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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩65巻3号

2013年03月発行

雑誌目次

特集 次世代シーケンサーによる神経変性疾患の解析と展望

フリーアクセス

ページ範囲:P.225 - P.225

特集の意図

 これまで,神経変性疾患に対する分子遺伝学的な研究は,メンデル遺伝性の単一遺伝子疾患を中心に行われ,複数の遺伝子や環境因子を背景とする多因子疾患(ex.生活習慣病)の遺伝学的解析は実質不可能であった。しかし,近年,次世代シーケンサーの登場により,解析速度の向上,実施コストの低下が実現し,多因子疾患に対するアプローチが可能となってきている。本特集では,3つの疾患における,孤発例を中心としたパーソナルゲノム解析の現状を紹介し,最後に,科学技術の急激な進化によって生じる倫理的問題について解説する。

パーソナルゲノム研究と神経疾患―overview

著者: 戸田達史

ページ範囲:P.227 - P.234

はじめに

 神経疾患には,ハンチントン病など各種のポリグルタミン病,各種の筋ジストロフィーなどのように単一遺伝子の異常によるものと,アルツハイマー病,パーキンソン病,筋萎縮性側索硬化症,てんかんなどのように,患者の大部分は孤発性だが一部にメンデル遺伝をとる家系が存在するものがある。後者は生活習慣病などと同様に多因子遺伝性疾患と考えられている。後者のうち孤発性のものもメンデル遺伝性のものも,一部共通の発症メカニズムが存在していると考えられ,このうちメンデル遺伝を示すものは原因遺伝子が明らかにされており,それらを切り口にして病態解明が進んでいる。一方,テクノロジーの進展はめざましく,次世代シーケンサーが実用化され個々のゲノム配列(パーソナルゲノム)をもとにした研究が展開されるようになってきている。本稿ではパーソナルゲノム研究が神経疾患解明に与えるものについて歴史的な経緯も含めて述べる。

アルツハイマー病のパーソナルゲノム解析

著者: 桑野良三 ,   原範和

ページ範囲:P.235 - P.246

はじめに

 世界規模で進む高齢化と環境変化の中で,現在,3,560万人の認知症患者が2050年には1億1,540万人に達すると推測され,毎年770万人(4秒に1人)が発症する計算になる(World Alzheimer Report 2010)。認知症の2/3はアルツハイマー病(Alzheimer disease:AD)である。そのうち,圧倒的多数を占める孤発性アルツハイマー病はメンデル遺伝で説明できないが,パーソナルゲノムを背景に生体内外の環境因子が加わって発症すると考えられる。ありふれた病気であるアルツハイマー病のリスク遺伝子を探索・同定する目的で,common disease-common variant(CD-CV)仮説に基づいてSNPベースの大規模全ゲノム関連解析(genome-wide association study:GWAS)が行われてきた。

 Common diseaseであるアルツハイマー病は民族を越えて表現型は同じであるが,発症に至る経緯や進行は個人によって異なると考えられ,パーソナルゲノムの多様性を知ることが重要になってきた。近年,次世代シーケンサーの登場によって全ゲノム配列(whole-genome sequencing:WGS)情報または全エクソン配列(whole-exon sequencing:WES)情報を得ることができるようになり,個人ごとのrare variantsによる疾患発症機序の解明に迫る新しいゲノム科学の時代が到来したといえるかも知れない。アルツハイマー病の次世代シーケンサーによるWGS解析やWES解析は始まったばかりであるが,パーソナルゲノムの最新データおよびコピー数多型(copy number variation:CNV)とアルツハイマー病との関連を概説する。

東大病院ゲノム医学センターにおける取り組み―パーキンソン病のパーソナルゲノム解析を中心に

著者: 三井純 ,   石浦浩之 ,   辻省次

ページ範囲:P.247 - P.255

はじめに

 次世代シーケンサーと総称される大規模並列DNAシーケンシング技術は,最近数年の間に加速的に進化しており,処理速度の向上,コストの低下が進んでいる。次世代シーケンサーが臨床遺伝学にもたらすインパクトとして以下の3つの事柄が挙げられる。

 第1は,メンデル遺伝性疾患の原因遺伝子解明が進むことである。連鎖解析による絞り込みを十分に行うことが難しい小さな家系サイズの遺伝性疾患,de novo変異などで生じる重篤で生殖適応度が低い遺伝性疾患など,従来の技術ではアプローチが困難だった遺伝性疾患の解明が期待される。実際,このようなメンデル遺伝性疾患の原因遺伝子の報告がここ数年で急速に増加している。問題点としては,現在普及している次世代シーケンサーでは,ひとつながりで配列決定できる塩基長(リード長)が高々100塩基程度であり,トリプレットリピート病などに代表される繰り返し配列の延長や挿入変異の検出がしばしば困難なことである。特に遺伝性神経変性疾患ではこの種類の変異が多く知られており,現在の次世代シーケンサーの技術的課題の1つである。

 第2は,孤発性疾患の遺伝因子の解明が期待されることである。従来は一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)をマイクロアレイ上で大規模にタイピングする技術を利用して,患者群と対照群で多型の頻度を比較することで疾患と関連する感受性遺伝子探索が行われてきた。候補となる遺伝子・領域だけではなく,全ゲノム上の多型を広範囲に探索できることから,このアプローチは全ゲノム関連解析(genome-wide association study:GWAS)と呼ばれ,多くの疾患で検討が行われた。新たな発見も多かったが,孤発性疾患の遺伝因子の大部分が解明できるのではないかという期待には届かず,まだ解明されていない遺伝因子(missing heritability)が残されている1)

 多型マーカーと連鎖不平衡にある疾患感受性アレルを関連解析で検出する手法は,比較的少数の創始者に由来する疾患感受性アレルが,患者群に広く分布するという構造を持つ集団(common disease-common variants仮説)に対しては強い検出力を示すが,多数の独立した疾患感受性アレルが個々には稀に患者群に分布するという集団の遺伝的構造(common disease-multiple rare variants仮説)に対しては検出が困難になる。また,多型タイピングでは検出できないコピー数変異などの構造変異が寄与している可能性もある。今後,孤発性疾患における遺伝因子の解明を進めていくためには,パーソナルゲノム解析に基づく網羅的な変異の同定が大きな手掛かりになるであろう。

 第3に,臨床における遺伝子診断の汎用化が挙げられる。神経内科領域の臨床では遺伝性疾患の占める割合が相対的に高く,需要も高いことから普及が期待される。特に原因遺伝子が多様な表現型・疾患群の遺伝子診断において高い効果を発揮するであろう。問題点としては,上述のように遺伝性神経筋疾患にみられる繰り返し配列の延長(優性遺伝性脊髄小脳変性症の多く,歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症,ハンチントン病,球脊髄性筋萎縮症,筋強直性ジストロフィー,フリードライヒ運動失調症,9p21に連鎖する筋萎縮性側索硬化症・前頭側頭型認知症,眼咽頭筋ジストロフィーなど)の検出は短いリード長では困難であり,フラグメント解析やサザン・ブロッティング解析を併用する必要がある。また,現状ではコスト・パフォーマンスの点からエクソーム解析が選択されることが多いと考えられるが,コピー数変異(遺伝性神経疾患ではAPP,SNCA,PMP22,MPZなどのコピー数変異による遺伝性疾患が報告されている)や大きな欠失・重複変異(デュシェンヌ・ベッカー型筋ジストロフィーにおけるDMDや常染色体劣性遺伝若年性パーキンソニズムにおけるPARK2の欠失・重複変異など)において,エクソーム解析では検出力が十分でない可能性があり適応に注意が必要である。

 本稿では,以上3点について概説し,いくつかの具体例を挙げる。最後に2011年度に東京大学医学部附属病院の新たな組織として発足したゲノム医学センターの紹介と今後の展望を述べる。

ALSのパーソナルゲノム解析

著者: 田中章景 ,   曽根淳 ,   熱田直樹 ,   中村亮一 ,   土井宏 ,   児矢野繁 ,   祖父江元

ページ範囲:P.257 - P.265

はじめに

 筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)は,運動ニューロンが選択的に変性脱落する成人発症の神経変性疾患であり,発症から平均3~4年で死亡または人工呼吸器装着が必要となる代表的な神経難病の1つである。現在のわが国の患者数は8,000~10,000人程度と推定されており,その10%が家族性,残りの90%が孤発性であるが1),いずれもその病態が明らかになっているとはいえず,特に病態解明に必須な病因・病態関連遺伝子の同定が大きな課題となっている。

パーソナルゲノム研究の倫理的課題

著者: 加藤和人 ,   三成寿作

ページ範囲:P.267 - P.272

はじめに

 超高速シーケンサーの導入により,個人のゲノムが素早く,安価で解析できるようになった。これまでにない規模で多数の人のゲノムを解析することが可能になり,ヒトゲノムの多様性に関する理解や疾患関連遺伝子の研究が急速に進展することが期待されている1)。その一方,個人のゲノムが次々と解析されるようになったことで,そこから生じる倫理的な課題にもしっかりと取り組む必要が出てきている。本稿では,パーソナルゲノム研究の実施に伴う倫理的課題について解説する。

書評

「アクチュアル 脳・神経疾患の臨床 最新アプローチ 多発性硬化症と視神経脊髄炎」―九州大学大学院医学研究院神経内科学教授 吉良潤一●専門編集 東京大学大学院医学系研究科神経内科学教授 辻 省次●総編集 フリーアクセス

著者: 田代邦雄

ページ範囲:P.273 - P.273

 多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)は1868年のCharcotによる臨床症候の記載に遡るほど歴史的であるばかりでなく,現在に至るまで神経学領域では最も重要な疾患の一つとされている。その神経症候,病態の理解,そして診断と治療への道筋はもとより,特に近年のこの疾患概念に関する注目度・関心は非常に高く,神経内科を中心に,その関連する基礎ならびに臨床の各専門領域において日進月歩の進展が見られるのである。

 このたび,『最新アプローチ 多発性硬化症と視神経脊髄炎』と題する最先端の書が出版されたことの意義は大であり,これらの疾患の重要性かつ論点を提言したことになる。すなわち本書では,この両疾患を並列に取り上げ,それらの病態と診断,治療とケアも含め,各項目に最適なエキスパートを配置して論旨を展開している。

「神経解剖集中講義 第2版」―ジェームス D.フィックス●原著 寺本 明,山下俊一●監訳 秋野公造,太組一朗●訳 フリーアクセス

著者: 水澤英洋

ページ範囲:P.297 - P.297

 このたび,待望の『神経解剖学集中講義(第2版)』が出版された。本書は2007年5月15日の第1版第1刷から昨年までに3刷を数える,好評の名著の改訂版である。それは原著者のMarshall大学医学部解剖学のJames D. Fix名誉教授ならびに現Louisville大学解剖科学・神経生物学のJennifer K. Brueckner教授による原著の素晴らしさに加えて,監訳者である寺本明東京労災病院院長,山下俊一福島県立医科大学副学長,そして訳者である秋野公造参議院議員・長崎大学客員教授,太組一朗日本医科大学武蔵小杉病院脳神経外科講師の創意工夫によるところが大きい。

 本書は,神経組織学,神経発生から始まり髄膜・脳室・脳脊髄液,血液を経て,脊髄,脳幹,視床,小脳,大脳基底核,大脳皮質と上向性に各章が配置されている。大きな特徴の1つは,単に解剖所見にとどまらず,必ず機能についても記述されていること,もう1つは,組織学の章の中に中枢と末梢の腫瘍の項,発生の中に先天奇形の項,その他多くの「臨床との関連」の項などが準備され,随所に疾患や病態の記述が散りばめられていることである。脊髄,脳幹,大脳皮質の章の少し後で,それぞれ脊髄と脳幹の病変,失語症などが別立ての章となっていることでもわかる。すなわち,常に臨床を意識した構成になっており,これは読者にとって非常に理解しやすくなっている。

総説

HIV感染に伴う神経疾患

著者: 三浦義治 ,   岸田修二

ページ範囲:P.275 - P.281

はじめに

 ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus:HIV)はヒトへの感染により後天性免疫不全症候群(acquired immunodeficiency syndrome:AIDS)を引き起こすことで知られている。HIVには,全世界に広がっているHIV-1と,アフリカ西海岸を中心に流行しているHIV-2というサブタイプがあることが知られている。HIV-2の塩基配列はサル免疫不全ウイルス(simian immunodeficiency virus:SIV)に近く,人畜共通感染症の可能性がある。HIV-2感染の臨床症状は,HIV-1感染のそれより軽症なことが多い。本稿で扱うHIVは主にHIV-1である。

 AIDSは1981年にアメリカで初めて報告された。初期には男性同性愛者に,次いで静注麻薬常用者,血友病患者などに発病が広がり,これらは本症のハイリスク群とされた。その病原体であるHIV-1の同定は,1983~1984年にかけてフランス・パスツール研究所のモンタニエと,米国National Institute of Healthのガロによってなされた。AIDSの流行は1980年代から短期間のうちに全世界に波及して,汎流行した。

 HIV感染による免疫不全が高度になると,結核やニューモシスチス・カリニ肺炎などの日和見感染症が合併する。近年,AIDS患者のカポジ肉腫は,ヘルペス8型ウイルスの感染が示唆されている。さらに,AIDS認知症症候群(AIDS dementia complex:ADC)のような精神神経症状のように,AIDSは多彩な症候を呈することも知られている。ほかにHIV遠位感覚優位多発ニューロパチー(HIV distal sensory polyneuropathy:DSPN),HIV空胞ミエロパチー(HIV vacuolar myelopathy)を合併することもあり,そのほか日和見感染症であるトキソプラズマ症,クリプトコッカス髄膜炎,サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)感染症,進行性多巣性白質脳症(progressive multifocal leukoencephalopathy:PML)や,脳原発悪性リンパ腫,脳血管障害などの合併も知られるようになった。これらHIV感染症患者は50%以上が罹患中に神経系の障害をきたすといわれ,神経合併症の多くは,HIV感染の進行したAIDSの時期に発症する。

 1996年にHIVに対して有効な多剤併用療法が導入されて以来,全身性日和見感染症と同様にHIV脳症などの神経合併症の発症頻度も著明に減少しているが,逆にやや軽症の神経認知機能障害を有する患者が高率に存在していることが指摘されてきている。本稿では,これらHIV感染に伴う神経合併症について解説する。

iPS細胞を用いた高齢発症神経変性疾患研究の可能性

著者: 伊東大介 ,   八木拓也 ,   鈴木則宏

ページ範囲:P.283 - P.288

はじめに

 世界保健機関は,世界の認知症の患者は先進国だけでなく途上国でも増加が進み2050年までに現在の3倍,1億1,540万人に達すると報告している。認知症をはじめとする神経変性疾患の医療と福祉は,わが国のみならず世界的な課題になりつつある。

 分子生物学の発展により,アルツハイマー病,パーキンソン病,筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)の病態解明にはある一定の進展がみられているが,その一方,根本治療の開発は厳しい状況であり,いずれの疾患も依然として難治性疾患である。疾患の病態解明,治療法開発には,患者自身の障害組織を用いた研究が最も望ましいが,神経疾患の場合,侵襲性の高い脳生検は施行するのが難しく,死後変性に脆弱な神経系の剖検から生化学・分子生物学的研究に適した組織を得ることは困難であった。

 2006年,Takahashiら1,2)は線維芽細胞を用いて,ES細胞に匹敵する多分化能を有するiPS(induced pluripotent stem)細胞の樹立に成功した。この技法を応用して患者由来iPS細胞を樹立することができれば,その多能性をもとに,疾患に関連した臓器を含む種々の組織を誘導することができる3)。したがって,生体からは入手困難である中枢神経系組織の作製も可能となり,従来にない観点からの疾患研究や創薬が期待される(Fig.1)。本稿では,神経変性疾患におけるiPS細胞研究の現状を概説し,病態研究,創薬への可能性について論じる。

線条体を含む脳卒中後の中脳黒質二次変性

著者: 大江康子 ,   林健 ,   内野晃 ,   棚橋紀夫

ページ範囲:P.289 - P.295

はじめに

 動物実験において,脳の一部を破壊するとその部位と神経線維連絡を持った遠隔部が二次的に変性することは古くから知られている。ヒトにおいては,大脳運動皮質障害時の錐体路ワーラー変性1,2),橋梗塞に伴う中小脳脚ワーラー変性3),小脳歯状核を占める病変に伴う下オリーブ核仮性肥大4-6),中大脳動脈領域の梗塞に伴う視床変性7,8),海馬や脳弓の病変に伴う乳頭体萎縮9)などがそれである。近年MRI(magnetic resonance imaging)の普及によって正確にこの二次変性が捉えられるようになり新たに注目されている10)

 線条体を含む中大脳動脈領域の脳血管障害亜急性期に黒質に二次変性が生じることが知られており,MRI検査で一過性の異常信号として認められる。これは,一過性対側パーキンソニズムなどの症状の原因となるのみでなく,新たな病変の出現と誤認されることもあるなど臨床的に重要な現象である11,12)。本稿では線条体を含む脳血管障害の亜急性期に認められる同側黒質二次変性について疫学から分子機序まで広く概説する。

お知らせ

第16回日本薬物脳波学会 フリーアクセス

ページ範囲:P.282 - P.282

会 期 2013年7月12日(金)~13日(土)

会 場 リゾートホテル ラフォーレ那須〔栃木県那須郡那須町湯本206-959〕

第48・49回 筋病理セミナー フリーアクセス

ページ範囲:P.282 - P.282

共  催 (独)国立精神・神経医療研究センター,精神・神経科学振興財団

趣  旨 2013年度の筋病理セミナーを下記の要領で開催します。本セミナーでは,講義と実習を通して筋病理学の基本と代表的な筋疾患の概要を学ぶことができます。

会  期 第48回 2013年7月22日(月)~26日(金)

     第49回 2013年8月26日(月)~30日(金)

会  場 (独)国立精神・神経医療研究センター トランスレーショナル・メディカルセンター(TMC)棟

神経画像アトラス

低血糖症により右片麻痺を呈した1例

著者: 谷口昌光 ,   谷口央

ページ範囲:P.298 - P.299

〈症 例〉 82歳,女性

 主 訴 意識障害

 既往歴 糖尿病,高血圧症

海綿静脈洞内に空気像を認めた眼窩部外傷の1例

著者: 榊原史啓 ,   竹内誠 ,   長田秀夫 ,   大谷直樹 ,   和田孝次郎 ,   長谷公洋 ,   森健太郎

ページ範囲:P.300 - P.301

〈症 例〉 29歳,男性

 主 訴 顔面外傷,右視力低下

 現病歴 自転車走行中に転倒し受傷,数分間の意識消失があったため当院へ救急搬送された。

ポートレイト

チャールズ・デビッド・マースデン―生理学的基礎知識に基づいた優れた臨床神経学者

著者: 宇川義一

ページ範囲:P.303 - P.307

はじめに

 今回,マースデン教授(Charles David Marsden;1938-1998)を紹介する依頼をいただいた。私は彼に憧れて,彼の研究室に留学したが,主に彼の下にいたロスウェル教授(John C. Rothwell)とともに研究をしたので,マースデン教授と個人的に話した機会が多くあったわけではない。しかし,彼自身から得たもの,また,ロスウェル教授を通してマースデン教授から得たものが多くある。今回は,マースデン教授を紹介するとともに,私の個人的な経験を交えながら,彼の残した研究の意義を述べる。

学会印象記

18th Annual Meeting of the Organization for Human Brain Mapping(2012年6月10~14日,北京)

著者: 北城圭一

ページ範囲:P.308 - P.309

 2012年6月10~14日に中国の北京で開かれたThe 18th Annual Meeting of the Organization for Human Brain Mapping(OHBM2012)に参加した。この学会はヒトの脳活動イメージングに関する国際学会で,近年は2,500~3,000人の参加者があり,毎年開催されている。イメージング手法としては,機能的MRI研究が中心であるが,脳波(EEG),経頭蓋磁気刺激(transcranial magnetic stimulation:TMS)を用いた研究,さらには脳磁図(MEG),近赤外分光法(NIRS),分子イメージング,PETまで幅広い手法の研究が発表される。今回も数多くの参加者が世界各地から来ており,私自身は2009年のサンフランシスコでの大会以来3年ぶりの参加となった。

 私にとって北京訪問は初めてであったが,町並みが前の年にSociety for Neuroscienceで訪問したワシントンDCと似ているように感じた。東京や日本の都市に比べて,建物や町の区画が巨大,威圧的で,大国の首都という点で何か共通点があるのかもしれない。学会会場は,北京オリンピックのメインスタジアム,通称「鳥の巣」(写真1)のすぐ隣のChina National Convention Center(CNCC,写真2)であった。ここは北京の中心部からやや離れた郊外に位置する。初夏の訪問で天気がよく気持ちがよかった。ただ学会会場はこのように郊外にあるためか滞在中はあまり気づかなかったが,北京在住の研究者と話したところ,大気汚染の問題は日常的に非常に深刻だそうである。実際周囲の車の交通量は非常に多く,市内中心部を通った際には何度かひどい渋滞に巻き込まれた。

第8回世界脳卒中学会(2012年10月10~13日,ブラジリア)

著者: 長尾毅彦

ページ範囲:P.310 - P.311

 2012年10月10~13日にブラジルの首都ブラジリアで行われた,第8回世界脳卒中学会(8th World Stroke Congress:WSC)に遠路参加してきました。その珍道中をお話ししたいと思います。

 ブラジルは日本との時差が12時間の南半球の国ですから,まさに地球の真裏にあたります。現在日本からの直行フライトはありませんので,北米経由または欧州経由で空路を確保することになります。最近の米国の空港警備の厳しさから私は欧州経由を選びましたが,やはり利便性から北米経由で来られた先生が多かったようです。どちらを選択するにしても,サンパウロかリオデジャネイロからさらに国内線に乗り換えてブラジリアに向かいますので,フライトの合計は待ち時間を入れて30時間以上,自宅のドアからホテルのドアまで47時間かかりました。時差12時間の威力は滞在中徐々に増し,昼夜逆転の入院患者さんの気分がわかったような気もしました。

連載 神経学を作った100冊(75)

エコノモ『嗜眠性脳炎――その後遺症と治療』(1929)

著者: 作田学

ページ範囲:P.312 - P.313

 エコノモ(Constantin Alexander Economo Freiherr von San Serff;1876-1931)は現在のルーマニアのブライラでギリシャ人の両親の間に生まれた。彼は中世からオーストリア帝国領(現・イタリア領)であったトリエステで幼少期を過ごし,その後ウィーンに出て,1901年にウィーン大学医学部を卒業した。

 卒業後,ウィーン大学病院のノートナーゲル(Carl Wilhelm Hermann Nothnagel;1841-1905),パリの精神医学者マニャン(Valentin Magnan;1835-1916),神経学者ピエール・マリー(Pierre Marie;1853-1940),ストラスブールのベーテ(Albrecht Julius Theodor Bethe;1872-1954),ミュンヘンのクレペリン(Emil Kraepelin;1856-1926)を含む12人ほどの学者の下で学び,1906年にワグナー・ヤウレック(Julius Wagner Ritter von Jauregg:1919年にJulius Wagner-Jaureggに改名;1857-1940)の精神医学教室の助手として戻った。その後の一生をウィーン大学で過ごすことになる。ちなみにワグナー・ヤウレックは進行麻痺のマラリアによる発熱療法で1927年にノーベル医学賞を授与されている。

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次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.246 - P.246

投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.314 - P.315

あとがき フリーアクセス

著者: 三村將

ページ範囲:P.316 - P.316

 「ヒトの心のはたらきは遺伝子の産物である。」はたしてこの命題は真か偽か。今日の神経科学においても,また本誌の読者にとっても,最大の関心事ともいえるこの問題について,慶應義塾大学文学部教授で教育心理学,行動遺伝学がご専門の安藤寿康先生が少し前の『三田評論』で改めて問うている(『三田評論』2011年7月号82頁「執筆ノート『遺伝マインド―遺伝子が織り成す行動と文化』」)。確かに安藤先生が言われるとおり,「生命活動は遺伝子の産物である」という命題,そして「ヒトの心のはたらきは生命活動の一部である」という命題を否定する人はほとんどいないであろう。しかし,この2つの命題から三段論法で導き出される「ヒトの心のはたらきは遺伝子の産物である」という命題には,正面切って否定できる人も少ないと思われる一方,あまりにも単純化した極端な意見には異論を唱える人も多いだろう。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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