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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩62巻9号

2010年09月発行

雑誌目次

特集 視神経脊髄炎(NMO)update

NMOの疾患概念―OSMSからの変遷と確立

著者: 中島一郎 ,   藤原一男 ,   糸山泰人

ページ範囲:P.913 - P.919

はじめに

 視神経脊髄型多発性硬化症(optic-spinal form of multiple sclerosis:OSMS)の病名はアジア,特に日本でよく用いられ,多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)の中でも視神経と脊髄に病変の主座をおく一病型と考えられてきた。従来,このOSMSと,欧米で診断名としてよく用いられる視神経脊髄炎(neuromyelitis optica:NMO)との異同がしばしば議論されてきた。また,より根本的な問題として,NMOあるいはOSMSがMSの亜型であるのか,または異なる疾患であるのかという点について,長い間にわたって議論されてきた。近年,NMOおよびOSMSに特異的に存在するNMO-IgGが,米国のMayo Clinicと東北大学神経内科の共同研究によって発見され,加えてそのターゲットがアクアポリン4(aquaporin-4:AQP4)水チャネルであることが発見され,急速にNMOひいてはOSMSの概念が変化した。NMOは血清中に非常に特異的な抗AQP4抗体が存在していることが判明し,近年の動物実験では抗AQP4抗体が病変形成に不可欠であることも見出されている。また,抗AQP4抗体によって引き起こされる中枢神経病変はMSのそれとは大きく異なり,両者が異なる病態を持つ疾患であることを示している。さらに,臨床症状の違いだけではなく,各種薬剤に対する治療反応性も異なることが明らかになっており,発症早期における両者の鑑別の重要性が増している。

NMOの病態機序をめぐる新たな展開

著者: 三須建郎 ,   高橋利幸 ,   西山修平 ,   高野里菜 ,   中島一郎 ,   藤原一男 ,   糸山泰人

ページ範囲:P.921 - P.931

はじめに

 視神経脊髄炎(neuromyelitis optica:NMO)は壊死性脱髄を呈する急性の視神経炎や脊髄炎を特徴とする炎症性疾患である。1894年のDevicらによる報告以後,幾度となく多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)と比較され,その異同と多様性が議論されてきた1-4)

 2002年に,NMO病変がMSでは認められない血管周囲や軟膜を裏打ちするように染色される特異な免疫グロブリンや補体の沈着を特徴とすることが報告され,その特徴が1つの手掛かりとなって2004年にNMOに特異的な抗体(NMO-IgG)が発見された5)。翌年にはその対応抗原が,主にアストロサイトの足突起に発現するアクアポリン4(AQP4)であることが判明し,両者は異なる疾患であることが示唆された6,7)。NMOで液性因子の重要性が注目されたことで,NMOやMSで相次いでB細胞に対する単クローン抗体であるリツキシマブ(rituximab:抗CD20抗体)の治験が行われ,両者ともに劇的な再発予防効果があることが判明した8,9)。このことにより,MSでも改めて病理学的に液性因子の重要性が議論されている10)。このように近年のMSやNMOの病態研究は,いわば車の両輪のように進んでいるともいえる。

 ここ数年の急速な発展により,NMOの病態は主にアストロサイトの足突起に局在するAQP4に対する自己抗体や補体を介したアストロサイトパチーであることが,病理学的検討や数々のin vivoやin vitroの実験的研究により証明されてきており11-13),AQP4抗体が病原性を有する抗体であることは,もはや疑い得ない状況である14-17)。臨床的には,アストロサイト障害の程度がどの程度重症度や予後に反映されるのかを,髄液中GFAP(glial fibrillary acidic protein)を測定することで判断できることがわかってきている。実際に,AQP4抗体がどのようにアストロサイトの細胞表面のAQP4を認識し病態に関与するのか,そういった分子レベルの病態機序も徐々に明らかにされてきている。さらに近年では,脱髄機序を根本的にアストロサイトに求めるといった,より大きな議論が出てきていることも興味深く,脱髄機序におけるアストロサイトの関与が今後注目される。

 本稿では,AQP4抗体の発見以後,病理学的研究に始まりin vitroやin vivoにおけるAQP4抗体の病原性を証明する実験的研究に至るまでの免疫病態に関する議論を中心に,現在のNMOの病態機序をめぐる動きについて述べることとする。

NMOの頭部MRIからみた臨床像の特徴

著者: 清水優子

ページ範囲:P.933 - P.943

はじめに

 視神経脊髄炎(neuromyelitis opitica:NMO)は,重篤な視神経炎と脊髄炎を発症する疾患である。近年,NMOの特異的な抗体(NMO-IgG)が,水チャンネルのアクアポリン4(aquaporin-4:AQP4)を標的にしていることが発見され,NMOは多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)と病態が異なる疾患であるという概念になりつつある。これまで古典的なNMOでは,発症時には視神経炎と脊髄炎のみで脳病巣がないとされていたが,のちに抗AQP抗体陽性のNMOではMSと異なる頭部MRI画像を呈することが報告され1,2),NMOが脳病巣を呈することは決して珍しくないということがわかった。MSは脱髄が主体であるが,NMOではastrocyteがその炎症の主座であるという病態の違いから,NMOの頭部MRI画像所見もMSとは異なる。NMOの頭部MRI画像の特徴は,①好発部位はAQP4が豊富に発現している第三脳室,第四脳室,中脳水道の周囲,延髄背内側,中心管,視床下部に多い,②造影増強効果の特徴としてcloud like enhancementを呈する,③左右対称性,広範な病巣をきたすことが多い,という点が挙げられる。臨床症状の特徴は病巣部位を反映して,難治性吃逆,嘔吐,ナルコレプシー,過睡眠,内分泌異常である。本稿では,これまで報告されているNMOの頭部MRIの特徴とMSとの相違,NMOの臨床症状の特徴について述べたい。

NMOの抗AQP4抗体からみた治療法の選択

著者: 越智博文

ページ範囲:P.945 - P.952

はじめに

 多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)は再発と寛解を繰り返し,時間的・空間的多発性を特徴とする中枢神経系の非化膿性炎症性脱髄疾患である。わが国では再発寛解型MSと診断される症例を,さらに病変分布によって分類してきた。つまり,大脳や小脳,脳幹など中枢神経系全般にわたり多巣性の病巣を生じるものを通常型MS(conventional MS:CMS)と呼び,視神経と脊髄が選択的かつ高度に障害される症例を視神経脊髄型MS(optic-spinal MS:OSMS)と呼んで両者を区別してきた。後者はわが国のMSに特徴的な病型とされてきたが,NMO-IgG(anti-aquaporin 4 antibody:抗AQP4抗体)の発見により,その典型例は欧米におけるneuromyelitis optica(NMO)と同一疾患・病態であることが明らかとなった。MSとNMOを鑑別することは治療法選択の観点から特に重要で,両者の早期鑑別には抗AQP4抗体の有無を検索することが有用である。本稿では,NMOの早期診断と早期治療,適切な再発予防対策の重要性について考察したい。

NMO spectrum disordersと膠原病/悪性腫瘍/感染症

著者: 田中惠子 ,   田中正美

ページ範囲:P.953 - P.960

はじめに

 Neuromyelitis optica(NMO)は視神経炎と脊髄炎を中核とする中枢神経の炎症性疾患である。NMOの診断は当初,1999年にWingerchukらが提唱した,①視神経炎,②急性脊髄炎,③視神経と脊髄以外の臨床症候がない,の3点が満たされることという絶対基準に乗っ取り,大脳病変を有する例が排除されたため,NMOの診断名が限定的に使用された1)。その後のNMO-IgG/抗アクアポリン4抗体(aquaporin 4-antibody:AQP4-Ab)の発見により,抗体陽性例の臨床像の多様性が明らかになり,また,大脳・脳幹病変を有する例の頻度が高いことから,2006年に,拡大修正された新たな診断基準が提唱された(Table1)2)。すなわち,1)視神経炎の存在,2)急性脊髄炎,3)以下の3つの支持項目のうち最低2つを満たすもの(①MRI上,3椎体長以上に及ぶ脊髄の連続病変を認めるもの,②MRI上,MSの診断基準に合致しない脳病変を認めるもの,③血清NMO-IgG/AQP4-Abが陽性のもの)の3つの項目すべてを満たすものをNMOと診断するとした。この診断基準にも組み込まれた,NMO-IgG/AQP4-AbはNMOの特異的診断マーカーとされ3,4),現在はその病態背景も考慮して,AQP4-Ab陽性の場合,AQP4-Ab関連疾患やaquaporinopathyなどの呼称で抗体陽性群を一疾患単位と捉える傾向にある。なお,NMO-IgGは免疫組織化学での染色パターンで判断されるものであり,AQP4-AbはNMO-IgGが認識する水チャンネル蛋白そのものに反応する抗原特異的抗体を検出するものである。これまでの筆者らの検討では,両者の陽性例はほぼ一致している5)

 AQP4-Ab陽性疾患としてみた場合,診断時点での臨床像は必ずしも,上記のNMOの診断基準に合致しない場合がある。しかしながら,AQP4-Ab陽性という,特異な自己抗体を生じる共通の病態を背景にする一群としての捉え方で,抗体陽性群の多様な臨床像を包括し,NMO spectrum disorders(NMOSD)と呼称されるようになった(Table2)6)

AQP4免疫染色からみたNMOと多発性硬化症―神経病理学的再考

著者: 吉田眞理

ページ範囲:P.961 - P.974

はじめに

 脱髄疾患は髄鞘が一次的に障害され,軸索が相対的に保持される後天的疾患である。臨床病理学的に時間的・空間的多巣性があり,免疫学的機序が介在すると考えられている。古典的な多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)以外に,視神経・脊髄に限局した病巣を示す群としてDevic病/視神経脊髄炎(neuromyelitis optica:NMO)の存在が知られていたが,その疾患分類上の異同や病因,病態に関しては長く議論されてきた。2004年,NMOの血清中に中枢神経系軟膜下や血管周囲に特徴的な反応を示すNMO-IgGが見出され,その対応抗原がアストロサイトの足突起に高密度に発現するアクアポリン4(aquaporin-4:AQP4)であることがMayo Clinicから報告された1,2)

 NMO患者の血清AQP4抗体価の陽性率は50~70%を超え,AQP4抗体陽性例は女性優位で,脳MRI所見でMS様病変が乏しく,3椎体以上の長い髄節にわたる脊髄病変を呈することが特徴となっている3,4)。Misuらは,NMOの急性期の病巣でAQP4の発現が欠損していること,NMOの病変部では補体であるC9neoの沈着する血管周囲のAQP4やGFAP(grial fibrillary acidic protein)の染色性が低下し,また急性期NMO病巣では,AQP4の欠落に比して髄鞘蛋白であるミエリン塩基性蛋白(myelin basic protein:MBP)は保たれているのに対して,MSではMBPの染色性は消失するがAQP4の発現は反応性アストロサイトとともに発現が亢進することを報告した5)。これらの所見から,AQP4がNMOの病態に深く関与し,MSとNMOが異なる機序をもつ疾患であることが明白となった。本稿では,AQP4の免疫染色がMSとNMOの鑑別となり得るかという視点から,愛知医科大学加齢医科学研究所の脱髄疾患の剖検例を再検討した中から代表的な症例を紹介する。コントロール脊髄のAQP4免疫染色では中心管近傍から灰白質に豊富に発現し,白質では軟膜直下および血管周囲のVirchow-Robinの足突起に陽性像を認めた(Fig.1)。剖検例の後方視的な再検討であり,血清AQP4抗体価は測定されていない時代の症例の病理像のみからの予備的検討という制約があるが,MSやNMOの新たな理解の一助となれば幸いである。

総説

自閉症スペクトラム障害の脳科学―社会性の障害に着目して

著者: 加藤進昌 ,   山末英典 ,   渡辺慶一郎 ,   神出誠一郎 ,   定松美幸

ページ範囲:P.975 - P.986

はじめに

 自閉症に関する脳科学的研究はいまや世界の神経科学の最重要課題になりつつある。それは社会性という人間が人間たる根幹の機能をサイエンスする格好のモデルを自閉症が提供しているからにほかならない。しかしながら,現在発表されているおびただしい研究を俯瞰するとき,臨床家としてはその研究対象ははたして臨床像を十分包含したものになっているかについて,一抹の不安を感じざるを得ない。そのために本稿では今一度臨床的事項を自分なりに整理して,研究的視点に立つときの問題意識を明らかにしたうえで,研究の流れを追いながら分野ごとに研究の進歩を紹介することにしたい。この研究の流れについても,筆者らが臨床的な観点から今後重要と考える方向性にある程度絞って紹介する。したがって本稿は研究のすべてを網羅したものではないことをお断りしておく。なお,より網羅的な研究の総説としては他に特集としてまとめたものを参考にしていただければ幸いである1)

症例報告

運動障害を伴う孤発性三叉神経症を呈した橋被蓋部梗塞の1例

著者: 上杉政司 ,   中山尚登 ,   東真由 ,   鈴木倫保

ページ範囲:P.987 - P.990

はじめに

 三叉神経障害を生じ得る脳幹梗塞の多くはroot entry zone近傍であり,橋被蓋部の梗塞によるものは少ない1-10)。さらに,孤発性三叉神経障害は疼痛,感覚障害を生じるが,三叉神経運動核の障害を伴った孤発性三叉神経障害の報告は過去に1例のみである4)。今回われわれは橋被蓋の微小な梗塞による三叉神経運動核の障害によると考えられる明らかな片側開口障害を生じた例を経験したので,脳幹病変による三叉神経障害について文献的考察を加え報告する。

文字処理過程における運動覚の役割―左頭頂葉損傷による失読失書例の検討

著者: 遠藤佳子 ,   鈴木匡子 ,   平山和美 ,   藤井俊勝 ,   隈部俊宏 ,   森悦朗

ページ範囲:P.991 - P.996

はじめに

 近年,認知神経心理学の領域で,読み書きの処理過程に関し種々の図式が提唱されている1)。欧米で使用される文字は1種類なので,提案された図式も1種の文字の列に対し,文字形態,音韻,意味の3側面の処理が行われると仮定したものが多い。しかし,日本語は意味情報が優位の漢字と,音韻情報が優位の仮名という2種の文字体系を用いており,欧米アルファベット圏の図式をそのまま当てはめることはできない。また,文字処理には運筆の運動覚の関与も考えられるが,現行の読み書きの図式には運動覚経路が組み込まれていない。われわれは,左の角回の皮質,皮質下を含む頭頂葉損傷後に,文字種(漢字,仮名)や意味の有無によって読字と書字の成績が異なり,運動覚経路を介したなぞり読みが有効であった失読失書症例を経験し,読み書き障害の機序について検討したので報告する。

神経画像アトラス

Galen大静脈に静脈瘤を伴う脳静脈性血管腫の1例

著者: 中嶋浩二 ,   糸川博 ,   大石敦宣

ページ範囲:P.998 - P.999

 患 者 27歳,女性

 既往歴 先天性の顔面血管腫

 現病歴 2009年3月と2009年10月に数日間持続する回転性めまいを自覚し,心配になり外来を受診した。

学会印象記

World Federation of Neurology Research Group of Aphasia and Cognitive Disorders (WFN-RGACD)(2010年5月15日~18日,イスタンブール)

著者: 小早川睦貴

ページ範囲:P.1000 - P.1001

 WFN-RGACDは世界神経学会の分科会で,2年に1度行われています。今年はトルコのイスタンブールにある,ヘイベリ島という小さな島の小さなホテルで行われました(写真1)。島につくためには船しか手段がないため,私たちは約11時間のフライトの後,フェリーに90分揺られてようやく島につくことができました。ヘイベリ島には海外や地元から多くの人が休暇を楽しむためにやってきており,私たちが滞在していた間も観光客で大変にぎやかでした。港の周りは観光客向けの飲食店や露店が立ち並び,少し奥へ歩けば古くから残っていそうな別荘やホテルが静かに立ち並んでおり,島内では頻繁に馬車が行きかっているといった様子で,非常に特徴的な島でした。

 WFN-RGACDも,特徴的な雰囲気をもった学会です。この学会は参加人数が100人に満たない程度と,あまり多くありません。そのため,ディスカッションはフレンドリーな雰囲気が漂う瞬間もみられます。スケジュールも柔軟に進められており,議論が白熱して延長戦にもつれこむこともあります。会期半ばにはオプションツアーが開催されることも恒例で,今回はボスポラス海峡のクルーズが企画されていました(ただし参加した方々の感想を伝え聞いた所によると,皆さん船酔いで参っていたとのことです)。

連載 神経学を作った100冊(45)

カルメイユ『精神病者における麻痺についての考察』(1826)

著者: 作田学

ページ範囲:P.1002 - P.1003

 カルメイユ(Louis Florentin Calmeil; 1798-1895)はフランスの精神科医で,ピネル(Phillipe Pinel; 1745-1826)とエスキロル(Jean Étienne-Dominique Esquirol; 1772-1840)の弟子である。

 進行麻痺はコロンブス時代の後から現れ,最初に記載したのはウィリス(Thomas Willis; 1621-1675)であった。ウィリスは『Anima brutorum』(動物のたましい)(1672)の病理部(pars Pathologica)の中で,paralysis universalis(全身麻痺)と狂気が合併する例として述べている(143頁)1)。さらにこの麻痺が熱病の後に治癒することがあることも紹介している。

書評

「神経伝道検査と筋電図を学ぶ人のために[DVD-ROM付] 第2版」―木村 淳,幸原伸夫●著 フリーアクセス

著者: 正門由久

ページ範囲:P.932 - P.932

 この度,医学書院から『神経伝導検査と筋電図を学ぶ人のために 第2版』が出版された。初版も読ませていただき,すばらしい本であると感じていたが,さらにバージョンアップし,“かゆいところに手が届く”必携の書になったと感じる。本書は臨床神経生理学的検査,特に神経伝導検査と筋電図検査を行う者にとっては,まさに座右の書といえる。

 さて,本書の構成は,神経伝導検査の正常値(見ていて飽きない),序章(偉人たちに感謝),「第1部 神経筋の構造と機能」,「第2部 神経伝導検査の原理と実際」,「第3部 針筋電図の原理と実際」,「第4部 症例から学ぶ筋電図」,「第5部 知っておきたい基礎知識」,「第6部 AAEM(米国電気診断医学会)用語集」の計6部から構成されている。さらに各部の終わりには知識を整理するためのQ&Aや,要所要所に「Column」というトピックス枠があり,日常診療の場で起きそうな疑問や話題に答えてくれており,本文にはない“楽しみ”がある。また各章末に○×式の確認問題があり,そこで復習できるようになっている。

「エスクロール基本神経病理学」―F. Gray, U. De Girolami, J. Poirier●編著,村山繁雄●監訳 フリーアクセス

著者: 岩坪威

ページ範囲:P.997 - P.997

 本書の届いた日,書架からEscourolle et Poirier著,1977年版“Manuel élémentaire de neuropathologie”(Masson社)を取り出してみた。緑色のシンプルな装丁,200頁ほどの簡素な書物である。Rubinstein教授による英訳版が普及し,簡潔にして明晰かつ健全な記載と,豊富に収載された図版の秀逸から,評者らが神経内科学,神経病理学の手ほどきを受けた1980年代以来,神経病理学入門書のバイブルと目された書物であった。今回村山繁雄先生監訳により最新版が邦訳された本書の,初期版に相当する。

 しかし過去四半世紀の間に,神経病理学は,免疫組織化学の普及による組織病変の物質的理解の進捗,分子遺伝学や臨床神経学の長足の進歩に基づく疾患・病態概念の変遷などを経て,大きく変貌した。基本となる概念は不変であるものの,教科書のページ数を数倍増させるに足る莫大な知見が集積され,その全貌を初学者が捉えることは年々困難となりつつあった。特に本邦で優れた教科書が長年出版されていないことは,われわれ神経病理学に携わる者の悩みであった。

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あとがき フリーアクセス

著者: 糸山泰人

ページ範囲:P.1008 - P.1008

 医学,医療に携わる私共には多くの喜びが与えられている。的確な診断と治療により患者さんを救えた喜びなどがその最たるものであろうが,「新たな疾患概念」を確立したり,経験することも大きな喜びである。私は今まで身近にて2つの疾患概念の確立や変遷を経験してきた。その1つは1980年代後半に当時の鹿児島大学の納教授のグループによるHAM(HTLV-I associated myelopathy)の発見である。欧米の神経学の教科書にも載っていないspastic spinal paralysisと診断をつけ病因は変性疾患と考えて何ひとつ疑わなかった疾患が実はHTLV-Iの感染症であった訳である。この新たな疾患概念の発見により疾患の臨床病像,検査異常,病因,疾患論が実に明確にされ,なによりも本疾患の治療法が整理され予防も可能になった感動は忘れられない。

 もう1つは本誌の特集であるNMO(neuromyelitis optica, Devic病)である。本特集では「NMOの疾患概念―OSMSからの変遷と確立」を中島一郎先生に,「NMOの病態機序をめぐる新たな展開」を三須建郎先生に,「NMOの頭部MRIからみた臨床像の特徴」を清水優子先生に,「NMOの抗AQP4抗体からみた治療法の選択」を越智博文先生に,「NMO spectrum disordersと膠原病/悪性腫瘍/感染症」を田中惠子先生に,「AQP4免疫染色からみたNMOと多発性硬化症―神経病理学的再考」を吉田眞理先生にまとめていただいた。この特集のおおまかな論旨は,「多発性硬化症(MS)類似の臨床像をとるNMOは長い間MSとの異同が論議されていたが,NMOに特異的にみられるNMO IgG(アクアポリン4抗体,AQP4抗体)の発見とそれに続く病変部でのAQP4の消失の2つの大きな発見から,NMOは脱随疾患であるMSとは異なる疾患概念,すなわちアストロサイト傷害の疾患である」にまとめられる。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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