icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩63巻10号

2011年10月発行

雑誌目次

特集 緩徐進行性高次脳機能障害の病態

緩徐進行性高次脳機能障害とは何か?

著者: 河村満

ページ範囲:P.1035 - P.1035

 神経疾患の名称はさまざまな根拠から名づけられている。病因,病巣の広がり,それに症候などが根拠になり,発見者の人名が冠される場合もある。

 Lewy小体型認知症は,細胞内に蓄積された異常蛋白質を根拠に命名された病名だし,Alzheimer病は細胞外の異常所見を根拠に診断される。前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)はマクロからみた大脳萎縮部位の特徴からの命名である。筋萎縮性側索硬化症は,症候と病理像との複合疾患名といってもよいかも知れない。慣れたが,よく考えてみると奇妙だ。

進行性非流暢性失語

著者: 村山繁雄 ,   齊藤祐子

ページ範囲:P.1037 - P.1046

Ⅰ.進行性非流暢性失語の研究史

 1.前頭側頭葉変性症と進行性非流暢性失語

 進行性非流暢性失語(progressive nonfluent aphasia:PNFA)は,非流暢性言語表出の進行性障害を特徴とし,病理学的に前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)に分類される疾患群の,3つの臨床亜型の1つに分類される。

 本稿は,PNFAの臨床症状から,背景病理が多彩であること,また,その原因疾患に関し,異なった報告があることの整理を主眼としたい。

意味性認知症

著者: 数井裕光 ,   武田雅俊

ページ範囲:P.1047 - P.1055

はじめに

 近年,変性疾患患者の中で他の認知障害と比較して言語障害が目立つ患者が存在することが知られるようになり,原発性進行性失語と総称されるようになった。通常この原発性進行性失語には,本特集の3つの病態,進行性非流暢性失語症,意味性認知症(semantic dementia:SD),ロゴペニック失語症が含められる。この中でSDの病態像は最も古くから知られており,最初の報告はPick1)による。その後,1989年にSnowdenら2)が語の理解や物品・人物に対する知識が障害されている流暢性進行性失語の症例に対し,初めてSDの用語を提唱した。1992年には,Hodgesら3)が語義の選択的障害について強調し,左右非対称の側頭葉萎縮を伴うことを報告した。しかし,SDの用語が広く用いられるようになったのは,1998年に前頭葉,側頭葉に原発性の変性を有する非Alzheimer病性疾患に対してNearyら4)が前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)という包括概念を提唱し,その一型としてSDを分類してからである。近年,SDに対する症候学的研究に加え,神経画像学的研究,分子生物学的研究が精力的になされ,SDの病態解明が進んできた。本稿では診断に役立つ臨床症状や検査所見の解説に加え,最新の研究で明らかになった知見を紹介する。

“Logopenic”型原発性進行性失語

著者: 吉野眞理子

ページ範囲:P.1057 - P.1067

はじめに

 “Logopenic”型は,Gorno-Tempiniら1)が,それまで認められていた原発性進行性失語(primary progressive aphasia:PPA)の2つの亜型である進行性非流暢型失語[Gorno-Tempiniら1)の論文では“nonfluent progressive aphasia:NFPA”であるが,“progressive nonfluent aphasia:PNFA”と呼ばれることのほうが多いので以下PNFAとする]と意味性認知症(semantic dementia:SD)に加えて,PPAの第3の亜型として新たに提唱した分類である。

 彼女らは,PPAと診断された31例の患者に,認知面,神経画像面,遺伝学的側面から包括的な検討を行った。この31例をさらにサブグループに分けて検討しようとしたところ,PNFAにもSDにも分類できない一群が10例もあることがわかった。この10例の患者たちの言語表出は,速度が低下し,文法的に単純であるが正しく,頻繁な喚語困難によるポーズのために滞りがちであった。この一群に対して,先行研究と一致させるため“logopenic”という用語を用いることにしたとある。

 この論文の序文で彼女らは,“logopenic”型は既にWeintraubら2),Kerteszら3)によって記述されており,喚語困難があり発話量が減っているが統語と音韻は比較的保たれているという特徴を述べている。しかしながら,Weintraubら2)の報告をあたってみると“logopenic”という用語はみあたらず,経時的検討を行った4例はいずれも非流暢型失語プロフィールを呈したとある。少なくとも症例1は“logopenic”型に近い臨床像を呈しているが,そのほかの3例はどちらかといえばPNFAに近いように思われる。

 Kerteszら3)は“logopenic”という形容詞を用いてはいるものの,特定のタイプを記述するために用いているわけではなく,初期には流暢であったPPA患者が後期にはほとんどが“logopenic”かつ非流暢になると述べているとおり,症状の記述にこの用語を用いている。

 ところで,この“logopenic”という耳慣れない命名はどこから来たのであろうか。かなり大きな英和辞典を繙いてみても“logopenic”や“logopenia”という項目はみあたらない。語源的には,“logo-”はギリシャ語の“lógos”由来で“言葉(word)”や“言語(speech)”の意の連結形,“-penia”はギリシャ語の“penía”由来で“~の不足,欠乏(deficiency of)”の意の名詞連結形である。“logopenic”を「発話遅延型」と訳す例もみられる4)が,「遅延」とは少々意味が異なるようである。

 “Logopenic”とか“logopenia”という用語を,進行性失語の記述に初めに使ったのはMesulam5)で,有名な“slowly progressive aphasia without generalized dementia”の論文中である。なんとここで報告された6名中4名の患者に“logopenia”が認められたとある。“logopenia”を呈した4例についてMesulam5)は,「発話は“logopenic”で,遅く,努力性で,喚語のためのポーズが長く,錯語は稀であった」と記述している。明らかに「遅い」とは別の概念であることが窺われる。

 彼はのちにこの論文を回顧して,“logopenia”は彼自身の新造語であり,「雑談や迂言では流暢な発話であるのに,正確にいわなければならないと喚語困難のために非流暢になる」というように,「典型的非流暢型失語にあるような失文法が認められない患者における,流暢性が変動する状態」を記述するために名づけたと述べている6)。彼はまた,脳卒中による失語分類の根幹をなす流暢-非流暢の区別は,PPA患者の分類には当てはまらないことがあることを示唆している。むろん脳卒中による流暢型失語にも,喚語困難のための見かけの非流暢性が観察されることはよく知られている。おそらくPPAにおける“logopenia”では,非流暢な印象がもっと強いのであろう。

 語源に忠実に「発話欠乏」型と訳したほうが適切のように思えるが,本稿では原語のまま“logopenic”型として稿を進めることにする。

原発性進行性失行

著者: 近藤正樹

ページ範囲:P.1069 - P.1077

Ⅰ.原発性進行性失行とその概念

 1982年にMesulam1)は,7年間にわたって全般的認知機能低下をきたさずに進行性の失語を呈した症例を「緩徐進行性失語」として報告した。その後,高次脳機能の要素的な障害(失語,失行,失認など)を認める神経変性疾患が注目されるようになった。「原発性進行性失行」はこの一連の流れの中で出てきた疾患概念であり,古くは1933年のLhermitteら2)による報告があるが,以下の2報告以後,「原発性進行性失行(ないし緩徐進行性失行)」として注目されることとなった。

 (1)De Renzi3)の報告(1986) 認知症や口頭言語機能の障害なしに視覚認知機能の進行性障害をきたした2例と全般的な失行(口頭命令指示による動作だけでなく,実物品の使用,模倣による動作も困難)をきたした1例を報告した。この症例3が「緩徐進行性失行」と考えられている。

進行性視覚性失認

著者: 杉本あずさ ,   二村明徳 ,   河村満

ページ範囲:P.1079 - P.1086

Ⅰ.進行性視覚性失認の発見

 1.進行性視覚性失認とは

 視覚性認知には,非常に複雑な情報処理の過程が関わっている。眼から脳へ外界の情報が伝達されるのみでは,視覚的外界は成立しない。「見えているのに見えない?(To see but not to see)」1)と表現される視覚性失認は,その複雑な視覚性認知の過程が障害されることによって生じる。19世紀に,脳血管障害による相貌失認[Quaglino(1867)の症例2)]や外傷による物体失認3)の症例から知られてきた症候である。

 一方で,近年になって,Alzheimer病や前頭側頭葉変性症などを代表的疾患とした変性性認知症性疾患に対する理解が進んできた。それとともに,進行性の視覚性失認という症候が認められ,注目を集めている。20世紀までには,進行性視覚性失認は1つの病態として知られるようになり,関連して後述するposterior cortical atrophy(PCA)という疾患概念が生まれた。

特別座談会

Leborgne報告から150年―人間の本質をみつめたBroca(前編)

著者: 岩田誠 ,   河村満 ,   酒井邦嘉 ,   西谷信之

ページ範囲:P.1087 - P.1098

1861年,外科医Pierre Paul Brocaは,ユニークな言語障害をきたして入院していたLeborgneという名の患者を診察,剖検し,責任病変が「第3前頭回」であると同定した。この発見がもとになり,「言語に関する半球優位」と「運動失語の責任病変」というその後の神経心理学を貫く2つのテーゼが投げかけられることになる。それから150年,Broca野にまつわる研究をされている4氏にお集まりいただき,Brocaによる発見の現代的意味や,奇しくも没後100年を迎えるJacksonの説にも触れながら,人間にとって言語とは何かお話しいただいた。

総説

破傷風の臨床

著者: 福武敏夫 ,   宮本亮介

ページ範囲:P.1101 - P.1110

はじめに

 破傷風は毒素産生性の嫌気性菌による筋攣縮を特徴とする神経疾患である。現在では稀な疾患であるが,紀元前16世紀のエジプトのヒエログリフにもそれらしき症状の記述があり,外傷と破傷風との関連は西洋ではヒポクラテス,東洋では傷寒論の時代からよく知られている。本邦でも落馬から2週間で死亡した源 頼朝の死因として疑われているし,江戸時代きっての天才たる平賀源内の獄中死の原因でもある。現在から少し時代をさかのぼれば,小説のテーマになっていたことさえあり,明治期では長塚 節の『土』,昭和期でも三木 卓の『震える舌』がよく知られている1)。最近ふと手にした帚木蓬生の短編集『風花病棟』中の1編に「チチジマ」というのがある2)。少し長いが,破傷風の感染経路を考えるうえで示唆的と思われるので紹介する。

 物語は1945年の硫黄島戦闘の際に,小笠原父島に遭難したアメリカ人パイロットと遠くから彼を目撃した日本人軍医との戦後の交流を描いたものである。2人の「再開」のきっかけは元軍医の国際医学会でのポスター発表であり,その演題は「臍の垢による破傷風の3例」であった。3例とも高齢者で,積もるまま放置していた臍の垢が感染巣になったという。昔から「臍の垢を洗うなかれ」という言い伝えがあるが,危険な迷信と思われる。

 筆者らは2009年秋に開催された第14回日本神経感染症学会[会長:中野今治(自治医大神経内科教授)]のシンポジウムで破傷風について講演する機会を得た3)が,その年は北里柴三郎が破傷風菌の純粋培養に成功してから120年にあたっていた。北里は培養成功の翌年von Behringとともに抗毒素による免疫を発見し,治療への端緒をも切り拓いた1)が,残念にも1901年の記念すべき第1回ノーベル賞はvon Behringにしか与えられなかった。

 その後1927年にRamonによって破傷風ワクチン(トキソイド)が作製され,その投与によって発症,致死率とも激減したが,破傷風は発展途上国では現在なお多くの新生児の死因となっており,先進国でも患者数は減ってはいるがなお治療が容易でない疾患である。特に本邦では最近,高齢者を主体に発生が増加傾向にある(Table1)4)。また,東日本大震災後のいわゆる瓦礫やヘドロの処理の過程で,破傷風が散発的に発生していると聞く。

 本稿では今後の予防と治療について少しでも役立つようにと,筆者らの病院で最近経験した症例3,5)について報告するとともに,破傷風の臨床的事項について概説する。

ヒト型自閉症マウスモデル

著者: 五林優子 ,   内匠透

ページ範囲:P.1111 - P.1116

はじめに

 自閉症(autism)は(1)社会的相互作用の障害,(2)社会的コミュニケーションの障害,(3)限定的,反復的,常同的な行動,興味,活動に代表される発達障害である1)。小児の代表的精神行動異常疾患で,3歳未満で発症,診断がつくが,その症状は生涯にわたる。これらの原因としては,他の精神疾患や複合疾患同様,環境要因も考え得るが,疾患の原因としては遺伝的関与が強く示唆されており,現在では自閉症は脳の発達障害であると考えられている2,3)

 自閉症は既知の遺伝病(Rett症候群,脆弱X症候群,結節性硬化症)の症状として現れる場合と,一般の自閉症に分けることができる。この一般の自閉症の遺伝的異常としては,連鎖解析や候補遺伝子,染色体異常,コピー数変異(copy number variations:CNV)を含む染色体異常が報告されており3-11),中でもヒト染色体15q11-q13領域の重複症例は最も頻度が高く,全自閉症患者の数%を占めている3,5)。われわれは最新の染色体工学的手法を用いて,このヒト染色体15q11-q13重複をマウス相当染色体領域に人工的に構築することによって,臨床例に基づく自閉症ヒト型マウスモデルの作製を試みた12-19)。本稿では,この新規のモデルマウスの作製および解析を中心にまとめる。

 これまでの精神疾患の遺伝学では,的確な定量的アッセイ系が欠如しているために,それらが真にヒト精神疾患のモデルマウスであるという証明ができない状況であったが,本モデルマウスは,認知・精神機能の前向き遺伝学のための人工的ファウンダーマウスとして精神疾患の研究の出発点となることが期待される。

原著

若年性認知症2剖検例の臨床病理学的検討

著者: 石原健司 ,   堀部有三 ,   大野英樹 ,   杉江正行 ,   塩田純一 ,   中野今治 ,   河村満

ページ範囲:P.1117 - P.1123

はじめに

 65歳以下の早期発症例についても,認知症をきたす原因疾患としては,Alzheimer病や前頭側頭葉変性症などの変性性疾患,脳血管性認知症が多いことが各国から報告されている1-5)。これらの疾患は典型的な症状,画像所見を示す場合には臨床診断も困難ではないが,非典型的な症状,経過を示す症例では診断に難渋することも少なくない。われわれは当初変性性疾患と診断した40歳代発症の認知症剖検例2例を対象に,臨床症状および経過,画像所見を後方視的に検討し,鑑別診断で留意すべき点について考察した。

症例報告

産褥期に血小板増多と線溶系亢進を伴い,予後良好な前脊髄動脈症候群を呈した1例

著者: 宗田高穂 ,   清水勇雄 ,   高垣匡寿 ,   山田公人 ,   出原誠 ,   寺本佳史 ,   森内秀祐

ページ範囲:P.1125 - P.1129

はじめに

 前脊髄動脈症候群は,前脊髄動脈に支配される脊髄の前方約2/3の領域内に血流障害が生じ,その結果脊髄症が出現するものである。急速に発現する対麻痺または四肢麻痺,障害レベル以下の解離性感覚障害,早期から出現する膀胱直腸障害が特徴とされている1)。脳血管障害とは異なり動脈硬化の関与は少ないとされ,発症年齢も若年から高齢までさまざまである1)。解離性大動脈瘤など脊髄外血管の閉塞がその原因として頻度が高い1)とされるが,血液凝固異常によって発症する場合もある2)。一方で,周産期の母体は血液凝固亢進の傾向にあり,血栓塞栓症が出現しやすいことが報告されている3)。今回われわれは,産褥期に血小板増多と線溶系亢進を伴い,前脊髄動脈症候群が出現した例を経験したので報告する。

ステロイド反応性の頭痛と多発脳神経炎で発症した非典型的Cogan症候群の1症例

著者: 陸雄一 ,   櫻井秀幸 ,   藤野雅彦 ,   真野和夫

ページ範囲:P.1131 - P.1135

はじめに

 Cogan症候群(Cogan's syndrome:CS)は,非梅毒性実質性角膜炎に前庭機能障害と感音性難聴を伴う稀な炎症性疾患で,1945年にCogan1)によって記載された。その後,さまざまな眼病変を伴う症例が報告され,Haynesら2)は,実質性角膜炎を伴うものを典型的Cogan症候群,それ以外の眼病変を伴うものを非典型的Cogan症候群(atypical Cogan's syndrome:aCS)とした。CSには多彩な全身臓器障害を伴うことが知られており,神経系の合併症も報告されている3,4)。CSの病態については血管炎の関与が示唆されているが,障害部位の病理学的検討に乏しいこともあり,不明な点が多い。

 今回われわれは,ステロイド反応性の頭痛と両側性の多発脳神経炎で発症したaCSの患者を経験し,副鼻腔粘膜生検の病理学的検討を行った。本症例では生検が確定診断に役立ち,その病理学的所見からCSの病態を考えるうえで貴重な知見が得られたので報告する。

神経画像アトラス

脳梁の形態異常と脈絡叢脂肪腫を伴った脳梁周囲脂肪腫の1例

著者: 中嶋浩二 ,   中條敬人 ,   河面倫有 ,   今泉陽一 ,   石垣征一郎 ,   村上秀友 ,   泉山仁

ページ範囲:P.1136 - P.1137

〈患 者〉58歳,男性

 既往歴 19歳から右上肢の脱力を伴う意識消失発作を認め,抗痙攣薬を服用していた。

 現病歴 2010年2月,右上肢の脱力発作が出現したため,外来を受診した。

連載 神経学を作った100冊(58)

ピーター・ショウ『新治療学 第2版』(1728)

著者: 作田学

ページ範囲:P.1138 - P.1139

 シデナム(Thomas Sydenham;1624-1689),ブールハーヴェ(Hermann Boerhaave;1668-1738)の後の18世紀前半において,どういう治療が行われていたのだろうか。ここで,1728年に出版された『新治療学』(第2版)という2巻本に沿ってみてみたい。この著者であるピーター・ショウ(Peter Shaw;1694-1763)はロンドンで盛業中の開業医であったが,タイトルからはシデナムに則っていることが知れる。

 まず,頭の疾患として,脳卒中,てんかん,麻痺,めまい,頭痛,狂気,脳・髄膜炎,ならびに眼と耳の疾患が挙げられている。以下に脳卒中の項を訳してみたい。

お知らせ

第5回レビー小体型認知症研究会 フリーアクセス

ページ範囲:P.1086 - P.1086

開催日 2011年11月5日(土)

場 所 新横浜プリンスホテル

第38回日本脳性麻痺研究会 フリーアクセス

ページ範囲:P.1110 - P.1110

日時 2011年11月3日(木・祝)12:55~17:00

会場 幕張メッセ(千葉)国際会議場1階102会議室〔〒261-0023 千葉県千葉市美浜区中瀬2-1〕

書評

「失名辞 失語症モデルの現在と治療の新地平」―Matti Laine, Nadine Martin●著 佐藤ひとみ●訳 フリーアクセス

著者: 大東祥孝

ページ範囲:P.1099 - P.1099

 興味深い訳書が出版された。何が興味深いかというと,失語症の最も重要な中核症状である「失名辞」を真っ向から捉えて,それがどのようにして生じると考えられるのかを,古典論的視点から出発してごく最近の知見までを極めて包括的に,かつ一貫して「認知神経心理学的」視座から精緻な解説を試みている点,今ひとつは,認知モデルを利用した立場から導出され得る多様な「失名辞」のセラピーについて,ごく最近に至るまでの状況を指し示している点,にあるといってよい。精神医学とともに臨床神経心理学を自身の専門としてきた私にとっては,1970年代後半以降,失語症は,最も主要なテーマの1つであり続けてきた。したがって「失名辞」がどのような機序で生じるのか,どのような脳損傷と関連しているのかという問いは,いつもとても重要な課題であった。私が失語症のほうをみるようになったころは,まだ認知神経心理学といった学問領域は明示的には確立されておらず,失名辞が生じ得る脳損傷部位は少なくとも左半球のかなり広汎な領域に及ぶといった臨床的な認識が共有されていた時期であり,失名辞そのものの発現機序を解明しようとすれば,失名辞に伴っていわばジャクソニズム的な意味での陽性症状として生じてくるとみなし得る「錯語」(言い間違い)を分析解明することが,臨床的に実行可能な研究方法であると思われたので,私は「錯語の臨床・解剖学」を研究テーマの1つとすることにした。ここでいう陽性症状というのは,損傷を被って適切な言葉が出てこなくなるという意味での陰性症状に随伴して,損傷を免れた脳部位が総体として活動する結果,出現することが予測される症状のことである。今回,あらためて最近の研究状況を読ませていただき,私たちの世代の考えていたことが失名辞の認知神経心理学という方向から十分にアプローチが可能となっているという事情を確認することができ,失語症学における最近の動向の意義を再認識させていただくことになった。

「《神経心理学コレクション》脳を繙く 歴史でみる認知神経科学」―M. R. Bennett,P. M. S. Hacker●著 河村 満●訳 山鳥 重,河村 満,池田 学●シリーズ編集 フリーアクセス

著者: 酒井邦嘉

ページ範囲:P.1100 - P.1100

 型破りな脳科学の入門書である。本の帯には,「脳研究の常識への挑戦状!」とある。確かに,原題の“History of Cognitive Neuroscience”(認知神経科学の歴史)からは想像もつかない,過激な本であると私も思う。それゆえ,類書にない面白さがこの本にはある。同時に,本気で自分の脳を使って,脳という奥深い書物を「繙く(ひもとく)」ことを読者に強要せずにはいられない本でもある。一読をお勧めしたい。

 本書の構想は,「脳科学全体にわたる主要な研究を網羅的に取り上げ,整理し,研究内容を歴史的に位置付け,批判的に考察する」というものである。その一方で,ちまたではちょっと不思議にも思えるくらいもてはやされてきた用語である「ワーキング・メモリー(作動記憶)」に関してはたった1カ所,「ミラー・ニューロン」に至ってはまったく記述や議論がみられない。どちらの概念に対しても,特に言語への安易な適用に対して常に懐疑的な私には,むしろこれは適切な判断であると言えるのであるが,もしもこれらの点について徹底的に議論してもらえたら,盲信されている概念に対する多くの誤解が解けたことであろう。

--------------------

次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.1130 - P.1130

投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.1140 - P.1141

あとがき フリーアクセス

著者: 水澤英洋

ページ範囲:P.1142 - P.1142

 今月の特集は「緩徐進行性高次脳機能障害の病態」である。文字どおり,緩徐進行性の高次脳機能障害すなわち失語,失認,失行の病態についての特集ということになる。緩徐進行性(slowly progressive)とは,原発性進行性(primary progressive)ということであり,例えば,脳腫瘍によりゆっくりと進行する場合などは含まれない。換言すれば,緩徐に進行する神経変性疾患としての失語,失認,失行などを意味する。この概念は,1982年にMesulamが緩徐進行性失語を呈した症例を報告し,その後,この病態は原発性進行性失語症(primary progressive aphasia:PPA)と呼ばれたことに始まる。このポイントは,それまで失語といえば,脳血管障害による大脳皮質の局所的な障害によると考えられていたところに,神経変性疾患でも大脳皮質が局所的に障害され失語が生じ得ることを示したことにある。これは,神経変性疾患といえば大脳皮質が広汎におかされるAlzheimer病,黒質線条体系が左右ともに障害されるParkinson病,運動ニューロン系が広汎に障害される筋萎縮性側索硬化症,小脳が広汎におかされる脊髄小脳変性症などしかなかった当時としては,極めて限局した部位の神経変性が生じ得ることを明確に示したこととして,画期的であった。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up

本サービスは医療関係者に向けた情報提供を目的としております。
一般の方に対する情報提供を目的としたものではない事をご了承ください。
また,本サービスのご利用にあたっては,利用規約およびプライバシーポリシーへの同意が必要です。

※本サービスを使わずにご契約中の電子商品をご利用したい場合はこちら