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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩62巻7号

2010年07月発行

雑誌目次

増大特集 アルツハイマー病―研究と診療の進歩

アルツハイマー病の治療戦略―ワクチン治療の限界と次のステップ

著者: 葛原茂樹

ページ範囲:P.659 - P.666

はじめに

 1984年のGlennerら1)による脳アミロイド構成成分であるアミロイドβ蛋白(amyloid β-protein:Aβ)の単離から,1999年のSchenkら2)によるアルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)モデルのトランスジェニックマウスのAβワクチンを用いた治療の成功の報告を経て,2008年のHolmesら3)によるAβワクチンをAD患者に適用した臨床治験の結果の公表まで,この四半世紀のAD研究は,アミロイドを軸に展開してきたと言っても過言ではない。この膨大な研究の推進力になったのがアミロイド・カスケード仮説(amyloid cascade hypothesis:以下,アミロイド仮説)4,5)(Fig.1)であり,形態学,分子生物学,分子遺伝学がみごとにスクラムを組んで進められた。科学的仮説で得られた基礎研究の成果が比較的短期間にヒトへの病気の治療に応用されたという点では,translational medicineの成功例の代表格でもあった。

 しかし結局,ヒトへの応用の臨床治験は,ワクチン接種後の髄膜脳炎発生のために中止になった6)。それに加え,その後6年間の追跡研究で得られた死亡後の剖検による診断確定例の検討では,脳組織からアミロイドは除去されていたにもかかわらず,臨床的に認知症の改善は得られなかった3)。このような現実を前にして,ADの治療戦略は根本的見直しを迫られることになった。この時点で,アミロイド仮説による研究の成果と限界を振り返ってみることは,次の治療戦略の構築のためにも意味のあることだと思われる。

アルツハイマー病の疫学―最近10年の傾向

著者: 葛西真理 ,   中村馨 ,   目黒謙一

ページ範囲:P.667 - P.678

はじめに

 認知症の原因疾患として最も多いのが,原因不明の神経変性疾患であるアルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)である。本稿では,認知症とADの有病率および発症率について,最近10年の疫学研究の傾向を述べ,代表的な海外および日本の報告を紹介する。

アルツハイマー病の危険因子

著者: 池田篤平 ,   山田正仁

ページ範囲:P.679 - P.690

はじめに

 アルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)の発症機序については,アミロイド前駆蛋白(amyloid precursor protein:APP)からのアミロイドβ蛋白(amyloid β-protein:Aβ)の産生,さらにはその凝集,沈着に至る過程がAD病変形成の最上流に位置するというアミロイドカスケード仮説が広く受け入れられている(Fig.1)。家族性ADにみられるAβ産生に関わる遺伝子の変異が,この仮説の最大の根拠である。孤発性ADでは,遺伝的因子や環境因子が多因子性に作用して発症に至るものと考えられているが,いまだ不明な点が多い。本稿ではADの危険因子について,遺伝的因子と非遺伝的因子(環境因子など)に分けて解説する。

病因分子としてのβアミロイド

著者: 富山貴美

ページ範囲:P.691 - P.699

はじめに

 アルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)の3大病理変化と言えば,老人斑,神経原線維変化,ニューロン消失である。この中では,老人斑が最も早く脳に出現する。老人斑は,AD,ダウン症,正常加齢の一部でのみみられ,疾患特異性も高い。これらのことから,ADの原因に最も近いのは,老人斑であろうと考えられた。その構成成分であるアミロイドβペプチド(Aβ)の凝集・沈着が,神経原線維変化やニューロン消失,ひいては認知機能低下を引き起こすのであろうと。この仮説は,「アミロイドカスケード仮説」(以下,アミロイド仮説)と名付けられ1),多くの研究者によって支持されてきた。

 しかし,現在では,ADはAβの小さな集まりである可溶性のオリゴマーにその原因があると考えられている2,3)。本稿では,この「オリゴマー仮説」がなぜ生まれてきたのか,また,アミロイド仮説からオリゴマー仮説への流れの中で,Aβ凝集体に対する考えがどのように変わってきたのかについて概説する。

アルツハイマー病発症におけるタウの意義

著者: 髙島明彦

ページ範囲:P.701 - P.708

はじめに

 アルツハイマー病(Alzheimer disease: AD)では病理学的特徴として,アミロイドβ(Aβ)の凝集物である老人斑が神経細胞外にみられ,神経細胞内では微小管結合蛋白の1つであるタウが過剰にリン酸化した状態で線維化し沈着している。老人斑はADに特異的に観察されるが,神経原線維変化は前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia: FTD)などほかの神経変性疾患でも観察されており,神経変性の共通の機構によって生じると考えられている。ADにおいて神経原線維変化は,neuropil threadとして樹上突起内に,neuritic plaque内では軸索端末,さらに細胞体に形成されている。一方,FTDの場合は多くが神経細胞体,またはグリア細胞内にタウ凝集体が観察される。Shiarliらは家族性FTDパーキンソニズム(FTDP-17),孤発性FTD,早発型ADの剖検脳を調べ,それぞれ神経原線維変化について比較した1)。その結果,神経脱落はFTDでADより多く観察されたが,不溶性タウの量,およびリン酸化タウはAD脳で10倍多いことが示されている。すなわち,ADの場合,タウの過剰リン酸化に起因する神経原線維変化形成が引き起こされていると考えられる。

危険因子としての生活習慣病

著者: 関田敦子 ,   清原裕

ページ範囲:P.709 - P.717

はじめに

 近年わが国では,高齢人口が未曾有の早さで増加し,それに伴い認知症の高齢者が増え続けている。厚生労働省の推計によれば,その数は2010年頃に200万人を超え,2040年頃にピークを迎えて385万人に達するとされている。このように増え続ける老年期認知症の予防,治療,介護を含めた総合的な対策を講じるには,基礎的研究によって認知症の成因を解明するとともに,疫学研究によって一般住民中の認知症の実態を把握し,その危険因子を明らかにする必要がある。認知症の原因はさまざまであるが,なかでも頻度の高いアルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)は,その成因が十分には解明されておらず,また治療法も確立されていないのが実情である。一方,わが国では国民の生活習慣が欧米化し,それに伴い肥満,糖尿病,脂質異常症など代謝性疾患が急速に増加している。これら代謝性疾患は高血圧を合併しやすく,脳動脈硬化を引き起こして脳卒中のみならず脳血管性認知症(vascular dementia:VD)の原因になることが危惧されている。また近年,これら動脈硬化の危険因子がADの成因にも密接に関与するとの考え(血管仮説)が提唱され注目されている。そこで本稿では,国内外の疫学研究の最近の知見をまとめ,代謝性疾患をはじめとする生活習慣病と認知症の関係を検討する。

MCI(mild cognitive impairment)の概念と症候

著者: 羽生春夫

ページ範囲:P.719 - P.725

はじめに

 Mild cognitive impairment(MCI)の概念については歴史的な変遷がみられたが,現在は,正常老化と認知症との間にある臨床的,操作的な状態像として捉えられている。したがって,その背景にある病理,病態像はさまざまであり,臨床像や経過も多様であるが,最近,特にアルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)に関する原因療法薬の開発と関連して,MCIが特にADの最初期またはその前段階であるとの考えから,早期治療や予防の観点で注目を集めている。本稿では,MCIの概念と症候を中心に最近の考え方を概説する。

Posterior cortical atrophyの概念と症候

著者: 緑川晶

ページ範囲:P.727 - P.735

はじめに

 Posterior cortical atrophy(PCA)は,視空間機能の障害を主徴とした変性疾患の総称である。これは1988年にBensonら1)が,大脳後方の萎縮とともにGerstmann症候群,Balint症候群,超皮質性感覚性失語などの機能低下を示す一方で,記憶障害や病識の低下がみられないなどの共通の特徴を示す5症例を記述する際に提唱された概念である。提唱された当初からアルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)との相違や,疾患や症候の独自性に疑問が持たれていたが2),その後の検討によって,その多くはADを病理学的な背景とすることが明らかとなった3-7)。しかし,症候8),形態9),病変の分布4)において,典型的なADとは異なった病態である。

 なおPCAという用語以外にも,病変をより限局的に表現するprogressive biparietal atrophy10)や,早期には萎縮が明らかではないため,progressive posterior cortical dysfunction3,5),posterior cortical dementia11)などの用語が用いられることもある。また,視覚変異型AD(visual variant of Alzheimer's disease)と言い換えられることも多いが,剖検がなされない限りはADの診断が難しいことから,そのような表現には慎重な立場もある3)

アルツハイマー病の評価スケール

著者: 小早川睦貴 ,   河村満

ページ範囲:P.737 - P.741

はじめに―評価スケールを用いる意義

 アルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)を含めた認知症を診断するためには,患者の行動に関する多面的な検討が必要である。総合的な診断のための最も重要な検討項目は,詳細に病歴を調査し,画像所見との整合性を吟味することだが,その一方で症候の程度は客観的な指標により吟味されるべきである。

 患者やその家族からの訴えは主観的および実際上の問題として重要だが,得られる表現が一般的である以上,診断のためのデータとしては曖昧な部分がある。また,症状のパターンにも個人差があり,どの障害が強く現れるかという症状の程度や,その現れる順番は個人により異なる。聴取されるエピソードはこうした個人により異なる症状が複合的に組み合わさった混合物であり,訴えとして現れた症状がどのような機能不全であるかについては診断時に注意を要する。よって,問診に加え適切な評価スケールを組み合わせて用いることは,あらかじめまとまった機能について狙いを定めて検討を行うことができるという意味で重要である。特にADでは,障害される認知機能に見当をつけやすく,またそれに特化した認知機能検査も比較的多く開発されているため,診断に評価スケールを用いることは有用と思われる。

 ADで起こる機能不全はある傾向を持っており,まず両側海馬萎縮による健忘が重要である。それに加え,側頭葉や頭頂葉領域の機能不全が生じる。具体的には,記憶,構成,着衣,方向感覚,視空間能力などの機能について障害が生じる。こうした機能についてそれぞれ感度の高い検査を用いることにより,患者側からのエピソード聴取のみでは検出しきれない機能不全が捉えられる。こうした利点は,患者や家族が気がつかない早期の認知機能障害を捉えることもできるという意味で重要である。

 現在,ADに対して用いられる評価スケールには2種類の性質のものがある(Fig.)。1つは,いわゆる心理検査法により特定の認知機能障害を検出するものである。もう1つは,患者の行動そのものを総体として評価するものであり,認知症の結果として現れた行動異常のアセスメントに有用である。前者では想定した機能モジュールについて焦点を当てた検討を行うことができる反面,それ以外の側面については評価できない。また後者では,患者の生活上の総合的な能力について大方の部分を知ることができる一方,その結果をもたらしている具体的な機能不全については必ずしも明らかにならない。よって,診断を行う際には両者を組み合わせることで,総合的な認知症症状の洗い出しが可能となる。本稿では認知機能評価法と行動評価法とについて,現在用いられている中でもポピュラーなものを紹介する。

日常診療におけるアルツハイマー病の画像診断

著者: 松田博史

ページ範囲:P.743 - P.755

はじめに

 アルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)の日常診療においては,まず最初に問診と神経心理検査が行われる。神経心理検査は必須であるものの,その試験・再試験の信頼度が比較的低く,患者の気分や生活上の出来事などの存在,治療の副作用,試験反復による学習効果など,検査成績にほかの要因の影響が反映されるおそれが高い。また,ADの神経変性過程に直接作用する治療と,認知機能を強化するが神経変性過程には作用しない対症的な治療とを識別できないなどの欠点を有する。このため,ADの客観的なバイオマーカーが補助診断法として必要とされる。このバイオマーカーの要件としては,非ADではADに特異的な治療は効果がみられないため,精度の高いAD診断が行えること,治療効果を高めるため,ごく早期の段階,すなわち前駆期である軽度認知障害(mild cognitive impairment:MCI)の段階でADが診断でき,さらにその予後を推定できること,治療効果のモニタリングを行うための信頼性が高いこと,などが挙げられる。これらの要件を満たす可能性があるバイオマーカーとして,脳の画像診断が用いられている。

 日常臨床で用いられる画像診断の種類としては,X線CT,MRI,脳血流SPECT(single photon emission computed tomography),18F-fluorodeoxyglucose(FDG)を用いたブドウ糖代謝PET(positron emission tomography)がある。この中でX線CTは,冠状断が得にくいことや灰白質と白質のコントラストが不良なことから,MRIほどの有用性はない。ただし,迅速,かつ短時間に撮像が可能なため,主に認知症を呈する慢性硬膜下血腫や脳腫瘍などの治療可能な疾患の除外に用いられる。FDG-PETは,ブドウ糖代謝がシナプスで活発であり,シナプス機能を鋭敏に反映するとされることから,世界中でADの早期診断や鑑別診断に以前から広く用いられてきた。しかし,本邦ではFDG-PETは保険収載されておらず日常臨床には応用しがたい。これらのことから,本邦においては,保険収載されているMRIと脳血流SPECTがADの画像診断として広く用いられている。MRI装置は広く普及しており,放射線被曝もなく,安価かつ容易に施行可能であるが,その所見は非特異的なことが多く,所見の解釈が難しい。SPECT装置はMRIほど普及しておらず検査費用も高額であるが,ADでは比較的特異的な血流低下パターンがFDG-PETとほぼ同様に得られる(Fig.1)。これらの画像診断の評価には,視覚評価を補うものとして,コンピュータを用いた画像統計解析手法が広く用いられるようになり,診断精度の向上が図られている。本稿では,現時点で確認されているADにおけるMRIと脳血流SPECTの所見と,その画像解析手法を中心に述べる。

アルツハイマー病研究におけるアミロイドPET

著者: 石井賢二

ページ範囲:P.757 - P.767

はじめに

 アミロイドPET(positron emission tomography)は生体におけるアミロイドβ(Aβ)の脳内蓄積を画像化できる診断技術であり,近年のアルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)臨床研究におけるブレークスルーといえる。この技術が実用化されたことにより,これまで死後脳の病理学的検索によってしか知ることのできなかったAβ蓄積とAD発症の関係を,生体を対象として再検証することが可能となった。2004年に[11C]PiB(Pittsburgh compound-B)がアミロイドPET診断薬として登場してからわずか5年の間に,世界で40箇所以上の施設で,3,000例以上の症例が積み重ねられてきた1)。本稿では,[11C]PiBによるアミロイドPET検査の実際と最新の知見を紹介するとともに,普及診断薬の開発状況,治療薬開発や早期診断におけるアミロイドPETの意義と今後の展望について述べる。

アルツハイマー病のバイオマーカー

著者: 松原悦朗

ページ範囲:P.769 - P.775

はじめに

 超高齢化社会の到来が確実視されているわが国において,認知症患者は飛躍的に増加し,現在は200万人を突破している。認知症患者の多くを占めるアルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)の病態解明と,その治療および診断方法の確立は早急に解決すべき重要な課題である。現在,抗コリンエステラーゼ阻害薬であるドネぺジル(アリセプト®)が唯一のAD治療薬として利用されているが,早期からの使用で一過性の効果発現に活路を見出さざるを得ない現状は,認知症診療に関わる臨床医や研究者にとって大きなジレンマである。

 われわれは1990年代から,ADの病理学的変化を反映するサロゲートマーカーとして,α1-アンチキモトリプシン(antichymotripsin:ACT),Aβ蛋白(Aβ),タウの脳脊髄液(cerebrospinal fluid:CSF)検査が有用であることを報告してきた1-4)。しかしながら,根治的な治療法がないという状況において,早期診断を念頭に置いたバイオマーカー開発は,遺伝子診断に匹敵するほどハードルの高いものと捉えられていた。したがって,積極的にこの開発に携わる臨床家・研究者はごくわずかで,われわれがこの時点でその重要性の認識を周囲に求めるのは酷な状況にあった。

 こうしたフラストレーションに苛まれる長年の懸案を一掃し,バイオマーカー開発に光明を当てる契機となった特筆すべき報告がAβワクチン開発である。このAβワクチンによる根本的治療法がいよいよADでも利用可能になりそうだとの期待は,これまでハードルの高かった根本治療のための早期診断,その際に不可欠なツールとしてのバイオマーカーに明確な整合性を与え,治療と一体化したADのバイオマーカーとしてその存在意義が認識されるに至った。この結果,バイオマーカー開発には消極的であった多くの研究者も,この領域に参入し現在に至っているわけである。

 最近公表されたヒトAβワクチン臨床治験結果では,沈着した老人斑アミロイド除去には成功しているにもかかわらず,神経原線維変化による神経変性と認知症の進行を阻止することができなかったと報告されている5)。すなわち,アミロイドカスケード仮説(Fig.1)で,老人斑アミロイドの下流に位置していると考えられる異常リン酸化タウ蓄積やシナプス・神経細胞障害が加速度的に進行している認知症進行例では,老人斑アミロイドを標的とした治療では不十分なこと,したがって認知症の前段階である軽度認知障害(mild cognitive impairment:MCI),さらに認知機能発症前の段階で,こうしたAβワクチン治療を開始するべきであると考えられるに至った。MCIからADへと進行し得る患者予測など,バイオマーカーにも発症予測を念頭に置いたスクリーニングバイオマーカーや,特異的にAD診断を可能とする診断目的のバイオマーカーなど,その開発には予防と治療介入を視野に入れた質的に異なるバイオマーカー開発研究がなされるようになってきている。

アルツハイマー病の薬物療法

著者: 東海林幹夫

ページ範囲:P.777 - P.785

はじめに

 先進各国とアジア諸国では,人口の高齢化とともに認知症患者が爆発的に増加している。現在,世界で2,430万人が認知症とみられ,本邦でも既に200万人を超えている。この認知症患者のうちの半数が,アルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)である。ADでは病態解明に基づく根本的な治療法の開発が模索されており,軽度認知障害(mild cognitive impairment:MCI)といわれるAD予備軍の存在や,レビー小体型認知症(dementia with Lewy body:DLB),前頭側頭葉性変性症(frontotemporal lober degeneration:FTLD)などの非AD型認知症の病態解明にも飛躍的な進歩がみられている。

 現在,ADの治療薬として認知機能の改善のために臨床で実際に使用されている薬剤はコリンエステラーゼ阻害薬のドネペジル(donepezil),リバスチグミン(rivastigmine),ガランタミン(galantamine)の3種類と,N-methyl-D-aspartic acid receptorを部分的に抑制し,glutamateの過剰な刺激を阻害して記憶や学習を改善するとされるメマンチン(memantine)である。本邦で承認されているのはドネペジルのみで,軽度~中等度ADに5mg,重度ADには10mgが使用されている。ほかの薬剤については,本邦では臨床治験がほぼ終了し,現在,申請あるいは申請準備中の段階であり,近い将来の臨床応用が期待されている。これらの薬剤の評価は多数例の前向き無作為対象試験(random control test:RCT)によって解析され,エビデンスが提出されてきた。ここ数年で評価に耐えうるこれまでのRCTのメタ解析が行われ1),これらの薬物のエビデンスもほぼ出そろったと考えられる。脳アミロイドに対するAβ(amyloid β-protein)ワクチン治験の長期予後や抗Aβ抗体による第Ⅱ相試験の結果は,当初予想されていたよりも否定的な結果が提出されたが,現在,数種類の抗Aβ抗体による第Ⅰ相から第Ⅲ相の世界的臨床試験が展開している。これには,MRIによる脳萎縮の進展,PIB(Pittsburgh compound-B)アミロイド画像,CSF(cerebrospinal fluid)tau,Aβなどのバイオマーカーを指標とした新たな評価法も応用されつつある。ここでは,これまでのコリンエステラーゼ阻害薬やメマンチンの重要なRCT結果とメタ解析の報告をまとめ,認知症の薬物療法における現時点での到達点をまとめた。

アルツハイマー病の新規薬物開発の現状

著者: 田平武

ページ範囲:P.787 - P.796

はじめに

 アルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)は記憶障害をはじめとする高次脳機能障害を特徴とし,高齢者の認知症で最も多くの割合を占める。アミロイドカスケード仮説に基づいて病態解明と根本的予防・治療法の開発が鋭意進められているが,臨床第Ⅲ相試験(phase III)まで行っては脱落する薬が相次ぎ,まだまだ越えるべき山がたくさん立ちはだかっている印象を受ける。本稿ではその予防・治療薬開発状況の概略を紹介する。

アルツハイマー病患者のケア

著者: 博野信次

ページ範囲:P.797 - P.802

はじめに

 2001年に,世界保健機関は,国際生活機能分類(International Classification of Functioning, Disability and Health:ICF)を採択した。ICFでは,「生活機能」という人が生きることを総合的に捉えた包括概念を提唱し,生活機能には「心身機能」・「活動」・「参加」というそれぞれ,生物レベル,生活レベル,人生レベルの階層があり(Fig.1),それらの階層は「相対的依存性」とともに「相対的独立性」があるとしている1)

 本稿のタイトルは「アルツハイマー病患者のケア」であるが,実のところケアという用語には明確な医学的定義はなく,その意味するところは医療・看護・福祉などの領域により異なる。「治療(cure)からケア(care)へ」という言葉に代表されるように,ケアとは主として治療できない慢性疾患に対する医療的な対応を意味し,さらにその中でも「治療的ケア(therapeutic care)」と「代償的ケア(compensatory care)」に大別され,前者は能力の低下を改善したり進行を遅らせたりすることを目的とし,後者は能力の低下により生じた必要な援助を行うことであると,筆者は考えている。これをICFに当てはめると,疾患により生じた心身機能の低下を維持・改善することにより生活機能を維持・改善しようとするのが前者であり,心身機能の低下が活動と参加の低下につながらないようにすることにより生活機能を維持・改善しようとするのが後者であると考えられる。すなわち,ケアとはあらゆる手段を用いて生活機能を維持・改善し,狭義には廃用症候群を予防し,広義には生活の質(quality of life:QOL)を高めることである。

 リハビリテーションという用語があるが,これは,「障害者が1人の人間として,その障害にもかかわらず,人間らしく生きることができるようにするための技術および社会的・政策的対応の総合的体系」と定義されている2)。筆者は,リハビリテーションとケアは,疾患により心身機能の障害を有した個人が人間らしい生活を送ることができるように,「生活機能」を維持・向上するための総合的介入という意味で,ほぼ同義語であると考えている。

学会印象記

20th International Symposium on ALS/MND

著者: 山中宏二

ページ範囲:P.803 - P.803

 2009年12月8~10日の日程で第20回International Symposium on ALS/MNDがベルリンにて開催されました。

 ALS/MND国際学会は,これまで欧州,北米,オーストラリアなど世界の主要国を開催地として毎年開催され,ALSの臨床と基礎研究の双方の研究者や臨床医,患者団体が集う学会です。2006年にはアジアで初めて日本(横浜)で開催されたことは,記憶に新しい。参加者は年々増加していますが,それでも参加者約800名の小規模な学会で,ホテルを会場として行われています。

神経画像アトラス

Euthyroidで発症した甲状腺眼症

著者: 蒲澤千昌 ,   丸山健二 ,   小林正樹 ,   清水優子 ,   岩田誠 ,   内山真一郎

ページ範囲:P.804 - P.805

 症 例 52歳,女性

 主 訴 複視,倦怠感

 現病歴 200X-2年,夕方になるとテレビ画面が2重にみえた。200X-1年7月,遠方視時の複視,疲労感が出現。200X年1月,症状が終日持続するようになり,9月に眼科を経て当科を紹介受診し,プレドニゾロン20mgの服用が開始されたが,改善なく,11月に精査入院。

 入院時現症 眼痛なし,眼球突出なし,甲状腺腫大なし。神経所見上,視野異常なし,左右注視時,遠方視での複視を自覚,両眼上・外転制限があり,特に左眼に強く認めた。眼振なし,眼瞼下垂なし,輻輳異常なし。筋力低下や反復運動の疲労現象なし。協調運動異常なし,感覚異常なし。

連載 神経学を作った100冊(43)

アンドラル 病理解剖学概説(1829)

著者: 作田学

ページ範囲:P.806 - P.807

 ガブリエル・アンドラル(Gabriel Andral;1797-1876)はフランスの医師である(Fig.)1)。アンドラル徴候あるいはAndral's decubitusとは,胸膜炎の初期に患者が健側を下にして横たわることを言う。また,病気の診断には血液の化学的検査が必要なことを初めて記載した。彼には共著の『血液成分の変化に関する研究』(1840)があり,血液学者と呼ぶ人もいる。また,パスツールが脳卒中の発作を起こしたとき,対診に呼ばれたことでも知られている。

 彼は1797年にギヨム・アンドラルの子としてパリに生まれた。ギヨムはフランス革命の指導者であるマラーとシャルル10世の2人の侍医として成功を収めた人物である。

書評

「神経内科ハンドブック 第4版 鑑別診断と治療」―水野美邦●編 フリーアクセス

著者: 栗原照幸

ページ範囲:P.736 - P.736

 水野美邦先生は,1969年から4年間Chicago, Northwestern大学で神経内科レジデントを体験され,帰朝後それを1冊の本にまとめておきたいという希望から神経内科ハンドブック第1版として1987年に出版された。版を重ねて第4版となり,34名の執筆者によって,最近の知見を盛り込んで2010年3月に出版された。アメリカの神経内科レジデント教育では,成人の神経内科のほか,一定期間ずつ小児神経内科,脳神経外科,精神科,神経放射線,脳波・筋電図,神経病理のローテーションが組まれ,all roundな臨床能力を能率よく3年間で体得できるようプログラムが組まれている。

 神経系はその解剖学的な複雑さから,とっつきにくいと考えられるが,問診をして,発症の仕方(突発性,急性,亜急性,慢性進行性,寛解・増悪の繰り返しなど)や病気の経過,家族歴の有無,仕事や環境との関連性などよく話を聞いて,次に神経診察を取り落としなくすると,①主に問診からどのような病態か(血管障害,炎症,代謝・中毒,腫瘍,変性,脱髄),②神経診察所見から神経系の疾患部位を8割がた,明らかにすることができる。問診と診察所見から最も考えられる診断を思いついた後に,多くの鑑別診断も思い浮かべて,神経学的検査法の助けも含めて,最終診断に至るが,この本の副題にもなっている鑑別診断の重要性を編者はよく強調している。図や写真も多く,まとめの表も理解しやすい。重要な参考文献が読書を深めるために十分すぎるほど記載され,最新情報が盛り込まれている。

「多飲症・水中毒 ケアと治療の新機軸」―川上宏人,松浦好徳●編 フリーアクセス

著者: 穴水幸子

ページ範囲:P.768 - P.768

 水のような本である。『多飲症・水中毒―ケアと治療の新機軸』という題名の通り,至極当然のように水と身体のかかわりのことが書かれた本なのではあるが。ブルーと白の2色のシンプルな美しい装丁で飾られ,さっぱりとした筆致で書かれて大層読みやすい。しかし読者はその美しさに惑わされ,ふわりと読み流してしまってはいけない。この本には,多飲症に罹患した人々が示す,水への飽くなき要求と依存,あるいはその経過中に訪れる激しい消化器症状,失禁,低ナトリウム血症,神経症状,意識障害,けいれん発作,昏睡という身体症状が描かれている。本書は疾病に真正面から向かい合うタフでハードな治療記録でもある。

 水中毒は精神科臨床医療では治療の中で,身体管理上,最も苦慮する病態の1つである。本書を紐説くと,ヒトの身体における水の在り方をあらためて意識させられる。

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あとがき フリーアクセス

著者: 河村満

ページ範囲:P.812 - P.812

 高齢化の社会現象を背景に認知症の問題は広くて,深いと思います。本誌2009年11月号の増大特集のテーマが「前頭側頭葉変性症」であったのを受けて,今回は「アルツハイマー病」を扱いました。『BRAIN and NERVE』が合併誌として生まれ変わる前に『神経研究の進歩』であった最後の頃にもアルツハイマー病の特集があり,好評でした(2005年,49巻3号)。また,神経学に関係するほとんどの雑誌で,繰り返しアルツハイマー病の特集が組まれ,アルツハイマー病をさまざまな角度から扱った単行本も出版されています。本特集の組み立ては,概論から始まり,疫学,病因,症候,診断法,治療・ケアと総合的でオーソドックスなものです。既に他誌で何回も話題に上り,論文が書かれている内容も自由に取り上げました。アルツハイマー病研究が日進月歩で,新規の話題はいくらでもある,と考えたからです。一方,概論や疫学内容はもしかしたら新規性のある内容提示は困難かもしれませんが,病気の原点に戻る姿勢はいつも大切なので,重点項目と認識して企画いたしました。

 また,副題は「研究と診療の進歩」としました。『神経研究の進歩』誌の特集では,研究面でのトピックスが多く取り上げられていたので,今回はどちらかというと診療面についてのテーマを重視したいという意図からです。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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