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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩65巻6号

2013年06月発行

雑誌目次

特集 見せる・仕分ける―脳機能解析の新手法

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ページ範囲:P.607 - P.607

特集の意図

 脳をいかに計測するか。神経科学の発展は脳解析手法の発展といっても過言ではない。本特集では,いま最も応用が期待されている6つの解析手法を取り上げた。どの項目も方法の紹介だけではなくその手法を用いて何ができるのかについても解説をお願いした。原理と応用2つの側面から新しい技術に触れることで,より深い理解が得られることを期待する。

マウスの心の光操作―脳細胞活動と心の機能の因果関係を探る

著者: 松井広

ページ範囲:P.609 - P.621

はじめに

 すべての科学は,まず計測から始まる。計測の対象が星の動きなら天文学なのだろうし,人間の集団の織り成すさまざまな活動なら社会科学なのであろう。脳科学も多分に漏れず,計測の技術を通して発展してきた。

 19世紀初頭,ウィーンのガル(Franz Joseph Gall;1758-1828)は,心の場所を心臓から頭蓋骨の中に移動させ,精神機能の差はそのまま頭蓋骨の凹凸に現れると考えて,骨相学を提唱した。当時のキリスト教の教義に反していたにもかかわらず,神によってつくられたはずの心が,脳という物質の中に存在すると考えたことは,斬新であった。ガルは頭蓋骨の精密な計測を行い,真剣に,精神機能の優劣と頭蓋骨の形の間に相関関係を見出そうとしたのである。

 骨相学自体は似非科学であり,また,その後,人種差別や優生学に利用されたという歴史もある。しかし,アプローチとしては今日の脳科学に通じるものがある。fMRIで計測される局所的な脳活動が,どのような脳機能と関わっているのかを探るのと,アプローチの構造としては同じだからである。

 今日の実験科学は,相関研究にとどまらず,さらにもう一歩先に進む。計測をしている系に何らかの操作を加えて,それに対する反応を計測するのである。fMRIの例なら,被験者に何らかの学習課題などを負荷し,そのときの脳活動の反応をみる,という方法である。しかし,この研究も厳密な意味で言えば,相関研究の域を出ていない。脳活動のほうを人為的に操作したときに,どういった精神状態が生まれるのか。この因果関係を調べて初めて,脳と心の関係を理解できるようになるのではないだろうか。

 1930年頃,カナダの脳神経外科医のペンフィールド(Wilder Graves Penfield;1891-1976)は,てんかん治療のために行われる開頭手術の際に,大脳皮質を電極で刺激し,それによって生じる体性感覚や運動の研究を始めた。また1980年代に開発された,経頭蓋磁気刺激法という手法では,頭蓋骨や脳組織を傷つけずに非侵襲的に脳内活動を刺激する。この方法は,8の字型に巻いたコイルに急激に電流を流すことで,急峻な磁場の変化を生み出し,電磁誘導の法則に従って脳組織内に弱い電流を発生させ,これによって脳内神経細胞の活動を誘起させる。

 このような方法によって,脳活動から脳機能へと向かう因果関係を調べる研究が進められているが,これらの方法には刺激の選択性がないという欠点がある。先端のとがった電極を用いた電気刺激の方法でさえ,電極近辺のさまざまな種類の細胞を刺激してしまい,どの細胞の状態の変化によって効果が出てきたのか,実は明らかにできない。電極先端がいかに局所といえども,そこには興奮性神経や抑制性神経が複雑に絡み合い,加えて脳を構成するもう1つの細胞集団,グリア細胞も含めれば,幾種もの細胞が隙間なく敷き詰められているからである。

 そこで,遺伝子工学的技術を駆使して動物の特定の細胞に光感受性分子チャネルロドプシン2(channelrhodopsin-2:ChR2)を発現させ,脳に光を当てて,その特定の細胞だけを興奮させる手法が開発された。これによって初めて,どの細胞がどのような心の機能に関わっているのかを直接対応づけて解明することが可能になったのである。多数の楽団員が集い,それぞれが別々の音を奏でながらも,全体としては調和した美しい音楽を作り出すオーケストラのように,われわれの身体を構成する無数の細胞も,バラバラにならずに連携し合うことで,1つの個体としての整合性を保っている。その中の特定の細胞の活動を自在に操ることを可能にしたのが,光操作法である。光操作法を用いて細胞間の生来の連携の一部を乱してやり,それによって生じる不協和音を解読することで,そもそもの生命の調和・調律のしくみを解明することに,筆者らは挑戦している。

慢性疼痛マウスの大脳皮質一次体性感覚野における神経回路再編―生体イメージングによる解析

著者: 江藤圭 ,   石川拓也 ,   ,   鍋倉淳一

ページ範囲:P.623 - P.633

はじめに

 痛みは,正常時には危険を知らせる重要なシグナルである。しかし,傷害や炎症などによって生じる慢性的に持続する痛みは慢性疼痛と呼ばれ,正常時のような重要な役割を果たさない病的な状態である。この状態において,痛みは正常時よりも増強され(痛覚過敏),また,触刺激のような普通では痛みを感じない刺激によって痛みを感じるようになる(痛覚過敏)1)。このような症状が生じるメカニズムは,神経因性疼痛モデル2)や炎症性疼痛モデル3)など,さまざまな慢性疼痛モデル動物を用いた実験によって調べられている。

 慢性疼痛の原因は痛み情報を処理する痛み伝導路の異常にあると考えられており,伝導経路である脊髄,および大脳皮質における慢性疼痛の研究が盛んに行われている4)。脊髄に関する研究により,慢性疼痛時に脊髄後角神経細胞の過剰な活動亢進5)やグリア細胞の活性化6),抑制性神経伝達異常など7),さまざまな異常が起きることが明らかにされた。

 一方,痛み情報の最終的な処理領域である大脳皮質においては,ヒトや慢性疼痛モデル動物でPET(positron emission tomography)や機能的核磁気共鳴画像(functional magnetic resonance imaging:fMRI)などのイメージング技術を用いた研究が行われ,一次体性感覚野(primary somatosensory cortex:S1)や前帯状回(anterior cingulate cortex:ACC)などの正常時に侵害刺激によって活性化される複数の脳領域の活動が慢性疼痛時には亢進することが明らかにされた8,9)。さらに,活動だけでなく,皮質構造も変化することから10,11),単一の脳領域のみならず,複数の脳領域間の相互作用も慢性疼痛処理に関与する可能性が示唆されている。痛み関連領域の1つであるS1は正常時においては痛みの強度と部位を認識するために重要であり12),慢性疼痛時においても痛みの認知に重要な役割を果たしている8)。しかし,fMRIやPETを用いたこれまでの実験では,脳全体の活動を計測することは可能だが,時間分解能や空間分解能の問題により,個々の領域を構成する細胞群のシナプス形態や細胞活動についてはわからなかった。

 近年,開発された二光子レーザー顕微鏡は,fMRIやPETの時空間分解能の欠点を補うレーザー顕微鏡であり13),微細構造である神経シナプス構造の可視化ができるのみならず,in vivoカルシウムイメージング法を用いることで,生きた動物の脳を構成する神経細胞とアストロサイトの活動を単一細胞レベルの解像度で,かつfMRIやPETよりも高い時間分解能で観察することが可能となった14)

 そこで,本稿ではこの二光子レーザー顕微鏡を用いたシナプス構造観察,in vivoカルシウムイメージングを用いて得られた慢性疼痛時のS1に関する知見について紹介する。

ウイルスベクターを用いた遺伝子導入による特定神経回路の除去―イムノトキシン神経路標的法による霊長類の大脳基底核機能解析

著者: 高田昌彦

ページ範囲:P.635 - P.642

はじめに

 ヒトやサルの脳は,1,000億を超える神経細胞が複雑に絡み合った回路を形成し,高度な認知機能や精神活動を生み出している。すなわち,さまざまな高次脳機能やその障害を引き起こす精神・神経疾患の病態を解明するためには,脳の構造と機能を神経回路レベルで理解することが本質的である。また,精神・神経疾患の効果的な治療法を確立するためにも,疾患の病態を引き起こす責任ニューロンとそれらで形成される神経回路に対するアプローチが欠かせない。例えば,パーキンソン病などの神経疾患の遺伝子治療を適切に行うためには,複雑な神経回路の中から疾患の病態に関係した特定の回路を同定し,それを標的(ターゲット)にする必要がある。しかしながら,特定の神経回路に外来遺伝子を導入することはこれまで困難であった。

 そこで,筆者らの研究グループでは,サル脳への遺伝子導入に適したウイルスベクターの開発,ターゲット領域へのベクター注入法の確立,さらに,それらを応用したサル脳への遺伝子導入実験に精力的に取り組んできた。すなわち,目的に合わせて作製したウイルスベクターをサルの脳内に微量注入することによって,部位特異的かつ時間特異的に外来遺伝子を導入したモデル動物を開発し,高次脳機能の解明と精神・神経疾患の克服を目指した研究が可能になる。

 本稿では,遺伝子発現の特異性に基づいて特定の神経回路を形成するニューロンを選択的に除去する技術である,イムノトキシン神経路標的法について概説するとともに,これを利用して霊長類の大脳基底核機能の一端を明らかにした最近の研究成果を紹介する。

マカクザル大脳皮質高次視覚野における物体カテゴリー情報の分散表現と解読

著者: 宮川尚久 ,   長谷川功

ページ範囲:P.643 - P.650

はじめに

 ブレイン・マシン・インターフェース(brain machine interface:BMI),あるいはブレイン・コンピュータ・インターフェース(brain computer interface:BCI)とは,脳の活動を計測して機械やコンピュータに送り,そこから有用な情報を読み出して使用する技術である。その応用の取り組みは,四肢などの運動器に損傷がある患者の脳や脊髄から運動意図に関連した神経信号を読み出し車椅子やロボットアームなどの機械を動かす,「運動出力型BMI」で最も盛んに行われている。しかし,筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)や「閉じ込め症候群」などさらに重度の運動麻痺を持つ患者は,介護者との日々の意思疎通にすら困難をきたすケースが少なくない。

 筆者らは,こうした重症患者が視野の中で注意を向けた対象物の情報や,頭に思い浮かべたイメージの情報などを読み取り,他者(例えば介護者)に伝えるBMI/BCIの開発を研究の最終目標としている(Fig.1)。本稿ではその第一段階として筆者らが行った,神経の電気的活動を低侵襲的に記録できる皮質脳波記録法(electrocorticogram:ECoG)を用いて視覚入力のカテゴリー情報を読み出す研究を紹介する。

グルタミン酸による非シナプス性伝達の可視化解析

著者: 大久保洋平

ページ範囲:P.651 - P.658

はじめに

 グルタミン酸は脳における代表的な興奮性神経伝達物質である。従来からの考え方では,前シナプス終末から放出されたグルタミン酸は,シナプス間隙の中に限局して「点と点」のシナプス伝達,すなわちwired trasmissionを担うものとされてきた。実際,多くのグルタミン酸作動性シナプスは,グリア細胞であるアストロサイトの突起が緊密に巻き付くという特徴的な構造を示す1)。さらにアストロサイトには,グルタミン酸の再取り込みを担うトランスポーターが豊富に発現している2)。以上の特徴により,グルタミン酸のシナプスからの漏れ出しが厳密に防がれているようにみえる。よってモノアミン伝達物質でみられるような,伝達物質がシナプスの外側に広く拡散することで行われる非シナプス性伝達,すなわちvolume transmissionは起こらないと考えられたわけである。

 しかしながら,グルタミン酸がシナプス間隙から漏れ出し,シナプス外領域に存在するグルタミン酸受容体を活性化することで,さまざまな脳機能に関与することを示唆する知見が多数存在する。このグルタミン酸によるvolume transmissionは「グルタミン酸スピルオーバー」と呼ばれる。本稿では,まずグルタミン酸スピルオーバーが担う機能を簡単に解説し,続いて蛍光イメージング法を用いた可視化解析について筆者らの取り組みを紹介する。

神経画像のネットワーク解析

著者: 平野成樹 ,   山田真希子

ページ範囲:P.659 - P.667

はじめに

 ネットワークとは,有限数の節(node)と関連(link)とでなる複雑系の数学的表現型であり,現実世界においては生態系や社会システム,そして神経系などがネットワークとしてかたどることができる1)。脳神経・精神疾患は神経脱落,異常蛋白蓄積,神経伝達物質異常,生理学的異常など,それぞれの疾患に特異的な神経ネットワークの異常から説明できる可能性がある。神経ネットワークの大きさは幅広く,小さいものではニューロンやシナプスなどの顕微鏡的微細構造から解剖学的脳領域同士の肉眼的構造まで存在する。神経ネットワークとしては,神経細胞同士の軸索を通じた物理的結合や,生理学的相互同期などの機能連関,病理学的に協働して変化するシステムなどが存在する。

 このような複雑な神経ネットワークを解明していくには,脳をマクロシステムとしてみた多変量解析法が有用な方法である。また,健常と疾患を比較したり,遺伝子型による差異や薬物による影響を観察したりすることによって,それぞれ疾患・遺伝子・薬物が脳にどう影響を与えるか知ることができ,また観察されたネットワークが他のどのネットワークと類似しているのかを比較検討することによって,疾患病態をより深く理解できる。画像研究には病理学的知見の裏づけが重要であるが,脳機能画像研究の利点として,病理学的研究に比べ容易にin vivoで脳機能を観察できるため症候との関連や縦断的研究が可能なばかりでなく,全脳を隈なく探索することや,解剖学的異常を認めなくとも機能的変化を捉えることが可能であることなどが挙げられる。

 本稿ではまず総論として神経機能画像のネットワーク解析法について解説し,次にパーキンソン病を疾患モデルとして,安静時糖代謝ポジトロン断層法(positron emission tomography:PET)を用いた多変量解析法による病態研究を述べ,最後に安静時における機能的磁気共鳴画像法(functional magnetic resonance imaging:fMRI)を用いたネットワーク解析について概説する。

書評

「〈アクチュアル脳・神経疾患の臨床〉小脳と運動失調 小脳はなにをしているのか」―西澤正豊●専門編集 辻 省次●総編集 フリーアクセス

著者: 金澤一郎

ページ範囲:P.668 - P.668

 「小脳はなにをしているのか」という問いに,現在のわが国の英知を結集して挑戦したのが本書である。専門編者である西澤正豊先生が序で書かれたように,わが国には伊藤正男先生という小脳の基礎研究の巨人と,脊髄小脳変性症(SCD)の運動失調に対する治療薬のTRHを世に出された祖父江逸郎先生という小脳疾患研究の巨人がおられる。このことが日本での小脳機能あるいは小脳疾患への関心を高めてきた。その表れが厚生労働省の「運動失調症調査研究班」であり,昭和50年に始まった後,現在までに挙げた功績は数限りない。特に疫学的研究と脊髄小脳変性症各病型の病因遺伝子に関する業績は世界に誇るべきものである。

「神経内科の外来診療 医師と患者のクロストーク・第3版」―北野邦孝●著 フリーアクセス

著者: 桑原聡

ページ範囲:P.678 - P.678

 神経疾患の研究は1990年以後,分子遺伝学・生物学の時代に入り飛躍的に発展を遂げ,現在は分子標的治療,細胞治療の臨床応用が始まる直前の段階にきている。神経内科の臨床においても,各種疾患における診断・治療に関する膨大なエビデンスに基づき多くのガイドラインが構築されつつある。しかし,一線の神経疾患外来診療において最も重要なものは病歴に基づく適切な診断と治療に向けたオリエンテーションであり,これは普遍的であり今後も確固として変わらない。

 北野邦孝先生による『神経内科の外来診療――医師と患者のクロストーク』は初版が2000年に出版されて大きな反響を呼んだ。わが国では先駆的であった神経内科専門クリニックからの非常に実践的な経験や哲学を含んだ内容に,多くの神経内科医は感動を覚えたものである。このたび第3版を迎えた本書では,さらにバージョンアップした神経内科外来診療におけるコンセプトが見事にまとめられている。

お知らせ

第32回 the Mt Fuji Workshop on CVD フリーアクセス

ページ範囲:P.670 - P.670

開催日 2013年8月31日(土)

会場 江陽グランドホテル(宮城県仙台市青葉区本町2-3-1)

第43回新潟神経学夏期セミナー フリーアクセス

ページ範囲:P.692 - P.692

会 期 2013年7月25日(木)~27日(土)

場 所 新潟大学脳研究所 統合脳機能研究センター(6F)セミナーホール

第5回ISMSJ(日本臨床睡眠医学会)学術集会 フリーアクセス

ページ範囲:P.717 - P.717

会 期 2013年8月2日(金)~4日(日)

会 場 神戸ファッションマート(神戸市六甲アイランド)

総説

盲視の神経機構

著者: 吉田正俊

ページ範囲:P.671 - P.677

はじめに――盲視とはなにか

 片側の第一次視覚野(V1)全体が損傷すると,左右の眼ともに右半分の視野が見えなくなる,つまり同名性半盲となる。同名性半盲の患者に視覚刺激が損傷視野の上下のどちらにあるかを二者択一で答えてもらったら正答率は50%になるはずである。ところが一部の患者では,このような質問に対して,当て推量による偶然よりも高い正答率で答えることができる。これを盲視という1)。盲視という現象は,V1損傷後でも意識下で視覚情報を処理する経路が残存していることを示唆している。

マカクザルを用いた社会脳研究の最近の進歩

著者: 磯田昌岐

ページ範囲:P.679 - P.686

はじめに

 われわれ霊長類は,なぜこれほど大きな脳を持つにいたったのか。この素朴な疑問に対し,複雑化する社会での生存に必要な適応知性こそが脳の進化の選択圧であったと説いたのはBayrneとWhitenであり(machiavellian intelligence hypothesis)1),Dunbarであった(social brain hypothesis)2)

 実際に,類人猿やマカクザルの大脳新皮質の相対重量は,集団サイズなど,社会構造の複雑さの指標と相関することが知られている3)。特に,マカクザルでは側頭葉,扁桃体,前頭前皮質などの灰白質容積が4),ヒトでは扁桃体の容積が5),集団サイズと比例して増大する。複雑で不確実な社会を生き抜くためには,社会的価値の高い情報を獲得し,他者の表情や行為の観察から彼らの感情や意図を推測し,自らの感情や行動を社会状況に適するように制御するなど,さまざまな能力が求められる。このような社会適応能力の獲得や巧妙化と関連し,脳は次第に増大していったのかもしれない。

 近年,いわゆる社会脳研究が急成長を遂げた。その背景として,従来の社会心理学研究や比較認知科学研究と,非侵襲的脳機能画像を中心とする神経科学研究が融合し,社会的脳機能に関する分野横断的な研究が行われるようになったことが挙げられる。また,特にこの数年で,霊長類,特にマカクザルを使ったシステム生理学的研究の中から,社会的脳機能の解明を目指すものが現れるようになった。社会的認知機能の神経機構を単一神経細胞レベルで解明することも夢ではなくなりつつある。

 本稿では,マカクザルを対象として行われた電気生理学的研究と脳機能画像研究を中心に,社会脳研究の最新の成果を概説する。

原著

アンケート調査に基づいたパーキンソン病患者の骨折危険因子の検討

著者: 深田慶 ,   横江勝 ,   狭間敬憲 ,   山本洋一 ,   望月秀樹 ,   佐古田三郎

ページ範囲:P.687 - P.692

はじめに

 パーキンソン病患者は骨折リスクが高く1,2),その予防は非常に重要である。パーキンソン病患者と骨粗鬆症,転倒の危険因子など骨折との間接的な関連についての検討は散見されるが3-14),骨折の直接の危険因子についてはあまり検討されていない15-17)。本研究では骨折危険因子に関するアンケート調査を行い,特定疾患申請のために作成した臨床調査個人票の項目と併せてパーキンソン病患者の骨折の危険因子を検討した。

症例報告

MRIで髄膜造影を呈し脳生検で診断した脳アミロイドβ関連血管炎の1例

著者: 小池佑佳 ,   大内東香 ,   佐藤朋江 ,   新保淳輔 ,   佐藤晶 ,   佐々木修 ,   渋谷宏行 ,   岡本浩一郎 ,   柿田明美 ,   五十嵐修一

ページ範囲:P.693 - P.697

はじめに

 原発性中枢神経系血管炎[primary angiitis of the central nervous system(CNS):PACNS]は全身の血管炎を伴わずに,中枢神経系の中小血管に炎症をきたす原因不明の疾患である。臨床症状は極めてバリエーションに富み,多巣性の症候と階段状の症状進行を示す。脳生検を行い,病理組織学的に血管周囲リンパ球浸潤,肉芽腫性変化や血管壁のフィブリノイド壊死所見が得られれば診断できるが,剖検によってはじめて診断されることも多い1)

 近年,PACNSの一部の症例では中枢神経系の血管壁にアミロイドβの沈着がみられ,アミロイドβに対する免疫反応が惹起されることによって肉芽腫性変化を伴う血管炎を生じている可能性が示唆され,アミロイドβ関連血管炎(amyloid β-related angiitis:ABRA)の疾患概念が確立しつつある2)。今回,頭部MRIで髄膜造影効果を呈したものの,臨床所見や各種検査所見からは疾患特異的異常が得られず,脳生検によりくも膜下腔の血管にアミロイドβの沈着を伴う血管炎や肉芽腫性変化を認め,ABRAと診断した1例を経験したので報告する。

Neurological CPC

進行性構音障害を呈した71歳男性例

著者: 小野内健司 ,   福田隆浩 ,   秋山治彦 ,   鈴木正彦 ,   横地正之 ,   河村満 ,   後藤淳 ,   織茂智之 ,   藤ヶ﨑純子 ,   星野晴彦

ページ範囲:P.699 - P.709

症例提示

司会(鈴木) 本例は全経過2年8カ月と進行が比較的速いことが特徴かと思いますが,小野内先生,よろしくお願いします。

臨床医(小野内) 死亡時71歳の男性です。最初の主訴は,「声が出しにくい,笑ってしまう」ということでした。現病歴ですが,2008年12月(69歳時),声が出しにくくなり,会話がしにくくなりました。近医の耳鼻科を受診しましたが,異常なしと言われました。飲み込みづらさなどはありませんでした。

現代神経科学の源流・2

ジョン・C・エックルス【中編】

著者: 伊藤正男 ,   酒井邦嘉 ,   菊池雷太

ページ範囲:P.711 - P.717

エックルスはお父さんタイプ

酒井 エックルス先生のお人柄は,いかがでしたか。かなり厳しい先生でしたか。

伊藤 厳しいというか,お父さんタイプだね。「お父さん」という感じのする珍しい人ですね。

連載 神経学を作った100冊(78)

ベルガー「人間の脳波」(1938)

著者: 作田学

ページ範囲:P.718 - P.719

 ベルガー(Hans Berger;1873-1941)の興味の中心は,心理状態,例えば,注意,情動あるいは感覚刺激を客観的なデータから捉えられるのではないか,というテーマであった。この目的で,彼はまず脳の容積変動測定(プレチスモグラフィー)を考えた。脳手術で頭蓋骨をはずした患者を使い,脈拍の変動をみたが,結果に失望し,次いで感覚誘発電位の研究に入った。動物実験を8年間行ったが,当時の実験設備ではデータが得られず,これも諦めることとなった。そして,次に行ったのが,脳の温度変化の測定であった。心理学的な刺激を与え,温度の変化をみるというものであったが,これも複雑な心理機構を反映させることは叶わなかった。そして,第一次世界大戦が彼の研究を中断させた1)

 戦後,脳の電気活動を記録しようと試み1920年に1人の医学生の頭皮に電極を付け,小さなエデルマン弦線検流計を用いたが,何も記録することはできなかった。しかし,その後も試行錯誤を続け,1924年7月6日に17歳の脳腫瘍患者に,開頭後,電極を挿入し,初めて彼のいう「脳波」を記録することができた。彼は電位を最大で0.1~0.2mVと考えていた。その後,ありとあらゆるアーチファクトの可能性を検討した末に,この「脳波」がアーチファクトではなく,実際の脳波の記録であることを確信して,1929年に初めて報告を行った2)

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次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.621 - P.621

投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.720 - P.721

あとがき フリーアクセス

著者: 泰羅雅登

ページ範囲:P.722 - P.722

 「思えば遠くにきたもんだ」。自分が大学院で研究を始めた頃は,ユニット(活動電位)の細胞外記録,細胞内記録,HRP注入が最新鋭の研究方法だった。今では当たり前にできるpretriggerによる加算平均も三栄の7T07シグナルプロセッサーにカセットテープからプログラムを読み込ませてやっとできた時代だった。霊長類研究所や東京都神経科学総合研究所のような最先端の研究室を除けばコンピュータなどはなく,記録はティアックのオープンリールのテープレコーダーに記録して,翌日,ソニーテクトロのオシロで再生し,光電の連続撮影装置でフィルム撮りが基本的なやり方だった。フィルム(or紙フィルム)は当然自分で現像。図はフィルムから印画紙に焼いて(蔽い焼きなどなど),切ってレイアウト用紙に貼り付けて,文字入れはレタリング。スライドはこのつくった図をカメラで撮影。大変だったのは大変だったが,できることは決まっているので,なんでもコンピュータでできる現代のほうが作業量は格段に増えているようにも思う。書き出すときりがないので,このあたりの昔話は,そのうち「一枚のスライド」の中でどなたかに話していただこうと思う。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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