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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩64巻2号

2012年02月発行

雑誌目次

特集 生物学的精神医学の進歩

統合失調症の生物学的研究

著者: 笠井清登 ,   吉川茜 ,   夏堀龍暢 ,   小池進介 ,   永井達哉 ,   荒木剛 ,   西村幸香 ,   岩本和也

ページ範囲:P.109 - P.118

はじめに

 統合失調症は,思春期以降に知覚過敏などの微細な精神症状を呈する前駆期を経て,幻覚妄想状態で顕在発症し,陰性症状を伴いながら進行性の経過をたどる慢性精神疾患である。罹患率は人種,民族によらずほぼ一定で約1%と高く,その損失は本人および家族の心理的,社会的苦痛に加え,障害調整生命年(Disability Adjusted Life Years:DALYs)などにあらわされるように経済社会的損失も計り知れない。発症には複数の遺伝要因と環境要因が複雑に絡み合うと考えられているが,病因はいまだ明らかではない。このため,中間表現型解析や適切な動物モデルを用いた研究の必要性が喚起されている。

 近年では,分子遺伝学・神経生理学手法の飛躍的な進歩や脳画像解析技術の目覚ましい発展により,統合失調症の分子病態が次々と明らかにされている。2010年『Nature』誌巻頭言では,「A decade for psychiatric disorders」として1),従来の研究手法に加え,心理社会的支援など多方面からのアプローチによって,科学的根拠に基づいた早期支援や発症予防を目指す新たな局面に移っているとしている2)。本稿では,近年の統合失調症研究における主要な研究成果を概説し,今後の展望を議論した。

気分障害研究の最近の進歩

著者: 加藤忠史

ページ範囲:P.119 - P.129

はじめに

 近年,気分障害の研究は急速に進歩しており,全領域における最近の進歩をすべて総説することは不可能に近い。そこで本稿では,まず,2010年以降に主要雑誌にどのような気分障害の論文が出版されているかを概観したのち,これらの論文を中心に,必要に応じて関連論文を引用しながら,それらをこれまでの研究の流れの中に位置づけつつ,今後の方向性についても考えてみたい。

 まず,PubMedで2010年以降に主要雑誌に掲載された気分障害の論文を調べ,分類してみたところ(Fig.),生物学的研究ではゲノム研究が最も多く報告されており,これに次ぐのが脳画像,死後脳,動物モデルであった。

不安障害

著者: 井上猛 ,   小山司

ページ範囲:P.131 - P.138

はじめに

 1980年にアメリカ精神医学会の診断基準であるDSM(diagnostic and statistical manual of mental disorders)-Ⅲが登場し,従来の神経症の大部分が不安障害と診断されるようになった。それ以来,DSM診断をもとに種々の不安障害亜型(主にパニック障害,全般性不安障害,社会不安障害,強迫性障害,外傷後ストレス障害)についての大規模な偽薬との二重盲検比較試験が行われ,2000年までに古典的な抗不安薬であるベンゾジアゼピン系抗不安薬のみならず,三環系抗うつ薬,モノアミン酸化酵素阻害薬,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI),セロトニン1A受容体アゴニストが種々の不安障害に有効であることが明らかになった1)。さらに,DSMによる不安障害診断をもとにさまざまな生物学的マーカー(神経伝達物質,内分泌,画像)の探索,遺伝についての大規模な研究が行われ,多くのエビデンスが蓄積された2-4)

 2000年以降10年間の不安障害に関する生物学的精神医学研究の進歩は,動物実験による不安・恐怖の神経回路の詳細な解剖学的・機能的解明と,不安あるいは不安障害の画像研究の知見であろう。2000年以降は不安障害の治療学の進歩は少ないが,新しい作用機序の薬剤の有効性がいくつか報告されている。本稿では,不安・恐怖の神経回路と不安障害の画像研究についての最近10年間の進歩を詳しく紹介したのち,遺伝研究と治療の進歩についても紹介したい。

発達期精神障害―発達障害を中心に

著者: 久島周 ,   岡田俊 ,   尾崎紀夫

ページ範囲:P.139 - P.147

はじめに

 DSM-IV-TR(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders Fourth Edition, Text Revision)では,発達期精神障害,すなわち幼児期,小児期,青年期に初めて診断される障害として,知的障害,学習障害,運動能力障害,コミュニケーション障害,広汎性発達障害,注意欠如・多動性障害(attention-deficit hyperactivity disorder:ADHD)および破壊的行動障害,幼児期または小児期早期の哺育・摂食障害,チック障害,排泄障害,幼児期・小児期・青年期のその他の障害が含まれる。診断される時期に基づいてカテゴリー化されているため多様な障害を含むが,有病率の高さからすれば,現在,発達障害と総称されている障害が主要なものである。

 発達障害には明確な定義はないが,脳機能の相違によって認知・行動面の偏りを生じ,そのために日常生活に困難をきたす状態をいう。発症因としては,多因子疾患の中では遺伝因子が比較的高いが,胎生期,周産期,出生後早期などの環境因子の関与も示されている。遺伝因子と環境因子の相互作用の分子基盤として,遺伝子のエピジェネティックな変化が発達障害の発症に寄与していることを示唆する知見も,近年報告されている。

 本稿では,発達障害の診断とその病態上の位置づけについて述べたうえで,遺伝子研究,画像研究の最新の知見を展望し,今後の研究の方向性について論じることとする。

認知症―AD-FTDスペクトラムを中心に

著者: 武田雅俊

ページ範囲:P.149 - P.161

はじめに

 認知症は,記憶障害と判断力障害のために,職業上および日常生活上に著しい障害を呈する疾患と定義される。認知症の患者数は,全世界で2,430万人で,毎年460万人の新しい患者が発生している1)。認知症は,その患者数の多さ,障害の大きさ,罹病期間の長さからみて,人類が取り組むべき「最大の悪性疾患」とも言える。わが国において,現時点での認知症患者数は約150万人であるが,平均余命の延長とともに増加し続けており,2050年には350万人に達すると見込まれる。

 認知症は,生物学的精神医学にとって重要な疾患の1つであることは言うまでもない。また,今後も認知症は,生物学的精神医学および精神医学全体にとって重要な疾患であり続けるであろう。その理由は,①わが国の認知症患者がこれからも増加し続けること,②認知症は,冒頭に掲げた定義(下線部)に示されるように,生物学的視点だけでは不十分であり,認知症の心理・社会的要因への理解が求められることにある。本稿では,このような認知症全体への精神医学の関与について述べた後に,代表的な認知症である,アルツハイマー病(Alzheimer disease:AD),前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD)について概説する。

アルコール・物質依存

著者: 土田英人 ,   西村伊三男 ,   福居顯二

ページ範囲:P.163 - P.173

はじめに

 アルコールは精神および身体依存を呈する,代表的な依存性薬物の1つである。従来,わが国において「依存症」と言えば,アルコール,覚せい剤,有機溶剤といったものが主流であった。しかし,国際化の影響もあって,90年代あたりから覚せい剤をはじめ各種依存性薬物が大量に密輸され,依存性薬物の種類も,大麻,コカイン,LSD(lysergsäure diäthylamid)やMDMA(3,4-methylenedioxy-methamphetamine)など多様化してきた。最近では,有機溶剤と覚せい剤あるいはアルコール・睡眠導入剤などとの多剤乱用の事例も増加しており,社会的にも精神科医療的にも多大な影響を与えている1)。また,依存性薬物の多くは,その摂取により意識の変容や幻覚・妄想症状などの種々の精神症状を惹起するため,使用時の事故・犯罪も多く,司法精神医学とも密接な関連がある。すなわち,薬物乱用・依存の問題は医学モデルのみにとどまらず,社会経済や政策などの領域とも広く関わりが認められるところである。

 近年,依存性薬物に共通の精神依存のメカニズムや,依存性薬物の長期使用によって脳内に器質的変化をもたらす神経毒性のメカニズムも検索されてきたが,いまだ十分とは言えない。薬物依存の予防および治療においてそのメカニズムを探索し解明することは,個人のみならず社会においても非常に重要な課題である。

 また,幻覚・妄想を中心とする精神症状が,統合失調症などの精神疾患と依存性薬物に共通してみられることから,依存性薬物投与モデル動物を用いた症状メカニズムの解析が精神疾患の病態解明につながると期待されている。例えば,覚せい剤を摂取した時にみられる幻聴や被害妄想は統合失調症の陽性症状と酷似している。動物においては,移所運動や常同行動などの異常行動や興奮状態を惹起させ,また覚せい剤の反復投与による逆耐性現象やドパミン受容体遮断作用を持つ抗精神病薬による拮抗作用も明らかとなり,陽性症状を主体とする統合失調症の病態モデルとしての位置づけがなされてきた。また,フェンサイクリジン(phencyclidine:PCP)は,幻覚・妄想といった陽性症状のみならず自閉や感情の平板化といった陰性症状もみられることから,より包括的な統合失調症モデルと考えられている。このことからCarlssonらは,線条体におけるドパミン-グルタミン酸の不均衡が統合失調症の生物学的成因の1つではないかとの仮説を提唱している2)。すなわち,皮質(グルタミン酸)-線条体(gamma-aminobutyric acid:GABA)-視床(グルタミン酸)-皮質のフィードバックループを想定し,このループと黒質線条体ドパミン系との相互作用により陽性症状あるいは陰性症状が発現することが推定され,現在もその検証が進められている。さらに,統合失調症類似の病態を示す薬物は覚せい剤やPCPばかりではない。マリファナの長期摂取や有機溶剤乱用により生じる動因喪失症候群は,脳器質性障害の後遺障害や統合失調症の陰性症状に類似しており,これらの病態にある共通した責任部位ないしメカニズムが考えられる。

 本稿では,薬物依存形成メカニズムにおける共通の基盤の1つである脳内報酬系と,分子レベルでみた依存形成過程のメカニズムについて概説し,さらに最近のエピジェネティクスに関する研究について主にコカインとアルコールで得られた知見を中心に紹介したい。

総説

心理現象・精神症状の脳機能と近赤外線スペクトロスコピィ(NIRS)

著者: 福田正人

ページ範囲:P.175 - P.183

Ⅰ.自然な状態の脳機能と近赤外線スペクトロスコピィ(NIRS)

 1.心理現象・精神症状と自然な状態の脳機能研究の重要性

 心理現象や精神症状は,脳機能により担われている。その解明に用いられる脳機能画像検査法のfMRIなどは大規模な装置で,被検者はガントリーに仰臥位となり検査を受ける。したがって得られる結果には,検査室という特殊な環境,騒音やそれを防ぐ装具の着用,仰臥位という姿勢など,被検者が日常生活とは異なる状況と状態に置かれた影響が含まれると考えられる。

 日常経験から類推すると,そうした影響は視覚や聴覚などの遠感覚や注意や記憶などの認知機能については比較的少なく,体性感覚や味覚などの近感覚や情動や意欲などの情意機能については大きいと予想できる。例えば,情動には闘争/逃走の判断という動物にとっての重要な機能があり,そのため情動と姿勢は密接に関連し相互に影響を与え合う。心理現象や精神症状は情意の機能と関連が深いので,その脳機能を検討する際に自然で日常生活に近い状況と状態で検査ができれば,fMRIなどではとらえにくい結果が得られる可能性がある。動物における社会性の脳機能については,そうした自然な状況での研究の重要性が注目されている1)

原著

血小板ADP凝集能亢進と無症候性脳梗塞の相関に関する検討

著者: 小野健一郎 ,   有本裕彦 ,   城谷寿樹

ページ範囲:P.185 - P.189

はじめに

 症候性虚血性脳卒中において,アテローム血栓性梗塞や一過性脳虚血発作(transient ischemic attack:TIA)では血小板凝集能が亢進しており1,2),ラクナ梗塞では凝集能亢進を認めないとする報告がある2,3)。しかし,非心原性であれば抗血小板薬の再発予防効果が確認されている4)

 一方,画像診断の進歩に伴い,無症候性脳梗塞の発見頻度が増えるにつれ,その危険因子や対処法が議論されてきた。年齢と高血圧はおおむね危険因子として意見が一致し5-8),その他,喫煙6),頸動脈狭窄5,7),糖尿病8),ホモシステイン血症5,7)などが挙げられている。無症候性脳梗塞自体が将来の脳卒中発症の危険因子であることから5,6,8),おのずと前述の危険因子のコントロールが予防となる。無症候性脳梗塞に対する抗血小板療法の脳梗塞予防に関する高いエビデンスはない9)。しかし,無症候性脳梗塞では大血管病変を有する群において,アデノシン二リン酸(adenosine diphosphate:ADP),アラキドン酸(arachidonic acid:AA)による血小板凝集の亢進10)や,正常対象と比べコラーゲン最大凝集率が亢進したとする報告11)がある一方,β-トロンボグロブリン,血小板第4因子といった血小板因子活性は有意差がなかったという報告もあり12,13),検討が十分なされているとはいえない。今回われわれは,比較的多数の症例で,血小板ADP凝集能が無症候性脳梗塞に影響する程度を,ほかの危険因子と比較検討することを目的とした。

このヒトに聞く

電気生理学の頂から神経内科を想う

著者: 木村淳 ,   中野今治

ページ範囲:P.191 - P.200

 今回は電気生理学の泰斗である木村 淳氏にご登場いただいた。世界神経学会の前理事長としてもご活躍された木村氏は「自分は“医者”じゃないなと思っていました」と笑って言ってのける。本対談では,普段より木村氏と懇意にされているという中野今治氏をインタビュアーに迎え,木村氏がご経験された電気生理学の歴史だけでなく,日米医療教育の違いやご自身の人生哲学まで,多岐にわたってお話しいただいた。(2011年6月8日収録)

Neurological CPC

急性の精神病様症状で発症し,痙攣重積を繰り返した16歳女性例

著者: 平井利明 ,   福田隆浩 ,   鈴木正彦 ,   横地正之 ,   河村満 ,   後藤淳 ,   織茂智之 ,   藤ヶ﨑純子

ページ範囲:P.201 - P.208

症例提示

司会(鈴木) それでは,症例提示をお願いします。

主治医 (平井) この症例は,タイトルにあるように急性の精神病様症状で発症して,いろいろな鑑別を考えながら治療したのですが,完全に袋小路に入ってしまって,何がどうなって進んだのかもよくわからないまま亡くなられました。病理解剖の結果,まさかという結果が出てきまして,自分自身とても勉強になりました。

学会印象記

2011 International Neuropsychological Society Mid-year Meeting (2011年7月6~9日)

著者: 緑川晶

ページ範囲:P.210 - P.211

 国際神経心理学会(International Neuropsychological Society:INS)は,約70の国や地域から集まった5,500人以上の会員から構成される組織で,年に2回,冬と夏に国際会議を開催している。冬の年次総会は北米の都市を中心に開催され,夏の会議は中間会議と称して世界各地で開催されている。これまでにも,2008年はアルゼンチン,2009年はフィンランドとエストニア,2010年はポーランドというようにそれぞれの国の関連組織が受け皿となり,INSと共同で開催されてきた。今回は,オーストラリア地域の神経心理学関連組織であるAustralian Society for the Study of Brain Impairment(ASSBI)とINSとの共同開催で,ニュージーランドのオークランドにて7月6~9日に開催された。

 ニュージーランドで驚かされたことの1つが,飛行機の搭乗時に流される非常用設備の案内ビデオである。レオタード姿の男性が踊りながら設備の案内をしていたが,日本では確実に苦情が出ることだろう。あまりにも馬鹿げていて,普段は見逃すような内容にかえって注目してしまった。

連載 神経学を作った100冊(62)

ガワーズ『脊髄疾患の診断』(1880)

著者: 作田学

ページ範囲:P.212 - P.213

 ガワーズ(William Richard Gowers; 1845-1915)(Fig.1)1)は,英国ロンドン北郊のハックニーの靴屋の息子として生まれた。11歳のときに父を亡くしたが,地元の学校に15歳まで通った。16歳のときにエセックスで開業していたトーマス・シンプソン医師のもとで2年間の徒弟修行をした。1863年にここを去り,ロンドンのUniversity College Hospitalに医学生として入り,1867年にM.R.C.S.の学位を取った。ガワーズはジェンナー(William Jenner; 1815-1898)の助手兼秘書として,さらに医学の勉強を続け,1870年にM.D.の学位を取り,この年にクイーン・スクエア(National Hospital for the Paralysed and Epileptic)に雇用された。1876年には『Quain's Anatomy』の第8版の中枢神経の部を編集した。1879年に2冊の神経学関係の著作を出版した。眼底鏡図譜と仮性肥大型筋麻痺についての書籍である。1880年には本稿に紹介する脊髄疾患の診断を出版した。1881年にてんかんと他の慢性痙攣性疾患3),1885年に脳疾患の診断講義4),1886年に神経系疾患の手引書第1巻,1888年には第2巻が,そして1907年にてんかんの境界性疾患と治療が刊行された。この間に300を超える論文も書き,すばらしく生産的な一生を送った。1915年5月4日に肺炎で亡くなった。

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次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.209 - P.209

投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.214 - P.215

あとがき フリーアクセス

著者: 森啓

ページ範囲:P.216 - P.216

 東京から大阪へ戻る新幹線で,ぼんやりとガラス越しの景色を眺めることが多い。明るい昼間の次々に移ろう景色も好きだが,夜中の景色も何かしら心が落ち着く。ウトウトしていたら雨が降ってきた。車窓の雨で「さすが新幹線」と思うのは水平に移動する水滴を眺めるときだ。別に家路を急ぐわけでもないが,水滴が斜めになると減速したのかと心配までしてしまう。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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