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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩61巻2号

2009年02月発行

雑誌目次

特集 神経系の再興感染症と輸入感染症

アメーバ性髄膜脳炎

著者: 福間利英

ページ範囲:P.115 - P.121

はじめに

 両生(amphizoic)なアメーバ,つまり,寄生生活をする必要がなく,人の環境にある水あるいは土壌に棲み自由生活をしながら人に寄生し,髄膜脳炎(meningoencephalitis: ME)を発症させるアメーバが記載されている。1965年にNaegleria属アメーバのNaegleria fowleri1)(Nf),およびAcanthamoeba2)(Ac)属のアメーバの感染例が1960年代に,やがて1990年代になって,Acに近い属のアメーバで,マンドリルにMEを起こすBalamuthia mandrillaris3)(Bm)による症例が新たに報告された。そして,つい最近2001年になって,Sappinia diploidea4)(Sd)というThecamoebidea(科)に属する比較的大型のアメーバによるencephalitisが1例だけ報告されている。

 よく知られているアメーバ症といえばEntamoeba属のE. histolytica(Eh)によるアメーバ赤痢,そして,腸管から転移して膿瘍を形成する腸管外アメーバ症であり,その1つとして脳膿瘍があった。この項ではEhとはまったく異なる新しいアメーバ症について紹介する。

脳マラリア

著者: 大西健児

ページ範囲:P.122 - P.128

序文

 マラリアはマラリア原虫の感染症で,蚊の1種であるハマダラカが媒介し,熱帯・亜熱帯に広く分布する疾患である。ヒトのマラリアには熱帯熱マラリア,三日熱マラリア,四日熱マラリア,卵形マラリアの4種類があり,結核やHIV感染症とともに世界の主要な感染症の1つである。脳マラリアはマラリア原虫が感染した結果,脳が機能不全に陥り,意識障害を呈するようになった状態である。速やかに,かつ適切な治療が行われなければその予後は不良で,世界の多くの地域で,脳マラリアは重症の成人マラリアの主要死因となっている1)。ベトナムでは15~79歳の重症熱帯熱マラリアの半数に脳マラリアが認められたが2),パプア・ニューギニアの南部海岸地域では,12~60歳の重症熱帯熱マラリアの17%に脳マラリアがみられるのみであったとの報告がある3)。さらに,アフリカの小児の重症マラリア患者1,844人中336人で意識障害がみられたとの報告もある4)。地域や年齢によって脳マラリアの発生率に差があると推測することもできようが,この点に関しては明らかにされていない。日本においても,少数ながら,流行地からの帰国者や旅行者から,脳マラリアの患者が発生している。今後,熱帯や亜熱帯地域への日本人旅行者が増加するにつれ,わが国のようなマラリア非流行国であっても,医療従事者には脳マラリアを含めたマラリアの知識が必要とされる状況になると思われる。

脳のhistoplasmosis

著者: 濱田雅 ,   辻省次

ページ範囲:P.129 - P.134

はじめに

 輸入真菌症は,患者がある特定の地域を訪れた際,その地域でのみ生息している真菌に感染し,(帰国後)発症したものをさす。近年,注目されている輸入真菌症の1つにヒストプラズマ症がある。ヒストプラズマ症はわが国で急激に患者数が増加していると報告されている1,2)。特徴としては健常人に感染しうることが挙げられ(高病原性),わが国土着の深在性真菌症で通常みられるような日和見感染とは性質が異なることに留意すべきである。またヒストプラズマ症は呼吸器系の障害が多いが,頻度は少ないものの脳神経系へ波及し,しばしばその診断が困難である。本稿では中枢神経系ヒストプラズマ症(central nervous system histoplasmosis: CNSヒストプラズマ症)について概説し,診断に難渋した自験例を呈示する。

狂犬病

著者: 西園晃

ページ範囲:P.135 - P.144

Ⅰ.狂犬病について

 「イヌが狂躁状態になり市民を咬み,咬まれた市民が同じく狂躁状態となり死亡した場合は,そのイヌの飼い主は銀3分の2を支払うこと」と紀元前2,300年のエシュンナ法典に記されているごとく,狂犬病の存在とその恐ろしさは古くから知られてきた。この病が人類を脅かすものとして登場するのは,18~19世紀に都市が形成され,それまで野獣(オオカミやキツネ)などの間に流行していたこの病気が,都市の畜犬の間に入り込み,都市から都市へと全ヨーロッパに拡がるに及んで,人類は直接的に狂犬病の恐怖にさらされることになった。

 Pasteurは,狂犬病の臨床的観察から,その原因は神経系にあり,狂犬の脳を乳剤として健康犬または家兎の脳内に直接接種するという方法でその推定を実証した。これが近代狂犬病学の出発点である1)

フラビウイルス脳炎

著者: 高崎智彦

ページ範囲:P.145 - P.151

はじめに

 フラビウイルス科フラビウイルス属のウイルスには,脳炎を起こすウイルスとして日本脳炎血清型群として分類されるウイルス群,ダニ媒介性脳炎ウイルス群のウイルスが存在する。日本脳炎血清型群の日本脳炎やウエストナイル脳炎は,蚊によってウイルスが媒介され,ダニ媒介性脳炎ウイルスは,ダニによって媒介される。近年,特に蚊によって媒介される感染症が世界的規模で大きな問題となっている。本邦におけるフラビウイルス脳炎は,日本脳炎ウイルスが常在し,北海道にダニ媒介性脳炎(ロシア春夏脳炎)ウイルスが常在する。一方,北米で1999年以来,流行が続いているウエストナイル脳炎が,輸入感染症として重要である。フラビウイルス脳炎を臨床的に鑑別診断することは困難である。したがって,フラビウイルス脳炎の確定診断には,病原体診断と血清学的検査が重要である。

新型インフルエンザと脳炎・脳症

著者: 玉記雷太 ,   神垣太郎 ,   押谷仁

ページ範囲:P.153 - P.160

はじめに

 新興・再興感染症の中でも新型インフルエンザは,単なる一感染症ではなく,社会に甚大な被害を与えることが予測されており,世界的な懸念が高まっている。新型インフルエンザは,実際に発生してみないとそのウイルスの特性がわからないため,最悪の事態を想定した準備が必要となる。臨床的にも,新型インフルエンザウイルスによる感染例では,肺炎等の呼吸器系の合併症だけでなく,脳炎・脳症等の中枢神経系の合併症も数多く報告されている。本稿において過去の新型インフルエンザにみられる中枢神経症や,近年本邦で問題となっている小児のインフルエンザ脳症をレビューし,インフルエンザによる中枢神経疾患の病理・病態を考察する。また,現在流行している鳥インフルエンザ(H5N1)のヒト感染例の臨床像を,中枢神経症を中心に概括したい。

総説

TDP-43と神経変性疾患

著者: 野中隆 ,   犬飼有紀 ,   新井哲明 ,   長谷川成人

ページ範囲:P.161 - P.166

はじめに

 2006年,筆者ら1,2)およびNeumannら3)のグループは,前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration: FTLD)および筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis: ALS)患者脳に認められるユビキチン陽性細胞内凝集体(封入体)の主要構成蛋白質として,TAR DNA-binding protein of 43 kDa(TDP-43)を同定した。2008年,家族性および孤発性ALSの患者に,TDP-43遺伝子変異が相次いで発見され4-11),FTLDおよびALSの発症とTDP-43の異常が直接関連することが判明した。現在TDP-43は,タウ,αシヌクレインに次いで,神経変性疾患に出現する封入体を構成する第3の主要な蛋白質として注目を集めている。本稿では,TDP-43に関する最新の知見を筆者らの研究成果とともに紹介し,FTLDやALSの発症メカニズムとTDP-43の異常との関連性について考察したい。

MicroRNAと中枢神経系

著者: 横田隆徳

ページ範囲:P.167 - P.176

はじめに

 分子生物学の中心原理であるセントラルドグマとは,遺伝情報はゲノムにインプリントされており,それが転写されたRNAを介して最終生理活性物質である蛋白質に翻訳されるというものである。この原理に基づいて,さまざまな生物でゲノムプロジェクトが進行した結果,驚くことに蛋白質をコードする遺伝子(mRNA)の数は約23,000で,全ゲノムの2%にすぎず,遺伝子の数もイネとヒトとではほとんど変わらないことが明らかになった。その一方で,2005年にゲノムの約70%もの領域がRNAに転写されているという報告がなされ,それまでにジャンク(がらくた)とされていたゲノム領域からも多数の転写産物がみつかったのである。興味深いことに,生物的複雑さの増大は,全ゲノムDNAに対するnon-coding領域の割合の増大と正の相関関係を示し,その割合はヒトにおいて最大になるという1)。特に神経系においては,他臓器にも増してこの複雑さの増幅機構‘complex multiplier'がその機能形成に重要な役割を果たしていると想定されている。

 一方,2本鎖のRNAの導入によって誘導される配列特異的な遺伝子発現抑制であるRNA干渉が発見され,この機構が進化的に保存された生体防御機構であり,遺伝子発現制御やゲノムの品質管理として機能していることがわかった。上記のnon-coding RNAには膨大な数の20~30塩基長の「小さなRNA(small RNA)」があり,これまでのRNA干渉および関連分子経路の解析から,これらの生体内の内因性の小さなRNAが重要な遺伝子発現抑制機構を果たしていることが判明し2),総称して「RNAサイレンシング」と呼ばれている3)

 その後のsmall RNAの研究の進歩はめざましく,piRNA,rasiRNA,ta-siRNAや内因性siRNAなどさまざまなRNAサイレンシングに関わるsmall RNAが同定されている。本稿ではその中で最も研究が進んで,臨床応用への研究も始まったmicroRNA(miRNA)について,その基本知見と神経系との関わりについて概説したい。

悪性神経膠腫に対する分子標的療法

著者: 山中龍也

ページ範囲:P.177 - P.188

はじめに

 原発性悪性脳腫瘍の中でも神経膠腫は80%近くを占める。神経膠腫は病理組織学的に4つのグレードに分類され(World Health Organization: WHO分類),悪性神経膠腫は悪性星細胞腫(anaplastic astrocytoma: WHO grade Ⅲ)と神経膠芽腫(glioblastoma multiforme: WHO grade Ⅳ)に分類される。悪性星細胞腫の平均生存期間は2~3年,神経膠芽腫のそれは1~2年とされている1)。悪性神経膠腫に対しては手術,放射線,化学療法などの集学的治療法が行われている。近年,化学療法薬テモゾロマイドがわが国でもようやく認可となり,標準治療が変化しつつあるが,ほとんどの症例は再発ないし再増大をきたす2)。多くの化学療法薬による臨床試験が行われてきたが,その効果は乏しく,再発例に対する治療後の6カ月無増悪生存率(PFS-6)は神経膠芽腫では15%以下,悪性星細胞腫では31%以下とされている3)。このように,その治療成績はいまだ十分な改善がみられず,有効な治療法の開発が熱望されている。

 一方で,近年のゲノム医学の急速な発展とあいまって,悪性神経膠腫の分子生物学的異常の解明から治療法の開発を目指す研究が少しずつではあるが進歩しつつあり,腫瘍の分子病態異常に応じた個別化分子標的療法の選択が主流となりつつある。分子標的治療の概念は広い意味では遺伝子治療,抗血管新生阻害薬,抗体療法,低分子量薬,short interfering RNA(siRNA)などが含まれる(Table1)。近年の癌の薬物療法においても,分子標的薬剤が急速に臨床導入され,癌の薬物療法は高度に専門化し多様化しつつある。悪性神経膠腫の薬物療法においても,欧米では新規の分子標的薬の臨床開発が急速に進展しており,わが国においてもごく近い将来には,これらの薬剤を中心とした診療が行われるようになることが予想される。

 今回,神経膠腫に対する分子標的治療,特に抗体療法・低分子量薬を中心とする新しい治療戦略に焦点を絞り概説する。

原著

レビー小体を伴う痴呆(dementia with Lewy bodies: DLB)患者におけるレム睡眠行動異常症(REM sleep behavior disorder: RBD)―Short sleep-disorder questionnaire for DLB(SDQ-DLB)の作成と検討

著者: 松村邦也 ,   市野千恵 ,   工藤由理 ,   立花直子 ,   今村徹

ページ範囲:P.189 - P.195

はじめに

 レビー小体を伴う痴呆(認知症)(dementia with Lewy bodies: DLB)は欧米ではアルツハイマー病(Alzheimer's disease: AD)に次いで多い老年期の認知症性疾患である。DLB international workshopの従来の臨床診断基準1)では,臨床的確診(probable DLB)には認知症に加え,認知機能変動,パーキンソン症状,幻視の3主徴のうち2つが,臨床的疑診(possible DLB)には3主徴のうち1つが必要とされてきた。一方2005年に改定された臨床診断基準2)では,示唆的所見としてレム睡眠行動異常症(REM sleep behavior disorder: RBD),高度の抗精神病薬感受性,大脳基底核のドパミントランスポーター取り込み低下の3項目が追加された。そして従来の診断手続きに加え,3主徴の1つと示唆的所見の1つ以上の存在によってprobable DLBと診断すること,および示唆的所見のみの1つ以上の存在によってpossible DLBと診断することが可能とされた。

 RBDは筋活動の低下を伴わない異常なREM睡眠(REM sleep without atonia)の出現を特徴とし,激しい寝言,夢に伴った複雑な四肢および体幹の運動,睡眠中の暴力的または危険行動などが特徴とされる。これらは本来REM睡眠中には抑制されるべき抗重力筋の筋活動が十分抑制されないために,REM睡眠中の夢体験が行動化する現象と考えられている。これらの行動は睡眠からの覚醒とともに消失し,覚醒したときの意識は保たれているため,夜驚症,睡眠時遊行症などとともに,parasomnia(睡眠時随伴症)に分類される3)

 生前にRBDを呈し,剖検で病理学的にDLBと診断された症例4)の報告以降,DLB患者にRBDが高率に合併することが指摘され5,6),上記のとおり改定診断基準の示唆的所見にも採用されることとなった2)。認知症性疾患の鑑別診断におけるRBDの重要性は増しているが,一般の認知症診療の場でRBDを臨床的かつ操作的に評価する方法はいまだ確立されていない。そこで本研究では,RBDを中心とする夜間の睡眠障害の検出を目的として,RBDの症状を主たるターゲットとした構造化インタビューを作成し,ADおよびDLB患者の家族に施行して検討を行った。

失行における身体部位の物品化現象(BPO)と接近現象(closing-in)の発生機序について

著者: 近藤正樹 ,   望月聡 ,   小早川睦貴 ,   鶴谷奈津子 ,   河村満

ページ範囲:P.196 - P.202

はじめに

 失行症例においては,さまざまなタイプの誤反応が出現することが知られている。Rothiらは失行症にみられる誤反応を14種に分類した1)。これらは空間性,内容性,時間性,その他の誤反応に大別できる。この中には,手指を物品に見立て,これを用いて目標とするパントマイムを行う現象として「身体部位の物品化」現象(body part as object;以下BPO現象)が含まれている。BPO現象は,失語症患者におけるパントマイム能力を検討したGoodglassらによって報告され2),その後失行症例にしばしばみられる特徴として知られるようになった。具体的には,伸ばした人差し指で「歯ブラシ」を表現したり,握った拳によって「ハンマー」を表現したりする動作が挙げられる。この現象は健常成人においても時にみられるが,健常成人では「その物品を実際に持って使用しているつもりになってパントマイムをする」ように命ずれば,正しく行うことが可能となる。失行の誤反応としてのBPO現象は,教示をしてもなお出現する場合を指す3)。この現象そのものはよく知られているが,発現機序に関してはHaalandらの研究4)以外にはほとんど考察がなく,不明な点が多い。

 われわれはパントマイム失行を呈した大脳皮質基底核変性症(corticobasal degeneration: CBD)疑い例において,失行検査中にBPO現象を認めたほかに,視覚呈示された物品について,それには触れずにパントマイムを行うよう求めると,呈示された物品に右上肢が近づいてしまう「上肢接近現象」を観察した。

 本研究ではBPO現象と上肢接近現象についての検討結果を述べ,これらの生ずるメカニズムについて考察する。

症例報告

トラッピングにて治療した破裂前下小脳動脈遠位部解離性動脈瘤の1例

著者: 竹内誠 ,   高里良男 ,   正岡博幸 ,   早川隆宣 ,   大谷直樹 ,   吉野義一 ,   八ツ繁寛

ページ範囲:P.203 - P.207

はじめに

 前下小脳動脈(anterior inferior cerebellar artery:AICA)に発生する動脈瘤は,全頭蓋内動脈瘤のうち1%未満とされている1)。また,遠位部に発生する頻度は0.03~0.5%と低く,非常に稀である2)。今回われわれは,くも膜下出血にて発症したAICA遠位部解離性動脈瘤に対し解離部のトラッピングを施行し,術後聴力障害を認めず軽快した1例を経験した。AICA遠位部に発生する解離性動脈瘤の報告は渉猟しえた限りでは本例を含め9例のみであり,貴重な症例と考えられるので,文献的考察を加え報告する。

B細胞性悪性リンパ腫による傍腫瘍性辺縁系脳炎の1症例

著者: 川嶋将司 ,   大喜多賢治 ,   山脇健盛 ,   松川則之 ,   小鹿幸生

ページ範囲:P.208 - P.212

はじめに

 傍腫瘍性辺縁系脳炎は,担がん患者に辺縁系障害を示唆する臨床症状で急性または亜急性に発症し,腫瘍の直接浸潤・栄養障害・感染などの明らかな原因がない脳炎・脳症である。肺小細胞癌,精巣癌,胸腺腫などでの報告が比較的多く,悪性リンパ腫に合併した報告は少ない。われわれは亜急性の性格変化・記銘力低下・食行動の変化で発症した,B細胞性悪性リンパ腫による傍腫瘍性辺縁系脳炎の62歳,男性例を経験した。傍腫瘍性辺縁系脳炎では潜在する悪性腫瘍による体重減少を伴う症例が多いが,本例のような体重増加を来した例は注目されておらず,貴重な症例と考えられた。悪性リンパ腫における傍腫瘍性辺縁系脳炎の臨床的特徴を文献例と併せて検討し,考察したので報告する。

臀部筋区画症候群および坐骨神経麻痺の1例

著者: 柳川洋一 ,   西紘一郎

ページ範囲:P.213 - P.215

はじめに

 臀部筋区画症候群は臀部筋に外傷や出血,自重による圧迫により,循環障害が生じ,横紋筋融解をきたし,その筋区画圧の上昇の程度によって,さらに循環障害が悪化し,横紋筋融解をきたし,一段と筋肉の腫脹が進行し,区画圧が上昇する。その結果,臀部筋の壊死や圧迫を受けた坐骨神経麻痺を呈するものである1,2)。臀部の筋区画としてはOwenらやDavidらの屍体による注入実験により,大腿筋膜張筋筋区画,中小臀筋筋区画,大臀筋筋区画の3区画に分けられる3,4)。横紋筋融解症に引き続き,急性腎不全を合併することもある。臀部筋区画症候群は極めて稀で,1983年以降で臀部筋区画症候群のキーワードで医中誌を用いた検索では,本邦ではまだ2例のみの報告である1,2)。今回,われわれは,薬物大量服用後の,異常な体位での昏睡後,臀部筋区画症候群を呈したと考えられた症例を経験したので,ここに報告する。

連載 神経学を作った100冊(26)

マーシャル ホール 神経系についての論文集(1837)

著者: 作田学

ページ範囲:P.216 - P.217

 マーシャル ホール(1790~1857)は英国の実験神経学の祖とされている。彼の業績は延髄・脊髄を含む反射弓を明らかにしたことにある。1833年にPhilosophical Transactionに,カエルの脊髄を前肢と後肢の間で切断し,運動機能を失った後肢が刺激のたびに強く動くことを発表した1)。この論文の結論として,

1) 反射に基づく多くの事実は既に生理学者に知られていた。

2) しかしながら,この事実は感覚や随意あるいは本能などとあやまって結びつけられてきた。

3) 喉頭・咽頭の動き,括約筋,射精などは,これらと無関係と考えられてきた。

4) この運動は興奮,反射,運動が本質的に延髄あるいは脊髄の関連する部位と結びついており,大脳とは無関係である。

5) 反射はこれまでに知られている神経系の機能を補助するものである,とした。

 この研究をさらにまとめたものが1837年の神経系についての論文集であり2)(Fig.1),これはさらに1843年に新論文集として,さらに1850年にDiastaltic Nervous Systemとして出版された3)

追悼

近藤喜代太郎先生を悼む フリーアクセス

著者: 柳澤信夫

ページ範囲:P.218 - P.219

 神経学,公衆衛生学の領域で,国際的,国内的に多くの功績をあげられた近藤喜代太郎先生は,平成20(2008)年9月30日ご逝去されました。ここに謹んで哀悼の意を表します。

 近藤先生は1933年,静岡市に生まれ,1959年東京大学医学部医学科を卒業され,インターンの後,冲中重雄先生が主宰される東大医学部第三内科に入局されました。神経学の研究室に所属されて,1965年新潟大学に神経内科が設立され,椿 忠雄先生が初代教授として赴任されたのに伴い,新潟大学に転勤され,講師,次いで助教授として神経内科学教室の設立に努力されました。

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あとがき フリーアクセス

著者: 辻省次

ページ範囲:P.222 - P.222

 今月号の特集は『神経系の再興感染症と輸入感染症』である。アメーバ性髄膜脳炎,脳マラリア,脳のhistoplasmosis,狂犬病,フラビウイルス脳炎,新型インフルエンザと脳炎・脳症の6本をそれぞれの先生方にご執筆いただいた。特に新型インフルエンザについてはテレビ,新聞などマスメディアでも取り上げられ,WHOをはじめとして,国をあげての対策が取り組まれようとしているが,正確な知見に基づいた的確な対応が望まれる。そのほか総説3本,原著2本,症例報告3本と作田先生の連載,近藤喜代太郎先生の追悼文が盛り込まれ,読みでのある号となった。

 また,今月号では「MicroRNAと中枢神経系」というテーマで,横田隆徳先生に総説を執筆いただいた。MicroRNA(miRNA)は,低分子RNAの一種で,メッセンジャーRNAをターゲットにしてその発現量を制御する機能性RNA分子である。miRNAは,これまで知られていなかった多くの生理的機能を持っていることが見出され,さまざまな疾患の病態機序に関与する可能性についても注目されるようになってきている。この研究分野は,最近になり短期間の間に急速に発展してきている領域であり,多くの研究者にとっては,まだ馴染みの薄い分野でもある。本誌では60巻12号においても,河原行郎先生により,「micro RNAの神経生物学」として総説を執筆いただいた。河原先生による総説では,miRNAによる発現調節メカニズム,miRNAによる神経細胞の発生分化,神経細胞の機能維持に関する点に重点を置いて執筆いただいた。今回の横田先生による執筆では,miRNAの神経疾患への関与,miRNAを用いた治療についての展望など,より臨床的な視点に重点を置いた執筆をいただいている。短期間の間に2つの総説が続く結果となったが,それだけ注目されている領域であることをご理解いただければ幸いである。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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