文献詳細
特集 血液脳関門研究の進歩
文献概要
はじめに
ライソゾーム蓄積病(lysosomal storage disease)は,細胞内の小器官のうち不要物質の代謝・回転に関わるライソゾームの機能不全によって引き起こされる先天性代謝異常疾患の総称である。ライソゾーム中に本来あるはずの加水分解酵素の欠損により,代謝を受けるべき物質がライソゾーム内に蓄積し,脂質蓄積症,糖蛋白蓄積症,糖原病,ムコ多糖症(mucopolysaccharidosis:MPS)などの疾患に至る。欠損している酵素によって病名や症状が異なり,50種類程度の病気が知られている1)。
ライソゾーム蓄積病における酵素補充療法(enzyme replacement therapy)の開発は,その基礎医学研究から臨床応用への展開をみせた,最も顕著なトランスレーショナルリサーチの成功例である。この治療法は,先天的に欠損しているライソゾーム酵素を静脈内投与によって全身性に補うことで,特定のライソゾーム蓄積病における代謝異常を改善しようとする対症療法である。これまで20年以上にわたり,酵素補充療法は,末梢での病態が主体のⅠ型ゴーシェ(Gaucher)病の治療に非常な有効性を発揮してきた。また,ファブリ(Fabry)病,ポンペ(Pompe)病やいくつかのMPSに対して,それぞれ酵素補充療法が開発されており,現在のところ,ニーマン・ピック(Niemann-Pick)病A型およびB型や,MPSⅣA型に対する臨床試験が進行中である。さらに,静脈内投与による酵素補充療法は末梢組織の症状改善には有効であるが,中枢神経系症状の改善には効果が非常に乏しいとう現状に鑑みて,中枢神経系症状の改善を目標とするライソゾーム酵素の脊髄髄腔内投与による臨床試験も行われている。
こうした手法が採られるのは,脳実質への非侵襲的な薬物送達が非常な困難を伴うためで,その主たる理由として,脳毛細血管内皮細胞を主体とした「血液脳関門」として包括される恒常性維持のための複合的なメカニズムが,循環血液中に投与されたライソゾーム酵素の脳移行,ひいては脳内での治療効果の発現を妨げているためである。したがって,酵素補充療法によるライソゾーム蓄積病の中枢神経系症状の改善には,血液脳関門を介したライソゾーム酵素の脳内送達に関連する研究成果の積み重ねとさらなる応用が必要とされている。
筆者は,血液脳関門における内因性の特徴を利用したライソゾーム酵素の脳内送達を,血液脳関門研究者William Banks医師およびMPSⅦ型の発見者William Sly医師らとともに進めてきた。MPSは,結合組織の構成に関わるグリコサミノグリカンの代謝異常によって惹き起こされ,その代謝過程(Fig.1)では,さまざまな基質特異的な酵素が協調して機能している。したがって,これらの代謝のステップごとに異なる加水分解酵素が特異的に関わっているので,どれか1つの酵素が機能しなければ,中間代謝物が分解処理されないまま蓄積していく。
MPSⅦ型は,βグルクロニダーゼ(β-glucuronidase)の欠損によりヒアルロナン,ヘパラン硫酸,デルマタン硫酸,コンドロイチン硫酸のライソゾーム内蓄積,尿中排泄の増加が認められる。症状として,精神運動発達遅滞,ガーゴイリズム,肝臓・脾臓の肥大,骨変形などがみられる。本稿は,このβグルクロニダーゼをライソゾーム酵素のモデルとして中枢神経系への送達を試みた研究の総説である。またこれに関連して,他のライソゾーム酵素であるスルファミダーゼ(sulfamidase),酸性αグルコシダーゼ(acid α-glucosidase),アリルスルファターゼA(arylsulfatase A)の場合を含めて統合的に考察することで,ライソゾーム酵素の血液脳関門透過性とその輸送様式を論じた。
ライソゾーム蓄積病(lysosomal storage disease)は,細胞内の小器官のうち不要物質の代謝・回転に関わるライソゾームの機能不全によって引き起こされる先天性代謝異常疾患の総称である。ライソゾーム中に本来あるはずの加水分解酵素の欠損により,代謝を受けるべき物質がライソゾーム内に蓄積し,脂質蓄積症,糖蛋白蓄積症,糖原病,ムコ多糖症(mucopolysaccharidosis:MPS)などの疾患に至る。欠損している酵素によって病名や症状が異なり,50種類程度の病気が知られている1)。
ライソゾーム蓄積病における酵素補充療法(enzyme replacement therapy)の開発は,その基礎医学研究から臨床応用への展開をみせた,最も顕著なトランスレーショナルリサーチの成功例である。この治療法は,先天的に欠損しているライソゾーム酵素を静脈内投与によって全身性に補うことで,特定のライソゾーム蓄積病における代謝異常を改善しようとする対症療法である。これまで20年以上にわたり,酵素補充療法は,末梢での病態が主体のⅠ型ゴーシェ(Gaucher)病の治療に非常な有効性を発揮してきた。また,ファブリ(Fabry)病,ポンペ(Pompe)病やいくつかのMPSに対して,それぞれ酵素補充療法が開発されており,現在のところ,ニーマン・ピック(Niemann-Pick)病A型およびB型や,MPSⅣA型に対する臨床試験が進行中である。さらに,静脈内投与による酵素補充療法は末梢組織の症状改善には有効であるが,中枢神経系症状の改善には効果が非常に乏しいとう現状に鑑みて,中枢神経系症状の改善を目標とするライソゾーム酵素の脊髄髄腔内投与による臨床試験も行われている。
こうした手法が採られるのは,脳実質への非侵襲的な薬物送達が非常な困難を伴うためで,その主たる理由として,脳毛細血管内皮細胞を主体とした「血液脳関門」として包括される恒常性維持のための複合的なメカニズムが,循環血液中に投与されたライソゾーム酵素の脳移行,ひいては脳内での治療効果の発現を妨げているためである。したがって,酵素補充療法によるライソゾーム蓄積病の中枢神経系症状の改善には,血液脳関門を介したライソゾーム酵素の脳内送達に関連する研究成果の積み重ねとさらなる応用が必要とされている。
筆者は,血液脳関門における内因性の特徴を利用したライソゾーム酵素の脳内送達を,血液脳関門研究者William Banks医師およびMPSⅦ型の発見者William Sly医師らとともに進めてきた。MPSは,結合組織の構成に関わるグリコサミノグリカンの代謝異常によって惹き起こされ,その代謝過程(Fig.1)では,さまざまな基質特異的な酵素が協調して機能している。したがって,これらの代謝のステップごとに異なる加水分解酵素が特異的に関わっているので,どれか1つの酵素が機能しなければ,中間代謝物が分解処理されないまま蓄積していく。
MPSⅦ型は,βグルクロニダーゼ(β-glucuronidase)の欠損によりヒアルロナン,ヘパラン硫酸,デルマタン硫酸,コンドロイチン硫酸のライソゾーム内蓄積,尿中排泄の増加が認められる。症状として,精神運動発達遅滞,ガーゴイリズム,肝臓・脾臓の肥大,骨変形などがみられる。本稿は,このβグルクロニダーゼをライソゾーム酵素のモデルとして中枢神経系への送達を試みた研究の総説である。またこれに関連して,他のライソゾーム酵素であるスルファミダーゼ(sulfamidase),酸性αグルコシダーゼ(acid α-glucosidase),アリルスルファターゼA(arylsulfatase A)の場合を含めて統合的に考察することで,ライソゾーム酵素の血液脳関門透過性とその輸送様式を論じた。
参考文献
1) Begley DJ, Pontikis CC, Scarpa M: Lysosomal storage diseases and the blood-brain barrier. Curr Pharm Des 14: 1566-1580, 2008
2) Urayama A, Grubb JH, Sly WS, Banks WA: Developmentally regulated mannose 6-phosphate receptor-mediated transport of a lysosomal enzyme across the blood-brain barrier. Proc Natl Acad Sci U S A 101: 12658-12663, 2004
3) Nolan CM, Kyle JW, Watanabe H, Sly WS: Binding of insulin-like growth factor II (IGF-II) by human cation-independent mannose 6-phosphate receptor/IGF-II receptor expressed in receptor-deficient mouse L cells. Cell Regul 1: 197-213, 1990
4) Hawkes C, Kar S: The insulin-like growth factor-II/mannose-6-phosphate receptor: structure, distribution and function in the central nervous system. Brain Res Brain Res Rev 44: 117-140, 2004
5) Urayama A, Grubb JH, Sly WS, Banks WA: Mannose 6-phosphate receptor-mediated transport of sulfamidase across the blood-brain barrier in the newborn mouse. Mol Ther 16: 1261-1266, 2008
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16) Matthes F, Wölte P, Böckenhoff A, Hüwel S, Schulz M, et al: Transport of arylsulfatase A across the blood-brain barrier in vitro. J Biol Chem 286: 17487-17494, 2011
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