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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩65巻11号

2013年11月発行

雑誌目次

増大特集 Close Encounters―臨床神経学と臨床免疫学の遭遇と未来

フリーアクセス

ページ範囲:P.1232 - P.1233

特集の意図

 神経内科と膠原病内科はどちらも,臓器別ではなく“系=システム”を診る診療科である。神経系・免疫系という2つのシステムが交差するところ,この2科が同時に診療にあたる疾患は少なくないが,これまで両科の交流がみられることは決して多くなかった。2013年11月に,日本神経免疫学会学術集会と日本臨床免疫学会総会が下関で合同開催されるのを機に,本号では,両科が共通して診療する疾患を中心テーマに置いた。両領域のエキスパートに論じていただくことで,双方の認識・アプローチの違いを明らかにし,お互いの考え方への理解を深めて明日の臨床に生かしていただきたいというのが本特集の狙いである。

―鼎談―臨床神経学と臨床免疫学のボーダーゾーン

著者: 山村隆 ,   上阪等 ,   神田隆

ページ範囲:P.1235 - P.1243

はじめに

神田 2013年11月に日本神経免疫学会と日本臨床免疫学会が,2回目の合同学会を開くことになりました。

 私は,臨床神経学と臨床免疫学の2つは,とてもよく似ていると思っています。いま,内科学全般はどんどん臓器別に進もうとしていますが,膠原病内科と神経内科だけは臓器別ではなく,免疫系と神経系という「系=システム」を診ています。

 そのために,どちらの科も非常に守備範囲が広くなると同時に,どこまでが自分たちの守備範囲なのかがよくわからなくなることもあります。例えば,筋炎や血管炎などはどちらの科でも診ることが多いですよね。両科は似ているところが多いのですが,疾患の診方については大きく異なっていることが,最近になって私もよくわかってきました。

 この診方の違いを否定的に捉えず,1つの疾患に対する異なる考え方を共有することで,よりよいアプローチが可能になるのではないかと考えています。

 そういうわけで,今回の神経免疫学会学術集会の会長を務める私と,臨床免疫学会総会の会長をお務めになる山村先生,膠原病内科の代表としてお出でいただきました上阪先生の3人で,神経学と免疫学が今後どのように手を取り合っていくべきか,それはどうすれば可能かといったことをざっくばらんに議論したいと思います。

神経ベーチェット病の現況

著者: 廣畑俊成

ページ範囲:P.1245 - P.1253

はじめに

 ベーチェット病は,再発性口腔内アフタ性潰瘍,皮膚症状,外陰部潰瘍,眼病変を4大主症状とする原因不明の炎症に基づく症候群である。特殊な場合を除き,一定の部位の炎症が慢性に持続するのではなく,急性の炎症が反復し,増悪と寛解を繰り返しつつ遷延した経過をとるのが特徴である。わが国においては,本症を,上記4主症状を示す完全型とそうでない不全型に分類している。ベーチェット病における中枢神経病変は神経ベーチェット病(neuro-Behçet disease:NB)と称され,頻度も高く,その合併は時に生命予後にも影響を与えることから臨床上重要な病態である1,2)。神経ベーチェット病の診療は,国内においても国外においても,膠原病内科医だけではなく神経内科医がそれにあっているのが現状である。したがって,両科の密な情報の交換が必要であると考えられる。

 本稿においては,神経ベーチェット病の臨床的特徴とその診断と治療の現況について概説してみたい。

中枢神経ループスの診断と治療

著者: 田中良哉

ページ範囲:P.1255 - P.1267

はじめに

 全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus:SLE)は代表的な膠原病である。平成21年度は約57,000の厚生労働省特定疾患医療費受給者を数え,実際の患者数は約10万人と推定される。発症年齢は20~30代が多く,男女比は1:9~10である。10年生存率は70~90%で,発症年齢を考慮するとよくはない。発症過程には,自己反応性T細胞やB細胞の活性化,自己抗体による免疫複合体の形成とその組織沈着による多臓器障害をもたらす1-5)。皮膚,関節,心臓,腎臓,漿膜,神経,血管など全身の臓器を侵し,多彩な臨床症候を呈する。

 特に,中枢神経病変は予後を規定する要因である。障害部位は中枢神経,脊髄,末梢神経と幅広く,その症状は器質的なものから精神医学的所見まで非常に多彩である6-8)。米国リウマチ学会(American College of Rheumatology:ACR)では神経精神SLE(neuropsychiatric SLE:NPSLE)としてSLEにおける精神・神経症状を19病型に細分化し,各々を定義している9,10)。SLEの治療に明確な指標はないが,標準的な治療指針とされるHahnの診断・治療のアルゴリズムでは,NPSLEなどの重症臓器病変があれば,大量ステロイド薬と免疫抑制薬の併用療法の開始が選択される。本稿では,NPSLEの診断と治療の進歩と問題点について概説する。

神経内科医が診る筋炎

著者: 清水潤

ページ範囲:P.1269 - P.1274

はじめに

 筋炎は自己免疫機序による炎症で筋組織が破壊される病態であるが,病態機序は均一ではなく症例ごとに臨床像,検査所見,組織所見がさまざまである。臨床像は,皮疹を認める例,膠原病や間質性肺炎など他の臓器障害を伴う例,悪性腫瘍を合併する例,他の臓器障害や合併症もなく筋のみが障害される例などさまざまである。また,検査所見からは,近年さまざまな筋炎特異自己抗体が発見され,これらの抗体の中には筋炎の臨床像や治療反応性に強く関係するものも明らかにされつつある。さらに,組織所見では,炎症や筋線維の破壊の特徴からの分類もなされており,組織所見と臨床像,自己抗体との関係も明らかになりつつある。すなわち,筋炎は単一の疾患ではなく,さまざまな病態の集まった症候群といえる。

 一方,筋炎患者は,皮膚症状が先行すると皮膚科,発熱や臓器障害の症状が目立てば内科や膠原病内科,筋力低下が主症状となれば神経内科を受診する。したがって,皮膚科医,内科・膠原病内科医,神経内科医が診療する筋炎患者の属性は少しずつ異なる。それに対応し,各科の筋炎の臨床像の捉え方や病態に対するアプローチのしかたが異なってきた。伝統的に皮膚科医や膠原病内科医は皮疹の有無や性状,筋炎自己抗体,全身症状との関連から症例を捉え,神経内科医は臨床像と組織所見を重視してきた。理想的には病態が均一な亜群に分類し,分類群ごとに診察や治療をするのが望ましいが,現在の筋炎の病態の理解はそこまで至っていない。

 本稿では,「神経内科医が診る筋炎」という立場で,筋炎の組織所見の特徴からの分類,組織像と臨床像の関係について現在わかっている範囲で概説する。

膠原病内科医が診る筋炎

著者: 五野貴久 ,   勝又康弘 ,   川口鎮司

ページ範囲:P.1275 - P.1282

はじめに

 四肢・体幹の骨格筋に単核球の浸潤を認め,筋痛や筋力低下などの筋障害をきたし,原因が明らかでないものを特発性炎症性筋疾患という1)。特発性炎症性筋疾患には,多発筋炎(polymyositis:PM)や皮膚筋炎(dermatomyositis:DM)のほかに封入体筋炎(inclusion body myositis)も含まれる。特発性炎症性筋疾患の中でも膠原病内科医が扱う筋炎はPMとDMが主である。

 PM/DMにおいて,個々の患者により初発症状が異なる。例えば,皮疹が主たる症状の患者は皮膚科を受診する。また,手足に力が入りくいなど筋力低下を主症状とする患者は神経内科を受診する。さらに,発熱,関節痛,咳など全身に多彩な症状を認める場合や抗核抗体が陽性の場合には膠原病内科を紹介される。このように,PM/DMの筋炎患者は,主となる自覚症状やプライマリケア医の判断により,どの科を受診するのか異なってくる。このような背景から,当然,皮膚科医,神経内科医,膠原病内科医の各科で診る筋炎患者のポピュレーションにはバイアスがかかり,各専門医でPM/DMをみる視点が異なってくる。

 本稿では,当施設でのデータもまじえて,膠原病内科を受診するPM/DM患者の臨床像の特徴,PM/DMを診断・治療を行ううえで膠原病内科医はどのような視点で診療を行っているのか,また皮膚科医や神経内科医とどのように連携をとっていくべきかについて述べていく。

皮膚科医が診る筋炎

著者: 神人正寿

ページ範囲:P.1283 - P.1290

はじめに

 筋炎患者が皮膚科を受診する場合,そのほとんどが皮膚筋炎もしくは皮膚筋炎疑いであろうと思われる。自ら皮膚科を訪れる場合もあるが,神経内科や膠原病内科あるいは小児科などから皮膚筋炎疑いの筋炎患者を紹介されることや,呼吸器内科から間質性肺炎を有する患者でやはり皮膚筋炎の可能性について相談されることがある。加えて,皮膚科では筋症状を伴わない無筋症性皮膚筋炎(amyopathic dermatomyositis)患者が他の診療科より多くみられる。

 本稿では,筋炎の中でも特に皮膚筋炎に焦点を絞って,皮膚科医が診断のために重視している臨床所見・病理所見について概説した。さらに他科との連携の必要性や今後の課題についてまとめた。

封入体筋炎―自己免疫疾患か変性疾患か

著者: 漆葉章典 ,   西野一三

ページ範囲:P.1291 - P.1298

はじめに

 封入体筋炎(inclusion body myositis:IBM)はその名が示すように炎症性筋疾患の範疇に分類されることが一般的である。実際,筋病理では多発筋炎と同様にCD8陽性T細胞浸潤に代表される炎症性変化が観察される。しかしその一方で,アミロイドβ(Aβ)やリン酸化タウ,αシヌクレインなど,アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患でみられる異常蛋白質が筋線維内に蓄積しており,IBMは筋変性疾患として捉えられることもある。IBMの病態についてはいくつかの仮説があるが,「炎症」と「変性」のどちらが発症に至るカスケードの上流に位置するのかという観点で,病因論を大別することができる。

 本稿では「IBMは自己免疫疾患であり,異常蛋白質の蓄積は二次的に生じる」とする説と,「IBMは筋変性疾患であり,炎症は蓄積した異常蛋白質が異物として免疫系に認識されることによって二次的に生じる」とする説の双方を紹介しながら,IBMの病態を概説する。

血管炎に伴う末梢神経障害

著者: 大矢寧

ページ範囲:P.1299 - P.1309

Ⅰ.臨床症状

1.基本的には多発性単神経炎が起きる

 血管炎に伴う末梢神経障害(vasculitic peripheral neuropathy)は,神経束の栄養血管(vasa nervorum)に炎症が及んで虚血が生じ,軸索変性をきたす病態である。基本的に多発性単神経炎(multiple mononeuritis;mononeuritis multiplex)を生じ,運動・感覚ともに障害される。進行により遠位優位の多発ニューロパチーに近くなるが,非対称性がある。空間的かつ時間的な多発性があることは診察と病歴で確認できることが多い。痛みを伴うことが多い。ただし,痛みはないこともある。

 神経束の一部分に虚血が生じ,それより遠位にワーラー変性が生じる。病変自体はat randomに生じたとしても,結果としては神経束が長いほど障害が目立つ傾向があるため,一般にはlength-dependentと考えられ,下肢遠位が障害されやすい。ただし多巣性であるため,上肢遠位から始まることもある。

ウェゲナー肉芽腫症と神経合併症

著者: 朝倉邦彦 ,   武藤多津郎

ページ範囲:P.1311 - P.1317

はじめに

 ウェゲナー肉芽腫症は,病理組織学的に①全身の壊死性肉芽腫性血管炎,②上気道と肺を主とする壊死性肉芽腫性血管炎,③半月体形成腎を呈し,その発症機序に抗好中球細胞質抗体(antineutrophil cytoplasmic antibody:ANCA)が関与する血管炎症候群(ANCA関連血管炎;ANCA-associated vasculitis)の1つである。

 ANCA関連血管炎は小血管の壊死性血管炎とANCA陽性を特徴とする疾患群で,血管壁に免疫複合体の沈着を認めない(pauci-immune型)ことが特徴である。ウェゲナー肉芽腫症のほか,アレルギー性肉芽腫性多発血管炎(チャーグ・シュトラウス症候群),顕微鏡的多発血管炎などがある。わが国と欧米ではANCA関連血管炎の疾患の割合が大きく異なり,わが国ではANCA関連血管炎の90%以上を顕微鏡的多発血管炎が占めるが,欧米ではウェゲナー肉芽腫症が多数を占めている。わが国ではウェゲナー肉芽腫症はプロテイナーゼ3(PR3)ANCA陽性の症例が多く,顕微鏡的多発血管炎はミエロペルオキシダーゼ(MPO)-ANCA陽性例が圧倒的に多い1)

 ウェゲナー肉芽腫症は,気道における肉芽腫性炎症を特徴としており,腎臓では壊死性半月体形成性腎炎を認める。眼窩,副鼻腔,中耳などの上気道の炎症を初発として,気管,気管支,肺などの下気道,さらに腎障害をきたすことが多い。本稿ではウェゲナー肉芽腫症の診断,病因,わが国および海外における現状などについて簡単に説明したうえで,ANCA抗原,ANCAの病態への関与について述べ,神経系合併症について論じることとする。

 治療については厚生労働省3つの研究班,すなわち,難治性血管炎に関する調査研究班,進行性腎障害に関する調査研究班,ANCA関連血管炎のわが国における治療法確立のための多施設共同前向き臨床研究班が合同で「ANCA関連血管炎の治療ガイドライン」を2011年に出しており,ここに詳細が記載されているので本稿では割愛させていただく。

抗リン脂質抗体症候群―脳血管障害を中心に

著者: 大熊壮尚 ,   北川泰久

ページ範囲:P.1319 - P.1332

はじめに

 抗リン脂質抗体症候群(antiphospholipid syndrome:APS)1)は,1963年にBowieら2)が全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus:SLE)における凝固抑制因子の存在を発見した当時はSLEに合併する疾患とされ,ループスアンチコアグラント(lupus anticoagulant:LA)などの抗リン脂質抗体が陽性の血栓症あるいは習慣性流産の原因となるものと定義された。その後1983年,Harrisら3)によって,SLEに合併する脳梗塞において抗カルジオリピン抗体が高頻度に出現していることが明らかにされ,1985年,Hughesら4)によって,独立した疾患概念として提唱された。

 APSは免疫学的な機序を基盤として起こる血栓症として重要で,特に若年性脳梗塞の発症5)や,多臓器の動・静脈血栓症,習慣性流産などに関与し,多彩な臨床像を呈する後天的な凝固異常症である。1998年,札幌で開かれたAPSのシンポジウムでその分類診断基準が提唱され6),2006年に札幌クライテリア・シドニー改変7)としてAPSにおける診断基準が改訂され(Table1),本症候群と脳血管障害の関連についての研究も進められている。最近では,高血圧症の頻度が高く,中枢神経症状が主体となる特殊型として,劇症型(catastrophic)APS8)も注目されている。

シェーグレン症候群と末梢神経障害

著者: 小池春樹 ,   祖父江元

ページ範囲:P.1333 - P.1342

はじめに

 シェーグレン症候群は1933年にスウェーデンの眼科医ヘンリック・シェーグレン(Henrik Samuel Conrad Sjögren;1899-1986)の発表した論文にちなんでその名前がつけられた疾患である。中高年の女性に好発する慢性炎症性の自己免疫疾患であり,涙腺や唾液腺などの外分泌腺へのリンパ球浸潤によって引き起こされる眼球乾燥や口腔乾燥を特徴とする。ドライアイやドライマウスのような乾燥症状により眼科や耳鼻科を受診する場合が多いが,涙腺や唾液腺などの外分泌腺以外にも,肺,腎臓,膵臓,皮膚,造血器,骨格筋,神経などさまざまな臓器の障害を合併するため,関連する診療科は多岐にわたる。神経系の合併症としては,大脳・小脳・脳幹・脊髄における多発性硬化症様病変,視神経炎,無菌性髄膜炎,薬剤誘発性髄膜炎,てんかん発作,認知症,パーキンソニズムなどの中枢神経障害のほかに,末梢神経障害(ニューロパチー),筋炎など,多彩な神経障害をきたすことが知られている1,2)。欧米の疫学調査では成人女性有病率は0.6~4.8%であるのに対し,1994年に行われた旧厚生省によるわが国の調査では女性の0.026%,長崎の原子爆弾被爆者の調査では被爆による影響を考慮する必要があるが2.3%が罹患しているといわれている3)

 ニューロパチーはシェーグレン症候群に伴う神経障害の中でも最も古くから報告されており,シェーグレン自身による原著において既に顔面神経麻痺,顔面の知覚障害についての記載がなされている。初期にはニューロパチーの原因は主に血管炎と考えられていたが,1986年にMalinowら4)によって後根神経節への炎症性細胞浸潤と,それに伴う神経細胞脱落によって感覚性運動失調型ニューロパチーが惹起されることが示され,シェーグレン症候群においては神経節が病態発現のターゲットであるという考え方が主流となった1,5,6)。このことによってシェーグレン症候群の中では感覚性運動失調型ニューロパチーが注目を集めることになったが,近年の研究により,シェーグレン症候群に伴うニューロパチーは多彩な病型を呈することが明らかになっている1,7)

 本稿では,シェーグレン症候群におけるニューロパチーについて,臨床病理像の多様性,鑑別診断,治療などを中心に述べる。

IgG4関連疾患による中枢・末梢神経障害

著者: 小堺有史

ページ範囲:P.1343 - P.1352

はじめに

 IgG4関連疾患(IgG4-related disease)は血清IgG4高値,組織への著明なIgG4陽性形質細胞の浸潤,ステロイドに対する良好な反応性などを特徴とする全身性疾患である。障害臓器は膵臓をはじめとして多岐にわたるが,近年,神経内科領域のIgG4関連疾患として肥厚性硬膜炎,下垂体炎,末梢神経障害などが報告されている。これらの報告はまだ少数にとどまっており,診断方法や長期的な治療方法・予後についてはわかっていないことも多い。本稿ではIgG4関連疾患の総論,神経内科領域の各臓器病変について解説する。

分子標的薬による自己免疫性神経疾患の治療

著者: 中島一郎

ページ範囲:P.1353 - P.1361

はじめに

 分子標的薬は一般的に癌に対する特異的な治療薬を指すことが多く,メシル酸イマチニブやゲフィチニブなどが登場した1990年代末から一般的に使われるようになった。その後はモノクローナル抗体の開発が進み,当初は移植領域か癌領域における治療に限られていたが,徐々に自己免疫疾患の治療にも応用されるようになった。モノクローナル抗体治療は他の免疫抑制薬や疾患調整薬と比較してより高い特異性を持って病的経路を遮断することができるうえ,副作用も比較的少ない。当初はマウス抗体産生ハイブリドーマを利用したモノクローナル抗体(慣例的に-omabという接尾辞がつけられた)が治療薬として使われたが,アナフィラキシー反応や中和抗体の出現などが高頻度にみられ,現在は治療薬としては用いられていない。その後マウスとヒトのキメラ抗体(慣例的に-ximabという接尾辞がつけられている)や,ヒト化抗体(慣例的に-zumabという接尾辞がつけられている)が開発されて副作用は劇的に改善され,モノクローナル抗体が広くさまざまな疾患の治療に応用されるようになった。

 自己免疫疾患において,分子標的治療の開発がはじめに進んだのは関節リウマチである。関節リウマチの関節の炎症と破壊に,TNFα,IL-6,IL-1などのサイトカインの関与が大きいことがわかっていたため,これらの分子を標的としたモノクローナル抗体が開発されている。多くのモノクローナル抗体が効果を示し,早期治療開始による劇的な予後改善が指摘されているものの,高額な医療費による治療継続困難および他剤と比較しての費用対効果が問題になっている。

 免疫性神経疾患の中では,多発性硬化症に対するモノクローナル抗体治療の開発が最も進んでおり,数多くの候補が臨床試験に臨んでいる1)(Table1,Fig.)。また,さまざまな分子標的薬の治療効果が,これまで解明されなかった免疫性神経疾患の病態を徐々に解き明かしていくと期待される。ここでは,多発性硬化症の治療薬として開発されたモノクローナル抗体治療薬を中心に免疫性神経疾患における分子標的治療開発の現状を解説する。

分子標的薬とPML―モノクローナル抗体療法時代のPML

著者: 髙尾昌樹

ページ範囲:P.1363 - P.1374

はじめに

 進行性多巣性白質脳症(progressive multifocal leukoencephalopathy:PML)は,1958年にÅströmら1)により,慢性リンパ性白血病とホジキン病の症例における合併症として初めて報告された。その論文では,現在われわれが経験する,PMLに関する臨床症候や神経病理学的所見が詳細に記載されており,その後の新たな発見を除けば,現在でも十分に通用する内容になっている。その後,1971年にJCウイルス(John Cunningham virus:JCV)がホジキン病のPML脳から分離され2),PMLの原因がウイルスによる感染性疾患であることが明らかになった。

 近年,分子標的治療が主に癌を中心として行われるようになっている。分子標的治療とは,元来は癌細胞だけに作用し,正常な細胞には作用しないような薬物により癌細胞を標的として治療を行うものである。また,癌細胞の成長や転移に関与する,ある種の酵素,蛋白,あるいは何らかの物質といったものに対して作用する治療も含まれる。多くの分子標的治療は,低分子物質かモノクローナル抗体によるものに大別される。特にその中でも,関節リウマチなどの自己免疫性疾患や,多発性硬化症などに対しても,有効性の高いモノクローナル抗体による抗体療法が行われるようになってきた。一方,治療症例数の増加に伴い,さまざまな合併症も報告されるようになってきた。中でも,多発性硬化症に対して米国・欧州で承認され,使用されているナタリズマブによるPMLの発症と,その症例数が増加していることはよく知られている3-5)

 本号の特集では,筋炎や血管炎などの内容が多く,本項の内容はやや異なるものであるため,まずPMLに関して概要を述べた後に,主にモノクローナル抗体療法と関連するPMLに焦点を絞って,現在までの状況など,文献的検討を中心に解説する。PML自体に関する内容の詳細と,AIDSに伴うPMLに関しては,本特集を理解するための範囲にとどめるので,詳細は専門書や文献などを参照されたい。

ステロイドミオパチーの発症機序,診断と治療

著者: 上阪等

ページ範囲:P.1375 - P.1380

はじめに

 ステロイドの発見後60年以上に及ぶ年月は,適応症の拡大と副作用の克服の歴史であるといえる。1949年に関節リウマチに対するコルチゾンの劇的な効果が発表され,翌年にはその功績によりケンダル(Edward Calvin Kendall;1886-1972,米国),ライヒシュタイン(Tadeus Reichstein;1897-1996,スイス),ヘンチ(Philip Showalter Hench;1896-1965,米国)がノーベル生理学・医学賞を受賞するほどステロイドは目覚ましい発見であった。現在では炎症,アレルギー,自己免疫疾患などに対して各診療科で広く使用されるに至り,免疫抑制薬や生物学的製剤が台頭する現代においてもステロイドは重要な薬剤の1つであることに変わりはない。

 しかしながら,ときに「諸刃の剣」にたとえられることもあるほどステロイドには重篤な副作用が多く,処方に慎重を要する。近年の薬剤開発の進歩は感染症や骨粗鬆症,糖尿病,白内障などの健康に被害を及ぼす副作用に対しては不完全ながらも対処を可能にした(Table1)。その一方で,ステロイドミオパチーは今なお対処法が確立されずに残された副作用である。

 ステロイドミオパチーの主症状は,骨格筋の萎縮を原因とする筋力の低下である。筋力低下が日常生活動作(activities of daily living:ADL)を障害するために家事や仕事に支障をきたすなど,患者の生活の質(quality of life:QOL)の低下が問題である。多くの場合,下肢中心の筋力低下が現れるためにしゃがみ立ちや階段の上り下りなどが困難になることから,転倒リスクの上昇を招く。ステロイド服用患者には女性が多く,骨粗鬆症の副作用も考え合わせれば,転倒は骨折のリスクとなり高齢であれば長期臥床につながる恐れもあるだろう。ステロイドミオパチーを発症した場合はステロイドの減量を余儀なくされるが,ほかに治療薬がない難治性疾患の場合には,ステロイドを減量すれば原疾患の治療に支障をきたすなどのジレンマもある。

 ステロイドミオパチーに対して積極的な医療介入がなされていない原因の1つは,ステロイドミオパチーの診断法が確立されていないために診断基準の整備が進まず,疾患としての明確な定義づけがなされていないことにある。このため,診断の方法は医師の裁量に委ねられているのが現実である。原疾患や対処法のある副作用のみならず筋症状にも留意しながら治療を行わない限り,ステロイドミオパチーの発症が見逃されるケースもある。わが国で膠原病患者を対象に行われた近年のアンケート調査では,314名中118名(38%)の患者がステロイド治療中に筋力低下を自覚していたことを訴えたという1)

 このような混沌とする状況の打開に資するべく,本稿ではステロイドミオパチーの発症機序と,診断および治療の現状を概説する。そして,ステロイドミオパチーがしばしば問題となる多発(性)筋炎・皮膚筋炎(polymyositis/dermatomyositis:PM/DM)の実態とともに,それに対する新たな取り組みを紹介したい。

インターフェロンと自己免疫疾患

著者: 新野正明 ,   宮﨑雄生

ページ範囲:P.1381 - P.1388

はじめに

 インターフェロン(interferon:IFN)はもともと生体内でウイルスに干渉する因子として発見されたため,このような名称がついた蛋白質である。その後,IFNのさまざまな働きが解明され,抗ウイルス作用のほか,腫瘍免疫,さらには自己免疫でも重要なサイトカインとして知られるようになってきた。IFNはそのアミノ酸配列相同性をもとに,大きくⅠ型IFNとII型IFNに分けられる。Ⅰ型IFNにはIFNβと10種類以上のIFNαが含まれるが,II型IFNにはIFNγのみが分類される。

 一般に自己免疫疾患とⅠ型IFNとの関わりに関しては,全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus:SLE)をはじめとする自己免疫疾患ならびにその動物モデルでは,Ⅰ型IFNは病態を増悪させる因子として考えられることが多く,実際SLEでは抗IFNα抗体の臨床試験が行われている。また,慢性肝炎に対してⅠ型IFN製剤を使用することで,その半数に自己抗体が出現し,1~2%には自己免疫疾患を発症するとの報告もある1)。一方で多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)ではIFNβが再発予防薬として使用されており,自己免疫疾患におけるⅠ型IFNの関与に関しては,複雑であることが推測できる。

 本稿では,Ⅰ型IFNを概説しながら,それぞれの自己免疫疾患におけるその関連や役割,さらに治療薬としてのⅠ型IFNについて論じていきたい。

総説

Restless legs症候群の診断と新規治療法―Ⅱ.治療

著者: 平田幸一 ,   鈴木圭輔

ページ範囲:P.1391 - P.1399

Ⅴ.治療法

 治療のアルゴリズム(Fig.1)を適用するにあたり,restless legs症候群(RLS)には当然のことながら症状に軽重があり,また,頻度的にも必ずしも毎日は症状のない間欠性RLSと毎日症状のある持続性RLSがあることを考慮する必要がある。また,治療には非薬物療法と薬物療法があり,軽症では,前者のみで寛解することもありうる。以下に代表的な非薬物療法と薬物療法を述べる。

症例報告

抗神経抗体の存在が確認できた膀胱癌を伴う傍腫瘍性小脳変性症の1例

著者: 川西康太郎 ,   森田光哉 ,   中原圭一 ,   手塚修一 ,   幸喜富 ,   冨永薫 ,   遠藤仁司 ,   屋代隆 ,   田中恵子 ,   中野今治

ページ範囲:P.1401 - P.1405

はじめに

 傍腫瘍性神経症候群(paraneoplastic neurological syndrome:PNS)は担癌者に生じる,自己免疫機序によると考えられる神経障害である1)。多くの場合,腫瘍と神経組織に共通する抗原に対する自己抗体が存在し,抗体の種類と神経症候および腫瘍原発巣の間には一定の傾向がある。このため,抗体の検出がPNSの診断および腫瘍の早期発見のマーカーとして有用であるが2),特異的抗体が検出されない場合もある。辺縁系脳炎や亜急性小脳性運動失調など特徴的症候を呈して5年以内に悪性腫瘍が明らかになる症例や,腫瘍の治療に伴って神経症状が改善する症例はPNSと診断される3)

 膀胱癌によるPNSは過去に3例が報告されているのみである4-6)。今回筆者らは,膀胱癌に伴った既知の抗体陰性のPNS例において,免疫組織化学染色およびウエスタンブロットの結果から未知の抗体の関与が考えられたため報告する。

ポートレイト

松原三郎―その鉄腸的な生涯

著者: 松原四郎

ページ範囲:P.1407 - P.1412

はじめに――出航

 松原三郎(Fig.1)が横浜港から米国に向かったのは明治36年(1903年)11月17日であった。当時26歳になったばかりの彼は,自身の後の回想によれば,いくばくかの野心をいだいて旅立った。実際のところ,その野心と,出発前にニューヨークのマンハッタン精神病研究所と往復したであろう同所で勉学することについての手紙だけが頼りで,異国で生計を立てる具体的な当てはほとんどなかったようである。

学会印象記

Alzheimer's Association International Conference 2013(2013年7月13~18日,ボストン)

著者: 小野賢二郎

ページ範囲:P.1414 - P.1415

 2013年7月13~18日の間,米国のボストンのコンベンションセンターで開催されたAlzheimer's Association International Conference (AAIC) 2013に参加した(写真1)。1988年にラスベガス開催で始まったこの国際会議は,今年で16回目にあたる。僕は,2002年にスウェーデンのストックホルムで開催された第8回会議に参加し発表して以来,今回で7回目の参加となった。今年の国際会議は,5つのplenary session(計9演題),8つのsymposia(計32演題),13のfeatured research sessions(計52演題),2つのfocused topic session,3つのdeveloping topic session,53のoral sessions(計317演題),poster presentation(計1,464演題)であった。

 今回の僕の発表内容は,ミリセチンやロスマリン酸をはじめとするフェノール化合物がアミロイドβ蛋白(Aβ)凝集の早期段階であるオリゴマー形成を抑制することにより細胞およびシナプス毒性を軽減させること,核磁気共鳴でミリセチンなどのAβへの結合部位を同定したということであった(写真2)。僕は,今回の研究を含め,これまで10年以上にわたりAβ一筋で研究発表を続けてきたが,今回の国際会議では,タウ蛋白への注目度がさらに上がっていることを改めて認識した。

連載 神経学を作った100冊(83)

ブムケ,フェルスター『神経学全書』(1935-1937)

著者: 作田学

ページ範囲:P.1416 - P.1417

 フェルスター(Otfrid Förster;1873-1941)は,ドイツの神経学者,脳神経外科医である。彼はプロイセンのブレスラウ(現在はポーランドのヴロツワフ)で1873年11月9日に生まれ,ギムナジウムを1892年に卒業すると,フライブルク大学とブレスラウ大学の医学部で医学を学んだ。1897年には開業試験に合格し,同じ年に学位を取得した。その後,同大学の神経学の教授であったウェルニッケ(Carl Wernicke;1848-1905)の助言によってパリに留学した。パリではデジュリーヌ(Joseph Jules Dejerine;1849-1917),マリー(Pierre Marie;1853-1940),バビンスキー(Joseph Babinski;1857-1932)に学んだ。さらにベルリンに移りフレンケル(Heinrich Frenkel;1860-1931)の下で,理学療法を学んだ。神経病患者にリハビリテーションを応用するという考えはウェルニッケに始まる。留学を終えたフェルスターはウェルニッケの教室に入り,研究を続けた。

 ブレスラウ大学は過去にはプルキンエ(Johannes Evangelista von Purkinje;1787-1869)やアウエルバッハ(Leopold Auerbach;1828-1897)などの偉大な先人がおり,その伝統を引き継いで,この頃からドイツにおける神経学研究の一大拠点となった。アルツハイマー(Alois Alzheimer;1864-1915),クロイツフェルト(Hans Gerhard Creutzfeldt;1885-1964),ペンフィールド(Wilder Penfield;1891-1976),ベイリー(Percival Bailey;1892-1973),ビューシー(Paul Bucy;1904-1993),ワルテンベルク(Robert Wartenberg;1897-1956)など内外の多くの俊秀が集まり,研究を行った。

書評

「《精神科臨床エキスパート》誤診症例から学ぶ 認知症とその他の疾患の鑑別」―朝田 隆●編 野村総一郎,中村 純,青木省三,朝田 隆,水野雅文●シリーズ編集 フリーアクセス

著者: 門司晃

ページ範囲:P.1389 - P.1389

 まず「誤診症例から学ぶ」というタイトルが刺激的かつ魅力的である。編者の序文にも紹介されているが,北海道大学名誉教授である山下格先生の『誤診のおこるとき――早まった了解を中心として』という名著も過去にあり,評者は多くをこの著作から学ばせていただいた。やはり,「とくに失敗からこそ,人は多くを学ぶものである」というのが素直な現場感覚と思われる。

 本書の内容を紹介すると,まずは編者が執筆した第1部「総論」では誤診の原因とその分類が取り上げられている。臨床診断を誤る6パターンとして,未知による失敗,無知による失敗,不注意による失敗,手順の不遵守による失敗,誤判断による失敗,調査・検討の不足による失敗が挙げられ,おのおのに対応する具体的な誤診パターンが紹介されている。続いて,ベッドサイドでもすぐに役に立つ認知症診察のポイントが簡潔かつ明瞭に述べられている。最後に「診断で失敗しないための習慣作り」という項が設けられている。具体的内容は本書をぜひご覧になっていただきたいが,まさに編者の臨床家としての深い知恵が開陳されている。

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次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.1405 - P.1405

投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.1418 - P.1419

あとがき フリーアクセス

著者: 桑原聡

ページ範囲:P.1420 - P.1420

 本号では臨床神経学と臨床免疫学の接点が特集されている。神経内科疾患の中でも神経免疫疾患は膠原病および類縁自己免疫性疾患と類似した免疫抑制・調節治療が行われる。多発筋炎やニューロパチーで発症した全身性血管炎などは膠原病内科と神経内科のどちらでも診療の範囲にあり,初診した診療科で治療される。最近,筆者の神経免疫外来を見学していた医学生が「神経内科の雰囲気がありません。まるで膠原病内科のようです」とつぶやいていたことが思い出される(その日の再来患者の内訳は総数25名中,多発性硬化症(MS)4名,慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー3名,全身性血管炎4名,リウマチ様多発筋痛症3名,パーキンソン病3名,脳血管障害3名,てんかん2名,頭痛2名であった)。このような背景から今回のような特集は待ち望まれていたものと言える。各疾患の専門家からわかりやすい優れた総説が執筆されており,神経免疫疾患を診るうえで非常に参考になる特集であると思われる。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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