文献詳細
総説
文献概要
はじめに
ハンセン病がMycobacterium lepraeの感染によって生じる神経感染症であることは,今日では誰でも知っているが,この病気が投げかけるさまざまな問題は,いまだに完全に解決されているわけではないし,それらの問題点の多くは,medicineという営みの本質に根本的に関わっている。
問題点の第1は,感染症一般に共通する問題点,すなわち単一の病原体の感染に対する宿主側の要因に基づく病態の複雑性である。ハンセン病の臨床においでは,後述のように病型分類が重要な要素をなすが,これは,感染症の臨床像と病原体・宿主間の相互作用との相関関係の研究がいかに重要であるかを示す最も典型的な例の1つである。
第2の問題点は,ハンセン病ニューロパチーの臨床においては,神経感染症としての1次性病変と,その結果として生じてくる神経徴候が惹き起こす2次性病変があり,ADL(activities of daily living)障害の原因としては後者によるもののほうがより重大な意義を持つということである。このことは,実際の医療の場において極めて重要である。
第3は,ハンセン病の治療において歴史的に経験されてきたさまざまな問題点であり,神経感染症の治療というものが目指すべきは何かという大問題が提起されている点である。
そして最後の問題点は,近年に至ってやっと実現された「らい予防法」の廃止という出来事に象徴されるように,感染症の予防医学に課せられた隔離という手法が生み出す,社会的偏見と患者の人権に対する侵害の問題が,ハンセン病の場合ほどはっきりと世の中に問われた病気はない,という点である。本稿では,筆者のハンセン病診療経験を通して対峙することとなったこれらの問題点について考察してみたい。
ハンセン病がMycobacterium lepraeの感染によって生じる神経感染症であることは,今日では誰でも知っているが,この病気が投げかけるさまざまな問題は,いまだに完全に解決されているわけではないし,それらの問題点の多くは,medicineという営みの本質に根本的に関わっている。
問題点の第1は,感染症一般に共通する問題点,すなわち単一の病原体の感染に対する宿主側の要因に基づく病態の複雑性である。ハンセン病の臨床においでは,後述のように病型分類が重要な要素をなすが,これは,感染症の臨床像と病原体・宿主間の相互作用との相関関係の研究がいかに重要であるかを示す最も典型的な例の1つである。
第2の問題点は,ハンセン病ニューロパチーの臨床においては,神経感染症としての1次性病変と,その結果として生じてくる神経徴候が惹き起こす2次性病変があり,ADL(activities of daily living)障害の原因としては後者によるもののほうがより重大な意義を持つということである。このことは,実際の医療の場において極めて重要である。
第3は,ハンセン病の治療において歴史的に経験されてきたさまざまな問題点であり,神経感染症の治療というものが目指すべきは何かという大問題が提起されている点である。
そして最後の問題点は,近年に至ってやっと実現された「らい予防法」の廃止という出来事に象徴されるように,感染症の予防医学に課せられた隔離という手法が生み出す,社会的偏見と患者の人権に対する侵害の問題が,ハンセン病の場合ほどはっきりと世の中に問われた病気はない,という点である。本稿では,筆者のハンセン病診療経験を通して対峙することとなったこれらの問題点について考察してみたい。
参考文献
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