717 - P.724

はじめに

 G蛋白質共役型受容体(G-protein coupled receptor:GPCR)は,ゲノム上最大の膜蛋白質ファミリーを構成し,ホルモン,神経伝達物質をはじめとする,さまざまな生理活性物質の作用を伝達することで代謝,内分泌,血圧調節,血液循環など生命の恒常性,さらには脳機能制御に重要な役割を果たす。また,医療用薬剤のおよそ半数がGPCRを標的にすると考えられており,GPCRはさまざまな病態に対する治療薬を開発するうえで,最も重要な標的分子の1つとして位置づけられている。筆者らはこれまでに,GPCR mRNAの包括的定量解析系を構築し,グリア細胞,神経系前駆細胞をはじめとする選択的細胞種,あるいは選択的な脳領域で発現するGPCRの同定とその機能解析を行ってきた。その結果,神経系前駆細胞の増殖や運動性(未発表データ),あるいはグリア新生1)に関わるGPCRが見出され,また各種のペプチドをリガンドとする相当数のGPCRが,グリア細胞で発現することが見出された(未発表データ)。グリア細胞はこれまで単なる神経細胞の支持細胞として位置づけられることが多かったが,近年の研究から,ニューロン・グリア相互作用を通して神経伝達の制御に積極的に関わっていることが明らかとなってきている2)。またグリア細胞のなかでも特にアストロサイトは血管内皮細胞,ペリサイトとともに血脳液関門を構成しており,末梢組織からの生体情報の検出,あるいは脳内への物質の取り込み・排出などに関しても重要な役割を果たすと考えられている。グリア細胞に存在するGPCRはこれらニューロン・グリア相互作用,さらには脳内代謝制御を実行する分子として重要であると筆者らは考えており,その機能解析を通して神経伝達制御だけでなく内分泌代謝,免疫など脳が受容するさまざまな生体情報の処理に関しても,新たな成果が生み出されると考えている。また,精神神経疾患の病態形成におけるグリアの役割解明,グリアを標的にした治療法の開発などについても,従来の概念を超えた新たな展開が期待できると考えている。本稿ではアストロサイトに発現するGPCRのうち,情動性記憶におけるニューロテンシン2型受容体の役割と,発生期のアストロサイト新生,および成体脳損傷時の反応性アストロサイトにおけるpitsuitary adenylate cyclase-activating peptide (PACAP)/vasoactive intestinal peptide (VIP)受容体の役割について,これまでの研究の進展を概説する。

哺乳類中枢神経系におけるD-セリンの役割

著者: ,   森寿

ページ範囲:P.725 - P.730

はじめに

 D型異性体アミノ酸の1つであるD-セリンが,哺乳類の脳に豊富に存在し,その分布がNMDA型グルタミン酸受容体(GluR)と類似していることが1993年,初めて報告された。D-セリンはNMDA型GluRサブユニットのグリシン結合領域に結合し,内在性コアゴニストとしてその機能を調節していると考えられることから,生理的なシナプス可塑性だけでなく神経細胞死や,精神疾患の病態に関与していることが示唆されている。D-セリンの合成に関わると考えられているセリンラセマーゼが,グリア細胞の1つであるアストロサイトに存在していることから,D-セリンはグリア細胞由来の新しい神経伝達調節因子(gliotransmitter)の1つとして注目されている。本稿では,脳内D-セリンの役割について,最新の知見を中心に概説する。

アストロサイトにおけるアミノ酸代謝異常と神経疾患―ホモシスチン尿症を手がかりとして

著者: 榎戸靖

ページ範囲:P.731 - P.737

はじめに

 長らくニューロンのサポート役と考えられてきたグリア細胞が,さまざまな精神発達障害や神経疾患の原因となることが明らかとなり,近年多くの関心を集めている1-3)。中でも,脳内においてニューロンの約10倍存在するといわれるアストロサイトは,その多様な生理機能も含め,現在最も注目される研究対象の1つとなりつつある。これまで筆者らはヒトにおいて精神発達遅延,てんかん,うつ病,人格障害等の神経症状を呈するホモシスチン尿症の原因遺伝子,シスタチオニンβ-シンターゼ(CBS)に注目し解析を行ってきた。驚いたことに,システイン代謝の鍵酵素として脳内に広く存在すると考えられていたCBSは,発生の早い段階からラジアルグリア/アストロサイト系譜細胞で特異的に存在していることが明らかとなった。これらの結果は,アストロサイトにおけるアミノ酸代謝が脳神経系の正常発達,および高次脳機能維持にとって必須の役割を演じていることを意味するだけでなく,これまでほとんど知られていなかったアストロサイト機能障害に端を発する,“アストロサイト病”の病態メカニズムを解明するうえでも極めて重要な知見となることが期待される。

神経因性疼痛におけるミクログリアの関与

著者: 井上和秀

ページ範囲:P.739 - P.746

はじめに

 近年,グリア細胞がさまざまな神経疾患と深く関与していることが明らかになってきた13)。本編では,神経疾患として,モルヒネも効きがたい最悪の疼痛である神経因性疼痛を取り上げ,それとミクログリアやアストログリアの関係,ならびにミクログリアにおけるATP受容体の機能についてまとめた。ミクログリア活性化における,さまざまな分子との相互関係など,今後探求すべき課題が多く残されているが,ミクログリア活性化は神経因性疼痛の発症に重要な役割を演じていることは疑いのない事実であろう。

グリア細胞機能異常動物の開発

著者: 田中謙二 ,   李海雄 ,   池中一裕

ページ範囲:P.747 - P.753

はじめに

 グリア細胞の機能を調べるために,グリア細胞の機能を欠失・障害させたモデル動物を作り,そのモデル動物の表現型を調べることによって,グリア細胞の機能を帰納的に調べることができる。以上のようなステップを踏んで,グリア細胞の機能を明らかにしようという試みがある。この方法を遂行するうえで律速段階になるのが,モデル動物の開発になると思われる。本稿ではグリア細胞機能異常モデル動物の開発に関する総論と,筆者らが作出したグリア細胞特異的疾患であるAlexander病のモデル動物について,これまで得られた知見(Tanaka et al. 2007)について各論として述べる。なお,本稿ではマウスのみを取り扱う。体が透明な線虫やゼブラフィッシュとレーザー照射という組み合わせで,グリア細胞を欠失させ,神経回路網の変化を調べている研究グループも存在することも付記しておく。

シナプス・グリア動態の可視化

著者: 西田秀子 ,   岡部繁男

ページ範囲:P.755 - P.761

 情報を送る神経と受け取る神経からなるシナプスに,その直近に存在するグリア細胞を付け加えた“Tripartite synapse(三者から成るシナプス)”1)という言葉が初めて使われて8年が経ち,アストロサイトがシナプス伝達を積極的に修飾していることを支持する非常に多くの知見が集積してきた。しかしながら,それらの多くは電気生理実験から得られたものであり,それに比して形態学的証拠はいまだ非常に少ない。本稿では,アストロサイトとシナプス構造の形態学的解析について,まずさきがけとなった固定標本による解析を簡単に紹介する。そのあと,本稿の主題である,近年相次いで報告された,生きた組織におけるアストロサイトとシナプス構造の可視化技術と,その技術によって可能となった観察およびその結果について紹介したい。

ミクログリア可視化トランスジェニックマウスの作製

著者: 平澤孝枝 ,   高坂新一

ページ範囲:P.763 - P.772

はじめに

 中枢神経には,ニューロンの他に3種類のグリア細胞,すなわちアストロサイト,オリゴデンドロサイト,ミクログリアが存在している。ミクログリアは,他のグリア細胞とは異なり,骨髄由来系の単球を由来としていると考えられており,脳発達期において脳内に浸入してくると考えられている1-3)。ミクログリアは,中枢神経系の環境の変化を察知するセンサー的な細胞であると考えられているが,その主な役割は,障害を受けた神経細胞や脳領域に対して防御する機能を持つとされている。すなわち,障害や疾病等の脳内の環境変化にいち早く対応し,脳の恒常性を保護する役割を持つと考えられている。しかし,一方で,NO(nitric oxide)や活性酸素等の神経毒性を持った活性物質を放出し,神経細胞死を促すことがアルツハイマー病等の病態モデルから報告されている4)。また,その起源や形態変化,神経細胞を中心とした周囲の細胞との細胞間連絡,脳機能の異常を察知するメカニズム等については,いまだ不明な点が多い。このように,ミクログリアの詳細な情報を得ることは,脳機能を研究するうえでも非常に重要であると考えられる。われわれの研究グループは,これまでにミクログリア/マクロファージの特異的蛋白質であるIba1(Ionaized calcium binding adapter molecule 1)をクローニングし,ミクログリアの機能について研究を行っている。

 今回われわれは,Iba1プロモーターの下流にEGFPのコンストラクションを結合することでIba1-EGFPトランスジェニックマウス(以下Iba1-EGFPマウス)を作製し,生体内におけるミクログリアの動態を可視化することを試みた5)。本稿では,その結果も含め生体内におけるミクログリアの動態について述べることとする。

イン・ビボにおけるアストロサイトの動態計測

著者: 平瀬肇 ,   高田則雄

ページ範囲:P.773 - P.781

はじめに

 成熟した脳において,アストロサイト(星状神経膠細胞)は神経細胞の活動を代謝面から支援し,細胞外環境のイオン濃度を一定に保ち,神経細胞から放出されたグルタミン酸の回収といった補佐的な役割を担う細胞だとされてきた。これは,代謝物質や免疫物質の輸送にかかる循環器系と,脳の情報処理を担う神経系とを結びつけているアストロサイトの形態的構造を考慮すると妥当であり,実際にアストロサイトの補佐的な役割は数多く報告されてきた。

 最近,脳の情報処理におけるアストロサイトの機能が注目を集めつつある。その背景には,グルタミン酸やアデノシン三リン酸等の神経伝達物質がアストロサイトから分泌されるといった報告1-3)がなされ,アストロサイトが能動的に神経回路の動態を調節する可能性が示唆されたことがある。また,近年の分子生物学の進展による大規模な網羅的遺伝子スクリーニングが実施され,細胞種・脳部位・操作時期が特異的な遺伝子改変動物の作成が可能となり,蛍光イメージング等の計測技術が進歩したことも大きく影響している。

 これまで,アストロサイトに関する生理的な研究の多くは培養細胞や急性スライス標本を使用した実験系で行われてきたが,神経生理学の研究の究極の目標は培養細胞実験等で確認されたそれらの知見が,実際に生きている生物の個体脳(in vivoの状態)で機能し得るかを実証することにある。In vivoの状態でグリア細胞の生理機構が解明されたならば,情報処理に関するグリア細胞の関与だけでなく,グリア細胞に変異が認められる疾患の治癒への道が拓ける可能性も生まれ,研究の意義も大きい。そこで本稿ではin vivoの状態でグリア細胞の生理的機能を計測・解析できる実験手法を紹介する。

学会印象記

第10回国際パーキンソン病・運動障害コングレス

著者: 水野美邦

ページ範囲:P.696 - P.696

 上記国際学会が2006年10月28日から11月3日まで,京都国際会議場で開催された。これは,International Movement Disorder Societyが毎年開催するもので,これまではヨーロッパとアメリカで交互に開催されてきたが,今回初めてアジアにやってきた。総勢3,000名以上の参加者を得,そのうち80%以上は,海外の参加者という文字通り,国際学会がそのまま日本にやってきたような学会であった。

 学術集会の内容は,教育講演,シンポジウム,ビデオセッションなどであるが,本学会に特徴的なセッションは,Skills WorkshopとMeet the Expertsで,前者は,例えばボツリヌストキシンのセッションでは,その道のエキスパートが実際に,患者さんやビデオを前にして,具体的に本治療法の適応はもちろん,具体的手技を披露して,聴衆と身近に討論をするセッションである。

総説

Cerebral Microbleedの臨床的意義と診断基準の提案

著者: 今泉俊雄

ページ範囲:P.783 - P.791

はじめに

 ラクナ梗塞や深部脳出血などのsmall vessel diseaseを引き起こす原因として穿通枝動脈のlipohyalinosisなどのmicroangiopathyが29),また皮質下出血の原因としてamyloid angiopathyが考えられている29)。脳血管撮影(CT angiography,MR angiographyを含む)ではこれらの動脈起始部病変を診断できるが,血管撮影がこうしたmicroangiopathyの診断に有用とはいえない。ラクナ梗塞や脳出血をCTやMRIで見る以外,microangiopathyの存在を画像上診断することは今まで不可能であった。一方,頭蓋内出血関連疾患を診断する際,ヘモジデリンを強調して描出するのに最適な方法の1つであるgradient-echo T2-weighted MR imaging(T2強調画像)を用いる機会が増えている2,5,9,11-15,18,24,32,34,40,53,56)。Small vessel diseaseの原因となるmicroangiopathyやamyloid angiopathyなどに関連した微小脳内出血が変性し最終的に脳内点状ヘモジデリンになるが,これをcerebral microbleed(CMB)またはmicrobleedと呼ぶのが一般的である9,10,12,18,27,31,32,34,41,50-52,54,58)。CMBについての初期の報告から約10年が経過し,CMBを用いてmicroangiopathyの診断が可能になり,さらにCMBの数,CMBの新生を観察することでmicroangiopathyの重症度を判定でき,脳卒中の再発を予測できるようになった6,9,13,14,17,18,41,42,51)。またCMBはsmall vessel diseaseやamyloid angiopathy以外の脳血管障害や認知機能障害にも関連することがわかった3,5,6,11,24,32,56)。本論文では,今までの研究報告をまとめ,CMBの臨床的意義について述べたい。さらにCMBの診断基準の作成を試みた。

原著

補足運動野症候群を呈した神経膠腫手術例の検討

著者: 渡辺茂樹 ,   櫻田香 ,   毛利渉 ,   佐藤慎哉 ,   嘉山孝正

ページ範囲:P.793 - P.796

はじめに

 補足運動野(supplementary motor area: SMA)は,前頭葉内側部に存在し,前交連(anterior commissure: AC)を通り,前交連(AC)―後交連(posterior commissure: PC)lineに垂直なVCA (vertical commissure anterior) lineにより,前方のpre SMAと後方のSMA properとに区別される1)。SMA properは運動の企画,開始,維持を担っているとされ,前方から顔面,上肢,下肢という体部位局在がある2)との報告もなされている。

 SMAの障害により,対側の麻痺と,優位半球病変ではmutismが生じるが,それらは比較的急速に回復することが特徴とされ,補足運動野症候群(SMA症候群)と呼ばれている。今回われわれは,当科で開頭術を行った前頭葉gliomaのうちSMA症候群を呈した4例において,SMAの摘出範囲と従来報告されているSMAの体部位局在との関係についての検証をしたので報告する。

症例報告

Fischer斑を伴った髄膜血管型神経梅毒の1剖検例

著者: 小尾公美子 ,   土谷邦秋 ,   安野みどり ,   太田聡 ,   中村亮介 ,   秋山治彦

ページ範囲:P.797 - P.803

はじめに

 梅毒は,梅毒スピロヘータとして知られているTreponema pallidum(梅毒トロポネーマ)による感染性疾患であり,その未治療患者の4~9%が神経系の障害を生じる神経梅毒となる1)。第二次世界大戦後,ペニシリン療法の導入と,診断技術の向上によりその頻度は著しく減少し2),近年,典型的な病理像に遭遇することは極めて稀になった。このような背景の中で,今回われわれは,臨床的には精神症状を主体として,明らかな髄膜刺激症状を欠き,病理学的には髄膜および脳血管周囲への細胞浸潤とFischer斑とを同時に認めた神経梅毒の1症例を経験したので報告する。

連載 神経学を作った100冊(7)

John Cooke“A Treatise on Nervous Diseases” (1820-1823)

著者: 作田学

ページ範囲:P.804 - P.805

 ジョン・クック(John Cooke)はThe Royal Medical and Chirurgical Society of London(現在のRoyal Society of Medicine)の会長に1830年3月に推されてなった。London Hospitalの医師としても人望があったのだろう。この同じ頃,Royal SocietyにはJames Parkinsonも会員として出入りをしていた。この両者が出会った記録があるかどうかをRoyal Societyの司書Debbie Peasons氏にお尋ねしたが,そのような記録はついに見つけられなかったという。

 この書の原型はCroonian Lectureで1819年に行った卒中についてという講演であった。第1巻は1820年,第2巻の第1部は1821年,第2巻の第2部は1823年に刊行された。

--------------------

あとがき フリーアクセス

著者: 高坂新一

ページ範囲:P.810 - P.810

 少し前から私が担当するあとがきでは,その時々の出来事を簡単に書いておくようにしている。後で本特集号を読み返した時,これがどのような社会情勢の中で発行されたのか,思い出せるようにするためである。今回も何を取り上げようかと考えていたが,ご多分に漏れず,あまり良いニュースではなかった。前代未聞の現役農林水産大臣の自殺,緑資源機構の問題,社会保険庁のずさんな年金管理などなど,どれをとっても頭を抱えるばかりである。ゆいいつ若干楽しいニュースといえば,ハンカチ王子を擁する早稲田大学の6大学野球,春のリーグ戦優勝程度であろうか。

 さて,本号は「情報伝達処理におけるグリアの機能と異常」と題した増大特集号である。これまでグリア細胞は,脳内において,損傷修復,血液脳関門,ミエリン形成,ニューロン周辺環境の維持など,さまざまな機能を果たしていることが明らかにされてきたが,最近になり,主にニューロンが担っていると考えられてきた神経伝達情報処理にも,グリア細胞が深く関与している事実が積み重ねられつつある。この特集号においては,グリア細胞が持つ多様な機能の中でも,特に最近注目を集めている神経伝達情報処理に焦点を当てて,編集されている。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら