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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩61巻7号

2009年07月発行

雑誌目次

特集 脳腫瘍研究の最前線―遺伝子解析から治療まで

特集に寄せて

著者: 中里洋一

ページ範囲:P.730 - P.731

 頭蓋内に原発する腫瘍は多彩であり,最近のWHO分類では130種類以上の腫瘍型と腫瘍亜型が登録されている。そのうち神経外胚葉に由来する58種の腫瘍は狭義の脳腫瘍と呼ばれている。この中には増殖が緩やかで限局性の腫瘤を形成するものから,増殖能が高いもの,顕著な浸潤性増殖を示すもの,播種が高頻度に発生するものなどが含まれており,生物学的態度は一様でない。共通することは,発生部位の神経機能を障害し,神経・精神症状を発現して患者を苦しめ,そして治療が困難なことである。脳腫瘍の発生メカニズムを明らかにするとともに,治療方法を開発し,やがて脳腫瘍を撲滅する日を迎えることが,すべての脳腫瘍患者,医師,研究者の悲願である。

 脳腫瘍に対する科学的研究の歴史は,“glioma”の名称を初めて用いたVirchowの時代までさかのぼることができる。脳腫瘍の組織像の多様性を神経組織の細胞発生と結びつけたRibbertの着想と,スペイン学派と呼ばれたCajal,Hortegaらによる神経解剖組織学の膨大な知見とをもとにして,BaileyとCushingは脳腫瘍の組織発生学的分類を1926年に確立した。これは脳実質細胞の分化を横軸,成熟度を縦軸とした2次元の神経組織発生図面上に,それぞれの細胞に対応する腫瘍を位置づけ,細胞の名称にちなんだ腫瘍名を付与したものである。これによって16種類の腫瘍型が,分化と成熟度の観点からみごとに整理されている。このような正常細胞の発生分化ヒエラルキーと腫瘍との対比は,造血系腫瘍の領域において盛んに用いられており,造血幹細胞概念を経て白血病幹細胞が証明されるに至る理論的基礎をつくってきた。

Polydendrocyteの細胞生物学と腫瘍母細胞としての可能性

著者: 鈴木隆介 ,   西山明子

ページ範囲:P.733 - P.739

Ⅰ.第4のグリア―polydendrocyte

 古くから神経科学の教科書では,中枢神経系には3種類のグリア細胞があるとされてきた。アストロサイト,オリゴデンドロサイト,ミクログリアである。しかし近年になって,これらに含まれないグリア細胞種が,発生時および成体の中枢神経系に観察され,第4のグリアとして存在感を高めるようになった。それがpolydendrocyteである(Fig.1)。

 Polydendrocyteという名称は比較的最近に提唱されたもので,ほかにも,この細胞種を表す名称はNG2 cellをはじめ,いくつか存在する1,2)。このNG2とは,polydendrocyteのマーカー分子であるNG2プロテオグリカンに由来するが,polydendrocyte以外にも,NG2を発現する細胞種は,平滑筋細胞3),毛包の幹細胞4),血管周囲細胞5)など体内に幅広く存在する。そこで,NG2 cellという名称に代わって新たに提唱されたのが“polydendrocyte”であり,その定義は,「中枢神経系の実質内に存在しNG2を発現する細胞(血管周囲細胞を除く)」である1,6)

オリゴデンドロサイトの分化制御機構とオリゴデンドログリオーマの発生

著者: 近藤亨

ページ範囲:P.741 - P.751

はじめに

 中枢神経系グリア細胞の1つオリゴデンドロサイトの発生はさまざまな細胞外因子および細胞内機構によって制御されている。例えば,sonic hedgehog(shh)はオリゴデンドロサイトの発生に重要な転写因子Olig1/Olig2とNkx2.2の発現を誘導し,オリゴデンドロサイト前駆細胞の発生を促す。逆にNotchおよび骨形成因子(bone morphogenic protein:BMP)は分化抑制因子Hes5とinhibitor-of-differentiation 4(Id4)の発現を誘導し,オリゴデンドロサイトの分化を抑制する。加えて血小板由来成長因子(platelet derived growth factor-AA:PDGF-AA),甲状腺ホルモン(thyroid hormone:TH),p53,p73,Wntなどの細胞内外因子もまたオリゴデンドロサイトの発生に重要な働きをしている。本稿ではオリゴデンドロサイト発生に関わる分子機構を概説し,オリゴデンドログリオーマ発生機構との関連および今後のオリゴデンドログリオーマ研究の方向性について論じる。

グリアとグリアの腫瘍におけるグルタミン酸受容体の新たな役割

著者: 石内勝吾

ページ範囲:P.753 - P.764

はじめに

 AMPA型グルタミン酸受容体は,速い速度の神経伝達に関与し記憶・学習など高次脳機能に重要な役割を担っている。この受容体は,4つのサブユニットから形成され(GluR1-4またはGluR A-D; encoded by genes GRIA 1-4),これらのサブユニットの単独またはさまざまな組み合わせからなる4量体と考えられている。

 チャネルのカルシウム透過性はGluR2の有無によって決定され,成熟した神経細胞に発現するAMPA型グルタミン酸受容体がGluR2を保有しカルシウム不透過型であるのに対し,小脳分子層に局在するベルグマングリア1)や胎児脳および悪性脳腫瘍の代表である膠芽腫での発現は,GluR2を欠くカルシウム透過性AMPA型受容体であることが知られている2)

 後2者ではさらに,GluR2の変異体で高いカルシウム透過性を示すGluR2(Q)が混在して発現する場合がある3)。このようなグリアやグリオーマに発現しているグルタミン酸受容体について,その機能的役割が徐々に明らかになりつつある。

 本稿では,イオン型グルタミン酸受容体のうちの,特にグリオーマにおけるカルシウム透過性AMPA型受容体に焦点をあて,正常グリア細胞における生物学的意義とグリオーマにおける増殖・遊走・浸潤性の分子機構について概説する。

脳腫瘍を好発するS100β-v-erbBトランスジェニックラットの解析

著者: 横尾英明 ,   田中優子 ,   信澤純人 ,   中里洋一 ,  

ページ範囲:P.765 - P.772

はじめに

 脳腫瘍発生の分子機構が次第に明らかとなり,その変異を導入した脳腫瘍のモデル動物が今日までにいくつか樹立されている1-6)。Weissら5)はグリア細胞に特異性の高いS100β蛋白のプロモータ配列の下流にトリ赤芽球症ウイルス(avian erythroblastosis virus:AEV)のv-erbB遺伝子を組み込んだトランスジーンをマウスに導入して,低悪性度乏突起膠腫(low-grade oligodendroglioma:OL)を高い浸透度で発症するS100β-v-erbB遺伝子組み換えマウスを樹立した。Ohgakiら6)はこれと同一のトランスジーンをラットに組み込み,通常の実験動物の飼育環境下で維持するだけで,少なくとも2種類の脳腫瘍が高い浸透度で自発的に発生することを報告した。Ohgakiらの報告に引き続いて,筆者らは7)個体数を増やして免疫組織化学や電子顕微鏡(電顕)を用いて検索を加えたところ,3種類の脳腫瘍,すなわちヒトにおける悪性グリオーマ(malignant glioma:MG),退形成乏突起膠腫(anaplastic oligodendroglioma:AO),OLに区別されることを明らかにした。その後の検索で,第4の組織型として低悪性度星状細胞腫(low-grade astrocytoma:AS)も見出された。

 このようにS100β-v-erbBトランスジーンを組み込んだマウスおよびラットは,ヒトのグリオーマモデルとして興味ある知見を与えてくれている。本稿では脳腫瘍モデル動物を樹立するに際してv-erbBを導入した意図をまず説明し,引き続いてこれまで得られているラット脳腫瘍の病理学的ならびに遺伝学的知見を提示して,最後に今後の研究の展望について述べる。

Genotype解析からみたグリオーマの診断

著者: 中村光利 ,   島田啓司 ,   中瀬裕之 ,   小西登

ページ範囲:P.773 - P.780

はじめに

 膠芽腫(glioblastoma)(WHO grade IV)にはde novoに発生するprimary glioblastomaと,低悪性度(low grade)の腫瘍から悪性転化して発生するsecondary glioblastomaがあり,両者は組織学的に同一の形態を示すが,それぞれの発生に関わる遺伝子変異のパターンは異なっていることが知られている1-8)。いずれの膠芽腫も放射線治療や抗癌剤に対する感受性が低く,難治性の悪性腫瘍であるが,DNA修復酵素であるO6-methylguanine-methyltransferase(O6-MGMT)の発現の有無が悪性グリオーマの予後因子となることが報告された。さらに,本遺伝子のプロモーター領域のメチル化による発現低下がニムスチン(nimustin:ACNU)やテモゾロミド(temozolomide:TMZ)をはじめとするアルキル化抗癌剤の感受性を左右することも示され,治療法選択のためには組織学的診断に加えてO6-MGMT発現の検索を行うことが推奨されている。

 他のグリオーマにおいても乏突起膠細胞系腫瘍(oligodendroglial tumor:OT)は星細胞系腫瘍(astrocytic tumor:AT)に比べてプロカルバジン(procarbazine)+CCNU+ビンクリスチン(vincristine)(PCV療法)の感受性が高く,予後も良好であることが示され,両者の鑑別が重要となってきている9,10)。また,2007年改訂のWHO分類では組織診断名に対応してWHO gradeが決定されるため,退形成乏突起星細胞腫(anaplastic oligoastrocytoma:AOA)(WHO grade Ⅲ)とglioblastoma with oligodendroglioma(WHO grade Ⅳ)との鑑別など,OTあるいはATの明確な診断が要求される。しかし,組織形態学的に両構成成分は類似あるいは混在することが多く,両者の明確な診断基準も確定されていないため,病理組織診断が主観的となる症例も多い。

 近年,OTでは1番染色体短腕(1p)と19番染色体長腕(19q)のloss of heterozygosity(LOH)がATに比べて高頻度で検出され,1p/19qのLOHが認められる症例は治療反応性がよいことが示されると,両染色体異常も精力的に検索されるようになってきた。

 このように組織学的な鑑別が困難な症例や,治療法の選択には従来の組織形態学的な分類のみならず,遺伝子解析も含めた臨床病理学的な検討を行う必要があると考えられる。筆者らはグリオーマを中心とする種々の脳腫瘍における遺伝子変異を検索し,その臨床病理学的意義を明らかにすることで,診断・治療における遺伝子解析の有用性を検討してきた。本稿においては,グリオーマ治療法の選択に必要とされるgenotype解析からみた病理診断を自験例も交えながら概説したい。

脳腫瘍“癌幹細胞”の発見と治療への展開

著者: 秀拓一郎 ,   倉津純一

ページ範囲:P.781 - P.789

はじめに

 癌(悪性腫瘍)は組織学的な特徴として,細胞密度が高く,分裂像を多数認め,異常血管に富み,正常な組織構築を破壊して浸潤している。癌組織の個々の細胞を比較すると染色性や形態の異なるさまざまな細胞がみられ,免疫組織学的には分化マーカーと未分化マーカーそれぞれ陽性となる細胞が混在した不均一な集団と言える。さらに実験的には形質転換(癌化)させた細胞は足場非依存的な増殖能を獲得するが,実際に手術で得られた癌組織を酵素処理して得られた個々の癌細胞では足場非依存性に増殖し寒天培地内でコロニーを形成できるのは少数の細胞だけである。また,免疫抑制マウスへの移植実験においても少数の細胞の移植では腫瘍形成は難しく多数の細胞が必要である。つまり,癌組織は不均一な細胞集団であり,腫瘍形成能を喪失した大多数の癌細胞と,腫瘍形成能を維持している一部の癌細胞に分類できる可能性が示唆されていた。

 神経幹細胞の報告以来,神経系細胞の培養技術や細胞精製技術が大きく進歩してきた。脳腫瘍においても組織中の個々の細胞に注目し細胞表面マーカーの発現によって精製すると,未分化マーカー陽性で腫瘍形成能の高い少数の細胞と,分化マーカー陽性で腫瘍形成能の低い(持たない)大多数の細胞に分類することができた。この腫瘍形成能を維持した少数の細胞は脳腫瘍“癌幹細胞”と呼ばれている。

 悪性脳腫瘍,特にグリオブラストーマにおいてはこれまで30年来の研究にもかかわらず,残念ながら満足できる治療結果は得られていない。しかし,癌幹細胞を標的とした研究を融合させることで新たな治療法の創出が期待され,実際,近年脳腫瘍癌幹細胞を標的とした研究が散見される。本稿では癌幹細胞の発見によって新たな展開をみせているグリオブラストーマの治療法の可能性について述べる。

グリオーマ幹細胞のエピジェネティクス解析

著者: 夏目敦至 ,   近藤豊 ,   若林俊彦

ページ範囲:P.791 - P.798

はじめに

 悪性脳腫瘍に対する治療は現時点でも根治は困難であり,この現状の課題を克服するために,さまざまな分子標的治療薬の開発が既に大きく進展している。しかし,これら治療薬の標的分子の多くは,正常組織においても重要な働きをしていることから,治療薬の安全性および有用性の評価は最終的には臨床研究に委ねられている。一方,脳腫瘍幹細胞のコンセプトは,腫瘍発生の仕組みを明らかにすることで新しい治療薬を開発できる可能性を提示している。

 その仕組みの解明の糸口として,われわれは近年,ゲノムの変化を伴わず遺伝子発現を制御するエピジェネティクスな変化が腫瘍細胞への誘導の重要な引き金を担っていることを証明してきている。エピジェネティクスは可逆的であり,その変化を再プログラミングできる。本稿では腫瘍発生に関わるエピジェネティクスを解説し,エピジェネティクスの観点から再プログラミング療法の研究開発への展望を示したい。

グリオーマ幹細胞を標的とする治療法の開発

著者: 戸田正博

ページ範囲:P.799 - P.803

はじめに

 幹細胞研究の進展に伴って,さまざまな悪性腫瘍においても癌幹細胞が存在することが明らかとなり,また抗癌剤や放射線療法に抵抗性を示すことから,脳腫瘍を含めた難治性癌治療のための重要な標的としてその性状解析が急速に進められている1)。実際に,神経幹細胞の培養法や薬剤排出能の高いside population(SP)の細胞分離法を利用して,脳腫瘍組織や脳腫瘍細胞株から脳腫瘍幹細胞(brain cancer stem cell:BCSC)が分離されている2)

 BCSCに対する治療法を開発するためにはBCSCの性状解析が最も重要であるが,BCSCの精製法は確立されていないため,今後の重要な研究課題の1つである。現在,BCSCに対する確立された治療法はないが,BCSCの細胞生物学的特徴に基づき,いくつかの治療法が提案されている。本稿では,難治性のBCSCに対する治療法として,薬剤耐性分子を標的とした治療,幹細胞関連分子を標的とした治療,および免疫療法について筆者らの取り組みを含めて概説する。

WT1遺伝子産物を標的とする脳腫瘍の免疫療法

著者: 橋本直哉 ,   坪井昭博 ,   千葉泰良 ,   泉本修一 ,   岡芳弘 ,   吉峰俊樹 ,   杉山治夫

ページ範囲:P.805 - P.814

はじめに

 グリオーマの治療は他臓器の癌と同様に,手術による摘出,放射線療法,化学療法を柱とした集学的治療が行われる。しかし,その治療成績は悲観的と言わざるを得ず,最も悪性度の高い膠芽腫の2年生存率は20%以下である1)。大阪大学医学部附属病院脳神経外科における1991~2002年の悪性グリオーマの治療成績を後方視的にみても,可及的摘出に放射線・化学療法を加えた膠芽腫患者の生存期間中央値は14.8カ月であり,2年生存率は20.9%であった2)。2006年になって日本で認可された化学療法剤,テモゾロミド(temozolomide)が標準的治療の一部として普及している。しかし,欧米での膠芽腫の治療成績をみる限り,放射線治療単独群に比してテモゾロミド併用群では2.6カ月程度の生存期間の延長をみるのみである3)

 このことは,膠芽腫をはじめとするグリオーマの治療には,放射線・化学療法といった標準的治療に加え得るなんらかの新しい治療法が必要であることを示している。以前から,さまざまなbiological response modifier(BRM),温熱療法,遺伝子治療などが試行され,最近では分子標的薬,粒子線治療,中性子捕捉療法など新たなモダリティーによる治療が行われようとしている。

 われわれはWT1(Wilms' tumor 1)遺伝子産物を標的とした癌ワクチン療法を開発,基礎的検討を行い4),再発膠芽腫に対して臨床I/II相試験を行った。その結果,これまでに報告された他の治療法に比べ,良好な成績を報告した5)。この稿ではそれらの結果とともに,WT1免疫療法の基本的事項と臨床応用を概説する。

悪性脳腫瘍に対するウイルス療法

著者: 稲生靖 ,   藤堂具紀

ページ範囲:P.815 - P.822

はじめに

 ウイルスは,病原体本来の性質として,細胞に感染して細胞内の分子機構を自己複製に利用し,多くの場合宿主となった細胞を死滅させてさらに周囲に拡散する。“ウイルス療法”は,ウイルス感染で直接腫瘍細胞を破壊する治療法の総称で,そのために開発されたウイルスを腫瘍溶解性ウイルス(oncolytic virus)と呼ぶ。

 1950~1960年代にもウイルス療法のプロトタイプの報告があるが,野生型や自然弱毒株のウイルスを使用していた当時は,正常組織に対する毒性や病原性を人為的に制御できなかったため実用化に至らなかった。

 近年になり,ウイルス学の知見に基づいて理論的に設計され,遺伝子工学技術を用いて作製された遺伝子組換えウイルスが開発されるようになった。腫瘍細胞に対するウイルス感染の分子生物学的機序の解明が進み,科学的な治療法として成熟したウイルス療法は,悪性腫瘍に対する実用的な治療法の1つとして注目を集めている。難治性疾患である悪性脳腫瘍はウイルス療法の主要な対象疾患であるが,前立腺癌,頭頸部癌,乳癌,肝癌,悪性黒色腫などさまざまな悪性腫瘍に対しても精力的に研究開発が進められている。

 臨床応用を視野に,実用的な腫瘍溶解性ウイルスを開発する際に考慮すべき条件としては,①正常細胞に対しての毒性や病原性が十分に低いこと,②ウイルスの腫瘍選択性に関して科学的根拠があること,③野生型への復元,自然変異や組換えが起きにくく,ウイルスゲノムが安定であること,④抗ウイルス薬や抗血清でウイルス療法が中断できること,⑤大衆への感染や環境汚染の可能性が低いことなどが安全性の面で挙げられる。さらに,⑥腫瘍細胞に対する感染効率や腫瘍内での複製能が高く,殺細胞効果が強いこと,⑦ウイルス中和抗体の影響が軽微であること,⑧宿主免疫が抗腫瘍作用に有利に働くことが効果の面で重要である。加えて,製品化のためには,⑨力価の高いウイルスの量産が技術面およびコスト面から可能であること,⑩製剤として安定で長期間の保存が可能であることなども必要である。

 正常細胞に対する毒性を抑える手段として,腫瘍細胞で活性化あるいは低下している酵素,シグナル伝達経路,転写因子,表面レセプターなどをウイルス複製の分子機構と巧みに組み合わせて腫瘍溶解性ウイルスが開発されている。目的に合わせて設計された遺伝子組換えウイルス以外にも,ヒトのウイルスの自然弱毒株やワクチン株や,元来はヒトを宿主とせず病原性を持たないが腫瘍細胞では細胞障害性を現すようなウイルスも使用されている。

 悪性グリオーマを対象としてウイルス療法の臨床試験が行われ,結果が論文発表されているウイルスには,単純ヘルペスウイルスのG2071,2)やHSV17163-5),アデノウイルス6),レオウイルス(reovirus:RV)7),ニューカッスル病ウイルス(newcastle disease virus:NDV)7)などがあり,麻疹ウイルスも臨床試験が進行中である(Table)。本稿では単純ヘルペスウイルスを中心に,悪性グリオーマのウイルス療法について概説する。

術中MRIを用いた画像誘導手術

著者: 藤井正純 ,   若林俊彦

ページ範囲:P.823 - P.834

はじめに

 脳神経外科の手術は,1960年代の手術顕微鏡の導入,80年代の頭部CT・90年代のMRIの普及に伴う診断技術の著しい向上,そして脳神経外科医のたゆまぬ努力によって,長足の進歩を遂げた。しかしながら脳腫瘍,特にグリオーマを代表とする浸潤性脳実質腫瘍は,手術顕微鏡を持ってしても腫瘍の境界を同定することが困難なことが多く,MRIなどに描出された腫瘍を正確に摘出することは必ずしも容易でない。グリオーマでは,腫瘍に対する画像上の完全ないし完全に近い摘出によって良好な予後が得られることが報告されている。しかし,浸潤性の腫瘍の広範囲摘出は脳機能障害・後遺障害を引き起こす危険と隣り合わせであり,摘出率向上と機能障害の回避の両立は非常に困難なバランスの上に成り立つ。したがって,これらの腫瘍に対する手術では,90年代に導入が始まったニューロナビゲーションを基本技術とする画像誘導手術の発展が欠かせないと考えられる1)

 ニューロナビゲーションは,手術中にリアルタイムに手術部位に関する情報を提供するという意味で非常に有用な手術支援装置であるが,術前画像をもとにしたナビゲーションでは,術中の脳変形すなわちブレインシフトによる著しい精度低下の問題が存在する。手術の進行に伴って,脳表が開頭縁より20mm近く落ち込むような変形も稀ならず経験する。こうした術中の脳変形は,術前画像を地図とするナビゲーションの信頼性を著しく損なうため,ブレインシフトに対する適切な対応が急務である。これに対して,フェンスポスト法,すなわち開頭後ブレインシフトが起こる前に境界領域に“杭”を数箇所打ってブレインシフトに備える方法など,ブレインシフトの影響をなんとか軽減するような努力が試みられているが2),ダイナミックに変形する脳や3次元的に広がりを持つ病変と対峙し,正確な画像誘導手術を行うためには,術中MRIによる術中診断とニューロナビゲーション情報の更新に及ばないと考えられる。

 一方,脳診断画像の進歩によって現在利用できる画像としてさまざまなものが登場し,術前診断,手術戦略立案,術中支援に役立つ。MRI像については,これまで標準的であったT1強調像,T2強調像,FLAIR画像のほかに拡散強調画像,ADC(apparent diffusion coefficient)map,DTI(diffusion tensor imaging),T2,MR spectroscopy,functional MRI,MR angiographyなどが既に臨床応用されている。また,FDG-PETに代表されるPET検査,SPECT検査などの核医学検査,脳磁図が利用可能である。さらに,X線CT検査も最近ではmultislice・helical CTの普及がある。これらの多様な画像を術中支援として用いることは,より適切な脳神経外科手術を実現するうえで,大きなアドバンテージとなると考えられる。さらに,コンピューター工学の進歩によって,進んだ3D技術,画像解析技術の利用が可能である3)

 画像上の進歩は目覚ましいものがあるが,いまだ脳機能画像の信頼性は完全と言えないため,安全な手術を行うためには,SEP(smatosensory evoked potential),MEP(motor evoked potential),ABR(auditory brainstem response)などの生理学的なモニター,言語野近傍腫瘍などにおいては覚醒下開頭術などの術中脳機能モニターを併用することもまた,重要と考えられる3)。腫瘍の切除を考えた場合,こうした画像情報・組織情報および機能情報などを総合して,最大限の切除と安全の確保を両立させることが,今後の脳神経外科手術において重要なものになると考えられる4,5)(Fig.1,2)。

脳腫瘍に対する術中蛍光診断

著者: 宮武伸一 ,   梶本宜永 ,   黒岩敏彦

ページ範囲:P.835 - P.842

はじめに

 悪性グリオーマはその浸潤性発育のゆえに手術用顕微鏡を用いても,正常脳との境界を見極めることは困難である。一部の腫瘍では圧排性に発育し,周囲脳との境界が明瞭なところも存在するが,そのような症例でも,もともとの発育母地近傍では浸潤性の発育を示し,境界は不明瞭となる。それゆえ,悪性グリオーマの摘出に際しての境界の判断は,経験を積んだ術者の感覚にゆだねられることが多かった。

 しかしながら,浸潤部では正常脳組織も混在しており,過度に摘出を進めると重篤な神経脱落症状の出現を招き,またこれを恐れて消極的な切除にとどまることもよく経験するところである。そこで手術中に腫瘍と正常脳の視認性が向上すれば,安全にかつ自信を持って,術前に摘出可能と判断した部分が摘出できる。これを可能とするツールが光線力学診断(photo-dynamicdiagnosis, PDD)である。これまでにさまざまな試薬がこの診断法のために用いられてきたが,現在のところ,最も広く用いられている試薬は5アミノレブリン酸(5-aminolevulinic acid:5-ALA)である。5-ALAは生体内でポルフィリンの誘導体であるプロトポルフィリンIX(protoporphyrin IX:PpIX)に代謝され,青紫励起光(405nmピーク)によって赤色蛍光(635nmピーク)を発色する。PpIXは正常脳に比較して,腫瘍組織に相対的に蓄積され,正常脳とのコントラストが明瞭となり,浸潤傾向に富み,肉眼的境界の不鮮明なグリオーマの摘出術において良好な指標となる。その手技の詳細や,手術ビデオは既に報告しているので,ご参照願いたい1,2)

癌化学療法の分子メカニズム

著者: 佐谷秀行

ページ範囲:P.843 - P.847

はじめに

 抗癌剤による化学療法は,手術,放射線治療と並んで癌治療の3本柱の1つである。抗癌剤は主として,増殖の盛んな細胞を攻撃の標的にするとされているが,その効果は予想が難しく,奏効しない腫瘍も多くある。また,正常細胞への影響によって起こる副作用は,治療を受ける患者を苦しめQOL低下につながる。最悪の場合,副作用が契機となり死に至るケースや,副作用が強く抗癌剤治療を断念せざるを得ないケースもあり,現在行われている化学療法は決して満足のいく治療法とは言えない。

 こうした問題を解決する目的で,癌の発生や維持に関わる分子やそれらの分子を連携するシグナルを標的とした薬剤,いわゆる“分子標的薬”の開発が進んでいる。今後,多くの抗癌治療薬は分子標的薬に転換していくと考えられるが,古くから使用されているDNA損傷性薬剤,分裂期作動性薬剤,代謝拮抗薬などの薬剤は今もなお,多くの腫瘍治療において中心的な役割を果たしている。しかし,このような従来型抗癌剤は,癌細胞と正常細胞に対する殺細胞効果や増殖抑制作用を比較するアッセイ系で開発されたものがほとんどであり,その正確な作用機構は実は把握されていない。

 多くの従来型抗癌剤や放射線による抗腫瘍治療は,癌細胞がチェックポイントに障害を持つという性質を期せずして利用したものであることが最近の分子生物学的解析によってわかってきた。抗癌剤がどのようなメカニズムで抗腫瘍効果を発揮しているか,癌細胞と正常細胞とで感受性の差を引き起こす要因は何か,また抗癌剤が奏効する癌と耐性を示す癌では何が違うのかなどを把握することは,現在使用している抗癌剤をより効果的に使ううえでも,今後新しい薬剤を開発するうえでも重要である。

テモゾロミドによるグリオーマ治療

著者: 西川亮

ページ範囲:P.849 - P.854

はじめに

 膠芽腫(glioblastoma:GBM)の初期治療において,放射線照射にテモゾロミド(temozolomide)を併用することが世界的な標準的治療となったのは2005年である1)。わが国においてもテモゾロミドは2006年9月に発売となり,瞬く間に悪性グリオーマ治療薬として広く使われるようになった。

 本稿では今一度テモゾロミドの投与法の原理について確認した後,新しい投与方法の開発,積み残されている問題点などについて概説する。

悪性グリオーマに対する粒子線治療

著者: 山本哲哉 ,   坪井康次

ページ範囲:P.855 - P.866

Ⅰ.粒子線治療の特徴

 粒子線は光子(X線,γ線)や電子線に対し質量を有する放射線であり,陽子線,ヘリウムイオン(α線),重イオン(炭素,ネオン,アルゴンなど),π中間子などの荷電粒子線と中性子などの非荷電粒子線に大別される。X線,γ線が単位長あたりに付与するエネルギーが低い低LET(linear energy transfer)線であるのに対し,粒子線は一般に高LETであり,X線,γ線と比べ細胞周期や組織内酸素濃度による影響が少ないため,生物効果が大きい。さらに粒子線は組織内で優れた線量分布を示し,線量集中性に優れている。炭素イオン線と陽子線は組織内でその質量とエネルギーに応じた減速をし,停止直前に最も多くのエネルギーを放出してブラッグピークを形成するため,一定深度で急峻に減少する特徴的な線量分布を形成する1,2)。ホウ素中性子捕捉療法(boron neutron capture therapy:BNCT)は非放射性ホウ素同位体10Bと中性子によって2次的に発生するα線(ヘリウム原子)を用いる治療で,ホウ素の分布に依存した細胞選択性を有するのが特徴である。

 本稿では最近の悪性グリオーマに対する粒子線治療研究について,炭素イオン線治療,陽子線治療,BNCTを取り上げて概説する。

総説

哺乳類における温度受容の分子機構

著者: 曽我部隆彰 ,   富永真琴

ページ範囲:P.867 - P.873

はじめに

 環境温の感知は生存にとって重要な感覚の1つであり,ヒトや鳥類などの内温(恒温)動物をはじめ,両生類,爬虫類,魚類といった外温(変温)動物,さらには無脊椎動物や単細胞生物に至るまで必須の機能である。これはすべての生理応答が温度に依存して変動するためで,それぞれに適した生育環境を得るために生物は多様な温度感知機構と温度適応性を発達させてきた。温度受容に関わる研究は責任因子である温度センサーが不明のまま長らく続いてきたが,約12年前に哺乳類で初めて温度感受性分子としてTRPV1チャネルがクローニングされて以降,一気に花開いた。本総説では,初めに哺乳類の体温調節と温度受容に関わる神経回路について簡単に紹介し,続いて哺乳類を中心に急速に発展しつつある温度受容の分子機構に焦点を当て,温度センサーTRPチャネルに関する最新の知見を述べる。

症例報告

非典型的な画像所見を呈した低酸素脳症の2例

著者: 有島英孝 ,   細田哲也 ,   橋本智哉 ,   半田裕二 ,   久保田紀彦 ,   鈴木龍児 ,   徳永日呂伸 ,   森田浩史 ,   木村哲也 ,   寺澤秀一

ページ範囲:P.874 - P.879

はじめに

 心肺停止からの蘇生や窒息が原因で脳血流低下や低酸素状態がもたらす脳全体の障害は,一般的に低酸素脳症または蘇生後脳症と表現され,重症例の画像診断においてCTでは灰白質と白質とのコントラストの消失や脳溝の消失1),MRIでは皮質や視床・基底核といった灰白質の信号の変化や皮質の層状懐死(laminar necrosis)を呈することが知られている2,3)。最近では,MRIの拡散強調画像が脳損傷の評価や予後予測に有用と報告されている4-12)。今回われわれは,急性期から亜急性期のCTおよびMRIで非典型的な画像所見を呈した低酸素脳症の2例を経験したので,若干の考察を加え報告する。

連載 神経学を作った100冊(31)

ウィリアム・ガワーズ「仮性肥大型筋麻痺:臨床講義」(1879)

著者: 作田学

ページ範囲:P.880 - P.881

 34歳のガワーズ(William Richard Gowers)はこの年に2冊の重要な書物を刊行した。それは前回(本誌61巻6号掲載)の「眼底鏡図譜」とこの「仮性肥大型筋麻痺:臨床講義」である。本書はNational Hospital for the Paralysed and Epilepticにおいて,University Collegeの学生に講義をした内容が7月にLancetに4回にわたって掲載され1),それをさらに症例を増やして刊行したものである2)。44例の自験例と220例の文献の症例がまとめられている(Fig.1)。

 内容は症例,原因,症状,経過,死の原因,病理解剖,病理,診断,予後,治療に分かれている。さらに付録として追加の症例,チャールズ・ベル卿の症例,SGオズボーン卿のパンフレット,成人の脂肪腫性筋萎縮症,参考文献が添えられている。

書評

「臨床神経生理学」―柳澤信夫,柴﨑 浩●著 フリーアクセス

著者: 飛松省三

ページ範囲:P.848 - P.848

 臨床神経生理学とは,ヒトの脳神経系の機能を非侵襲的な方法で研究し,神経・精神疾患の診断・治療に役立てる学問であり,近年のこの分野の発展には目覚ましいものがある。このたび出版された柳澤信夫・柴﨑 浩著『臨床神経生理学』は,定評ある脳波・誘発電位・筋電図テキスト『神経生理を学ぶ人のために』がまったく新しく生まれ変わったものである。中枢神経系・末梢神経系の区分を超えたダイナミックな構成となり,「基本的検査法の理論と実際」に加えて「精神・神経・筋疾患の生理学的アプローチ」も設けたことで,読者は検査法と疾患の双方向から学ぶことができ,統合的な理解が得られる仕組みになっている。

 まず,総論としての神経系の機能検索に関する生理学的検査の意義と限界,将来展望が述べられている。次に,脳波,誘発電位,筋電図,神経伝導検査などの基本的・代表的検査法の基礎的理論と実際の記録法,および正常所見が解説され,それぞれの検査手技で何がわかるかが明快に解説されている。中でも臨床神経生理学的検査を日常的に実施する者にとって必要な神経生理学の基礎的知識が極めてわかりやすく説明されている。この部分はぜひ熟読していただきたい。最後に,代表的な精神・神経疾患における臨床生理学的検索法および臨床的研究への応用が述べられている。

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あとがき フリーアクセス

著者: 寺本明

ページ範囲:P.886 - P.886

 今年も医師国家試験の合格率による大学のランキングが大きな話題になっている。ランクが低いと,悪い成績をとった子供をお母さんが叱るのと同じで,行状の何もかもが悪いとなじられ,一切反論は許されないような状況となる。案の定,新しく導入した教育手法をはじめ思いつく限りの現状批判が学内外から噴出している。確かにこれらの教育成果を数年の単位で検証する必要はあると思われる。しかし,国家試験のランキングというのは医学教育のごく一面をみているに過ぎない。すなわち,いかに最下位の1割に入らないかという本来はレベルの低い話であって,例えばその大学からの受験者の平均点や,上位に何名位が入ったかなどは問題にされないのである。もちろん医師国家試験は資格試験であるので,職能教育的には要は合格すればよいのであるが,それで大学の教育全体を評価するのは行き過ぎである。そもそも教育の視点は学生のレベルの中位よりやや上に向けられており,新しい教育手法も狙いは学習意欲のある学生に対して一種の性善説的発想で企画されている。歴史の古い大学ほどそうであるが,成績不良者に対するボトムアップという発想がほとんどなく,これが国家試験合格率のランクを下げる大きな要因になっている。医学教育においても学生のレベルに応じたいくつかの受け皿を設けて教育するという必要性が認識された次第である。

 さて,本号では,中里洋一教授をゲストエディターとして迎え「脳腫瘍研究の最前線―遺伝子解析から治療まで」を特集として取り上げた。ここには脳腫瘍,特に悪性脳腫瘍であるグリオーマに関しての基礎的な研究からtransitional research,さらには臨床の最前線までの今日的な話題が網羅されている。このようにグリオーマの研究は日々進歩しているが,近い将来,遺伝子療法をはじめとする画期的な薬物療法や斬新な放射線療法などが開発されるとともに,より精緻なテイラーメイド治療につながっていくことが強く期待される。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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