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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩60巻2号

2008年02月発行

雑誌目次

特集 がん治療と神経障害

放射線照射による脊髄障害と神経叢障害

著者: 嶋崎晴雄 ,   中野今治

ページ範囲:P.115 - P.121

Ⅰ.放射線神経障害

 がん治療のため放射線照射を行った場合,それが原因で神経系に障害をきたすことがある。神経系の放射線障害は,その神経障害部位から放射線脳障害,放射線脊髄症,放射線末梢神経障害に大きく分けられる。また,障害の経過からは,放射線照射後数日から数カ月して起こり,一過性で1~9カ月(平均3カ月)で自然寛解する急性一過性放射線障害と,照射後6カ月以降に生じる難治性の慢性進行性放射線神経障害に分類される1)。本稿では,主として遅発性放射線脊髄障害と,末梢神経障害について概説する。

放射線照射による脳障害

著者: 淺井昭雄 ,   河本圭司

ページ範囲:P.123 - P.129

はじめに

 この20年の間に,悪性脳腫瘍に対する集学的治療の内容は飛躍的に充実した。手術を支援するさまざまな機器の発達により,脳機能を温存しつつ腫瘍を最大限に摘出する手術が可能となり,施設によってできることに差はあるものの,少なくともその方針の妥当性は広く認識されるようになった。化学療法では,テモゾロミドの出現により悪性グリオーマの治療成績もわずかではあるが改善が期待でき1),大量メトトレキセート療法により脳原発悪性リンパ腫の治療成績は飛躍的に改善し2),プラチナ製剤を主力とする化学療法により,悪性胚細胞腫の治療成績も一定の改善をみている3)。放射線治療の内容はというと,これまで行われてきた局所あるいは全脳に対する分割照射(conventional radiation therapy)が依然golden standardであるものの,ガンマナイフをはじめとする定位放射線治療の普及により治療の幅が大きく広がった。これら悪性脳腫瘍の集学的治療は,いずれも放射線治療なしでは考えられず,放射線治療は依然,悪性脳腫瘍治療の中心的役割を果たしていると言っても過言ではない。悪性脳腫瘍の治療成績を考えるとき,生存の期間(survival time)と質(quality of life: QOL)の両方を考えなければならない。悪性脳腫瘍治療後の5年生存率はこの20年間,腫瘍の種類によって差はあるが,おおむね不変ないし若干の改善をみるのみであるが,2年生存率あるいはprogression free survivalになると,どの腫瘍でも飛躍的に改善している。これは初期治療で局所コントロールが十分にできるようになったことと,初期治療後のQOLが向上したことに起因していると考えられる。初期治療後のQOLの向上には,上述の手術方法の改善と放射線の照射法の改善が大きく寄与していると考えられる。それほど遠くない昔,悪性グリオーマに対して全脳照射が広く行われていた時代もあった。

 初期治療後,急速に認知障害が進行するため仮に寛解導入できたとしてもQOLは不良で,初期治療後,離床できないまま腫瘍再発をきたし死に至る症例も多々みられた。照射範囲が局所照射に変わってからQOLが格段に改善したという経緯がある。昨今,上述のconventional radiation therapy,定位放射線治療以外に,中性子捕捉療法,強度変調放射線治療,tomotherapy等々,さまざまな種類の放射線治療が単独のみならず組み合わせでも行われつつあり,このあたりで一度QOLに多大な影響を及ぼしうる,これら放射線治療による正常脳組織障害を再認識することは極めて重要であると考える。

 本稿では,これまで報告されている正常脳組織に対する放射線障害をreviewし,標的となる組織,細胞,分子機序などを整理して解説する。

抗悪性腫瘍薬による末梢神経障害

著者: 楠淳一 ,   齋藤豊和

ページ範囲:P.131 - P.136

はじめに

 近年,悪性腫瘍に対する治療法の進歩は著しく,外科的治療法,化学療法,放射線療法など新たな治療法の開発が試みられ,その成果により患者の生存率は改善されてきている。神経内科領域では脳脊髄腫瘍,び漫性髄膜がん腫症などの患者を診ることは多いが,腫瘍に対する直接的治療は脳神経外科,転移性腫瘍の場合は原発巣によりそれぞれの担当科へ依頼することが大半であり,神経内科医が直接悪性腫瘍の治療に携わることは少ない。しかしながら,治療による二次的変化により中枢や末梢神経に障害が生じると,他科からコンサルテーションの依頼を受けることは少なくない。これらの中枢神経障害としては,担がん患者の免疫能力低下に伴うさまざまな中枢神経感染症,悪性リンパ腫,進行性多巣性白質脳症,遠隔効果としてのがん性小脳皮質変性症,辺縁系脳炎,オプソクローヌス・ミオクローヌス症候群や化学療法に伴う白質脳症など,さまざまである。一方,悪性腫瘍と末梢神経障害ではTable1に示したような関連性が挙げられている。特に近年,悪性腫瘍に対する新しい化学療法が多く試みられ,それに伴う新たな副作用も報告されており,医療関係者は熟知しておく必要がある。

抗悪性腫瘍薬による白質脳症

著者: 水谷智彦

ページ範囲:P.137 - P.141

はじめに

 がん治療に伴う神経障害のうち,白質脳症が起こる頻度は抗腫瘍薬の種類・投与方法・投与量・投与期間,また,併用療法の種類と有無などによって異なっている1,2)。白質脳症では原因となる抗腫瘍薬を早期に中止しないと重篤になり,死亡することも稀ではない。ここでは,抗腫瘍薬による白質脳症を早期発見するために必要な事項を中心に述べてみたい。

がん治療と脳血管障害

著者: 赫洋美 ,   内山真一郎 ,   岩田誠

ページ範囲:P.143 - P.147

はじめに

 1985年のGrausらによる大規模剖検調査によると,悪性腫瘍患者3,426例のうち,500例(14.6%)に脳血管障害を認め,そのうち244例は脳出血,256例が脳梗塞であったという1)。脳梗塞の117例が症候性脳梗塞であり,悪性腫瘍患者の合併症として脳血管障害は,高頻度に認められるといえる。

 悪性腫瘍に伴う脳血管障害の原因はさまざまである。潜在性の悪性腫瘍の遠隔効果により神経症状を生じるTrousseau症候群は,血液凝固亢進により脳卒中症状を生じる病態である2)。化学療法の合併症として脳血管障害を発症することもあり,特に乳がんに対する化学療法とホルモン療法の併用により,脳梗塞のリスクが増すことが報告されている3)。また,頭頸部腫瘍に対する放射線治療では,頸動脈の動脈硬化を加速させ,長い潜伏期間を経て頸動脈狭窄から脳梗塞発症の危険を伴うことが知られている4)

 本稿では,Trousseau症候群,がん薬物療法,および放射線治療と脳血管障害を中心に述べることとする。

抗がん薬と頭痛

著者: 濱田潤一

ページ範囲:P.149 - P.155

はじめに

 がんの治療においては外科的療法だけではなく,分子標的薬などの近年の化学療法用薬剤の発展や治療法の改良により,化学療法が治療の主体となることも多くなってきている。また,血液系の悪性腫瘍の治療に関しては従来と変わることなく化学療法が主たる治療法である。抗がん薬の単剤のみならず多剤の併用により,副作用も多彩となり臨床的に正確な評価が必要である。この治療経過で,悪性腫瘍の患者の治療過程で起こるさまざまな症状が,いかなる要因に由来するものかを明らかにして,適切な対処を行わなければならない。最も重要なことは,原疾患の進展もしくは原疾患に起因する身体状態の変化なのか,薬剤あるいは治療による症状かを鑑別することであろう。

総説

神経変性疾患における酸化ストレス

著者: 柴田亮行 ,   小林槇雄

ページ範囲:P.157 - P.170

はじめに

 アルツハイマー病(AD),パーキンソン病(PD),筋萎縮性側索硬化症(ALS),進行性核上性麻痺,ピック病,皮質基底核変性症,多系統萎縮症,ハンチントン病(HD)などに代表される神経変性疾患は,疾患概念が確立されて以来,長きにわたって原因不明とされてきた。しかし,分子生物学的手法の発展と普及に伴い,近年その病態が明らかにされつつあり,酸化ストレスの関与を示唆する報告はとりわけ多い1-7)。確かに,ADにおけるアミロイド-β(Aβ)の蓄積,PDにおけるα-シヌクレイン(αS)の蓄積あるいはALSにおけるグルタミン酸受容体サブユニットGluR2のRNA編集率低下が,酸化ストレスの発生に関連するとの指摘は興味深い3,4,6,8-10)(Fig.1)。ただし,酸化ストレスが神経変性疾患の原因,結果,随伴現象のいずれなのかについては議論のあるところである11-13)。酸化ストレスとは,生体内に生じた活性酸素種(ROS)や活性窒素種(RNS),およびこれらから派生する酸化修飾産物が生命現象に与える影響を表現する専門用語である14-16)。酸化ストレスがもたらす結果は,ROS/RNSの種類と多寡あるいは細胞種により多岐にわたる。生理的な状況では軽微な酸化ストレスが正常な細胞活動を支えるのに対し,病的な状況では強力な酸化ストレスが細胞死,炎症反応,細胞増殖などを惹起する。神経変性疾患は慢性的な経過をたどるので,組織や細胞が短時間で機能停止に陥る急性疾患とは質的量的に異なる酸化ストレスが病態に関わると予想される。本稿では,この点に配慮しつつ,AD,PDおよびALSを中心に,病態に関与する酸化ストレスについて概説する。

症例報告

嚥下障害,拘束性換気障害を呈したdiffuse idiopathic skeletal hyperostosis

著者: 安部真彰 ,   小笠原淳一 ,   古賀道明 ,   川井元晴 ,   根来清 ,   神田隆

ページ範囲:P.171 - P.174

はじめに

 Diffuse idiopathic skeletal hyperostosis(DISH)は脊椎をはじめ,骨盤や四肢諸関節周辺の靱帯や腱の骨付着部に著明な骨化を認めることを特徴とし,1975年Resnickら1)により提唱された疾患概念である。今回われわれは,嚥下障害と拘束性換気障害を呈したDISH例を経験した。本症で嚥下障害や換気障害がみられることはあまり知られていないが,その発現機序に関する新たな知見が得られたので報告する。

孤発性三叉神経症で発症したroot entry zone部橋梗塞の2症例

著者: 木下良正 ,   原田篤邦 ,   安河内秀興 ,   津留英智 ,   奥寺利男

ページ範囲:P.175 - P.179

はじめに

 三叉神経痛や三叉神経症が単独で発症した場合,微小血管や腫瘍による三叉神経圧迫,多発性硬化症や帯状疱疹による三叉神経損傷が考えられる。脳梗塞1-11)や脳出血12)などの脳血管障害によって三叉神経症や三叉神経痛を単独発症した報告は非常に稀である。今回われわれは,橋梗塞により孤発性三叉神経症を呈した2症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する。

非階段状緩徐進行性対麻痺を示した脊髄血管内悪性リンパ腫症

著者: 中尾直樹 ,   吉田眞里 ,   岩田学 ,   橋詰良夫 ,   佐藤功

ページ範囲:P.181 - P.185

はじめに

 血管内悪性リンパ腫症(intravascular malignant lymphomatosis:IVL)は,当初は皮膚科領域の疾患として報告され,本態がB cell lymphomaであることが判明する以前の1961年に,Bravermanら1)が皮膚症状と中枢神経症状を呈することを報告した。1965年にStrouthら2)が中枢神経症状を主とする症例を経験しneoplastic angioendotheliosisと命名して以来,神経疾患として多数の剖検を中心とした症例報告がある。本症の病態は腫瘍細胞の血管内塞栓で,その腫瘍細胞は血管内皮細胞の悪性化として捉えられていたが,その後免疫組織学的検討からB細胞由来のリンパ球であることが示され,現在はIVLと呼称される。臨床症状は急性の梗塞症状で発症し,脳梗塞や脊髄梗塞としての片麻痺や対麻痺の報告が多い。症状が進行する場合は発作性の梗塞による階段状の経過で増悪する。われわれの例は7カ月にわたりほぼ非階段状で緩徐進行性の対麻痺をきたし死亡しており,このような臨床経過はIVLとしては稀なものと思われる。

新規のSPG4遺伝子変異を認めた家族歴のない純粋型遺伝性痙性対麻痺症例の臨床像

著者: 町野由佳 ,   小久保康昌 ,   相馬広幸 ,   矢部一郎 ,   佐々木秀直 ,   葛原茂樹

ページ範囲:P.187 - P.189

はじめに

 遺伝性痙性対麻痺(hereditary spastic paraplegia: HSP)は,緩徐進行性の痙性対麻痺を主徴とする遺伝性神経変性疾患群であり,HSPの原因遺伝子座は現在のところ30種類同定されている。われわれは,新規のspastin遺伝子変異を伴った家族歴のないSPG4症例を経験したので,その臨床像の詳細について報告する。なお,本症例の遺伝子変異については,別報1)を参照されたい。

顕著な左右差を呈したhypokalemic mypopathyの1例

著者: 谷口昌光 ,   谷口央 ,   坂野信

ページ範囲:P.191 - P.194

はじめに

 Hypokalemic myopathyは,体内からのカリウム(K)喪失あるいは摂取不足によって体内K含有量が低下し,creatine kinase(CK)などの筋原性酵素の上昇を伴って軀幹・四肢の筋力低下を生じる疾患である。通常,急性あるいは亜急性に発症し,筋力低下は下肢近位筋に始まり,上肢近位筋ないしは軀幹・頸部筋群に波及する1-3)。今回,われわれは甘草を含む漢方薬の内服と飲酒を原因とし,一見すると片麻痺と捉えられるほどの顕著な左右差を呈したhypokalemic myopathyの1例を経験したので報告する。

睡眠呼吸障害が診断の契機となったJoubert症候群の25歳男性例

著者: 渥美正彦 ,   武田毅治 ,   三崎吉行 ,   緒方洋

ページ範囲:P.195 - P.198

はじめに

 Joubert症候群は小脳虫部の発生異常を病態の中核とする先天奇形であり,生下時の発作性多呼吸―無呼吸,眼球運動異常,運動失調,筋緊張低下,精神運動発達遅滞を特徴とする1)。出生直後の発作性多呼吸―無呼吸は本症候群に特異的であり早期診断に重要であるが,加齢に伴い呼吸異常は軽減傾向を示すことも多く2),他の症候は多彩であることから,成長後の本症候群患者を診断することはしばしば困難である。ここでは,覚醒時の呼吸異常の軽減後,睡眠時無呼吸を目撃されたことを契機に診断にいたったJoubert症候群(JS)の成人例を提示し,文献的考察とともに報告する。

連載 神経学を作った100冊(14)

ガルヴァニ 筋肉の運動における電気力ノート(1791)

著者: 作田学

ページ範囲:P.200 - P.201

 この「神経学を作った100冊」シリーズは筆者が原著を持っているものに限っている。しかしながら,この稀覯書はついに手に入らず,筆者の手元にはファクシミリ版しかない(Fig.1)1)

 ガルヴァニは1737年にイタリアのボローニャで生まれ,1798年に亡くなった。ボローニャの医学校を卒業し,ボローニャ大学に奉職,解剖学と産科学の教授になり,1772年には学長に就任した2)

書評

「グラント解剖学図譜(英語版CD-ROM付 第5版)」―坂井健雄●監訳・小林 靖,小林直人,市村浩一郎●訳  フリーアクセス

著者: 大谷修

ページ範囲:P.199 - P.199

 本書は,JCB Grant教授により1943年に出版された“Grant's Atlas of Anatomy”の第11版の日本語訳である。

 本書の最大の特長は,古典的な解剖図のすばらしさにある。この図譜の多くの解剖図は,カナダのトロント大学の解剖学博物館に展示してある解剖標本を,落ち着いた色彩で美しく,正確に描いたものである。十数年前,トロント大学を訪れた際に,解剖学博物館に立ち寄ってみた。そこには,Grant教授が作った,複雑な構造をわかりやすく解剖した標本が展示してあり,それを学生たちがスケッチしている光景を見ることができた。このように,本書の主要な解剖図は実物を忠実に再現してあり,したがってわかりやすく,実習室で解剖しながら,あるいは遺体のない時でも,予習や復習に役立つのである。

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あとがき フリーアクセス

著者: 岩田誠

ページ範囲:P.206 - P.206

 今,30年前に受け持った1人の患者のことを思い出している。それは喉頭がんの方で,根治手術の後,放射線治療が行われていた。この方が神経内科に入院したのは,遅発性放射線脊髄症により四肢麻痺を生じたためである。知的能力が保たれていながら,しゃべることはおろか声を発することもできず,四肢麻痺もあるため,意思の疎通に大変苦労した。しかし,がんを治療した医師たちは,「がんは治癒しているので,もう治療の必要はない」と患者に告げていた。実際,この方はその後何年もこのままの状態で生き延びられたが,がんの再発はなかった。

 私は抗がん薬や放射線照射による治療の結果生じてしまった神経内科後遺症の患者を,数えきれないほど診てきたが,そのたび,このような結果を避けることはできなかったのだろうかと切実に思う。がんの専門家は,抗がん薬治療や放射線照射を行うとき,骨髄抑制のような急性の病態には注意をはらうが,“遅発性放射線脊髄症”のように,治療終了後長時間を経過してから出現してくる現象を観察しないし,抗がん薬による末梢神経障害の後遺症によって,その後延々と続く耐え難い異常感覚に苦しんでいる患者にも無関心である。これらの患者は例外なく,がんを治療した医師からは,「もうがんは治っているのだから通院する必要はない」と告げられている。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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