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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩62巻11号

2010年11月発行

雑誌目次

増大特集 歩行とその異常

歩行と歩行障害

著者: 柴﨑浩

ページ範囲:P.1109 - P.1116

はじめに

 歩くことはヒトにとって最も根源的で重要な運動であり,その障害は神経症状の中でも最も多い訴えの1つである。特に近年高齢化社会を迎え,平衡障害(disequilibrium)および歩行障害(gait disturbance)による転倒(falls)の頻度が増加しているため,大きな社会問題の1つになりつつある1)。歩行障害といっても必ずしも神経系の障害によるとは限らず,むしろ脊椎および下肢骨格系の変形・異常に基づくものが多いので,その点に注意をして鑑別する必要がある。すなわち,「歩きにくい」,「転びやすい」という訴えの患者を前にした場合に,ただちに頭部や脊髄のMRIを検査するよりも,まず詳細な身体的診察によって関節・骨格系の異常に基づく歩行障害ではないか,あるいは神経系の異常によるものかを慎重に判断したうえで,検査計画を立てるべきである。本稿では関節・骨格系の異常には触れずに,神経系の異常に基づく歩行障害に限って述べる。

脳幹・脊髄の神経機構と歩行

著者: 高草木薫 ,   松山清治

ページ範囲:P.1117 - P.1128

はじめに

 歩行は動物が持つ基本的な運動である1)。歩行のみならず動物が表出するすべての運動では,その運動に最適な姿勢や筋緊張レベルが自動的に調節される。しかし,われわれがこのプロセスを意識することはない2)。歩行や姿勢の制御に関与する基本的な神経機構は脳幹と脊髄に存在する。しかし,脳幹や脊髄に損傷がなくとも,大脳皮質や大脳基底核(以下,基底核),そして,小脳の障害によって歩行障害は誘発され,その背景には必ず姿勢や筋緊張の異常が随伴する。したがって,脳幹と脊髄の神経機構によってどのように歩行と姿勢が調節されているのか,そして,大脳皮質や基底核,小脳がどのように脳幹-脊髄に作用して歩行と姿勢の調節に関与するのかを理解することは,“運動制御の仕組み”のみならず“運動障害のメカニズム”を考察するうえで重要である。では,脳幹と脊髄の神経回路はどのように歩行を制御しているのだろうか。そこで本稿では,国内外の研究知見ならびに筆者らの研究成果をもとに,「脳幹と脊髄による歩行と姿勢の統合機構」および,さまざまな神経疾患に随伴する歩行や姿勢の異常について考察したい。

移動行動における脊髄反射の役割

著者: 小宮山伴与志

ページ範囲:P.1129 - P.1137

はじめに

 歩行運動の神経制御に関しては,四足歩行動物の慢性および急性実験から,その理解が急速に進みつつある1-6)。そして,四足歩行動物では,各肢と関節に歩行運動特有の筋活動パターンを作り出すパターン発振器(central pattern generator:CPG)が存在し,それらが大脳,小脳,中脳などからの下行性指令により駆動されることで歩行運動が生起し,調節されると考えられている4-6)。求心性入力もCPGの調節に重要な役割を果たすと考えられる。

 一方,ヒトにおける二足歩行の制御に関しては,実験的な制約からその直接的な証拠を提示することは非常に困難である。しかし,脊髄反射を指標にした実験,新生児の原始歩行に関する実験,脊髄損傷患者における知見,脊髄硬膜外電気刺激実験などにより,CPGの存在が示唆されている7-12)。特に,各種移動行動中のヒトにおける脊髄反射は,CPGの強い制御下にあることが明らかにされつつある8,12,13)。これらの理解がさらに進めば,さまざまな原因で歩行障害を有する人たちへの理学療法やリハビリテーショントレーニングへの応用が展開してゆくものと考えられる7,12,14)。本稿では,特にこれまでヒトを対象として明らかにされてきた,歩行運動時における脊髄反射の調節とその機能的な意義に焦点を当てて概説する。

歩行における大脳皮質の役割

著者: 森大志 ,   中陦克己

ページ範囲:P.1139 - P.1147

はじめに

 絶えず変化する外界と自己との接触の中で,私たちは「二足歩行運動」を安定して遂行している。その際,私たちは頭頸部・体幹・四肢など多くの運動分節の組合せやその動きを,状況に対応して巧みに変え,そして協調させる。この巧みさをもたらす二足歩行の神経制御機序は,外界情報や運動分節から始まる内界情報の適切な受容とその処理,歩行運動情報への変換を含めて決して単純なものではない。脳機能画像法による研究は,ヒトの二足歩行に際し,大脳皮質感覚運動野が小脳や脳幹とともにその活動性を増強させることを明らかにした。この研究成果は「二足歩行運動」が皮質下機能とともに皮質機能をも動員して実行されていることを示唆する。本稿では,大脳皮質,特に運動領野に焦点を当て,皮質下機構との関わりから歩行運動の皮質制御様式について考察する。

歩行の制御における小脳機能

著者: 柳原大

ページ範囲:P.1149 - P.1156

はじめに

 歩行において,1つの肢の運動はいくつかの関節を含む多関節運動であり,さらにその多関節運動が複数の肢で実行される。1つの関節の動きといえども,主働筋,協働筋,さらに拮抗筋の協調した活動によって実現されることを考慮すれば,多数の筋活動の時間・空間的パターンを同時並列的かつ協調的に制御してはじめて,円滑な歩行運動が遂行されるといえる。小脳は歩行時における筋緊張の制御と肢運動の位相制御に関与し,それらを統合した結果の肢間協調(interlimb coordination)に中心的役割を果たしている。さらに特筆すべきは,小脳プルキンエ細胞におけるシナプス可塑性を利用して外乱や外部環境の変化に対する適応制御に貢献しているという,歩行の神経生理学的研究の中では比較的新しく重要な知見である。本稿では,歩行制御系の中での小脳の位置づけ,種々の遺伝子変異マウスにおける歩行失調,ならびに動物およびヒトでの歩行の適応制御に関する研究動向を概説する。

脳機能イメージングによるヒト歩行制御メカニズムの解明―大脳基底核皮質回路の役割を中心に

著者: 井関一海 ,   花川隆

ページ範囲:P.1157 - P.1164

Ⅰ.ヒト直立二足歩行の中枢神経制御の機能解剖

 動物は,種の保存や食物獲得を目的として,自然環境に対して積極的に働きかけるために歩行運動を用いる。自然環境への適応過程において,中枢神経系は変化する外界状況を感覚情報として認知し,歩行パターンを選択し,さらに選択した歩行パターンを適応的に修飾して実行する。

 地球上の自然環境で歩行運動を実現するためには,筋活動,重力に抗しての動体の制御,バランスなどの制御を協調させ,環境に適応したパターンを作り上げることが必要である。このような複雑な制御は,すべて後天的な学習により獲得されるわけではなく,歩行に必要不可欠な機能に関しては生得的に具有しているものと考えられる。例えば,脊髄のcentral pattern generator(CPG)は屈筋と伸筋のリズミックな活動を惹起すると考えられている。ヒトにおけるCPGの存在は議論の的であったが,1998年にDimitrijevicらは一定の周波数の硬膜外電気刺激を完全対麻痺患者の胸腰髄に対して与え,リズミックな歩行様運動を誘発することに成功した1)。この研究から,ヒトにおいても脊髄内の神経群が脳から独立してリズミックな運動を惹起し得るという証拠が得られた。またYangらは,ハーネスで支持された乳児がトレッドミル上で歩行様の下肢の交互運動を行うと報告した2)。この研究においては,足底や股関節からの感覚入力刺激がCPGを賦活したと考えられている。また,ヒトの新生児は歩行不能にもかかわらず,トレッドミル上で周期的な足踏み様の運動を示し,さらには左右ベルトが独立に動く分離トレッドミル上で,片足を前へ,他方の足を後ろへ動かす必要のある特殊環境に適応した歩行様運動の生成を行うことが可能であった3)。このことから,ヒトは左右のCPGを独立して制御するシステムを生得している可能性が示された。

身体構造に内在する歩行の仕組み

著者: 大須賀公一

ページ範囲:P.1165 - P.1172

はじめに

 オーストラリア北部のノーザンテリトリーには高さ数mにもなる巨大な蟻塚群を構築するシロアリが数種類生息している1)。この蟻塚一山には数百万匹ものシロアリが住んでおり,無数の役割分担された部屋が作られ,吸気や排気のためのネットワークも構成され,いわば一大都市国家が建設されていると言えよう(Fig.1)。あの小さなシロアリたちのどこにあのような巨大構造物を設計し建築する能力が備わっているのだろう。われわれはこの【謎】を解くためにシロアリを実験室に連れ帰り彼らの脳を詳細に解析する。そして驚愕する。「この小さな脳(微小脳)には蟻塚の設計図は埋め込まれていない。しかも,非常に高い能力を持ったシロアリが少数いて彼らが全シロアリを指揮しているようにも思えない」と…実に不思議である。1匹のシロアリの脳の中には蟻塚の設計図は描かれていないのに,彼らを「蟻塚」という「場」に置いてやるとあたかも役割を認識しているかのように蟻塚の中における自分の役割を果たすように行動する。しかも,その行動はさまざまな「場」(環境)の変化に対してもリアルタイムに適応している。すなわち,運動知能を持っているかのようにみえる。ところがそのシロアリを「場」から離すとそのような能力は消失してしまうようにみえる。

 本稿では,このように生物が見せる運動知能の不思議に対する解へ近づこうと筆者らが最近考えていることを紹介したいと思う。その骨子は,生物の運動は脳神経系などの上位中枢(後述するように筆者らはこれを「陽的制御則」と呼ぶ)がすべてつかさどっているのではなく,実は身体と場とが相互作用することによってその運動に関わる制御則のような働き(のちほど「陰的制御則」と呼ぶことにする)が生まれ,それら2種類の制御則が協働して運動制御を行っている,という考え方である。すなわち,生物の運動制御能力や運動知能を理解するには,「陽的制御則」と定義する従来からの脳神経系の機能理解のみならず,新たにその存在性を提案している「陰的制御則」のメカニズムもあわせて理解する必要がある,ということを述べてみたい(Fig.2)。

 もちろん,これまでにもこのような考え方に近い理解は定性的にはされていた。ここで示したいことは,「陰的制御則」の存在を自然言語的に言葉で感覚的に説明するのではなく,数学や物理の言葉で定式化することである。そうすることによって,われわれはこれまで以上に陽的制御則(いわゆる脳神経系)の機能理解や構築原理が明確に理解できると考えている。

 本稿の構成は以下のとおりである。第Ⅰ章では,あらためて生物の制御系について概観して本稿で考えようとしている問題を明確にする。第Ⅱ章では,その問題に対する1つの解答として「陰的制御」と「陽的制御」という考え方を紹介する。第Ⅲ章では,概念の提案である陰的制御の具体的事例を示す。そこでは自然言語的な説明ではなく数理的な説明が可能であることを例示する。第Ⅳ章では生物がもつ環境適応機能を理解する鍵の1つが陰的制御則であることを考察し,最後に総括を述べる。

適応的な歩行運動のシミュレーション

著者: 矢野雅文 ,   冨田望 ,   牧野悌也

ページ範囲:P.1173 - P.1181

はじめに

 生命は本来自然との一体性の上に成り立つもので,複雑な環境を「しなやか」でかつ「したたか」に生きていくには「自らを制御する情報を自らが創る」という自律性が本質的に重要である。なぜなら,自然との一体性の上に立つ自律性こそが,生命の多様性を生んだと言えるからである。生命システムをとりまく環境は通常複雑な時空間構造を持ち,かつその変化はダイナミックで予測不可能的に変化する。この環境の無限定性に適応する機能が,実世界における生命システムの認識や制御であり,生存にとって本質的役割を果たしている。

 ところが,近年,高齢化社会への移行に伴う認知症やパーキンソン病などの適応障害患者の増加は大きな社会問題となってきた。これらの適応障害は神経機能や運動機能の低下によって引き起こされるが,これらの疾患の診断法や治療法は必ずしも確立されているとは言えない。適応障害は間脳までのいわゆる生存脳と言われる領野が大きく関係している疾患であり,これは自己と環境の関係が適切に作れなくなっている疾患である。生存脳(古い脳)と大脳皮質(新しい脳)の相互作用で高次機能が発現するが,アルツハイマー病,パーキンソン病,自閉症などは相互依存関係がうまく機能しなくなっている疾患であることが知られている。特にほう腺核,黒色網様体,青斑核など,セロトニン,ドーパミン,アセチルコリンなどを分泌する古い脳の領野が個体と環境との意味的関係性を表す実体だと思われているが,それらの分泌量だけを測定しても必ずしも疾患との対応関係は明確にはならない。このことからわかるように,医学の伝統的な方法論である分析的手法と,適応的姿勢-運動連関の臨床学的な解析による知見を積み上げる研究だけでは適応障害の解明には不十分なのである。

 脳-身体-環境の相互作用によって適応的な運動機能が発現するので,三者を統合的に研究する必要がある。しかしながら,それを行うには大きな課題が存在する。医学的には,実環境で発現するさまざまな疾患を生理学的,臨床学的に分類することが不可欠であろう。しかし,医学的疾患を分類することも大変な困難を伴う。脳は非線形の複雑系なので,必ずしも原因と結果が1対1対応をしない。また,脳の機能が局在していないことからくる複雑性がある。脳の複数の部位が関与して現れる疾患の場合,原因を1つに決めることはできない。このことはこれまでの科学がやってきた要素還元論とは大きく異なる点である。さらに,このことは身体機能障害にも当てはまる。身体機能障害も身体のどの部分に原因があるとは言えても,それによって疾患がすべて特定されるわけではない。神経機能と身体機能の相互作用によって表向きに出てくる症状は大きく異なる。加えてやっかいなことは,これに環境の複雑性が絡んでくることである。適応とは与えられた環境に適合することなので,環境が異なれば適応の仕方も変わる。したがって,脳-身体-環境の相互作用による適応機能という場合はこれまでの科学の方法論だけでは十分に対応しきれないのである。

 このような非線形で複雑な現象である適応障害のような場合には,構成論的な方法論が現象の解明に有用な場合が多い。なぜなら,非線形の複雑な現象は,精度のよいモデルを作って,それを構成する要素に異常があるときにどのような現象が現れるかがわかるためである。つまり,脳-身体-環境の三者のさまざまな要因が複雑に相互作用して現れる複雑な現象は,構成論的に作り上げた精度のよいシミュレータを用いることで初めて明らかになることが期待できる。しかし,精度のよいシミュレータの構築はそれ自身困難な問題をかかえているのである。

ニホンザルのモデル化と二足歩行シミュレーション

著者: 荻原直道

ページ範囲:P.1183 - P.1192

はじめに

 常習的直立二足歩行の獲得は,ヒトとほかの霊長類を区別する最も重要な生物学的特徴の1つである1,2)。ヒトは,二足歩行を獲得したことにより上肢を体重支持から解放することが可能となり,四足姿勢では支えきれない大きな脳と,複雑な道具を製作し使用する器用な手をその後の進化の過程で獲得するに至った。したがって,直立二足歩行の起源と進化を明らかにすることが,われわれヒトの進化史を明らかにするうえで最も重要な問題の1つとなっており,今日まで初期人類化石の発掘調査が古人類学者により精力的に進められてきた。昨秋,約440万年前の最古のヒト科Ardipithecus ramidusの全身骨格標本の発見が『Science』誌の特集号で計11本の論文として発表され3)話題になったことは,まだ記憶に新しい。しかし,こうした初期人類の全身骨格が化石として発見されることは極めて稀であり,化石記録のみから直立二足歩行の起源と進化のプロセスを明らかにすることは,実際には非常に困難である。

 猿まわしの芸ザルとして調教を受けたニホンザル(Macaca fuscata)は,顕著な二足歩行能力を獲得することが知られている。生得的に四足性であるニホンザルが,訓練により後天的に獲得する二足歩行をヒトのそれと対比的に分析することは,筋骨格系の形態的・構造的な相違が二足歩行の生成に与える影響を検証することを可能とする。そのため,高度な二足歩行訓練を受けたニホンザルは,初期人類の二足歩行の獲得と進化を考えるうえで重要な示唆を提供するものとして,自然人類学分野で注目されてきた4-11)

 一方,霊長類の歩行運動の研究は,動物の歩行運動の仕組みを明らかにしようとする神経科学分野においても,近年重要なパラダイムとなりつつある。脊髄動物の歩行の神経機構は,Sherrington12,13)やBrown14,15)らにより約100年前に研究が開始され,現在まで主にネコを対象とした電気生理学的研究によりその詳細な分析が行われてきた16)。しかし,ヒトやほかの霊長類では,皮質から脊髄運動ニューロンへの直接投射が存在するなど,歩行に関わる神経回路の構造がネコとは異なっていることが明らかとなっている17)。また,霊長類の四足歩行は,右後肢→左前肢→左後肢→右前肢の順番で接地するdiagonal sequence歩行を採用しており,右後肢→右前肢→左後肢→左前肢の順番で接地するほかの四足性哺乳類の歩行パターン(lateral sequence)と異なっている18-20)。したがって,ネコを対象として得られた知見が,ヒトやほかの霊長類の歩行生成機序の理解やその臨床的応用に,どの程度適用可能であるかは必ずしも明らかになっていない。このため近年,アカゲザル21-23),ボンネットザル24,25),ニホンザル26-29)といったマカク属を対象とした歩行の神経生理学的研究が数多く行われるようになってきている。さらにブレイン・マシン・インターフェース分野においても,神経活動情報から歩行の運動学的パラメータを抽出する試みがマカク属の二足歩行を対象に行われており30),神経活動情報に基づき脊髄損傷患者の自立歩行を支援する未来の身体装着型補助具の開発においても,重要な研究モデルとなりつつある。

 このように,ヒトの直立二足歩行の起源と進化を探るうえで,またその神経制御メカニズムを解明するうえで,マカク属の歩行研究は近年特に注目を集めている。しかし,歩行運動は神経系と筋骨格系の力学的な相互作用によって織りなされる非常に複雑な力学現象であり,多数の筋活動を適切に調節することによって脚が地面から受ける反力を適切に制御し,身体の重心を転ばないように移動させる極めて巧妙な身体運動である。したがって,霊長類の筋骨格系の形態や構造の違いが歩行機能に与える影響を評価し,複雑な筋骨格系を協調的に制御し多様な環境に適応した歩行を生成する仕組みを明らかにするためには,解剖学的に精密な筋骨格モデルに基づく歩行運動の運動学的・生体力学的解析が不可欠である。本稿では,現在までわれわれが進めてきたニホンザル全身筋骨格モデルの構築と,それを用いた運動分析,および二足歩行シミュレーションについて紹介する。

大脳皮質と基底核の障害に伴う歩行障害

著者: 武澤信夫 ,   水野敏樹 ,   瀬尾和弥 ,   近藤正樹 ,   中川正法

ページ範囲:P.1193 - P.1202

はじめに

 大脳皮質と大脳基底核(以下,基底核)の障害に伴う歩行障害の原因疾患として,特発性パーキンソン病(Parkinson disease:PD),大脳皮質基底核変性症(corticobasal degeneration:CBD),脳血管障害などがある。本稿では,その代表的な疾患であるPD の歩行障害の臨床的な特徴を踏まえ1),3次元動作解析やリハビリテーション(以下,リハ)介入への反応から,PD の歩行障害が大脳皮質-基底核系の問題だけでなく,全身的な身体運動機能の問題として捉えることが必要であることを述べたい。

小脳性の歩行障害

著者: 望月仁志 ,   宇川義一

ページ範囲:P.1203 - P.1210

はじめに

 歩行障害を呈する患者が来院したとき,その歩行の仕方には障害された機序による特徴があるため,まずはじめにその歩行がどういう歩行障害のパターンに当てはまるかを診察する。小脳障害による協調運動障害では,随意運動を行う主動筋と拮抗筋が共同して働くことができなくなる。このために起こる歩行障害が,小脳性の歩行障害であり,失調性歩行障害と呼ばれる。しかしながら,同様の運動障害を他の疾患でも生じることがあり,広義の「失調」という用語には,この小脳性以外に感覚性(後索性),迷路性の失調も存在する。本稿ではまず,これらの3つの概念から記載し,小脳性の歩行障害について,解剖学的,臨床的に概説する。

小児の歩行機能異常

著者: 瀬川昌也

ページ範囲:P.1211 - P.1220

はじめに

 歩行は,中枢のロコモーション駆動系および姿勢維持系に制御される自発性の移動運動,ロコモーションであり1),その基本型は乳児期のはいはいと言える。これらはヒトのみが可能な移動運動であり,発達過程の特定の月・年齢をエポックとして発達することから,ヒトの高次脳機能の発達との関連が示唆される。

 本稿では,ロコモーションと姿勢維持系の神経機構に基づき,臨床神経学の立場から,ヒトのロコモーションが特定のエポックをもって発達する機序を解説する。さらに,ヒトのロコモーションをその発達の特定のエポックが障害される疾患の病態と対比し,各エポックにおけるロコモーションの障害がもたらす異常を述べるとともに,ロコモーションが各エポックでいかなる機序で高次脳機能を発現,発達させるかを解説し,加えて,ロコモーション異常例の高次脳機能障害の治療およびその発症予防とともに,ヒトの脳を人間の脳として発達させる指針を述べる。

歩行障害を中心とした深部脳刺激術

著者: 佐光亘

ページ範囲:P.1221 - P.1225

はじめに

 歩行障害は筋疾患,神経筋接合部疾患,末梢神経疾患,錐体路障害,基底核疾患,小脳疾患,深部感覚障害などさまざまな原因により発生し得る。特に大脳基底核に起因する歩行障害に対しては定位脳手術である深部脳刺激術(deep brain stimulation:DBS)が有効性を示す場合がある。

 定位脳手術は1947年にSpiegelらによりヒトに対して初めて応用された1)。その後,破壊術から可逆性および調節性を有する刺激術へと,パーキンソン病(Parkinson disease:PD),ジストニアをはじめとする種々の大脳基底核疾患に対する定位脳手術は変遷を遂げ,現在はDBSがその主流となっている。

 本稿では,DBSの適応疾患として最も有名であるPD,ジストニアによる歩行障害に対するDBSとその新規ターゲットに焦点を絞り概説する。

歩行運動補助のための反射運動系の電気刺激装置開発

著者: 横井浩史 ,   山村修 ,   小林康孝 ,   加藤龍 ,   中村達弘 ,   森下壮一郎

ページ範囲:P.1227 - P.1238

緒言

 脳神経の麻痺や感覚運動系の疾患は,人の基本的生活手段を奪い,日常生活の利便性を大きく減退させる。本研究は,四肢運動困難者の運動機能の再建に資することを目的として,運動意図推定のための感覚運動系の解明および機能再建スキームの構築を試みてきた。近年では,運動意図と同期した運動補助,特に,ロボット技術を用いたパワーアシストや電気刺激による筋活動の誘発などの研究が盛んに行われており,多くの成果が報告されつつある。国内でも運動意図抽出のためのブレイン・マシン・インターフェース(brain-machine interface:BMI)や生体信号処理の研究が注目されつつあり,ニューロリハビリテーションへの応用に期待が集まっている。

 本論文では,われわれのチームが開発してきた運動意図抽出と運動制御の方法1,2,17)に基づき,これらをリハビリテーションに応用した効果を中心に,その成果を述べる。人と機械の相互適応系を対象とする工学的アプローチでは,人の感覚運動系に適合する計測・制御システムを構築することを主目的として入力型BMIの技術開発を行ってきた(Fig.1)。歩行運動の補助に対しては,反射運動を利用した脚の振り上げ運動の誘発を実現する電気刺激装置を開発し,以下にその効果を示す。以降,第Ⅰ章には国内外の関連する研究動向について示し,第Ⅱ~Ⅴ章に電気刺激装置を用いた反射運動の誘発法とこれを用いた歩行補助の実験,および,慣れによる刺激効果の低下への対策に関する成果について記述する。

脳卒中患者の歩行障害のリハビリテーション

著者: 林克樹 ,   坂口重樹

ページ範囲:P.1239 - P.1251

はじめに

 歩行はわれわれの適応行動,すなわち生きることを支える重要な機能の1つである。また,リハビリテーションの現場に立つわれわれにとっても,歩行機能の再建は単なる移動獲得の手段だけでなく,さまざまなADL(activities of daily living)の自立と社会参加の基盤になるとともに,認知学習においても重要な役割を持つと考えている。

 実際,歩行機能を失った脳卒中患者の多くが,「また歩けるようになりたい」と訴える。しかし,たとえ歩くことが可能となっても脳卒中患者特有の姿勢と歩行パターンとなり,「もっときれいに,スムーズに,どんなところでも」歩けることを望む。すなわち,患者が取り戻したい歩行はただ歩くことではなく,自分自身を表現する歩く姿であり,さまざまな場面や状況に役立つ適応的歩行能力の再獲得である。

 かつて歩行のリハビリテーションは,決められた枠の中で立ち座りや平行棒内歩行,階段昇降などを繰り返し,立位保持や歩くための筋力,関節可動域の改善を目的とした筋力増強や可動域訓練,補助具として杖や装具を与え歩くといった,繰り返しの訓練色が強いパターン化したリハビリテーションプログラムが組まれていた。また,歩行実行中は頭部・頸部・体幹・上下肢のアライメント(postural figure)1)やその背景となる筋緊張の異常を修正するための治療的介入を伴わない訓練が繰り返され,異常な姿勢運動パターンでの歩行を再学習し,結果的にウェルニッケ・マン肢位のような脳卒中を象徴する姿勢で歩行パターンを獲得した症例が多く,あまりに移動の獲得のみを最優先したものであった。しかし,近年バイオメカニカルな視点で歩行障害の問題点を捉える研究も進み,動作解析装置など歩行周期や歩行に関わる動作をさまざまな場面や方向から各コンポーネントで分析することや,脳卒中患者の歩行障害が中枢神経系の制御の障害として捉えられ,直接歩行に関わる筋骨格系に重点を置くだけでなく,それらを制御する中枢神経系に目が向けられるようになってきた。歩行における中枢性運動パターン発生器(central pattern generator:CPG),歩行中枢の発見2-4)や皮質における高次脳機能と歩行への関与,さらに調節系としての大脳基底核や小脳など,中枢神経系の歩行への役割が少しずつ解明され,さらに中枢神経損傷患者がリハビリテーションにより,中枢神経系内の可塑的な変化による効果が期待されることが明らかにされつつある5-8)。そのため,歩行の背景となっている高次脳機能をも考慮し,中枢神経系疾患に対する神経リハビリテーションの視点に立った歩行障害のリハビリテーションを実践することが重要となってきた9-12)

症例報告

再発に伴い難治化した抗VGKC抗体陽性脳炎の1例

著者: 藤盛寿一 ,   遠藤実 ,   入野樹美 ,   志賀裕正 ,   白石裕一 ,   本村政勝 ,   丹野尚 ,   久永欣哉 ,   糸山泰人

ページ範囲:P.1252 - P.1257

はじめに

 電位依存性カリウムチャネル(voltage-gated potassium channel:VGKC)抗体陽性の辺縁系脳炎は免疫抑制療法によって改善することが多く,比較的予後のよい疾患とされてきたが1),近年再発例の報告も散見される2-6)。われわれは再発時に病巣部位が移動し,治療への抵抗性が増大して予後不良であった抗VGKC抗体陽性脳炎の症例を経験したので報告する。

連載 神経学を作った100冊(47)

チャールス・ベル『人体の解剖学:脳神経系』(1803~1829)

著者: 作田学

ページ範囲:P.1258 - P.1259

 ジョン・ベル(John Bell;1763-1820)はスコットランドの外科医で解剖学者であり,下殿動脈瘤の結紮を行ったことで知られる。彼の『人体の解剖学』(1797)は評判になり,1803年には弟のチャールス・ベル(1774-1842)が著者に加わり第3巻として『神経系』の初版1)を出版した(Fig.1)。

 1822年6月10日にチャールス・ベルは39歳のフランソワ・マジャンディ(François Majendie;1783-1855)からの2度目の手紙を受け取った。それには,「あなたが少しの報告書を書けば,(フランスの)賞を受け取るでしょう」ということが書いてあった2)。このニュースを自分の息子に「私の発見はここ(イギリス)よりは,フランスにおいてより大きな印象を与えているようです」と書き送っており,すっかり相好を崩したベルの様子がみて取れる。

書評

「神経伝導検査と筋電図を学ぶ人のために[DVD-ROM付] 第2版」―木村 淳,幸原伸夫●著 フリーアクセス

著者: 有村公良

ページ範囲:P.1182 - P.1182

 『神経伝導検査と筋電図を学ぶ人のために』は,臨床神経生理の基礎から診断までの道筋を系統的に初心者にもわかりやすく説明した名著で,神経筋疾患の神経生理検査・診断を行う医師,検査技師にとっては文字通りバイブル的な存在である。今回待望の第2版が木村淳先生,幸原伸夫先生の多大な努力でここに出版された。この第2版は基本的な内容,骨格はもちろん初版と共通しているが,随所に新しい試みが追加されて約100頁の増頁となり,さらに臨床に役立つ魅力的な本となっている。

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あとがき フリーアクセス

著者: 中野今治

ページ範囲:P.1264 - P.1264

 私は仕事柄,歩行異常を日常的に目にする。診療現場では,歩行解析装置ではなく自分の目で勝負する。目前の患者の歩行異常が歩行のどの機構の障害によるのかを目でみて判断することが要求される。

 正常を知らずして異常を認識することはできない。そういう点で健常人の歩き方を観察するのは必要であり,かつ実に面白い。電車の窓やホームの椅子から前を横切る人の歩行を子細に観察する。向かってくる人,遠ざかる人の脚もみる。こうしていると電車の待ち時間がまったく苦にならない。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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