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雑誌目次

論文

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩66巻12号

2014年12月発行

雑誌目次

特集 Orthopaedic Neurology—神経内科と整形外科の狭間で

ページ範囲:P.1419 - P.1419

特集の意図

神経内科も整形外科もともに,四肢のしびれ,痛み,筋力低下など共通する症状を日常的に診察している診療科である。しかし,お互いを理解する機会は決して多くなく,腕神経叢の障害や絞扼性ニューロパチーなどは,両科の狭間に埋もれがちである。最近,両科の理解を深めようという気運が高まりつつあり,本特集も整形外科的神経疾患に関する神経内科医の関心をさらに深めてもらうことをねらいとした。

神経痛性筋萎縮症

著者: 福島和広 ,   池田修一

ページ範囲:P.1421 - P.1428

神経痛性筋萎縮症は片側上肢の神経痛で発症し,疼痛の軽快後に肩甲上腕部を中心とした限局性筋萎縮を生じる疾患である。腕神経叢上部とその近傍を首座とする特発性末梢神経障害と考えられており,感染や外傷,労作,遺伝性素因などの誘因が知られる。典型例のほかに,遠位筋優位例や前骨間・後骨間神経麻痺,腰仙神経叢障害など,多様な臨床亜型が知られる。運動機能予後は必ずしも良好ではないが,治療法は確立されていない。

胸郭出口症候群

著者: 園生雅弘

ページ範囲:P.1429 - P.1439

神経性の胸郭出口症候群のうち,疾患概念が確立されているのは真の神経性胸郭出口症候群(TN-TOS)のみである。下部腕神経叢(T1>C8根,ないし下神経幹)が下方からの圧迫によって障害を受ける。母指球優位の固有手筋,T1支配の指屈筋の筋萎縮・筋力低下の運動障害を主徴とし,痛み・感覚障害は通常より軽度,ないし稀には欠如する。従来の古典的概念の胸郭出口症候群は,非特異的胸郭出口症候群と呼ばれ,その概念・存在に疑問が呈されている。

特発性前骨間神経麻痺と特発性後骨間神経麻痺の病態解明と治療方針確立の試み—神経痛性筋萎縮症として保存的に治療すべきか否か

著者: 越智健介 ,   加藤博之

ページ範囲:P.1441 - P.1452

特発性前骨間神経麻痺と特発性後骨間神経麻痺は歴史的に神経痛性筋萎縮症の一病型として考えられてきたが近年,その多くに神経束の「くびれ」がみられること,神経線維は「くびれ」部を通過できない可能性があること,回復傾向に乏しい症例では神経束間剝離術のほうが保存療法よりも成績が良好な可能性があることなどが明らかとなってきた。近年の研究結果と現在進行中の多施設共同研究をご紹介する。

モートン病

著者: 磯本慎二 ,   田中康仁

ページ範囲:P.1453 - P.1457

モートン病は偽神経腫を伴う中足骨頭間における底側趾神経障害である。中年以降の女性に多く,発症部位は第3趾間が最も多い。モートン病は同部における神経の絞扼や微細な外傷の繰り返しが主な病因と考えられ,偽神経腫は二次的変化と考えられている。保存的治療は,靴の指導,足底挿板およびステロイドと局所麻酔の注射により行う。保存的治療で改善が不十分な場合は,神経切除術などの手術的治療が施行される。

医原性末梢神経損傷

著者: 堀内行雄

ページ範囲:P.1459 - P.1469

日常の医療行為にリスクは付きもので,アクシデントは起こりうる。多くの医療行為が医原性末梢神経損傷の可能性を有している。すべてに共通であるが,十分にインフォームドコンセントを行い,トラブルが生じたときには正しい対応が求められる。最も多く発生する注射針による障害は,神経障害の有無にかかわらず,対応のまずさから複合性局所疼痛症候群を発症してしまうことがある。これに対しては,最初の対応法が肝心である。

総説

脊髄性筋萎縮症の最近のスプライシング病態,治療研究

著者: 佐橋健太郎 ,   祖父江元

ページ範囲:P.1471 - P.1480

脊髄性筋萎縮症はSMN1遺伝子欠失により発症し,α運動ニューロン変性を伴い進行性に筋力低下をきたす,乳児死亡で最多の遺伝子疾患である。分子病態としてRNAスプライシング障害が主に提唱されている。アンチセンスオリゴヌクレオチドを用いたSMN2スプライシング是正治療を含むSMN蛋白発現回復が有望な治療とされ,一方,近年末梢組織における病態が明らかになり,治療標的臓器が見直されてきている。

脳と脊髄との神経結合を人工的に強化する

著者: 加藤健治 ,   西村幸男

ページ範囲:P.1481 - P.1486

神経損傷後の機能回復を目的として,筆者らは自由行動下のサルにおいて,大脳皮質運動野と脊髄とを人工的にコンピュータを介して神経接続し,大脳皮質-脊髄間のシナプス結合の強度を制御することに成功した。この神経活動依存的刺激によるシナプス結合の制御は,in vitroで証明された神経活動依存的可塑性の法則に従っていることを実証した。これらは,日常生活で利用可能なニューロリハビリテーションとして応用が期待できる。

紙上討論

人物誤認は妄想か錯覚か?

著者: 村井俊哉 ,   長濱康弘

ページ範囲:P.1487 - P.1495

A 村井 カプグラ症状典型例にみる妄想

 精神神経科領域で人物誤認として分類されている症状は多岐にわたる。人物誤認とはそもそもどういう状態を指すのか,という表題のような問いを深く考えることなく,見かけ上なんとなく似通っている症状を次々に列挙していき,人物誤認やmisidentification syndrome(同定錯誤症候群)のリストを拡大していったためにそのような状況になったのではないかとも思う。したがって,表題の問い,すなわち「人物誤認は妄想か錯覚か?」についても,どのタイプの人物誤認(またはmisidentification)について考えるのかによって答えがまったく異なってくる。例えば,syndrome of subjective doubles(自己分身症候群)のように自己の重複化や替え玉をテーマとしたさまざまな症状も「人物誤認症候群リスト」1)では,人物誤認の一種とみなされているが,自己を対象とした人物誤認の場合と,他者を対象とした人物誤認の場合では,表題の問いに対する議論はまったく異なってくる。したがってここでは他者に対する人物誤認に議論を絞り,さらにそのような人物誤認の代表として,報告者の名前を冠して知られるカプグラ症候群2)に照準を合わせて議論を進めていく。人物誤認(またはmisidentification)について包括的な議論を行っている研究者のほとんどが,今から1世紀近く前にカプグラ(Jean Marie Joseph Capgras;1873-1950)らによって報告された症例を範例とみなしたうえで人物誤認(またはmisidentification)全般について考察してきたからである。

 カプグラらによって報告された53歳の女性(M夫人)は,その精神医学的診断は今日でいえば統合失調症に該当するが,自分の周囲の多数の人物について,外見がそっくりの替え玉が存在すると訴えた。カプグラ自身は,この症候をillusion des 'sosies'(「ソジー」の錯覚)と呼んでいる。Sosieとはフランス語で「瓜二つの替え玉」という意味を持つ。

連載 病態解明・新規治療を目指した神経疾患の患者レジストリシステム・4

ギラン・バレー症候群:IGOS

著者: 海田賢一 ,   楠進

ページ範囲:P.1496 - P.1502

はじめに

 急性免疫介在性末梢神経炎であるギラン・バレー症候群(Guillain-Barré syndrome:GBS)の病態解明は1980年代後半の糖脂質に対する自己抗体の発見に端を発し,先行感染病原体の糖鎖分子に関する分子相同性機序の証明,ガングリオシド感作動物モデルの作製,抗ガングリオシド抗体陽性GBSの臨床像の解析,末梢神経におけるガングリオシドの局在に関する研究などを通じてこの20年間に大きく進歩した。特に最近は補体活性化を介した神経障害など抗体介在性神経障害機序の詳細が明らかになりつつある。治療に関しては血液浄化療法,免疫グロブリン大量静注療法(intravenous immunoglobulin therapy:IVIg)がランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)において有効性が示されている。

 一方で,GBSの約4割は抗ガングリオシド抗体が陰性であり,特に脱髄が主病態であるAIDP(acute inflammatory demyelinating polyneuropathy)ではガラクトセレブロシドやLM1などミエリンの抗原に対する抗体陽性例もあるが,標的分子は不明のことが多い。また臨床経過も均一ではなく治療不応例も少なからず存在するが,治療反応性に関連する因子はごく限られたものしかわかっていない。臨床像に人種差,地域差があることも指摘されているがその理由は不明である。これらの問題を解決することはGBSの病態解明,予後改善に重要であるが,これまでのような各地域,各研究グループによる限られた症例数の解析では正確な結論を迅速に出すことには限界がある。そこで,Inflammatory Neuropathy Consortium(INC)およびその母体であるPeripheral Nerve Society(PNS)によって多施設共同による国際的前向き観察研究が計画され,実施されている。これがGBSの予後予測に関する国際共同研究,IGOS(International GBS Outcome Study)である。IGOSの目的は,GBSの臨床経過と予後を規定する臨床的・生物学的因子を明らかにすること,特に発症後早期にこれらを予見できる因子を同定することである。ここでは,GBSの予後関連因子に関する現在の研究状況を概観し,国際的な患者レジストリシステムであるIGOSについて解説する。

神経疾患の疫学トピックス・9

塩分摂取は多発性硬化症の再発・重症化リスクを上昇させる。

著者: 桑原聡 ,   佐藤泰憲

ページ範囲:P.1527 - P.1529

今回は塩分摂取が多発性硬化症の再発リスクを著明に上昇させるという疫学研究を紹介する。統計手法についてはポアソン回帰分析(Poisson regression analysis)について概説する。

神経学を作った100冊(96)

ヘンシェン『大脳の病理の臨床的,解剖学的寄稿集 第7巻——運動性失語と失書』(1922)

著者: 作田学

ページ範囲:P.1530 - P.1531

 ヘンシェン(Salomon Eberhard Henschen;1847-1930)はスウェーデンの神経学者であり,古都ウプサラで生まれ,1862年よりウプサラ大学などで医学を学んだ。1867〜1869年にかけてブラジルへ行き,当地で植物学の研究をした後,医学の修得を続けた。1878年からウプサラ大学の病理学教室で仕事をし,1880年に同大学で医学の学位を取得した。この間,ライプチヒのルードヴィヒ(Carl Friedrich Wilhelm Ludwig;1816-1895)やベルリンのコーンハイム(Julius Friedrich Cohnheim;1839-1884),ミュンヘンのチームセン(Hugo Wilhelm von Ziemssen;1829-1902)などに習った。リンネ(Carl von Linné;1707-1778)から続く伝統のあるウプサラ大学で植物学の研究もしたことが彼の神経学研究に生きているように思う。

 1882年にウプサラ大学医学部の内科教授と内科クリニックの主任となった。1900年にはストックホルムの王立カロリンスカ医学外科学研究所の教授に選ばれた。

症例報告

頸部内頸動脈ステント留置直後から虚血性眼症状が改善した頸部内頸動脈狭窄症の1例

著者: 新井直幸 ,   笹原篤 ,   萩原信司 ,   谷茂 ,   大渕英徳 ,   広田健吾 ,   小関宏和 ,   黒井康博 ,   大熊博子 ,   松原正男 ,   林盛人 ,   岩渕聡 ,   糟谷英俊

ページ範囲:P.1503 - P.1508

今回筆者らは,頸部内頸動脈狭窄症による眼虚血症候群に対して頸動脈ステント留置術を施行し,直後より急速に視力の改善した1例を経験した。症例は76歳女性で,徐々に左眼の視力低下を自覚し,左虹彩に新生血管を認めた。頸部頸動脈超音波で内頸動脈の狭窄を認め,負荷試験で盗血現象を認めたため,頸動脈ステント留置術を施行した。血行再建後の視力改善には数カ月かかるとされているが,今回の症例では直後から急速な視力の改善を認めた。この原因については,ステント留置に伴い,眼動脈への血液の逆流が順行性に改善したことが考えられた。

脳梗塞加療中に甲状腺クリーゼ,遷延性精神症状を呈した無治療バセドウ病の1例

著者: 菊池俊輔 ,   緒方利安 ,   深江治郎 ,   津川潤 ,   合馬慎二 ,   田邉真紀人 ,   柳瀬敏彦 ,   坪井義夫

ページ範囲:P.1509 - P.1514

症例は57歳女性。無治療のバセドウ病より誘発された心房細動を基礎に,多発心原性脳塞栓を併発し,意識障害と右片麻痺を呈した。抗凝固療法とチアマゾール投与を開始したが,治療中に甲状腺クリーゼを発症し精神症状が増悪した。抗甲状腺薬増量やステロイドなどで加療したが,甲状腺機能正常化後も精神症状はしばらく遷延した。脳梗塞とバセドウ病を合併した患者が甲状腺クリーゼを発症した場合は,精神症状が遷延する可能性があり慎重な治療が必要である。

ポートレイト

レイモン・ガルサン—フランス神経学の伝統を支えた巨匠

著者: 間野忠明

ページ範囲:P.1515 - P.1520

はじめに

 レイモン・ガルサンはフランス神経学の伝統を継承した最後の巨匠とも呼ばれ,ハンマーとピンを武器に,神経疾患を注意深く観察した。その観察をもとにガルサンの名を冠した症候群や神経徴候を世に残した。後進の育成には特に力を注ぎ,フランスはもとより,日本をはじめ世界各国から,多くの医師たちがその教えを受けるためパリのサルペトリエール病院に集まった。

学会印象記

The 6th Annual Meeting of the Society for the Neurobiology of Language (SNL) 2014(2014年8月27〜29日,アムステルダム)

著者: 山本香弥子 ,   酒井邦嘉

ページ範囲:P.1522 - P.1523

 2014年8月27〜29日にオランダのアムステルダムで開催されたThe 6th Annual Meeting of the Society for the Neurobiology of Language (SNL) 2014に参加しました。SNLはアメリカ国立衛生研究所(NIH)の出資により2010年に誕生した学会で,言語の神経生物学的な基盤の理解を促進することを目的としています。特に分野横断的な議論を深めるために,年次大会では領域の異なる関連分野からの基調講演を行うなどの工夫がなされています。

 年次大会は北米とヨーロッパで交互に開催されていますが,今年も500人以上の参加者が一堂に会しました。8月末のアムステルダムは涼しくて過ごしやすく,また時差が7時間あるものの現地の早朝が日本のお昼くらいに相当しますので,朝からのセッションでもすっきりとした頭で参加できたように思います。会場はアムステルダム中央駅にほど近い旧証券取引所(Beurs van Berlage)で,交通の便がよいことに加え,周囲に運河があることから学会主催のボートツアーが開催されるなど,研究者同士が交流を深めるのに適した開催場でした。

The 2014 Joint ACTRIMS-ECTRIMS Meeting (MSBOSTON2014)(2014年9月10〜13日,ボストン)

著者: 中島一郎

ページ範囲:P.1524 - P.1525

 2014年9月10〜13日の4日間,米国のボストンで,ヨーロッパの多発性硬化症会議ECTRIMS(European Committees for Treatment and Research in Multiple Sclerosis)と,米国のACTRIMS(Americas Committees for Treatment and Research in Multiple Sclerosis)のジョイント・ミーティングが開催され,89カ国から9,000人の関係者が集い,多発性硬化症に関するあらゆることに関して議論が交わされました。医師のみならず,基礎研究者,患者団体,製薬企業なども参加し,病態の解明,診療の向上,患者QOLの向上,治療薬の開発などに関する1,000題以上の研究報告があり,とてもすべてを把握することは難しい大きな学会でした。

 日本ではまだ未承認のテリフルノミド(AUBA-GIO®)やフマル酸ジエステル(Tecfidera®),アレムツズマブ(Lemtrada®)などの臨床効果の報告が沢山あったほか,ますます治療選択肢が広がる中で,患者さん自身による治療法の選択の重要性を指摘する講演が印象的でした。十分かつ正確な情報のもと,医師と患者さんが相談しながら適切な治療法を選ばなくてはならない状況が,近い将来日本にも訪れるでしょう。公正な治療アルゴリズム,治療ガイドライン作成とそれらの頻繁な改訂の必要性を感じました。

書評

「実践 がんサバイバーシップ 患者の人生を共に考えるがん医療をめざして」—日野原重明●監修 山内英子,松岡順治●編

著者: 小松浩子

ページ範囲:P.1521 - P.1521

 「がんサバイバーシップ」という言葉を日本語として理解するのは難しい。「がんサバイバーシップ」の考え方が生まれたのは,1990年代後半の米国である。私は,ちょうどその頃に,米国のDana Farber Cancer Instituteの関連機関でがんサバイバー(がん体験者)の方にインタビューする機会を得,「がんサバイバーシップ」について,彼の次のような言葉からようやくその意味を理解することができた。「がんになったことは自分にとって大きな衝撃であったが,がんになってからの全ての体験(苦痛や苦悩も含め)が自分にとって意味のある生き方や充実した日々の生活につながることを,医療者のみならず,周りの人々との関わりの中で感じられるようになった。そう思えるようになるには,自分のがんをよくわかること,医療者に遠慮せずに治療やケアについて相談し,社会に自分のがんをわかってもらうことが必要であった。」がんサバイバーシップは,がんの診断を受けてから,がんとともに生き続けていく過程が,その人にとって意味のある生き方や日常の充実した生活につながることをめざすものといえる。

 本書は,「がんサバイバーシップ」の考え方を実際に実践や研究として実行している医療従事者,専門家によって書かれたものである。あるべき論ではなく,著者自身の卓越した実践力,それを支える研究文献や理論に基づく具体的実践が示されているのですぐに実践に活用できると思える。

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次号予告

ページ範囲:P.1520 - P.1520

投稿規定

ページ範囲:P.1532 - P.1533

投稿論文査読者

ページ範囲:P.1533 - P.1533

あとがき

著者: 泰羅雅登

ページ範囲:P.1534 - P.1534

 本号の園生雅弘先生の総説「胸郭出口症候群」にあるFig.1「胸郭出口」の解剖を見て,懐かしい思い出がいろいろと蘇ってきた。医学部,歯学部での特徴ある講義の筆頭は人体解剖であることは今も昔も変わらないところであろう。実際に,この図にあるように縦横に走る筋肉の間から,神経がこれまた縦横に走る様子は見事というか,いったい誰がどうやって創造したのか,その巧みさには唸らされる。上手な外科医は記憶力がよいと言われる。この複雑な三次元構造を完璧に記憶し,さらに,頭の中で自由に回転させることができるらしい。マクロの精緻さもそうであるが,ミクロの精緻さにも圧倒される。毎年,蝸牛のコルチ器の電顕写真を講義で使うが,V型に配置された繊毛を持つ有毛細胞が,内に1列,外に3列整然とならんでいる様を初めて見たときに,思わず「なんじゃこりゃ」と叫んだことを思い出す(もしまだ見たことのない方は岩波新書『細胞紳士録』をご一覧)。

 そして,ほぼ同じ頃に講義を受ける「発生学」という「はしか」にかかった学生は多いのではなかろうか。考えてみれば,この見事な創造物も,精子と卵子がくっつくことで,すべてが始まるわけで,その過程は圧巻である。われわれの学生時代には遺伝子操作という究極の研究手法がまだなく,時間を追って,その創造の様を観察するしかなかった。それでもその過程のダイナミックさは,教科書の図から十分に伝わってきた。中公新書『胎児の世界』という本で,東京医科歯科大学から東京芸術大学に移られ解剖学の教鞭をとられた三木成夫先生が,発生の過程を追うために初めてヒト胎児標本の頭部を落とさなければいけなかったときのためらいと,その後に日齢を追っての発達の様子が観察できた際の感動を書いておられる。という具合にFig.1を見てまともな学生とはとてもいえず,実習も勉強もまじめにやったわけではないが,それなりに洗礼を受けていたことを思い出した次第である。

「BRAIN and NERVE」第66巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

著作財産権譲渡承諾書

ページ範囲:P. - P.

読者アンケート用紙

ページ範囲:P. - P.

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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