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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩63巻7号

2011年07月発行

雑誌目次

増大特集 神経筋接合部―基礎から臨床まで

巻頭言―神経筋シナプスの構造,機能から疾患へ

著者: 高守正治

ページ範囲:P.635 - P.640



 神経筋接合部の正常な情報伝達は,神経側のアセチルコリン(acetylcholine:ACh)包含シナプス小胞がdocking,primingのあと融合(開口)するactive zoneと,筋肉側の後シナプス膜上で神経側からの情報を有効に受容すべく群落を形成するアセチルコリン受容体(ACh receptor:AChR)が約50nmのシナプス間げきをはさんでいかに対応するか,その遺伝子制御と分子生物学的構造・機能の様態にかかっている1,2)。この接合部の臨床病態には免疫疾患としての前シナプス病のLambert-Eaton筋無力症候群(Lambert-Eaton myasthenic syndrome:LEMS)と後シナプス病の重症筋無力症(myasthenia gravis:MG),遺伝子疾患としての先天性筋無力症候群がある。

 LEMSでは,神経終末P/Q型電位依存性カルシウムチャネル(そのlamininβ2との結合はactive zoneの前シナプス膜面固定に関与4))に対する抗体(特に分子構造上ドメインⅢ,Ⅳ S5~S6リンカー領域を認識,その人工抗原で動物モデル作出可能)が主役を演ずる5-8,10-12)。本病は肺小細胞癌合併頻度が高く13),癌発見より2~5年先行して発症をみることがあり,約10%には小脳失調症を合併する14)。SOX-1抗体は神経筋伝達に直接関係はないが癌合併を示唆する有力な指標となる15)。本病の脇役的病原抗体として,ACh遊離に必須なカルシウム・センサーで,上述のカルシウムチャネル蛋白同様肺癌にその発現が証明されているシナプトタグミン3)に対する抗体(シナプス小胞開口時膜外露呈N端53残基を認識,その人工抗原で動物モデル作出可能)がある8,9,12)。また,G-protein-coupled receptorとしてphospholipase Cシグナル系を介しACh遊離障害を補償する機構17-20)に関わるM1タイプのムスカリン性AChRに対する抗体も高率に検出される16,17)。これは補償障害とともに,本病にみられる自律神経障害16)の背因になっている可能性がある。

前シナプスアクティブゾーンの分子基盤

著者: 大塚稔久

ページ範囲:P.641 - P.648

はじめに

 学習や記憶,情動などの脳高次機能の発現には,脳内神経回路網における適切な情報伝達が必須である。複雑な神経回路網の基本ユニットはシナプスと呼ばれる神経細胞間の接着装置であり,近年,数多くのシナプス蛋白質が同定され,それらの機能解析が行われてきた。シナプスは大きく,前シナプス,シナプス間げき,後シナプスの3つの領域に分けることができる。前シナプスには神経伝達物質を含有したシナプス小胞がクラスターを形成し,アクティブゾーン(active zone:AZ)と呼ばれる構造体にドッキングしている。活動電位の刺激によってCa2+が神経終末に流入するとシナプス小胞は前シナプス形質膜に融合し,神経伝達物質がシナプス間げきに放出される。放出された神経伝達物質は後シナプスに存在する各種神経伝達物質受容体に結合し,後神経細胞に情報が伝達されてゆく。この一連の情報伝達の中で,AZはシナプス小胞がドッキングし融合する特異的な構造体であり,神経伝達物質の放出を時間的・空間的に制御していると考えられている。

 私たちのグループは数年前に,AZに特異的な局在を示す蛋白質を精製しCAST(cytomatrix at the active zone-associated structural protein)と命名した。そのほかにも,AZ特異的蛋白質としてBassoon,Piccolo,RIM1,Munc13-1,ELKSなどが知られている。近年の生化学的なアプローチによって,これらAZ蛋白質間の相互作用と,前シナプスからの神経伝達物質放出におけるAZの役割が明らかになりつつある。本稿では,シナプス伝達の中でも特に前シナプスAZの構造と構成分子群の生理機能について,CAST/ELKSファミリーメンバーを中心に,最近の話題を提供したい。

神経筋接合部形成の分子機構

著者: 樋口理 ,   山梨裕司

ページ範囲:P.649 - P.655

はじめに

 神経筋接合部(neuromuscular junction:NMJ)は,運動神経と骨格筋の間に構成されるシナプスである。このシナプスの形成過程には多くの遺伝子が関与することが既に明らかにされている。本稿では,その中でも最近特に注目を集めている3つの遺伝子,Dok-7,LDL receptor-related protein 4(Lrp4),cyclin-dependent kinase 5(Cdk5)に関する話題を中心に最新の知見も含めて紹介したい。

神経系の機能,遺伝子発現および発生をつかさどるカルシウムチャネル群

著者: 中尾章人 ,   高田宜則 ,   森泰生

ページ範囲:P.657 - P.667

はじめに

 生体内においてカルシウムイオン(Ca2+)はセカンドメッセンジャーとしてさまざまな生理応答に関与する。細胞外Ca2+濃度はmMのオーダーであるのに対し,定常状態の細胞内Ca2+濃度([Ca2+i)は約100nMと非常に低く保たれている。[Ca2+iが上昇すると,神経伝達物質放出やシナプス可塑性,遺伝子発現を含むさまざまな生理応答が引き起こされるが,これには細胞内外の急峻な濃度勾配を利用する形質膜越えのCa2+流入経路が重要な役割を果たしている。Ca2+流入を担うCa2+チャネルとしては,N-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体に代表されるようなリガンド作動性Ca2+チャネル,電位依存性Ca2+チャネル(voltage-dependent calcium channel:VDCC),non-classical Ca2+チャネルが存在する。細胞内のCa2+濃度変化に関与するオルガネラとしては,小胞体とミトコンドリアが存在する。小胞体内のCa2+濃度はsmooth endoplasmic reticulum Ca2+ ATPase(SERCA)の働きにより10~100μMと細胞質中よりも高く保たれており,Ca2+ストアとして働いている。このことから,小胞体からのCa2+放出により[Ca2+iを大きく上昇させることが可能である。Ca2+放出は,inositol (1,4,5)-triphosphate(IP3)受容体とリアノジン受容体が担うことが広く知られている1)。これに対し,ミトコンドリア内のCa2+濃度は細胞質中と同程度の100nM程度であると見積もられているが2,3),細胞に刺激が加わるとミトコンドリアはCa2+を蓄えることができ,Ca2+バッファリング能を有することが知られている4,5)。このように[Ca2+iは,形質膜と小胞体,ミトコンドリアの3者を介したCa2+の流出入により,時空間的に厳密に制御されている。

 本稿では,神経系における,細胞膜の脱分極によって活性化されるVDCCと,non-classical Ca2+チャネルとして働くtransient receptor potential(TRP)を介したシグナル伝達について,最新の知見を踏まえて概説する。

神経筋接合部における遺伝子異常と疾患

著者: 大野欽司

ページ範囲:P.669 - P.678

はじめに

 神経筋接合部は,プロトタイプシナプスとしてシナプス電気生理機構ならびにシナプス分子構築機構が古くから精力的に研究され,最も解明が行われてきたシナプスである。神経筋接合に発現をする分子の先天的な遺伝子変異による神経筋接合部信号伝達異常は,筋力低下・易疲労性・筋委縮・顔面小奇形を特徴とする先天性筋無力症候群(congenital myasthenic syndromes:CMS)を惹き起こす1)。CMSは欠損する分子の部位により,前シナプス型,シナプス型,後シナプス型に分類される(Fig.1)。CMSにおいて同定をされてきた変異分子は(i)ニコチン作動性筋アセチルコリン受容体(muscle nicotinic acetylcholine receptor:AChR)2,3),(ii)AChRを筋終板に集積をさせるラプシン(rapsyn)4,5),(iii)神経終末より放出をされAChRクラスター形成を促進するアグリン(agrin)6),(iv)アグリンのシグナルを受容しAChRクラスター形成を促進する筋特異的チロシンキナーゼ(muscle specific receptor tyrosine kinase:MuSK)7,8),(v)MuSKと協調してAChRクラスター形成に作用をするDok-79,10),(vi)筋終板のAChRの脱分極を骨格筋全般に伝播する電位依存性筋ナトリウムチャネル(voltage-gated muscle sodium channel, NaV1.4)11),(vii)アセチルコリンエステラーゼ(acetylcholinesterase:AChE)をシナプス基底膜に係留するコラーゲンQ(collagen Q:ColQ)12-14),(viii)神経終末から再取り込みされたコリンからAChを再合成するコリンアセチルトランフェラーゼ(choline acetyltransferase:ChAT)15)がある。本稿ではこれらのうち筆者らが同定をしてきたAChR,rapsyn,NaV1.4,ColQ,ChATを中心に紹介をする。

 さらに,ヒトは胎生33週まではAChRεサブユニットの代わりにAChRγサブユニットを使うγ-AChRを神経筋接合部において発現しているため16),AChRγサブユニットの先天的な遺伝子変異17,18)はfetal akinesia deformation sequence(FADS)を惹き起こす。また,AChRαサブユニットとAChRδサブユニットの変異によってもFADSが起きることが報告をされている19)。また,シナプス基底膜に集積しColQやジストログリカン(dystroglycan)をはじめとする数多くの分子との結合が知られているパールカン(perlecan)の欠損は,Schwartz-Jampel症候群の原因となる20,21)。興味深いことにアグリン受容体であるLDL receptor-related protein 4(LRP4)の遺伝子変異は神経筋接合部信号伝達障害ではなく,Cenani-Lenz合指症候群(Cenani-Lenz syndactyly syndrome)の原因となる22)。Lrp4ノックアウトマウスも多指症の表現型を取ることが報告をされている23)

 これら遺伝性疾患に加えて,神経筋接合部分子は自己免疫疾患の標的にもなり,AChR24)・MuSK25,26)・LRP427)に対する自己抗体は重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)の原因になる。さらに,AChRαサブユニットのプロモータ領域のSNP(single nucleotide polymorphism)が若年発症のMGの発症率を2.01~2.35倍増加させることが報告をされている28)。このSNPは,胸腺上皮細胞におけるAChRαサブユニットの発現を減弱させ,T細胞のAChRに対する免疫寛容を成立させにくくすることによりMGの発症率を上げる。

 神経終末のP/Q型電位依存性カルシウムチャネル(P/Q-type voltage-gated calcium channel:VGCC)に対する自己抗体はLambert-Eaton筋無力症候群(Lambert-Eaton myasthenic syndrome)を惹き起こす24)。同様に,神経終末の電位依存性カリウムチャネル(voltage-gated potassium channel:VGKC)に対する自己抗体はIsaac's症候群(神経ミオトニア:neuromyotonia)の原因となる29)。さらに,神経筋接合部分子を標的とする病態として,サリンや有機リン農薬などのAChE阻害作用,蛇毒αバンガロトキシンや植物毒クラレのAChR阻害作用,ボツリヌス毒素のSNARE〔soluble N-ethylmale-mide-sensitive fusion attachmentprotein (SNAP) receptor〕複合体阻害作用が知られている。

胸腺と免疫系形成

著者: 松井尚子 ,   新田剛 ,   高浜洋介

ページ範囲:P.679 - P.684

はじめに

 免疫応答の司令塔として生体防御の中心的役割を担うT細胞は,主に胸腺にて分化する。胸腺は,分化途上のT細胞系である胸腺細胞(thymocyte)と,それらを取り囲む胸腺ストロマ細胞(thymic stromal cell)からなり,外側に胸腺細胞の密度が高い皮質(cortex)と,内側に胸腺細胞の密度が低い髄質(medulla)の構造をもつ(Fig.1)。胸腺ストロマ細胞には,皮質にある皮質上皮細胞(cortical thymic epithelial cell:cTEC),髄質にある髄質上皮細胞(medullary thymic epithelial cell:mTEC)のほか,線維芽細胞,樹状細胞,血管内皮細胞などが含まれ,それらが3次元的に配置された構造をとって胸腺微小環境を形成している。胸腺微小環境は,胸腺の形態を作るだけでなく,胸腺細胞の分化と選択を制御することで,獲得免疫系の司令塔であるT細胞の産生を担っている1)

 ここでは重症筋無力症をはじめとする自己免疫疾患との関連に注目しつつ,T細胞の分化なかでも胸腺髄質で起こる自己寛容の成立機構について述べる。

胸腺異常と重症筋無力症

著者: 槍沢公明 ,   長根百合子

ページ範囲:P.685 - P.694

はじめに

 重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)患者に胸腺異常が認められることは,今から100年以上前には既に知られていた事実である1-5)。MGが主に骨格筋アセチルコリン受容体(acetylcholine receptor:AChR)に対する抗体を介する自己免疫疾患であると判明(1973年)6)後,この自己免疫病態とMG胸腺の関連について多くの研究が行われてきた。総じて言えば,MGの発病と持続に必要な免疫病態の一部には胸腺が関与している。しかし,その関与の仕方,程度は,胸腺組織型や発症年齢,さらには発症後の期間によっても異なる。実際には,胸腺摘除により病勢が沈静化し完全寛解を得るような例は少ない7-9)

 MGの胸腺異常は,若年発症MG(early onset MG:EOMG,発症年齢<50歳,<40歳とする意見もある)例の約半数にみられる過形成胸腺(thymus exhibiting lymphofollicular hyperplasia:TLFH)と,MG例全体の10~15%にみられる胸腺腫(thymoma)である10-11)。高齢発症MG(late onset MG:LOMG,発症年齢≧50歳)非胸腺腫例の萎縮胸腺は,正常対照例の萎縮胸腺と差はない12,13)。本稿では,EOMGのTLFH,胸腺腫,LOMG非胸腺腫例の萎縮胸腺のそれぞれについて,MG病態との関連を概説し,胸腺摘除の臨床的な意義についても触れる。

アセチルコリン受容体抗体とMuSK抗体と重症筋無力症

著者: 小西哲郎

ページ範囲:P.695 - P.704

はじめに

 重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)患者血液中に,アセチルコリン受容体(acetylcholine receptor:AChR)に対する抗体が見出されて1)以降,MG患者はAChR抗体陽性MG(seropositive MG:SPMG)とAChR抗体陰性MG(seronegative MG:SNMG)とに分類されていた。そして,2001年Hochら2)が,筋特異的チロシンキナーゼ(muscle spesific kinase:MuSK)に対する抗体が陽性のMGを報告して以後,MG患者はAChR抗体陽性MG(AChR MG),MuSK抗体陽性MG(MuSK MG),両抗体陰性MG(double SNMG)の3群に分類されている。両抗体陰性MGの臨床症状は通常のAChR MGに類似しており,胸腺異常を伴うことが多く,AChRに対する抗体が現在行われている抗体測定の検出レベル以下,あるいは存在する抗体のAChRに対するaffinityが低いために,AChR抗体が検出できないことなどが考えられてきた。事実,近年高感度AChR抗体検出法により,SNMGの7割がaffinityの低い抗体を持つことが明らかにされた3)。現時点では,ほとんどのMGはAChRに対する抗体を持つAChR MGかMuSKに対する抗体を持つMuSK MGに分類され,アグリン受容体であるlow density lipoprotein receptor related protein 4(Lrp4)に対する抗体を持つMGが最近見出されたが,その頻度は低いと考えられている。すなわち,MGの病態生理や治療を考えるうえで,AChR MGとMuSK MGを十分に理解すれば多くのMGを網羅すると思われる。

 AChR MGは,AChR抗原が存在する胸腺が抗体産生の場で,神経筋接合部のシナプス後膜に存在するAChRがその抗体の標的となるという比較的単純なストーリーが描ける。ところが,MuSK MGは胸腺との関連が薄く,抗体産生の機序がまったく不明である。抗体の標的であるMuSK蛋白が,神経筋接合部の分化維持にかかわる多様な機能をつかさどることから,MuSK MGの病態生理は複雑で,これまでの動物モデルや患者生検神経筋の電気生理学的検査や神経筋接合部の形態の検討結果から,神経終末とシナプス後膜の両方のみならず,神経筋接合部にあるアセチルコリンエステラーゼ(acetylcholinesterase:AChE)の機能異常にも深く関わることが示唆されている。本稿では,AChR MGとMuSK MGの臨床および病態生理の違いに着目しつつ,それぞれの治療法の違いについても両疾患を対比して概説する。

胸腺腫関連重症筋無力症にみられる多様な抗体とその意義

著者: 鈴木重明

ページ範囲:P.705 - P.712

はじめに

 重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)の15~25%は胸腺腫(thymoma)を伴ういわゆる胸腺腫関連MGであり,臓器特異的な自己免疫疾患に加え傍腫瘍性症候群の側面も有している1)。現在では,病態や臨床特徴で非胸腺腫MGとは異なる側面を有していることから,MG全体における特別な病型として考えるべきである2)。胸腺腫関連MGの免疫学的な特徴としては,抗アセチルコリン受容体抗体(抗AChR抗体)に加えて,横紋筋に対する自己抗体(抗横紋筋抗体:striational antibodies)が高頻度で検出される1)

 本稿では,胸腺腫関連MGの特徴と多様な抗横紋筋抗体とその意義について解説を行う。

神経筋伝導と興奮収縮連関の電気生理学

著者: 桑原聡

ページ範囲:P.713 - P.717

はじめに

 神経筋接合部は,運動神経終末からなるシナプス前膜部と筋膜・筋線維からなるシナプス後膜部で構成されている。広義の神経筋伝達は運動神経終末への電位の伝播から,アセチルコリン受容体(acetylcholine receptor:AChR)を介した筋活動電位発生,最終的には興奮収縮連関を経て筋の収縮に至る多くの過程を含んでいる。このうち,運動神経終末の神経活動電位の発生から,興奮収縮連関の過程である筋T管の脱分極までが電気的伝達であり,この活動電位が発生するとその電気信号が以後化学シグナルに変換され,興奮収縮連関の最終段階で筋小胞体からのCa放出により筋収縮が生じる1)

 臨床的に神経筋伝導の評価は反復刺激誘発筋電図,単一筋線維筋電図(single fiber electromyography:SFEMG)を用いて行われてきた。これらはシナプス後膜における筋活動電位を記録するものであるが,近年その後の過程である興奮収縮連関に関しても生理学的評価法が開発されている2,3)。本稿では,神経筋伝導におけるSFEMGの有用性と重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)の病型(抗AChR抗体陽性MGと抗筋特異的チロシンキナーゼ抗体陽性MG)による所見の差異,新たに開発された興奮収縮連関の評価法について概説する。

神経筋接合部病態の定性・定量的評価―超微形態と組織化学

著者: 吉村俊朗 ,   本村政勝 ,   辻畑光宏

ページ範囲:P.719 - P.727

はじめに

 神経筋接合部の疾患としては,コリン作動性アセチルコリン受容体(acetylcholine receptor:AChR)に対する自己抗体による重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)や神経終末(nerve terminal:NT)部に存在するP/Q型電位依存性カルシウムチャネル(voltage-dependent calcium channelopathy:VGCC)に対する自己抗体によるLambert-Eaton筋無力症候群(Lambert-Eaton myasthenic syndrome:LEMS)がよく知られている。そして,全身型MGの中で抗AChR抗体が血清中に検出されないseronegative MG患者の存在が知られていた1,2)。2001年には,これらseronegative MG患者の70%で筋特異的チロシンキナーゼ(muscle-specific tyrosine kinase:MuSK)に対する自己抗体で発症するMGの報告がなされた3)。近年,神経筋接合部の形成に必須であるMuSK,Dok-7,rapsinそしてlow-density lipoprotein receptor-related protein 4(LRP 4)の異常によっても神経筋伝達の障害が生じることが報告されている4-6)。これら神経筋接合部疾患の運動終板の微細構造は,同一患者であっても筋線維により正常から異常の所見を呈していることが報告されている7)。したがって,運動終板は,できるだけ数多く観察することが必要となる。本稿では,神経筋接合部の組織化学染色,定量的解析に関して紹介する。

重症筋無力症治療の現状と展望―胸腺手術の観点から

著者: 吉川弘明 ,   岩佐和夫 ,   高守正治

ページ範囲:P.729 - P.736

はじめに

 重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)の臨床における現状は,大きく変化している1)。その理由として,①アセチルコリン受容体抗体(acetylcholine receptor antibody:AChR Ab)の測定が容易となり,診断が早期にされるとともに診断の正確さが向上した,②ステロイドによる治療が浸透するとともに,その使用方法が改善された,③免疫抑制薬(わが国においては,特にカルシニューリン阻害薬)の併用療法が広がった2),④胸腺摘除術適応の見直しが進んでいる,⑤MG患者の年齢分布が変化している,といった原因が挙げられる。これら5つの原因はそれぞれが独立しているようで互いに関連している。本稿では,神経内科医の立場からMG治療の現状と展望について,特に胸腺手術に重点を置いてまとめてみたい。

重症筋無力症治療の現況と展望―免疫抑制・調節薬の観点から

著者: 川口直樹

ページ範囲:P.737 - P.743

はじめに

 重症筋無力症(myasthenia gravis:MG)は,神経筋接合部を標的とした自己抗体により発症する自己免疫疾患と理解されており,かつて死亡率が30%近いとされた予後は免疫治療の導入により著明に改善した。現在までに多くのエビデンスが積み重ねられるとともに,新規の免疫治療も登場してきており,本稿では免疫抑制・調節薬による治療について概説する。

 MGは血清学的に,①神経筋接合部の後シナプス膜上にあるアセチルコリン受容体(acetylcholine receptor:AChR)に対する抗体が存在する抗AChR抗体陽性MG,②筋特異的チロシンキナーゼ(muscle specific tyrosine kinase:MuSK)に対する抗体が存在する抗MuSK抗体陽性MG,③いずれの抗体も認められないdouble seronegative MG,に分類される。また,眼筋型MGでは抗コリンエステラーゼ薬や低用量ステロイド薬で対処されることが多い。以下に,全身型MG治療に使用される免疫抑制・調節薬治療の現状と展望について述べる。

Lambert-Eaton筋無力症候群

著者: 本村政勝 ,   福田卓

ページ範囲:P.745 - P.754

はじめに

 Lambert-Eaton筋無力症候群(Lambert-Eaton myasthenic syndrome:LEMS)は,50~60%に肺小細胞癌(small cell lung cancer:SCLC)を合併し,SCLCの治療によりLEMS自体も寛解する代表的な傍腫瘍性症候群である1,2)。一方,その80~90%にP/Q型電位依存性カルシウムチャネル自己抗体(P/Q-type voltage-gated calcium channel antibodies:抗P/Q型VGCC抗体)が検出される神経筋接合部かつ自律神経疾患でもあり3),血漿交換やステロイド治療に反応する。悪性疾患以外でも,1型糖尿病,自己免疫性甲状腺炎,関節リウマチといった自己免疫疾患の合併例や家族集積性が報告されている4)。また,約10%に小脳失調がみられ5,6),その発症機序が傍腫瘍性症候群と推測されている。本稿では,LEMSの最近の知見に基づき,LEMS全般を解説する。

ボツリヌス菌とその毒素

著者: 平井義一

ページ範囲:P.755 - P.761

はじめに

 ボツリヌス菌はグラム陽性桿菌で芽胞を産生する。嫌気性菌であり,酸素の存在する環境では増殖しない。この菌の産生する毒素(botulinum neurotoxin:BoNT)は神経毒である。毒素は腸管から吸収され,神経終末(神経筋接合部)に到達すると神経細胞膜外側の受容体に結合し,神経細胞に侵入する。この毒素は亜鉛依存性蛋白分解酵素(メタロプロテアーゼ)である。神経伝達物質(アセチルコリン)を含んでいる神経細胞内シナプス小胞が細胞膜にドッキング(融合)するときに介在する蛋白を切断し,融合を阻止する。このため,神経伝達が遮断され,この毒素に感受性のあるヒトや動物に麻痺性の疾患を起こす。ボツリヌス毒素(BoNT)は破傷風毒素とともにあらゆる毒素の中で最もヒトへの致死活性が高いとされている。なお,芽胞は耐熱性であるが,毒素自体は易熱性である。

 基本的にBoNTと破傷風毒素は毒素構造や作用機序は同じである。しかし,作用神経や作用状況が異なる。破傷風毒素は神経末端から中枢方向へ運ばれ全身の痙攣性疾患を起こすが,BoNTは神経筋接合部でのみ作用し,神経伝達を遮断する。この遮断で神経細胞そのものは障害されない。この状況から,BoNTは厳密な量調整を行ったうえで,局所的慢性痙性疾患への治療応用が進められている。

ボツリヌス中毒の臨床

著者: 池口邦彦

ページ範囲:P.763 - P.773

はじめに

 ボツリヌス中毒(botulism)とは,ボツリヌス毒素による中毒症の総称である。ボツリヌス毒素にはA,B,C1,C2,D,E,FおよびG型がある。C2型以外は神経毒素である。ボツリヌス中毒の大部分は,ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)によるボツリヌス毒素産生に起因するが,ボツリヌス菌と同じクロストリジウム(Clostridium)属で,F型毒素を産生するバラチ菌(Clostridium baratii)や,E型毒素を産生するブチリカム菌(Clostridium butyricum)も原因となることがある。なお,G型毒素は,以前はボツリヌス菌が産生すると考えられていたが,現在ではアルゲンチネンス菌(Clostridium argentinense)が産生することがわかっている1)

 ボツリヌス中毒は以下のように分類される。①食餌性ボツリヌス中毒(food-borne botulism),②乳児ボツリヌス症(infant botulism),③成人腸管ボツリヌス症(adult intestine botulism),④そう傷ボツリヌス症(wound botulism)。また,その他の特殊な病型として以下が挙げられる。⑤医原性ボツリヌス中毒(iatrogenic botulism),⑥吸入性ボツリヌス中毒(air-borne botulism)。

 ボツリヌス菌は,以前はバシラス(Bacillus)属と考えられていた。ボツリヌス菌は,ソーセージを原因食品とする食中毒の起因菌として見つかったため,腸詰めを意味するラテン語のbotolusに,男性名詞のBacillusに合わせた形容詞語尾「-inus」を付けて,Bacillus botulinusと名付けられた。1923年にボツリヌス菌はクロストリジウム属に変更されたため,botulinusも中性名詞であるClostridiumに合わせて中性化され,Clostridium botulinumに変更された。しかし本邦では,以前の属名Bacillus botulinusに由来する,ボツリヌス菌,ボツリヌス中毒およびボツリヌス毒素の名称がそのまま残されている。

治療としてのボツリヌス毒素

著者: 向井洋平 ,   梶龍兒

ページ範囲:P.775 - P.784

はじめに

 ボツリヌス毒素(botulinum neurotoxin:BoNT)はグラム陽性嫌気性菌のClostridium Botulinumにより産生される毒素で,抗原性から7つのセロタイプ(A~G型)に分類される。いずれも運動神経終末に作用し,運動神経終末からの神経伝達物質(アセチルコリン)の開口分泌を阻害,筋弛緩を生じさせる。この毒素は古くから食中毒の原因として多くの人畜の命を奪ってきたが,1970年代に眼科医であったScottがA型BoNTによる斜視の治療を報告した1)。これがBoNTを医療転用した最初の報告であり,1980年代以降には欧米諸国で急速にBoNTの医療応用が広がった。現在BoNT製剤は世界中70カ国以上で使用され,眼瞼痙攣,片側顔面痙攣,痙性斜頸,痙縮,斜視,片頭痛,多汗症,眉間の表情筋,食道アカラシア,過緊張性膀胱など多くの疾患に効果があると認識されている。現在A型(Botox®,Xeomim®,Dysport®)とB型(NeuroBloc®/MyoBloc®)が医療に応用されている。

 本邦では1997年にA型BoNT製剤Botox®の販売が開始された。しかし,保険適応で使用できる対象疾患が眼瞼痙攣,片側顔面痙攣,痙性斜頸に限局される状況が長く続いた。この3疾患は有病率がさほど高くなく,患者は一部の医療機関に集中する傾向にあった。その後,2008年に「2歳以上の小児脳性麻痺患者における下肢痙縮に伴う尖足」,2010年に「成人の上下肢の痙縮」が適応疾患に加わったことで,保険適応でBoNT製剤が使用される頻度は激増する可能性がある。

 本稿では,BoNT製剤の作用機序と特性,ならびにBoNT製剤を使用するうえで役立つ知識を紹介する。

ボツリヌス毒素の治療への応用

著者: 目崎高広

ページ範囲:P.785 - P.794

はじめに

 ボツリヌス毒素の治療への応用は,まだボツリヌス症(botulism)の本態が未解明であった1822年に,ドイツ人の医師であり詩人であったKernerによって示唆されていた。Kernerは食餌性ボツリヌス症の症候を詳細に記載した人物である。その観察から,この食中毒の原因物質が生体にどのような作用を及ぼし,どのような不具合を改善させ得るのかを推定したのであった1)。Kernerが挙げた対象疾患には,小舞踏病(Kernerの記載ではいわゆる聖Vitus舞踏病),体液・汗・粘液の過剰分泌,悪性疾患による潰瘍,火傷後の皮膚損傷,妄想,狂犬病,ペスト,肺結核による消耗,黄熱病などがある。このうちのいくつかは現在のボツリヌス毒素療法(ボツリヌス療法)の対象になっている。

 本稿では,神経筋接合部遮断による骨格筋麻痺作用の治療応用のほか,ほかの機序を利用した治療の試みについても解説する。

症例報告

慢性硬膜下血腫を契機に診断された多巣性線維硬化症(multifocal fibrosclerosis)の1例

著者: 宮崎宏道 ,   田伏将尚 ,   石山直巳 ,   菊地亮吾 ,   荻原通 ,   南木康作

ページ範囲:P.795 - P.799

はじめに

 頭部外傷の既往なしに発生する,いわゆる特発性の慢性硬膜下血腫の原因として低髄液圧症候群,悪性腫瘍の硬膜転移,種々の凝固異常などが報告されている1,2,3)。今回われわれは過去に報告のみられない多巣性線維硬化症(multifocal fibrosclerosis:MFS)が原因と考えられた慢性硬膜下血腫の1例を経験したので,文献的考察を加え報告する。

連載 神経学を作った100冊(55)

ヴュルピアン『神経系疾患(脊髄疾患)』(1879-1886)

著者: 作田学

ページ範囲:P.802 - P.803

 ヴュルピアン(Edmé Félix Alfred Vulpian;1826-1887)は,1826年1月5日にパリで作家の父のもとに生まれた。この父は天然痘のワクチンを拒絶したために,天然痘で早くに亡くなったといわれている。そのため,ヴュルピアンら4人の子どもは貧困の中で育った。

 ヴュルピアンはエコール・ノルマールの入学試験に失敗し,生計を立てるためにテクニシャンとして国立博物館に職を得た。ここで一緒に働いていたのがフルランス(Marie Jean Pierre Flourens;1794-1867)であり,このフルランスの影響で19歳のときに医学校に入ることになる。そして1853年に第3脳神経~第10脳神経の起始部についての学位論文を書いた。1857年に病院医師,1860年に教授資格を取り,1866年にクルーベイエ(Jean Cruveilhier;1791-1874)の後任として病理解剖学の教授になった。また,1862年から彼はシャルコー(Jean-Martin Charcot;1825-1893)とともにサルペトリエール病院の管理を引き継いだ2)

お知らせ

転倒予防医学研究会 第8回研究集会 フリーアクセス

ページ範囲:P.655 - P.655

会 期 2011年10月2日(日) 9時~17時(予定)

会 場 ニッショーホール(日本消防会館)[〒105-0001 東京都港区虎ノ門2-9-16]

第41回新潟神経学夏期セミナー フリーアクセス

ページ範囲:P.668 - P.668

会 期 7月29日(金)~31日(日)

場 所 新潟大学脳研究所 統合脳機能研究センター(6F)セミナーホール

財団法人金原一郎記念医学医療振興財団 2011年度上期助成事業募集要項 フリーアクセス

ページ範囲:P.712 - P.712

助成種目 第26回基礎医学医療研究助成金

 基礎医学研究に関する一定の目的を持ったプロジェクトに必要な資材,機材,書籍の購入や,人材の確保のための費用に対して助成を行います。

助成金額 1件につき規模に応じて10~100万円。

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次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.801 - P.801

投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.804 - P.805

あとがき フリーアクセス

著者: 中野今治

ページ範囲:P.806 - P.806

 【今は昔】 私が医学部を卒業したての頃には,寝たきりになって気管切開をしていたMG患者が少なくなかった。クリーゼとは異なる呼吸困難で入院して一時的にレスピレーターを装着する患者もいた。Aさんもその1人で,呼吸困難を主訴に入退院を繰り返していた。ある日,そのようにして入院してきたAさんの主治医に駆け出しの私がなった。病室に行ってみると夫がAさんに跨って用手呼吸を続けている。それを見かねてレスピレーターの装着を婦長(看護師長)に頼んだが,「心因性だからその必要はないし,今病棟にはレスピレーターはない」とけんもほろろである。若かった私は,「もういい」と捨て台詞を吐き,ほかの病棟から借りてきて装着した。振り返ると婦長の判断のほうが正しかったのかもしれない。それでも,苦しむ患者・家族を少しでも楽にしてやりたいとの若いがゆえの直情的な行動には悔いは感じていない。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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