icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩62巻5号

2010年05月発行

雑誌目次

特集 神経画像のピットフォール―見落としと読み過ぎ

頭部CTとCT angiography

著者: 高木亮

ページ範囲:P.461 - P.468

はじめに

 近年の画像診断装置の進歩と普及には目を見張るものがあり,医療経済的に恵まれている本邦ではCTやMRIの画像検査が非常に簡便に施行できる環境にある。国民の多くが精度の高い画像検査をいつでも受けることができ,疾患が早期に発見されることの恩恵は極めて大きいが,反面,莫大なデータ量の臨床画像が日常診療にあふれているという現状を忘れてはならない。画像診断の基本は1件1件を丁寧に読影していくことは言うまでもないが,1件の頭部単純CTの読影に多くの時間を費やしていけるほど昨今の診療体制に余裕はなく,限られた時間の中で効率よく画像診断を行うことが重要になる。

 こうした背景から,画像診断の読影にはスピードと判断力が要求されるが,診療の多様化と画像の情報量が多くなることで,所見の見落としや読み過ぎという問題をどのように克服するかが重要な課題となる。見落としや読み過ぎを少なくするためには,日々画像診断について学習することや多くの症例を経験することが重要だが,多くの人が見落としやすい所見がどこにあるかをあらかじめ注意しておくことや,読み過ぎてしまう所見の特徴を把握しておくことは,誤診のリスクを回避するうえで有用であり,効率のよい読影へとつながっていくものと考えられる1)

 本稿では,初めに頭部CT検査の読影の手順について述べ,見落としと読み過ぎについて実際のCT画像を供覧しながら解説し,さらに最近日常診療で多く施行されるようになった頭部のCT angiography(CTA)の読影の注意点についても考察する。

頭部MRI

著者: 佐々木真理

ページ範囲:P.469 - P.475

はじめに

 頭部MRI検査は臨床の現場で広く用いられているが,その解釈は必ずしも容易ではなく,無症候性脳病変,急性期脳梗塞,くも膜下出血などの病変の“見落とし”や“読み過ぎ”につながる場合も少なくない。本稿では,これらのcommon diseaseにおけるMRI形態画像の読影上のピットフォールについて概説する。

中枢神経系MR angiography

著者: 三木均

ページ範囲:P.477 - P.488

はじめに

 MR angiography(MRA)とは,MRIを用いて選択的に血流を画像化する方法と定義できる。現在ではMRI装置における必須機能であり,中枢神経系の画像診断に欠かせない撮像法となっている。

 血流に代表される生理的フロー(flow)はT1強調画像やT2強調画像などのMRI画像にさまざまな影響を与える。速度の違いだけでなく,撮像条件の変化に伴っても複雑な信号やアーチファクト(artifact)が発生することが知られている。この問題点を改善するための技術進歩がMRA誕生の基礎となっている。これらの技術進歩のなかでMRAの基本となる原理が提唱され,そして多くの撮像法が開発されてきた。現在も研究開発が進められているが,フローアーチファクト(flow artifact)を完全に克服するには至っていない。MRA画像のピットフォールの大半は,MRIにおける血流現象に起因するものであり,見落としや読み過ぎを回避するためには血流現象やフローアーチファクトを理解する必要がある。本稿では前半で中枢神経系MRAの第一選択であるtime-of-flight(TOF)法の基本的原理や撮像法について解説し,後半で代表的臨床例におけるMRAの見落としと読み過ぎに言及する。

SPECTとPET

著者: 水村直

ページ範囲:P.489 - P.500

はじめに

 核医学画像は生体内の脳循環代謝や神経受容体画像などを測定できるなど,他の脳画像診断法と一線を画している。その臨床的な知見は数多く積み重ねられており,エビデンスの点でも多くの研究,臨床例を経験し,科学的な裏打ちがなされてきた。その一方で,脳機能を対象とした画像診断法であるがゆえに形態的な情報が欠落しており,これによって生じる特有のピットフォールがいくつか存在する。例えば,機能的な脳画像は脳内の器質変化がなくとも,脳の状態によっても脳内集積は変動する,成長や加齢によって生理的な分布が異なるなど,正常な状態でも幅広いバリエーションが存在する。また,近年,コンパートメントモデルを用いた定量解析,標準化された脳座標上でボクセル単位の統計解析を行う画像統計解析などの解析手法も実施されているが,それぞれに固有のアーチファクトが存在し,それぞれ留意すべき点がある。ここでは,得られた臨床画像に対する読影上の注意点を考える。したがって,SPECT画像を中心にして実際の核医学画像の読影方法やこれに付随するピットフォールについて述べる。

脊髄脊椎のMRI

著者: 森墾

ページ範囲:P.501 - P.509

はじめに

 見落としを防ぐには,「画像を隈なくみる」ことに尽きる。見落としの最も多い理由は,ただ単にそこに目が行っていないからである。中心視野に入れない限り,目を向けてもみておらず,認識されない。認識されなければ,診断にはほど遠い。

 最近ではCTやMRIで産生される画像枚数は飛躍的に増加している。見落とさないためには,せっかく撮像した画像はすべて目を通すことが望ましい。特に,撮像関心領域を絞る前の位置決め画像では,広い範囲の組織が描出されているため,診断の鍵となる所見が隠れていることがあり,気が抜けない(Fig.1)。

 見落とさないための分析活動や論理的手順には,①演繹の順序,②構造の順序,③時間の順序,および④重要度の順序,の4種類がある。

 ①“演繹の順序”は大前提および小前提から結論を導くものであり,報告書作成や診断における説得のためのメタ論理とも言える。ただし,結果としての画像所見から原因である疾患を推定することは,論理形式から言うと後件肯定の誤謬(modus moron)を犯していることになる。つまり,ある疾患Pで特徴的な画像所見Qを呈する事実があるからといって,画像所見Qをみたら疾患Pと診断するのは形式上の誤りである([{P→Q}Q]ならばPである,という論理式は成り立たない)。かといって,科学的推論の多くはこの“後件肯定”形式とならざるを得ないし,普段の診断もこの論理展開で行っているはずなのだが,それが原理的に否定されるとはどういうことであろうか。実は,仮説演繹法の考えからは,“後件肯定”形式の推論の妥当性も担保されるのである。すなわち,画像所見Qが原因疾患Pでないと考えない限り描出されない所見である場合は,事実上「~P(=Pの否定)ならば~Q」が想定されるので,これの対偶である「QならばP」と前件肯定則「[{Q→P}Q]ならばPである」によって原因となる疾患Pが論理的に推論されるのである。この論証は,単独の診断ではなく何度も繰り返し同パターンの診断が行われることによって実行される(何度も繰り返し同形式の診断を繰り返すことによって信頼度が高まる)。

 ②“構造の順序”とは,全体を部分に分けるデカルト的分析方法であり,画像を機械的に4分割して,それぞれの区画に集中して読影したり,脊椎周囲,椎体,椎間板,後方成分,硬膜外,くも膜下腔や脊髄神経根などと組織ごとに読影する順番を決めて,漏れなく重ならず所見をとる工夫に相当する。

 ③“時間の順序”による記述は,時系列によって原因と結果をつなげる思考方法であり,治療後の経過観察など微分的な変化を検出するときに用いる。

 ④“重要度の順序”は,救急の現場での「3C(critical, common, curable)の順に考えよ」という教訓に相当する。つまり,診断を迫られる状況で,稀ながらも致死的な疾患から除外していく方法である。

 疾患の画像所見を見落とさないためには,このように診断する状況や検査の目的に応じたアプローチを個別に採用する臨機応変さが望まれる。これは,構造構成主義(structural constructionism)で関心相関的選択1)として理論的に定式化された合理的な姿勢である。つまり,常に同じ一辺倒な方法で読影に臨むのが正しいわけではない。方法が手段である以上は,その妥当性は目的に応じて決まる。この意味では,たまたま画像の片隅に描出されていた偶発腫を見落としても,状況によってはその検査での目的や関心外のことであり“見落とし”とは呼べないかも知れない。例えば,脊髄ショックの画像検査で非機能性副腎腺腫を“見逃し”ても,それほど重大な失態ではないだろう。

 さまざまな病因・病態や疾患(原因)が,画像所見や臨床症状などで同じような臨床的表現型(結果)を呈するため,過去の個人的経験や,ただの思いつきにとらわれて誤った診断をしてしまうことがある。このような鑑別漏れを防ぐには,ローレンス・ティアニーが提唱する「鑑別診断11カテゴリーを満遍なく考える」アプローチ(方法論)2)が有用である。具体的には,①血管性疾患,②感染症,③腫瘍性疾患,④自己免疫性疾患,⑤中毒,⑥代謝性疾患,⑦外傷,⑧変性疾患,⑨先天性疾患,⑩医原性疾患,および特発性疾患,のそれぞれに当てはまるかどうか順番に検討する診断法である。

 別の方法として,筆者は下野太郎のアプローチ3)を改変して採用している。これは,病変の,①存在部位,②性状,③周囲の変化の所見をとり,④他部位や過去の画像を参照し,⑤当該施設特有のバイアス(疾患の偏りや各診療科の得意不得意)を加味して鑑別するという,極めてオーソドックスな方法論である。

 一方,見落としではなく,読み過ぎを防ぐには,「難しい疾患から考えない」ことが重要である。特に,学会や研究会で稀少な疾患を学んだ翌日には,事前確率(=有病率や罹患率)を無視した突拍子もない結論に飛びつきがちになる。昨日勉強したばかりの疾患に,たまたま今日出会うような僥倖は,まずないと考えてよい。日常診療では,稀な疾患に遭遇するよりも,ありふれた疾患の稀な所見(バリエーション)をみることのほうが多いものである。「ひづめの音を聞いても,いきなりシマウマと思うな(まずは普通の馬だと考えろ)!」“You hear hoofbeats outside your window, the first thing you think of is a zebra!!”という格言で常に自戒したい。

 また,“オッカムの剃刀”という視点も大切である。これは「必要以上に多くの事物を立てるべきではない」という考えであり,病態として一元的に説明がつくのであれば多元論をわざわざ持ち出さないのが理性的である。

 ただし,期待効用理論4)からすれば,診断するときには合理性,すなわち数学的な事後確率(=所見が陽性な場合の陽性的中率)だけを根拠に判断しているのではない。診断が正しかったときや誤ったときの“効用”(=満足感,精神的価値や心理的評価)も影響する。例えば,有病率の高いありふれた疾患を診断するよりも,稀な疾患を診断するほうが価値は高いと考えるであろう。つまり,ある疾患に対する診断の基準は“合理性(事後確率)×効用”と表され,疾患ごとの“期待効用”を天秤にかけて診断しているのである。この式からは,稀な疾患に遭遇したと思ったときの高揚感が診断を誤らせることもよくわかる。さらには,プロスペクト理論5)をはじめとする行動経済学によると,読影する状況によっては“期待効用”が高い疾患を診断の上位に挙げる場合も,低いほうを選択することもある。例えば,稀な疾患をきちんと正診したときの周囲からの称賛や,ありふれた疾患を誤診したときの誹謗中傷も,読影中の頭を横切るであろう。結局,ある疾患に対する診断の基準は“事後確率×効用×感情”と表される。読み過ぎを防ぐ手立ては一筋縄ではいかないのである。

総説

改正「臨床研究に関する倫理指針」について

著者: 井本昌克

ページ範囲:P.511 - P.518

Ⅰ.指針の改訂経緯

 臨床研究に関する倫理指針は,被験者の個人の尊厳および人権を守るとともに,研究者などがより円滑に臨床研究を行うために研究者などが遵守すべき事項を定め,臨床研究の適正な推進を図るために平成15年7月30日に策定された。

 また,個人情報の保護の観点から行政機関や民間事業者などの遵守すべき義務などを規定した,いわゆる個人情報保護関連3法(個人情報の保護に関する法律,行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律,独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律)が平成17年4月1日から施行されることになった。このことから,臨床研究などの医学系研究における個人情報の取り扱いが,特に適切な取り扱いを確保すべき分野としてそのあり方を検討され,平成16年12月28日に改正が行われ,平成17年4月1日から施行された。

 なお,平成16年改正の指針においては,「平成20年7月30日を目途としてその全般に関して検討を加えた上で見直しを行う」こととされており,これに基づいて,平成19年8月17日から見直し検討会(厚生科学審議会科学技術部会臨床研究の倫理指針に関する専門委員会)を開催し,9回の検討の結果を踏まえて,平成20年7月31日に改正が行われ,平成21年4月1日より施行されたところである(以下,改正後の臨床研究に関する倫理指針を「改正指針」改正前の臨床研究に関する倫理指針を,「旧指針」という)。

北米の抗てんかん薬

著者: 秋山倫之 ,   大坪宏

ページ範囲:P.519 - P.526

はじめに

 1993年以降,米国では新しい抗てんかん薬が12種類承認されており,カナダでも5種類(special access drugを含め8種類)が使用できる。日本では,2006年に至るまで,これらの薬剤(ゾニサミド以外)を使うことができなかった。ガバペンチン,トピラマート,ラモトリギンがようやく承認されたが,これらは北米のほか,ヨーロッパやアジア諸国でも既に広く使われている。日本における抗てんかん薬の整備は,まだまだ大幅に遅れていると言わざるを得ない。

 理想的な抗てんかん薬とは何か? 多種類のてんかん発作型に有効で,副作用が少なく,他剤との相互作用がなく,半減期が長く,かつ抗てんかん原性を有するものである。抗てんかん原性とは,脳内の異常なてんかんネットワークの発展を抑え,既存のてんかん焦点を中和し,てんかんを根本的に治癒させる能力である1)。現時点での抗てんかん薬は,新薬も含め,抗てんかん発作薬であり,患者が成長し自然に発作を起こさなくなるまで症状を緩和・抑制する対症療法としての薬剤である1)

 最近承認された新しい抗てんかん薬は,第2世代抗てんかん薬と呼ばれている。従来の薬剤に比し,理想的な抗てんかん薬に近い特性を備えるべく開発された薬剤である。

 本稿では,執筆時点(2009年10月)での北米における承認内容と実態に基づき,北米で使用されている第2世代抗てんかん薬および日本で未承認の注射薬について概説する。

症例報告

特発性中脳水道狭窄症による閉塞性水頭症に対するV-Pシャント術の1年後から急速に進行するparkinsonismを呈した1例

著者: 櫻井岳郎 ,   木村暁夫 ,   山田恵 ,   林祐一 ,   田中優司 ,   保住功 ,   犬塚貴

ページ範囲:P.527 - P.531

はじめに

 水頭症治療のV-Pシャントによる稀な合併症として,parkinsonismが報告されている1-15)。V-Pシャントによってparkinsonismをきたす原因としては,シャント機能不全による頭蓋内圧上昇16)のほかに,頭蓋内圧の変動が原因として推測されている1,9,12)。治療に関しては,既報告例の多くでlevodopaが有効であり,症状改善後にはlevodopaの漸減中止が可能になることが多い1-5,7-10,13-15)。今回われわれは,特発性中脳水道狭窄症による閉塞性水頭症に対しV-Pシャント術を施行した1年後から急速に進行するparkinsonismを呈し,levodopaが奏功した症例を経験したので報告する。

降圧治療の中断後に発症した―reversible posterior leukoencephalopathy syndromeの1例

著者: 中嶋浩二 ,   小倉祥之 ,   大石敦宣 ,   糸川博 ,   加藤晶人 ,   岡本紀善 ,   森谷匡雄 ,   野田昌幸 ,   藤本道生

ページ範囲:P.533 - P.537

はじめに

 Reversible posterior leukoencephalopathy(RPLS)は,1996年,Hincheyらによって提唱された病態である1)。その症状は,突然の頭痛,痙攣,錯乱,皮質盲やそのほかの視覚障害および神経障害を呈し,画像所見としては,MRIのT2強調像で両側後頭白質部に高信号域が一過性に現れることを特徴とする。Hincheyらが報告する以前にも,高血圧,腎不全,肝障害,子癎,免疫抑制剤や抗癌剤の投与によって,同様の経過を示す症例が報告されており2-4),これらの病態を包括したものがRPLSといえる。今回われわれは,高血圧切迫症と診断され,外来で精査と降圧治療を開始したが,十分な降圧が得られる前に患者が治療を中断し,その後,RPLSを発症した症例を経験したので,文献的考察を加え報告する。

脳動静脈奇形に対するガンマナイフ治療10年後に症候性放射線壊死をきたした1例

著者: 西村文彦 ,   本山靖 ,   飯田淳一 ,   朴永銖 ,   平林秀裕 ,   中瀬裕之 ,   榊寿右 ,   南茂憲 ,   都築俊英

ページ範囲:P.539 - P.543

はじめに

 近年,脳動静脈奇形に対するガンマナイフ治療が盛んに行われている。その適応が拡がってきている印象があるが,照射後長期にわたるフォローアップを行っていると,大部分の症例で効果が得られている半面,合併症を呈して手術を要する症例も出てきている1)。今回われわれは,脳動静脈奇形に対するガンマナイフ治療10年後に症候性放射線壊死をきたし開頭による手術治療を要し,術後,症状の改善が得られた症例を経験したので,文献的考察を加えて報告する。

このヒトに聞く

戦後神経学のあけぼのとその後の発展―スモンに始まる神経難病研究の貢献(後編)

著者: 祖父江逸郎 ,   岩田誠

ページ範囲:P.545 - P.552

 祖父江氏とともに戦後の神経学を振り返る本対談。後編となる今回は祖父江氏が神経学を志す契機となった論文から始まり,反射研究や知覚研究の緻密なお仕事,神経内科の発展の契機となったスモン,豊富な臨床経験から導き出された神経内科の真髄へと話は進んでゆく。過去を振り返りながらも,これからの神経学のかたちが示される。〈2009年6月16日収録〉

連載 神経学を作った100冊(41)

ガル,スプルツハイム『中枢神経系全般,特に脳についての研究』(1809)

著者: 作田学

ページ範囲:P.554 - P.555

 フランツ・ヨゼフ・ガル(Franz Joseph Gall)(Fig.1)は1758年にドイツのティーフェンブロンに生まれた。ここは,ストラスブールとシュトゥットガルトの中間にあり,シュバルツバルトに近い緑多い町であった。彼は子どもの頃から,自分自身と兄弟・姉妹や学校の友達との違いについて考えにふけっていた。2人の友人は,その内容を理解せずにものごとを記憶することができた。一方,彼はものごとを深く考えることと理由づけることが得意だったが,記憶は苦手であった。この子どもたちはいずれも眼が際だって大きかったことがガルに記憶と眼との関連性を考えつかせたという。ガルは成長してストラスブールで医学を学んだ。23歳のときにウィーン大学に移り,そこで学位を得た後,そのままウィーンで医師として開業し,盛業だったという。

 ガルは49歳のときにパリに移り住んだ。既にウィーン在住の折から脳の解剖学では,著名な1人であった。特に線維の方向性に注意して細く割く手法に関しては,ガルが最も早く始めた1人と言われている。この手法で嗅神経,動眼神経,三叉神経,外転神経の起源は神経節にあることを見出した1)(標題書424頁など)。灰白質と白質,さらに線条体を峻別し(Fig.3)2),また,corpora mamillariaの語を最初に使ったのもガルであった。ガルのおかげで,脳は肝臓のようにどこを切っても同じ機能というのではなく,それぞれが独立した機能を営んでいるという考えが有力になった。そして,ブローカの発見につながるのである。

書評

「下垂体腫瘍のすべて」―寺本 明,長村義之●編集 フリーアクセス

著者: 松谷雅生

ページ範囲:P.510 - P.510

 長らく渇望していた書が遂に発刊された。下垂体腫瘍の診断と治療の第一人者である寺本 明教授と,下垂体細胞および下垂体腫瘍(細胞)の病理学と生物学の第一人者である長村義之教授が,わが国の碩学の方々を執筆者に揃えて編んだ本書である。

 第1章は視床下部・下垂体の発生である。ヒトにおいては妊娠12~17周の間に視床下部―下垂体の神経内分泌系は活動し始め,そこに至るまでには種々の転写因子やその供役因子である内因性増殖因子などが関与している。誠にヒトの生命誕生は神秘的であり,驚嘆を禁じ得ない。この章に続く下垂体ホルモンの分泌機構の章は,下垂体腫瘍の臨床において極めて重要である。

「臨床神経生理学」―柳澤 信夫,柴崎 浩●著 フリーアクセス

著者: 玉置哲也

ページ範囲:P.544 - P.544

 「臨床医学を支える基礎学問領域の中で,神経・筋疾患における生理学ほど臨床に直結した分野はない」と序文が書き出されている。この文節は,国内のみならず国際的にも高名なお2人,すなわち柳澤信夫先生,柴崎浩先生が出版された『臨床神経生理学』を貫く基本的理念を端的に示している。

 お二方の経歴をみると,柳澤先生は,神経生理学者として,また米国の神経学の創始者としても高名なDenny Brownのもとに留学され,柴崎先生は神経学のメッカともいえるQueen's Squareで視覚誘発電位を初めて記録したA. M. Hallidayのもとで学ばれている。その後,柳澤先生は脊髄を中心とした運動系,柴崎先生は感覚系とそれを統合する高次脳機能を,それぞれの専門分野とされ,基礎的,臨床的研究に貢献してこられた。お2人は,わが国のみならず国際的にも高く評価されている臨床神経生理学者であり神経内科医である。そのお2人が,得意分野を担当され,基礎的知識に始まり最新の研究成果までをまとめられた得難いテキストが本書である。

--------------------

あとがき フリーアクセス

著者: 岩田誠

ページ範囲:P.560 - P.560

 「このヒトに聞く」欄は,実にユニークな企画であると自負している。この欄を設けるにあたっては,パイオニアとして日本の神経科学を牽引してこられた方々の研究にかける想いとともに,その独創的な考え方と感じ方を,読者に対して直接語っていただこうと考えた。これまで実際に何人かの方々と対談をさせていただいてきたが,思い出の記とか回想録といった形で書かれたものとはまた違った臨場感あるお話を,ワクワクしながら伺っているうちに時の経つのを忘れ,予定時間を大幅にオーバーしてしまうのが常であった。私がこれまでに担当した3人の方々,萬年 甫先生,川人光男先生,そして今回の祖父江逸郎先生は,いずれも類稀な話し手であり,聞いていて飽きることがなかった。特に,祖父江先生との対談では,先生の語られるお話の余りの面白さに引き込まれ,大変長時間にわたってお話しいただくことになってしまった。その結果,2号にわたって掲載させていただくことになったが,これは1回分の対談なのである。

 常日頃私は,科学研究というものは,もっと語られるべきものであると思っている。その昔パリで神経学の臨床を学んでいたとき,師匠のロンド先生は,患者さんの診察をしながら,こういう現象をみて誰々先生はこう言われたとか,このような症状を示した患者さんで,試しにこんな治療をしたらすっかりよくなったとか,エビデンスだけを重んじるような最近の教科書や論文にはまったく書かれていないようなことを,よく話してくださった。また,もう1人の臨床の師である故豊倉康夫先生は,病棟回診のときに,患者さんの示すさまざまな現象について思いつかれたことを,しばしばわれわれに語られたが,それらの言葉もまた,どこにも書かれていない斬新なアイデアに満ち溢れていた。こうして師匠たちが語られたことは,現在の私の考え方,感じ方を育て,自らの独創を鍛えてゆく糧になっている。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら