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雑誌目次

雑誌文献

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩66巻5号

2014年05月発行

雑誌目次

特集 アセチルコリンと神経疾患―100年目の現在地

フリーアクセス

ページ範囲:P.499 - P.499

特集の意図

 アセチルコリンは最もポピュラーな,いわばありふれた神経伝達物質の1つであるが,発見から100年を迎える記念すべきときに,改めて見つめ直してみたい。神経疾患との関わりを中心に今読むべき7編をお届けする。

アセチルコリン概論

著者: 森啓

ページ範囲:P.501 - P.505

本特集は,本年がアセチルコリン発見の100周年となることから企画されたものである。いまさらアセチルコリン,という読者も多いかもしれない。しかしながら,アセチルコリンほど,古くて新しい分子はなく,今でもさまざまな生理機能や疾患を議論するうえで重要なことに気づかされる。

アルツハイマー病の治療

著者: 品川俊一郎 ,   繁田雅弘

ページ範囲:P.507 - P.516

アルツハイマー病ではアセチルコリン系機能が低下するという研究から,治療薬としてアセチルコリンエステラーゼ阻害薬が開発され,現在わが国ではドネペジル,ガランタミン,リバスチグミンが用いられている。これらの薬剤は認知機能や全般機能,日常生活動作の低下を抑制する効果がある。作用機序に差はあるが,有効性はメタアナリシスから同程度とされる。レヴィ小体型認知症やダウン症候群などに対する治験も開始され,適応の可能性が広がっている。

重症筋無力症とアセチルコリン

著者: 藤岡俊樹

ページ範囲:P.517 - P.525

アセチルコリン分子の流れである神経筋接合部での生理機能と,その破綻をきたす疾患である重症筋無力症のメカニズム・症状・治療法などを概説した。当初は,神経筋伝達物質であるアセチルコリンの作用増強を中心にした治療が発達したが,免疫学の発達によりアセチルコリン受容体の障害機序が明らかになり,現在はそれを引き起こす免疫異常の是正が注目されている。今後は遺伝子治療や分子標的治療が主体となると予想される。

神経因性膀胱―アセチルコリンの関与を含めて

著者: 榊原隆次 ,   舘野冬樹 ,   岸雅彦 ,   露崎洋平 ,   内山智之 ,   山本達也

ページ範囲:P.527 - P.537

排尿障害は,自律神経症候の中で非常に頻度が高いものである。このうち残尿・尿閉は繰り返す尿路感染症,腎後性腎不全をきたし予後を悪化させる懸念があり,過活動膀胱(尿意切迫・頻尿・尿失禁)は生活の質を悪化させる。コリン系神経は,運動神経,認知機能とともに自律神経の中の副交感神経系(および交感神経節)に深く関わっており,特に神経因性膀胱では,コリン系神経の障害が大きく関与している。本稿では神経因性膀胱の主な病態・治療とアセチルコリンの関わりについて,糖尿病性ニューロパチー,高齢者のアルツハイマー病・白質型多発脳梗塞を例示しながら述べた。神経因性膀胱は,適切な治療薬で改善が得られることが多いことから,積極的な治療介入が望まれる。

純粋自律神経不全症とアセチルコリン―研究史と現況

著者: 朝比奈正人

ページ範囲:P.539 - P.550

アセチルコリンの発見は自律神経研究史と深く関わっている。ラングレーは1900年代初頭に,自律神経を交感神経,副交感神経,腸神経に分類し,交感神経を節前と節後に分け,受容体の概念を提唱した。同じ頃,デールはアセチルコリンの薬理作用を解明し,心副交感神経の神経伝達物質がアセチルコリンであることを証明した。本稿では,自律神経とアセチルコリンの研究史の観点から代表的自律神経疾患の純粋自律神経不全症について述べる。

抗アセチルコリン薬の副作用

著者: 岩城寛尚 ,   野元正弘

ページ範囲:P.551 - P.560

アセチルコリンは主要な神経伝達物質であり,末梢では自律神経作用,中枢ではより多くの部位で複雑な神経ネットワークを構成し,抗アセチルコリン薬は多くの疾患で使用される。また,多くの薬剤が抗アセチルコリン作用を持つため,副作用を評価するためには,薬剤の抗アセチルコリン作用を総量として考慮する必要がある。特に,中枢性の副作用である認知機能障害は,臨床的に見過ごされやすく注意が必要である。

神経剤サリンの臨床―症状と治療

著者: 柳澤信夫

ページ範囲:P.561 - P.569

サリンはアセチルコリンエステラーゼ阻害作用を有する有機リン系化学兵器である。自律神経,運動神経,副腎髄質,脳のアセチルコリン系過剰活動により,意識障害,全身痙攣から縮瞳と眼症状,気道分泌亢進,消化管活動亢進が種々に出現し,死亡をまぬがれた重症者は硫酸アトロピン,PAMなどの治療で後遺症なく急速に改善する。松本・東京事件は貴重な資料を残したが,イラク・シリアの内戦,食品への殺虫剤混入など危険は今もある。

1枚のスライド

杉本八郎

著者: 森啓

ページ範囲:P.571 - P.580

すぎもと・はちろう。1942年生まれ。同志社大学大学院脳科学研究科チェア・プロフェサー(教授)。1961年東京都立化学工業高校卒,同年エーザイ株式会社入社。1969年中央大学理工学部工業化学科卒。1982年エーザイ株式会社筑波研究所化学系主任研究員。1990年同社人事採用プロジェクト担当課長。1997年同社理事,筑波探索研究所副所長。2000年同社創薬第一研究所所長。2003年同社定年退職,同年京都大学大学院薬学研究科創薬神経学講座教授。2013年より現職。

総説

軸索スフェロイド形成を伴う遺伝性びまん性白質脳症(HDLS)とCSF-1R遺伝子変異

著者: 今野卓哉 ,   他田正義 ,   他田真理 ,   西澤正豊 ,   池内健

ページ範囲:P.581 - P.590

Hereditary diffuse leukoencephalophathy with spheroids(HDLS)は白質障害を伴う若年性認知症である。HDLSの原因遺伝子としてCSF-1R(colony stimulating factor 1 receptor)が最近同定された。われわれはわが国のCSF-1R変異例を解析し,HDLSに特徴的な臨床的所見と画像所見を明らかにした。また分子遺伝学的な解析から,CSF-1Rのハプロ不全がHDLSの病態になることを明らかにした。HDLS患者脳ではミクログリアの異常が認められ,CSF-1Rシグナル不全により生じるミクログリア異常がHDLSの病態の本態と考えられた。

神経疾患のエピゲノム―脳機能障害を理解する新しい指標

著者: 久保田健夫 ,   平澤孝枝 ,   三宅邦夫

ページ範囲:P.591 - P.597

ゲノムDNA上はさまざまな化学修飾を受けており遺伝子のON/OFF調節がなされている。これをエピゲノムという。その異常は先天性疾患の原因となることが知られてきた。近年,環境でエピゲノムが変化することが判明し,エピゲノムは後天性の精神・神経疾患の発症にも関与していると想定されている。過去の環境曝露をゲノム上に映し出すエピゲノムは,「ゲノムの刻印」として,集団ではなく個を重視する先制医療の指標として期待されている。

症例報告

抗てんかん薬で効果を認めた音楽性幻聴の83歳男性例

著者: 二村明徳 ,   加藤大貴 ,   河村満

ページ範囲:P.599 - P.603

3年前から難聴を自覚していた83歳右利き男性が,突然に童謡の「とおりゃんせ」が聴こえるようになった。その後,童謡だけでなく民謡や軍歌,君が代なども聴こえた。123I-IMP脳血流SPECTでは右側頭葉・頭頂葉に血流低下が,左側頭葉・頭頂葉に血流増加を認めた。発作性の嘔気や頭重感,脳血流の左右差などから側頭葉てんかんを疑い,カルバマゼピン200mg/日を投与したところ,音楽性幻聴は軽快し,嘔気・頭重感は消失した。抗てんかん薬が効果的であった聴覚性シャルル ボネ症候群により発現した音楽性幻聴と推定した。

現代神経科学の源流・6

シーモア・ベンザー【後編】

著者: 堀田凱樹 ,   酒井邦嘉

ページ範囲:P.605 - P.610

普段やらない研究を

酒井 堀田先生が留学中に,ベンザーとソーク研究所にいらっしゃったことがあるそうですね。

堀田 ソーク研究所には,ベンザー研究室全体で毎年夏に2~3カ月行っていたのです。これは自分たちが普段やらない研究をするというのが目的で,たぶんモノー(Jacques Lucien Monod;1910-1976)の真似でしょう。当時,ベンザーの研究室には私しかいないですから,自力でトラックの荷台にオシロスコープから一切の計測器を積んで,ロサンジェルスからサンディエゴのソーク研究所へ行きました。

ポートレイト

井村恒郎―脳と精神の架橋

著者: 佐藤裕史

ページ範囲:P.611 - P.615

はじめに

 井村恒郎(いむら・つねろう;1906-1981)は,戦後日本の精神医学の確立に貢献した指導者の1人である(Fig.1)。神経心理学,精神病理学,精神分析,精神療法など広範な領域にわたり堅実で独創的な研究を行い,熱心に診療に努め,次世代を育てた。21世紀の今の専門分野の極端な細分化からすれば,井村の学問を,医学の未分化な第二次大戦前後だったからこそあり得た大昔のディレッタンティズムだとする向きもあるかもしれない。しかし井村の責任感と決意,不断の研鑽と誠実な臨床こそが広大な知的山脈の縦走を可能にしたので,専門分化の果てに方向を見失い,患者の全人的苦悩の前に怯むわれわれにとって,この稀有な先達の足跡をたどる意義は大きい(なお昨今の病名改変前の引用が多く,旧称を用いることを諒とされたい)。

 井村の業績は二次にわたる論文集1,2)に収められており(本稿で言及する井村の論文はすべて網羅されている),その人となりも成書3)と井村の高弟・野上芳美の紹介4-6)にある。筆者は直接井村の謦咳に接していないが,野上の教え子で井村の孫弟子にあたり,直弟子各位から耳にした井村の逸話は今も鮮やかである。業績と人柄,学風を祖述して学縁の記念としたい。

連載 神経学を作った100冊(89)

ラモニ-カハール『人および脊椎動物の神経系組織学』(1909,1911)

著者: 作田学

ページ範囲:P.616 - P.617

 カハール(Santiago Ramón y Cajal;1852-1934)は現在の神経学が依って立つニューロン説を打ち立てたことで知られている。

 彼は1852年5月1日にフランス国境に近いアラゴン県ペティリヤという小さな町の医者の家に生まれた。幼少の頃は手の付けられない子どもであり,自身も回想録で「反抗心の鬼だった」と述べている。アラゴン人の気質として,反骨精神,気性の荒い頑固者,辛抱強さ,気骨のある人間ということがよく知られているが,その地元の人間も手を焼くくらいの反骨精神の塊であった1)

お知らせ

公益財団法人 かなえ医薬振興財団 平成26年度アジア・オセアニア交流研究助成金募集要項 フリーアクセス

ページ範囲:P.550 - P.550

趣  旨 近年の生命科学分野において研究者間の交流,ネットワーク,および共同研究が急速な発展に寄与しており,これらの交流は革新的な発見から臨床応用まで少なからぬ貢献ができると考え,アジア・オセアニア地域における共同研究に対する助成を行います。

助成研究テーマ 生命科学分野におけるアジア・オセアニア諸国との交流による学際的研究。特に老年医学,再生医学,感染症,疫学,医療機器,漢方,そのほか

書評

「運動障害診療マニュアル 不随意運動のみかた」―H. H. Fernandez, R. L. Rodriguez, F. M. Skidmore, M. S. Okun●原著 服部信孝●監訳 大山彦光,下 泰司,梅村 淳●訳 フリーアクセス

著者: 髙橋良輔

ページ範囲:P.598 - P.598

 Movement Disorderの和訳は運動障害(疾患)あるいは運動異常(症)で,運動が過多になり不随意運動を呈する疾患群(例:舞踏病),逆に運動が過少になる疾患群(例:パーキンソン病),そして場合によっては運動が不器用になる疾患群(例:脊髄小脳変性症)の総称である。運動障害は神経内科疾患の中でも最も謎めき興味の尽きない疾患群であり,研究が重ねられてきた。今日では,その病態生理や遺伝学的背景について数多くの知見が得られ,それらを基に新しい薬物治療法が生まれ,手術療法やリハビリテーションなど非薬物療法の進歩も著しい。しかし運動障害の診断・治療は必ずしも容易ではなく,例えば特異な不随意運動をどのように記載するかは,熟練した専門家の腕の見せどころ,といった面がある。初学者の中には苦手意識を持つ人も多いかもしれない。

 このたび訳出された『運動障害診療マニュアル』は,運動障害は複雑と考えて敬遠しがちな向きの人には朗報となる実践的な手引書である。著者のうち,Hubert Fernandez氏は著名なパーキンソン病の専門家であり,国際パーキンソン病・運動障害疾患学会(International MDS)ではWebsite editorとして大変魅力的なサイトを構築して,学会で表彰されたこともある。またMichael Okun氏はDBSの世界的権威で,2012年の日本神経学会で招待講演をされたことも記憶に新しい。この2名にRodriguez氏,Skidmore氏の2名の若手研究者が加わって作成された本書は,極めて斬新,かつ実践的なアプローチで運動障害の診断と治療のポイントを教えてくれる。

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次号予告 フリーアクセス

ページ範囲:P.615 - P.615

投稿規定 フリーアクセス

ページ範囲:P.618 - P.619

あとがき フリーアクセス

著者: 森啓

ページ範囲:P.620 - P.620

 本号は,アセチルコリン特集号である。今年がデールによる発見100周年にあたるようで,担当編集委員を決める段になって,「アセチルコリン」だからアルツハイマー病,認知症だから私という役回りになったのかもしれない。私自身アセチルコリンについては素人であるが,そんなことが許されるほど現編集部(委員会)にはやさしい人はいない。今から40年以上も前に『Nerve, Muscle and Synapse』(Bernard Katz著,McGraw-Hill Inc., US)を完読して以来の基礎的な勉強と応用を紐解くこととなった。Noと言えない典型的な日本人である私は,幸い編集子の助けもあり企画内容自体は,時間をかけて練りに練った成果が実り,実際に集まった特集原稿を一読して,新しいテーマであることを実感できたことは大きな喜びである。私的にも一皮むけた印象が残っている。なにより,神経発生の上での自律神経系の意味について長らくもやもやしていたが,遠心性要素が映し出されている今回の特集を読み,自分なりの制御,調整の位置関係が得られたように思う。

基本情報

BRAIN and NERVE-神経研究の進歩

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1344-8129

印刷版ISSN 1881-6096

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