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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩61巻11号

2009年11月発行

雑誌目次

特集 前頭側頭葉変性症

前頭側頭葉変性症の概念成立の経緯と分類

著者: 岡本幸市

ページ範囲:P.1203 - P.1208

Ⅰ.前頭側頭葉変性症とは

 前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)とは,臨床的に特徴的な行動異常や言語機能異常がみられ,画像的には前頭葉と側頭葉を中心とした萎縮や機能低下を呈する“非Alzheimer型変性疾患の一群”を指す臨床的概念であり,臨床的,神経病理学的および遺伝学的側面においても多様であり,単一疾患ではなく種々の疾患を含む。ユビキチン陽性タウ陰性神経細胞内封入体を有する群はFTLD-U(FTLD with ubiquitin positive tau negative)と呼ばれ,2006年にこの封入体の主な構成成分がTDP-43からなることが明らかになり1,2),FTLDは大きな研究対象となっている。FTLDと前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD)という用語はしばしば同義的に使用されており,論文を読む際には注意が必要である。本稿ではFTDやFTLDの概念成立の経緯と分類について概説する。

前頭葉・側頭葉障害の症候

著者: 水野智之 ,   武田克彦

ページ範囲:P.1209 - P.1218

Ⅰ.前頭葉・側頭葉障害の症候

 前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)では当然前頭葉・側頭葉が障害されその症候が出現するが,あらゆる前頭葉・側頭葉障害の症候がFTLDにおいて出現するわけではない。FTLDに特有な症候の配合(constellation)は本特集の他稿へ譲る。本稿ではその基礎にある一般的な前頭葉・側頭葉障害の症候(Table1,2)について述べるが,ところどころでFTLDとの関連について触れる。

FTLDの神経心理学的検討

著者: 鈴木匡子

ページ範囲:P.1219 - P.1225

はじめに

 前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)に神経心理学的検査を行う主な目的は,症状の的確な把握と経時的変化の観察である。前頭葉や側頭葉の機能を調べるために,これまで多彩な神経心理学的検査が開発されてきた。その中でFTLDに適切な検査を選択するためには,各検査の意義や方法,患者の認知機能状態,臨床の現場での状況(所要時間,場所,人員)など,多くの要因を勘案する必要がある。本稿では,比較的手に入れやすい検査を中心に,FTLDにおいて臨床や研究で使われているものを紹介する。

前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD)の症候

著者: 市川博雄 ,   河村満

ページ範囲:P.1227 - P.1235

はじめに

 前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)とは,前頭葉や側頭葉前部,あるいはその両者を病変の首座とする変性性認知症疾患の総称である。本稿ではその代表的病型である前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD)1-5)について概説する。FTDは病変分布から前方型認知症とも呼ばれ,病変部位を反映するように性格変化や異常言動といった臨床像が前景となる。一方,記銘力障害や視空間認知障害は目立たず6-9),後方型認知症であるAlzheimer病(Alzheimer disease:AD)とは対照的である6-9)

 FTDはADとは異なり単一疾患を意味するものではなく,臨床的,遺伝的,病理学的に多様性を有する疾患群である1-5,7)。病理学的にはPick病を代表とするタウ陽性構造を伴う群(タウオパチー)のほか,ユビキチン陽性タウ陰性構造を伴う群(FTLD with ubiquitinated inclusions:FTLD-U)などが含まれ7,10-13),後者は筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)を合併し得る点で注目されている1-5,7,10-13)。認知症とALSの合併は古くはわが国を中心に報告され,認知症を伴うALS(ALS with dementia:ALS-D)あるいは湯浅・三山型としても知られてきたが14-20),最近の病理学的新知見の集積によって,FTLD-U,ALS,ALS-Dは同一病態の異なる表現型である可能性が指摘されている7,10-13)。病理学的知見については他稿を参照していただき,本稿ではFTDの自験例を提示しつつその臨床像について概説する。

Semantic dementia―多様式的な概念知識の障害

著者: 西尾慶之 ,   森悦朗

ページ範囲:P.1236 - P.1251

はじめに

 進行性の意味記憶(semantic memory)障害を主徴とする,現在われわれが意味性認知症(semantic dementia:SD)と呼んでいる症候群は,20世紀初頭のPickの最初の報告以来,神経症候学,神経心理学的研究を通じて一臨床症候群としての地位が確立されてきた1,2)。行動型FTD(behavioral variant of frontotemporal dementia:bvFTDもしくは単にFTD),進行性非流暢性失語(progressive nonfluent aphasia:PNFA),およびSDを主たる臨床3亜型として位置づけた包括的臨床病理学的概念である前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)の提唱3,4),およびその後の臨床病理学的検討5-7)によって,SDが比較的均質な病理学的背景を有していることがわかってきた。さらに,近年の分子生物学,免疫組織化学的研究によって,大部分のSD患者脳で認められるタウ陰性ユビキチン陽性封入体病理の本態がTAR DNA-binding protein of 43kDa(TDP-43)であることが明らかになった8)。病態に関わる知見が蓄積されつつある現在,SDの診断を的確に行うことが臨床面においても研究面においても重要性を増してきている。

 本稿では診断の要であるSDの症候学的側面,特に意味記憶障害に焦点を当てて概説を行う。鑑別診断などの臨床的な話題のみならず,意味記憶/概念知識の神経基盤に関わる神経心理学的,認知神経科学的側面に関しても紙幅を割いて紹介する。

Progressive nonfluent aphasia―近縁症候との対比

著者: 福井俊哉

ページ範囲:P.1252 - P.1258

はじめに

 最も障害されている認知領域をもって,認知症を特徴づける考え方がある。言うまでもなく,記憶が一義的に障害される疾患がAlzheimer病(Alzheimer disease:AD)であり,人格・行動・感情が一義的に障害される疾患が前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD)である。同様に,主に言語系が一義的に障害される疾患が進行性失語である。

 進行性失語の概念は,北米では原発性進行性失語(primary progressive aphasia:PPA)として1980年初頭に提唱された。この概念は純粋に臨床症状に立脚したものであり,その後,広く受け入れられ汎用されている1,2)。一方,Arnold Pickの思想の影響が強い欧州では,Pickが側頭葉の限局性萎縮と進行性失語を関連付けたことから,進行性失語は前頭側頭葉の限局性萎縮を呈する疾患〔前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTDL)〕3)の一臨床症状である点を重視する。

ALS患者のMRI所見―認知症と画像所見の関連

著者: 佐藤香菜子 ,   青木茂樹 ,   岩田信恵 ,   阿部修 ,   森墾 ,   大友邦

ページ範囲:P.1259 - P.1268

はじめに

 筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)は,ユビキチン陽性タウ蛋白陰性封入体の主要蛋白がTDP-43であるということから,認知症を伴うALS(ALS with dementia:ALS-D),タウ蛋白陰性の前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD)と一連の疾患として認識されてきている。

 認知症を伴うものに限らず,ALSではmagnetic resonance imaging(MRI)に認められる異常は微細で,現在でもMRIの通常の目的は梗塞や腫瘍などの除外のために行われる。ALSのT2強調像,T1強調像,FLAIRなどの通常の撮像法の所見は,皮質脊髄路の信号変化や運動野のT2強調像での信号低下などが挙げられるが,正常でもみられるものもあり特異度は高くはないものが多い。

 ALS-Dでは通常のMRIでの報告は少ないが,側頭葉前部内側優位の萎縮と皮質下の高信号がみられるという。一方,拡散テンソル画像(diffusion tensor imaging:DTI)での錐体路変化の報告は,region of interest(ROI)法,tract-specific analysis(TSA)法,標準脳を利用する画像統計解析法などの種々の方法でなされており,fractional anisotropy(FA)の減少あるいはapparent diffusion coefficient(ADC)の上昇という点で,ほぼ一致している。われわれは,認知症に関連する可能性のある線維として鉤状束のFA値が正常と比べALSで低下していることを報告1)した。

 T1強調像をベースとした容積に関する画像統計解析の報告も多く,認知症と関連して前頭葉・側頭葉中心の萎縮を報告している者もある。

 本稿ではALS,ALS-DのMRI所見についての撮像法・解析法ごとに解説する

FTLDのMRI

著者: 大場洋 ,   徳丸阿耶

ページ範囲:P.1269 - P.1273

はじめに

 前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)は,前頭葉と側頭葉に比較的強い萎縮を有し,比較的特徴のあるMRI所見を呈するが,FTLDに分類される個々の疾患まで特定するのは,MRIだけでは困難である。しかし,十分な臨床症状・臨床経過,主治医(基本的には神経内科医)の判断などを踏まえたうえで,神経放射線科医が,あくまで画像診断であるが,個々の臨床的(Table1)あるいは病理学的分類(Table2)まで踏み込んで診断名をつけることは,許容されると考える。

 MRIで,ほぼ左右対称性に前頭葉,側頭葉に広範に強い萎縮を認め,比較的早期からknife-blade atrophyと呼ばれるような,特徴的な大脳皮質の強い萎縮がみられればPick病疑いとし,左側頭極中心に強い萎縮があって,語義認知症に合致する臨床情報があれば,意味性認知症(semantic dementia:SD)疑いとし,左上側頭回や下前頭回に目立つ萎縮があり,進行性失語を示す臨床症状があれば,進行性非流暢性失語(progressive nonfluent aphasia:PNFA)疑いとし,高齢者の認知症で,片側優位に扁桃体内側からう回回,前方海馬の強い萎縮があれば,嗜銀顆粒性認知症(dementia with grain:DG)疑いとして,報告することになる。

 最近では,統計学的画像解析であるvoxel-based morphometry(VBM)を使用して,灰白質萎縮の客観的評価が可能になり,FTLDのMRI診断に応用されてきている1)。また,松田2)が開発したvoxel-based specific regional analysis system for Alzheimer's disease(VSRAD)は,VBMを用いた画像統計解析手法で,移行嗅内野皮質を関心領域として,Alzheimer病診断のための非常に簡便で有用なソフトウェアであるが,FTLDの診断にも役に立つ。FTLDの1つ,認知症を伴う筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis with dementia:ALS-D),三山型ALSについては,別稿に譲る。

FTLDの脳機能画像

著者: 中野正剛 ,   松田博史

ページ範囲:P.1275 - P.1284

はじめに

 高齢者の増加に伴って,認知症を有する高齢者数も年々増加する傾向にあること1)は既に数年来喧伝されてきた。1990年代後半に上市された,Alzheimer型認知症(Alzheimer disase:AD)治療薬であるドネペジル塩酸塩の登場2)以降,認知症における臨床研究が積極的になされるようになり,変性疾患の3大認知症のうち,ADとLewy小体型認知症(dementia with Lewy bodies:DLB)についてはある程度の知見が蓄積されてきている。医療・福祉関係者だけでなく,広く一般にまでこれら2つの認知症が認知されるように至った今日,残る前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)についての関心が高まってきていることは至極自然な流れであろう。

 一方,分子生物学的な研究成果から,FTLDは,Pick病に代表されるタウ蛋白陽性封入体〔嗜銀球(Pick球)〕を含むタウオパチー群と,TAR DNA binding protein 43kDa(TDP-43)を主要構成成分とするユビキチン封入体を含むユビキチノパチー(FTLD with tau negative, ubiquitin positive inclusions:FTLD-U)群に分けられることが判明し3,4),特にTDP-43の存在を確認することがFTLD-U群における診断に有用ではないかと期待されている。

 しかし,現在の技術レベルでは,こうした分子生物学的知見の成果を日常診療で存分に発揮できるまでには至らず,従来から使用可能な臨床検査技術をもって診断・治療にあたっている現状である。このような背景を踏まえ,本稿ではFTLDにおける脳機能画像について述べる。

FTDP-17 (MAPT)とFTDP-17 (PGRN)

著者: 坪井義夫

ページ範囲:P.1285 - P.1291

はじめに

 タウ遺伝子(microtubule-associated protein tau:MAPT)変異を伴う家族性前頭側頭型認知症パーキンソニズム〔frontotemporal dementia and parkinsonism linked to chromosome 17:FTDP-17(MAPT)〕は,成人発症の神経変性疾患が単一遺伝子変異(monogenic disease)で引き起こされることを証明した点で,この分野において何よりも重要な疾患である。

 FTDP-17(MAPT)は非常に稀な疾患でありながら,孤発性のタウ蓄積病(タウオパチー)すなわち進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy:PSP)や大脳皮質基底核変性症(corticobasal degeneration:CBD)あるいはPick病などの病態解明,あるいは将来における進行予防や治療に関するまで,この疾患から得られるものは多い。これは,家族性Parkinson病におけるシヌクレイン遺伝子異常や家族性筋萎縮性側索硬化症におけるTDP-43遺伝子異常,などと比肩される。

 その理由は,病理所見における分子学的特徴いわゆる“封入体”に原因遺伝子のコードする蛋白が直接関連するからである。すなわち異常凝集体として,遺伝子産物(タウ,シヌクレイン,TDP-43)がリン酸化などの修飾を受けながら神経細胞内封入体を形成しているという点でこれらの疾患は共通点がある。さらに遺伝的に17番染色体に連鎖が確認された家系の中からFTDP-17(MAPT)と臨床的に酷似したプログラニュリン遺伝子(progranulin:PGRN)変異が認められ,FTDP-17(PGRN)の概念が確立された。FTDP-17(PGRN)の病理においてTDP-43封入体がみられることから,今後はタウとTDP-43凝集の上流に存在する病態,すなわち神経細胞障害を誘発する共通の機序が注目されるようになった。

細胞内TDP-43蓄積のメカニズム

著者: 野中隆 ,   新井哲明 ,   長谷川成人

ページ範囲:P.1292 - P.1300

はじめに

 2006年,筆者らのグループ1)および米国Virginia M-Y. Leeのグループ2)は,それぞれ独立に,ユビキチン陽性封入体を伴う前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degenaration with tau-negative, ubiquitin-positive inclusion:FTLD-U)および筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)の患者脳に蓄積する新しい細胞内蓄積蛋白質としてTDP-43を同定した。

 TDP-43は,核に局在する蛋白質で,転写・翻訳の制御に関与すると考えられている。患者脳において,TDP-43は核内だけでなく細胞質においても蓄積することから,TDP-43の局在変化がその蓄積と密接に関連していることが推測できる。現在,筆者らも含めていくつかのグループが,酵母・培養細胞を用いてTDP-43の細胞内蓄積を再現することに成功しており,その蓄積メカニズムが解明されつつある。本稿では,筆者らの結果と共に最近の報告を紹介し,細胞内TDP-43蓄積メカニズム,およびそれに伴う細胞死誘導メカニズムについて考察する。

TDP-43の遺伝子変異とその意義

著者: 石原智彦 ,   横関明男 ,   西澤正豊 ,   高橋均 ,   小野寺理

ページ範囲:P.1301 - P.1307

はじめに

 神経変性疾患の多くは疾患特異的な封入体を有する。この封入体構成蛋白を同定することは,その疾患の発症機序の解明に重要である。筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)に出現する代表的な病理学的異常構造物としては下位運動神経核におけるBunina小体とユビキチン陽性タウ陰性封入体(ubiquitinated neuronal cytoplasmic inclusion:U-NCI)が知られている。これらの構成蛋白は近年まで不明であった。

 2006年孤発性ALS(sporadic ALS:SALS)におけるU-NCIの構成蛋白がTAR DNA-binding protein of 43KDa(TARDBP:TDP-43)であることが報告された1,2)。さらに2008年になりわれわれからの例を含めTDP-43変異を伴う家族性ALS(familial ALS:FALS)およびSALS例が相次いで報告され,ALS-10として分類された(OMIM:#612069)。2009年6月の段階で,ALS-10におけるTDP-43変異の種類は30種類に上っている(Table)3~15)。これらの報告によって,ALSの病態機序においてTDP-43が1次的な役割を果たしていると考えられるに至っている。本稿では,ALS研究におけるTDP-43変異の意義について検討する。

FTLD-Uの病理

著者: 吉田眞理

ページ範囲:P.1308 - P.1318

はじめに

 筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)の舌下神経核や脊髄前角運動ニューロンにみられるユビキチン免疫染色に陽性を示す線維状封入体skein-like inclusions(SLI)あるいは球状のround inclusions(RI)1,2),そして認知症を伴う筋萎縮性側索硬化症(ALS with dementia:ALS-D)3,4)やユビキチン陽性封入体を伴う前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration with ubiquitinated inclusions:FTLD-U)5)の海馬歯状回顆粒細胞や前頭側頭葉皮質の神経細胞に出現するタウやシヌクレインに陰性でユビキチンにのみ陽性を示す封入体(ubiquitinated inclusions:UI)6-8)はALS,ALS-D,FTLD-Uの病理診断の指標となっていたが,UIの本体は長い間不明であった。2006年にNeumannらとわが国のAraiらによってUIの構成蛋白がTAR DNA-binding protein of 43 kDa(TDP-43)であることが同定された9-11)。ALSやFTLD-Uの病理所見で観察されるUIが免疫組織学的にTDP-43に陽性を示すことが確認され,疾患解明の大きな突破口となっている(Fig.1)。本稿ではALSからFTLD-Uの病理像をTDP-43陽性封入体と後述するサブタイプの所見とともに解説し代表的な症例を紹介する。

FTLD-Uと認知症を伴うALS―両者間の神経病理学的異同について

著者: 譚春鳳 ,   豊島靖子 ,   柿田明美 ,   高橋均

ページ範囲:P.1319 - P.1327

はじめに

 前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)は,初老期ではAlzheimer病に次いで頻度が高い認知症であり,臨床的には,特徴的な行動異常や言語機能異常がみられ,画像的には前頭葉と側頭葉を中心とした萎縮や機能低下を呈する病態の臨床的概念である。病理学的には,FTLDは単一疾患ではなく,種々の疾患を含む総称と言えるものである。

 神経細胞内に蓄積した異常蛋白によって,FTLDは主にタウオパチー(異常リン酸化タウが細胞内に蓄積する疾患群:代表的疾患としてPick病,皮質基底核変性症など)とユビキチン陽性,タウおよびα-シヌクレイン陰性細胞内封入体の出現を特徴とするFTLD-Uの2群に分けられる1)。認知症を伴う筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis with dementia,ALS-D)はFTLD-Uと同様で,海馬顆粒細胞および大脳皮質神経細胞の胞体内にユビキチン陽性封入体(ubiquitin-positive inclusions,UI)を認めることが特徴である2)

 ALSの下位運動ニューロンに出現するUIとともに,上記UIの原因蛋白は長い間不明のままであったが,2006年その構成蛋白としてTAR DNA-binding protein of 43kDa(TDP-43)が米国およびわが国の研究グループによって同定され,近年の最大のトピックスの1つとなっている3,4)。現在,これらユビキチン/TDP-43陽性異常構造物の出現を特徴とする多くの疾患は,TDP-43 プロテイノパチーという1つの疾患概念に集約されてきている。

 本特集では,本稿に先行してFTLD-Uの神経病理像の詳細が記述されているので,ここではまず,その基本的な病理所見のみの記載とともに,当教室で経験したFTLD-U症例の臨床病理像(TDP-43の病理像を含む)を呈示する。次に,ALS-Dの疾患概念の確立から臨床病理像までを総説し,最後にFTLD-UとALS-Dの神経病理学的異同を概説する。なお,FTLD-Uという疾患概念は,本来広く運動ニューロン疾患を伴うものと伴わないものを含有するが,本稿では,FTLD-Uは運動ニューロン疾患を伴わないそれのみを指すこととする。

FTLD-UとPick球のないPick病―臨床と病理

著者: 池田研二

ページ範囲:P.1328 - P.1336

Ⅰ.歴史的経緯

 現在ではPick病はPick球を伴う症例のみを言うが,つい最近までこの概念は明確ではなくPick球を伴わず前頭側頭葉に高度の萎縮を示す症例もPick病とされていた(古典的Pick病)。古典的Pick病はArnold Pickが1892年以降,前頭側頭葉に限局した高度の萎縮を示し,この萎縮に関連した巣症状を示す一連の認知症の報告をしたことに始まる1)。当時,Arnold Pickが重視したのは脳の病変局在とそれに対応する症状の関係であった。

 その後,Alois Alzheimerが嗜銀性を示す特有なPick球を発見したが,Pick球の存在をもってPick病の基本病理とするというコンセンサスは得られなかった。その理由はいくつか考えられるが,Pick病には前頭葉と側頭葉の特に前方部に強い限局性脳萎縮を示し,組織学的にまったく同じ変性像を示しながらPick球を欠く症例群が存在したことが最も大きな理由である。また,Pick球自体の意義についても,その分布が変性の最も強い領域ではなく,これよりも変性の軽い領域を中心に分布していることからPick球がPick病の本質であるとは考えられなかったことにもあると思われる。

FTLD患者への対応

著者: 繁信和恵 ,   池田学

ページ範囲:P.1337 - P.1342

はじめに

 認知症における記憶・言語・視空間認知などの機能低下は,日常生活ならびに社会生活上の障害をもたらすが,認知症に伴う精神症状や行動障害は,認知機能の低下を加速させ,より広範な生活上の障害となり,家族や介護者にとっての大きな負担となる。脳の前方部に主病巣を有する前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)では,脱抑制や常同行動などの特徴的な精神症状や行動障害が病初期から前景に立つことが多く,そのため最も処遇の困難な疾患と考えられている1)。しかもこれらの行動上の破綻は家庭での介護のみならず,入院や施設内ケアの場面においても甚だしい困難をもたらす。

 しかし,Alzheimer病のような全般性の認知機能低下をきたす疾患とは異なり,保たれる機能と障害される機能の乖離が鮮明で,保たれている機能を強化すると共に,障害された機能である症状さえも,それを適応的な行動に変容させるといった対応で,QOLを高めるケアを実施することが可能である。

 本稿ではFTLDの行動特性を生かした作業療法的アプローチであるルーティン化療法や環境調整,家族教育,側頭葉に病変の主座を有し語義失語を呈する意味性認知症(semantic dementia:SD)に対する言語療法,FTLDの常同行動や精神症状に対する薬物療法について,自験例に基づき報告する1)

総説

頸椎後縦靱帯骨化症(OPLL)の診断と治療

著者: 谷諭

ページ範囲:P.1343 - P.1350

はじめに

 後縦靱帯骨化症(ossification of posterior longitudinal ligament:OPLL)の疾患概念は1960年頃の報告以来確立されたが,後縦靱帯のみではなく,前縦靱帯にも骨化が稀ならずあることから,“脊柱靱帯骨化症”という包括的概念も同時期に確立された1)。実際OPLLは頸椎に多くみられること,また,稀にみられる胸椎OPLLでは手術戦略はきわめて多岐にわたり,かつ,一定の評価を得ていないことから,本稿では主に頸椎OPLLについて述べることとする。

学会印象記

第61回米国神経学会議:61st Annual Meeting of American Academy of Neurology in Seattle(2009年4月25日~5月2日)

著者: 坪井義夫

ページ範囲:P.1352 - P.1353

 2009年4月25日~5月2日まで米国シアトルで第61回American Academy of Neurology(AAN)のAnnual Meetingが行われた(写真1)。ここにほぼ全世界からのneurologists, neuroscientistsが集まることからinternational meetingの色合いが濃い。わが国からの参加者が少ないのは4月という年度初めに行われることと5月に日本神経学会総会が控えているからであるが,この学会の規模と内容を考えるともったいない気がする。この会には神経学を広く包括するテーマ,トピックスと,神経科学と臨床神経学の融合を考え,そこから現在のスタンダードを引き出そうとする考えが随所にみられる。

 いつものように前夜祭のNeuroBowl(2チームに分かれて神経疾患の診断あてクイズ)から始まった。印象に残ったのはPresident Plenary SessionでのLouis R Caplan(Beth Israel Deaconess Medical Center)先生のEBMと臨床神経学の講演だった。「患者のためになる神経内科医とは,個々の患者へのアプローチを大切にする。すなわち詳細な病歴と神経学的所見,さらに画像検査に基づき臨床診断と鑑別診断をすることである。治療法の決定は,あらゆる治療の危険性と利点を考えることが必要で,さまざまな治療上の問題をスタッフと議論して,それを患者に説明することである」と述べ,この点に関してコンピューターテクノロジーを駆使したDr. Evidenceと神経内科医Dr. Fisher-Adamsの“2人”の間で交わされる具体的症例に関したやり取りを,ユーモアを交えながら比較し,大規模研究に基づいたEBM(普遍性)と個々の患者に基づいたアプローチ(個別性)の違いをみごとに表していた。脳卒中の専門家と思っていたCaplan先生が臨床の問題点を鋭く突いたことに感心した。余談だが,後日Caplan先生が本職の脳卒中の講演で来日されたときにAANの講演についてお話をさせていただく機会があった。後日直筆の手紙とともに講演スライドを送っていただき大変恐縮した。

連載 神経学を作った100冊(35)

クルーベイエ「人体病理解剖学」(1829―1842)

著者: 作田学

ページ範囲:P.1354 - P.1355

 この書物は私の蔵書のうちで1番大きく,重たい。縦48cm,横30cm,2巻本で総重量15.3kgである。コピーをとるのも容易ではない。

 ジャン・クルーベイエ(1791-1874)はフランスのリモージュの医師一族に生まれた。病理解剖学者のDupuytrenのもとで学び,1825年パリ大学医学部の解剖学の教授になった(彼の後任がVulpianである)。彼は直ちに解剖学会を再編成して非常な成功を収めた。必要な死体解剖をサルペトリエル病院とデュプイトラン博物館で行ったという1)。また,彼は1829年から病理解剖学のすばらしい図譜を発表し始めた。これが本書の元となっている。この図譜の絵は石版印刷されており,美しいカラーである。それそのものが芸術的な出来映えと言ってもよいだろう。

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あとがき フリーアクセス

著者: 中野今治

ページ範囲:P.1358 - P.1358

 今,FTLDとALSが面白い。

 近年,神経変性疾患の病態に絡んだ分子異常が次々とみつかったことを受けて,その疾患分類は神経細胞(やグリア)内の凝集体を構成する蛋白質の種類に基づいてなされるようになった。前頭葉と側頭葉の変性・萎縮を主病変とするFTLDもこの流れに沿ってタウオパチー群と非タウオパチー群に大別されている。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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