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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩64巻11号

2012年11月発行

雑誌目次

増大特集 痛みの神経学―末梢神経から脳まで

フリーアクセス

ページ範囲:P.1202 - P.1203

特集の意図

 神経障害性疼痛は,一次性には末梢神経障害後のNa+チャネル強発現による痛覚線維の自発発射により始まるが,慢性経過の中で感作が中枢に向けて後根神経節感覚ニューロン,脊髄後角,大脳辺縁系へと拡大し複雑な病態を呈する。これまでは末梢神経(生理学),脊髄(分子生物学),大脳辺縁系(画像診断)の研究が,あまり接点のないままそれぞれ進められてきたが,本特集では神経障害性疼痛(慢性疼痛)の病態と治療作用点について末梢神経から大脳辺縁系までを整理し,痛み診療の現状と展望を総合的に示すことを試みた。

生理学的痛みの末梢機構

著者: 國本雅也

ページ範囲:P.1205 - P.1214

Ⅰ.生理学的な痛みの定義

 ヒトが皮膚を通して生理学的に感じる感覚は触圧覚・温覚・冷覚・痛覚であり,さらに最近は痒みも独立した感覚と考えられるようになってきている。このうち「痛覚」はその受容体から特別な伝導路を通って,痛覚中枢に伝えられて生じるある種の不快感覚と考えられ,一方「痛み」というとそれに心理学的評価が加わる印象がある。国際疼痛学会(International Association for the Study of Pain:IASP)では,痛みを“An unpleasant sensory and emotional experience associated with actual or potential tissue damage, or described in terms of such damage.(痛みは,実質的または潜在的な組織損傷に結びつく,あるいはこのような損傷を表わす言葉を使って述べられる不快な感覚・情動体験である)”と定義している1,2)

 これにはさらに次のような注釈が付いている1,2)。「痛みはいつも主観的である。各個人は,生涯の早い時期の損傷に関連した経験を通じて,この言葉をどんなふうに使うかを学習している。生物学者は,痛みを惹起する刺激は組織を損傷しやすいことを認識している。したがって,痛みは実質的あるいは潜在的な組織損傷と結びついた体験である。痛みは身体の1カ所あるいは複数箇所の感覚であることは確かであるが,“痛みはいつも不快”であるので,痛みは情動体験でもある。痛みに似ているが不快でない体験,例えばチクチクした感じは,痛みと呼ぶべきではない。不快な異常体験(異常感覚)も痛みかもしれないが,必ずしもそうとは言い切れない。なぜなら,主観的にみると,それらが痛みの通常の感覚特性を持たないかもしれないからである。多くの人々は,組織損傷あるいは,それに相応した病態生理学的原因がないのに痛みがあるという。普通,これは心理学的な理由で起こる。主観的な報告から,このような経験と組織損傷による経験とを通常区別できるものではない。もし彼らが,自分の体験を痛みと思い,組織損傷によって生じる痛みと同じように報告するなら,それを痛みと受け入れるべきである。この定義は,痛みを刺激に結びつけることを避けている。侵害刺激によって,侵害受容器および侵害受容経路に引き起こされる活動が痛みであるのではなく,痛みはたいていの場合主因が身体にあることを受け入れるにしても,痛みはいつも心理学的な状態である。」

痛みの伝導路

著者: 乾幸二

ページ範囲:P.1215 - P.1224

はじめに

 1930年から1960年代にかけてフライ(Maximilian von Frey)の痛点に相当する構造が組織学的に検索されたが見つからず,その結果,痛みを特殊な侵害受容器なしに説明する種々の考えが提唱された。その1つである関門制御説が1965年にMelzackとWall1)によって発表された直後,1967年にBurgessとPerl2)によって強い機械的刺激(侵害性)のみに応答する線維(Aδ線維)の存在が初めてネコで発見された。家兎,サルでも侵害受容Aδ線維の存在が確認され,ヒトでは,Adriaensenら3)が1980年に初めて報告した。その後LightとPerl4)がこのような線維が特異的な経路で脊髄に投射することを確認し,侵害受容器の構造が1981年にKrugerら5)によって見出された。さらにAδ線維に加えて侵害刺激による信号を伝えるC線維も見出され(1969年BessouとPerl6),1977年KumazawaとMizumura7),1978年KumazawaとPerl8)),ヒトでは1972年にVan Heeら9)が,1974年にTorebjörkとHallin10)がマイクロニューログラフィ(microneurography;微小神経電図法)を用いてその記録に成功した。

 このように1960年代後半から1970年代前半にかけて痛みの特殊説を裏づける知見が相次いで発見され,現在では侵害受容に特異的な分子レベルの機序が議論の対象になるという段階にまできている11)。にもかかわらず,特殊説で痛みという体験を十分に説明できる大脳に至る伝導路は今日まで明らかにされておらず,侵害受容に特化した経路を主張する立場と,さまざまな体性感覚入力の量的バランスで痛みを説明する立場(パターン説など)が現在でも存在する12-14)。侵害刺激の意識的な認知とそれに伴う不快な内的体験を直接担当する脳内部位やその発現機序は明らかにされていないし,そもそも感覚刺激の認知やそれに伴う情動変化のしくみはどの感覚系についてもわかっていない。

 痛み関連の研究が他の感覚系に比べて遅れている理由の1つは,痛みという体験の特殊性による研究の制限である。動物を用いた研究では外部から動物の内的体験を類推することには限界があるし,ヒトでの研究では実験的に痛みの情動側面を吟味することには大きな倫理的制限がある。しかしながら,痛み受容に重要な役割を果たす処理経路や細胞群に関する知見はこのような制限にもかかわらず積み重ねられており,本稿では侵害刺激により惹き起こされる痛み(侵害受容性疼痛)に関わる侵害性信号の受容(nociception)から不快な情動発現までをまとめて痛みの伝導路として考察する。

痛みの病理学―表皮無髄線維の病態

著者: 冨山誠彦 ,   八木橋操六

ページ範囲:P.1225 - P.1231

はじめに

 痛みはAδ線維とC線維の2種類の求心性感覚線維によって伝達される。Aδ線維は薄い髄鞘を持ち,伝導速度は5~30m/秒である。この線維により鋭く,ちくりとした,局在が明瞭な痛みを感じる。C線維は無髄で伝導速度は0.5~2m/秒と遅い。この線維により,鈍く局在がはっきりしない,持続的な痛みを感じる1)(Table1)。

 痛みは侵害受容器(nociceptor)が組織の損傷や組織損傷を起こす刺激に反応して生じる。侵害受容器の最も単純な形態は自由神経終末(free nerve ending)と呼ばれ,むき出しの無髄の終末が皮膚などの組織に終わっているものである。皮膚の侵害受容器には機械的侵害受容器とポリモーダル受容器がある。機械的侵害受容器は強い機械的刺激にのみ反応し,Aδ線維の終末に分布する(Table1)。一方,ポリモーダル受容器は強い機械刺激に加え,侵害性の熱刺激,化学的刺激,時には強い冷刺激にも反応し,皮膚ではC線維の神経終末に主に存在する(Table1)。

 本稿では表皮の無髄線維の病態について解説するが,「表皮の無髄線維」とは上記の感覚線維,Aδ線維とC線維の神経終末を意味する。誤解のないように述べておくと,Aδ線維は細い有髄線維であるが,シュワン細胞に覆われるのは真皮までで,真皮と表皮の境界の基底膜を貫いてから先の表皮内では髄鞘がなく,無髄となる。量的には皮膚無髄線維はC線維が多くを占める。一方で,交感神経線維もC線維であり皮膚に豊富に存在するが,真皮内の器官(汗腺など)に分布し表皮には分布しないので,本稿では取り扱わない。

末梢神経損傷による神経障害性疼痛とグリア

著者: 井上和秀 ,   津田誠 ,   齊藤秀俊

ページ範囲:P.1233 - P.1239

はじめに

 神経障害性疼痛は,神経系の損傷や機能不全により発症する難治性疼痛で,触覚刺激で激烈な痛みを誘発するアロディニア(allodynia;異痛症)や疼痛過敏,自発痛が特徴的である。モデル動物では,一次求心性感覚ニューロンすなわち後根神経節ニューロンを含む末梢神経をさまざまな方法で傷害することによりアロディニアを引き起こす。このとき,末梢神経損傷後に,一次感覚ニューロンとともに,脊髄後角二次ニューロンでは,さまざまな遺伝子発現や蛋白質修飾が起こり,痛み情報伝達や神経回路に可塑的な変化が生じる。

 例えば,脊髄後角ニューロンの興奮を担う興奮性アミノ酸受容体のNMDA受容体は,Srcファミリーチロシンキナーゼ(SrcやFyn)1,2),プロテインキナーゼA(PKA)やプロテインキナーゼC(PKC)3)によってリン酸化修飾を受け,受容体機能やシナプス肥厚部での分布などに変化が起こり,末梢からの入力に対する脊髄後角ニューロンの感受性増加に重要な役割を果たす。さらに,末梢神経障害後10日目には,脊髄後角ニューロンでナトリウムチャネルNav 1.3の発現が新たに誘導され,皮膚へのブラシ刺激でさえもニューロンに過活動を引き起こすという現象がみられる4)

 一方,GABAについては,その合成酵素であるGADやGABAニューロンそのものが,神経損傷後に減少し,脊髄ニューロンの活動性が亢進することも報告されている5,6)。また,オピオイドペプチドであるダイノルフィンAが神経損傷後に脊髄後角ニューロンに発現誘導され,一次求心性線維中枢端のブラジキニン受容体を活性化してCGRP(calcitonin gene-related peptide)を放出し,アロディニアに関与していることも報告されている7,8)。さらに,脊髄後角二次ニューロンにおいて,神経損傷後にクロライドイオンの汲み出しポンプであるK+-Cl- cotransporter 2(KCC2)の細胞膜上での発現が急速に低下し,陰イオンに対する逆転電位(Eanion)が脱分極側へシフトすることが報告され,神経障害性疼痛との密接な関連が示唆された9)

 このように神経損傷後に引き起こされる脊髄後角二次ニューロンの変化はさまざまであるが,最近,筆者らの発見が契機となり,脊髄活性化グリアと神経障害性疼痛の関係が注目を浴びている。特に,脳脊髄では免疫に関与しているとされるミクログリアと神経障害性疼痛との関係は非常に重要であることが多くの研究により明らかとなってきた。また,脊髄では末梢神経損傷後にアストロサイトも活性化され,神経障害性疼痛との関連が示唆されている。そこで本稿では,ミクログリアおよびアストロサイトと神経障害性疼痛発症の関係について述べる。

痛みによる情動変化の脳内メカニズム

著者: 南雅文

ページ範囲:P.1241 - P.1247

はじめに

 痛みは,侵害刺激が加わった場所とその強さの認知に関わる感覚的側面(sensory component)と,侵害刺激の受容に伴う不安,嫌悪,抑うつ,恐怖などの負の情動(以下,不快情動と呼ぶ)の生起に関わる情動的側面(emotional component)からなる複雑な体験である。これまでに痛みの感覚的側面に関しては精力的に研究がなされその神経機構も次第に明らかになりつつあるが,情動的側面に関する研究はまだ緒についたばかりである。痛みによる不快情動の生起は,生体警告系としての痛みの生理的役割に重要である。しかしながら,神経障害性疼痛などの慢性的な痛みでは,痛みにより引き起こされる不安や抑うつなどの不快情動は,生活の質(QOL)を著しく低下させるだけでなく,精神疾患あるいは情動障害の引き金ともなり,また,そのような精神状態が痛みをさらに悪化させるという悪循環をも生じさせる(Fig.1)。北米での調査によると,慢性的な痛みを有している人では,不安障害,うつ病,パニック障害などの精神疾患・情動障害を患う割合が有意に高くなる1)。このような調査結果は,痛みの感覚的側面だけでなく情動的側面をも考慮した慢性疼痛治療の必要性,加えて,その基盤となる基礎的知見の集積の必要性を示唆している。

 本稿では,近年,実験動物を用いた行動薬理学的研究により明らかにされてきた,痛みによる不快情動生成に関与する脳領域と神経情報伝達機構について述べるとともに,神経障害性疼痛が情動に及ぼす影響についての最近の知見を紹介する。

神経障害性疼痛の病態―末梢Na+チャネルの観点から

著者: 三澤園子

ページ範囲:P.1249 - P.1253

はじめに

 神経障害性疼痛の代表的な原因として,糖尿病性ニューロパチー,帯状疱疹後神経痛などの末梢神経障害が挙げられる。末梢神経の損傷による侵害刺激は疼痛を惹起する。その後,神経障害を契機とした一次感覚ニューロンの興奮性増大が生じ,慢性的な疼痛となる。さらに,一次感覚ニューロンの興奮性増大は,二次的に中枢の興奮性を増大させ,疼痛は難治化する。電位依存性ナトリウムチャネル(Na+チャネル)は末梢,中枢神経において,活動電位発生のみならず,閾値下の興奮性の制御など,神経の興奮性に大きく影響し,神経障害性疼痛の病態形成に深く関わる。また,Na+チャネル阻害薬の神経原性疼痛に対する効果は既に知られており,より副作用の少ない治療薬開発が進められている。神経障害性疼痛の病態の概略と今後の治療展望について,末梢Na+チャネルの観点からまとめる。

神経障害性疼痛の病態―脊髄後角の分子メカニズム

著者: 山中博樹 ,   野口光一

ページ範囲:P.1255 - P.1265

はじめに

 神経障害性疼痛とは末梢・中枢の神経の損傷に伴って起き得る重篤な難治性の疼痛で,現在までこれに著効する薬剤は少なく,随伴する精神的なうつ症状も含めると神経障害性疼痛は患者の生活の質を低下させるに十分な苦痛を与えている。ヨーロッパでは人口の1/5が慢性痛を経験しており,個人の苦痛に加えて経済的損失は600億ドルに達するといわれている1)。米国での試算では約1億1,600万人が慢性痛に悩まされた経験を持ち,そのうち17.9%は神経障害性疼痛であるとされている2)。このように神経障害性疼痛は克服すべき課題であるにもかかわらず,これに対する治療手段には限界がある。昨今明らかになりつつある神経障害性疼痛の発症メカニズムが多岐にわたり,なおかつ発症因子が多様性を示していることが有効な創薬・治療戦略を立てにくい一要因であろう。

 本稿では痛みの重要な中継核である脊髄後角にフォーカスを絞り,現在まで明らかになっている神経障害性疼痛発現の分子メカニズムを概説する。

神経障害性疼痛の中枢性機序―脳機能画像

著者: 平野成樹

ページ範囲:P.1267 - P.1272

はじめに

 痛みとは,組織侵害などの生理学的な因子や不快な情動体験などの心理学的因子が相互に複雑に影響し合い,不快な感覚や情動として体験される現象である。疼痛は主観的な体験であり,疼痛の程度と実際の侵害刺激の強度とは線形相関しない1)。疼痛を客観的に定量することは難しく,疼痛の結果として生ずる行動や反応を評価することしかできない。また,刺激の種類(機械的・温度・化学),刺激の持続時間(持続性・一過性),環境,遺伝的素因,認知機能(主に注意力),自律神経状態,精神状態によって疼痛に対する反応は異なる。急性疼痛と慢性疼痛との間でもその背景に存在する病態は異なるものと考えられている。

 脳機能画像は疼痛体験とその反応との間の過程を観察しうるモダリティである。本稿では,近年報告された疼痛の中枢性機序に関する総説をまとめた2-8)。特に疼痛のモデルとして重要な末梢神経障害性疼痛に焦点を絞り,脳機能画像研究の知見から導き出された疼痛に関連する脳部位およびその機能と脳神経化学的病態について概説する。

痛みの問診のポイント

著者: 野田和敬 ,   生坂政臣

ページ範囲:P.1273 - P.1277

Ⅰ.痛みの種類

 痛みは,生理学的には侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛,心因性疼痛に分類される。侵害受容性疼痛には内臓痛,体性痛,関連痛が含まれる。これらは互いに独立して発生するものではなく,関連して起こることが多い。これらの詳細なメカニズムについては本特集の他項に譲るが,問診のポイントを考察するうえで重要であるため本稿でも概説する。

神経障害性疼痛に対する薬物療法と鏡療法

著者: 住谷昌彦 ,   宮内哲 ,   山田芳嗣

ページ範囲:P.1279 - P.1286

はじめに

 神経障害性疼痛は「体性感覚系の障害や疾患によって起こる疼痛」と定義され1),一般人口の約7%(フランス調査)が罹患しているとされる。神経障害性疼痛は疼痛疾患の中でもその重症度が高く罹病期間が長いためQOLの低下が著しい2)。神経障害性疼痛に対する治療の中でEBM(evidence-based medicine)の考えに則って最も確立した治療法は薬物療法である。国際疼痛学会をはじめとして欧米諸国では神経障害性疼痛の薬物療法治療指針や推奨3,4)が提案されてきており,わが国でも2011年7月には日本ペインクリニック学会から,EBM情報にわが国の臨床環境を加味した『神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン』(Fig.1)が発行された5)。ガイドラインに基づいてこれら薬物療法を導入することにより神経障害性疼痛患者の治療内容が飛躍的に向上することが期待される一方,薬物療法抵抗性の神経障害性疼痛も少なくない。

 そこで,本稿では,前半に神経障害性疼痛に対する薬物療法について概説し,後半は筆者らが行っている神経リハビリテーション治療の1つである鏡療法の手技の実際と臨床的有用性について考察する。

運動器慢性痛の病態と学際的治療

著者: 井上真輔 ,   牛田享宏 ,   井上雅之

ページ範囲:P.1287 - P.1297

はじめに

 運動器の痛みは多くの国民が有する問題であり,慢性化した運動器痛は患者の人生の質(QOL)を下げ,社会生活にも大きな影響をもたらす。わが国の国民が現在どのような症状に苦しんでいるかは,厚生労働省の国民生活基礎調査1)により知ることができる。2010年度の調査結果では,男性の自覚症状は「腰痛」が最も多く,次いで「肩こり」であり,女性では「肩こり」が最も多く,「腰痛」「手足の関節が痛む」がそれに続き,多くの人々が運動器の痛みに悩まされていることがわかる(Fig.1)。

 さらに運動器の障害に起因するもう1つの大きな問題として,寿命の伸長に伴い「自立喪失」つまり「要介護」となる高齢者が急激に増加していることが挙げられる。「平成22年度介護保険事業状況報告(年報)」1)では,要介護(要支援)認定者数は506万人に達しており,前年度から約4.5%増加している。また,前述の国民生活基礎調査によると,介護や支援が必要となった主な原因は,「要支援」では関節疾患が19.4%で最も多く,次いで高齢による衰弱が15.2%であった。また「要介護」となる原因では,脳卒中,認知症,老衰に次ぎ,関節疾患が第4位,転倒・骨折が第5位であり,運動器疾患や運動器に伴う痛みが大きな社会負担と経済損失を生むことが明らかになっている(Fig.2)。

 本稿では,運動器の痛み,特に慢性痛が今後取り組まねばならない重要な国家的課題であるという認識のもと,運動器慢性痛が社会にもたらす影響とそれに対する国際的な取り組み,またわが国における運動器慢性痛の疫学データや慢性痛の集学的な評価と対処法について述べたい。

神経障害性の痛みに対する神経ブロックの実際

著者: 西山隆久 ,   大瀬戸清茂

ページ範囲:P.1299 - P.1306

はじめに

 痛みは大まかに侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛,社会・心理性疼痛の3つに分類され,それぞれオーバーラップがある。例えば脊柱管狭窄症では,初期は侵害受容性疼痛であるが,狭窄による慢性の圧排により神経障害性疼痛の要素が生じてくる。すなわち脊椎管狭窄症の痛みは侵害受容と神経障害の両方の痛みを持つ混合性疼痛が大部分と考えられる。そのうえ痛みの慢性化により心理性疼痛も加わってくる。

 急性期の侵害受容性疼痛,例えば開腹手術後の痛みに硬膜外ブロックがよく効くように,混合性疼痛も侵害受容性の要素が多ければ神経ブロックの効果時間も長く,他の治療法を組み合わせることで長期の効果が期待できる。早期には侵害受容性疼痛の要素が大きい脊椎管狭窄症も,神経ブロックが効果的である。しかし,慢性の経過をたどるうちに神経障害性疼痛の要素が大きくなり,神経ブロックの効果が低下することが予想される。臨床の場では個々の症例で,侵害受容性と神経障害性を区別することは難しい。一方で三叉神経痛のように,神経障害性疼痛の範疇にありながら,神経ブロックが長期有効な疾患もある。このように同一疾患,同一症例でも,さまざまな痛みの要素が複雑に組み合わされ,時間とともに変化するので,神経ブロックの有効性に差が出る可能性もある。

 神経障害性疼痛の神経ブロックのエビデンスは乏しいが,以上述べたように臨床の場では難治性の疼痛に対しても神経ブロックをまず行ってみるべきと考えている。本稿では,臨床面から神経障害性疼痛の神経ブロックについて述べてみる。

神経障害性疼痛の外科的治療―神経刺激療法を中心に

著者: 後藤真一 ,   平孝臣

ページ範囲:P.1307 - P.1313

はじめに

 神経障害性疼痛とは四肢末梢,体幹あるいは頭部(脳,脊髄を含め)の障害部位,またその障害部位から中枢に至る神経伝達路において,疼痛に対する反応性に異常が生じたものであり1)(国際疼痛学会の定義による「実際に組織損傷が起こったか,または組織障害の可能性があるとき,またはそのような損傷を表す言葉によって述べられる不快な感覚,および情動体験」という「痛み」2)のうち,特に神経障害との関連が示唆される「痛み」),治癒が期待される時期より遷延し,かつ難治化した疼痛であるといえる。難治性疼痛は,この神経障害性疼痛(neuropathic pain)と,侵害受容器を介した侵害受容性疼痛(nociceptive pain)に大別できる3)。侵害受容性疼痛の主体である癌性疼痛については,オピオイドの内服薬や貼付薬,あるいは注射薬によるWHOラダーに基づく標準的方法による加療4-6)が,今日では一般的である。したがって疼痛に対する外科治療を論じる場合,主に神経障害性疼痛に対する手術が取り上げられる場合が多い。なお神経障害性疼痛は体性感覚系の求心路が損傷あるいは遮断され生じた疼痛であるので,求心路遮断性疼痛(deafferentaion pain)とも表現される。

 これら難治性の神経障害性疼痛に対して行われる手術は,神経遮断や神経破壊によるものと,神経刺激によるものに大きく二分される7,8)。神経遮断や神経破壊は,脳あるいは脳へ至る神経伝達に切截や凝固などの手術操作を加えて疼痛を軽減する。神経刺激による方法は疼痛に関連する神経構造に対して,電極を留置し,通電により神経機能を調節し疼痛を軽減する。神経刺激療法を中心とした可逆性のある後者の方法が,近年では神経障害性疼痛に対する外科的治療の主流である7,8)

 刺激のための電極に関しては,従来は刺激可能な電極数が1本のリードに4個でしかなかった。しかし近年の装置では,8個や16個の刺激電極をさまざまな組み合わせや刺激パターンで刺激することが可能となっている。また神経刺激装置は,3軸センサーを用い体位によって刺激強度を自動調整するなど,その技術や機器の進歩により,さらに低い侵襲性と高い有効性が提示され,体外式に充電可能なものがわが国でも導入されており,電池消耗のたびに刺激装置を頻回に交換する必要性もなくなっている。一方の神経遮断や神経破壊術では,電極や刺激装置などの人工物を体内に植え込む必要がないため,感染や器機のトラブルの恐れがなく,また永続的な結果が期待できる利点から,決して時代遅れの治療法ではない確立した存在であることも認識すべきである。

 疼痛の外科的治療は各種保存的治療では効果が不十分な場合に施行されるが,逆に,それのみで必ず疼痛治療が完遂する最終手段であるともいえない。疼痛に関連するさまざまな要素や,時間経過による症状の変化に対し,外科手術には薬物療法あるいはリハビリテーションなどが適切に組み合わされ,さらなる治療効果が希求される必要性がある。

ペインクリニックからみた慢性痛

著者: 橋爪圭司

ページ範囲:P.1315 - P.1322

はじめに

 筆者の所属は学際的なペインセンターではなく,麻酔科のペインクリニックである。関連する診療科とはさまざまに連携して,痛みを診療している。痛みの診断は,詳細な問診と神経学的所見の聴取に始まり,それと矛盾しない画像所見が確認できれば,治療方針は自ずと定まる。治療には薬物,神経ブロック,理学療法,心理療法,手術などがある。薬物治療は近年めざましく発達し,非癌性疼痛に麻薬性鎮痛薬の処方が可能となった。X線透視下や超音波ガイド下など安全,確実な神経ブロック手技が発達した。理学療法は専門部門に依頼するが,心理面の対応は手探りながら自前でも行っている。当科は脊椎疾患,帯状疱疹,関節痛,虚血肢などの急性痛も多いが,地域の医療機関で診断不明であるとか,治療に難渋している慢性痛が多数紹介される。

 本稿では,慢性痛に対するペインクリニックの取組みを紹介する。

精神医学からみた慢性の痛み

著者: 西原真理

ページ範囲:P.1323 - P.1329

はじめに

 痛みを感じるという現象は,一見単純に見えるが,実は相当に複雑な神経情報処理システムに基づいていることがわかってきており,他の感覚モダリティとは相当異なっている。例えば痛みの「中枢」が存在するかどうかという重要な問題についても,その解答はまだ明らかな形では得られていないこと(pain matrixの考え方も最近変化を遂げつつある1))や情動との関連についても(パラレルな情報処理とシリアルな情報処理との関係性など)不明な点が多いことに注意が必要である。しかし,痛みの本体は本特集のテーマである末梢から脳までを総動員した,さらには自律神経反応などその先に含まれてくる出力系までによって表現されるものであることに間違いはないものと思われる。また,そこに痛みの慢性化が加わってくると,精神機能などの影響があり,もう一段問題は複雑になる。

 そこで,本小論では痛みの情報処理における最も高次な過程であると思われる精神機能との関わりについて,慢性化した痛みの精神医学的問題を特に症候学的,診断学的視点から述べてみたい。

総説

皮質脊髄路と運動制御

著者: 伊佐正

ページ範囲:P.1331 - P.1339

はじめに

 皮質脊髄路は,大脳皮質から脊髄へ下行する神経経路を指す。脳幹では最も腹側を通り,延髄尾側端で約90%の線維が正中線を交叉し(錐体交叉),反対側の脊髄側索背側部を通過して脊髄運動ニューロンに直接接続する。皮質脊髄路の損傷は運動の巧緻性を損なうので,巧緻な運動の制御に必須の経路である,というのが従来の教科書的な理解である。このように随意運動の最終出力経路としての皮質脊髄路の構造と機能についてはある程度確立されていると考えられてきたが,近年新たに多くの知見が集積され,これまでの知識の大系に修正が必要となってきている。本稿ではそのような最新の研究成果を概説する。

 他方,皮質脊髄路の類義語として「錐体路」という名称があるが,錐体路とは,元来は延髄腹側の錐体を通る神経路のことを呼ぶ。錐体を通る線維のほぼ90%が延髄レベルで終止するとされているので,厳密にいうと錐体路と皮質脊髄路は同一ではない。

 以下本稿では,特に脊髄投射系を論じる場合には皮質脊髄路と書き,「錐体路」と記す場合は,皮質由来で脊髄まで下行せずに脳幹レベルで終止する線維群も含むこととする。

原著

富山県内の精神科医における抗NMDA受容体脳炎の認知度調査

著者: 田口芳治 ,   高嶋修太郎 ,   鈴木道雄 ,   田中耕太郎

ページ範囲:P.1341 - P.1345

はじめに

 抗NMDAR(N-methyl-D-aspartate receptor)脳炎は2007年にDalmauら1)によって提唱された疾患であり,抗NMDAR抗体を介して発症する自己免疫性脳炎の1つである。Dalmauらの施設では2007年以降,3年間で400例の臨床データが集積され,稀ではない疾患と考えられる2)。また,わが国においても各施設から症例が報告され,2012年2月の時点における医中誌Webでの検索では72例の報告があり,発症率は不明であるが,稀ではない疾患と考えられる。

 抗NMDAR脳炎は精神症状で発症することが多いため,臨床の現場では最初に精神科で診療され,神経内科に紹介されて受診するまでに時間を費やすことがある3,4)。一方,抗NMDAR脳炎では,早期に診断し速やかに腫瘍切除や免疫療法を行うことが,機能予後の改善につながると報告されている2,3,5,6)。したがって,抗NMDAR脳炎の患者を最初に診療する可能性が高い精神科医が,急性に精神症状を生じる疾患の鑑別疾患の1つとして抗NMDAR脳炎を認知することが望まれる。

 そこで,精神科医における抗NMDAR脳炎の認知度の現状を確認するため,筆者らは富山県内の精神科医を対象にアンケート調査を行い検討した。

症例報告

中枢神経系原発悪性リンパ腫における髄液中IL-10濃度の診断的意義に関する一考察

著者: 三嶋崇靖 ,   坪井義夫 ,   榎本年孝 ,   樋口正晃 ,   津川潤 ,   山田達夫 ,   田中俊裕 ,   継仁 ,   林博之 ,   鍋島一樹

ページ範囲:P.1347 - P.1351

はじめに

 中枢神経系原発悪性リンパ腫は,中枢神経内に原発したと診断できる節外性リンパ腫の一型である1)。わが国の全国集計では全原発性脳腫瘍のうち3.1%を占め,近年増加傾向である2)。中枢神経系原発悪性リンパ腫は,ほとんどがB細胞系非ホジキンリンパ腫で,T細胞系やその他のリンパ腫は稀である。初発症状は多彩で,巣症状,頭蓋内圧亢進症状,知能・精神症状が多いが3),視力障害で発症する症例も稀に報告されており4),頻度は4%程度との報告もある5)。また,中枢神経系原発悪性リンパ腫は,多彩な症状と非特異的画像所見から,早期診断が難しく,診断までに長期間を要することが多い5)。近年,髄液中IL-10測定が,中枢神経系原発悪性リンパ腫と他の脳腫瘍との鑑別において有用であると報告されている6)

 今回筆者らは,髄液中IL-10が高値であることから中枢神経系原発悪性リンパ腫を疑い,脳生検にてびまん性大細胞型B細胞リンパ腫と診断した症例を経験したので報告する。

学会印象記

8th Federation of European Neuroscience Societies Forum of Neuroscience(2012年7月14~18日,バルセロナ)

著者: 一戸紀孝

ページ範囲:P.1352 - P.1353

 2012年7月14~18日にバルセロナで開催された8th Federation of European Neuroscience Societies (FENS) Forum of Neuroscienceに参加してまいりました。参加者の規模でみると,日本の神経科学会のほぼ2倍で,とても広いポスター会場に十分なスペースを取って,ポスターセッションを行ってくれているので,議論もゆっくりできますし,北米神経科学会のポスターセッションの慌ただしさに比べると,神経科学がゆっくり楽しめる気がしました。ただ,発表者が大学院生のことが多く,よく理解していなかった感も否めませんでした。

 ポスターセッションも興味深く,楽しく議論できましたが,プレナリーレクチャーは現在最も活動的で多様なジャンルからスピーカーを集め,Matthew Rushworth,Cori Bargmann,Michael Häusser,Henry Markram,David Tank,Daphne Bavelier,Daniel Choquet,Barry Dicksonという顔ぶれです。そしてその中で,日本から狩野方伸先生(東京大学)がプレナリーレクチャーを行ったのには,とても感激いたしました。シンポジウムも同レベルのスピーカーを揃え,分子から行動へ,光遺伝学(optogenetics),AMPA型グルタミン酸受容体の動態,精神疾患の脳科学のベースに関するエキサイティングなシンポジウムが行われ,discussionも予定の時間が延びてしまうほどの熱の入り様でした。現在,神経科学は,分子からヒト行動/ヒト疾患へとダイナミックに動いている時期です。その流れをreviewできたことは,国立精神・神経医療研究センターに所属する人間として,将来に向け1つの道を開いていただいた感じがして,とても有意義な学会でした。

連載 神経学を作った100冊(71)

デジュリーヌ『神経疾患症候学』(1914)

著者: 作田学

ページ範囲:P.1354 - P.1355

 20世紀初頭から次々に神経症候学の名著が世に出された。例えば1901年にデジュリーヌ(Joseph Jules Dejerine;1849-1917)(Fig.1)の『神経疾患症候学』の初版が,1906年にイギリスのパーヴス・ステュアート(James Purves-Stewart;1869-1949)による『The Diagnosis of Nervous Diseases』が,1911年にアチャード(Emile Charles Achard;1860-1944),ピエール・マリー(Pierre Marie;1853-1940)らの『Sémiologie Nerveuse』が,さらに1921年にモンラッド・クローン(George Herman Monrad-Krohn;1884-1964)の『The Clinical Examination of the Nervous System』が出版された。これらはそれぞれに大切な書物であり,版を重ねて今でも読み継がれているものが多いが,その中で一頭地を抜いているのが,今回紹介する『神経疾患症候学』の第二版1)である。その初版が1901年に出版されたのは,ブシャール(Charles-Joseph Bouchard;1837-1915)の『病理学総論講義』の一部[第5巻(Fig.2)359~1,168頁]としてであった2)。第二版はマッソン社から単独で出版され,xxvi+1,212頁に拡充された1)

お知らせ

第22回日本メイラード学会 フリーアクセス

ページ範囲:P.1306 - P.1306

会 期 2012年12月21日(金)13時~22日(土)13時

会 場 東京農工大学小金井キャンパス新1号館1Fグリーンホール

書評

「標準神経病学 第2版」―水野美邦●監修 栗原照幸,中野今治●編 フリーアクセス

著者: 西澤正豊

ページ範囲:P.1330 - P.1330

 神経学の代表的なテキストとして,医学生だけでなく,リハビリテーション学生,薬学生にも広く読まれてきた『標準神経病学』が,初版から11年ぶりに改訂されたことをまず歓迎したい。本書の母体となった『神経病学』は田崎義昭・吉田充男両先生の編集になるユニークな,しかも高度な内容を含んだ神経学のテキストとして名高く,当時レジデントであった筆者も愛読していたものである。

 その後継書として,標準シリーズの1冊として出版された本書の初版は,神経学をわかりやすくという視点から,神経系の構造と機能を中枢から説き起こすことを避け,神経系の症状を一番末梢の筋肉から順に末梢神経,中枢神経系にたどるという独創的な編集方針が採用された点で,類書にないユニークな構成をとっていた。この考え方は,例えば,筋力低下をみて局在診断を考える場合,筋肉から順に中枢にさかのぼって考えるほうが確かに整理しやすく,多くの神経内科医が実践している実際的な方法であろう。

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次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.1351 - P.1351

投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.1356 - P.1357

あとがき フリーアクセス

著者: 泰羅雅登

ページ範囲:P.1358 - P.1358

 痛みと聞いて喜ぶ人は皆無であろう。人類にとっての三大痛みは群発頭痛,心筋梗塞,尿路結石といわれている。この中に入っていないのかという痛みに陣痛があるが,足の小指を机や椅子の角に思いがけずぶつけた時も痛い。くも膜下出血時の痛みは「いきなり殴りつけられたような」と評される。最近,身近で多いのは痛風。これも風が吹いても痛いというが,発作を起こした当人たちの顔を見ていると辛さが伝わってくる。そしておそらく誰もが1度は悩まされたのは歯痛であろう。また,困ったことに,確たる原因がないにもかかわらず痛い,神経因性疼痛などというのもある。幸い,この中で自分が経験したことがあるのは歯痛だけで,痛みについてはまだまだ初心者である。

 痛みの表現もさまざまである。ちくちく,ぴりぴり,しくしく,ずきずき,じくじく,きりきり,がんがん,じんじん,じんわり,がーん,すきーん,などなど。痛みの強さと質と時間的な要素をそれぞれ表現している。さらには,つねられたよう,えぐられたような,殴られたような,刺されたような,引っ張られたような,灼けるような,などなど。こちらは内的要因による痛みをよくある外的要因による痛みに置き換えて表現している。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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